「ねえ、ハーレイ。不満があったら…」
言うべきかな、と小さなブルーが、ぶつけた問い。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 不満…?」
どうしたんだ、急に、とハーレイは鳶色の目を丸くした。
今の今まで、ごくごく普通に話していたのに、突然すぎる。
(それとも、話の中身でだな…)
思い出すことがあったのかも、という気がしないでもない。
学校の話などもしていたわけだし、充分、有り得る。
「おい。お前が言ってる、不満ってヤツは…」
学校で何かあったのか、とハーレイはブルーに問い返した。
ブルーのクラスで、最近、席替えなどは無かった筈。
けれど、前の席替えで今の席になって、不満だとかは…。
(まるで無いとは言えないし…)
もっと後ろの席がいいとか、前がいいとか、そういう不満。
言わなかったら、次の席替えまでは、そのままになる。
(とはいえ、こいつの性格では…)
先生に直訴は出来やしないぞ、と分かってもいる。
ブルーの不満が「ソレ」だった時は、助言すべきだろう。
(席替えまで我慢するよりは…)
言うべきだしな、と思ったけれども、ブルーは首を振った。
「えっと…。学校のことじゃなくって…」
人間関係っていう方かな、と少し口調がぎこちない。
言いにくそうな話題らしくて、口が重いといった感じで。
「なるほどなあ…。そいつは確かに、難しそうだ…」
普通の子でも難しいのに、お前ではな、とハーレイは頷く。
今のブルーは、チビで我儘、子供らしくはあるけれど…。
(生憎、前のあいつだった頃の記憶も、たっぷりと…)
持っているから、ややこしくなる。
今はともかく、前のブルーは「ソルジャー・ブルー」。
不満があっても「何も言わずに」秘めていた立場。
ソルジャーまでが「好きに言ったら」、船は持たない。
命に係わるようなことでも、前のブルーは言わなかった。
前のブルーが「それ」をしたなら、船は沈んでいただろう。
(…前のあいつは、地球を見たくて…)
命ある限り、夢は捨てたくなかったと思う。
なのに「黙って」メギドへと飛んで、船を救った。
ブルーだけが「我慢をしたなら」、皆の未来が開けるから。
そんなブルーの魂を持って、今のブルーは生きている。
「我慢すべき」と思う気持ちは、今の年には相応しくない。
(…もっと、吐き出すべきでだな…)
友達相手に喧嘩になっても、それがお似合い。
せっかく「新しい命」を貰ったのだし、子供らしくていい。
(断然、そっちがオススメだぞ!)
チビの間は子供らしく、とハーレイは改めて、口を開いた。
「いいか、人間関係の不満ってヤツはだな…」
抱え込むには、まだ早いぞ、とブルーの赤い瞳を見詰める。
「今のお前は、十四歳にしかなっていない子供で、だ…」
三百年以上も生きた記憶は、アテにするな、と断じた。
「役に立つ時には使うべきだが、今は違う」と。
「前のお前は、我慢しすぎた人生だったが、今のお前は…」
もっと自由に生きていいんだ、と言い聞かせる。
友達と派手に喧嘩したって、世界が壊れはしないのだから。
「お前と友達の間の世界ってヤツは、軋むだろうが…」
外の世界は壊れないぞ、と微笑んでやる。
学校のクラスはもちろん、建物もグラウンドも、全て無傷。
「壊れる世界」は小さすぎるし、小さいからこそ…。
「壊れても、元に戻せるってな!」
消えて無くなるわけじゃないから、とウインクした。
「周りの世界が無事な以上は、戻すチャンスも充分だ」と。
ブルーは黙って聞いていたけれど、やっとコクリと頷いた。
「そっか、我慢して抱え込むより、言うべきなんだね」
「ああ。不満なんぞを我慢するのは、もっと先だな」
大人ってヤツになってからだ、とハーレイは親指を立てる。
「もっとも、お前は、俺と一緒に暮らすわけだし…」
俺にだったら、好きにぶつけろ、と太鼓判も押してやった。
「お前の我儘、いくらでも聞いてやるからな」とも。
そうしたら…。
「ありがとう! じゃあ、遠慮なく…」
ぶつけちゃうね、とブルーは笑んだ。
「今のハーレイ、ぼくに厳しすぎて、キスもくれなくて…」
ぼくは毎日、不満だらけで…、と飛び出した「不満」。
「だからキスして」と、「我儘を言っていいんでしょ」と。
(そう来たか…!)
騙されたぞ、とハーレイは、チビのブルーを睨み付けた。
(俺が真面目に聞いていたのに、よくもまあ…)
お仕置きするしかないだろうな、と軽く拳を握り締める。
ブルーの頭に、コツンと一発、お見舞いしないと…。
(俺の不満が募るってな!)
不満ってヤツは、言うべきだぞ、と銀色の頭をコツン。
「馬鹿野郎!」
反省しろよ、と諭すけれども、きっと効果はゼロだろう。
今のブルーはチビで我儘、こんな部分は、立派に子供。
(悪知恵にまで、前のあいつの記憶をだな…)
使い回していそうなんだが…、と溜息が出そう。
(俺は当分、振り回されてしまいそうだ…)
頼むから、早く育ってくれよ、と祈るしかない。
ブルーが育ってくれない限りは、攻防戦が続くのだから…。
不満があったら・了
言うべきかな、と小さなブルーが、ぶつけた問い。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 不満…?」
どうしたんだ、急に、とハーレイは鳶色の目を丸くした。
今の今まで、ごくごく普通に話していたのに、突然すぎる。
(それとも、話の中身でだな…)
思い出すことがあったのかも、という気がしないでもない。
学校の話などもしていたわけだし、充分、有り得る。
「おい。お前が言ってる、不満ってヤツは…」
学校で何かあったのか、とハーレイはブルーに問い返した。
ブルーのクラスで、最近、席替えなどは無かった筈。
けれど、前の席替えで今の席になって、不満だとかは…。
(まるで無いとは言えないし…)
もっと後ろの席がいいとか、前がいいとか、そういう不満。
言わなかったら、次の席替えまでは、そのままになる。
(とはいえ、こいつの性格では…)
先生に直訴は出来やしないぞ、と分かってもいる。
ブルーの不満が「ソレ」だった時は、助言すべきだろう。
(席替えまで我慢するよりは…)
言うべきだしな、と思ったけれども、ブルーは首を振った。
「えっと…。学校のことじゃなくって…」
人間関係っていう方かな、と少し口調がぎこちない。
言いにくそうな話題らしくて、口が重いといった感じで。
「なるほどなあ…。そいつは確かに、難しそうだ…」
普通の子でも難しいのに、お前ではな、とハーレイは頷く。
今のブルーは、チビで我儘、子供らしくはあるけれど…。
(生憎、前のあいつだった頃の記憶も、たっぷりと…)
持っているから、ややこしくなる。
今はともかく、前のブルーは「ソルジャー・ブルー」。
不満があっても「何も言わずに」秘めていた立場。
ソルジャーまでが「好きに言ったら」、船は持たない。
命に係わるようなことでも、前のブルーは言わなかった。
前のブルーが「それ」をしたなら、船は沈んでいただろう。
(…前のあいつは、地球を見たくて…)
命ある限り、夢は捨てたくなかったと思う。
なのに「黙って」メギドへと飛んで、船を救った。
ブルーだけが「我慢をしたなら」、皆の未来が開けるから。
そんなブルーの魂を持って、今のブルーは生きている。
「我慢すべき」と思う気持ちは、今の年には相応しくない。
(…もっと、吐き出すべきでだな…)
友達相手に喧嘩になっても、それがお似合い。
せっかく「新しい命」を貰ったのだし、子供らしくていい。
(断然、そっちがオススメだぞ!)
チビの間は子供らしく、とハーレイは改めて、口を開いた。
「いいか、人間関係の不満ってヤツはだな…」
抱え込むには、まだ早いぞ、とブルーの赤い瞳を見詰める。
「今のお前は、十四歳にしかなっていない子供で、だ…」
三百年以上も生きた記憶は、アテにするな、と断じた。
「役に立つ時には使うべきだが、今は違う」と。
「前のお前は、我慢しすぎた人生だったが、今のお前は…」
もっと自由に生きていいんだ、と言い聞かせる。
友達と派手に喧嘩したって、世界が壊れはしないのだから。
「お前と友達の間の世界ってヤツは、軋むだろうが…」
外の世界は壊れないぞ、と微笑んでやる。
学校のクラスはもちろん、建物もグラウンドも、全て無傷。
「壊れる世界」は小さすぎるし、小さいからこそ…。
「壊れても、元に戻せるってな!」
消えて無くなるわけじゃないから、とウインクした。
「周りの世界が無事な以上は、戻すチャンスも充分だ」と。
ブルーは黙って聞いていたけれど、やっとコクリと頷いた。
「そっか、我慢して抱え込むより、言うべきなんだね」
「ああ。不満なんぞを我慢するのは、もっと先だな」
大人ってヤツになってからだ、とハーレイは親指を立てる。
「もっとも、お前は、俺と一緒に暮らすわけだし…」
俺にだったら、好きにぶつけろ、と太鼓判も押してやった。
「お前の我儘、いくらでも聞いてやるからな」とも。
そうしたら…。
「ありがとう! じゃあ、遠慮なく…」
ぶつけちゃうね、とブルーは笑んだ。
「今のハーレイ、ぼくに厳しすぎて、キスもくれなくて…」
ぼくは毎日、不満だらけで…、と飛び出した「不満」。
「だからキスして」と、「我儘を言っていいんでしょ」と。
(そう来たか…!)
騙されたぞ、とハーレイは、チビのブルーを睨み付けた。
(俺が真面目に聞いていたのに、よくもまあ…)
お仕置きするしかないだろうな、と軽く拳を握り締める。
ブルーの頭に、コツンと一発、お見舞いしないと…。
(俺の不満が募るってな!)
不満ってヤツは、言うべきだぞ、と銀色の頭をコツン。
「馬鹿野郎!」
反省しろよ、と諭すけれども、きっと効果はゼロだろう。
今のブルーはチビで我儘、こんな部分は、立派に子供。
(悪知恵にまで、前のあいつの記憶をだな…)
使い回していそうなんだが…、と溜息が出そう。
(俺は当分、振り回されてしまいそうだ…)
頼むから、早く育ってくれよ、と祈るしかない。
ブルーが育ってくれない限りは、攻防戦が続くのだから…。
不満があったら・了
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(今日は、ビックリしちゃったんだよね…)
ついでに、ちょっぴり慌てちゃった、と小さなブルーは肩を竦めた。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今にしてみれば、ただの勘違いだったけれども、昼間、大事件に遭遇した。
学校で起きたことではない。
帰宅してから、この家の中で出会った事件。
(おやつを食べて、のんびりしてて…)
その間に、ふと思い付いたことがあったから、母に話しに行った。
いったい何を話そうとしたか、全く覚えていないのだけれど。
(…だって、ホントにビックリしちゃって…)
おまけに、慌てて走り回ったから仕方ないよね、と苦笑する。
学校の話をしたかったのか、そうではなかったのかさえも記憶には無い。
(…ママ、キッチンだと思ってたのに…)
覗いたら、母はいなかった。
「あれ?」と少し首を捻って、考えてみた母の行先。
ブルーがおやつを食べているなら、その部屋を通らないと出てはゆけない。
(…いつの間に、通ってったんだろう、って…)
思いはしても、そうしたことなら珍しくない。
おやつのケーキに夢中だったとか、庭の方を眺めていたとか、その間に…。
(ママが通って行っちゃうことは、よくあるし…)
今日もそれだ、と納得した。
母は庭にでも出たか、あるいは二階に行ったのか。
(どっちかだよね、って思ったから…)
まずは庭へと出て行った。
「ママ、何処?」と、外履きのサンダルを履いて、勝手口から。
(でも、ママ、庭にいなくって…)
ぐるりと一周してみたけれども、庭の物置にも母は来ていない。
そうすると家の中なわけだし、二階だろう、と家に戻って二階に上がって行ったのに…。
(ママ、二階にもいなかったんだよ!)
物置にしている部屋を覗き込んでも、母の姿は見付からなかった。
一階に戻ってキッチンを見ても、他の部屋の何処を探しても。
母の姿が見当たらないなら、思い当たるのは「外出」だけ。
買い忘れた食材があって急いで出たとか、急な用事が出来たとか。
(だけど、それなら、言って行く筈で…)
言おうとしても、ブルーが近くにいなかったのなら、メモを残して行くだろう。
「お買い物に行って来ます」と、行先も書いて。
(テーブルにメモがあるのかな、って…)
今度は、それを探しに行った。
何処かで母と行き違いになった間に、母は出掛けたかもしれない。
(…なのに、テーブル、ぼくが食べてたお皿とかだけ…)
お茶のカップやポットの隣に、メモは置かれていなかった。
床に落ちてしまったのかも、とテーブルの下や椅子の上を探してみてもメモなどは無い。
そうなると、母は何処へ消えたのか。
(ぼくに言うのも忘れるくらいに、急ぎの用事で出て行ったとか…?)
ただの用事ならいいけどね、と今度は心配になって来た。
父が会社で急病だとか、あるいは怪我をしただとか。
(そんなの困るし、大変だよ!)
いったい、ぼくはどうしたら…、と気持ちは焦って慌てるばかり。
父が病気や怪我で入院などという事態になったら、どうすればいいか分からない。
ただでも身体の弱いブルーは、何の役にも立たないどころか、足を引っ張るだけだろう。
(…家にいたって、お荷物になるだけだから、って…)
親戚の家に預けられてしまうかもしれない。
学校に通えそうな所に、住んでいる親戚がいるものだから。
(…ホントにありそう…)
両親にすれば、ブルーの心配までしているよりかは、その方がいい。
ブルーにしたって、学校にさえ通えるのならば、何の問題も無いのだから。
(普通はそうで、正解だけど…)
ぼくの場合は違うんだよ、と叫び出したい気分になった。
親戚の家に行くことになれば、当分の間、ハーレイは家に来てはくれない。
仕事帰りに寄るのはもちろん、週末の土曜や日曜でさえも。
(だって、ぼくの家じゃないんだし…)
ハーレイだって遠慮するよ、と子供のブルーにも分かる。
いくら親戚の人が「どうぞ」と言っても、せいぜい、顔を出すだけ程度。
「これ、皆さんで召し上がって下さい」と、菓子でも届けに来るくらいで。
大変なことになっちゃった、とブルーは青ざめ、崩れるように椅子に座った。
母から連絡が来るのを待つしかない、と覚悟を決めて。
(…パパが入院だけは、ありませんように…!)
怪我でも、頑張って家を手伝うから、とキッチンの方を眺めて考える。
作れそうな料理は何があったか、買い物に行くことは出来るのか、などと。
(…非常事態ってことになったら、ハーレイ、手伝ってくれるかもだけど…)
そうそう期待は出来はしないし、両親も恐縮するだろう。
ハーレイは、毎日、手伝いに来てはくれなくて、来てくれる回数も減るに違いない。
(…どっちにしたって、大ピンチだよ!)
ハーレイに会えなくなっちゃうなんて、と一人でオロオロしていたら…。
(ママがひょっこり、どうしたの、って…)
何事も無かったかのように、部屋に入って来た。
ブルーは焦っていたものだから、変な顔でもしていたのだろう。
(ママ、何処にお出掛けしていたの、って聞いたのに…)
母の答えは、こうだった。
「あら、ママはずっと、家にいたわよ?」と、怪訝そうに。
(…要するに、家ですれ違い…)
見事なくらいに、すれ違い続けていたらしい。
庭でも、二階でも、他の場所でも。
(笑い話っていうヤツだけど…)
ママ、心臓に悪すぎだよ、と言いたいのを、グッと飲み込んだ。
一人で勝手に勘違いをして、慌てる方が悪いのだから。
(…「なんでもないよ」って、ママに言ったけれども、ママに話したかったこと…)
何だったのか、もう覚えてはいなかったんだよ、と思い返しても情けない。
今の自分はただの子供で、こうした時にも慌てるだけだ、と痛烈に思い知らされて。
時の彼方の「前の自分」なら、そんなことなど、けして無かった。
どんな時でも冷静でいてこそのソルジャー。
内心、焦りが募っていたって、懸命に自分を抑えていた。
「落ち着け」と、「他に考えることがあるだろう?」と、自分自身に何度も問い掛けて。
(…ホントに、情けないったら…)
こんなのだから、ハーレイに「チビだ」と笑われるのかも、と悲しい気持ちになってくる。
ハーレイから見れば、「今のブルー」は、本当に「子供」なのだろう。
「ママがいない!」と焦って慌てて、悪い方へと思考が向かって、落ち込むのだから。
(…前のぼくなら、有り得ないよね…)
自己嫌悪、と深い溜息をついた所で気が付いた。
将来、今日の事件と同じ事件に「出くわす」可能性がある。
ハーレイと一緒に暮らし始めて、同じ家に住んでいるのなら。
(…ぼくがウトウトしてる間に、ハーレイ、何処かに消えちゃって…)
うたた寝から目が覚めた途端に、慌ててしまうかもしれない。
「ハーレイは何処?」と、今日の昼間の自分みたいに。
(……うーん……)
ありそうだよ、と思い当たる例は山のよう。
なんと言っても、ハーレイは、母よりもずっと活動的だし、フットワークも軽いと言える。
「なんだ、ブルーは寝ちまったのか」と、「ちょっと、其処まで」出掛けそう。
庭で芝刈りならば良くても、近所を散歩しに行くだとか。
(…直ぐ戻るしな、って思っていれば…)
メモなど置いては行かないだろう。
ハーレイにすれば「よくあること」だし、じきに帰って来るのだから。
(実際、ほんの近所を散歩なら…)
ブルーは「気付かない」ままで、気持ちよくウトウトしていそう。
ハーレイが家から出て行ったことも、散歩してから戻って来たことにも。
(…目が覚めた時に、「ほら」と、お土産、渡されちゃって…)
「あれっ、ハーレイ、出掛けてたの?」と目が真ん丸になる時もありそう。
家の近くの食料品店に行くのだったら、本当に、往復の時間は僅か。
「美味そうなのを、売ってたしな?」と、お土産にしても不思議ではない。
そして「お土産を貰った自分」も、文句を言いはしないのだろう。
お土産の菓子を美味しく食べて、大満足で。
(…そんなのが、普通になっちゃってたら…)
ハーレイは、「メモなど置いて行かない」のが「当たり前」になる。
上手い具合に運ぶ間は、いいのだけれど…。
(ある日、いきなり、今日みたいに…)
ぼくが焦って大慌てかも、という気がする。
ハーレイが「出掛けた途端」に、目が覚めたなら…。
(…ハーレイ、何処に行ったのかな、って…)
庭やら、家の中やら、あちこち回って、探そうとすることだろう。
「こっちかな?」と覗いて回って、「あれ?」と首を傾げながらも。
(…出掛けたのかも、って気が付くまでに…)
今日の昼間にやったみたいに、心に焦りが込み上げてくる。
「ハーレイがいない」現実だけが、どんどん大きく膨らんでいって。
(…出掛けたのかも、って気が付いたって…)
焦りが膨らんでしまった後では、悪い方にしか考えが運ばないかもしれない。
「散歩かもね」と、ゆったり構えて、帰りを待つなんていう芸当は…。
(絶対、出来やしないってば!)
普通だったら、そうするんだろうけれど…、と思いはしても、出来ない相談。
「じきに帰って来るだろうから、お茶でも淹れておこうかな」と、なったりはしない。
(…前のぼくなら、そっちの方になるのにね…)
二人分のお茶の支度で、お先に飲み始めているんだろうな、とフウと溜息。
「ソルジャー・ブルー」の頃なら、きっと間違いなく、そうしていた。
もっとも、前のハーレイはキャプテンだったし、黙って出掛けはしなかったけれど。
(…それでも、そんな時があったら、ハーレイのお茶も…)
前のぼくなら用意出来てた筈なんだよね、と今の自分が恥ずかしすぎる。
とはいえ、きっと「やらかしてしまう」のだろう。
知らない間に、ハーレイが、家から消えていたのなら。
庭にも、何処にも見当たらなくて、目の前からいなくなったなら。
結婚した後、それが起きたら、どうするだろう。
焦って慌てて、家から飛び出してしまいかねない。
「ハーレイは何処!?」と、玄関に鍵も掛けないで。
外履き用のサンダルだけを足に引っ掛け、行く先もよくは考えないで。
(…まずは公園、って必死に走って…)
ハーレイが其処にいなかったならば、食料品店まで突っ走りそう。
弱い身体で走れるような所に、どちらも「ありはしない」のに。
公園まで全力で走っただけでも、普段だったら、倒れてしまいそうなのに。
(…だけど、火事場の馬鹿力…)
前のぼくだって、やっちゃったしね、と記憶なら数え切れないほど。
いわゆる「晩年」になってからでも、何度やらかしたことだろう。
ジョミーを追って、アルテメシアの遥か上空まで、一気に飛んで行ったとか。
(…そこまでのヤツに比べたら…)
公園へ走って、食料品店まで駆けてゆくのは、大したことではないわけで…。
(だから出来るし、出来ちゃうんだけど…)
やっちゃった後が大変だよね、と想像してみてガックリとした。
未来の自分は、懸命に走り回った挙句に、何処かでパタリと倒れてしまう。
居合わせた人に「大丈夫ですか?」と声を掛けられて…。
(…ちゃんと名乗れれば、いいんだけれど…!)
声も出ないとか、意識が無いなら、救急搬送されるだろう。
其処からハーレイに緊急連絡、ハーレイの方も、消えたブルーを探し回っている最中で…。
(病院から緊急連絡だなんて!)
とんでもなく慌てて、車で来るのも忘れていそう、と思うものだから、気を付けよう。
ハーレイがいなくなったなら、本当に慌てそうだから。
慌てて飛び出して行った結果は、大迷惑にしかならないから…。
いなくなったなら・了
※ハーレイ先生と結婚した後、ハーレイ先生が家から消えたら、慌てそうなブルー君。
よく考えてから動くようにしないと、ハーレイ先生、大迷惑で困ってしまうかもですねv
ついでに、ちょっぴり慌てちゃった、と小さなブルーは肩を竦めた。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今にしてみれば、ただの勘違いだったけれども、昼間、大事件に遭遇した。
学校で起きたことではない。
帰宅してから、この家の中で出会った事件。
(おやつを食べて、のんびりしてて…)
その間に、ふと思い付いたことがあったから、母に話しに行った。
いったい何を話そうとしたか、全く覚えていないのだけれど。
(…だって、ホントにビックリしちゃって…)
おまけに、慌てて走り回ったから仕方ないよね、と苦笑する。
学校の話をしたかったのか、そうではなかったのかさえも記憶には無い。
(…ママ、キッチンだと思ってたのに…)
覗いたら、母はいなかった。
「あれ?」と少し首を捻って、考えてみた母の行先。
ブルーがおやつを食べているなら、その部屋を通らないと出てはゆけない。
(…いつの間に、通ってったんだろう、って…)
思いはしても、そうしたことなら珍しくない。
おやつのケーキに夢中だったとか、庭の方を眺めていたとか、その間に…。
(ママが通って行っちゃうことは、よくあるし…)
今日もそれだ、と納得した。
母は庭にでも出たか、あるいは二階に行ったのか。
(どっちかだよね、って思ったから…)
まずは庭へと出て行った。
「ママ、何処?」と、外履きのサンダルを履いて、勝手口から。
(でも、ママ、庭にいなくって…)
ぐるりと一周してみたけれども、庭の物置にも母は来ていない。
そうすると家の中なわけだし、二階だろう、と家に戻って二階に上がって行ったのに…。
(ママ、二階にもいなかったんだよ!)
物置にしている部屋を覗き込んでも、母の姿は見付からなかった。
一階に戻ってキッチンを見ても、他の部屋の何処を探しても。
母の姿が見当たらないなら、思い当たるのは「外出」だけ。
買い忘れた食材があって急いで出たとか、急な用事が出来たとか。
(だけど、それなら、言って行く筈で…)
言おうとしても、ブルーが近くにいなかったのなら、メモを残して行くだろう。
「お買い物に行って来ます」と、行先も書いて。
(テーブルにメモがあるのかな、って…)
今度は、それを探しに行った。
何処かで母と行き違いになった間に、母は出掛けたかもしれない。
(…なのに、テーブル、ぼくが食べてたお皿とかだけ…)
お茶のカップやポットの隣に、メモは置かれていなかった。
床に落ちてしまったのかも、とテーブルの下や椅子の上を探してみてもメモなどは無い。
そうなると、母は何処へ消えたのか。
(ぼくに言うのも忘れるくらいに、急ぎの用事で出て行ったとか…?)
ただの用事ならいいけどね、と今度は心配になって来た。
父が会社で急病だとか、あるいは怪我をしただとか。
(そんなの困るし、大変だよ!)
いったい、ぼくはどうしたら…、と気持ちは焦って慌てるばかり。
父が病気や怪我で入院などという事態になったら、どうすればいいか分からない。
ただでも身体の弱いブルーは、何の役にも立たないどころか、足を引っ張るだけだろう。
(…家にいたって、お荷物になるだけだから、って…)
親戚の家に預けられてしまうかもしれない。
学校に通えそうな所に、住んでいる親戚がいるものだから。
(…ホントにありそう…)
両親にすれば、ブルーの心配までしているよりかは、その方がいい。
ブルーにしたって、学校にさえ通えるのならば、何の問題も無いのだから。
(普通はそうで、正解だけど…)
ぼくの場合は違うんだよ、と叫び出したい気分になった。
親戚の家に行くことになれば、当分の間、ハーレイは家に来てはくれない。
仕事帰りに寄るのはもちろん、週末の土曜や日曜でさえも。
(だって、ぼくの家じゃないんだし…)
ハーレイだって遠慮するよ、と子供のブルーにも分かる。
いくら親戚の人が「どうぞ」と言っても、せいぜい、顔を出すだけ程度。
「これ、皆さんで召し上がって下さい」と、菓子でも届けに来るくらいで。
大変なことになっちゃった、とブルーは青ざめ、崩れるように椅子に座った。
母から連絡が来るのを待つしかない、と覚悟を決めて。
(…パパが入院だけは、ありませんように…!)
怪我でも、頑張って家を手伝うから、とキッチンの方を眺めて考える。
作れそうな料理は何があったか、買い物に行くことは出来るのか、などと。
(…非常事態ってことになったら、ハーレイ、手伝ってくれるかもだけど…)
そうそう期待は出来はしないし、両親も恐縮するだろう。
ハーレイは、毎日、手伝いに来てはくれなくて、来てくれる回数も減るに違いない。
(…どっちにしたって、大ピンチだよ!)
ハーレイに会えなくなっちゃうなんて、と一人でオロオロしていたら…。
(ママがひょっこり、どうしたの、って…)
何事も無かったかのように、部屋に入って来た。
ブルーは焦っていたものだから、変な顔でもしていたのだろう。
(ママ、何処にお出掛けしていたの、って聞いたのに…)
母の答えは、こうだった。
「あら、ママはずっと、家にいたわよ?」と、怪訝そうに。
(…要するに、家ですれ違い…)
見事なくらいに、すれ違い続けていたらしい。
庭でも、二階でも、他の場所でも。
(笑い話っていうヤツだけど…)
ママ、心臓に悪すぎだよ、と言いたいのを、グッと飲み込んだ。
一人で勝手に勘違いをして、慌てる方が悪いのだから。
(…「なんでもないよ」って、ママに言ったけれども、ママに話したかったこと…)
何だったのか、もう覚えてはいなかったんだよ、と思い返しても情けない。
今の自分はただの子供で、こうした時にも慌てるだけだ、と痛烈に思い知らされて。
時の彼方の「前の自分」なら、そんなことなど、けして無かった。
どんな時でも冷静でいてこそのソルジャー。
内心、焦りが募っていたって、懸命に自分を抑えていた。
「落ち着け」と、「他に考えることがあるだろう?」と、自分自身に何度も問い掛けて。
(…ホントに、情けないったら…)
こんなのだから、ハーレイに「チビだ」と笑われるのかも、と悲しい気持ちになってくる。
ハーレイから見れば、「今のブルー」は、本当に「子供」なのだろう。
「ママがいない!」と焦って慌てて、悪い方へと思考が向かって、落ち込むのだから。
(…前のぼくなら、有り得ないよね…)
自己嫌悪、と深い溜息をついた所で気が付いた。
将来、今日の事件と同じ事件に「出くわす」可能性がある。
ハーレイと一緒に暮らし始めて、同じ家に住んでいるのなら。
(…ぼくがウトウトしてる間に、ハーレイ、何処かに消えちゃって…)
うたた寝から目が覚めた途端に、慌ててしまうかもしれない。
「ハーレイは何処?」と、今日の昼間の自分みたいに。
(……うーん……)
ありそうだよ、と思い当たる例は山のよう。
なんと言っても、ハーレイは、母よりもずっと活動的だし、フットワークも軽いと言える。
「なんだ、ブルーは寝ちまったのか」と、「ちょっと、其処まで」出掛けそう。
庭で芝刈りならば良くても、近所を散歩しに行くだとか。
(…直ぐ戻るしな、って思っていれば…)
メモなど置いては行かないだろう。
ハーレイにすれば「よくあること」だし、じきに帰って来るのだから。
(実際、ほんの近所を散歩なら…)
ブルーは「気付かない」ままで、気持ちよくウトウトしていそう。
ハーレイが家から出て行ったことも、散歩してから戻って来たことにも。
(…目が覚めた時に、「ほら」と、お土産、渡されちゃって…)
「あれっ、ハーレイ、出掛けてたの?」と目が真ん丸になる時もありそう。
家の近くの食料品店に行くのだったら、本当に、往復の時間は僅か。
「美味そうなのを、売ってたしな?」と、お土産にしても不思議ではない。
そして「お土産を貰った自分」も、文句を言いはしないのだろう。
お土産の菓子を美味しく食べて、大満足で。
(…そんなのが、普通になっちゃってたら…)
ハーレイは、「メモなど置いて行かない」のが「当たり前」になる。
上手い具合に運ぶ間は、いいのだけれど…。
(ある日、いきなり、今日みたいに…)
ぼくが焦って大慌てかも、という気がする。
ハーレイが「出掛けた途端」に、目が覚めたなら…。
(…ハーレイ、何処に行ったのかな、って…)
庭やら、家の中やら、あちこち回って、探そうとすることだろう。
「こっちかな?」と覗いて回って、「あれ?」と首を傾げながらも。
(…出掛けたのかも、って気が付くまでに…)
今日の昼間にやったみたいに、心に焦りが込み上げてくる。
「ハーレイがいない」現実だけが、どんどん大きく膨らんでいって。
(…出掛けたのかも、って気が付いたって…)
焦りが膨らんでしまった後では、悪い方にしか考えが運ばないかもしれない。
「散歩かもね」と、ゆったり構えて、帰りを待つなんていう芸当は…。
(絶対、出来やしないってば!)
普通だったら、そうするんだろうけれど…、と思いはしても、出来ない相談。
「じきに帰って来るだろうから、お茶でも淹れておこうかな」と、なったりはしない。
(…前のぼくなら、そっちの方になるのにね…)
二人分のお茶の支度で、お先に飲み始めているんだろうな、とフウと溜息。
「ソルジャー・ブルー」の頃なら、きっと間違いなく、そうしていた。
もっとも、前のハーレイはキャプテンだったし、黙って出掛けはしなかったけれど。
(…それでも、そんな時があったら、ハーレイのお茶も…)
前のぼくなら用意出来てた筈なんだよね、と今の自分が恥ずかしすぎる。
とはいえ、きっと「やらかしてしまう」のだろう。
知らない間に、ハーレイが、家から消えていたのなら。
庭にも、何処にも見当たらなくて、目の前からいなくなったなら。
結婚した後、それが起きたら、どうするだろう。
焦って慌てて、家から飛び出してしまいかねない。
「ハーレイは何処!?」と、玄関に鍵も掛けないで。
外履き用のサンダルだけを足に引っ掛け、行く先もよくは考えないで。
(…まずは公園、って必死に走って…)
ハーレイが其処にいなかったならば、食料品店まで突っ走りそう。
弱い身体で走れるような所に、どちらも「ありはしない」のに。
公園まで全力で走っただけでも、普段だったら、倒れてしまいそうなのに。
(…だけど、火事場の馬鹿力…)
前のぼくだって、やっちゃったしね、と記憶なら数え切れないほど。
いわゆる「晩年」になってからでも、何度やらかしたことだろう。
ジョミーを追って、アルテメシアの遥か上空まで、一気に飛んで行ったとか。
(…そこまでのヤツに比べたら…)
公園へ走って、食料品店まで駆けてゆくのは、大したことではないわけで…。
(だから出来るし、出来ちゃうんだけど…)
やっちゃった後が大変だよね、と想像してみてガックリとした。
未来の自分は、懸命に走り回った挙句に、何処かでパタリと倒れてしまう。
居合わせた人に「大丈夫ですか?」と声を掛けられて…。
(…ちゃんと名乗れれば、いいんだけれど…!)
声も出ないとか、意識が無いなら、救急搬送されるだろう。
其処からハーレイに緊急連絡、ハーレイの方も、消えたブルーを探し回っている最中で…。
(病院から緊急連絡だなんて!)
とんでもなく慌てて、車で来るのも忘れていそう、と思うものだから、気を付けよう。
ハーレイがいなくなったなら、本当に慌てそうだから。
慌てて飛び出して行った結果は、大迷惑にしかならないから…。
いなくなったなら・了
※ハーレイ先生と結婚した後、ハーレイ先生が家から消えたら、慌てそうなブルー君。
よく考えてから動くようにしないと、ハーレイ先生、大迷惑で困ってしまうかもですねv
(いやはや、参っちまったなあ…)
今日の昼間は、とハーレイが零した苦笑い。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(いつの間にやら、消えてたなんて…)
まるで思いもしなかったしな、と今日の昼間に起きた事件を思い出す。
消えていたのは、小さなブルーではなくて、同僚だった。
同じ国語を担当している、気のいい仲間。
(前から頼まれてた本を纏めて、丈夫な紙袋に入れて…)
ついでだから、と先日、父が持って来た菓子も、お裾分け。
(あの菓子、ブルーに持って行ってはいないから…)
祟られたかな、という気もする。
なにしろ、父の旅の土産で、ブルーの家に持って行ったなら…。
(お母さんたちの分も、と思っちまうし、お母さんが…)
恐縮するのは分かってるしな、と手土産には持参しなかった。
「何かお返しするものは…」などと、気を遣わせてもいけないし、と。
(同僚の先生たちにしたってだ…)
人数分を持って行ったら、菓子の箱が空っぽになるのは確実。
国語担当の仲間にだけ、と考えてみても、人数は多い。
(だから、本を貸すヤツにだけ…)
紙袋の中に、そっと入れておくことにした。
本を貸したら、いつも何か「お返し」に貰っているから、その「お返し」に。
(そうやって、用意して行って…)
朝、国語担当の教師専用の部屋に行ったら、その同僚も、ちゃんと来ていた。
その時、直ぐに、本を渡せば良かったけれども…。
(急ぐことでもないからなあ…)
それに、あいつは授業の準備中だったし、というのもある。
机に向かってプリントなどを整理していて、雑談を交わせる雰囲気ではなかった。
お互い、下校時刻まで、学校にいるわけなのだし、急がなくても…。
(後にしよう、と思ったわけで…)
その判断は間違っていない。
ところが、後が悪かった。
午前中の授業などが終わって、部屋に戻ったら…。
(あいつが消えていたってな!)
はて、とキョロキョロ見回してみても、姿が見えない。
机を見たら、きちんと綺麗に片付いていて、人が居たような気配さえ無い。
学校の中にいるのだったら、昼時だけに、そんな風にはならないだろう。
(…外で飯を食うタイプじゃないし…)
弁当を忘れて、外まで買いに行ったにしたって、机の上を片付けはしない。
何処から見ても「帰りました」な感じになっているのが今。
(ありゃ、と思って、他のヤツらに尋ねたら…)
同僚の一人が、「車のキーを持ってましたよ」と教えてくれた。
「帰るとは聞いていないんですけど、帰ったのでは?」と。
(…机の上が綺麗になってて、車のキーじゃな…)
これは「帰った」というヤツだ、とガックリと来た。
どうして朝に「これ、頼まれていた本だ」と、彼に渡さなかったのか。
(せっかく用意して、菓子まで入れて…)
持って来たのに、と気落ちしたまま、昼時は過ぎた。
午後になっても、同僚は、やはり帰って来ない。
「失敗したなあ…」と後悔しきりで、放課後の時間を迎えてしまった。
フウと溜息、柔道部の方へ行こうと支度をしていたら…。
(ヒョッコリ、帰って来たってな!)
驚いたけれど、話を聞いたら、不思議でも何でもなかった理由。
なんでも歯医者を予約していて、どうしても「仕事中」の時間しか…。
(予約が無理で、前後に授業が無いもんだから…)
早めに出掛けて、他の仲間に頼まれた用事もして来たらしい。
その仲間たちが国語担当ではなかったせいで、国語教師たちが知らなかっただけ。
そうしたわけで、本と菓子を入れた紙袋は、無事に手渡せた。
彼も「ありがとう!」と笑顔で帰って行ったけれども、焦った一日。
「しまった」と何度も溜息をついて、紙袋を見て。
それにしても「消えた」のが「彼」で良かった、と可笑しくなる。
もしも「ブルー」が消えていたなら、焦るどころではなかっただろう。
朝、学校の中で出会った時には、「おはようございます!」と元気だったのに…。
(あいつのクラスへ授業に行ったら、席にいなくて…)
机の上も見事に空っぽ、ブルーの鞄も見えないとかは、出来れば御免蒙りたい。
実際、何度も経験していて、仕事の帰りに家に寄れるか、毎回、焦り続けている。
家に寄れればいいのだけれども、寄れなかったら心配が募る。
「早退した」のが確実だけに、どんな具合か、この目で確かめられないから。
(…この手の心配、あと何年も続くんだよなあ…)
あいつと暮らし始めるまでは、と思った所で気が付いた。
同じ家で一緒に暮らしていたって、ブルーは「消える」かもしれない、と。
(…なんと言っても、毎日、一緒なんだから…)
すぐ戻るような所へ行くなら、「出掛けて来るね」と言わない時も…。
(大いに有り得て、ありそうだってな!)
俺が昼寝の最中だとか…、と「ブルーが黙って出掛ける」理由を考えてみる。
昼寝でなくても、仕事絡みで書斎に詰めているなら、いちいち言いはしないだろう。
ほんの近くへ、じきに戻れる用事で出掛けて行くのなら。
(買い置きの飲み物、切らしちまったとか…)
あるいは、たまには一人で散歩でも、と思い立って、ふらりと出るにしたって。
(ブルーにしてみりゃ、半時間ほどで家に戻って来るわけで…)
その半時間の間に、ハーレイの昼寝や仕事が「終わる」ことなど考えはしない。
「邪魔しちゃダメだ」と、そっと家から出てゆくだけ。
メモでも書いてくれればいいのに、それも書かずに。
(じきに戻って来るんじゃなあ…)
書いてなくても不思議じゃないぞ、とハーレイにだって、よく分かる。
じきに戻って来るわけなのだし、いいだろう、と思うのは普通。
まさか、その間の「僅かな時間」に、「いない」と気付くわけもないし、と。
(…こいつはマズイ…)
大いにマズイ、と冷汗が出そう。
ブルーが「黙って出掛ける」ことに、一度目からして失敗すればいいけれど…。
(あいつが消えてて、俺が家中、探し回って…)
庭まで出ている真っ最中に、ブルーが戻れば、それでいい。
「ブルーがいないぞ!」と焦る時間は其処で終わって、次からは予告して貰う。
「俺が昼寝の最中だろうが、仕事中だろうが、出掛けるのなら、言ってからにしろ」と。
もちろん、ブルーは、約束を守ってくれるし、これで安心。
最初の時こそ大慌てしても、以後は焦りも慌てもしない。
知らない間に「ブルーが消える」ことなどは無いし、何も問題の無い暮らし。
(ところがどっこい、世の中ってヤツは…)
そうそう上手くは出来ていなくて、ブルーは「黙ってお出掛け」に成功しそう。
ちょっと買い物に出掛けて行ったり、散歩したり、といった外出。
(…そしたら、それが普通になっちまって、だ…)
ハーレイの方は気付かないまま、ブルーの「黙ってお出掛け」が繰り返される。
そして、ある時、突然に…。
(昼寝していた俺が、目を覚ますとか…)
仕事が一段落して、コーヒーを淹れにキッチンへとか、ブルーがいそうな所まで…。
(出掛けて行ったら、いないってわけだ…)
きっと最初は、「他の場所だ」と思うだろう。
家は二階建てになっているから、別のフロアなら「出会わない」。
ブルーも「自分の部屋にいる」とか、そういったこと。
(どうせそうさ、と思ってるのに…)
まるで気配がしなかったならば、気になってくる。
「あいつ、何処だ?」と、家の中を覗いて回ったりして、その内に気付く。
(何処にも姿が見えないんだが、と…)
そうなったならば、まずは庭へと出るだろう。
庭にいるなら、家の中では分からないことも多いから。
なのに、庭にも「ブルー」はいない。
玄関先から、ブルーの靴が消えているのに。
どうやら「外に出て行った」ブルー。
何処へ行くとも聞いていなくて、いつ帰るとも聞いてはいない。
(…どうするんだ、俺は…?)
家で待てるか、と自分に尋ねてみても、答えは出ない。
落ち着かないまま、慌てて探しに走り出しそう。
「何処だ?」と、心当たりの場所を目指して、片っ端から。
店や公園、それこそ、ありとあらゆる場所へ。
(…そうする間に、ものの見事に、すれ違ってて…)
ブルーは一人で家に帰って、「あれっ?」と首を傾げていそう。
どうして鍵が掛かっているのか、理由が全く分からなくて。
(…あいつの方では、じきに戻って来る気なんだし…)
家には「ハーレイがいる」わけだから、合鍵などは持ってゆかないことだろう。
帰ってみたら「鍵が掛かっていた」となったら、ブルーは困る。
(季節が良けりゃあ、俺が戻るまで…)
待ちぼうけでも、あるいは大丈夫かもしれない。
けれど、季節が悪かったならば、暑さで参ってしまうとか、寒くて風邪を引くだとか。
(…最悪すぎだ!)
それは避けたい、と思いはしても、家で冷静に待てるのか。
「ブルーが消えた」という、非常事態に直面したら。
(…本を貸そう、と持ってただけでも、今日は焦ったわけなんだしな…?)
ブルーが消えたら動転するぞ、と百パーセントの自信がある。
思念を飛ばして「何処だ?」と訊くのも、今のブルーが相手では…。
(出来やしない、と来たもんだ…)
あいつの不器用なサイオンなんかじゃ、返事は無理だ、と溜息しか出ない。
つまり「ブルーが消えた」時には、焦りまくるしかないのだろう。
焦って慌てて、ブルーを探しに飛び出して行って、すれ違いになってしまっても。
ブルーを「家から閉め出す」結果になって、玄関先で、ブルーが困ってしまっても。
(……うーむ……)
そいつはマズイし、大いに困る、と想像するのも怖いけれども、いつか起きそう。
もしも、ブルーがいなくなったら、探さないではいられないから。
(…だからと言って、今から言っておくというのも…)
おかしな話で、今は焦っている「自分」にしたって、明日には忘れるかもしれない。
ブルーと暮らし始めた未来に、そういう事態に出会った時にも、思い出さずに…。
(あいつを探しに飛び出して行って、玄関に鍵…)
やりそうな気しかしないんだが、と思うものだから、祈るしかない。
ブルーが「黙ってお出掛け」している最中に、「いない」と気付かないように。
あるいは「いない」と気付いた時には、今日の心配を思い出すように。
(…ブルーが、家からいなくなったら…)
冷静でなんかいられないぞ、と分かっているから、ただ祈るだけ。
ブルーを閉め出してしまわないよう、遠い未来の自分が冷静になってくれるように、と…。
いなくなったら・了
※ブルー君が知らない間に消えていたなら、ハーレイ先生、大慌てしてしまいそう。
焦って慌てて、家には鍵で探しに飛び出して行ってしまったら、ブルー君、困りますよねv
今日の昼間は、とハーレイが零した苦笑い。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(いつの間にやら、消えてたなんて…)
まるで思いもしなかったしな、と今日の昼間に起きた事件を思い出す。
消えていたのは、小さなブルーではなくて、同僚だった。
同じ国語を担当している、気のいい仲間。
(前から頼まれてた本を纏めて、丈夫な紙袋に入れて…)
ついでだから、と先日、父が持って来た菓子も、お裾分け。
(あの菓子、ブルーに持って行ってはいないから…)
祟られたかな、という気もする。
なにしろ、父の旅の土産で、ブルーの家に持って行ったなら…。
(お母さんたちの分も、と思っちまうし、お母さんが…)
恐縮するのは分かってるしな、と手土産には持参しなかった。
「何かお返しするものは…」などと、気を遣わせてもいけないし、と。
(同僚の先生たちにしたってだ…)
人数分を持って行ったら、菓子の箱が空っぽになるのは確実。
国語担当の仲間にだけ、と考えてみても、人数は多い。
(だから、本を貸すヤツにだけ…)
紙袋の中に、そっと入れておくことにした。
本を貸したら、いつも何か「お返し」に貰っているから、その「お返し」に。
(そうやって、用意して行って…)
朝、国語担当の教師専用の部屋に行ったら、その同僚も、ちゃんと来ていた。
その時、直ぐに、本を渡せば良かったけれども…。
(急ぐことでもないからなあ…)
それに、あいつは授業の準備中だったし、というのもある。
机に向かってプリントなどを整理していて、雑談を交わせる雰囲気ではなかった。
お互い、下校時刻まで、学校にいるわけなのだし、急がなくても…。
(後にしよう、と思ったわけで…)
その判断は間違っていない。
ところが、後が悪かった。
午前中の授業などが終わって、部屋に戻ったら…。
(あいつが消えていたってな!)
はて、とキョロキョロ見回してみても、姿が見えない。
机を見たら、きちんと綺麗に片付いていて、人が居たような気配さえ無い。
学校の中にいるのだったら、昼時だけに、そんな風にはならないだろう。
(…外で飯を食うタイプじゃないし…)
弁当を忘れて、外まで買いに行ったにしたって、机の上を片付けはしない。
何処から見ても「帰りました」な感じになっているのが今。
(ありゃ、と思って、他のヤツらに尋ねたら…)
同僚の一人が、「車のキーを持ってましたよ」と教えてくれた。
「帰るとは聞いていないんですけど、帰ったのでは?」と。
(…机の上が綺麗になってて、車のキーじゃな…)
これは「帰った」というヤツだ、とガックリと来た。
どうして朝に「これ、頼まれていた本だ」と、彼に渡さなかったのか。
(せっかく用意して、菓子まで入れて…)
持って来たのに、と気落ちしたまま、昼時は過ぎた。
午後になっても、同僚は、やはり帰って来ない。
「失敗したなあ…」と後悔しきりで、放課後の時間を迎えてしまった。
フウと溜息、柔道部の方へ行こうと支度をしていたら…。
(ヒョッコリ、帰って来たってな!)
驚いたけれど、話を聞いたら、不思議でも何でもなかった理由。
なんでも歯医者を予約していて、どうしても「仕事中」の時間しか…。
(予約が無理で、前後に授業が無いもんだから…)
早めに出掛けて、他の仲間に頼まれた用事もして来たらしい。
その仲間たちが国語担当ではなかったせいで、国語教師たちが知らなかっただけ。
そうしたわけで、本と菓子を入れた紙袋は、無事に手渡せた。
彼も「ありがとう!」と笑顔で帰って行ったけれども、焦った一日。
「しまった」と何度も溜息をついて、紙袋を見て。
それにしても「消えた」のが「彼」で良かった、と可笑しくなる。
もしも「ブルー」が消えていたなら、焦るどころではなかっただろう。
朝、学校の中で出会った時には、「おはようございます!」と元気だったのに…。
(あいつのクラスへ授業に行ったら、席にいなくて…)
机の上も見事に空っぽ、ブルーの鞄も見えないとかは、出来れば御免蒙りたい。
実際、何度も経験していて、仕事の帰りに家に寄れるか、毎回、焦り続けている。
家に寄れればいいのだけれども、寄れなかったら心配が募る。
「早退した」のが確実だけに、どんな具合か、この目で確かめられないから。
(…この手の心配、あと何年も続くんだよなあ…)
あいつと暮らし始めるまでは、と思った所で気が付いた。
同じ家で一緒に暮らしていたって、ブルーは「消える」かもしれない、と。
(…なんと言っても、毎日、一緒なんだから…)
すぐ戻るような所へ行くなら、「出掛けて来るね」と言わない時も…。
(大いに有り得て、ありそうだってな!)
俺が昼寝の最中だとか…、と「ブルーが黙って出掛ける」理由を考えてみる。
昼寝でなくても、仕事絡みで書斎に詰めているなら、いちいち言いはしないだろう。
ほんの近くへ、じきに戻れる用事で出掛けて行くのなら。
(買い置きの飲み物、切らしちまったとか…)
あるいは、たまには一人で散歩でも、と思い立って、ふらりと出るにしたって。
(ブルーにしてみりゃ、半時間ほどで家に戻って来るわけで…)
その半時間の間に、ハーレイの昼寝や仕事が「終わる」ことなど考えはしない。
「邪魔しちゃダメだ」と、そっと家から出てゆくだけ。
メモでも書いてくれればいいのに、それも書かずに。
(じきに戻って来るんじゃなあ…)
書いてなくても不思議じゃないぞ、とハーレイにだって、よく分かる。
じきに戻って来るわけなのだし、いいだろう、と思うのは普通。
まさか、その間の「僅かな時間」に、「いない」と気付くわけもないし、と。
(…こいつはマズイ…)
大いにマズイ、と冷汗が出そう。
ブルーが「黙って出掛ける」ことに、一度目からして失敗すればいいけれど…。
(あいつが消えてて、俺が家中、探し回って…)
庭まで出ている真っ最中に、ブルーが戻れば、それでいい。
「ブルーがいないぞ!」と焦る時間は其処で終わって、次からは予告して貰う。
「俺が昼寝の最中だろうが、仕事中だろうが、出掛けるのなら、言ってからにしろ」と。
もちろん、ブルーは、約束を守ってくれるし、これで安心。
最初の時こそ大慌てしても、以後は焦りも慌てもしない。
知らない間に「ブルーが消える」ことなどは無いし、何も問題の無い暮らし。
(ところがどっこい、世の中ってヤツは…)
そうそう上手くは出来ていなくて、ブルーは「黙ってお出掛け」に成功しそう。
ちょっと買い物に出掛けて行ったり、散歩したり、といった外出。
(…そしたら、それが普通になっちまって、だ…)
ハーレイの方は気付かないまま、ブルーの「黙ってお出掛け」が繰り返される。
そして、ある時、突然に…。
(昼寝していた俺が、目を覚ますとか…)
仕事が一段落して、コーヒーを淹れにキッチンへとか、ブルーがいそうな所まで…。
(出掛けて行ったら、いないってわけだ…)
きっと最初は、「他の場所だ」と思うだろう。
家は二階建てになっているから、別のフロアなら「出会わない」。
ブルーも「自分の部屋にいる」とか、そういったこと。
(どうせそうさ、と思ってるのに…)
まるで気配がしなかったならば、気になってくる。
「あいつ、何処だ?」と、家の中を覗いて回ったりして、その内に気付く。
(何処にも姿が見えないんだが、と…)
そうなったならば、まずは庭へと出るだろう。
庭にいるなら、家の中では分からないことも多いから。
なのに、庭にも「ブルー」はいない。
玄関先から、ブルーの靴が消えているのに。
どうやら「外に出て行った」ブルー。
何処へ行くとも聞いていなくて、いつ帰るとも聞いてはいない。
(…どうするんだ、俺は…?)
家で待てるか、と自分に尋ねてみても、答えは出ない。
落ち着かないまま、慌てて探しに走り出しそう。
「何処だ?」と、心当たりの場所を目指して、片っ端から。
店や公園、それこそ、ありとあらゆる場所へ。
(…そうする間に、ものの見事に、すれ違ってて…)
ブルーは一人で家に帰って、「あれっ?」と首を傾げていそう。
どうして鍵が掛かっているのか、理由が全く分からなくて。
(…あいつの方では、じきに戻って来る気なんだし…)
家には「ハーレイがいる」わけだから、合鍵などは持ってゆかないことだろう。
帰ってみたら「鍵が掛かっていた」となったら、ブルーは困る。
(季節が良けりゃあ、俺が戻るまで…)
待ちぼうけでも、あるいは大丈夫かもしれない。
けれど、季節が悪かったならば、暑さで参ってしまうとか、寒くて風邪を引くだとか。
(…最悪すぎだ!)
それは避けたい、と思いはしても、家で冷静に待てるのか。
「ブルーが消えた」という、非常事態に直面したら。
(…本を貸そう、と持ってただけでも、今日は焦ったわけなんだしな…?)
ブルーが消えたら動転するぞ、と百パーセントの自信がある。
思念を飛ばして「何処だ?」と訊くのも、今のブルーが相手では…。
(出来やしない、と来たもんだ…)
あいつの不器用なサイオンなんかじゃ、返事は無理だ、と溜息しか出ない。
つまり「ブルーが消えた」時には、焦りまくるしかないのだろう。
焦って慌てて、ブルーを探しに飛び出して行って、すれ違いになってしまっても。
ブルーを「家から閉め出す」結果になって、玄関先で、ブルーが困ってしまっても。
(……うーむ……)
そいつはマズイし、大いに困る、と想像するのも怖いけれども、いつか起きそう。
もしも、ブルーがいなくなったら、探さないではいられないから。
(…だからと言って、今から言っておくというのも…)
おかしな話で、今は焦っている「自分」にしたって、明日には忘れるかもしれない。
ブルーと暮らし始めた未来に、そういう事態に出会った時にも、思い出さずに…。
(あいつを探しに飛び出して行って、玄関に鍵…)
やりそうな気しかしないんだが、と思うものだから、祈るしかない。
ブルーが「黙ってお出掛け」している最中に、「いない」と気付かないように。
あるいは「いない」と気付いた時には、今日の心配を思い出すように。
(…ブルーが、家からいなくなったら…)
冷静でなんかいられないぞ、と分かっているから、ただ祈るだけ。
ブルーを閉め出してしまわないよう、遠い未来の自分が冷静になってくれるように、と…。
いなくなったら・了
※ブルー君が知らない間に消えていたなら、ハーレイ先生、大慌てしてしまいそう。
焦って慌てて、家には鍵で探しに飛び出して行ってしまったら、ブルー君、困りますよねv
「ねえ、ハーレイって…」
偉そうだよね、と小さなブルーが口を開いた。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 俺が?」
急にどうした、とハーレイは鳶色の瞳を丸くする。
たった今まで話していたのは、他愛ないことに過ぎない。
ハーレイが「偉そう」な口を利くような、中身でもない。
何が起きたか思い当たらず、ハーレイは首を捻るしかない。
(…しかしだな…)
ブルーが「偉そう」と指摘するなら、そうなのだろう。
ハーレイ自身に覚えが無くても、傍から見れば違うとか。
(こういったヤツは、自分じゃ気付きにくいしなあ…)
いったい何処が悪かったのか、ブルーに尋ねてみなくては。
(でもって、俺が悪かったなら…)
同じ過ちを繰り返さないよう、今後は注意してゆくべき。
ブルーに何度も、不快な思いをさせてはいけない。
そうすべきだ、と判断したから、聞くことにした。
回りくどいことを言っているより、真っ直ぐに。
「すまんが、何処が偉そうなんだ?」
俺には見当がつかなくてってな、と詫びの言葉も添えて。
「うーん…。そういう所も含めて…かな?」
とにかく偉そうなんだよね、とブルーは小さな溜息をつく。
「自分で気付いていないんだったら、ダメだってば」と。
(…おいおいおい…)
そこまで言われるほどなのか、とハーレイは冷汗が出そう。
今の生での仕事は教師で、生徒との対話にも気を配る。
「偉そうに上から言っている」などと、嫌われないように。
それだけに、ブルーの言葉はショックが大きい。
生徒と話す以上に気配り、そのつもりで接しているだけに。
(…マズイ、マズイぞ…)
俺は怒らせちまったらしい、と胸に焦りが込み上げてくる。
いつから「偉そう」と思われていたか、それが恐ろしい。
堪忍袋の緒が切れたのなら、一大事だと言えるだろう。
(ハーレイなんか、大嫌いだ、と…)
言われちまったら、おしまいだぞ、と泣きたい気分。
一時的な怒りだったら、いつかは解ける日も来るけれど…。
(積もり積もって爆発したなら、俺はだな…)
お払い箱だ、と放り出されて、ブルーに愛想を尽かされる。
今のブルーと前のブルーは、違うのだから。
(…前のあいつには、俺しかいなかったんだがな…)
幸運だっただけかもしれん、と頭の中がグルグルしそう。
前のブルーでも、一つピースが違っていたら…。
(…他の誰かと行ってしまって、俺は一人で…)
寂しくキャプテンだったかもな、と怖い思考が降って来た。
「もしかして、俺は捨てられるのか?」と。
(…シャングリラみたいな狭い船でも、他の誰かを…)
選ぶ自由はあったわけだし、今の時代なら、なおのこと。
ブルーが「偉そう」なハーレイを捨てて、他の誰かと…。
(…行っちまうってか!?)
そいつは困る、と思いはしても、ブルーに選ぶ権利がある。
ならば「選んで貰える」ように努力するしかないだろう。
「偉そう」に見える態度を直して、反省して。
ブルーに捨てられてからでは、もう、やり直しは遅すぎる。
とにかく急いで直して反省、ブルーに詫びて仕切り直し。
(…どう考えても、それ以外には…)
道が無いぞ、と分かっているから、恥を承知で聞き直した。
「悪いが、本当に分からないんだ、教えてくれ!」
そうしたら、直ぐに直すから、とブルーに深く頭を下げる。
「偉そうにしているトコというのは、何処なんだ?」
「全部だってば!」
直すんだったら、全部だよね、とブルーは赤い瞳で睨む。
「何もかもだよ」と、唇までも尖らせて。
「……全部って……」
俺の態度は全部ダメか、とハーレイは言葉を失った。
これは本当に「大嫌いだ!」と放り出されてしまいそう。
(…全部だなんて…)
直す方法さえも無いぞ、と絶望的な気持ちになる。
次にブルーを怒らせた時は、叩き出されて…。
(…お別れだってか…?)
寂しい独身人生なのか、と肩を落とすしかないけれど…。
「ハーレイ、分かった?」
分かったんなら、直してよね、とブルーが言った。
「子ども扱いするのは、おしまいだよ!」と。
「なんだって?」
「ぼくをチビだと言うヤツだってば!」
前のぼくと同じに扱ってよね、とブルーは威張り返った。
「上から見下ろすのは、今日でおしまい」と、繰り返して。
(そう来たか…!)
偉そうと言うのは、ソレだったか、と腑に落ちた。
いつものブルーの良からぬ企み、それの一つに違いない。
(…こいつが、そういうつもりなら…)
そうしてやるさ、とハーレイは心でニヤッと笑う。
前のブルーと同じにするなら、望み通りにするまでで…。
「承知しました。では、本日から…」
前と同じにさせて頂きます、と口調を敬語に切り替えた。
「ご両親の前と、学校だけでは、無理ですが…」
皆さんに不審がられますし、と丁重に詫びるのも忘れない。
「そこはお許し願えますよう」と、キャプテン風に。
「えっ、ちょっと…!」
ぼくが言うのは、そうじゃなくて、とブルーは慌てた。
「違うんだってば、ぼくが直して欲しいのは…」
「何処でしょう?」
前と同じにしたのですが…、とハーレイの方も譲らない。
「仰せとあらば従いますから、ご命令を」
どうぞ、とハーレイは「キャプテンごっこ」を続けてゆく。
ブルーが懲りて詫びて来るまで、これでいこう、と。
(うん、なかなかに面白いしな?)
今日は一日キャプテンだぞ、と愉快な体験が出来そうだ。
白いシャングリラに戻ったつもりで、ブルーをからかって。
ソルジャー・ブルーは、からかうなどは無理だったし…。
(今ならではの、お楽しみってな!)
最高じゃないか、と今日は「一日キャプテン・ハーレイ」。
前の自分と同じ態度で「ブルー」に接し続ける。
悪だくみをした悪戯小僧が懲りるまで。
ブルーが「やめて!」と泣きそうな顔で叫び出すまで…。
偉そうだよね・了
偉そうだよね、と小さなブルーが口を開いた。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 俺が?」
急にどうした、とハーレイは鳶色の瞳を丸くする。
たった今まで話していたのは、他愛ないことに過ぎない。
ハーレイが「偉そう」な口を利くような、中身でもない。
何が起きたか思い当たらず、ハーレイは首を捻るしかない。
(…しかしだな…)
ブルーが「偉そう」と指摘するなら、そうなのだろう。
ハーレイ自身に覚えが無くても、傍から見れば違うとか。
(こういったヤツは、自分じゃ気付きにくいしなあ…)
いったい何処が悪かったのか、ブルーに尋ねてみなくては。
(でもって、俺が悪かったなら…)
同じ過ちを繰り返さないよう、今後は注意してゆくべき。
ブルーに何度も、不快な思いをさせてはいけない。
そうすべきだ、と判断したから、聞くことにした。
回りくどいことを言っているより、真っ直ぐに。
「すまんが、何処が偉そうなんだ?」
俺には見当がつかなくてってな、と詫びの言葉も添えて。
「うーん…。そういう所も含めて…かな?」
とにかく偉そうなんだよね、とブルーは小さな溜息をつく。
「自分で気付いていないんだったら、ダメだってば」と。
(…おいおいおい…)
そこまで言われるほどなのか、とハーレイは冷汗が出そう。
今の生での仕事は教師で、生徒との対話にも気を配る。
「偉そうに上から言っている」などと、嫌われないように。
それだけに、ブルーの言葉はショックが大きい。
生徒と話す以上に気配り、そのつもりで接しているだけに。
(…マズイ、マズイぞ…)
俺は怒らせちまったらしい、と胸に焦りが込み上げてくる。
いつから「偉そう」と思われていたか、それが恐ろしい。
堪忍袋の緒が切れたのなら、一大事だと言えるだろう。
(ハーレイなんか、大嫌いだ、と…)
言われちまったら、おしまいだぞ、と泣きたい気分。
一時的な怒りだったら、いつかは解ける日も来るけれど…。
(積もり積もって爆発したなら、俺はだな…)
お払い箱だ、と放り出されて、ブルーに愛想を尽かされる。
今のブルーと前のブルーは、違うのだから。
(…前のあいつには、俺しかいなかったんだがな…)
幸運だっただけかもしれん、と頭の中がグルグルしそう。
前のブルーでも、一つピースが違っていたら…。
(…他の誰かと行ってしまって、俺は一人で…)
寂しくキャプテンだったかもな、と怖い思考が降って来た。
「もしかして、俺は捨てられるのか?」と。
(…シャングリラみたいな狭い船でも、他の誰かを…)
選ぶ自由はあったわけだし、今の時代なら、なおのこと。
ブルーが「偉そう」なハーレイを捨てて、他の誰かと…。
(…行っちまうってか!?)
そいつは困る、と思いはしても、ブルーに選ぶ権利がある。
ならば「選んで貰える」ように努力するしかないだろう。
「偉そう」に見える態度を直して、反省して。
ブルーに捨てられてからでは、もう、やり直しは遅すぎる。
とにかく急いで直して反省、ブルーに詫びて仕切り直し。
(…どう考えても、それ以外には…)
道が無いぞ、と分かっているから、恥を承知で聞き直した。
「悪いが、本当に分からないんだ、教えてくれ!」
そうしたら、直ぐに直すから、とブルーに深く頭を下げる。
「偉そうにしているトコというのは、何処なんだ?」
「全部だってば!」
直すんだったら、全部だよね、とブルーは赤い瞳で睨む。
「何もかもだよ」と、唇までも尖らせて。
「……全部って……」
俺の態度は全部ダメか、とハーレイは言葉を失った。
これは本当に「大嫌いだ!」と放り出されてしまいそう。
(…全部だなんて…)
直す方法さえも無いぞ、と絶望的な気持ちになる。
次にブルーを怒らせた時は、叩き出されて…。
(…お別れだってか…?)
寂しい独身人生なのか、と肩を落とすしかないけれど…。
「ハーレイ、分かった?」
分かったんなら、直してよね、とブルーが言った。
「子ども扱いするのは、おしまいだよ!」と。
「なんだって?」
「ぼくをチビだと言うヤツだってば!」
前のぼくと同じに扱ってよね、とブルーは威張り返った。
「上から見下ろすのは、今日でおしまい」と、繰り返して。
(そう来たか…!)
偉そうと言うのは、ソレだったか、と腑に落ちた。
いつものブルーの良からぬ企み、それの一つに違いない。
(…こいつが、そういうつもりなら…)
そうしてやるさ、とハーレイは心でニヤッと笑う。
前のブルーと同じにするなら、望み通りにするまでで…。
「承知しました。では、本日から…」
前と同じにさせて頂きます、と口調を敬語に切り替えた。
「ご両親の前と、学校だけでは、無理ですが…」
皆さんに不審がられますし、と丁重に詫びるのも忘れない。
「そこはお許し願えますよう」と、キャプテン風に。
「えっ、ちょっと…!」
ぼくが言うのは、そうじゃなくて、とブルーは慌てた。
「違うんだってば、ぼくが直して欲しいのは…」
「何処でしょう?」
前と同じにしたのですが…、とハーレイの方も譲らない。
「仰せとあらば従いますから、ご命令を」
どうぞ、とハーレイは「キャプテンごっこ」を続けてゆく。
ブルーが懲りて詫びて来るまで、これでいこう、と。
(うん、なかなかに面白いしな?)
今日は一日キャプテンだぞ、と愉快な体験が出来そうだ。
白いシャングリラに戻ったつもりで、ブルーをからかって。
ソルジャー・ブルーは、からかうなどは無理だったし…。
(今ならではの、お楽しみってな!)
最高じゃないか、と今日は「一日キャプテン・ハーレイ」。
前の自分と同じ態度で「ブルー」に接し続ける。
悪だくみをした悪戯小僧が懲りるまで。
ブルーが「やめて!」と泣きそうな顔で叫び出すまで…。
偉そうだよね・了
(ぼくの場合は、寝過ごすなんてこと、ないんだけどな…)
ママが起こしてくれるもんね、と小さなブルーが、ふと思い出した昼間のこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日はハーレイに会えずに終わってしまったけれども、きっと明日には会えるだろう。
「会えるのかな?」と、心配でたまらない時も多い割には、今夜は平気。
いいお天気の日だったせいか、それとも愉快な事件のせいか。
(どっちかと言えば、事件かな…?)
だって、現場は学校だもの、と今朝の教室が頭の中に蘇る。
今朝と言っても、朝と呼ぶには少し遅すぎる時間に「事件」は起きた。
一時間目の授業が、かなり進んだ頃のこと。
(あと十五分ほどで終わります、って時間だっけね…)
教室の後ろの扉が、音も立てずに開いたらしい。
ブルーは、見てはいなかった。
授業の間は、前を見ているか、机の上のノートや教科書、そちらに集中しているから。
(ぼくは、ちっとも知らなかったけど…)
クラスメイトの何人かは、そちらに視線を向けたという。
なにしろ、いくら静かに開けても、人の気配は隠せないもの。
(サイオンでシールドしてるんだったら、いけるのかな…?)
だけど、見た目でバレちゃうよね、と可笑しくなる。
サイオンで気配だけは消せても、姿が消えるわけではない。
そこまで強い力を持つのは、最強のタイプ・ブルーだけ。
(…今のぼくには、そんな芸当、出来ないけどね…)
サイオンが不器用になっちゃったから、とブルーは小さく肩を竦めた。
今の「ブルー」も出来ないけれども、教室の扉を開けた人物も出来なかった、「それ」。
気配も隠せていなかったのだし、入って来たのは当然、バレた。
目ざとい数人のクラスメイトにも、先生にも。
(先生、見付けて、思いっ切り…)
入って来た「彼」を叱り飛ばした。
「遅刻したなら、謝ってから入って来い」と、遅刻の生徒を教壇の前に呼びつけて。
気の毒な「彼」はペコペコ謝り、遅刻の理由を言うしか無かった。
「寝坊しました」と、「誰も起こしてくれなかったので、寝たままでした」と。
教室は、たちまち笑いの渦に包まれ、先生も呆れ果てた顔。
「こんな時間に登校だったら、とんでもない時間まで寝ていたんだな」と、時計を指して。
遅刻した生徒が目を覚ましたのは、恐らく、朝のホームルームが始まる頃。
もしかしたなら、もっと遅くて、起きた時には…。
(ホームルームも終わってたかも…?)
彼の家から学校までの距離によっては、有り得るだろう。
パジャマを脱ぎ捨て、顔も洗わずに制服を着て、そのまま必死に走って来たならば…。
(一時間目が終わるまでには、充分、間に合うわけだしね?)
いったい何時に起きたんだろう、と想像してみてクスッと笑う。
家が学校の「すぐ近く」なら、一時間目が始まった後に、起きて登校かもしれない。
「マズイ、遅刻だ!」と部屋で悲鳴で、大慌てで。
起こさなかった家の人にも、ろくに文句を言えもしないで。
(…寝坊、常習犯かもね…)
毎朝、お母さんに「遅刻するわよ、起きなさい!」と、叩き起こされているタイプ。
あまりに毎朝、続くものだから、たまにはお仕置き。
(…お母さん、わざと起こさずに…)
大遅刻をする時間になっても、彼を放っておいたのだろう。
それくらいして「懲りて」くれれば、少なくとも、一ヶ月くらいは効果がありそう。
もっとも、ほとぼりが冷めてしまえば、「お寝坊さん」に戻っていそうだけれど。
(…こればっかりは、人によるものね…)
ぼくはそういうタイプじゃないし、と自覚がある分、今朝の事件は面白かった。
桁外れな「遅刻」も、「後ろからコッソリ入って来た」のも、非日常で愉快な出来事。
そうそう毎朝、起きはしないし、ブルーにとっては「他人事」だと言えるから。
ブルー自身が当事者になって、コソコソ、教室に入りはしない。
遅刻した時は、前の扉を軽くノックし、それから開けて、先生に挨拶して入る。
「すみません。朝は具合が悪かったので、遅刻しました」と、理由を述べて、謝って。
(…ぼくが寝坊で遅刻だなんて…)
絶対に、有り得ないもんね、と胸を張りたい気分。
前の生から、そういったことは「きちんとしていた」わけだし、寝坊などしない。
目覚ましが鳴ったら、すぐに起きるし、具合が悪くて起きられなければ、母が見に来る。
(学校には、なんとか行けそうだったら…)
母が学校に通信を入れて、遅刻の連絡もしておいてくれる。
先生は「ブルーが遅刻して来る」ことを知っているから、もちろん叱るわけがない。
前の扉から入って行こうが、堂々と「遅刻」で、「遅れて登校した」というだけ。
事情があっての遅刻だったら、問題などは全く無い。
むしろ褒められてしまうくらいに、立派な「遅刻」だったりもする。
居眠っていた生徒を、「ブルー君は、休んでもいいのに来ているんだぞ」と叱る先生だとか。
(…ママに起こされる時と言ったら、お休みの日で…)
具合が悪いわけでもないのに、二度寝をしたりしていた時。
いつもの時間に起きて来ないから、母が部屋までやって来る。
「どうしたの?」と、具合が悪くて寝ているかどうか、確認をしに。
(…ホントに、そんな時だけで…)
お休みの日だし、遅刻しないし、と自分で自分を褒めてあげたい。
「ぼくが遅刻なんか、するわけないよ」と、これから先の人生の分も含めて、全部。
(お休みの日には、寝坊したっていいもんね…)
遅刻の心配なんかは無いし…、と思ったところで、ハタと気付いた。
今は確かに「そう」だけれども、近い将来、遅刻する日が来るかもしれない。
(…ほんの少しの間だけど…)
多分、一年も無いだろうけど…、と不安が膨れ上がって来た。
「遅刻するかも」と、「どうしよう、そんなの、困るんだけど…!」と泣きそうな気持ち。
そうなったならば、本当に泣いてしまいそう。
「遅刻しちゃうよ」と、未来の自分が。
その時期は、いつかやって来る。
寝坊をするか、遅刻するかは別にしたって、「遅刻しそうな時期」は訪れる。
来ないわけがなくて、どちらかと言えば、「それ」が来るのを待ち焦がれている。
(…ぼくが育って、前のぼくの頃と、同じ背丈になったなら…)
ハーレイが唇にキスをくれるようになって、十八歳になれば結婚も出来る。
結婚までの間の期間に、デートもするに違いない。
(デートが出来るようになったら、連れてってよ、って頼んでる場所…)
文字通り、山とあるのだけれども、その「デートの日」。
(…ハーレイが、車で家まで来てくれるんなら…)
寝坊したって困りはしないし、ハーレイの方も、苦笑しながら待ってくれるだろう。
「なんだ、寝坊か」と、ブルーの支度が出来る時まで、両親とお茶を飲みながら。
(…そういう時なら、いいんだけれど…)
外で待ち合わせをしてたらアウト、と考えただけで青くなりそう。
そんなデートも少なくはないし、ハーレイと、いつか「してみたい」デート。
家まで迎えに来て貰うのも素敵だし、それに楽だけれども、たまには違うデートもいい。
何処かの店や公園などで、「何時に会うのか」、約束をして。
(…そのデートの日に、寝坊しちゃったら…)
待ち合わせの時間に間に合わないから、まさに「遅刻」で、ハーレイが困る。
「あいつ、来ないぞ」と、何度も腕の時計を見て。
(…ハーレイだって、困るんだけど…)
ぼくも困るよ、と未来の自分の気持ちが痛いほど分かる。
どんなに急いで家を出たって、もう時間には「間に合わない」。
ついでに言うなら、行先は「デートの待ち合わせ場所」で、父に車を出して貰うなど…。
(厚かましすぎて、恥ずかしくって…)
出来やしない、と頭を抱えてしまいそう。
寝坊してしまった原因にしても、父に「車で送って欲しい」と頼めないのと、根っこは同じ。
(明日はデートだから、寝ちゃってたら、部屋まで起こしに来てね、だなんて…)
お母さんに言えるわけがないよ、と頬っぺたが熱くなって来る。
今の自分でも「そう」なのだから、未来の自分は、もう間違いなく「そう」だろう。
デートの前の日、興奮して寝付けなくなっていたって、母に頼みに行くわけがない。
「明日の朝、起きて来なかった時は、ちゃんと起こして」なんて、「子供みたい」なことを。
(……どうしよう……)
デートの日に、寝過ごしちゃったなら…、と焦るけれども、名案は何も浮かんで来ない。
学校に遅刻しそうだったら、なんとかすることが出来るのに。
(…そもそも、学校には遅刻しないけど…)
万一、それが起きたとしたって、少しの遅れだったとしたなら、取り戻せる。
恥ずかしいことには違いなくても、「ママ、大変! タクシーを呼んで!」という手がある。
もっと大幅に遅れた時には、大きな声では言えないけれども、「ずるい手段」を使うまで。
(家を出る時、急に気分が悪くなったから、って…)
言い訳したなら、日頃の行いが立派なのだし、先生は信じてくれるだろう。
母も「通信を入れるのを忘れるくらいに」慌てたのだ、と思い込んで。
(…学校なら、それでいいんだけど…!)
デートだったら、どうするわけ、と考えてみても、困るハーレイと未来の自分が浮かぶだけ。
ハーレイは「来ないブルー」が心配になって、家に通信を入れるだろうか。
「ブルー君は、もう出ましたか?」と、通信機のある場所へ移動して。
(…でも、それまでは…)
「来ないブルー」を待ち続けるだけで、通信を入れに移動するか否か、考え続ける。
下手に「待ち合わせ場所」を離れてしまえば、すれ違いになってしまうかもしれない。
「すれ違い」になってしまったが最後、もう連絡を取れる手段は…。
(マナー違反の、思念だけしか無いんだよ…!)
そういった「非常事態」に、「思念を飛ばして連絡する」のは許される。
マナー違反には違いなくても、「仕方ないですよ、実は私も…」と笑う人だって多いから。
けれども、その頼もしい「思念波」という連絡手段が問題だった。
(ぼくのサイオン、うんと不器用すぎて…)
ろくに思念を紡げはしなくて、ごくごく近い距離であっても、ほぼ「通じない」。
相手が目の前に立っていたって、届かないほど。
(…ハーレイにだって、心を読んで貰ってるくらい…)
通じないのだし、外に出たなら、尚更だろう。
ハーレイからは「何処にいるんだ?」と思念が来たって、ブルーには、答えようがない。
「此処にいるんだよ!」と、目に入った店の看板や景色を凝視してみても…。
(…ハーレイ、そんなの、読み取れないって…!)
タイプ・ブルーじゃないんだから、と空を仰ぎたくなる。
今は自分の部屋にいるから、仰いだ先には、天井だけれど。
近い将来、やって来そうな大ピンチ。
ハーレイとのデートに遅刻した上、すれ違いになってしまうという事態。
(なんとか会えれば、まだいいんだけど…!)
最悪の場合、ハーレイは「身体の弱いブルー」が心配なあまり、こうしそう。
(待ち合わせ場所か、近い所に、どうにかして…)
ブルーに宛てて、メッセージを書いて残してゆく。
「俺は自分の家に帰るから、お前も帰れ。無理をしないで、タクシーに乗るんだぞ」と。
そうでもしないと、いつまで経っても「すれ違い」のまま、ブルーの体力が尽きそうだから。
(…そんなメッセージを見付けちゃったら…)
もう目の前が真っ暗だよね、と「その場で倒れてしまう」未来の自分が見えるよう。
ハーレイの気遣いを無にしてしまって、見舞いに駆け付けさせてしまう自分が。
(そうなっちゃったら、最悪だから…!)
それだけは避けて通りたいから、未来の自分に、今から注意しておこう。
絶対に、寝過ごさないように。
「デートの日の朝、寝過ごしちゃったなら、遅刻だけでは済まないんだよ!」と…。
寝過ごしちゃったなら・了
※ハーレイ先生とデートする日に、寝過ごしてしまった自分を想像してみたブルー君。
待ち合わせの時間に遅刻どころか、大変なことになってしまいそう。寝過ごしは、厳禁v
ママが起こしてくれるもんね、と小さなブルーが、ふと思い出した昼間のこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日はハーレイに会えずに終わってしまったけれども、きっと明日には会えるだろう。
「会えるのかな?」と、心配でたまらない時も多い割には、今夜は平気。
いいお天気の日だったせいか、それとも愉快な事件のせいか。
(どっちかと言えば、事件かな…?)
だって、現場は学校だもの、と今朝の教室が頭の中に蘇る。
今朝と言っても、朝と呼ぶには少し遅すぎる時間に「事件」は起きた。
一時間目の授業が、かなり進んだ頃のこと。
(あと十五分ほどで終わります、って時間だっけね…)
教室の後ろの扉が、音も立てずに開いたらしい。
ブルーは、見てはいなかった。
授業の間は、前を見ているか、机の上のノートや教科書、そちらに集中しているから。
(ぼくは、ちっとも知らなかったけど…)
クラスメイトの何人かは、そちらに視線を向けたという。
なにしろ、いくら静かに開けても、人の気配は隠せないもの。
(サイオンでシールドしてるんだったら、いけるのかな…?)
だけど、見た目でバレちゃうよね、と可笑しくなる。
サイオンで気配だけは消せても、姿が消えるわけではない。
そこまで強い力を持つのは、最強のタイプ・ブルーだけ。
(…今のぼくには、そんな芸当、出来ないけどね…)
サイオンが不器用になっちゃったから、とブルーは小さく肩を竦めた。
今の「ブルー」も出来ないけれども、教室の扉を開けた人物も出来なかった、「それ」。
気配も隠せていなかったのだし、入って来たのは当然、バレた。
目ざとい数人のクラスメイトにも、先生にも。
(先生、見付けて、思いっ切り…)
入って来た「彼」を叱り飛ばした。
「遅刻したなら、謝ってから入って来い」と、遅刻の生徒を教壇の前に呼びつけて。
気の毒な「彼」はペコペコ謝り、遅刻の理由を言うしか無かった。
「寝坊しました」と、「誰も起こしてくれなかったので、寝たままでした」と。
教室は、たちまち笑いの渦に包まれ、先生も呆れ果てた顔。
「こんな時間に登校だったら、とんでもない時間まで寝ていたんだな」と、時計を指して。
遅刻した生徒が目を覚ましたのは、恐らく、朝のホームルームが始まる頃。
もしかしたなら、もっと遅くて、起きた時には…。
(ホームルームも終わってたかも…?)
彼の家から学校までの距離によっては、有り得るだろう。
パジャマを脱ぎ捨て、顔も洗わずに制服を着て、そのまま必死に走って来たならば…。
(一時間目が終わるまでには、充分、間に合うわけだしね?)
いったい何時に起きたんだろう、と想像してみてクスッと笑う。
家が学校の「すぐ近く」なら、一時間目が始まった後に、起きて登校かもしれない。
「マズイ、遅刻だ!」と部屋で悲鳴で、大慌てで。
起こさなかった家の人にも、ろくに文句を言えもしないで。
(…寝坊、常習犯かもね…)
毎朝、お母さんに「遅刻するわよ、起きなさい!」と、叩き起こされているタイプ。
あまりに毎朝、続くものだから、たまにはお仕置き。
(…お母さん、わざと起こさずに…)
大遅刻をする時間になっても、彼を放っておいたのだろう。
それくらいして「懲りて」くれれば、少なくとも、一ヶ月くらいは効果がありそう。
もっとも、ほとぼりが冷めてしまえば、「お寝坊さん」に戻っていそうだけれど。
(…こればっかりは、人によるものね…)
ぼくはそういうタイプじゃないし、と自覚がある分、今朝の事件は面白かった。
桁外れな「遅刻」も、「後ろからコッソリ入って来た」のも、非日常で愉快な出来事。
そうそう毎朝、起きはしないし、ブルーにとっては「他人事」だと言えるから。
ブルー自身が当事者になって、コソコソ、教室に入りはしない。
遅刻した時は、前の扉を軽くノックし、それから開けて、先生に挨拶して入る。
「すみません。朝は具合が悪かったので、遅刻しました」と、理由を述べて、謝って。
(…ぼくが寝坊で遅刻だなんて…)
絶対に、有り得ないもんね、と胸を張りたい気分。
前の生から、そういったことは「きちんとしていた」わけだし、寝坊などしない。
目覚ましが鳴ったら、すぐに起きるし、具合が悪くて起きられなければ、母が見に来る。
(学校には、なんとか行けそうだったら…)
母が学校に通信を入れて、遅刻の連絡もしておいてくれる。
先生は「ブルーが遅刻して来る」ことを知っているから、もちろん叱るわけがない。
前の扉から入って行こうが、堂々と「遅刻」で、「遅れて登校した」というだけ。
事情があっての遅刻だったら、問題などは全く無い。
むしろ褒められてしまうくらいに、立派な「遅刻」だったりもする。
居眠っていた生徒を、「ブルー君は、休んでもいいのに来ているんだぞ」と叱る先生だとか。
(…ママに起こされる時と言ったら、お休みの日で…)
具合が悪いわけでもないのに、二度寝をしたりしていた時。
いつもの時間に起きて来ないから、母が部屋までやって来る。
「どうしたの?」と、具合が悪くて寝ているかどうか、確認をしに。
(…ホントに、そんな時だけで…)
お休みの日だし、遅刻しないし、と自分で自分を褒めてあげたい。
「ぼくが遅刻なんか、するわけないよ」と、これから先の人生の分も含めて、全部。
(お休みの日には、寝坊したっていいもんね…)
遅刻の心配なんかは無いし…、と思ったところで、ハタと気付いた。
今は確かに「そう」だけれども、近い将来、遅刻する日が来るかもしれない。
(…ほんの少しの間だけど…)
多分、一年も無いだろうけど…、と不安が膨れ上がって来た。
「遅刻するかも」と、「どうしよう、そんなの、困るんだけど…!」と泣きそうな気持ち。
そうなったならば、本当に泣いてしまいそう。
「遅刻しちゃうよ」と、未来の自分が。
その時期は、いつかやって来る。
寝坊をするか、遅刻するかは別にしたって、「遅刻しそうな時期」は訪れる。
来ないわけがなくて、どちらかと言えば、「それ」が来るのを待ち焦がれている。
(…ぼくが育って、前のぼくの頃と、同じ背丈になったなら…)
ハーレイが唇にキスをくれるようになって、十八歳になれば結婚も出来る。
結婚までの間の期間に、デートもするに違いない。
(デートが出来るようになったら、連れてってよ、って頼んでる場所…)
文字通り、山とあるのだけれども、その「デートの日」。
(…ハーレイが、車で家まで来てくれるんなら…)
寝坊したって困りはしないし、ハーレイの方も、苦笑しながら待ってくれるだろう。
「なんだ、寝坊か」と、ブルーの支度が出来る時まで、両親とお茶を飲みながら。
(…そういう時なら、いいんだけれど…)
外で待ち合わせをしてたらアウト、と考えただけで青くなりそう。
そんなデートも少なくはないし、ハーレイと、いつか「してみたい」デート。
家まで迎えに来て貰うのも素敵だし、それに楽だけれども、たまには違うデートもいい。
何処かの店や公園などで、「何時に会うのか」、約束をして。
(…そのデートの日に、寝坊しちゃったら…)
待ち合わせの時間に間に合わないから、まさに「遅刻」で、ハーレイが困る。
「あいつ、来ないぞ」と、何度も腕の時計を見て。
(…ハーレイだって、困るんだけど…)
ぼくも困るよ、と未来の自分の気持ちが痛いほど分かる。
どんなに急いで家を出たって、もう時間には「間に合わない」。
ついでに言うなら、行先は「デートの待ち合わせ場所」で、父に車を出して貰うなど…。
(厚かましすぎて、恥ずかしくって…)
出来やしない、と頭を抱えてしまいそう。
寝坊してしまった原因にしても、父に「車で送って欲しい」と頼めないのと、根っこは同じ。
(明日はデートだから、寝ちゃってたら、部屋まで起こしに来てね、だなんて…)
お母さんに言えるわけがないよ、と頬っぺたが熱くなって来る。
今の自分でも「そう」なのだから、未来の自分は、もう間違いなく「そう」だろう。
デートの前の日、興奮して寝付けなくなっていたって、母に頼みに行くわけがない。
「明日の朝、起きて来なかった時は、ちゃんと起こして」なんて、「子供みたい」なことを。
(……どうしよう……)
デートの日に、寝過ごしちゃったなら…、と焦るけれども、名案は何も浮かんで来ない。
学校に遅刻しそうだったら、なんとかすることが出来るのに。
(…そもそも、学校には遅刻しないけど…)
万一、それが起きたとしたって、少しの遅れだったとしたなら、取り戻せる。
恥ずかしいことには違いなくても、「ママ、大変! タクシーを呼んで!」という手がある。
もっと大幅に遅れた時には、大きな声では言えないけれども、「ずるい手段」を使うまで。
(家を出る時、急に気分が悪くなったから、って…)
言い訳したなら、日頃の行いが立派なのだし、先生は信じてくれるだろう。
母も「通信を入れるのを忘れるくらいに」慌てたのだ、と思い込んで。
(…学校なら、それでいいんだけど…!)
デートだったら、どうするわけ、と考えてみても、困るハーレイと未来の自分が浮かぶだけ。
ハーレイは「来ないブルー」が心配になって、家に通信を入れるだろうか。
「ブルー君は、もう出ましたか?」と、通信機のある場所へ移動して。
(…でも、それまでは…)
「来ないブルー」を待ち続けるだけで、通信を入れに移動するか否か、考え続ける。
下手に「待ち合わせ場所」を離れてしまえば、すれ違いになってしまうかもしれない。
「すれ違い」になってしまったが最後、もう連絡を取れる手段は…。
(マナー違反の、思念だけしか無いんだよ…!)
そういった「非常事態」に、「思念を飛ばして連絡する」のは許される。
マナー違反には違いなくても、「仕方ないですよ、実は私も…」と笑う人だって多いから。
けれども、その頼もしい「思念波」という連絡手段が問題だった。
(ぼくのサイオン、うんと不器用すぎて…)
ろくに思念を紡げはしなくて、ごくごく近い距離であっても、ほぼ「通じない」。
相手が目の前に立っていたって、届かないほど。
(…ハーレイにだって、心を読んで貰ってるくらい…)
通じないのだし、外に出たなら、尚更だろう。
ハーレイからは「何処にいるんだ?」と思念が来たって、ブルーには、答えようがない。
「此処にいるんだよ!」と、目に入った店の看板や景色を凝視してみても…。
(…ハーレイ、そんなの、読み取れないって…!)
タイプ・ブルーじゃないんだから、と空を仰ぎたくなる。
今は自分の部屋にいるから、仰いだ先には、天井だけれど。
近い将来、やって来そうな大ピンチ。
ハーレイとのデートに遅刻した上、すれ違いになってしまうという事態。
(なんとか会えれば、まだいいんだけど…!)
最悪の場合、ハーレイは「身体の弱いブルー」が心配なあまり、こうしそう。
(待ち合わせ場所か、近い所に、どうにかして…)
ブルーに宛てて、メッセージを書いて残してゆく。
「俺は自分の家に帰るから、お前も帰れ。無理をしないで、タクシーに乗るんだぞ」と。
そうでもしないと、いつまで経っても「すれ違い」のまま、ブルーの体力が尽きそうだから。
(…そんなメッセージを見付けちゃったら…)
もう目の前が真っ暗だよね、と「その場で倒れてしまう」未来の自分が見えるよう。
ハーレイの気遣いを無にしてしまって、見舞いに駆け付けさせてしまう自分が。
(そうなっちゃったら、最悪だから…!)
それだけは避けて通りたいから、未来の自分に、今から注意しておこう。
絶対に、寝過ごさないように。
「デートの日の朝、寝過ごしちゃったなら、遅刻だけでは済まないんだよ!」と…。
寝過ごしちゃったなら・了
※ハーレイ先生とデートする日に、寝過ごしてしまった自分を想像してみたブルー君。
待ち合わせの時間に遅刻どころか、大変なことになってしまいそう。寝過ごしは、厳禁v
