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(…今日は、ハーレイに会えなかったけれど…)
 今頃は何をしているのかな、と小さなブルーが思い浮かべた恋人の顔。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(多分、書斎でコーヒーだよね?)
 この時間なら、と壁の時計を眺める。
 他の先生たちと食事に出掛けていない限りは、とうに帰宅しているだろう。
 会議の帰りにハーレイが寄り道するとしたって、書店か食料品店くらいだと思う。
(…帰って、ご飯を作って、食べて…)
 片付けを済ませて、コーヒーを淹れて、書斎でゆっくり寛ぐ時間が、きっと今頃。
(熱いコーヒーを飲みながら、読書…)
 お気に入りの本か、買ったばかりの本なのだろうか、と想像してみる。
 本のタイトルは何だろうかと、チビの自分でも読めそうな中身の本かどうか、と。
(難しい、先生向けの本かも…)
 それだと、ぼくには分かんないや、とガックリ肩を落とした。
 ハーレイと時間を共有出来ない、そういった本は歓迎出来ない、と。
(…シャングリラの写真集だったらいいのにね…)
 ぼくとお揃い、と本棚の方に目を遣る。
 其処に置かれた、白いシャングリラの写真集。
 今のハーレイに教えて貰って、父に強請って買って貰った。
 遠く遥かな時の彼方で、前のハーレイと共に暮らした、懐かしい白いシャングリラ。
 解体されてしまったけれども、トォニィが沢山写真を撮らせて、写真集を残してくれた。
 ハーレイもそれを広げているといいな、と考える。
 「それなら、ぼくも見るんだけれど」と、「同じ時間を過ごせるよね」と。
 けれど、ハーレイが写真集を眺めているとは限らない。
 全く別の子供が読むには難しい本を、ワクワクと読んでいるかもしれない。
 ハーレイは立派な大人なのだし、知識も充分、持っているから。
(…つまんない…)
 それは嫌だよ、と膨れてみたって、我儘な気持ちは届きはしない。
 ハーレイの家は何ブロックも離れた所で、今のブルーはサイオンが不器用すぎるのだから。


 お揃いの本を広げたくても、そう伝えるために思念を紡ぐことも出来ない現実。
 なんとも悔しい限りだけれども、こればかりは、どうしようもない。
(…だから、覗き見だって無理…)
 ハーレイが今、何をしているか、それを知ることさえも出来ない。
(…前のぼくなら、全部お見通しで…)
 前のハーレイが何処にいようと、青の間から簡単に見ることが出来た。
 ブリッジだろうが、機関部だろうが、食堂で食事の最中だろうと。
(何を食べてるのかも、よく見えたから…)
 同じメニューを「今日の夜食に持って来て」などと、出前を頼んだことだって多い。
 「仕事が終わってからでいいよ」と、「ぼくも食べたくなったから」と。
 いとも容易いことだったけれど、今の自分には不可能なこと。
 逆立ちしたって出来はしなくて、ハーレイが読んでいる本さえも…。
(分からない上に、今、書斎にいるかどうかも謎なんだってば!)
 あんまりだよ、と神様を恨みたい気分になってくる。
 どうしてサイオンが不器用な身体なんかを、今の自分に寄越したのか、と。
(でも、神様に文句なんかを…)
 言おうものなら、「要らないのなら、返して貰う」と、身体を消されてしまいそう。
 後には魂だけが残って、もうハーレイの側にいたくても…。
(声も届かなくて、話し掛けても返事は無くて…)
 独りぼっちと変わらないような、辛い毎日になりそうな感じ。
 それが嫌なら、我慢するしかないだろう。
 サイオンがとても不器用だろうが、それが「神様がくれた、新しい身体」なのだから。
(仕方ないけど、ハーレイが何をしてるかは…)
 知りたいよね、と前の自分が羨ましい。
 前のハーレイをいつも見ていて、何もかも知ることが出来たのだから。
(ホントに羨ましいってば…!)
 そういう意味でも嫉妬しそう、と前の自分に喧嘩を売りたい気分。
 大人の身体を持っていただけでも羨ましくてたまらないのに、サイオンまで、と。
(ハーレイには、笑われちゃうけれど…)
 鏡に映った自分に向かって喧嘩を売っている子猫みたいだ、と今のハーレイは評してくれた。
 銀色の毛を逆立てて、尻尾を膨らませる子猫。
 鏡の中の自分を相手に、フーフーと怒り続けてるんだ、と。


 なんとも酷い言い様だけれど、今の自分は、まさにそれ。
 前の自分に向かって嫉妬で、強いサイオンを持っていたのが羨ましくて怒っている。
 神様に文句を言えない分まで、前の自分に向かってぶつけて。
(…前のぼくなら、良かったのにね…)
 ハーレイが読んでる本も分かるし、中身だって、と思ったけれど。
 「この部屋にいても、読めてしまうよ」と、それが出来た時代が懐かしいけれど…。
(……そういえば……)
 前のぼくでも、知らないことがあったっけ、と気が付いた。
 白いシャングリラの中なら何処でも、どんなことでも、手に取るように分かったのに。
 前のハーレイの居場所はもちろん、他の仲間たちのことだって。
(…でも、前のハーレイの航宙日誌…)
 あれだけは読んだことが無かった、とキャプテンの部屋を頭に描いた。
 本物の木で作られた大きな机と、白い羽根ペンがあった其処。
 壁には立派な本棚があって、沢山の本が並べられていて、その中に…。
(前のハーレイが、ずっと書き続けていた航宙日誌も…)
 専用の装丁を施された姿で、ズラリと背表紙を見せていた。
 いつだって勝手に抜き出せそうで、手に取って読むことも出来そうだった。
 机の上には、今、書いている航宙日誌が常にあった筈。
 普段は、閉じて置かれていた「それ」。
 前のハーレイが羽根ペンを持って、書き込む時に広げていた。
(読み返していたことも、よくあったけど…)
 それを横から覗こうとしたら、前のハーレイは、サッと素早く閉じてしまった。
 「読むなよ」と、「俺の日記だからな」と。
 「俺の留守に入って読むのも駄目だ」と、「持ち出しだって、お断りだぞ」と念を押して。
(…そう言われたから、前のぼくは…)
 ハーレイの言いつけを素直に守って、一度たりとも覗かなかった。
 サイオンを使えば、簡単に覗き込めたのに。
 書棚から黙って持ち出すことも、こっそり入って手に取ることもしなかった。
 前の自分には容易いことで、しようと思えば出来たのに。
 実際、中身が気になっていたのに、前の自分は、最後まで約束を守り続けた。
 ただの一度も、読まないで。
 ハーレイが何を書いているのか、知りたくてたまらなかった時でも。


(そうだったっけ…)
 航宙日誌の中身は秘密だったんだ、大きく頷き、今のハーレイに思考を向けた。
 「今も、日記を書いてるかもね」と、考えもしなかった行動へと。
 本を読んでいるとばかり思っていたけれど、日記を書く時間かもしれない。
(…ぼくのこと、書いてくれてるのかな?)
 今日は会えずに終わったとか…、と頬を緩ませ、其処で愕然としてしまった。
 「今度のぼくも、ハーレイの日記は読めないんじゃないの?」と。
(…前のハーレイのは航宙日誌で、シャングリラの記録だったけど…)
 個人的な内容は何も書かれていなかった、と今のハーレイが証言している。
 前の「ブルー」との恋のことなど、それこそ欠片もありはしない、と。
(元から何も書かれてないから、研究者たちが読んだって…)
 ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイの恋物語は、読み取れない。
 書いた本人の「今のハーレイ」だけが、それをすることが出来ると聞いた。
 「前のハーレイ」が記した筆跡、文字をそのまま復刻している航宙日誌を目にしたならば。
(…自分の字から、書いた時の気持ちが分かるんだ、って…)
 今のハーレイは言っていたけれど、書いてあることは単なる「シャングリラの記録」。
 その日付の日に何があったか、前のハーレイがどう対処したか、といったようなことばかり。
(…そんな中身でも、前のぼくには「俺の日記だ」って…)
 秘密にして読ませてくれなかったのが、キャプテン・ハーレイだった「ハーレイ」。
 航宙日誌は、今の時代はベストセラーになってしまって、誰でも読める。
 「今のブルー」がお小遣いで買える、安価な文庫版だってあるのだけれど…。
(今のハーレイが書いてる日記は、ホントのホントに、普通の日記で…)
 日々の出来事や思いを綴った、本当に個人的なもの。
 航宙日誌の頃と違って、何もかも隠してしまうことなく、率直に書いているだろう。
 「今のブルー」と再会した日の感動なんかも、溢れる想いをそのまま、全部。
 それからの日々も、一日たりとも欠かすことなく書いているのに違いない。
(またキスを強請って来やがった、とか…)
 忌々しそうに書いてあるのか、あるいはハーレイの揺れる気持ちが其処にあるのか。
 「頭をコツンとやってやったが、俺の気持ちも考えてくれ」と、キスを我慢する辛さとか。
 そうだといいな、と思うけれども、今の自分が、そういう日記を読めるチャンスは…。
(前と同じで、無いのかも…)
 航宙日誌でさえ読むのは駄目だと言われたのだし、もっと個人的な日記の方も門前払いで。


 その可能性はかなり高い、と考えると涙が出て来そう。
 航宙日誌は「結婚したら、復刻版を買って読もうよ」と約束したから、今度は読める。
 「前のハーレイ」の秘めた気持ちも、きっと教えて貰える筈。
 それなのに、今のハーレイが毎日綴り続ける日記は…。
(ぼくには秘密で、絶対、読ませてくれなくって…)
 書いている時に書斎に行ったら、前の生と同じにサッと閉じられておしまいだろう。
 「見るなよ」と、「俺の日記だしな?」と。
 ハーレイの留守に読んでみたくても、隠し場所が秘密か、しっかりと鍵がかかっているか。
(机の引き出しに入れて鍵をかけてて、仕事に出掛けて行く時は…)
 ブルーが勝手に開けないように、忘れずに鍵も持って出る。
 こっそり書斎に忍び込んでも、手も足も出ない、秘密の日記。
(ちょっとくらい、読ませてくれたって…!)
 いいじゃない、と膨れっ面になってみたって、無駄だろう。
 「前のお前も、読まずに我慢してたんだしな?」と、パチンとウインクされたりもして。
(……うー……)
 ハーレイが秘密にするんなら、ぼくもやり返してやるんだから、と唸りながらも決心した。
 前の自分は何も秘密を持たなかったけれど、今度は秘密を持てばいい。
 ハーレイみたいに日記を書くとか、「ぼくの秘密だから」と言える何かを。
(そしたら、ハーレイが日記を読ませてくれなかった時には…)
 ぼくの日記も読んじゃ駄目、と言い返してやって、降参させられるかもしれない。
 「それなら、俺のも見せてやるから」と、交換条件が出て来るだとか。
(うん、いいかも…!)
 秘密にするんなら、何がいいかな、と思ったけれど。
 日記なんかが良さそうだけれど、生憎と、今の自分はといえば…。
(サイオンがうんと不器用だから、心の中身が零れ放題で…)
 隠し事なんか出来やしない、と頭を抱えて泣きそうになった。
 「無理だよ」と、「とても隠せやしない」と。
 その上、結婚した後に住むのは、今のハーレイの家なのだから…。
(どんなに隠し場所を工夫したって、すぐにバレるに決まってるよ…!)
 やり返してやりたくても、全然駄目、と悔しくて歯ぎしりするしかない。
 「今度も秘密にするんなら、ぼくも秘密を持ちたいのに」と。
 交換条件に使いたいのに、秘密なんかは、とても持てそうにないんだけれど、と…。



           秘密にするんなら・了


※前のハーレイが秘密にしていた日記が、航宙日誌。前のブルーにも読めなかったもの。
 ハーレイ先生の日記が気になるブルー君ですけれど、今のも、読ませて貰えないのでは…?








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(今日は、会えずに終わっちまったなあ…)
 お互い、運が無かったってな、とハーレイが思い浮かべた恋人の顔。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それが温かな湯気を立てている。
 ゆったりと椅子に腰を下ろして、寛ぎの時間なのだけれども、ブルーの方はどうだろう。
 遅い時間になったとはいえ、今も膨れているかもしれない。
 「今日はハーレイに会えなかったよ」と、パジャマ姿でベッドの縁に座って。
(膨れていないで、早く寝ろよ?)
 寝ていてくれると嬉しいんだが、とブルーの弱い身体を気遣わずにはいられない。
 今のブルーも前と同じに、虚弱な身体に生まれてしまった。
 膨れっ面も、「会えなかったよ」とぼやく姿も可愛いとはいえ、夜更かしは良くない。
 身体を冷やせば風邪を引くだろうし、そうでなくても体力を削られてしまう。
(…なあ、そうだろう?)
 お前だって、そう思うよな、とハーレイは机の引き出しを開けた。
 其処には日記が入れてあるけれど、日記の下に、そっと仕舞ってある写真集。
(……お前も頑固だったんだがなあ……)
 今のお前も、負けていないな、と、その写真集を取り出した。
 『追憶』というタイトルがつけられた、それ。
 表紙に刷られた、前のブルーの一番有名な写真。
(これがお前の本当の顔で…)
 誰にも見せやしなかったが、と今も鮮やかに思い出すことが出来る。
 正面を向いたブルーの赤い瞳の奥には、憂いと悲しみの色が秘められていた。
 前のブルーが、前のハーレイの前でだけ見せた表情。
 遠く遥かな時の彼方で、こういう写真を必死に探した。
 前のブルーを失った後で、データベースを端から掘り返すようにして。
(…なのに、どうしても見付けられなくて…)
 断念せざるを得なかったのに、後世の誰かが「それ」を見付けた。
 恐らく、残されたブルーの映像の中から、この表情に気付いたのだろう。
 「これだ」と、前のブルーの心を見抜いて、その一瞬を切り取った。
 「これこそ、ソルジャー・ブルーなのだ」と、「ソルジャーの顔ではない」本当の顔を。


 今では一番有名になった、その写真。
 それが表紙になっている本も、また多い。
 『追憶』もそういう中の一冊だけれど、選んで買って来た写真集。
 すっかり宝物になっている本、毎晩、日記を布団代わりに掛けてやる。
 前のブルーが寂しくないよう、温かく包み込むように。
 日記の下なら、「ハーレイと一緒にいる」のと変わらないだろう、と思っているから。
(お前も、寂しがり屋だったんだが…)
 今のお前も同じだよな、と写真集を机に置いて、心の中で前のブルーに語り掛ける。
 表紙に刷られた写真と向き合い、まるでブルーがいるかのように。
(お前からも言ってやってくれよな、夜更かししないで寝ろ、ってな)
 でないと風邪を引いちまうから、と前のブルーに頼み込む。
 「俺には、どうにも出来やしないし」と、「お前は、お前なんだから」と。
 とはいえ、自分でも分かってはいる。
 「前のブルー」は、そっくりそのまま、「今のブルー」だという事実。
 いくら「前のブルー」に頼み込んでも、それは「今のブルー」に届きはしない。
 全く同じ魂なのだし、写真は「ただの写真」でしかなくて、言わば幻影のようなもの。
 無駄だと分かっているのだけれども、時々、こうして話し掛けてしまう。
 「前のブルー」が、此処にいるような気持ちになって。
 時の彼方で失くした恋人、その人が今も、写真を通して、こちらを見詰めているようで。
(…そうじゃないって、百も千も承知なんだがなあ…)
 どうにも駄目だ、とハーレイは苦笑し、コーヒーのカップを傾けた。
 「この癖は、治りそうもない」と。
 いつか治る日が来るのだろうか、それとも一生モノなのだろうか。
(……さてなあ……?)
 今のブルーが前のブルーと同じ姿になった時には、あるいは治るのかもしれない。
 失くしたブルーが、あの頃と全く同じ姿で、側にいるようになるわけだから。
(その時には、嫁に来てくれるわけで…)
 二度と失くしはしないわけだし、「前のブルー」の面影を探し求める必要は無くなる。
 いつでも同じ顔を見られて、同じ声を聞ける日々が来るのだから。
 そうなったならば、この写真集を引っ張り出さなくても…。


(前のあいつに会えるんだしな?)
 きっと、この癖も治るだろう、と思う一方、治らないような気もしている。
 生まれ変わって来た今のブルーは、幸せ一杯に育ったブルー。
 『追憶』の表紙に刷られた表情、それと同じ瞳を見せる時など、永遠に来ない。
 悲しみも憂いも、前のブルーの味わったものとは、まるで全く違うから。
 せいぜい「ハーレイに会えなかったよ」程度で、前のブルーのそれとは重さが違いすぎる。
(…この表情を、俺が今のブルーで見ることは…)
 本当に永遠に無いんだよな、と思うからこそ、「この癖は治らないかもな」と感じている。
 前のブルーを想い続ける、この気持ちもまた、本物だから。
 どんなに「今のブルー」がいようと、この想いは消えてくれそうもない。
(…百年くらい、一緒に暮らせば…)
 治ってくれるかもしれないけれども、それまでは、きっと「前のブルー」を追い続ける。
 何かのはずみに、この写真集を取り出して。
 今夜みたいに、「お前だったら、どう思う?」などと「ブルー」に尋ねたりもして。
(例えば、あいつと喧嘩しちまって…)
 膨れっ面になったブルーが、「ぼくは一人で寝るからね!」とバンと扉を閉めたような夜。
 締め出しを食らって寝室に入れず、すごすごと書斎に来るしか道が無かった時。
 そうした夜には、この引き出しを開けることだろう。
 写真集を取り出し、前のブルーに向かって愚痴を零してしまうと思う。
 「流石、あいつもお前だよな」と、「今夜は放り出されちまった」と、コーヒー片手に。
(なんて頑固なヤツなんだ、と…)
 当の「ブルー」を相手に嘆いて、寝場所を失った惨めな自分の姿を披露して笑うことだろう。
 「見てくれ、俺はこのザマなんだ」と、「全部、お前がやったんだぞ?」と。
(お前からも、ちょっと、とりなしてくれ、と頼んだりして…)
 前のブルーに頭を下げたら、寝室の扉も開いてくれるかもしれない。
 なにしろ同じ「ブルー」なのだし、魂が何処かで共鳴して。
(…ところが、どっこい…)
 生憎と「ブルー」の魂は一つ、今のブルーが持っている以上、そんな救いは来はしない。
 哀れなハーレイの心の中では、「前のブルー」が同情をしてくれたって。
 「今夜は、ぼくと話して過ごそう」と、優しい言葉が聞こえたように思えたとしても。
 本物のブルーは寝室に籠って、プンスカと怒り続けたまま。
 「朝まで開けてやらないんだから」と、「今夜は、書斎かソファで寝たら?」と。


(…そんな夜には、やっぱり、こいつに…)
 愚痴を聞いて貰うのが一番だよな、とハーレイは『追憶』の表紙を指でトントンと叩く。
 「お前は、俺といてくれるしな」と、「いつまでも、俺と一緒なんだ」と、微笑み掛けて。
 ただの写真で幻影だろうと、「前のブルー」は何処へも行かない。
 本は歩いて逃げたりしないし、ハーレイを締め出すことだってしない。
 「いつだって、俺が望みさえすれば会えるんだしな」と、思った所でハタと気付いた。
 寝室から「ハーレイ」を締め出しそうな、前と同じに頑固なブルー。
 今のブルーと結婚したなら、ブルーは書斎にも出入りする。
 「ねえ、何の本を読んでいるの?」と、背後から覗きもすることだろう。
 そうなった時は、今、机の上に置いている『追憶』も…。
(どうして、こんな写真集なんかを持ってるの、って…)
 今のブルーは興味津々、ブルーがそれを見付けた途端に、質問攻めに遭うに違いない。
 何故、買ったのか、いつからあるのか、どうして普段は出ていないのか、と。
(…俺の愛読書は多いとはいえ、どれも本棚に並んでて…)
 引き出しの中が定位置の本など、一冊も無いという現実がある。
 気が向いた時に本棚からヒョイと手に取り、机に持って行って読むのが「ハーレイ流」。
 それが気に入りの読書のスタイル、ブルーも、じきに覚えるだろう。
 「また、その本? それって、そんなに面白い?」などと笑って、肩越しに読んでみたりして。
 時には、読書の邪魔をしないようにと、コーヒーだけ置いて去ってゆくことも。
(そんな具合に、俺のスタイルを覚えられちまった後にだな…)
 この『追憶』がブルーに見付かったならば、大変なことになるかもしれない。
 「どうして、これだけ」と、「引き出しの中って、宝物なの?」とブルーが怒り始めて。
 必死に言い訳してみたところで、ブルーが聞く耳を持つ筈もない。
 何故なら、今のブルーときたら…。
(…前の自分に嫉妬するんだ…)
 まるで銀色の子猫みたいに、鏡に映った自分に向かって、フーフーと毛を逆立てて。
 「こいつなんかは、大っ嫌いだ!」と、膨れっ面になって、プンスカ怒って。
 そうやって嫉妬していた日々が、ブルーの中で蘇ることは間違いない。
 「ハーレイ、やっぱり、前のぼくの方が好きだったんだ!」と、チビだった頃を蒸し返す。
 おまけに、今でも写真集を大切に持って、隠しているとなったら、怒り心頭。
 「あんまりだよ!」と、「今でも、前のぼくの方が好きで大事にしているなんて!」と。


 もう確実に、「バン!」と閉まるだろう、寝室の扉。
 ブルーは其処に立て籠ったまま、何日経っても、怒りっ放しで怒りは解けない。
 御機嫌伺いにノックしたって、食事やおやつを持って行っても、扉は固く閉まったまま。
 「食事なら、其処に置いておけば?」と、不機嫌な声が投げ掛けられて。
 「お皿が空いたら出しておくから、適当な時に持ってってよ」と、取りつく島も無い有様で。
 懸命に詫びて詫び続けたって、最後には、きっとこう言われる。
 「本当に悪いと思ってるんなら、あの本、捨ててしまってよ!」と閉じた扉の向こうから。
 「ぼくなら、此処にちゃんといるでしょ」と、「あんな写真は要らないんだから!」と。
(…そう言われてもだな…!)
 前のあいつを捨てたりなんか出来るもんか、と分かっているから、溜息と共に眉間を揉んだ。
 「どうしたもんか」と、未来の自分を思い描いて。
 この本を大切に持っておきたいなら、今のブルーに見付からないよう、隠すしかない。
 隠し事などしたくないのに、そうしない限り、大戦争が勃発しそう。
(弱ったな…)
 秘密にするなら、何処に隠せばいいんだか、と書斎を見回し、とても大きな溜息をつく。
 「簡単に思い付くような場所なら、ブルーも簡単に気付くってことだぞ」と、天井を仰いで。
 「何処に秘密の場所があるんだ」と、「まあ、もっと先になってからでいいか」と。
 恋人に隠し事をするなど、考えたことも無かったから。
 どう考えても出来そうになくて、けれど、バレたら大惨事だから…。



            秘密にするなら・了


※ハーレイ先生が大切にしている、前のブルーの写真集。一人暮らしの今はいいんですけど…。
 ブルー君と一緒に暮らす時が来たら、困ってしまうことになりそう。見付かったら大変。











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「ねえ、ハーレイ。子供の意見は…」
 尊重すべきでしょ、と小さなブルーが投げ掛けた問い。
 二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
 お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 子供って…」
 意見って何だ、とハーレイは目を丸くした。
 ブルーが質問して来た意図が、まるで全く分からない。
 この部屋に子供などはいないし、窓の外を見ても…。
(子供なんか、何処にもいないよなあ…?)
 何処から子供が出て来たんだ、と謎は深まる一方。
 質問が出て来る前の話題も、子供とは無関係だった。
(しかも、尊重すべきとか…)
 そいつは子供が前提では、とハーレイは首を捻り続ける。
 ブルーの問いに対する答えを、一つも見付けられなくて。


(弱ったな…)
 なんと答えてやればいいんだ、と頭の中に渦巻く疑問。
 ブルーが何を尋ねたいのか、片鱗だけでも掴まないと…。
(いつまで黙っているつもりなの、って…)
 怒り出すのは確実なんだ、と思いはしても謎は解けない。
 けれど、ブルーの機嫌を損ねてしまったら…。
(膨れてフグになっちまうしなあ…)
 此処は降参するしかない、とハーレイは腹を括った。
 「分からないの?」と詰られようとも、訊く方がマシ。
 だからブルーを真っ直ぐ見詰めて、頼むことにした。
「すまんが、俺に分かるように、だ…」
 意味を教えてくれないか、とブルーの問いに返した質問。
 子供の意見とは何を指すのか、尊重とは…、と。
「…分からないの?」
 案の定、ブルーは呆れた表情になった。
 「大人なのに」と、「それに、先生だよね?」とも。


 呆れられたのは無理もないけれど、二つ目に傷付く。
 「先生だよね?」という、ブルーの指摘。
 ハーレイは学校の教師なのだし、子供相手の仕事になる。
 言われてみれば、生徒の意見というものは…。
(頭ごなしに否定しないで…)
 尊重すべきものだった、と今更のように気付かされた。
 生徒の言い分をよく聞いてやって、動くのは、それから。
 「そいつは駄目だな」と、否定することになろうとも。
(…うーむ…)
 痛い所を突かれたな、と思いながらも、まず謝った。
 「申し訳ない」と、潔く。
 小さな恋人に頭を下げて、「俺が鈍すぎた」と。
「確かに、お前の言う通りだ。子供の意見は…」
 尊重しないと駄目だったな、と苦笑する。
 「俺の仕事の鉄則なのに、すっかり忘れちまってた」と。


「やっぱりね…。学校の生徒もそうなんだけど…」
 子供全般に言えることでしょ、とブルーは溜息をつく。
 「例えば、お菓子を分ける時とか、どうするの?」と。
「そういや、そうだな…。子供が混じっているんなら…」
 先に子供に選ばせないと、とハーレイは大きく頷いた。
 切り分けたケーキを分ける時には、子供が優先。
 大きさや、それにデコレーションやら、フルーツやら。
 子供が欲しい部分は何処か、意見を尊重しなければ。
(いろんな種類の菓子がある時も…)
 子供の意見が最優先で、大人はじっと待つことになる。
 「どれが食べたい?」と尋ねてやって、選ぶのを。
 どんなに待たされる羽目になろうと、尊重すべき意見。
 ブルーの言葉は、実に正しい。
 何処も間違っていないわけだし、ハーレイは笑んだ。
 「お前、なかなか考えてるな」と。
 「いつもは我儘ばかりのくせに、見直したぞ」と。


「そりゃ、ぼくだって、たまにはね…」
 物事ってヤツを考えるもの、とブルーは得意げ。
 「これでも昔は、ソルジャーをやっていたんだし」と。
「なるほどなあ…。それで、昔に返ってみた、と」
 お前は子供たちと仲が良かったし、と遠い昔が懐かしい。
 前のブルーは、よく子供たちと遊んでいたから…。
(子供の意見は尊重すべき、って考えるよなあ…)
 そんな場面が幾つもあった、と思い出すキャプテン時代。
 「子供たちのために」と、前のブルーは、よく提案した。
 子供たちがそれを望んでいるから、そのように、と。
(…本当に色々あったっけなあ…)
 懐かしいな、と感慨に耽っていたら、ブルーが言った。
 「分かったんなら、尊重してよね」と。


「…はあ?」
 また丸くなった、鳶色の瞳。
 二度目の「はあ?」に合わせて、再び真ん丸に。
「まだ分からないの? ぼくも今は、子供なんだから…」
 尊重してよ、とブルーはキスを強請って来た。
 「唇にね」と、「額や頬じゃ駄目だよ」と。
「馬鹿野郎!」
 それとこれとは話が別だ、とハーレイは軽く拳を握る。
 悪知恵が回るブルーの頭を、コツンと叩いてやるために。
 十四歳の小さなブルーに、唇へのキスは早すぎるから…。



           子供の意見は・了












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(こういう、独りぼっちの夜は…)
 その内に無くなるんだよね、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(…十八歳になったら、ハーレイと結婚出来るから…)
 誕生日が来たら、直ぐにでも結婚式を挙げることだろう。
 そしたら、ハーレイの家に引っ越し、一緒に暮らす。
 夜になっても、一人きりにはなったりしない、同じ家での日々が始まる。
(昼間は、ハーレイ、お仕事だけれど…)
 夜は必ず帰って来るから、今夜のように一人の夜など、消えて無くなる。
 家の何処かにハーレイがいて、呼べば答えてくれるから。
 返事が無くても捜しに行ったら、ハーレイの姿が見付かるから。
(幸せだよね…)
 昼間はお留守番だけど、と結婚出来る日が待ち遠しい。
 どんな時でもハーレイと一緒で、何処へ行くにも二人が普通な、幸せな日々がやって来る。
 休日となれば、朝から晩まで離れはしないし、ドライブも旅行も、二人で出掛ける。
 ハーレイが「行くか?」と誘ってくれて、運転したり、旅の手配をしてくれたりして。
(…ホントに朝から晩まで一緒…)
 夏休みとかなら、長い旅行も出来るよね、と顔が綻ぶ。
 船旅だって、他の星へと宇宙船で出掛けることだって、長い休暇の時なら簡単。
 アルテメシアにも行ってみたいし、地球一周の船旅もいい。
(だけど、普段は、お留守番…)
 昼の間は、と結婚してからの日常を思う。
 ハーレイは毎朝、スーツに着替えて、学校へ出勤しないといけない。
 柔道部などの指導もあるから、朝はかなり早いことだろう。
(…ぼくが寝ている間に行っちゃう?)
 寝坊してたら、そうなるよね、と肩を竦めた。
 「それが嫌なら、早起きしなくちゃ」と。
 ハーレイと朝食を食べたいのならば、眠くても、朝は起きなくては、と。


 早く出勤するハーレイに合わせて、毎朝、早起き。
 頑張って起きて、顔を洗って、着替えをしたりしている間に…。
(今と同じで、朝御飯、出来てるんだよね、きっと…)
 母の代わりに、ハーレイが作る朝食が待っているだろう。
 美味しそうな匂いが漂って来て、オムレツが焼けていたりして。
(きっとハーレイは、朝から、たっぷり食べるから…)
 ソーセージなどもあるのだろうし、もちろんサラダも。
 それらが載ったテーブルを前に、ハーレイがとびきりの笑顔を向けて来る。
 「おはよう、朝飯、出来ているぞ」と。
 「早く食べろよ」と、「トーストも、直ぐに焼けるから」などと。
(…ぼくが大きく育った後でも、朝御飯、そんなに沢山は…)
 食べられない気がするのだけれども、ハーレイは「食べろ」と勧めて来そう。
 「お前、身体が弱いからな」と、「食える時に、食べておかないと」と。
(寝込んじゃったら、食べないもんね…)
 そうなった時のために体力、と食べさせられる朝御飯。
 「このくらいは、食える筈だしな?」と、ハーレイが皿に盛り付けてくれて。
 「そんなに無理だよ!」と膨れてみたって、「駄目だ」と怖い顔で睨み返されて。
(…朝から、お腹一杯になって…)
 もう動くのも大変だよ、と文句を言っても、ハーレイは、きっと笑うだけ。
 「だったら、軽く運動しろよ」と、「後片付けは、お前がやって」と。
(わざわざ、言われなくっても…)
 後片付けくらい、毎朝、担当するだろう。
 ハーレイが作ってくれたのだから、そのくらいのことはしなくては。
(それから、お掃除…)
 出掛けるハーレイを玄関先で見送った後は、自分の役目に取り掛かる時間。
 掃除に洗濯、「お嫁さん」らしく、こなしてゆく家事。
(午前中の時間は、あっという間に…)
 終わっちゃうかな、と思うけれども、じきに家事にも馴れそうだから…。
(…早く終わって、自由時間が出来ちゃいそう…)
 ハーレイが出るのも早いものね、と壁の時計を眺めてみた。
 「十時頃には終わっていそう」と、「午前中のお茶の時間までには」と。


 午前中の分の家事が済んだら、どうやって時間を過ごそうか。
 留守番なのだし、出掛けないで家にいるべきだろう。
 どうしても買いに行きたい物があるとか、特別な事情が無い限りは。
(まず、お茶を淹れて…)
 それからダイニングで、椅子に座って一休み。
 新聞を広げて、気になる記事を読んでゆく。
(ハーレイは、朝から読んだだろうから…)
 朝食を一緒に食べる間に、教えてくれた記事があるかもしれない。
 「今日は、こんなのが載っていたぞ」と、「面白いから、読んでおくといい」と。
(そういうのがあったら、一番に読んで…)
 ハーレイが感想を言っていたなら、「なるほど」と納得しながら読む。
 何も言わずに出掛けたのなら、ハーレイが仕事から戻った後に…。
(あのね、って…)
 夕食の席などで記事の話題を持ち出し、あれこれと二人で話すのもいい。
 記事によっては、おねだりだって出来ることだろう。
 「書いてあった場所に行ってみたいよ」とか、「あの料理、家で作れそう?」とか。
(お料理の記事もあるもんね?)
 他の地域の名物料理を紹介したり、食べ歩いたりしている記事。
 そんな記事なら、「其処に行きたい」と強請られたって、ハーレイは嫌な顔などはしない。
 「そうだな」と優しい笑みを浮かべて、「いつか行こうか」と相槌を打ってくれる筈。
 名物料理を作れそうか、と尋ねられても、同じこと。
 「それじゃ、作ってみるとするかな」と、「まずはレシピを探さないと」と頷いて。
(…ハーレイが、なんにも言ってなくても…)
 新聞をじっくり読み込んでいけば、色々な発見がありそうな感じ。
 「これは、ハーレイに話さなくっちゃ」と、夕方まで覚えていたい何かが。
 あるいは「これ、ハーレイなら、作れるよね?」と、目を留めてしまうレシピとか。
(…ハーレイが帰るまで、忘れないように…)
 メモしておいたり、新聞の記事を色のついたペンで囲んだりする。
 レシピの場合は、切り抜いても支障が無い場所だったら、切り抜いておこう。
 裏をチェックして広告だったら、ハサミを持って来て、もう早速に。


 午前中の時間は穏やかに過ぎて、お昼になったら、昼御飯。
(ハーレイが、何か作っておいてくれそう…)
 朝食のついでに拵えるとか、前の晩から作ってあるとか。
 なんと言っても、前のハーレイは厨房出身、今のハーレイも料理が得意なのだから。
(ぼくの昼御飯を作るついでに、自分のお弁当だって…)
 手際よく作って持って行きそうな、料理上手な今のハーレイ。
 学校の食堂でも姿を見かけるけれども、お弁当を持って来ることもある。
(一人暮らしでも、お弁当を作っているんだし…)
 結婚して「ブルーのお昼御飯」を作るとなったら、毎日、お弁当かもしれない。
 もしかしたら、用意して行くお昼御飯も…。
(お弁当箱に入っているかも!)
 ハーレイとお揃いのお弁当箱で、中身もお揃い、と胸がときめく。
 お昼になったら、ハーレイは学校で、自分は家で、それぞれ、お弁当箱の蓋を開けて…。
(いただきます、って…)
 一緒に食べている気分になって、楽しんで味わうお弁当。
 ハーレイが仕事から帰って来たなら、お弁当の話も出来るだろう。
 「今日のお弁当に入ってた、あれ、いいよね」などと、味や切り方について和やかに。
(…ウサギの形をしたリンゴとか、タコの形のウインナーとか…)
 ハーレイなら入れてくれそうだけれど、ハーレイの分のお弁当箱には…。
(タコもウサギも、いない気がする…)
 普通のリンゴやウインナーが入って、ごくごく平凡なお弁当。
 職場で食べるお弁当だし、ウサギやタコは似合わないから。
(…ぼくが作ったら、入れちゃうんだけど…)
 愛妻弁当って言うんだよね、と憧れるけれど、入れるチャンスは来そうにない。
 早く起きて出掛けるハーレイよりも、早く起きないと作れないのが大問題。
(うんと早起きして、作ろうとしても…)
 ハーレイなら、きっと目を覚ます。
 「ブルーがいないぞ」と気配で気付いて、キッチンに来るに違いない。
 「おい、お前、何をしてるんだ?」と、お弁当作りをチェックしに。
 「リンゴのウサギを入れちゃ駄目だぞ」と、「ウインナーのタコも駄目だからな?」と。


(…どうせ、そうなっちゃうんだから…)
 お昼御飯だの、お弁当だのは、ハーレイに全部任せてしまおう。
 留守番しながら美味しく食べて、後片付けをすれば充分。
(後は、ハーレイが帰って来るまで…)
 洗濯物を取り込んで、畳んで仕舞うくらいだろうか。
 他にするべき家事と言ったら、買い物や夕食の支度だけれど…。
(そっちも、ハーレイがやっちゃうしね?)
 仕事の帰りに買い物をして、帰宅してから夕食作り。
 今のハーレイの暮らしと変わらないから、結婚した後も同じやり方。
 留守番をするブルーの仕事は、少しだけしか無い毎日。
(…留守番するんなら、もっと頑張りたいけれど…)
 なんにも思い付かないよね、とフウと溜息が零れてしまう。
 「だって、ハーレイが凄すぎるから」と、「ぼくには何も出来ないもの」と。
 頑張って夕食を作ってみたって、出来栄えはハーレイに敵いはしない。
 いくらハーレイが褒めてくれても、自分の腕前は、自分が一番良く分かる。
(お弁当を作っても、ウサギのリンゴは入れちゃ駄目だ、って言われるし…)
 出来そうなことは、パウンドケーキを焼くくらい。
 ハーレイの母が作るのと同じ味がする、大好物のレシピを母に習って、練習して。
(…ホントのホントに、それくらいしか…)
 出来やしない、と嘆いてみたって、どうしようもない今の自分。
 ハーレイよりも遅く生まれて来た分、経験値が足りなさすぎるから。
 どれほど努力を重ねてみたって、ハーレイが先をゆくのだから。
(…もっと何か、ぼくに出来そうなこと…)
 同じ留守番するんなら、と思ったはずみに、ハタと気付いた。
 留守番するのは、昼間だけとは限らないのだ、と。
 ハーレイが仕事で遅くなったら、夕食も外で食べて来る。
 会議が長引いたような時には、他の先生たちと外食。
(いくら結婚してたって…)
 毎回、断ることは無理だし、付き合いで食べに行くこともある。
 そうなった時は、夕食も一人きりで食べて、帰宅を待っているしかない。
 急に決まって遅くなったら、「すまん」と連絡が入ったきりで、独りぼっちで。


(えっと…?)
 ぼくの晩御飯はどうするの、と困った途端に頭に浮かんだ、両親の顔。
 何ブロックも離れていたって、この家は、ちゃんとあるのだから…。
(…食べさせて、って家に帰って、ハーレイの食事とかが終わったら…)
 家まで迎えに来て貰うとか、と大きく頷く。
 「どうせ役には立たないんだし」と、「下手に作ったら、焦がしそうだし」と。
(ハーレイに迷惑かけちゃうよりは、迎えに来て貰う方がいいよね?)
 連絡があった時に「じゃあ、晩御飯は、ぼくの家に行くね」と、言っておいたら大丈夫。
 ハーレイが車で迎えに来るまで、家で晩御飯を御馳走になって…。
(お土産に、ママが作ったケーキとかを貰って…)
 お礼を言って、ハーレイの車で帰ってゆくのが一番いい。
 誰にも迷惑はかからない上、両親だって喜ぶから。
(うん、夜も留守番するんなら…)
 ぼくの家に行って待つのがいいよ、とニッコリと笑う。
 「お土産、ママのパウンドケーキがあったら、ホントに最高なんだけど」と。
 帰りの車で、ハーレイに自慢出来るから。
 「ママのケーキを貰って来たよ」と、「ハーレイの大好きな、パウンドケーキ」と…。



           留守番するんなら・了


※ハーレイ先生と結婚した後、どうやって留守番しようかな、と考えてみたブルー君。
 出来ることは殆ど無さそうな上に、留守番が夜まで続く時には、実家で晩御飯らしいですv










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(いつか、こういう夜も無くなるんだな…)
 あと何年か経ったならな、とハーレイが、ふと思ったこと。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(今の俺は、一人暮らしなんだが…)
 ブルーが結婚出来る年になったら、一人暮らしではなくなるだろう。
 待ちかねていた恋人が、この家に早々に引っ越して来て。
(あいつのことだし、何年も待ってるわけがないしな?)
 上の学校にも進学しないで、ブルーは、来るに違いない。
 十八歳になった途端に、結婚式を挙げて、この家の住人になるブルー。
 そうなったならば、今夜のような「一人の夜」は、消えて無くなる。
 コーヒー片手に書斎に来たって、ブルーは、ついて来るだろう。
 「何を読むの?」と興味津々、書棚から本を選ぶ間も、きっと隣に立っている。
(邪魔するなよ、と言ってみたって…)
 ブルーは「うん」と返事はしても、書斎から出てはいかないと思う。
 自分は自分で何か選んで、そのままストンと床に座って、勝手に読書。
 「これなら邪魔にならないでしょ?」と言わんばかりに、黙って本を読むブルー。
(…書斎で、テストとかを採点していても…)
 同じ理屈で、ブルーはいるに違いない。
 「ハーレイの邪魔にならない範囲」で、ブルー自身のスタイルで。
 本を読んだり、新聞や雑誌を持ち込んだりと、暇つぶしになる何かを見付け出して。
(確かに、邪魔にはなっていないし…)
 そういう時間も、とても幸せに思えることだろう。
 少々、ブルーに気を取られようと、それは「ブルーがいるからこそ」。
 今夜のように一人きりでは、気を取られたりすることさえ無い。
 だから待ち遠しく思うけれども、「ブルーがいる」のが、当たり前になってしまった後。
 「ちょっと邪魔だぞ」と、ふざけて言ったりもしたくなる頃、一人きりの夜が来たならば…。
(…どうなるだろうな?)
 今とは逆の状況なんだが…、と首を捻った。
 「そんな夜には、どうするんだ?」と。


 ブルーと結婚式を挙げたら、二人で暮らすに決まっている。
 この家にブルーの荷物が運び込まれて、ブルーのための部屋も出来上がる。
 毎日、朝には一緒に朝食、それから仕事に出掛けて行って…。
(あいつが留守番してるってわけで…)
 仕事が終わって帰って来たなら、ちゃんとブルーが待っている。
 夕食の支度は、多分、ブルーがするのではなくて、自分の担当だろうけれども。
(なんたって、俺は料理が得意で、経験も豊富なんだしな?)
 帰宅してからササッと作って、ブルーと二人で食べるのがいい。
 「今日は、こいつがあったからな」と、買って来た食材を披露して。
 「こうやって食うのが美味いんだぞ」などと、料理する姿も、ブルーに見せて。
(…仕事の無い日は、もちろん、朝から夜まで一緒で…)
 何処に行くのも、ブルーと一緒。
 買物も、散歩に出掛けてゆくのも、何をするのもブルーと二人で当たり前の休日。
 そういった暮らしが、判で押したように続いてゆきそうだけれど…。
(…あいつと違って、俺が留守番する時だって…)
 無いとは言い切れないだろう。
 ブルーにも、ブルーの人生があって、ブルーの世界があるのだから。
 学校の友人たちと出掛けて、留守にする日も来そうではある。
(明日の昼間は、出掛けて来るね、って…)
 留守にすることも、まるで無いとは言えないと思う。
 ついでに言うなら、昼間どころか、夜になっても…。
(帰って来ないってこともあるよなあ?)
 次の日もな、と顎に当てる手。
 「なんたって、あいつは若いんだから」と。
 ブルーは結婚する気だけれども、ブルーの友人たちの場合は、そうではない。
 彼らは十八歳になれば進学、上の学校へと進むだろう。
 中には、今、住んでいる町を離れて…。
(ちょっと遠い所の学校に行こうってヤツも…)
 いるだろうから、そういう友人に招かれたならば、ブルーは家を留守にする。
 「友達の家まで行って来るね」と、泊りがけで遊びに出掛けて行って。


(…大いに有り得る話だよなあ…)
 あいつが出掛けちまって留守番、とカップを片手に頷いた。
 ブルーが泊まりで出掛けて行ったら、今夜と同じで、一人きりの夜が訪れる。
 それより前の昼間の時点で、既に一人の時間だけれど。
 家に帰ってもブルーはいなくて、この家の中に、ポツンと一人。
(…いやいや、そこは上手にだな…)
 やってみせるさ、と想像してみることにした。
 「ブルーがいなくて、留守番するなら」と、その間の自分の状況を。
 どんな具合に時間を潰して、どういう夜を過ごすのかと。
(…仕事のある日じゃ、想像し甲斐が無いってモンだし…)
 休み中ってことで考えるかな、と場面を長期休暇に設定した。
 如何にもブルーが留守にしそうで、友達も招待しそうな時期が夏休みなど。
(朝に、あいつを送り出して、だ…)
 車で何処かまで送ってやったら、その後は、自分一人の時間。
 まずはそのまま、ドライブもいい。
 いつもはブルーと出掛ける所を、一人、気ままに。
 「その辺で、休憩した方がいいよな」などと、気遣う相手がいないドライブ。
(何処まで行こうが、休憩無しで突っ走ろうが…)
 自由なのだし、とても新鮮に感じることだろう。
 今の自分には普通だけれども、結婚した後は、もう出来なくなるドライブだから。
 気ままに走ってゆくことなんかは、ブルーと一緒では難しいから。
(うん、なかなかに…)
 悪くないぞ、と出だしは上々。
 ブルーがいない留守番の暮らしは、ドライブで始めるのが良さそうだ。
 思いのままにハンドルを切って、気の向くままに愛車で走る。
 休憩場所など考えないで、「此処にしよう」と思ったら、停めて入ってゆく。
 喫茶店でも、農産物の直売所でも、「これだ」とピンと来た場所に。
(入ったら、ぐるっと見回して…)
 此処だ、と決めた席に座るとか、あるいは立ったまま、飲むとか、齧るとか。
 ブルーと一緒では出来ない冒険、行儀なんかも気にしない。
 気ままな男の一人旅だし、誰にも気兼ねは要らないから。


(今だと、まさにそうなんだがなあ…)
 ブルーの家には寄れなかった日に、夜にドライブするような時。
 思い立ったら車を走らせ、目についた店で食事したりもするけれど…。
(あいつと一緒に暮らし始めたら、そいつは無理だ)
 遅くなったら、ブルーは疲れて眠ってしまうし、身体にも悪い。
 そうでなくても虚弱な恋人、そうそう引っ張り回せはしない。
(…ドライブもそうだし、街に出掛けて行ったって…)
 ブルーのためには、こまめに休憩、飲食する店も気を遣わねば。
 騒がしい店など選べはしないし、席もゆったりしている店しか入れないだろう。
(そりゃあ、たまには…)
 カウンター席もいいだろうけれど、あくまで「たまに」。
 ブルーの身体の調子が良くて、「ちょっと冒険したって、いい日」。
 だから自然と生まれる制約、二人だからこそ失う「自由」。
(あいつが出掛けて、留守番するなら…)
 失くしてしまった自由を満喫、思い切り羽を伸ばして暮らす。
 ドライブの後は、街へと走って、あちこち一人で歩くのもいい。
 ブルーと二人だった時には、入れなかった店を回って、一日、のんびり。
 「あいつは退屈するだろうから」と御無沙汰だった、いろんなスポットを楽しんで。
(…あいつが一緒でも、少しくらいは…)
 そうした場所にも寄るだろうけれど、早めに出るのは間違いない。
 「お前には、ちょっと退屈だろう」と、ブルーの気持ちを気遣って。
 いくらブルーが「ううん」と首を横に振っても、瞳を見れば本音が分かる。
 「ハーレイの好きな場所なんだから」と、好奇心一杯だろうけれども、疲れている、と。
(…あいつは、そういうヤツなんだ…)
 自分の身体が辛くなっても、相手の気持ちが最優先。
 それに「ハーレイが大好きなもの」は、体験したくなるのがブルー。
 今の所は、コーヒーに挑戦程度だけれども、結婚したなら、挑戦は増える。
 「ハーレイのお気に入り」に片っ端から挑んで、それで疲れて寝込んでも…。
(ちっとも懲りやしないんだ、きっと)
 その分、俺が気を付けないと…、と分かっているから、出来ないことが増えてゆく。
 気ままなドライブや、足の向くまま歩くことやら、今は「普通」にある自由を失くして。


(留守番するなら、そういったことを…)
 思う存分、謳歌した後、買い物をして家路につく。
 「今夜は、俺しかいないんだしな?」と、一人分の食材を買い込んで。
 普段は買わない総菜などを買うのもいいし、インスタントも悪くないだろう。
 ブルーと一緒の暮らしだったら、そんな手抜きはしないから。
(弁当を買って、食うのもいいよな)
 酒とつまみも買うとするかな、と「独身の夜」を計画してゆく。
 今の自分なら「気が向いた時に出来ること」が、ブルーと一緒では出来ないから。
 ブルーが留守にしている時しか、手抜きの夕食などは不可能。
(もっとも、普段の俺にしたって…)
 手抜きなんぞはしないんだがな、と思うからこそ、手抜きがいい。
 せっかくの「独身に戻った夜」だし、それっぽいのが楽しそうだから。
 料理などとは無縁の男子学生だったら、こうなるだろう、といった夕食。
(インスタントか、はたまた弁当…)
 それでも酒があったら上々、と学生時代の友人たちを思い浮かべてニヤリとする。
 「気ままな一人暮らしってヤツだ」と、「ブルーが留守の間だけだが」と。
 手抜きの夕食を食べるからには、後片付けの方も手抜きが一番。
 「明日の朝、纏めて洗えばいいさ」と、キッチンのシンクに突っ込んで終わり。
(流石に、水で軽く流して…)
 汚れは軽く取っておくが、と考える辺りが、少々、所帯じみているけれど、仕方ない。
 一人暮らしが長すぎるのと、料理好きなのと、マメなのが「悪い」。
(手抜きした後は、酒をゆっくり楽しんで…)
 眠くなったら、ベッドに潜り込んでおしまい。
 「ブルーがいない」寂しさなんかは、何処かへ消し飛んでいそうな夜。
 あまりにも、「一人」が楽しくて。
 独身時代に戻った一日、それですっかり満足して。


(…おいおいおい…)
 それじゃ、あいつに悪くないか、と思うけれども、どうやら自分は…。
(…ブルーが留守でも、ちっとも寂しくないようだぞ?)
 留守番するなら、楽しんじまうタイプなんだな、と浮かべた苦笑。
 「きっと、前の俺のせいなんだろう」と。
 前のブルーがいなくなった後、一人きりで長く生きていたのが悪い、と言い訳する。
 「ブルーが何処にもいない」人生は辛いけれども、留守ならば、別。
 気を遣わないでも大丈夫な分、「羽を伸ばしたくなったりするさ」と。
 「留守番するなら、ちょいと御褒美を貰うくらいは、許されるってモンなんだから」と…。



          留守番するなら・了


※結婚した後、ブルー君が留守で、留守番するなら…、と想像してみたハーレイ先生。
 泊りがけで出掛けて行ったら、独身生活を満喫するようです。人生を楽しめるタイプですねv









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