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カテゴリー「拍手御礼」の記事一覧
「ねえ、ハーレイ。思いやりって…」
 大切だよね、と小さなブルーが投げ掛けた問い。
 二人きりで過ごす休日の午後に、突然に。
 お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 思いやりって…」
 急にどうした、とハーレイは首を傾げてブルーを見詰めた。
 質問の意図は謎だけれども、思いやりというものならば…。
(こいつは充分、持ち合わせている筈だよな…?)
 前のあいつには負けるかもだが、と考えてしまう。
 遠く遥かな時の彼方で、ひたすらに人を思いやったブルー。
 自分のことなど後回しにして、全て、他人を優先だった。
(いつも仲間のことを思って、思いやって生きて…)
 最後にはとうとう、命までをも捨ててしまった。
 自分の命さえ投げ出したならば、白い箱舟を守れるから。
 シャングリラをナスカから、無事に何処かへ逃がせるから。
(…前の俺たちは、そうやって…)
 ブルーの「最後の思いやり」に救われ、地球を目指した。
 そうやって今の平和が生まれて、地球も青く蘇った。
(とはいえ、前のあいつは戻らないままで…)
 青い地球の上に生まれて来るまで、報われないまま。
 もしかしたなら、天国で報われたのかもしれないけれど。


 そんな風に生きた前のブルーと、今の小さなブルーは違う。
 今のブルーは幸せ一杯、時には我儘だって言う。
(しかしだな…)
 思いやりに欠けているなどと、一度も思ったことはない。
 まだまだチビの子供だけれども、人を思いやる心は充分。
(お父さんたちが心配するだろうから、と…)
 具合が悪いのを隠そうとしたり、無理をしてみたり。
 結局、体調を崩してしまって、寝込んだ時にも同じこと。
(大丈夫だよ、って…)
 自分のことは一人で出来る、と頑張ろうとする。
 ベッドから降りた途端に倒れそうでも、踏ん張って。
 パジャマの着替えが大変だろうが、母を呼びはしないで。
(…たまに途中で、ダウンしちまうみたいだが…)
 着替えられずに床に倒れて、そのままな日もあるらしい。
 もっとも、両親の方も、それは承知で、注意している。
 「ブルーがベッドで、寝ているかどうか」を、見に訪れる。
 水を運んだり、上掛けを直しに来たりと、口実をつけて。
(それもまた、思いやりってヤツだよなあ…)
 両親と互いに、とハーレイは一人で頷く。
 その両親が育てた今のブルーも、人を思いやれる子に育つ。
 優しい両親の心をそのまま、たっぷり受け継ぐから。


(…つまりは、思いやりは充分なわけで…)
 わざわざ俺に聞くまでもない、と考えて、ハタと気付いた。
 ブルーが言う「大切だよね」は、他の人間かもしれない。
(…こいつにとっては当然のことを、まるで無視して…)
 思いやりに欠けた誰かがいるとか、そういったケース。
 それも、ブルーの身近な所に。
(…友達の中に、そういったヤツが…)
 いるんだろうか、と顎に手を当て、「そうかもな」と思う。
 貸した本を返すのが遅いとか、約束を忘れがちだとか。
(…有り得るぞ…)
 きっとソレだ、という気がするから、ブルーに尋ねた。
「おい。もしかして、思いやりに欠けた誰かがだな…」
 お前の近くにいたりするのか、とブルーの瞳を覗き込んで。
 するとブルーは、「うん」と即座に、首を縦に振った。
「だから、ちょっぴり困ってて…」
 なのに気付いてくれないんだよ、と小さなブルーは困り顔。
 「注意するより、自分で気付いて欲しいんだけど」と。
「あー…。そりゃまあ、注意するっていうのは…」
 最後の手段になりそうだよな、とハーレイにも分かる。
 下手にやったら、友情にヒビが入るから。
 そうなることを回避するのも、これまた思いやりだから。


 けれどブルーに、どう答えたらいいのだろう。
(思いやりは大切だから、注意すべきだ、なんてだな…)
 言えはしないし、教師の自分が言いに行くのは余計に悪い。
 ブルーが「告げ口をした」と、相手は怒り出すだろう。
(…どうすりゃいいんだ、俺は…?)
 小さなブルーが困っているなら、助けたい。
 助け舟を出してやりたいけれども、その方法が出て来ない。
 ブルーに対する助言にしても、直接、助けに乗り出すにも。
(…その友達さえ、自分で気付いてくれればなあ…)
 そうすりゃ、万事解決だが、と腕組みをして考え込む。
 いったい自分は、この問題を、どうすべきか、と。
 ブルーにも「悩んでいる」のが、分かったのだろう。
「あのね…」
 やっぱり、気付くのを待つことにする、とブルーは笑んだ。
 「ぼくなら、それまで我慢出来るし、それでいいよ」と。
「そうなのか? しかし、俺にまで相談するくらい…」
 思いやりに欠けたヤツなんだろう、と心配になる。
 本当に放っておいていいのか、もう気掛かりでたまらない。
 するとブルーは、クスッと笑った。
 「だって、その人、ぼくの目の前にいるんだもの」」と。


「なんだって!?」
 俺か、とハーレイは驚いて自分を指差した。
 自分の何処が「思いやりに欠けている」のか、分からない。
 現に今にしても、ブルーの問いで悩んでいたわけで…。
「何故、俺がそういうことになるんだ?」
 分からんぞ、と睨み付けたら、ブルーは微笑む。
「ぼくの気持ちを、いつも無視してばかりでしょ?」
 キスだって、してくれないしね、と。
 「思いやりが大切だったら、ぼくにキスして」と。
(…そう来たか…!)
 極悪人め、とハーレイは拳を握った。
 ブルーの頭に、コツンと一発、軽くお見舞いするために。
 思いやりは確かに大切だけれど、それは全く別だから。
 本当にブルーを思うからこそ、キスはお預けなのだから…。


         思いやりって・了






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「ねえ、ハーレイ。早めにやるのって…」
 大切だよね、と小さなブルーが投げ掛けた問い。
 二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
 お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「早めだって?」
 急にどうした、とハーレイは軽く首を傾げた。
 ブルーは、何か用事でも思い出したのだろうか。
「えっとね…。急に思い付いただけだから…」
 特に理由は無いんだけれど、とブルーが肩を小さく竦める。
「だけど、早めにやるのは大切でしょ?」
 宿題とかも、部屋の掃除にしても…、とブルーは続けた。
「まだまだ時間はたっぷりあるし、って後回しにしたら…」
 間に合わないこともあるじゃない、と苦笑する。
 「ぼくは、そんなの、滅多に無いけど」と、付け加えて。
「なるほど、そういう意味で早めか」
 そいつは確かに大切だよな、とハーレイは大きく頷いた。
 何事も、早め、早めが大事で、前の生でもそうだったから。


 遠く遥かな時の彼方で、キャプテン・ハーレイだった頃。
 白いシャングリラになる前も、後も、早めを心掛けていた。
 エンジンのオーバーホールもそうだし、ワープドライブも。
 どれも、不具合が出てから対応するのでは遅すぎる。
 完璧に動作している間に、早め、早めにチェックしないと。
「シャングリラでも、早めが鉄則だったっけなあ…」
「うん。あの船の他に、暮らせる所は無かったしね」
 長い間…、とブルーが相槌を打つ。
 修理しないと駄目な状況なんかは、命取りだし、と。
「ああ。壊れてからだと、修理に時間がかかっちまうし…」
 そういう時に限って何か起きる、とハーレイも溜息を零す。
 事故に繋がったことは無かったけれども、よくあった。
 空調の修理が出来ていないのに、その部屋を使う局面など。
 宇宙空間は酷寒か、恒星の熱で灼熱地獄か、二つに一つ。
 そんな宇宙を飛んでいる時に、空調が壊れてしまったら…。
「凍えそうな寒さの中で会議ってのも、あったしなあ…」
「あったよね…。アルテメシアに着く前の時代には…」
 ホントに大変だったっけ、とブルーがクスクスと笑う。
 「今だから、笑い話だけれど」と、可笑しそうに。


 そういった頃の記憶は抜きでも、早めは今の時代も大切。
 「明日でいいか」と放っておいたら、急な用事が入るとか。
 実際、何度も経験したから、今のハーレイも意識している。
 余裕を持って、早め、早めだ、と自分自身に言い聞かせて。
「早めってヤツは、今も昔も、大切だよなあ…」
 つくづく思う、とハーレイはブルーに全面的に同意した。
 平和な時代になったとはいえ、油断は大敵。
 何事も早めにやっていくべきで、後回しにすれば後悔する。
「でしょ? 今のハーレイも、早めが大事で…」
 心掛けてるわけだよね、とブルーは自分を指差した。
「ぼくもそうだよ、身体が弱い分、早めにしないと…」
 寝込んじゃったら、時間が無くなっちゃうしね、と。
「まあなあ…。宿題なら、猶予を貰えそうだが…」
 部屋の掃除じゃ、困るのはお前だ、とハーレイは笑った。
「掃除が済んでない部屋で、寝込んじまったら…」
 片付いてない部屋で寝るしかないしな、と、おどけながら。
「部屋は汚れる一方で、だ…」
 それが嫌なら、お母さんに頼むしか…、とも。
 母に掃除を頼んだ場合は、あちこち覗かれてしまいそう。
 隠しておきたいものがあっても、見られるだとか。


「そう! そんなの、ホントに困っちゃうしね…」
 部屋の掃除も早めなんだよ、とブルーは否定しなかった。
 隠したいようなものは無くても、プライバシーの問題、と。
「プライバシーだと? 一人前の口を利くなあ、お前…」
 まだまだ、ほんのチビのくせに、とハーレイは返す。
 「もっと大きくなってからにしろ」と、からかうように。
「ハーレイ、酷い! でも、チビだって…」
 早めは大切なんだからね、とブルーは唇を尖らせた。
「チビだ、チビだ、って後回しは駄目!」
「はあ?」
 何を後回しにすると言うんだ、とハーレイは目を丸くする。
「お前にしたって、早めを心掛けているんだろう?」
 後回しにしてはいないじゃないか、と首を捻った。
 「それなのに、何処が駄目なんだ?」と。
 するとブルーは、「ぼくじゃなくって!」と即答した。
「ハーレイだってば、ぼくが言ってるのはね!」
「俺だって?」
「分からないかな、今だって、ぼくをチビだ、って…」
 後回しにしているじゃない、と赤い瞳が睨んで来る。
 「早めを心掛けてるくせに!」と。


「早めって…? チビと、どう繋がるんだ?」
 分からんぞ、とハーレイが唸ると、ブルーは叫んだ。
「キスだってば!」
 早めにしておくべきだよね、と勝ち誇った顔で。
「前と同じに育ってから、なんて言っていないで!」
 後回しにしちゃダメなんでしょ、とブルーは得意満面。
 早めにするのは大切だしね、と鬼の首でも取ったように。
「馬鹿野郎!」
 それは早めにしなくてもいい、とハーレイは軽く拳を握る。
 揚げ足を取りに来た悪戯小僧に、一発お見舞いするために。
 銀色の頭をコツンとやるだけ、ゴツンではなくて。
 お仕置きも、早めが大切だから。
 ブルーが調子に乗って来ない間に、やるべきだから…。



         早めにやるのは・了








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「ねえ、ハーレイ。挑戦するのは…」
 大切だよね、と小さなブルーが投げ掛けた問い。
 二人きりで過ごす休日の午後に、突然に。
 お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「挑戦だって? いったい何だ?」
 何に挑戦したいんだ、とハーレイはブルーに問い返した。
 あまりに急な質問な上に、ブルーには似合わない言葉。
 今のブルーも身体が弱くて、守りの姿勢が似合っている。
 そんなブルーが挑戦するなら、頭脳系の何かに違いない。
「えっとね…。例えば、パズルとか…」
 数学の問題とかもそうかな、とブルーは答えた。
「出来そうにない、って諦めるよりは、挑戦でしょ?」
「なんだ、やっぱり、そういうヤツか」
 案の定だな、とハーレイは笑んで、大きく頷く。
「お前のことだし、頭脳系だと思ったが…」
「うん。スポーツとかだと、挑戦は、ちょっと…」
 大切なのは分かってるけど、とブルーは肩を竦めた。
 弱い身体で挑むのは無理で、利口とも思えないから、と。


「まあなあ…。お前の身体じゃ、スポーツ系の挑戦は…」
 やらない方が賢明だよな、とハーレイも肯定するしかない。
 今も虚弱なブルーの身体は、その方面には不向きと言える。
 無理をしてまで挑戦したなら、倒れてしまうことだろう。
 元気な子供だった場合は、無理をする価値もあるけれど。
「普通だったら、其処も挑戦すべきだが…」
 お前だと、ろくなことにはならん、とハーレイにも分かる。
 寝込んでしまって学校も欠席、勉強にだって差し支える。
「でしょ? だから、ぼくならパズルとかだよ」
 でも、挑戦するのは大切だよね、とブルーは繰り返した。
 最初から無理だと投げ出すよりかは、挑戦の方、と。
「そりゃそうだ。でなきゃ力がつかんしな」
 スポーツの方が分かりやすいが、とハーレイも再び頷く。
 さっき頷いたのとは違うポイントでも、此処は頷くべきだ。
「パズルとかだと、実力がついたと分かるまでには…」
 けっこう時間がかかるからな、と苦笑する。
 答えが出るまで挑むしかなくて、途中の力は見えにくい。
 けれど、スポーツの場合は違う。
 日に日に腕が上がるものだし、客観的にも掴みやすいから。


 昨日よりは今日、今日よりは明日、と何でも上達する。
 挑んだ成果は上がるけれども、頭脳系だと分かるのは遅い。
 その点、スポーツは結果が出るのが早いものだから…。
「頭脳系で頑張る生徒よりかは、スポーツ系の方がだな…」
 挑戦する生徒は多くなるな、とハーレイは溜息をついた。
 勉強だったら投げ出す生徒も、部活だと頑張ったりもする。
 朝早くから登校して来て練習、放課後も遅くまで残ったり。
「教師としては、勉強にも挑んで欲しいんだがなあ…」
「ハーレイ、自分で言ったじゃないの」
 結果が見えにくいんだから、仕方ないよ、とブルーも笑う。
 「そんなの、誰でも投げ出すよね」と、可笑しそうに。
「分かってるんだが、やっぱりなあ…」
「投げずに挑んで欲しい、って?」
「当然だろう? お前も自分で言ったじゃないか」
 挑戦するのは大切だ、とな、とハーレイはブルーに返した。
 「俺だって挑戦して欲しいんだ」と、教師の立場で。


 実際、投げ出す生徒は多くて、教師にとっては困りもの。
 スポーツを頑張る力があるなら、勉強も努力して欲しい。
 投げ出さないで挑戦あるのみ、日々、実力を磨いてこそだ。
 聞いたブルーも、「そうだよねえ…」と相槌を打つ。
「だったら、ぼくも挑戦するのが大切だよね?」
「その通りだ。パズルに勉強、どれも挑戦が大切だよな」
 頑張れよ、とハーレイは、ブルーにエールを送った。
 スポーツ系の挑戦でなければ、ブルーの努力は喜ばしい。
 実力もつくし、やる気だって湧いてくるだろう。
 挑戦したいことがあるなら、是非、頑張って欲しいと思う。
「ありがとう! それじゃ早速、挑戦するね!」
 キスを頂戴、とブルーはニコッと笑みを浮かべた。
 「唇にキスして欲しいんだけど」と、勝ち誇った顔で。
「なんだって!?」
 何故、そうなるんだ、とハーレイの目が真ん丸になる。
 挑戦には違いないのだけれども、挑む対象が違うだろう。



「そんな挑戦、俺は絶対、認めんぞ!」
 挑まなくていい、とハーレイはブルーを叱り付けた。
 唇へのキスを贈ってやるには、今のブルーは幼すぎる。
 前のブルーと同じ背丈に育つ時まで、キスはお預け。
「だけど、ハーレイ、言ったよね!」
 挑戦するのは大切だ、って…、とブルーは引かない。
 「諦めないよ」と、「ぼくの挑戦、これなんだから!」と。
「中身によるとも言ったぞ、俺は!」
 スポーツ系だと控えた方がいいってな、とハーレイは返す。
 弱い身体で無理をするのは良くない、と確かに言ったから。
「キスはスポーツじゃないってば!」
「スポーツは例えだ、中身によるんだ!」
 認められない挑戦もある、とハーレイは軽く拳を握った。
 「分からないなら、お見舞いするぞ」とブルーを睨んで。
 「頭をコツンとやって欲しいか」と、苦い顔をして。
 妙な挑戦など、要らないから。
 挑戦するのは大切だけれど、挑む中身によるのだから…。


         挑戦するのは・了







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「ねえ、ハーレイ。難しくっても…」
 諦めちゃったらダメだよね、と小さなブルーが傾げた首。
 二人きりで過ごす休日の午後の、お茶の時間に唐突に。
 お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「難しいって…。そいつは、宿題なのか?」
 珍しいな、とハーレイは鳶色の瞳を軽く見開いた。
 ブルーはいわゆる「優等生」で、成績優秀で頭がいい。
 運動の類は駄目だけれども、苦手科目は無かった筈だ。
 それが宿題で行き詰まるとは…、と少し可笑しい。
 けれどブルーは、「ううん」と、即座に首を横に振った。
「今日は違うよ、そりゃ、ぼくだって、ごくたまに…」
 宿題で詰まることもあるけれど、とブルーが首を竦める。
 「ホントに、たまに」と、滅多に無いのを強調して。
「分かった、分かった。要は、今回は違うんだな?」
 今回は、とハーレイは、わざと繰り返してやった。
 意地になって否定するブルーが、とても面白かったから。


「笑わないでよ! でも、本当に違うんだって!」
 今回はね、とブルーも「今回は」と其処に力を入れて来た。
「宿題じゃなくって、パズルだってば!」
「パズル…?」
「そう! ハーレイ、こんなの解けるわけ?」
 コレなんだけど、とブルーが出して来たのは新聞だった。
 丸ごとではなくて「切り抜いた」もので、確かにパズルだ。
 数字を入れてゆくらしいけれども、解けないらしい。
「ああ、コレか…。こいつは、ちょいと厄介かもな」
 お前の鉛筆、貸してくれるか、とハーレイは戦闘開始した。
 この類ならば、学生の頃に流行っていたから、何とかなる。
 ただし、時間はそれなりにかかる。
 見た瞬間に「こうだ」と閃くものとは違って、根気が必要。
「うーむ…。ここにこう、と…。いや、こっちだな」
 でもって次は…、と升目を埋めてゆくのをブルーが見守る。
「そっか、そうやって解いていくんだ…?」
「お前、知らずにやっていたのか?」
「そうだよ、だって解き方、何処にも載ってなくって…」
 上級者向けってあっただけ、とブルーは苦笑した。
 「だけど、ぼくには無理だったんだよ」とパズルを指して。


 どうやらブルーは、「上級者向け」に挑戦しただけらしい。
 解き方も分かっていないというのに、出来る気になって。
「お前なあ…。まずは自分の力量ってヤツを、だ…」
 把握しないとダメだろうが、とハーレイは呆れ顔になる。
 「難しい以前の問題だろう」と、無理なものは無理、と。
「そう思う? ぼくがあそこで諦めてたら…」
 コレは解けないままなんだよね、とブルーは鉛筆を出した。
「もしかしなくても、ここ、コレじゃない?」
 合ってるかな、とブルーが書いた数字は正解だった。
「ほう…。だったら、ここも分かるのか?」
「んーとね、多分なんだけど…。コレでいいかな?]
 あんまり自信が無いんだけれど、と書き込んだ数字は正解。
 ブルーはパズルの「解き方」を理解したのに違いない。
「なるほどなあ…。俺が解くのを見て覚えた、と」
「うん。でも、諦めていたら、解けないままだよね?」
 新聞を切り抜いて来なかったら、というのは正しい。
 まるで間違ってはいないのだから、正論だった。
 ついでに言うなら、諦めないのが大切なのも、また正しい。
 だからハーレイは笑顔で言った。
 「その通りだな」と、ブルーの言葉を肯定して。


「お前が言うのも、間違っちゃいない。正しいことだ」
 諦めたらゲームオーバーだしな、とハーレイは笑う。
 「試合だったら終わっちまう」と、柔道を少し説明して。
 柔道の試合には、決まりが色々あるのだけれど…。
「相手に技をかけられた時に、技によっては、だ…」
 かけられただけで試合終了にはならん、と教えてやる。
 試合時間がまだあるのならば、チャンスはある。
 相手の技から逃れられたら、一転、攻撃に移れもする。
 そうなった時は一発逆転、勝利を掴むことだって出来る。
「もう完全に負けだろうな、と誰もが思うくらいでも…」
「勝てちゃうんだ?」
「そういうことだな、まさに劇的な勝利ってヤツだ」
 何度も実際、見て来たんだぞ、とハーレイは大きく頷く。
 「今の学校に来てからだって、あったんだしな」と。
「そうなんだ…。だったら、やっぱり、難しくっても…」
「諦めちゃダメだ、ってことだな、うん」
 お前の場合は頭で勝負になるんだろうが、と相槌を打つ。
 「柔道なんかは出来やしないし、パズルくらいだな」と。

「まあ、そうだけど…」
 そうなんだけど、とブルーは赤い瞳を瞬かせた。
 「他にも諦めちゃダメなことがね」と、難しい顔で。
「まだあるのか?」
 お次は何だ、とハーレイの目が丸くなる。
 「上級者向け」のパズルは他にもあったのだろうか。
(…俺の手に負えるヤツならいいが…)
 解けなかったら、今日は一日パズルなのか、と悲しくなる。
 せっかくブルーと過ごせる日なのに、パズルだなんて。
 そうしたら…。
「あのね、どうしたらハーレイにキスを貰えるか…」
 諦めちゃったらダメだもんね、とブルーが微笑む。
 「頑張らないと」と、「難しくっても、諦めないで」と。
「馬鹿野郎!」
 それは違う、とハーレイは軽く拳を握った。
 銀色の頭をコツンと叩いて、その挑戦を阻止するために。
 そんな難問には挑むことなく、諦めるのが正解だから…。



          難しくっても・了






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「ねえ、ハーレイ。仕切り直すのは…」
 大切だよね、と小さなブルーが投げ掛けた問い。
 二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
 お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 仕切り直すって…」
 大切って、とハーレイは鳶色の瞳を丸くした。
「なんだ、いきなりどうしたんだ?」
「えっとね…。ぼくの体験談かな」
 ちょっぴり恥ずかしいけどね、とブルーは肩を竦めた。
 「あんまり言いたくないんだけれど」と、恥ずかしそうに。
「ほほう…。何かやらかしかんだな、その様子だと」
 是非とも聞かせて欲しいモンだ、とハーレイは片目を瞑る。
 「お前の失敗談を聞けるチャンスは、貴重だしな」と。
「そうかもね…。おまけに数学の話なんだよ、コレ」
 この前、家で復習してて…、とブルーは話し始めた。


「あのね、問題を解き始めた時は、よかったんだよ」
「ふむふむ、それで?」
 何処で失敗しちまったんだ、とハーレイは興味津々。
 ブルーの方は「だから…」と言い淀みつつも、こう言った。
「最後に答えを出したら、なんだか変な数字で…」
「変だって?」
「そう! 学校で解いた時には、綺麗だったのに…」
 ズラズラ続いて終わらないわけ、とブルーは溜息をつく。
 「小数点の後に、ズラリと数字なんだよ」と。
「ほう…。数字の行列が終わってくれなかった、と…」
「うん。こんな答えじゃなかったよね、って見てみたら…」
 ノートの答えは、キッチリ綺麗だったわけ、と零れる苦笑。
「何処かで計算を間違えたんだよ、多分」
「なるほど、ありそうな話だな」
「でしょ? だから何度も解き直したのに…」
 何度やっても、全部おんなじ、とブルーは両手を広げた。
 いわゆる「お手上げ」、そういうポーズで。


「流石に頭が痛くなって来て、もう降参で…」
 一休みしてホットミルクを飲みに下まで、とブルーは笑う。
 「だって、どうにもならないしね?」と同意を求める顔で。
「そりゃまあ、なあ…。ミルクで解き方、閃いたのか?」
 休んだ効果はどうだったんだ、とハーレイは身を乗り出す。
「お前のことだし、結果的には解けたんだろうが…」
「其処なんだよね…。部屋に戻っても、まだ駄目で…」
 仕方ないからヤケになっちゃって、とブルーは特大の溜息。
「いっぺん、ノートをパタンと閉じちゃって…」
「放り投げたのか、ゴミ箱に?」
「そこまでは、やっていないけど…」
 気分はソレかな、と嘆くブルーは、相当、苦労したらしい。
 普段なら直ぐに終わる筈の復習、それが全く終わらなくて。
「ベッドにコロンと仰向けになって、ボーッとしてて…」
 それから机に戻ったわけ、と説明が続く。
「でね、真っ白な紙を一枚出して、そこで一から…」
「解き直すことにしたんだな?」
「ノートの呪いにかかったかも、って思うじゃない!」
 まず罫線から逃げなくちゃ、という気持ちは、よくわかる。
 ブルーがノートを捨てなかっただけでも、上等だろう。


「白紙の効果はあったのか?」
 ノートの呪いは無事に解けたか、とハーレイは訊いた。
 仕切り直しをしたのだったら、呪いは其処で解けたろう。
「バッチリと…。白紙に問題、書き直したら…」
「どうなった?」
「三つ目の数字を、ぼくが書き写し間違えてたんだよ!」
 答えが変になる筈だよね、とブルーは嘆くのだけれど…。
「お前、そいつは、うっかりミスっていうヤツで…」
「まさか、そうだなんて思わないじゃない!」
 でも、痛烈に思い知ったんだよね、と話は最初に繋がった。
 仕切り直すのは大切なことで、一事が万事、と。
「確かになあ…。まあ、料理だとそうはいかんが…」
 塩と砂糖を間違えてもな、とハーレイも失敗談で応じる。
「肉も野菜も、切って煮込んじまった後なんかだと…」
「仕切り直しは出来ないね…」
 もう材料も残ってないし、とブルーはクスクス笑った。
 「ハーレイだって、やっちゃうんだ?」と。
「たまにはな。だが、料理以外なら、仕切り直すぞ」
 俺だって、とハーレイは苦笑いしつつ、体験談を披露する。
「どうも妙だな、と思った書類は最初から作り直すとか」
 学生時代ならレポートとかも、と自分が仕切り直した話を。


 ブルーは楽しそうに体験談に聞き入り、笑顔になった。
「やっぱり、仕切り直すってことは大切だよね?」
「もちろんだ。お前も、その経験を次にだな…」
 ちゃんと活かしていかんとな、とハーレイは大きく頷く。
 「しくじった時は、潔く仕切り直すってヤツが一番だ」と。
「でしょ? だったら、一緒に仕切り直さない?」
「何だって?」
 一緒にとは、とハーレイは首を傾げて尋ねた。
「ティータイムを仕切り直すのか?」
 紅茶をコーヒーに換えるとか、と紅茶のポットを指差す。
「違うよ、ぼくたちの関係だってば! 最初から!」
 出会ったトコから仕切り直しで、とブルーは笑んだ。
「まず、再会のキスを交わして、そこから!」
「馬鹿野郎!」
 誰が、とハーレイは銀色の頭を、拳で軽くコツンと叩いた。
 「そういう仕切り直しは要らん!」と、ブルーを睨んで。
 「今の関係で正解なんだ」と、「チビのくせに」と…。



       仕切り直すのは・了







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