カテゴリー「拍手御礼」の記事一覧
「ねえ、ハーレイ。傷の手当ては…」
早めにするのがいいんだよね、と小さなブルーが傾げた首。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「傷だって? どうかしたのか?」
ささくれでも剥けてしまったのか、とハーレイは慌てた。
今日は朝から来ているくせに、まるで気付いていなかった。
ブルーが怪我をしていたなんて。
手当てはそれこそ早めが肝心、急いで対処しなくては。
だから椅子から立ち上がったけれど、直ぐに座り直した。
ブルーが笑って「そうじゃないよ」と答えたから。
ささくれなんか出来てないし、とブルーはクスクス笑った。
今現在の話ではなくて、思い出話というものらしい。
白いシャングリラの頃には、医療スタッフが何人もいた
入院設備も立派に整い、二十四時間、治療が出来た。
けれども、改造する前の船は、医務室が存在していただけ。
二十四時間、いつでも対応するのは、とても難しかった。
「だけど、ノルディは頑張ってたでしょ?」
「そうだな、怪我も病気も、早い間に手当てしておけば…」
長引かないで治るものだし、とハーレイは大きく頷く。
白いシャングリラになってからでも、皆に何度も注意した。
「いいか、早めに医務室に行って来るんだぞ」と。
病気はともかく、怪我の方は軽視されがちだった。
「このくらい、後で薬を塗ればいいさ」と後回しにして。
健康な身体の者だったならば、それも選択の一つと言える。
ところが、ミュウは虚弱な者が多くて、掠り傷でも…。
(化膿しちまって、後が長引いて…)
医務室通いで、仕事の方まで滞るケースがありがちだった。
化膿してズキズキ痛む手指では、無理な仕事も少なくない。
そういった者を叱ったことなら、山ほどあった。
今となっては思い出だけれど、当時は焦ったりもした。
代わりの者が何人もいれば、さほど困りはしないのに…。
(自分の代わりがいないヤツほど、傷の手当てを…)
後回しにして、目の前の仕事をこなして、後でツケが来た。
代わりの者がいないとなったら、どうにもならない。
「怪我したヤツが休んじまって、ゼルが現場に入るとか…」
多かったよな、とハーレイが言うと、ブルーも笑い始める。
「そう、そういうの! ゼルが一番、多かったかな」
「まあなあ…。機関部は怪我をしやすい場所で…」
ついでに専門知識も要るし、と二人で散々、笑い合った。
今だからこそ笑える話で、当時は笑えなかったから。
「それでね、ハーレイ…」
やっぱり今でも、常識だよね、とブルーが尋ねる。
「傷の手当ては、早めにするのがいいんだよね」と。
「当然だよな、いくら時代が変わっても…」
人間、そうそう変わらないぞ、とハーレイは返した。
ミュウは丈夫になったけれども、怪我も病気も、今もある。
怪我をしたなら、早めに手当ては昔と同じに常識だった。
「ね、ハーレイもそう思うでしょ?」
だったら、手当てをしてくれない、とブルーが自分を指す。
「おい、お前、怪我をしてたのか!?」
さっき、違うと言ったくせに、とハーレイの顔が青くなる。
ブルーは我慢強い方だし、実は朝から、足の裏とか…。
(見えない所に怪我をしているのに、黙ってたとか…)
ありそうだぞ、と心臓が縮み上がってしまう。
気付かないままで話していたとは、恋人失格。
ブルーが「自分の不調を口にしない」のは、いつものこと。
前の生でもそうだったけれど、今の生でも変わらなかった。
ハーレイと一緒に過ごしたいからと、無理をする。
倒れそうなくせに登校したり、熱があるのに黙っていたり。
(今日もなのか…!)
実にマズイぞ、とハーレイはブルーに急いで聞いた。
「いったい、何処に怪我をしたんだ!?」
足の裏か、と問うと「違うよ」とブルーは首を横に振る。
「外からだと、見えない場所なんだけど…」
「腕か、それなら袖をだな…」
早く捲れ、とハーレイは椅子から立ち上がった。
とにかく傷を確認しないと、手当ては出来ない。
腕の傷にしても、背中に怪我をしていたとしても。
(傷を見てから、ブルーのお母さんに頼んで…)
救急箱を出して貰って、手当てすることになるだろう。
もっと早くに、ブルー自身が、そうしてくれれば…。
(良かったんだが、まさに機関部の連中みたいに…)
俺に会う方を優先したな、と容易に想像がついた。
怪我の手当てにかける時間より、恋人と話す時間を優先。
そうした挙句に、今頃になって痛み出したか、あるいは…。
(俺に手当てをして貰えばいい、と思ったかだな)
どちらにしても、早く手当てをしなければ。
ハーレイは、まるで動こうとしないブルーを叱った。
「早くしろ! 腕か背中か、俺は知らんが…」
悪化しちまったら大変だぞ、と傷口を見せるように急かす。
「いったい何処だ」と、「怪我を見せろ」と。
そうしたら…。
「違うよ、心の傷だってば!」
キスをくれないから、今も痛くて…、とブルーは言った。
「だから早めに手当てしてよ」と、「キスで治して」と。
(なんだって…!)
そういう魂胆だったのか、と騙された自分が情けない。
またもブルーの罠にはまって、無駄に心配してしまった。
「馬鹿野郎!」
そんな怪我なら放っておけ、とハーレイは軽く拳を握る。
銀色の頭を、コツンと叩いてやるために。
「悪化したって死にやしない」と、ブルーを睨み付けて…。
傷の手当ては・了
早めにするのがいいんだよね、と小さなブルーが傾げた首。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「傷だって? どうかしたのか?」
ささくれでも剥けてしまったのか、とハーレイは慌てた。
今日は朝から来ているくせに、まるで気付いていなかった。
ブルーが怪我をしていたなんて。
手当てはそれこそ早めが肝心、急いで対処しなくては。
だから椅子から立ち上がったけれど、直ぐに座り直した。
ブルーが笑って「そうじゃないよ」と答えたから。
ささくれなんか出来てないし、とブルーはクスクス笑った。
今現在の話ではなくて、思い出話というものらしい。
白いシャングリラの頃には、医療スタッフが何人もいた
入院設備も立派に整い、二十四時間、治療が出来た。
けれども、改造する前の船は、医務室が存在していただけ。
二十四時間、いつでも対応するのは、とても難しかった。
「だけど、ノルディは頑張ってたでしょ?」
「そうだな、怪我も病気も、早い間に手当てしておけば…」
長引かないで治るものだし、とハーレイは大きく頷く。
白いシャングリラになってからでも、皆に何度も注意した。
「いいか、早めに医務室に行って来るんだぞ」と。
病気はともかく、怪我の方は軽視されがちだった。
「このくらい、後で薬を塗ればいいさ」と後回しにして。
健康な身体の者だったならば、それも選択の一つと言える。
ところが、ミュウは虚弱な者が多くて、掠り傷でも…。
(化膿しちまって、後が長引いて…)
医務室通いで、仕事の方まで滞るケースがありがちだった。
化膿してズキズキ痛む手指では、無理な仕事も少なくない。
そういった者を叱ったことなら、山ほどあった。
今となっては思い出だけれど、当時は焦ったりもした。
代わりの者が何人もいれば、さほど困りはしないのに…。
(自分の代わりがいないヤツほど、傷の手当てを…)
後回しにして、目の前の仕事をこなして、後でツケが来た。
代わりの者がいないとなったら、どうにもならない。
「怪我したヤツが休んじまって、ゼルが現場に入るとか…」
多かったよな、とハーレイが言うと、ブルーも笑い始める。
「そう、そういうの! ゼルが一番、多かったかな」
「まあなあ…。機関部は怪我をしやすい場所で…」
ついでに専門知識も要るし、と二人で散々、笑い合った。
今だからこそ笑える話で、当時は笑えなかったから。
「それでね、ハーレイ…」
やっぱり今でも、常識だよね、とブルーが尋ねる。
「傷の手当ては、早めにするのがいいんだよね」と。
「当然だよな、いくら時代が変わっても…」
人間、そうそう変わらないぞ、とハーレイは返した。
ミュウは丈夫になったけれども、怪我も病気も、今もある。
怪我をしたなら、早めに手当ては昔と同じに常識だった。
「ね、ハーレイもそう思うでしょ?」
だったら、手当てをしてくれない、とブルーが自分を指す。
「おい、お前、怪我をしてたのか!?」
さっき、違うと言ったくせに、とハーレイの顔が青くなる。
ブルーは我慢強い方だし、実は朝から、足の裏とか…。
(見えない所に怪我をしているのに、黙ってたとか…)
ありそうだぞ、と心臓が縮み上がってしまう。
気付かないままで話していたとは、恋人失格。
ブルーが「自分の不調を口にしない」のは、いつものこと。
前の生でもそうだったけれど、今の生でも変わらなかった。
ハーレイと一緒に過ごしたいからと、無理をする。
倒れそうなくせに登校したり、熱があるのに黙っていたり。
(今日もなのか…!)
実にマズイぞ、とハーレイはブルーに急いで聞いた。
「いったい、何処に怪我をしたんだ!?」
足の裏か、と問うと「違うよ」とブルーは首を横に振る。
「外からだと、見えない場所なんだけど…」
「腕か、それなら袖をだな…」
早く捲れ、とハーレイは椅子から立ち上がった。
とにかく傷を確認しないと、手当ては出来ない。
腕の傷にしても、背中に怪我をしていたとしても。
(傷を見てから、ブルーのお母さんに頼んで…)
救急箱を出して貰って、手当てすることになるだろう。
もっと早くに、ブルー自身が、そうしてくれれば…。
(良かったんだが、まさに機関部の連中みたいに…)
俺に会う方を優先したな、と容易に想像がついた。
怪我の手当てにかける時間より、恋人と話す時間を優先。
そうした挙句に、今頃になって痛み出したか、あるいは…。
(俺に手当てをして貰えばいい、と思ったかだな)
どちらにしても、早く手当てをしなければ。
ハーレイは、まるで動こうとしないブルーを叱った。
「早くしろ! 腕か背中か、俺は知らんが…」
悪化しちまったら大変だぞ、と傷口を見せるように急かす。
「いったい何処だ」と、「怪我を見せろ」と。
そうしたら…。
「違うよ、心の傷だってば!」
キスをくれないから、今も痛くて…、とブルーは言った。
「だから早めに手当てしてよ」と、「キスで治して」と。
(なんだって…!)
そういう魂胆だったのか、と騙された自分が情けない。
またもブルーの罠にはまって、無駄に心配してしまった。
「馬鹿野郎!」
そんな怪我なら放っておけ、とハーレイは軽く拳を握る。
銀色の頭を、コツンと叩いてやるために。
「悪化したって死にやしない」と、ブルーを睨み付けて…。
傷の手当ては・了
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「ねえ、ハーレイ。…ハーレイって…」
修理するのは得意なの、と小さなブルーが傾げた首。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 修理って…」
どういうヤツだ、とハーレイはブルーに問い返した。
一口に修理と纏められても、修理の中にも色々とある。
家にある道具で、誰でもヒョイと直せるもの。
直す道具が家にあっても、少々、技術が必要なもの。
(技術が要るって方になったら、得意分野の方もだな…)
人それぞれで変わって来るから、難しい。
大工仕事が得意な人なら、家具や建具はお手のものだろう。
けれど、敷物の端がほつれそうだとか、そういうものは…。
(大工仕事じゃ、どうにもならんぞ…)
まるで分野が違うからな、と考えただけで答えが出て来る。
ブルーが言う修理がどの分野なのか、まず聞かないと。
ハーレイに尋ねられたブルーは、首を捻った。
「えっと…? 修理は修理で、そのまんまだよ?」
壊れたものを直すヤツなんだけど、と答えに困った様子。
「そいつは、ただの思い付きなのか?」
修理したい何かがあるんじゃなくて…、とハーレイは返す。
「机の引き出しが壊れちまったとか、そういうのだ」と。
「引き出しだったら、壊れてないよ?」
でも、そういうのも直せるの、とブルーの赤い瞳が瞬く。
「引き出しなんかも、直せちゃうの?」と驚いた顔で。
「そりゃまあ、なあ…?」
家にある道具で間に合う程度なら、とハーレイは笑んだ。
実際、その手の修理だったら、別に大したことではない。
自分の家でも、棚などを直したりもする。
だから、ブルーにそう言ってやった。
「引き出しとかが壊れそうなら、壊れる前に、だ…」
俺に言えよ、と片目をパチンと瞑って。
「ありがとう! 壊れる前でも、頼んでいいんだね!」
流石、ハーレイ、とブルーは大きく頷く。
「前はキャプテンをやっていたから、早めなんだね」と。
言われてみれば、時の彼方ではそうだった。
白いシャングリラに、故障が起きてからでは遅い。
修理が必要になってしまう前に、必ず、メンテナンス。
定期的に行う分はもちろん、予定外のも何度もやった。
(宇宙船ってヤツは繊細な上に、デカイ船だし…)
何が原因で、どう壊れるかは、予測不能な部分も大きい。
それだけに故障は未然に防いで、修理班は出ないのが理想。
(…とはいえ、それだけやっていても、だ…)
やっぱり故障は起きたんだよな、と思い返して苦笑する。
「修理班ってヤツも、あの船には必須だったよなあ…」と。
ところでブルーは、何かを修理したいのだろうか。
机の引き出しは無事らしいけれど、他の何かが壊れたとか。
(俺で直せるヤツならいいが…)
聞いてみるか、とハーレイはブルーを見詰めて言った。
「それで、何かが壊れちまったのか?」
俺に直せるなら直してやるが、と付け加えるのも忘れない。
「難しいヤツは無理だし、専門外のも無理だがな」と。
するとブルーは、「大丈夫だと思うけど…」と即答だった。
「ハーレイだったら、きっと得意だと思うんだ」とも。
「…今の俺だ、ってトコを忘れてくれるなよ?」
もうキャプテンじゃないんだからな、とハーレイは慌てた。
部屋の空調を直してくれとか、頼まれたって困ってしまう。
キャプテン・ハーレイだった頃なら、ある程度なら…。
(門前の小僧ってヤツで、船の設備も、そこそこは…)
応急修理が出来たけれども、今では無理。
ただの古典の教師なのだし、腕も知識も持ってはいない。
「簡単なヤツしか直せないぞ」と、ハーレイは念を押した。
今の自分に直せるものは、ごく単純なものだけだ、と。
「うん。でも、簡単なものだから…」
それに、ハーレイにしか直せないしね、とブルーが微笑む。
「他の人だと、絶対に無理」と、赤い瞳を輝かせて。
「おい、ちょっと待て!」
いったい何の修理なんだ、とハーレイが覚えた不吉な予感。
もしや自分は、とんでもない修理を請け負ったのでは…。
(いや、まさか…。しかしだな…!)
嫌な予感しかしないんだが、と焦る間に、ブルーは言った。
「頼みたいのは、ぼくの心の修理だよ?」
だって、キスしてくれないからね、とブルーは膨れっ面。
「修理するなら、早めの方がいいんでしょ?」と睨んで。
(そう来たか…!)
揚げ足まで取って来やがった、とハーレイは軽く拳を握る。
ブルーの頭を、軽くコツンとやるために。
「そんなもの、修理の必要なんぞは無いからな!」
壊れたって死にやしないだろうが、と叱って、頭をコツン。
なにしろ、ブルーの心と来たら、壊れるどころか…。
(うんと太々しく、俺を陥れるような計画を…)
着々と練ってやがるんだしな、と容赦はしない。
手加減するのは忘れないけれど、此処は叱っておかないと。
修理するなら魂胆の方で、よからぬ企てを防ぐためにも…。
修理するのは・了
修理するのは得意なの、と小さなブルーが傾げた首。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 修理って…」
どういうヤツだ、とハーレイはブルーに問い返した。
一口に修理と纏められても、修理の中にも色々とある。
家にある道具で、誰でもヒョイと直せるもの。
直す道具が家にあっても、少々、技術が必要なもの。
(技術が要るって方になったら、得意分野の方もだな…)
人それぞれで変わって来るから、難しい。
大工仕事が得意な人なら、家具や建具はお手のものだろう。
けれど、敷物の端がほつれそうだとか、そういうものは…。
(大工仕事じゃ、どうにもならんぞ…)
まるで分野が違うからな、と考えただけで答えが出て来る。
ブルーが言う修理がどの分野なのか、まず聞かないと。
ハーレイに尋ねられたブルーは、首を捻った。
「えっと…? 修理は修理で、そのまんまだよ?」
壊れたものを直すヤツなんだけど、と答えに困った様子。
「そいつは、ただの思い付きなのか?」
修理したい何かがあるんじゃなくて…、とハーレイは返す。
「机の引き出しが壊れちまったとか、そういうのだ」と。
「引き出しだったら、壊れてないよ?」
でも、そういうのも直せるの、とブルーの赤い瞳が瞬く。
「引き出しなんかも、直せちゃうの?」と驚いた顔で。
「そりゃまあ、なあ…?」
家にある道具で間に合う程度なら、とハーレイは笑んだ。
実際、その手の修理だったら、別に大したことではない。
自分の家でも、棚などを直したりもする。
だから、ブルーにそう言ってやった。
「引き出しとかが壊れそうなら、壊れる前に、だ…」
俺に言えよ、と片目をパチンと瞑って。
「ありがとう! 壊れる前でも、頼んでいいんだね!」
流石、ハーレイ、とブルーは大きく頷く。
「前はキャプテンをやっていたから、早めなんだね」と。
言われてみれば、時の彼方ではそうだった。
白いシャングリラに、故障が起きてからでは遅い。
修理が必要になってしまう前に、必ず、メンテナンス。
定期的に行う分はもちろん、予定外のも何度もやった。
(宇宙船ってヤツは繊細な上に、デカイ船だし…)
何が原因で、どう壊れるかは、予測不能な部分も大きい。
それだけに故障は未然に防いで、修理班は出ないのが理想。
(…とはいえ、それだけやっていても、だ…)
やっぱり故障は起きたんだよな、と思い返して苦笑する。
「修理班ってヤツも、あの船には必須だったよなあ…」と。
ところでブルーは、何かを修理したいのだろうか。
机の引き出しは無事らしいけれど、他の何かが壊れたとか。
(俺で直せるヤツならいいが…)
聞いてみるか、とハーレイはブルーを見詰めて言った。
「それで、何かが壊れちまったのか?」
俺に直せるなら直してやるが、と付け加えるのも忘れない。
「難しいヤツは無理だし、専門外のも無理だがな」と。
するとブルーは、「大丈夫だと思うけど…」と即答だった。
「ハーレイだったら、きっと得意だと思うんだ」とも。
「…今の俺だ、ってトコを忘れてくれるなよ?」
もうキャプテンじゃないんだからな、とハーレイは慌てた。
部屋の空調を直してくれとか、頼まれたって困ってしまう。
キャプテン・ハーレイだった頃なら、ある程度なら…。
(門前の小僧ってヤツで、船の設備も、そこそこは…)
応急修理が出来たけれども、今では無理。
ただの古典の教師なのだし、腕も知識も持ってはいない。
「簡単なヤツしか直せないぞ」と、ハーレイは念を押した。
今の自分に直せるものは、ごく単純なものだけだ、と。
「うん。でも、簡単なものだから…」
それに、ハーレイにしか直せないしね、とブルーが微笑む。
「他の人だと、絶対に無理」と、赤い瞳を輝かせて。
「おい、ちょっと待て!」
いったい何の修理なんだ、とハーレイが覚えた不吉な予感。
もしや自分は、とんでもない修理を請け負ったのでは…。
(いや、まさか…。しかしだな…!)
嫌な予感しかしないんだが、と焦る間に、ブルーは言った。
「頼みたいのは、ぼくの心の修理だよ?」
だって、キスしてくれないからね、とブルーは膨れっ面。
「修理するなら、早めの方がいいんでしょ?」と睨んで。
(そう来たか…!)
揚げ足まで取って来やがった、とハーレイは軽く拳を握る。
ブルーの頭を、軽くコツンとやるために。
「そんなもの、修理の必要なんぞは無いからな!」
壊れたって死にやしないだろうが、と叱って、頭をコツン。
なにしろ、ブルーの心と来たら、壊れるどころか…。
(うんと太々しく、俺を陥れるような計画を…)
着々と練ってやがるんだしな、と容赦はしない。
手加減するのは忘れないけれど、此処は叱っておかないと。
修理するなら魂胆の方で、よからぬ企てを防ぐためにも…。
修理するのは・了
「ねえ、ハーレイ。足りない力は…」
人に借りてもいいんだよね、と小さなブルーが傾げた首。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ?」
どういう意味だ、とハーレイはブルーをまじまじと見た。
いったい何を聞かれているのか、意味が全く掴めない。
足りない力というのは何で、人に借りるとは何だろう。
質問の意味が分からなければ、当然、答えを返せはしない。
だからハーレイは、ブルーに向かって注文した。
「今の質問なんだが、俺にも分かるように言ってくれ」
足りない力と、人に借りるというのを詳しく説明しろ、と。
ブルーは「分かったよ」と、直ぐに頷いて話し始めた。
「えっとね…。ぼくが、大きな荷物を運ぶとするでしょ?」
例えば、学校の倉庫から教室まで、とブルーが挙げた例。
学校には体育用具などの他にも、幾つも倉庫がある。
授業で使う様々なものを、生徒が教室まで運ぶことも多い。
「ああ、お前が当番になった時だな?」
「そう! ぼく一人だと持ち切れないとか、そんな時…」
他の人の力を借りてもいいんでしょ、とブルーは尋ねた。
当番がブルーしかいない時なら、誰か他の人、という質問。
「そりゃそうだ。いいとか、悪いとか以前の問題だろう」
人間、助け合わないとな、とハーレイは笑顔で答える。
当番の生徒が困っていたなら、頼まれなくても助けるべき。
「ぼくも手伝うよ」と名乗りを上げて、二人で荷物を運ぶ。
手の空いている生徒が他にもいるなら、その生徒だって。
「そうだよね? 目に見える力の方だと、それかな」
「目に見える力?」
物理的な力のことか、とハーレイはブルーに確認をする。
荷物を運ぶ力といったら、そういう類の力だから。
ブルーは「うん」と即答した後、二つ目の例を挙げて来た。
「あのね…。誰かがポロポロ涙を流して…」
一人で泣いているような時、とブルーは真剣な表情で言う。
「そういった時に、どうしたの、って聞いてあげる人…」
うんと優しい人がいるでしょ、とブルーの説明は続く。
声を掛けた人は、泣いている人の心に寄り添うことになる。
泣いている理由に耳を傾け、慰めたり、一緒に泣いたりも。
そうやって心を癒すけれども、それも力の一種だろう、と。
「ねえ、ハーレイは、そうは思わない?」
どう思う、とブルーが訊いて、今度はハーレイが即答した。
「その通りだと俺も思うぞ」
確かに、そいつも力だよな、とブルーに微笑み掛ける。
「なかなか、いいことを言うじゃないか」と。
「そういう力も、もちろん借りてもいいよな、うん」
むしろ、大いに借りるべきだろう、と太鼓判を押してやる。
「一人であれこれ悩んでいるより、そうするべきだ」と。
誰かに話を聞いて貰えば、心の中が整理されてゆく。
悲しみで一杯になっていたって、心の中を整理したなら…。
「心に余裕って空きが生まれて、他の色々なことをだな…」
考えられるようになるってモンだ、とハーレイは言った。
「そうすりゃ涙も早く止まるし、気分も落ち着く」と。
「やっぱりね! 足りない力は、人に借りてもよくて…」
借りた方がいい時もあるんだよね、とブルーの瞳が瞬く。
「そうだとも。見える力の方も、理屈は同じだな」
荷物を無理して運べばどうなる、とハーレイは問い掛けた。
「重たいヤツとか、持ち切れないのを、一人で運べば…」
「落っことしちゃって、壊しちゃうかも…」
「正解だ。そうなるよりかは、誰かに頼んで…」
手伝って貰うのが正しいんだぞ、と説いてやる。
見える力も借りるべきだし、少しも恥じることはない、と。
「じゃあ、ハーレイも、そういう人を見掛けたら…」
力を貸すの、とブルーが訊くから、「ああ」と答えた。
「其処で力を貸さないようなら、話にならん」と。
教師としても、人間としても失格だろう、と苦笑しながら。
するとブルーは、それは嬉しそうにニッコリと笑んだ。
「それなら、ぼくに力を貸して」と、赤い瞳を煌めかせて。
「力って…。模様替えでも始めるのか?」
この部屋の、とハーレイが見回すと、ブルーが微笑む。
「違うよ、見えない力だってば!」
心に寄り添ってくれるんでしょ、とニコニコと。
「キスをちょうだい」と、「それで元気になれるから」と。
「馬鹿野郎!」
誰がするか、とハーレイは頼みを蹴り飛ばした。
そんな力は貸せないから。
模様替えなら手伝うけども、キスは断じてお断りだ、と…。
足りない力は・了
人に借りてもいいんだよね、と小さなブルーが傾げた首。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ?」
どういう意味だ、とハーレイはブルーをまじまじと見た。
いったい何を聞かれているのか、意味が全く掴めない。
足りない力というのは何で、人に借りるとは何だろう。
質問の意味が分からなければ、当然、答えを返せはしない。
だからハーレイは、ブルーに向かって注文した。
「今の質問なんだが、俺にも分かるように言ってくれ」
足りない力と、人に借りるというのを詳しく説明しろ、と。
ブルーは「分かったよ」と、直ぐに頷いて話し始めた。
「えっとね…。ぼくが、大きな荷物を運ぶとするでしょ?」
例えば、学校の倉庫から教室まで、とブルーが挙げた例。
学校には体育用具などの他にも、幾つも倉庫がある。
授業で使う様々なものを、生徒が教室まで運ぶことも多い。
「ああ、お前が当番になった時だな?」
「そう! ぼく一人だと持ち切れないとか、そんな時…」
他の人の力を借りてもいいんでしょ、とブルーは尋ねた。
当番がブルーしかいない時なら、誰か他の人、という質問。
「そりゃそうだ。いいとか、悪いとか以前の問題だろう」
人間、助け合わないとな、とハーレイは笑顔で答える。
当番の生徒が困っていたなら、頼まれなくても助けるべき。
「ぼくも手伝うよ」と名乗りを上げて、二人で荷物を運ぶ。
手の空いている生徒が他にもいるなら、その生徒だって。
「そうだよね? 目に見える力の方だと、それかな」
「目に見える力?」
物理的な力のことか、とハーレイはブルーに確認をする。
荷物を運ぶ力といったら、そういう類の力だから。
ブルーは「うん」と即答した後、二つ目の例を挙げて来た。
「あのね…。誰かがポロポロ涙を流して…」
一人で泣いているような時、とブルーは真剣な表情で言う。
「そういった時に、どうしたの、って聞いてあげる人…」
うんと優しい人がいるでしょ、とブルーの説明は続く。
声を掛けた人は、泣いている人の心に寄り添うことになる。
泣いている理由に耳を傾け、慰めたり、一緒に泣いたりも。
そうやって心を癒すけれども、それも力の一種だろう、と。
「ねえ、ハーレイは、そうは思わない?」
どう思う、とブルーが訊いて、今度はハーレイが即答した。
「その通りだと俺も思うぞ」
確かに、そいつも力だよな、とブルーに微笑み掛ける。
「なかなか、いいことを言うじゃないか」と。
「そういう力も、もちろん借りてもいいよな、うん」
むしろ、大いに借りるべきだろう、と太鼓判を押してやる。
「一人であれこれ悩んでいるより、そうするべきだ」と。
誰かに話を聞いて貰えば、心の中が整理されてゆく。
悲しみで一杯になっていたって、心の中を整理したなら…。
「心に余裕って空きが生まれて、他の色々なことをだな…」
考えられるようになるってモンだ、とハーレイは言った。
「そうすりゃ涙も早く止まるし、気分も落ち着く」と。
「やっぱりね! 足りない力は、人に借りてもよくて…」
借りた方がいい時もあるんだよね、とブルーの瞳が瞬く。
「そうだとも。見える力の方も、理屈は同じだな」
荷物を無理して運べばどうなる、とハーレイは問い掛けた。
「重たいヤツとか、持ち切れないのを、一人で運べば…」
「落っことしちゃって、壊しちゃうかも…」
「正解だ。そうなるよりかは、誰かに頼んで…」
手伝って貰うのが正しいんだぞ、と説いてやる。
見える力も借りるべきだし、少しも恥じることはない、と。
「じゃあ、ハーレイも、そういう人を見掛けたら…」
力を貸すの、とブルーが訊くから、「ああ」と答えた。
「其処で力を貸さないようなら、話にならん」と。
教師としても、人間としても失格だろう、と苦笑しながら。
するとブルーは、それは嬉しそうにニッコリと笑んだ。
「それなら、ぼくに力を貸して」と、赤い瞳を煌めかせて。
「力って…。模様替えでも始めるのか?」
この部屋の、とハーレイが見回すと、ブルーが微笑む。
「違うよ、見えない力だってば!」
心に寄り添ってくれるんでしょ、とニコニコと。
「キスをちょうだい」と、「それで元気になれるから」と。
「馬鹿野郎!」
誰がするか、とハーレイは頼みを蹴り飛ばした。
そんな力は貸せないから。
模様替えなら手伝うけども、キスは断じてお断りだ、と…。
足りない力は・了
「ねえ、ハーレイ。謝るためには…」
誠意を見せるのが大切だよね、とブルーは顔を曇らせた。
二人きりで過ごす休日の午後に、突然に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 謝るって…」
どうしたんだ、とハーレイは慌てて問い掛けた。
ブルーは何もしてはいないし、思い当たる節が全く無い。
朝にブルーの家に来てから、謝られるようなことは…。
(何も無いよな…?)
ということは、友達と何かあったのか、と推測してみる。
ブルーが友達を怒らせることなど、無さそうだけれど…。
(場合によっては、有り得るかもなあ…)
なにしろ、学校という場所は生徒で溢れ返っている。
ブルーに悪気は無かったとしても、廊下か何処かで…。
(すれ違いざまにぶつかっちまって、そのはずみに…)
友達が持っていた鞄が落ちて、中身が壊れてしまうとか。
(壊れなくても、まだ食っていない弁当が…)
グチャグチャになるってこともあるか、と考えた。
昼に食べようと楽しみに買った、パンがペシャンコとか。
(…食い物の恨みは怖いモンだし…)
まして食べ盛りの年頃だしな、と苦笑いする。
「そういうことか」と、「原因は多分、弁当だろう」と。
きっとそうだ、と気が付いたから、ブルーに尋ねた。
「友達に、何か、やらかしちまったのか?」
「うん、友達と言えば、友達かも…」
やっちゃったんだ、とブルーは肩を落とした。
「渡す筈のもの、渡さずに放って来ちゃったんだよ」
「なんだって!?」
お前がか、とハーレイは目を丸くした。
ブルーは今も昔も真面目で、約束を破ることなどしない。
「明日、渡すね」と約束したなら、必ず守る。
なのに渡さずに放って来たとは、と驚いたけれど…。
(待てよ、今日は土曜で、学校は休みで…)
明日も日曜で休みだよな、と破った原因に思い当たった。
多分、ブルーは、昨日に渡す気だったのだろう。
ところが、たまたま何かが起こって…。
(渡す相手に会い損なって、そのまま帰るしかなくて…)
渡せないままになったんだな、と納得した。
そういうことなら、ブルーに落ち度は無いのだけれど…。
(ついでに、こいつの年頃だったら、ありがちで…)
相手も気にしちゃいない筈だが、と可笑しくなる。
もしかすると、相手も忘れているかもしれない。
ブルーに何かを頼んだことも、それを受け取る約束も。
(子供には、よくあることなんだがなあ…)
ブルーの場合は事情が少し違ったっけな、と苦笑した。
前の生での記憶がある分、失敗したと思うのだろう。
普通の子ならば気にしないのに、気に病んで。
それなら、ブルーの心が軽くなるよう、手を貸さねば。
「気にしすぎだと思うぞ、俺は」
次に会ったら渡せばいいだろ、とウインクする。
「相手も忘れちまってるかもしれんし、気にするな」と。
「…そうなのかな…?」
それで誠意は見せられるかな、とブルーは心配そうな顔。
「ごめんって言って、渡せばいいの?」と瞳を瞬かせて。
「そうだとも。お前くらいの年の頃なら、充分だ」
大人だと、少々、ややこしい時もあるけどな、と笑う。
「謝るだけではマズイかも、ってお詫びに飯を…」
ご馳走したりもするんだが、と教えて、更に付け足した。
「子供の場合は、それは要らん」と、「渡せばいい」と。
「…そっか、渡すの、忘れたものを…」
「ごめん、と謝って、渡しておけば大丈夫だ」
相手も怒っちゃいないだろうさ、と微笑んでやる。
「それで充分、誠意は伝わる筈だからな」と。
「分かった、ごめん、って謝ってから…」
渡すんだね、とブルーは椅子から立ち上がった。
忘れない内に、渡す筈のものを鞄に入れるのだろうか。
それともメモに書いておくとか、鞄に結び付けるとか。
(…前のあいつも真面目だったが、今のこいつも…)
真面目だよな、とハーレイが感心していると…。
「ごめんね、ハーレイ」
渡せなくって、とブルーが側にやって来た。
「遅くなっちゃったけど、さよならのキス…」
メギドに飛ぶ前に、渡せずに行っちゃったから、と。
「なんだって!?」
ソレか、とブルーの魂胆に気付いて、パッと身を引く。
確かに貰い損なったけれど、今頃、渡して貰っても…。
(第一、こいつはチビでだな…!)
唇へのキスは許していない、とブルーを睨んで…。
「ほほう、さよならのキスなんだな?」
それを貰ってお別れなのか、とブルーに顔を近付けた。
「なら、お別れだ」と、「二度と来ない」と。
「ちょ、ちょっと…!」
それは困るよ、とブルーは悲鳴だけれども、知らん顔。
「早く、寄越せ」と。
「さよならのキスを貰って、俺はさよならだな」と…。
謝るためには・了
誠意を見せるのが大切だよね、とブルーは顔を曇らせた。
二人きりで過ごす休日の午後に、突然に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 謝るって…」
どうしたんだ、とハーレイは慌てて問い掛けた。
ブルーは何もしてはいないし、思い当たる節が全く無い。
朝にブルーの家に来てから、謝られるようなことは…。
(何も無いよな…?)
ということは、友達と何かあったのか、と推測してみる。
ブルーが友達を怒らせることなど、無さそうだけれど…。
(場合によっては、有り得るかもなあ…)
なにしろ、学校という場所は生徒で溢れ返っている。
ブルーに悪気は無かったとしても、廊下か何処かで…。
(すれ違いざまにぶつかっちまって、そのはずみに…)
友達が持っていた鞄が落ちて、中身が壊れてしまうとか。
(壊れなくても、まだ食っていない弁当が…)
グチャグチャになるってこともあるか、と考えた。
昼に食べようと楽しみに買った、パンがペシャンコとか。
(…食い物の恨みは怖いモンだし…)
まして食べ盛りの年頃だしな、と苦笑いする。
「そういうことか」と、「原因は多分、弁当だろう」と。
きっとそうだ、と気が付いたから、ブルーに尋ねた。
「友達に、何か、やらかしちまったのか?」
「うん、友達と言えば、友達かも…」
やっちゃったんだ、とブルーは肩を落とした。
「渡す筈のもの、渡さずに放って来ちゃったんだよ」
「なんだって!?」
お前がか、とハーレイは目を丸くした。
ブルーは今も昔も真面目で、約束を破ることなどしない。
「明日、渡すね」と約束したなら、必ず守る。
なのに渡さずに放って来たとは、と驚いたけれど…。
(待てよ、今日は土曜で、学校は休みで…)
明日も日曜で休みだよな、と破った原因に思い当たった。
多分、ブルーは、昨日に渡す気だったのだろう。
ところが、たまたま何かが起こって…。
(渡す相手に会い損なって、そのまま帰るしかなくて…)
渡せないままになったんだな、と納得した。
そういうことなら、ブルーに落ち度は無いのだけれど…。
(ついでに、こいつの年頃だったら、ありがちで…)
相手も気にしちゃいない筈だが、と可笑しくなる。
もしかすると、相手も忘れているかもしれない。
ブルーに何かを頼んだことも、それを受け取る約束も。
(子供には、よくあることなんだがなあ…)
ブルーの場合は事情が少し違ったっけな、と苦笑した。
前の生での記憶がある分、失敗したと思うのだろう。
普通の子ならば気にしないのに、気に病んで。
それなら、ブルーの心が軽くなるよう、手を貸さねば。
「気にしすぎだと思うぞ、俺は」
次に会ったら渡せばいいだろ、とウインクする。
「相手も忘れちまってるかもしれんし、気にするな」と。
「…そうなのかな…?」
それで誠意は見せられるかな、とブルーは心配そうな顔。
「ごめんって言って、渡せばいいの?」と瞳を瞬かせて。
「そうだとも。お前くらいの年の頃なら、充分だ」
大人だと、少々、ややこしい時もあるけどな、と笑う。
「謝るだけではマズイかも、ってお詫びに飯を…」
ご馳走したりもするんだが、と教えて、更に付け足した。
「子供の場合は、それは要らん」と、「渡せばいい」と。
「…そっか、渡すの、忘れたものを…」
「ごめん、と謝って、渡しておけば大丈夫だ」
相手も怒っちゃいないだろうさ、と微笑んでやる。
「それで充分、誠意は伝わる筈だからな」と。
「分かった、ごめん、って謝ってから…」
渡すんだね、とブルーは椅子から立ち上がった。
忘れない内に、渡す筈のものを鞄に入れるのだろうか。
それともメモに書いておくとか、鞄に結び付けるとか。
(…前のあいつも真面目だったが、今のこいつも…)
真面目だよな、とハーレイが感心していると…。
「ごめんね、ハーレイ」
渡せなくって、とブルーが側にやって来た。
「遅くなっちゃったけど、さよならのキス…」
メギドに飛ぶ前に、渡せずに行っちゃったから、と。
「なんだって!?」
ソレか、とブルーの魂胆に気付いて、パッと身を引く。
確かに貰い損なったけれど、今頃、渡して貰っても…。
(第一、こいつはチビでだな…!)
唇へのキスは許していない、とブルーを睨んで…。
「ほほう、さよならのキスなんだな?」
それを貰ってお別れなのか、とブルーに顔を近付けた。
「なら、お別れだ」と、「二度と来ない」と。
「ちょ、ちょっと…!」
それは困るよ、とブルーは悲鳴だけれども、知らん顔。
「早く、寄越せ」と。
「さよならのキスを貰って、俺はさよならだな」と…。
謝るためには・了
「ねえ、ハーレイ。なんだか心配なんだけど…」
とても心配なんだけれど、と小さなブルーが曇らせた顔。
二人きりで過ごす午後のお茶の時間に、突然に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「心配だって?」
急にどうした、とハーレイは赤い瞳を覗き込んだ。
其処には確かに、不安そうな影が揺らめいている。
(いったい何があったんだ…?)
そんな話はしていないぞ、とハーレイは思い返してみた。
ついさっきまでの話題に加えて、今日の出来事を全て。
(…ブルーは朝から御機嫌でだな…)
身体の調子もいい筈だが、と考えた所でハタと気付いた。
もしかしたら、体調かもしれない。
元気そうに見えているのだけれども、この瞬間にも…。
(気を抜いたら眩暈を起こしそうだとか、眠いとか…)
不調になる兆しを、ブルーは自覚したのだろうか。
そうだとしたら、放っておいたら大変なことになる。
ブルーは普段から無理をしがちで、学校だって…。
(俺の授業があるってだけで、うんと具合が悪くても…)
登校して来て倒れるほどだし、休日となれば危険は倍増。
二人きりで過ごせるチャンスに、寝ているわけがない。
(こりゃ厄介だぞ、呑気に喋っていないでだな…)
ブルーをベッドに入れるべきだ、とハーレイは判断した。
自分から「寝る」と言う筈が無いし、命じるしかない。
「おい、大人しくベッドに入れ」
パッタリ倒れちまう前に、と腕組みをしてブルーを睨む。
「でないと、後が大変だぞ」と諭すように。
「いいか、今日くらい、と思っているんだろうが…」
此処で寝込んだら学校もパアだ、と現実を突き付けた。
来週の古典の授業は出られず、学校にも行けない、と。
「それが嫌なら、サッサとベッドで寝るんだな」
黙って帰りやしないから、とブルーを安心させてやる。
ちゃんと夕食の時間までいて、夕食も、出来れば…。
「お前と一緒に食いたいからなあ、俺だって」
だから、それまでに早く治せ、と微笑み掛けた。
「心配だなんて言っていないで、早めに寝ろ」と。
けれどブルーは頷く代わりに、キョトンと目を丸くした。
「えっと…? なんで寝なくちゃいけないの?」
「誤魔化すんじゃない。心配なんだろ?」
具合が悪くなりそうで…、とハーレイは指摘する。
そうなる前に治さないとな、とベッドの方を指差して。
ところが、ブルーは「違うってば」と唇を尖らせた。
「全然違うよ」と不満げな顔で、頬までが膨らみそう。
「そんな調子だから、うんと心配なんだけど…?」
ホントのホントに心配で…、とブルーは溜息をつく。
「ますます心配になって来ちゃった」と情けなさそうに。
「はあ…?」
もしかして俺が原因なのか、とハーレイは首を捻った。
ますますもって、そういう心当たりが無い。
ブルーが心配になるようなことを、してなどはいない。
(…そうだよなあ…?)
朝からずっと此処にいるんだし、と考えてみる。
「何かやったか?」と、「していないよな」と、何回も。
(……サッパリ分からん……)
まるで分からん、と唸っていたら、ブルーが口を開いた。
「あーあ、ホントに嫌いになりそう…」
「はあ?」
またしても「はあ?」になったけれども、仕方ない。
それしか口から出て来なかったし、どうしようもない。
ブルーはフウと溜息をついて、肩を竦めた。
「鈍いよね…」と、「ホントに嫌いになりそうだよ」と。
「なんだって?」
嫌いになるとは俺のことか、とハーレイは目を見開いた。
どうして自分が嫌われるのか、思い当たる節が全く無い。
ブルーは「ハーレイ」が大好きな筈で、前の生から…。
(俺に惚れてて、今だって俺の恋人でだな…)
嫌われるわけがないだろう、とブルーが解せない。
何故「心配」で「嫌いになる」のか、まるで全く。
「此処まで言っても分からないわけ!?」
ぼくの将来、ホントに心配、とブルーは深い溜息を零す。
「いつかホントに嫌いになりそう」と、呆れ果てた顔で。
「だから、どうしてそうなるんだ…?」
お前は俺に惚れてるくせに、とハーレイは問い返した。
「俺を嫌いになるなんてことは、有り得んだろう」と。
するとブルーは仏頂面で、プウッと頬を膨らませた。
「嫌いにもなるよ、こんな恋人」と、「鈍すぎるし」と。
「ハーレイ、ちゃんと分かっているの?」
キスの一つもくれないんだもの、とフグになったブルー。
(そういうことか、良からぬことを考えやがって…!)
膨らんだ頬を、ハーレイは逃しはしなかった。
両手を伸ばしてペシャンと潰して、フンと鼻を鳴らす。
「それなら、勝手に心配しとけ」と。
「嫌ってくれて大いに結構」と、「俺は知らん」と…。
心配なんだけど・了
とても心配なんだけれど、と小さなブルーが曇らせた顔。
二人きりで過ごす午後のお茶の時間に、突然に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「心配だって?」
急にどうした、とハーレイは赤い瞳を覗き込んだ。
其処には確かに、不安そうな影が揺らめいている。
(いったい何があったんだ…?)
そんな話はしていないぞ、とハーレイは思い返してみた。
ついさっきまでの話題に加えて、今日の出来事を全て。
(…ブルーは朝から御機嫌でだな…)
身体の調子もいい筈だが、と考えた所でハタと気付いた。
もしかしたら、体調かもしれない。
元気そうに見えているのだけれども、この瞬間にも…。
(気を抜いたら眩暈を起こしそうだとか、眠いとか…)
不調になる兆しを、ブルーは自覚したのだろうか。
そうだとしたら、放っておいたら大変なことになる。
ブルーは普段から無理をしがちで、学校だって…。
(俺の授業があるってだけで、うんと具合が悪くても…)
登校して来て倒れるほどだし、休日となれば危険は倍増。
二人きりで過ごせるチャンスに、寝ているわけがない。
(こりゃ厄介だぞ、呑気に喋っていないでだな…)
ブルーをベッドに入れるべきだ、とハーレイは判断した。
自分から「寝る」と言う筈が無いし、命じるしかない。
「おい、大人しくベッドに入れ」
パッタリ倒れちまう前に、と腕組みをしてブルーを睨む。
「でないと、後が大変だぞ」と諭すように。
「いいか、今日くらい、と思っているんだろうが…」
此処で寝込んだら学校もパアだ、と現実を突き付けた。
来週の古典の授業は出られず、学校にも行けない、と。
「それが嫌なら、サッサとベッドで寝るんだな」
黙って帰りやしないから、とブルーを安心させてやる。
ちゃんと夕食の時間までいて、夕食も、出来れば…。
「お前と一緒に食いたいからなあ、俺だって」
だから、それまでに早く治せ、と微笑み掛けた。
「心配だなんて言っていないで、早めに寝ろ」と。
けれどブルーは頷く代わりに、キョトンと目を丸くした。
「えっと…? なんで寝なくちゃいけないの?」
「誤魔化すんじゃない。心配なんだろ?」
具合が悪くなりそうで…、とハーレイは指摘する。
そうなる前に治さないとな、とベッドの方を指差して。
ところが、ブルーは「違うってば」と唇を尖らせた。
「全然違うよ」と不満げな顔で、頬までが膨らみそう。
「そんな調子だから、うんと心配なんだけど…?」
ホントのホントに心配で…、とブルーは溜息をつく。
「ますます心配になって来ちゃった」と情けなさそうに。
「はあ…?」
もしかして俺が原因なのか、とハーレイは首を捻った。
ますますもって、そういう心当たりが無い。
ブルーが心配になるようなことを、してなどはいない。
(…そうだよなあ…?)
朝からずっと此処にいるんだし、と考えてみる。
「何かやったか?」と、「していないよな」と、何回も。
(……サッパリ分からん……)
まるで分からん、と唸っていたら、ブルーが口を開いた。
「あーあ、ホントに嫌いになりそう…」
「はあ?」
またしても「はあ?」になったけれども、仕方ない。
それしか口から出て来なかったし、どうしようもない。
ブルーはフウと溜息をついて、肩を竦めた。
「鈍いよね…」と、「ホントに嫌いになりそうだよ」と。
「なんだって?」
嫌いになるとは俺のことか、とハーレイは目を見開いた。
どうして自分が嫌われるのか、思い当たる節が全く無い。
ブルーは「ハーレイ」が大好きな筈で、前の生から…。
(俺に惚れてて、今だって俺の恋人でだな…)
嫌われるわけがないだろう、とブルーが解せない。
何故「心配」で「嫌いになる」のか、まるで全く。
「此処まで言っても分からないわけ!?」
ぼくの将来、ホントに心配、とブルーは深い溜息を零す。
「いつかホントに嫌いになりそう」と、呆れ果てた顔で。
「だから、どうしてそうなるんだ…?」
お前は俺に惚れてるくせに、とハーレイは問い返した。
「俺を嫌いになるなんてことは、有り得んだろう」と。
するとブルーは仏頂面で、プウッと頬を膨らませた。
「嫌いにもなるよ、こんな恋人」と、「鈍すぎるし」と。
「ハーレイ、ちゃんと分かっているの?」
キスの一つもくれないんだもの、とフグになったブルー。
(そういうことか、良からぬことを考えやがって…!)
膨らんだ頬を、ハーレイは逃しはしなかった。
両手を伸ばしてペシャンと潰して、フンと鼻を鳴らす。
「それなら、勝手に心配しとけ」と。
「嫌ってくれて大いに結構」と、「俺は知らん」と…。
心配なんだけど・了
