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カテゴリー「拍手御礼」の記事一覧
「致命的だよね…」
 ホントに致命的だと思う、と小さなブルーが零した溜息。
 二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
 お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「致命的だと?」
 いきなりどうした、とハーレイは恋人の顔を覗き込んだ。
 致命的とは、聞いただけでも穏やかではない。
 いったい何があったというのか、聞き出さなければ。
(何かミスでもやらかしたのか?)
 きっとそうだな、と心の中で見当を付けた。
 ブルーにとっては致命的だと思える失敗、そんな所だと。
 けれど、ブルーは話そうとしない。
 ハーレイの顔を見詰めるだけで、言葉を紡ぐ気配も無い。
 それでは何も出来はしないし、改めて問いを投げ掛ける。
「おい、話さないと何も分からないぞ?」
 黙っていても俺には通じん、と話すようにと促した。
 「致命的だというヤツのことを、分かるように話せ」と。


 するとブルーは、もう一度、深い溜息をついた。
 「分からない?」と、肩を竦めて。
 「そういうトコだよ」と、「致命的なのは」と。
「……はあ?」
 ますますもって分からんぞ、と疑問が更に膨らんでゆく。
 「話せ」という言葉の何処を取ったら、致命的なのか。
(…しかしだな…)
 今のブルーの言葉からして、問題は「自分」の方らしい。
 致命的な何かを持っているのは、ブルーではなくて…。
(俺の方だ、という意味だよな?)
 どうやらそうだ、と其処までは辛うじて推測出来た。
 だが、その先が分からない。
 自分の何が致命的なのか、どういう部分がソレなのかが。
(……うーむ……)
 今日、此処に来てから、失敗をしてはいないと思う。
 ブルーの両親には、いつも通りに挨拶をしたし…。
(昼飯を服に零しちゃいないし、お茶だって…)
 午前も今も、服もテーブルも汚してはいない。
 食べ方がガサツだったということだって、無いだろう。
 礼儀作法には自信があるし、姿勢も悪くない筈だ。


(それなのに、何処が致命的だと?)
 俺の何処が問題になると言うんだ、と謎は深まるばかり。
 ブルーはと言えば、あからさまに溜息をついている。
 「ホントのホントに致命的だよ」と、呆れ果てたように。
(…ブルーには分かっているんだよなあ…)
 なのに俺には、全く分からないわけで、と気ばかり焦る。
 ブルーが話してくれるのを待つか、もう一度、訊くか。
 どうするべきか、と悩み続けていたら…。
「さっきも言ったけど、ソレなんだよね…」
 ハーレイの致命的なトコ、とブルーは口を開いた。
 「キャプテンだったら、船が沈むよ?」と。
「なんだって!?」
 そんなに致命的なのか、とハーレイは愕然とした。
 今の自分は「ただの教師」で、キャプテンではない。
 だから自分では気付かないだけで、ブルーから見れば…。
(こう、あからさまな欠点ってヤツが…)
 あるんだよな、と自分自身に問い掛ける。
 「どうすりゃいいんだ」と、「俺のことだぞ?」と。
 「よく考えろ」と叱咤してみても、やはり分からない。
 今の自分の何処が駄目なのか、致命的な欠点なのか。


 いくら考えても、答えは一向に出て来ないまま。
 ブルーはフウと大きな溜息をついて、また繰り返した。
 「本当に致命的だよね」と。
 そう言われても分からないから、降参するしか道は無い。
 ハーレイは「すまん」と頭を下げた。
「分からないんだ、本当に…。だから、教えてくれ」
 直すべき所があるなら直すから、と正直に言った。
 下手にこの場を取り繕うより、その方がいい。
 聞くは一時の恥と言うから、尋ねるのが一番いいだろう。
 訊かれたブルーは、「あーあ…」と、またも溜息まじり。
 「ホントに鈍くて、駄目すぎるんだよ」と。
「…鈍いだと?」
 俺がか、とハーレイは自分の顔を指差した。
 鈍いと言われたことなどは無いし、運動神経だっていい。
 なのに何処が、と思う間に、次の言葉が降って来た。
「洞察力っていうのかな…。まるで駄目だよ」
 ぼくの心にも気が付かないし、とブルーは膨れる。
「さっきから、ずっと見詰めてるのに、何もしなくて…」
 キスさえもしてくれないなんて、と詰られた。
 「そんな調子じゃ、仲間の心も掴めないよ」と。
 それでは仲間を纏められなくて、船が沈んじゃうよ、と。


「馬鹿野郎!」
 それとコレとは話が別だ、とハーレイは軽く拳を握った。
 致命的な点がソレだと言うなら、ブルーの方を直すべき。
 何故なら、洞察力があるから、今だって…。
(こいつと一緒に暮らしたいのを、グッと我慢で…)
 あえて目を瞑っているんだからな、と心で溜息をつく。
 ブルーの頭を、拳でコツンとやりながら。
 「お前の気持ちは分かっているさ」と、「前からな」と。
 「だからキスなぞ強請るんじゃない」と、想いをこめて。
 キスしてしまえば、二度と歯止めは利かないから。
 そういう自分を分かっているから、鈍いふりだ、と…。



        致命的だよね・了









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「ねえ、ハーレイ。眠いんだけど…」
 寝てもいい、と小さなブルーが投げ掛けた問い。
 二人きりで過ごす休日の午後に、何の前触れも無く。
 お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「眠いって…。どうしたんだ?」
 何処か具合でも悪いのか、とハーレイは顔を曇らせた。
 元気そうに見えるブルーだけれども、油断は出来ない。
(俺が来る日を潰したくなくて、無理をして…)
 起きていそうなのが、ブルーの性分。
 実際、幾つも前科があった。
 微熱があるのに隠していたとか、そういったもの。
 今日もそれかもしれないな、とハーレイの心が騒ぎ出す。
 ブルーの母を呼ぶべきだろうか、と考えたけれど…。
「ううん、ちょっぴり眠いだけだよ」
 昨夜、夜更かししちゃったから、とブルーは肩を竦めた。
 「早く寝なさい、って言われてたのに」と。
 本を読むのに夢中になって、遅くなってしまったらしい。
 それなら、ひとまず安心ではある。
 でも…。


「睡眠不足というヤツか…。身体に悪いぞ」
 あまり褒められたモンじゃない、とハーレイは注意した。
 ただでも身体が弱いのだから、無理はいけない、と。
「うん…。だから、ママには言わないでくれる?」
 叱られちゃうもの、とブルーは縋るような瞳になった。
 夜に本を読むのを禁止されそうで、怖いのだという。
「お前なあ…。それで、どうしたいんだ?」
「ママが来るまでに、ちょっぴり、お昼寝…」
 目覚ましと見張りをやってくれない、と赤い瞳が瞬く。
 ブルーの母が来る時間になる前に、ブルーを起こす。
 それが「目覚まし」。
 見張りの方は言うまでもなくて、母の足音がしたら…。
「お前を叩き起こせ、ってか?」
「そう! 階段を上って来るんだから…」
 足音は直ぐに分かるでしょ、とブルーが指摘する通り。
 トントンと軽やかな音がするから、簡単に分かる。
「ふむ…。俺は一人で、のんびりしてればいいんだな?」
 お茶を飲みながら本でも読んで、とハーレイは苦笑した。
 そのくらいは、まあ、いいいだろう。
 夜更かしは褒められないのだけれども、昼寝するのなら。


 よし、とハーレイはブルーの頼みを請け負った。
 ブルーがベッドで寝ている間、母が来ないか、番をする。
 それから注意して時計を見ていて、夕方になったら…。
(ブルーのお母さんが、空になった皿を下げに来て…)
 「お茶のおかわりは如何ですか?」と尋ねるのが常。
 夕食までには、まだ時間があるから、それまでの分、と。
 その時間が来る前に、ブルーを起こす。
 「そろそろ起きろよ」と、肩を優しく揺すってやって。
 「でないと、昼寝がバレちまうぞ」と、耳元で言って。
(なあに、簡単な役目だってな)
 どの本を読んで待つとするかな、と本棚の方に目を遣る。
 ブルーの蔵書は年相応のものだけれども、それなりに…。
(充実してるし、退屈なんかはしないってモンだ)
 二冊くらいは読めそうだな、と背表紙を眺める。
 子供向けだし、読破するのに、さほど時間はかからない。
 あれと、あれと…、と算段していると、ブルーが言った。
 「それじゃ、寝るから」と。


「ああ。昨夜の分を、しっかり取り戻すんだぞ」
 ついでに身体を冷やさんようにな、とハーレイは笑んだ。
 「上掛けを軽くかけるんだぞ」とベッドを指して。
「分かってる。あ、それから…」
 ぼくを起こす時の注意だけれど…、とブルーが口ごもる。
 「ママにバレないように、守ってくれる?」と。
「なんだ、大声を出すなってか?」
「あっ、分かった? ぼくって、寝起きが悪いから…」
 ハーレイの声もそうだし、ぼくも同じ、とブルーが頷く。
「ママだと思って、「起きてるよ!」って言いそう…」
「大声でか?」
「うん、思いっ切り…」
 だから…、とブルーは真剣な瞳になった。
 「起こす時には、口を塞いで」と。
「俺の手で、口を塞いどけ、ってか?」
「違うよ、起こす時なんだよ?」
 王子様のキスに決まってるでしょ、と赤い瞳が煌めいた。
 「ぼくは起きるし、口も塞げるし、一石二鳥!」と。


「馬鹿野郎!」
 俺の手で口を塞いでやる、とハーレイは眉を吊り上げた。
 「そもそも、眠くないんだろうが!」と。
 眠いなどとは、嘘で口実、キスが目当てに決まっている。
 なにしろ、相手はブルーだから。
 本当に眠いと言うのだったら、口を塞いで起こすまで。
 「起きろよ、お母さん、来ちまうぞ」と。
 「約束通り起こしてやったぞ」と、「早く起きろ」と…。



            眠いんだけど・了








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「ねえ、ハーレイ。…足りないんだけど…」
 今のぼくには、と小さなブルーが紡いだ言葉。
 二人きりで過ごす休日の午後に、何処か不満げな表情で。
 お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 足りないって…。何がだ?」
 分からんぞ、とハーレイは返して、テーブルを見回した。
 ブルーのカップに入った紅茶は、まだ充分な量がある。
 それにポットにおかわりもあるし、足りないわけがない。
(すると、ケーキか?)
 俺と同じ大きさだった筈だが、と皿のケーキを眺める。
 お互い、食べて減ったけれども、元々の量は…。
(ブルーは、菓子なら食べるから…)
 ハーレイの分と同じサイズで、皿に載せられていた筈。
 今のブルーは、それに不満があるのだろうか。
(…今頃、腹が減って来たのか?)
 昼飯をしっかり食わんからだ、とハーレイは思う。
 小食なブルーのための昼食、その量は常にとても少ない。
(……言わんこっちゃない……)
 そりゃ、そんな日もあるだろう、と心の中で溜息をつく。
 ブルーにしたって、必要な栄養の量は日によって違う。


(同じ言うなら、昼飯の時にして欲しかったな)
 俺の分を分けてやったのに、とタイミングが少し悲しい。
 今になって空腹を訴えられても、夕食までは時間がある。
 分けてやれるのは、皿の上にあるケーキしか無い。
(腹が減った時に、飯の代わりに菓子ってのは、だ…)
 あまり褒められたことではないし、相手が生徒なら叱る。
 指導している柔道部員が、食事代わりに菓子だったなら。
(…しかしだな…)
 ブルーの場合は、それと事情が全く異なる。
 「お腹が減った」という言葉など、そうそう言わない。
 前の生でも、今の生でも、ブルーが食べる量は少なすぎ。
(そういうヤツが、腹が減ったと言うんだし…)
 ここは菓子でも食わせるべきだ、とハーレイは判断した。
 夕食まで待たせて、しっかり食べて欲しいけれども…。
(そんな悠長なことをしてたら、また気が変わって…)
 食わなくなるし、とブルーの方に皿を押し遣った。
「仕方ないなあ、俺が半分、食っちまったが…」
 こっちの方は食ってないから、とケーキを指差す。
 「そっち側から食えばいいだろ、食っていいぞ」と。


 ハーレイが、半分食べてしまったケーキ。
 直ぐに「ありがとう!」と返して、ブルーが食べ始める。
 そうだとばかり思っていたのに、ブルーは食べない。
 代わりに大きな溜息をついて、ケーキの皿を押し返した。
「違うよ、足りないのは、これじゃなくって…」
 紅茶なんかでもないんだからね、とブルーが睨んで来る。
 「もっと大事なものなんだよ」と。
「おいおいおい…」
 いったい何が足りないんだ、とハーレイは慌てた。
 お小遣いでもピンチなのだろうか、それなら有り得る。
(今月の分は使っちまったのに、本が欲しいとか…)
 こいつの場合は充分あるな、と思い至った。
(だが、小遣いの援助など…)
 してもいいのか、どうだろうか、と悩ましい。
 財布を出して「ほら」と渡すのは、容易いけれど…。
(教育者として、どうなんだ?)
 逆に指導をすべきでは、という気もする。
 「計画的に使わないとな」と教え諭して、援助はしない。
(…そうするべきか?)
 ブルーには少し気の毒だが、と思うけれども、仕方ない。
 甘すぎるのは、きっとブルーのためにも良くない。


 「よし、断るぞ」と決めた所で、ブルーが口を開いた。
「分からない? 足りないのは、ハーレイ成分なんだよ」
「……はあ?」
 なんだソレは、とハーレイはポカンとするしかなかった。
 『ハーレイ成分』とは、何のことだろう。
 この「ハーレイ」を構成している元素などだろうか。
(しかし、そいつが足りないなどと言われても…)
 俺を食う気じゃないだろうな、とハーレイは瞬きをする。
 「まさかな」と、「肉は硬い筈だぞ」と。
 するとブルーは、ハーレイを真っ直ぐ見詰めて言った。
「ハーレイと過ごす時間もそうだし、何もかもだよ!」
 前のぼくに比べて足りなさすぎる、とブルーは主張した。
 「これじゃ駄目だよ」と、「前と同じに育たないよ」と。
「…それで、俺を丸焼きにして、食おうってか?」
 俺の肉は硬いと思うんだが、とハーレイは返す。
 「お前じゃ、とても歯が立たん」と、「やめておけ」と。
「分かってるってば、だからその分、唇にキス…」
 それで成分を補充出来るよ、とブルーは笑んだ。
 「ぼくにハーレイ成分、ちょうだい」と。


「馬鹿野郎!」
 だったら俺を丸ごと齧れ、とハーレイは腕を差し出した。
「何処からでもいいから、齧っていいぞ」
 ついでにグッと力を入れて、自慢の筋肉を盛り上げる。
 「お前ごときで、歯が立つかな?」と。
 「さあ、存分に齧ってくれ」と、「好きなだけな」と…。



        足りないんだけど・了








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「ねえ、ハーレイ。恋の相談…」
 してもいいかな、と小さなブルーが傾げた首。
 二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
 お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 恋の相談だって?」
 なんだそれは、とハーレイは呆れて、直ぐに笑った。
 「お断りだ」とキッパリ断り、ブルーを軽く睨み付ける。
「あのなあ…。俺がその手に乗ると思うか?」
 お前との恋の話だなんて、と、睨んだ後は笑いの続き。
 可笑しくてたまらないのだけれども、ブルーは違った。
「ハーレイ、何か勘違いをしていない?」
 誰がハーレイって言ったわけ、と銀色の眉を吊り上げる。
 「ぼくは名前を出してないけど」と、真剣な顔で。
(…なんだって?)
 俺の話とは違うのか、とハーレイの笑いが引っ込んだ。
 ブルーの恋の相手と言ったら、自分だけだと信じていた。
 遠く遥かな時の彼方で、前のブルーと恋をした時から。
 運命の相手だと思っていたのに、急に自信が揺らぎ出す。


(…おいおいおい…)
 他の誰かの話なのか、とハーレイの背中が冷たくなった。
 ブルーは誰かに恋をしていて、その相談をしたいのか。
(……まさかな……?)
 そんな馬鹿な、と焦る間に、ブルーは小さな溜息を零す。
 「気になる人がいるんだよね」と、赤い瞳を瞬かせて。
(嘘だろう!?)
 本当に俺の話じゃないのか、とハーレイは愕然とした。
(ブルーが、他の誰かにだって…?)
 有り得ないぞ、と思いたいのに、ブルーは続けた。
 「ハーレイ、相談に乗ってくれる?」と、大真面目に。
「だって、人生の先輩でしょ?」
 恋についても詳しいよね、とブルーは身を乗り出した。
 「どういう風に持っていくのが、いいと思う?」と。
「ど、どういう風って、何をなんだ…?」
 ハーレイは、咄嗟にそうとしか返せなかった。
 自分でも愚問だと思うけれども、それしか言えない。
 ブルーの恋の相談だなんて、考えたことも無い上に…。
(俺がこいつに恋しているのに、何故、そうなるんだ!)
 恋敵とブルーを近付ける手伝いなんて、と泣きたい気分。
 ブルーの恋の相手と言ったら、自分一人の筈だったのに。


 けれどブルーは、何処吹く風といった風情で言葉を紡ぐ。
「やっぱり、教室で声をかけるべき?」
 それとも放課後の方がいいかな、と半ば上の空。
 「他の誰か」のことを考え、頭が一杯になっている。
(…どうすりゃいいんだ…!)
 俺にキューピッドになれと言うのか、と悲鳴が出そう。
 恋の相談に乗るというのは、そういうこと。
(俺じゃない誰かと、ブルーとをだな…)
 めでたく結び付けてやるのが役目で、恋を見守る。
 まずは相手との出会いを作って、次はデートの相談で…。
(あそこなんかどうだ、と勧めてやって…)
 食事をする場所や、お茶を飲む場所、それも考えてやる。
 なにしろ子供のデートなのだし、お似合いの店を。
(初デートが上手くいったなら…)
 ブルーは早速、次のデートの相談をしてくるだろう。
 どういった場所を選ぶべきかと、赤い瞳を輝かせて。
 「ハーレイのお蔭で上手くいったよ」と、嬉しそうに。
(でもって、デートを何度も重ねて、お次は、だ…)
 誕生日などの贈り物の相談、やがてトドメがやって来る。


(…恋ってヤツが順調に運べば、最後はだな…)
 プロポーズが来てしまうんだ、と天を仰ぎたくなった。
 よりにもよってブルーのために、恋の仕上げのお手伝い。
 婚約指輪を選ぶ店やら、プロポーズの場所の相談を…。
(俺がブルーと、膝を突き合わせて…)
 熱心にすることになるのか、と絶望の淵に落っこちそう。
 「どうして、こうなっちまったんだ」と、頭を抱えて。
(…誰か、嘘だと言ってくれ…!)
 でなきゃ悪夢を見ているんだ、と、ぐるぐるしていたら。
 悪い夢なら冷めて欲しい、と願っていたら…。
「ね、そういうのは困るでしょ?」
 ぼくが他の人に恋をしたら、とブルーが笑んだ。
「は?」
「だから、もしもの話だってば」
 それが嫌なら、ぼくにキスを、と出て来た注文。
 「ぼくをしっかり繋ぎ止めなきゃ」と、得意そうに。
(……そう来たか……)
 そういうことか、とブルーの頭をコツンと叩く。
 「馬鹿野郎!」と、お返しに。
 散々、恐怖を味わった分の仕返しを、銀色の頭に…。



          恋の相談・了








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「ねえ、ハーレイ。予習するのは…」
 大切だよね、と小さなブルーが投げ掛けた問い。
 二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
 お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ?」
 急にどうした、とハーレイは目を丸くする。
 たった今まで話していたのは、まるで全く別の内容。
 とはいえ中身は他愛ないもので、学校の話でもなかった。
(…何処から予習が出て来たんだ?)
 分からんぞ、とハーレイには、ブルーの意図が掴めない。
 学校の話をしていたのならば、まだしも分かる。
 今のブルーは優秀な生徒で、きちんと予習もしていそう。
 自分でも誇りに思っているから、それを口実に…。
(褒めて欲しい、と言い出してだな…)
 御褒美にキスを寄越せと言うんだ、と見えてくる手口。
 如何にもブルーがやりそうだけれど、それにしても…。
(ちょっと強引すぎやしないか?)
 いきなり「褒めろ」はないだろう、とブルーを眺める。
 「お前、少々、厚かましいぞ」と、呆れながら。


 慣れてしまった、ブルーのやり口。
 「今日もそいつだ」と思うからこそ、様子見を選んだ。
 もしも本当に予習の話がしたいのならば、ブルーは…。
(改めて質問する筈だしな?)
 俺が黙っていた場合…、と沈黙を守る間に、質問が来た。
 「無視しないでよ」と、ブルーが頬を膨らませる。
 「ぼくは真面目に訊いてるんだよ」と、睨むようにして。
 「勉強の話の何処が駄目なの」と、「先生でしょ?」と。
「あのね、生徒の質問を、無視するだなんて…」
 先生だとも思えないけれど、とブルーは半ば怒っている。
 「どういうつもり?」と、「お休みだから?」と。
 ブルーが言うには、休日だろうが、教師は教師。
 生徒が質問して来た時には、きちんと答えを返すべき。
 でないと生徒も困ってしまう、という主張。
「だって、そうでしょ? お休みの日に予習をしてて…」
 分からなかったらどうするわけ、とブルーは詰った。
「教科書を読んでも分からなくって、参考書だって…」
 理解出来ない時もあるでしょ、と痛い所を突いて来る。
 「なのにハーレイ、無視しちゃうわけ?」と。
 「休みの日は、俺も休みなんだ」で済ませちゃうの、と。


「す、すまん…!」
 本当に予習の話だったのか、とハーレイは慌てた。
 まさかそうとは思わないから、招いてしまった今の状態。
 ブルーはすっかり御機嫌斜めで、爆発寸前かもしれない。
 これはマズイ、と急いで詫びて、宥めにかかる。
「すまない、俺が悪かった! お前は、とても優秀で…」
 予習を欠かしはしないだろ、とブルーを持ち上げた。
 「俺の古典の授業もそうだし、他の科目も」と。
 「先生たちが揃って褒めているぞ」と「いいことだ」と。
 素晴らしい心がけじゃないか、と褒めてやる。
 「予習をしてこない生徒も多いが、お前は違う」と。
 懸命に詫びたら、ブルーは「当然でしょ」と答えた。
「きちんと予習をしておかないと、自分が困るよ?」
 授業が分からなくなって…、とブルーは真剣で大真面目。
 「そうなってからでは遅いんだから」と、いうのも正論。
(…しまった、俺としたことが…)
 ちょいと深読みしすぎちまった、とハーレイは情けない。
 先走って考えすぎたあまりに、生徒のブルーの質問を…。
(無視した上に、よからぬ方向に考えちまって…)
 この有様だ、と居たたまれない気分になる。
 いつも授業で、予習の大切さを説いているのに。
 「予習しないから、こうなるんだぞ」と、叱ったりも。


(……参ったな……)
 完全に怒らせちまったかもな、とブルーの顔色を伺う。
 赤い瞳は、まだ穏やかになってはいない。
(…どうしたもんだか…)
 俺のケーキを分けてやっても無駄だろうし、と心で溜息。
 どうすればブルーの機嫌が直るか、頭の中はそれで一杯。
 困り果てていたら、ブルーが念を押すように言った。
「ハーレイ、予習は大切だよね?」
 そう思うでしょ、と確認されたから、「うむ」と返した。
「予習はとても大事なことだぞ、欠かしちゃいかん」
 無理をしすぎない程度に頑張るんだぞ、と励ましてやる。
 「今のお前も努力家だから、その調子でな」と。
 するとブルーは、嬉しそうに顔を輝かせた。
「ハーレイも、そう思うでしょ? じゃあ、手伝って!」
 お休みの日だけど、ぼくの予習を、と身を乗り出す。
 「キスの予習もしておかないと」と、「今の間に」と。
「馬鹿野郎!」
 そういう魂胆だったか、とハーレイは銀色の頭を叩いた。
 コツンと、痛くないように。
「そんな予習は、俺は手伝わないからな!」
 第一、必要無いだろうが、とチビのブルーを叱り付ける。
 「お前にキスは早すぎるんだ」と、「必要無い」と…。



         予習するのは・了








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