「ハーレイってさ…」
若くないよね、と衝撃的な言葉が恋人の口から飛び出した。
二人きりで過ごせる休日の午後に、ブルーの部屋で。
ハーレイは目を剥いたけれども、事実ではある。
今のブルーは十四歳にしかならない子供で、それに比べて…。
(…俺は三十八歳で…)
遠い昔の干支で言うなら、二回りも上になる年齢。
いわゆる二ダース、二十四年分も。
(しかしだな…!)
面と向かって「若くない」などと言い放たれる筋合いはない。
毎日身体を鍛えてもいるし、外見だって…。
(俺の好みで中年とはいえ、まだ年寄りでは…!)
ないと思うから、あんまり過ぎるブルーの言葉。
「若くない」だなんて。
そう思ったから、恋人の顔を真っ直ぐに見た。
赤い瞳を正面から捉えて、「どの辺りがだ?」とぶつけた質問。
自分の何処が若くないのか、ブルーはどうしてそう思うのかと。
「俺はお前より年を食っちゃいるが、年寄りじゃないぞ?」
年寄りってのは、ゼルとかヒルマンみたいなのだ、と畳み掛けた。
あの二人よりはずっと若いと、実年齢だって「今は若い」と。
なにしろ「三十八歳」だから。
前の生での年に比べたら、若造とも呼べるくらいの年齢。
まだまだヒヨコで、今の時代は本当にヒヨコ。
人間は全てミュウになったし、とてつもなく長い平均寿命。
三十八歳ならば「クチバシが黄色い」とも言っていいほど。
ブルーなんかは、卵みたいなものだろう。
その「卵」などに「若くない」なんて形容されてはたまらない。
けれど…。
「ハーレイ、自分で分からないの?」
それが若くない証拠だよね、とブルーは深い溜息をついた。
「自覚が無いのも、本当に若くないからだよ」と。
「おいおいおい…。どういう理屈で、そうなるんだ?」
俺は若いぞ、と言い返した。
外見こそ中年男だけれども、年齢だけなら誰に尋ねてもヒヨコ。
そしてブルーは卵なのだ、とチビの恋人を睨み付けたのに…。
「ぼくは卵かもしれないけれど…。でも、恋人だよ?」
放っておくのは若くないからだよね、と答えたブルー。
これが本物の若者だったら、恋人を放っておきはしないと。
休日ともなればデートにドライブ、他にも色々。
こうして「お茶を飲むだけ」だなんて、それは「年寄り」。
「年寄りだって!?」
「うん。行動力が落ちているから」
ぼくをリードする力が無いんでしょ、と決め付けられた。
若くないから、そういうことになってしまうのだと。
(この野郎…!)
よくも言ったな、と反論しかけてハタと気付いた。
ここで反論したならば…。
(チビのブルーと、デートにドライブ…)
連れて行くようにせがまれる。
ブルーの狙いは、間違いなく「ソレ」。
だから「そうだな」と腕組みをして、余裕の笑みを湛えておいた。
「確かに俺は若くないな」と。
若くないからデートは無理だと、行動力などは皆無なのだ、と…。
若くないよね・了
「ねえ、ハーレイ。複雑だよね…」
ホントにとても困っちゃうよ、と小さなブルーが零した溜息。
二人で一緒に過ごす休日、ブルーの部屋で。
いつものテーブルを間に挟んで、赤い瞳を揺らしながら。
「複雑って…。それに困り事か?」
どうしたんだ、と問うたハーレイ。
恋人が困っているとなったら、力になってやりたいもの。
いくら小さな恋人でも。
十四歳にしかならない子供で、中身も子供そのものでも。
「んーとね…」
なんて言ったらいいのかな、と口ごもるブルー。
さも困ったと言うように。
どう切り出したらいいというのか、自分でも迷っているように。
こんな時には大人の出番で、年上のハーレイが尋ねるべき。
小さなブルーが抱える悩みが、少しでも軽くなるように。
だから「どうした?」と微笑んだ。
「俺でいいなら相談に乗るぞ」と、赤い瞳を真っ直ぐ見詰めて。
「本当に? でも、ハーレイに分かるかな…」
ちょっと心配、と上目遣いに見上げるブルー。
「だって、ハーレイは大人だものね」と、言いにくそうに。
「おいおいおい…。妙なことでなければ、ちゃんと聞いてやるぞ」
変な話はお断りだが、と刺した釘。
何かと言ったらキスを強請るのが、小さなブルー。
頬や額へのキスと違って、唇へのキスを。
「ぼくにキスして」と、隙さえあれば。
(…用心に越したことは無いからな…)
こいつは悪知恵が回るんだ、と重々、承知。
今日までに何度ブルーを叱って、頭をコツンと小突いたことか。
「キスは駄目だと言ってるだろう」と。
「俺は子供にキスはしない」と。
それで今回も、先回りをしておいたのだけれど…。
「ねえ、ハーレイ。神様って、とても意地悪だよね」
「はあ?」
意表を突かれて、丸くなった目。
小さなブルーに現れた聖痕、お蔭で地球で再会できた。
神様に感謝することはあっても、意地悪だとは、何事なのか。
「お前なあ…。神様は意地悪なんかじゃないぞ」
俺とお前を、地球に連れて来て下さったじゃないか、と顰めた顔。
「なのにいったい、何を言うんだ」と咎めるように。
そうしたら…。
「だって、ぼくだけ子供なんだよ」
「…子供?」
「うん。ハーレイは、前とおんなじなのに…」
なんでぼくだけ子供なわけ、と嘆いたブルー。
「前と同じに生まれていたなら、すぐに結婚できたのに」と。
「なるほどなあ…。それで複雑だったのか」
「そう。神様には感謝してるけれども、複雑だよね…」
チビだなんて、とブルーが指差す自分の顔。
「神様、どうしてチビにしたんだろ」と。
小さなブルーの気持ちは分かる。
けれどチビでも、その方がいいと思いもする。
ブルーはこれから幸せになるし、小さい分だけ、夢も大きい。
「お前は複雑かもしれんがな…。チビの方がいいな」
ゆっくり大きくなってくれ、と銀色の頭を優しく撫でた。
「俺は、いつまでも待ってるから」と。
ブルーが大きくなってくれる日を、二人でキスが交わせる日を…。
複雑だよね・了
「うむ。…やっぱり美味いな」
お母さんのパウンドケーキ、とハーレイが浮かべた極上の笑み。
ブルーの家で過ごす休日、ブルーと向い合せに座って。
午後のお茶に出て来たパウンドケーキ。
不思議なことに、ハーレイの母が焼く味にそっくり。
(まさに、おふくろの味ってな)
自然と頬が綻ぶくらいに、嬉しい気分になってくる。
いつ食べても、とても美味だから。
隣町に住む母が、コッソリ持って来たかと思えるほどに。
「美味しい? ママに頼んでおいたんだよ」
パウンドケーキ、とブルーが微笑む。
「今日はパウンドケーキがいいな」と、朝に頼んでおいたのだと。
「そうなのか…。気が利くな」
俺の大好物なんだ、と頬張るパウンドケーキ。
ブルーの母が作るケーキは、どれも美味しいのだけれど…。
(パウンドケーキが最高なんだ)
おふくろの味に及ぶものは無し、という気がする。
今の自分には血の繋がった、本物の母がいるのだから。
遠く遥かな時の彼方で、前のブルーと生きた頃。
白いシャングリラで暮らした頃には、いなかった「母」。
子供は全て人工子宮から生まれた時代で、いたのは「養父母」。
その養父母の記憶も機械に奪われ、何も残っていなかった。
だから無かった「おふくろの味」。
それがある今は素敵な世界で、その上に…。
(ブルーのお母さんが作るケーキと、俺のおふくろのが…)
同じ味だというのがいい。
目には見えない、深い絆があるようで。
小さなブルーが生まれる前から、ちゃんと繋がっていたようで。
(余計に美味く感じるってな…!)
これが別の人が焼くケーキならば、また印象は違ったろう。
同じに「おふくろの味」だとしても。
「食えたらいいな」と考えはしても、そこまでで終わり。
見ただけで心が躍りはしない。
フォークで口に運んでみたって、ただ単純に「美味い」だけ。
しみじみと感慨に耽りもしないで、パクパクと食べて…。
(御馳走様、って思うんだろうな)
そんなトコだ、と可笑しくなる。
ブルーの母が焼くケーキだから、舌も心も喜ぶのだ、と。
今日のケーキも、期待通りの「おふくろの味」。
ゆっくり、のんびり味わって食べて、フォークを置いた。
「美味かったぞ」と、ブルーに御礼を言って。
ブルーが注文してくれたお蔭で、食べられたから。
そうしたら…。
「良かったあ…! 好物は別腹だよね」
「まあな。だが、俺は昼飯を食い過ぎちゃいないぞ」
このくらいのケーキは軽いモンだ、と片目を瞑った。
倍の量が出たって平らげられるし、三倍だって、と。
「そうなんだ…。じゃあ、ハーレイの好物をあげる」
「おっ、追加を頼んでくれるのか?」
「ううん、ハーレイの大好きなキス!」
これはぼくから、と赤い瞳が煌めく。
「美味しいケーキを食べた後には、ぼくのキスだよ」と。
「馬鹿野郎!」
誰が食うか、とブルーの頭にコツンと落とした拳。
チビのブルーに、キスはしないという決まりだから。
たとえ別腹だと言われても。
どんなに美味しいケーキの後でも、キスは贈ってやらないから…。
別腹だよね・了
「ねえ、ハーレイ…。ちょっと心配なんだけど」
気になって仕方ないんだけれど、と小さなブルーが傾げた首。
今日は休日、ブルーの部屋でのティータイム。
もう昼食は食べ終えたから、のんびり、ゆっくり。
けれどブルーは浮かない顔で、そういえば…。
(…午前中から、なんだか元気が無かったような…)
具合が悪いのとは違っていたから、さほど気にしていなかった。
何か気になることがあるのか、そんな程度、と。
(親父さんに、朝から山ほど食べさせられたとか…)
小さなブルーには、ありがちなこと。
「ほら、これも食べろ」と、父から分けて貰う朝食。
早く大きくなりたいブルーは、頑張って詰め込むのだけれど…。
(腹が膨れるだけだってな)
背は一ミリも伸びやしないんだ、と可笑しくなる。
それはブルーにも分かっているから、元気も失せてしまうだろう。
(うんうん、きっと、そんなトコだな)
原因は今日の朝飯なんだ、とハーレイは答えを出したけれども…。
「もしかしたら、ぼくって、不幸なのかも…」
そうなのかもね、とブルーが項垂れたから、驚いた。
いったい何があったというのか、急には思い付かないだけに。
「不幸だって?」
お前、幸せ一杯だろうが、と訊き返す。
今の小さなブルーの周りに、不幸な影など見当たらないから。
「ぼくもそうだと思っていたけど、間違ってるかも…」
本当は不幸なのかもしれない、と赤い瞳が不安に揺れる。
前の自分と同じくらいに、今度も不幸な生まれなのかも、と。
「おいおいおい…。穏やかじゃないな」
どうしたんだ、と胸に湧き上がる前の自分の「悲しい想い」。
前のブルーを喪った後に、どれほど嘆いて、悔やんだことか。
あれが「ブルーの運命」だったなら、なんと不幸な人だったかと。
ミュウの仲間のためにだけ生きて、夢は一つも叶わないままで。
(今のブルーも、不幸だってか?)
小さなブルーがそう思うのなら、幸せにしてやらねばならない。
不安があるなら、取り除いて。
自分の力が及ぶ限りの、ありとあらゆる手を尽くして。
「お前が幸せ一杯じゃないと、俺も悲しい。何故、不幸なんだ?」
俺では、お前の力になれんか、と問い掛けた。
出来る限りのことをしたいから、打ち明けてみろ、と。
「…ホント? ハーレイ、ぼくを助けてくれるの?」
縋るように見上げる赤い瞳に、「うむ」と大きく頷いた。
「俺が力になれるんだったら、お前の不幸を消し去ってやる」と。
「ありがとう、ハーレイ!」
ハーレイに相談して良かったよ、と赤い瞳が煌めく。
「やっぱりハーレイは頼りになるね」と、「だから大好き」と。
「えっとね…。ぼくが、とっても不幸なのは…」
ハーレイとキスが出来ないこと、ブルーは瞳を瞬かせた。
「せっかくハーレイと再会したのに、不幸だよね」と。
「なんだって!?」
それは知らん、とブルーの頭にコツンと落とした拳。
いくらブルーが不幸だろうと、子供にキスは贈れないから。
あの手この手で言ってこようが、その注文だけは聞けないから…。
不幸なのかも・了
「ねえ、ハーレイ。ちょっとお願いがあるんだけど…」
かまわない? とハーレイに尋ねたブルー。
休日の午後に、ブルーの部屋で二人で過ごしていたら。
今はお茶の時間で、テーブルの上にはケーキと紅茶。
そんな状況で、「お願い」ということならば…。
(…ケーキを分けてくれってか?)
こいつが好きそうなケーキだしな、と皿のケーキに目を遣る。
好き嫌いが無いブルーだけれども、それなりに好みはあるだけに。
(……そうでなければ……)
お馴染みの厄介な「お願い」なんだ、と眉間に寄せた皺。
「ぼくにキスして」がブルーの「お願い」の定番だから。
そういったことを踏まえた上で、ブルーを見詰めて、こう答えた。
「お願いというヤツの中身によるな」
モノによっては聞いてやってもいい、と腕組みをする。
「なんでも聞いてやるとは言わん」と、予防線を張って。
「えーっと…。難しいことじゃないんだけれど…」
うんと簡単、とブルーは赤い瞳を瞬かせた。
「ホントに簡単なことなんだよ」と、笑みを浮かべて。
「ふうむ…。簡単かどうかは、聞いてみないと分からんな」
「褒めてくれればいいんだってば!」
たったそれだけ、と返したブルー。
「ぼくを褒めて」と、輝くような笑顔で。
「はあ?」
なんでお前を褒めねばならん、と傾げた首。
今日のブルーは、特別なことをしたわけではない。
いつもの休日と何処も変わらず、午前のお茶に、それから昼食。
(でもって、今が午後のお茶で、だ…)
褒める理由が何も無いぞ、と全く思い当たらない。
ブルーは何を褒めて欲しいのか、褒めるような事があったのかも。
「んーとね…。別に何でもいいんだけれど…」
とにかく褒めて、とブルーは「褒めて」を繰り返した。
「それがお願い」と、「褒めてくれればいいだけだから」と。
「おいおいおい…。褒めるってことが大切なのか?」
「そう! 褒めて貰ったら伸びるから!」
ぼくの背がね、と小さなブルーは胸を張る。
「褒めて伸ばす」って言うじゃないの、と得意げな顔で。
「…それで、お前の背が伸びると?」
ミルクを飲むとか、食事をした方が現実的だが、と呆れてしまう。
「褒めて伸ばす」のは学力などで、背丈のことではない筈だから。
「藁にも縋るって言うじゃない!」
ぼくは藁にも縋りたいんだよ、とブルーは赤い瞳で見上げてくる。
「背が伸びないとキスも出来ない…」と、厄介なことを口にして。
「なるほどな…。お前の魂胆は、よく分かった」
それなら褒めてやろうじゃないか、と吸い込んだ息。
「ホント!?」
「ああ、本当だ。お前は実に悪知恵がよく働いて…」
ついでに野心に燃えているな、と「悪いブルー」を褒めたから…。
「それは無し! もっと普通に!」
「いや、駄目だ。俺は褒めると決めたんだからな」
遠慮しないで褒められておけ、と続ける悪口。
褒められたものではないのがブルーで、それを褒めるのも面白い。
悪口だけれど、誉め言葉だから。
とても悪知恵の回るブルーを、とことん褒めてやるのだから…。
褒めて伸ばして・了