(…ハーレイはケチになっちゃったんだよ)
それに酷い、と小さなブルーは溜息をついた。
ハーレイが「またな」と軽く手を振って帰って行った後、自分の部屋で。
今は夏休みで、平日でもハーレイと一緒に過ごせるけれど。
今日も午前中から二人で過ごして、夕食まで一緒だったのだけれど。
帰って行ってしまったハーレイ、自分の家へと帰ったハーレイ。
小さな自分を一人残して、この家に「またな」と置き去りにして。
置き去りの件については許そう、自分は子供なのだから。
両親と暮らす十四歳の子供、それを一緒に連れて帰れと言う方が無理。
自分はハーレイの家族ではなくて、甥でも従弟でもないのだから。
いくら夏休みでもハーレイの家には泊めて貰えない、ただの教え子では。
その上、ハーレイの家に行くのは禁止された身、遊びに来るなと言われた自分。
ハーレイの心を騒がせるから、駄目だと言われてしまった自分。
それではとても泊めて貰えない、泊まっていいとは言って貰えない。
ハーレイが「またな」と帰ってゆくのも仕方ないこと、当然のこと。
けれども、どうにも納得出来ない、今のハーレイのケチっぷり。
自分に対する扱いも酷い、とても恋人とは思えない。
「またな」と帰ってゆくのはともかく、帰る前にはキスの一つもして欲しい。
強く抱き締め、顎を捉えて。
鳶色の瞳で熱く見詰めて、クイと上向かせてキスをして欲しい。
「またな」と、唇を優しく重ねて。
また来るからと約束のキスを、今日の逢瀬の名残を惜しむキスを。
ところがキスをくれないハーレイ、約束のキスも、それ以外のキスも。
ただの一つもキスをくれない、唇へのキスをしてはくれない。
額と頬にはくれるけれども、キスを貰えはしない唇。
どんなに欲しいとキスを強請っても、いくら欲しいと願ってみても。
「キスは駄目だ」と断るハーレイ、鳶色の瞳で睨むハーレイ。
チビのお前にキスは早いと叱るハーレイ、願いを叶えてくれないハーレイ。
もうケチだとしか思えない。
自分にキスをくれないだなんて、頼んでも駄目だと断るなんて。
(お前は小さすぎるんだ、って叱られるけど…)
ハーレイの家に行けない理由は、自分が行けばハーレイの心を騒がせるから。
つまりはハーレイもキスがしたくて、抑えが利かなくなったら駄目だと考えているわけで。
そんなことなど、気を遣わなくてもかまわないのに。
自分はハーレイとキスがしたいし、キスのその先のことだって。
本物の恋人同士になりたいと何度も言ったし、何度も何度もキスを強請った。
だから自分が気にしないことを、ハーレイは知っている筈なのに。
(それなのにキスもしてくれないなんて…)
ハーレイは酷い、と零れる溜息。
本当にケチだと、ハーレイはケチになったのだと。
前の自分ならキスを貰えた、額や頬ではなくて唇に。
唇どころかもっと貰った、手の甲や指にも、首にも、それこそ身体の何処にだって。
それだけのキスをくれとは言わない、今、貰うのには無理があるから。
父や母がいる家の中では、「お茶のおかわりは如何?」と母が入って来る部屋では。
けれど、唇へのキスならば。
そういうキスなら今でも貰える、貰えそうな時間はいくらでもある。
母は四六時中いるわけではないし、お茶とお菓子を置いて行った後は暫く来ないから。
キスを交わす時間はいくらでもある、父にも母にも気付かれないで。
それなのにキスをくれないハーレイ、キスは駄目だと叱るハーレイ。
もう本当にケチになったとしか思えはしなくて、ケチだと恨むしかなくて。
今日も強請った、「ぼくにキスして」と。
ハーレイの首に両腕を回して頼んだ、キスして欲しいと。
心の底からそう願ったのに、今日こそは欲しいと願っていたのに。
ハーレイは願いを叶えてはくれず、いつもと同じに叱られただけ。
「キスは駄目だ」と、それはつれなく。
それは素っ気なく断られたキス、願いは叶えて貰えなかった。
願いを叶えてくれないハーレイ、けして叶えてくれないハーレイ。
キスが欲しいといくら強請っても、どんなに欲しいと頼んでみても。
(ハーレイ、ホントにケチなんだから…!)
どうしてケチになってしまったのか、あんなに優しかったのに。
前のハーレイはとても優しくて、前の自分をいつも抱き締めてくれたのに。
キスはもちろん山ほど貰った、唇に、そして身体中に。
本物の恋人同士の時を過ごした、二人、抱き合って熱く甘い夜を。
なのに変わってしまったハーレイ、すっかりケチになってしまったハーレイ。
キスの一つもくれはしなくて、願いを叶えてくれはしなくて。
唇へのキスは貰えないまま、本物の恋人同士にだってなれないまま。
なんとも酷いと思うけれども、ケチだと悲しくなるけれど。
ハーレイが「駄目だ」と言うものは駄目で、キスの一つも貰えない。
本物の恋人同士にもなれはしなくて、今の自分は「またな」と置いてゆかれる立場。
ハーレイと夜を過ごす代わりに、両親と暮らす家にポツンと。
一緒に連れて帰って貰えず、こうして家に一人でポツンと。
(…酷いよ、ハーレイ…)
あんまりだよ、と零すけれども、返らない返事。
ハーレイはとうに帰ってしまって、今頃は自分の家で過ごしていることだろう。
書斎でのんびり本を読んでいるか、はたまたダイニングで夜食なのか。
それともシャワーを浴びているのか、バスタブにゆったり浸かっているか。
いずれにしたってハーレイの方は、きっと何とも思っていない。
自分を置き去りにして行ったことも、「キスは駄目だ」と叱ったことも。
ハーレイはケチになってしまって、それが普通のことだから。
唇へのキスはくれもしなくて、強請っても「駄目だ」と断られるだけ。
自分の願いは叶えてくれない、どんなにキスが欲しいと言っても。
いくら願っても叶えてくれない、唇へのキスは貰えない。
前の生からの恋人同士で、やっと再会出来たのに。
青い地球の上に生まれ変わって会えたというのに、貰えないキス。
ケチなハーレイはキスをくれない、自分の願いを叶えてくれない。
おまけに一人で置いて行かれる、「またな」と軽く手を振るだけで。
名残を惜しむキスもくれないで、抱き締めて「またな」と約束のキスもくれないで。
(ホントのホントに酷いんだから…)
それにケチだ、と溜息が漏れる、今のハーレイは酷くてケチだと。
前のハーレイは優しかったと、いつでもキスをくれていたのに、と。
そうやって一人、膨れっ面の小さなブルーはまるで知らない。
ハーレイの想いも、今の自分を大切に思っていてくれることも。
だからブルーは溜息をつく。
ハーレイはケチだと、ぼくの願いを何も叶えてくれないんだから、と…。
叶えてくれない・了
※ハーレイはケチになっちゃった、と膨れっ面のブルー君。キスの恨みは大きいです。
キスをしないのが優しさだということ、早く気付くといいんですけどねv