(…今日は、寄り損なっちまったなあ…)
仕方ないんだが、とハーレイがフウと零した溜息。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
今日はブルーの家に寄れる、と何時間か前までは考えていた。
柔道部の部活が終わった後に、シャワーを浴びて、着替えをして、と普段通りに。
ところが、狂ってしまった予定。
(こればっかりは、本当に仕方ないんだよなあ…)
あいつにも悪気は無かったんだ、と部員の一人を思い出す。
きちんと準備運動をして、それから練習を始めた彼。
稽古の最中、捻挫をしたのは、彼にとっても災難以外の何物でもない。
なんと言っても、当分の間、部活は禁止で、体育も同じ。
(自転車に乗るのも、暫くは駄目らしいしなあ…)
登下校にも難儀するだろう、と彼の境遇を気の毒だと思う。
ほんの一瞬、油断したのか、判断ミスをやらかしたのか、それが捻挫を連れて来た。
ハーレイが「あっ」と息を飲んだ時には、彼は床の上に転がっていた。
練習相手も顔色を変えて、「先生!」と悲鳴のように叫んだ。
「先生、僕が悪かったんです」と練習相手は謝ったけれど、彼に非は無い。
何の落ち度も無かったことは、練習を見ていたハーレイだからこそ、よく分かる。
(あいつがかけた技は正しくて、かけられた方も…)
正しく対応したのだけれども、何処かで何かが間違っていた。
ほんの僅かな気の緩みだとか、あるいは身体が少し違った動きをしたか。
(俺がマズイ、と思った時には、もう、ああなるのが…)
見えていたよな、というのは「今だからこそ」言えること。
彼が体勢を崩した瞬間、咄嗟に動いて支えるとかは、いくらハーレイでも出来ない。
サイオンを使えば可能とはいえ、そういったサイオンの使い方は…。
(あいつのためには、ならないんだよな)
ついでに社会のマナーに反する、と律儀に考え、可笑しくなった。
「慣れないヤツなら、助けちまうかもな」と。
柔道の指導を始めたばかりの、まだ新米の教師だったら、やるかもしれない。
彼自身も経験が浅いものだから、何が後輩のためになるのか、冷静に判断出来なくて。
人間が全てミュウになっている今の時代は、サイオンは「使わない」のがマナー。
部活で怪我をしそうになっても、軽い怪我で済むなら「助けはしない」。
(その辺の判断をどうするか、ってうのもだな…)
指導する教師の腕の見せ所で、今日の場合は「放っておく」方。
怪我をした生徒は可哀相だけれど、今の内に懲りておく方がいい。
(怪我ってヤツを経験したら、だ…)
次から彼は気を付けるのだし、怪我をしないよう、技を磨くのにも熱心になる。
結果的に向上するわけだから、数日間のブランクなどは…。
(ご愛敬っていうヤツなんだ)
また練習に復帰した時は、これまで以上に頑張ればいい。
そう、怪我をした彼は、それで充分なのだけれども…。
(…ブルーは、ガッカリしたんだろうなあ…)
俺が家に行かなかったから、とチビの恋人に心の中で謝る。
「すまん」と、「仕方なかったんだ」と。
家で待っているブルーよりかは、怪我をした生徒を優先するのが当たり前。
車に乗せて、まず、病院へ。
診察と治療が終わった後には、彼の家まで送り届けてやらなければ。
(なんたって、捻挫で歩き辛くて…)
医者も「安静に」と言った以上は、家に送ってゆかねばならない。
「一人で家まで帰れるな?」などと、バスに乗せたりしてはいけない。
(それが教師の役目ってモンで…)
ブルーの家には、また明日にでも、と分かってはいても、ブルーの顔が目に浮かぶ。
残念そうに溜息をついて、ベッドにチョコンと座っていそうな恋人が。
(生徒が怪我をしちまったんだ、と教えてやったら…)
きっとブルーも「仕方ないよね」と、素直に納得するだろう。
「怪我をした子は、大丈夫なの?」と、心配だってしてくれる筈。
けれど生憎、そのことをブルーに伝えられてはいないから…。
(……膨れっ面って所かもなあ……)
教師仲間と飯を食いに行ったと勘違いして…、と少し悔しい。
濡れ衣な上に、ブルーの方も、後で事実を聞かされた時に恥ずかしくなることだろう。
「ぼく、勘違いして膨れちゃってた」と、怪我をした生徒に申し訳ない気持ちになって。
とはいえ、それも仕方ないこと。
思念波を使わないのも社会のマナーで、ブルーに事実は伝えられない。
明日か、それとも明後日になるか、会える時まで、何があったかは伝わらない。
(…膨れていなきゃいいんだが…)
ガッカリ程度でいてくれよ、と思ったはずみに、フイと頭を掠めたこと。
「怪我をするのは、生徒だけとは限らないぞ?」という考え。
(…うん、俺だって人間なんだしな?)
頑丈とはいえ、怪我をしないというわけじゃない、と気が付いた。
幸い、今日まで、大きな怪我はしていない。
今では柔道も達人の域だし、これから先も、恐らく怪我はしないだろう。
(しかしだな…)
怪我をするのは柔道に限ったことではなくて、部活だけにも限りはしない。
日常生活から仕事の中まで、危険は何処にでも潜んでいる。
(学校行事で、遠足なんかに行った先で、だ…)
生徒を庇って怪我をする教師は、実際、多い。
日常の方も、家の手入れで屋根などに登っている時、ウッカリ足を滑らせたなら…。
(下まで落ちて、大怪我ってことは、まず無いだろうが…)
サイオンで自分を助けるだろうし、そこまでの怪我はしないと思う。
ただし、あくまで「そこまでの怪我」で、足を滑らせて落ちてゆく時に…。
(足を捻って、捻挫ってことは…)
有り得るよな、とマグカップの縁を指で弾いた。
きっと転がり落ちる時には、頭の中は「落ちたらマズイ」で一杯になっているだろう。
落下を止めることが大事で、それしか考えていない筈。
(つまり、手足の方はお留守で…)
落ちないためにと、無理な動きをしても全く不思議ではない。
その結果として、「落ちて大怪我」は免れたものの、捻挫くらいはするかもしれない。
「やれやれ、なんとか助かった」とホッとした途端、足首にズキンと痛みが走る。
何処で捻ったか、引っ掛けたのか、心当たりさえ無い不幸な怪我。
ズキンズキンと足が痛んで、立ち上がるのにも一苦労。
「こりゃ、病院だな」と足を引き摺り、愛車のエンジンをかける代わりに…。
(タクシーを呼ぶしかなさそうだよな…)
「捻挫じゃ運転出来やしないし、タクシーを呼んで病院行きだ」という結末。
もしも、そういう怪我をしたなら、ブルーとのことは、どうなるだろう。
「すまん」と詫びて、平謝りになるのは間違いない。
捻挫が治って車に乗れるようになるまで、ブルーの家には、そうそう行けない。
休日くらいは、なんとかバス停まで行って…。
(バスに乗ったら、行けるんだがな…)
それまでの間の平日は無理か、と思うと、溜息しか出ない。
ブルーは膨れっ面になりはしないで、心配をしてくれるとは思う。
「痛いんでしょ?」と、泣きそうな顔もするかもしれない。
なのに、そういうブルーに「会えない」。
休日はともかく、仕事のある日は、愛車で会いには行けないせいで。
(参ったな…)
怪我しちまったら大変だぞ、と考えただけで冷汗が出そう。
「気を付けないと」と、「今日の生徒に注意はしたが、俺もだよな」と。
ブルーに会えなくなるのは困るし、悲しそうな顔もさせたくはない。
つまり、「会えなくなる」のが嫌なら、怪我をしないよう、日頃から気を付けるしかない。
(そうは言っても、遠足とかで、だ…)
生徒が怪我をしそうになったら、飛び出して行くことだろう。
山道で足を滑らせた生徒を、飛び込んで抱えて、一緒に転がり落ちるとか。
(その時だって、止まることしか考えていないモンだから…)
やっぱり足を捻るかもな、と溜息をついて、ハタと気付いた。
「今ならマズイが、もっと先なら、そうじゃないぞ」と。
(…そうだ、今だと、ブルーに会えなくなっちまうんだが…)
結婚した後なら、何も問題無いじゃないか、とポンと手を打つ。
捻挫で足を引き摺っていても、ブルーがいるのが「同じ家」なら、いつでも会える。
(大丈夫なの、って…)
心配する顔も、毎日見られることだろう。
捻挫した足に湿布を貼るのも、ブルーがやってくれそうな感じ。
「ホントに痛そう…」と湿布を貼り替え、色々と世話もしてくれそう。
捻挫したのでは、出来ないことも出て来るだろう。
そういったことをブルーが代わりにやってくれたり、手伝ったり、という毎日。
今、怪我をしたら困るけれども、未来の場合は、どうやらそうではないらしい。
(ふむふむ…)
未来の俺が怪我しちまったら…、と想像の翼を羽ばたかせてみることにした。
ブルーとの日々はどうなるだろう、と二人で暮らす家での暮らしを思い描いてゆく方向へ。
(…最初は、俺が怪我したトコから始まるんだよな?)
怪我は捻挫でいいだろう、と設定した。
学校から遠足に出掛けた先で、生徒と一緒に山の斜面を転がり落ちての捻挫に決める。
「生徒を庇って」というのがポイント、「自分の不注意」ではない所がいい。
ブルーは「怪我をした」と知るなり、真っ青になることだろう。
一番最初は、「あれ、車は?」と首を傾げる場面から始まりそうだけれども。
(車で出勤したんだろうが、捻挫した足じゃ運転出来んしなあ…)
愛車は学校の駐車場に残して、タクシーか同僚の車で帰宅。
見慣れた車が帰って来るのを待っていたブルーには、晴天の霹靂で、その上に…。
(…足を引き摺った俺が登場なんだ)
恐らくブルーはビックリ仰天、悲鳴を上げるかもしれない。
「ハーレイ、その足、どうしちゃったの!?」と、玄関先で。
(捻挫しちまった、と事情を説明してやったら…)
ブルーは「生徒は怪我はしてないの?」と確かめ、怪我は無いと聞いて安心してから…。
(俺の心配をしてくれるんだ)
まるで背丈が違うというのに、杖になろうとしてくれるだろうか。
「歩きにくいでしょ」と、「ぼくに掴まって」と、並んで肩を差し出して。
(でもって、座れる所まで…)
移動させた後は、コーヒーを淹れようとするかもしれない。
「コーヒーでも飲んで、ゆっくり休んで」と、「御飯も、ぼくが作るから」と申し出て。
(どっちも、あいつに上手く出来るとは思えんが…)
不味いコーヒーでも、焦げた料理でも、喜んで御馳走になることにする。
こんなことでもなかったならば、けして味わえないだろうから。
(あいつはコーヒー、苦手なんだし、料理も俺が得意なんだし…)
普段のブルーは、「作って貰う」方に決まっている。
ついでに掃除や洗濯にしても、ブルーがするのは最低限で…。
(大部分は、俺が仕事に出掛ける前に…)
張り切って片付けてゆきそうだから、それも「怪我をした」場合はブルーが請け負う。
一度もやったことなどは無い、バスルームの掃除も「どうやればいいの?」と尋ねながら。
(怪我しちまったら、そうなるんだな?)
うんと新鮮なブルーってヤツを見られるぞ、とハーレイは頬を緩ませた。
掃除や洗濯、料理といった家事を頑張る、健気なブルー。
捻挫した足の湿布を貼り替え、「痛そう…」と心配もしてくれる。
それも素敵だ、と思うものだから、結婚したら、注意は「ほどほど」にしておこうか。
怪我をしたら痛くて不自由だけれど、オマケがついて来そうだから。
ブルーがせっせと世話してくれて、「掴まってね」と、肩まで貸してくれそうだから…。
怪我しちまったら・了
※ブルー君と一緒に暮らし始めた後、怪我をしたらどうなるか、と考えてみたハーレイ先生。
困る部分もありますけれど、なかなかに美味しそうな生活。怪我をするのも一興かもv
仕方ないんだが、とハーレイがフウと零した溜息。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
今日はブルーの家に寄れる、と何時間か前までは考えていた。
柔道部の部活が終わった後に、シャワーを浴びて、着替えをして、と普段通りに。
ところが、狂ってしまった予定。
(こればっかりは、本当に仕方ないんだよなあ…)
あいつにも悪気は無かったんだ、と部員の一人を思い出す。
きちんと準備運動をして、それから練習を始めた彼。
稽古の最中、捻挫をしたのは、彼にとっても災難以外の何物でもない。
なんと言っても、当分の間、部活は禁止で、体育も同じ。
(自転車に乗るのも、暫くは駄目らしいしなあ…)
登下校にも難儀するだろう、と彼の境遇を気の毒だと思う。
ほんの一瞬、油断したのか、判断ミスをやらかしたのか、それが捻挫を連れて来た。
ハーレイが「あっ」と息を飲んだ時には、彼は床の上に転がっていた。
練習相手も顔色を変えて、「先生!」と悲鳴のように叫んだ。
「先生、僕が悪かったんです」と練習相手は謝ったけれど、彼に非は無い。
何の落ち度も無かったことは、練習を見ていたハーレイだからこそ、よく分かる。
(あいつがかけた技は正しくて、かけられた方も…)
正しく対応したのだけれども、何処かで何かが間違っていた。
ほんの僅かな気の緩みだとか、あるいは身体が少し違った動きをしたか。
(俺がマズイ、と思った時には、もう、ああなるのが…)
見えていたよな、というのは「今だからこそ」言えること。
彼が体勢を崩した瞬間、咄嗟に動いて支えるとかは、いくらハーレイでも出来ない。
サイオンを使えば可能とはいえ、そういったサイオンの使い方は…。
(あいつのためには、ならないんだよな)
ついでに社会のマナーに反する、と律儀に考え、可笑しくなった。
「慣れないヤツなら、助けちまうかもな」と。
柔道の指導を始めたばかりの、まだ新米の教師だったら、やるかもしれない。
彼自身も経験が浅いものだから、何が後輩のためになるのか、冷静に判断出来なくて。
人間が全てミュウになっている今の時代は、サイオンは「使わない」のがマナー。
部活で怪我をしそうになっても、軽い怪我で済むなら「助けはしない」。
(その辺の判断をどうするか、ってうのもだな…)
指導する教師の腕の見せ所で、今日の場合は「放っておく」方。
怪我をした生徒は可哀相だけれど、今の内に懲りておく方がいい。
(怪我ってヤツを経験したら、だ…)
次から彼は気を付けるのだし、怪我をしないよう、技を磨くのにも熱心になる。
結果的に向上するわけだから、数日間のブランクなどは…。
(ご愛敬っていうヤツなんだ)
また練習に復帰した時は、これまで以上に頑張ればいい。
そう、怪我をした彼は、それで充分なのだけれども…。
(…ブルーは、ガッカリしたんだろうなあ…)
俺が家に行かなかったから、とチビの恋人に心の中で謝る。
「すまん」と、「仕方なかったんだ」と。
家で待っているブルーよりかは、怪我をした生徒を優先するのが当たり前。
車に乗せて、まず、病院へ。
診察と治療が終わった後には、彼の家まで送り届けてやらなければ。
(なんたって、捻挫で歩き辛くて…)
医者も「安静に」と言った以上は、家に送ってゆかねばならない。
「一人で家まで帰れるな?」などと、バスに乗せたりしてはいけない。
(それが教師の役目ってモンで…)
ブルーの家には、また明日にでも、と分かってはいても、ブルーの顔が目に浮かぶ。
残念そうに溜息をついて、ベッドにチョコンと座っていそうな恋人が。
(生徒が怪我をしちまったんだ、と教えてやったら…)
きっとブルーも「仕方ないよね」と、素直に納得するだろう。
「怪我をした子は、大丈夫なの?」と、心配だってしてくれる筈。
けれど生憎、そのことをブルーに伝えられてはいないから…。
(……膨れっ面って所かもなあ……)
教師仲間と飯を食いに行ったと勘違いして…、と少し悔しい。
濡れ衣な上に、ブルーの方も、後で事実を聞かされた時に恥ずかしくなることだろう。
「ぼく、勘違いして膨れちゃってた」と、怪我をした生徒に申し訳ない気持ちになって。
とはいえ、それも仕方ないこと。
思念波を使わないのも社会のマナーで、ブルーに事実は伝えられない。
明日か、それとも明後日になるか、会える時まで、何があったかは伝わらない。
(…膨れていなきゃいいんだが…)
ガッカリ程度でいてくれよ、と思ったはずみに、フイと頭を掠めたこと。
「怪我をするのは、生徒だけとは限らないぞ?」という考え。
(…うん、俺だって人間なんだしな?)
頑丈とはいえ、怪我をしないというわけじゃない、と気が付いた。
幸い、今日まで、大きな怪我はしていない。
今では柔道も達人の域だし、これから先も、恐らく怪我はしないだろう。
(しかしだな…)
怪我をするのは柔道に限ったことではなくて、部活だけにも限りはしない。
日常生活から仕事の中まで、危険は何処にでも潜んでいる。
(学校行事で、遠足なんかに行った先で、だ…)
生徒を庇って怪我をする教師は、実際、多い。
日常の方も、家の手入れで屋根などに登っている時、ウッカリ足を滑らせたなら…。
(下まで落ちて、大怪我ってことは、まず無いだろうが…)
サイオンで自分を助けるだろうし、そこまでの怪我はしないと思う。
ただし、あくまで「そこまでの怪我」で、足を滑らせて落ちてゆく時に…。
(足を捻って、捻挫ってことは…)
有り得るよな、とマグカップの縁を指で弾いた。
きっと転がり落ちる時には、頭の中は「落ちたらマズイ」で一杯になっているだろう。
落下を止めることが大事で、それしか考えていない筈。
(つまり、手足の方はお留守で…)
落ちないためにと、無理な動きをしても全く不思議ではない。
その結果として、「落ちて大怪我」は免れたものの、捻挫くらいはするかもしれない。
「やれやれ、なんとか助かった」とホッとした途端、足首にズキンと痛みが走る。
何処で捻ったか、引っ掛けたのか、心当たりさえ無い不幸な怪我。
ズキンズキンと足が痛んで、立ち上がるのにも一苦労。
「こりゃ、病院だな」と足を引き摺り、愛車のエンジンをかける代わりに…。
(タクシーを呼ぶしかなさそうだよな…)
「捻挫じゃ運転出来やしないし、タクシーを呼んで病院行きだ」という結末。
もしも、そういう怪我をしたなら、ブルーとのことは、どうなるだろう。
「すまん」と詫びて、平謝りになるのは間違いない。
捻挫が治って車に乗れるようになるまで、ブルーの家には、そうそう行けない。
休日くらいは、なんとかバス停まで行って…。
(バスに乗ったら、行けるんだがな…)
それまでの間の平日は無理か、と思うと、溜息しか出ない。
ブルーは膨れっ面になりはしないで、心配をしてくれるとは思う。
「痛いんでしょ?」と、泣きそうな顔もするかもしれない。
なのに、そういうブルーに「会えない」。
休日はともかく、仕事のある日は、愛車で会いには行けないせいで。
(参ったな…)
怪我しちまったら大変だぞ、と考えただけで冷汗が出そう。
「気を付けないと」と、「今日の生徒に注意はしたが、俺もだよな」と。
ブルーに会えなくなるのは困るし、悲しそうな顔もさせたくはない。
つまり、「会えなくなる」のが嫌なら、怪我をしないよう、日頃から気を付けるしかない。
(そうは言っても、遠足とかで、だ…)
生徒が怪我をしそうになったら、飛び出して行くことだろう。
山道で足を滑らせた生徒を、飛び込んで抱えて、一緒に転がり落ちるとか。
(その時だって、止まることしか考えていないモンだから…)
やっぱり足を捻るかもな、と溜息をついて、ハタと気付いた。
「今ならマズイが、もっと先なら、そうじゃないぞ」と。
(…そうだ、今だと、ブルーに会えなくなっちまうんだが…)
結婚した後なら、何も問題無いじゃないか、とポンと手を打つ。
捻挫で足を引き摺っていても、ブルーがいるのが「同じ家」なら、いつでも会える。
(大丈夫なの、って…)
心配する顔も、毎日見られることだろう。
捻挫した足に湿布を貼るのも、ブルーがやってくれそうな感じ。
「ホントに痛そう…」と湿布を貼り替え、色々と世話もしてくれそう。
捻挫したのでは、出来ないことも出て来るだろう。
そういったことをブルーが代わりにやってくれたり、手伝ったり、という毎日。
今、怪我をしたら困るけれども、未来の場合は、どうやらそうではないらしい。
(ふむふむ…)
未来の俺が怪我しちまったら…、と想像の翼を羽ばたかせてみることにした。
ブルーとの日々はどうなるだろう、と二人で暮らす家での暮らしを思い描いてゆく方向へ。
(…最初は、俺が怪我したトコから始まるんだよな?)
怪我は捻挫でいいだろう、と設定した。
学校から遠足に出掛けた先で、生徒と一緒に山の斜面を転がり落ちての捻挫に決める。
「生徒を庇って」というのがポイント、「自分の不注意」ではない所がいい。
ブルーは「怪我をした」と知るなり、真っ青になることだろう。
一番最初は、「あれ、車は?」と首を傾げる場面から始まりそうだけれども。
(車で出勤したんだろうが、捻挫した足じゃ運転出来んしなあ…)
愛車は学校の駐車場に残して、タクシーか同僚の車で帰宅。
見慣れた車が帰って来るのを待っていたブルーには、晴天の霹靂で、その上に…。
(…足を引き摺った俺が登場なんだ)
恐らくブルーはビックリ仰天、悲鳴を上げるかもしれない。
「ハーレイ、その足、どうしちゃったの!?」と、玄関先で。
(捻挫しちまった、と事情を説明してやったら…)
ブルーは「生徒は怪我はしてないの?」と確かめ、怪我は無いと聞いて安心してから…。
(俺の心配をしてくれるんだ)
まるで背丈が違うというのに、杖になろうとしてくれるだろうか。
「歩きにくいでしょ」と、「ぼくに掴まって」と、並んで肩を差し出して。
(でもって、座れる所まで…)
移動させた後は、コーヒーを淹れようとするかもしれない。
「コーヒーでも飲んで、ゆっくり休んで」と、「御飯も、ぼくが作るから」と申し出て。
(どっちも、あいつに上手く出来るとは思えんが…)
不味いコーヒーでも、焦げた料理でも、喜んで御馳走になることにする。
こんなことでもなかったならば、けして味わえないだろうから。
(あいつはコーヒー、苦手なんだし、料理も俺が得意なんだし…)
普段のブルーは、「作って貰う」方に決まっている。
ついでに掃除や洗濯にしても、ブルーがするのは最低限で…。
(大部分は、俺が仕事に出掛ける前に…)
張り切って片付けてゆきそうだから、それも「怪我をした」場合はブルーが請け負う。
一度もやったことなどは無い、バスルームの掃除も「どうやればいいの?」と尋ねながら。
(怪我しちまったら、そうなるんだな?)
うんと新鮮なブルーってヤツを見られるぞ、とハーレイは頬を緩ませた。
掃除や洗濯、料理といった家事を頑張る、健気なブルー。
捻挫した足の湿布を貼り替え、「痛そう…」と心配もしてくれる。
それも素敵だ、と思うものだから、結婚したら、注意は「ほどほど」にしておこうか。
怪我をしたら痛くて不自由だけれど、オマケがついて来そうだから。
ブルーがせっせと世話してくれて、「掴まってね」と、肩まで貸してくれそうだから…。
怪我しちまったら・了
※ブルー君と一緒に暮らし始めた後、怪我をしたらどうなるか、と考えてみたハーレイ先生。
困る部分もありますけれど、なかなかに美味しそうな生活。怪我をするのも一興かもv
PR
「ハーレイってさあ…」
慎重すぎだよ、と小さなブルーが零した溜息。
二人きりで過ごす午後のお茶の時間に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 慎重って…」
この俺がか、とハーレイは自分の顔を指差した。
いきなりそんな風に言われても、心当たりが全く無い。
教師という職業柄、慎重な部分はあるのだけれど…。
(でないと、生徒を傷付けかねんし…)
理由も聞かずに叱り付けたりは、してはならない。
どう見ても生徒に非がある時でも、まず事情を聞く。
それから叱るか、厳重注意か、対処を考えて動かねば。
(悪く見えても、そうじゃないこともあるからなあ…)
その生徒なりの考えがあって、やった結果が裏目に出る。
実際、そうしたことも多いし、慎重にならざるを得ない。
けれど、ブルーが溜息を零すほどには…。
(慎重すぎないと思うんだがな?)
誤差の範囲ってトコだろうが、と不本意ではある。
どちらかと言えば大胆な方で、周りの評価もそうだから。
なんとも不当な、「慎重すぎだ」というブルーの評。
此処は否定をしておかねば、とハーレイは即、行動した。
真正面からブルーを見詰めて、「それは違うな」と。
「お前から見れば、そうなるのかもしれないが…」
俺の職業を考えてくれ、と順を追って話す。
教師なら誰でもそうあるべきだし、そう見えるだけ。
違う部分も多い筈だし、学校でも大胆な面があるぞ、と。
特に柔道部の指導などでは、そうなってるな、と笑う。
「お前は現場に来てはいないし、知らないだけだ」と。
「それにだ、他の先生方にも…」
大胆で豪胆だと言われているが、とブルーに説明する。
「教師仲間も、そう言うんだしな?」と、自信を持って。
ところがブルーは、「違うんだよね…」と更に溜息。
「なんで、そんなに慎重なわけ?」と、呆れたように。
「もう、キャプテンじゃないんだよ?」と。
「…キャプテンって…。お前、そうは言うがな…」
あの頃だって大胆だった、とハーレイは指を一本立てた。
「前のお前が知らないだけだ」と、自慢話をするために。
前のブルーが長い眠りに就いていた時、それは起こった。
人類軍の船に追われて、三連恒星に追い込まれて…。
「物凄い重力場の中で、ワープを敢行したんだぞ?」
重力の緩衝点からな、と誇らしげな顔で当時を語る。
「一歩間違えれば、宇宙の藻屑って局面だったが?」と。
今、思っても、前の自分の大胆さに感動してしまう。
「よくぞやった」と、手放しで褒めてやりたいほどに。
なのにブルーは、「知ってるってば」と溜息で応えた。
「その話だったら何度も聞いたよ」と、つまらなそうに。
「それにさ、前も大胆だったって言うのなら…」
ますます慎重すぎるってば、とブルーは頬を膨らませる。
「もっと大胆に動くべきだよ」と、不満に満ちた顔で。
(…なるほどな…)
こいつの考えが読めて来たぞ、とハーレはピンと閃いた。
もっと大胆に、今のブルーにキスをするとか…。
(押し倒すだとか、そういった、けしからぬことを…)
この俺にやれと言うんだな、とブルーを改めて観察する。
フグみたいに膨らんだ頬っぺたといい、顔付きといい…。
(うん、その方向で間違いないな)
こいつがそういう魂胆なら…、と取るべき策を弾き出す。
「大胆になれ」との注文なのだし、此処は早速…。
「そうか、分かった。なら、大胆に動くとするか」
俺は帰るぞ、とハーレイは椅子から立ち上がった。
「えっ、帰るって…。なんで?」
お茶の時間の途中なのに、とブルーの瞳が丸くなる。
「何か用事を思い出したの? 今の話で?」
それでも、お茶くらい飲んで行けば、とブルーは慌てた。
「そんなに急いで帰らなくても」と、引き留めるように。
「いや、大胆に、と言ったろう?」
俺は運動したいんだ、とハーレイはニヤリと笑った。
「朝から、ずっと座ってるしな」と、「運動不足だ」と。
じゃあな、とサッと踵を返して、扉に向かう。
「俺の性分じゃないんだよなあ、午後のお茶はな」
それより走って、走りながらの水分補給、と言い捨てる。
「そいつが性に合ってるんだ」と、ブルーに背を向けて。
「待ってよ、酷いよ!」
帰らないで、とブルーの泣きそうな声が追い掛けて来る。
「お願いだから、其処は慎重になって欲しいって!」と。
「ぼくの気持ちも考えてよ」と、「慎重でいい」と…。
慎重すぎだよ・了
慎重すぎだよ、と小さなブルーが零した溜息。
二人きりで過ごす午後のお茶の時間に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 慎重って…」
この俺がか、とハーレイは自分の顔を指差した。
いきなりそんな風に言われても、心当たりが全く無い。
教師という職業柄、慎重な部分はあるのだけれど…。
(でないと、生徒を傷付けかねんし…)
理由も聞かずに叱り付けたりは、してはならない。
どう見ても生徒に非がある時でも、まず事情を聞く。
それから叱るか、厳重注意か、対処を考えて動かねば。
(悪く見えても、そうじゃないこともあるからなあ…)
その生徒なりの考えがあって、やった結果が裏目に出る。
実際、そうしたことも多いし、慎重にならざるを得ない。
けれど、ブルーが溜息を零すほどには…。
(慎重すぎないと思うんだがな?)
誤差の範囲ってトコだろうが、と不本意ではある。
どちらかと言えば大胆な方で、周りの評価もそうだから。
なんとも不当な、「慎重すぎだ」というブルーの評。
此処は否定をしておかねば、とハーレイは即、行動した。
真正面からブルーを見詰めて、「それは違うな」と。
「お前から見れば、そうなるのかもしれないが…」
俺の職業を考えてくれ、と順を追って話す。
教師なら誰でもそうあるべきだし、そう見えるだけ。
違う部分も多い筈だし、学校でも大胆な面があるぞ、と。
特に柔道部の指導などでは、そうなってるな、と笑う。
「お前は現場に来てはいないし、知らないだけだ」と。
「それにだ、他の先生方にも…」
大胆で豪胆だと言われているが、とブルーに説明する。
「教師仲間も、そう言うんだしな?」と、自信を持って。
ところがブルーは、「違うんだよね…」と更に溜息。
「なんで、そんなに慎重なわけ?」と、呆れたように。
「もう、キャプテンじゃないんだよ?」と。
「…キャプテンって…。お前、そうは言うがな…」
あの頃だって大胆だった、とハーレイは指を一本立てた。
「前のお前が知らないだけだ」と、自慢話をするために。
前のブルーが長い眠りに就いていた時、それは起こった。
人類軍の船に追われて、三連恒星に追い込まれて…。
「物凄い重力場の中で、ワープを敢行したんだぞ?」
重力の緩衝点からな、と誇らしげな顔で当時を語る。
「一歩間違えれば、宇宙の藻屑って局面だったが?」と。
今、思っても、前の自分の大胆さに感動してしまう。
「よくぞやった」と、手放しで褒めてやりたいほどに。
なのにブルーは、「知ってるってば」と溜息で応えた。
「その話だったら何度も聞いたよ」と、つまらなそうに。
「それにさ、前も大胆だったって言うのなら…」
ますます慎重すぎるってば、とブルーは頬を膨らませる。
「もっと大胆に動くべきだよ」と、不満に満ちた顔で。
(…なるほどな…)
こいつの考えが読めて来たぞ、とハーレはピンと閃いた。
もっと大胆に、今のブルーにキスをするとか…。
(押し倒すだとか、そういった、けしからぬことを…)
この俺にやれと言うんだな、とブルーを改めて観察する。
フグみたいに膨らんだ頬っぺたといい、顔付きといい…。
(うん、その方向で間違いないな)
こいつがそういう魂胆なら…、と取るべき策を弾き出す。
「大胆になれ」との注文なのだし、此処は早速…。
「そうか、分かった。なら、大胆に動くとするか」
俺は帰るぞ、とハーレイは椅子から立ち上がった。
「えっ、帰るって…。なんで?」
お茶の時間の途中なのに、とブルーの瞳が丸くなる。
「何か用事を思い出したの? 今の話で?」
それでも、お茶くらい飲んで行けば、とブルーは慌てた。
「そんなに急いで帰らなくても」と、引き留めるように。
「いや、大胆に、と言ったろう?」
俺は運動したいんだ、とハーレイはニヤリと笑った。
「朝から、ずっと座ってるしな」と、「運動不足だ」と。
じゃあな、とサッと踵を返して、扉に向かう。
「俺の性分じゃないんだよなあ、午後のお茶はな」
それより走って、走りながらの水分補給、と言い捨てる。
「そいつが性に合ってるんだ」と、ブルーに背を向けて。
「待ってよ、酷いよ!」
帰らないで、とブルーの泣きそうな声が追い掛けて来る。
「お願いだから、其処は慎重になって欲しいって!」と。
「ぼくの気持ちも考えてよ」と、「慎重でいい」と…。
慎重すぎだよ・了
(今日はハーレイ、来てくれなかったけれど…)
お菓子があったから許しちゃおう、と小さなブルーが思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は来てくれなかったハーレイ。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
毎日でも会っていたいけれども、今日は生憎、運が悪かったらしい。
仕事帰りに家まで来てくれなかったばかりか、学校でも会えずに終わった一日。
普段だったら、もう今頃は「どうして?」と膨れていたことだろう。
「酷いよ」と「どうして会えなかったの?」と、神様に文句を言いたいほどに。
(でも、今日は…)
ちょっぴり特別だったんだよ、と笑みまで零れてしまう。
今日のおやつは、とても素敵なものだったから。
母の友達が送って来てくれた、箱一杯のお菓子の詰め合わせ。
(学校から帰ったら、ママが「このお菓子、どれでも食べていいわよ」って…)
テーブルの上に、お菓子の入った箱を笑顔で置いてくれた。
「ちっとも遠慮しなくていいから、好きなのをどうぞ」と、紅茶を添えて。
(お腹一杯になっちゃダメよ、って注意されたけど…)
夕食をきちんと食べられるのなら、幾つ食べても構わない、とお許しも出た。
「ハーレイ先生がいらっしゃった時のためにも、お腹を空けておきなさいよ」という注意も。
(でも、ハーレイは来なかったから…)
もうハーレイは来ない時間、と確信した後、またダイニングに出掛けて行った。
階段を下りて、「ママ、あのお菓子、貰ってもいい?」と、おねだりをしに。
ハーレイが来ないなら、ハーレイとのお茶の時間は無くなる。
其処で出される筈だった菓子も、当然、部屋に運ばれては来ない。
(だから、その分、多めに食べても…)
夕食の量に響きはしないし、胸を弾ませて、キッチンにいた母に尋ねた。
「ねえ、お菓子、もう一個、食べていいでしょ?」と。
「一個だけ食べて、それで終わりにしておくから」と。
母は「いいわよ」と許してくれた。
「ハーレイ先生と食べるおやつが無くなったんだし、一個だけね」と。
お許しが出たから、早速、棚に置いてあった箱をダイニングに運んで行った。
大きなテーブルに箱を下ろすと、自分の椅子に腰掛ける。
ワクワクしながら蓋を開けたら、ズラリと並んだお菓子たち。
(ぼくがおやつに食べた分だけ…)
減っていたけれど、他のお菓子は揃っていた。
母は食べてはいないらしくて、けれど「どれでも食べていいのよ」と聞こえて来た声。
キッチンの方から、「ママはどれでも構わないから」と。
残っているのがどれになっても、残念に思いはしないから、と。
(ふふっ…)
全部、ぼくのになっちゃったみたい、と嬉しくなった。
本当は母が貰ったものでも、優先権は自分にある。
おやつの時間にそうだったように、夕食前に食べる「もう一個だけ」も。
(どれにしようかな…?)
どのお菓子も美味しそうなんだよね、と箱の中身を眺め回した。
幾つもの区画に区切られた箱の、四角い小さなスペースたち。
其処に行儀良く収まったお菓子は、同じ種類のものが一つも無い。
上に載っているドライフルーツやナッツが違うとか、種類からして別物だとか。
(うんと小さなブラウニーに、マカロンに…)
他にも色々、と添えられた栞を広げて、箱のお菓子と照らし合わせる。
「おやつの時間に食べたのがコレとコレとコレで、コレも美味しそうで…」と迷いながら。
おやつの時にも悩んだけれども、今度の一個も悩ましい。
明日、学校から帰るまでには、母もお菓子を食べるだろう。
父もデザートに食べるだろうし、明日は間違いなく選べるお菓子が減っている。
今なら全部「ブルーのもの」で、選択権を持っているのに。
どれを食べても構わない上、おやつの時にも、その権利を行使出来たのに。
(…あと一個だけ…)
明日には、どれかが無くなっちゃっているんだし…、と悩んだ末に、一個、選んだ。
ピスタチオのクリームがサンドされている、可愛らしいのを。
生地もピスタチオが練りこまれていて、綺麗な緑。
(ハーレイの車は緑色だし…)
もっと濃いけど、というのが決め手。
「ハーレイの車が来なかったんだし、その代わりだよ」と。
今のハーレイの愛車は、濃い緑色。
キャプテン・ハーレイのマントを思わせる色は、ブルーもとても気に入っている。
残念なことに、乗せて貰ったことは殆ど無いけれど。
ドライブに連れて行って貰える日だって、まだまだ先のことなのだけれど。
(…でも、緑色は…)
特別だよね、と選んだお菓子は、ピスタチオの風味が口一杯に広がる素晴らしいもの。
大満足で食べて部屋に帰って、それでも舌の上には、まだピスタチオの味わいがあった。
「美味しかった」と頬が緩んでしまって、明日にも期待してしまう。
「学校から帰ったら、どれが残っているのかな?」と。
どのお菓子も美味しいに決まっているから、今度はどれを食べようか、と。
(ママたちが食べてしまっていなかったなら…)
あれも良さそうだし、あれだって…、と食べたいお菓子の種類は沢山。
箱の上にメモを置きたいほどに。
「ぼく用に、これを残しておいてくれない?」と、お菓子の名前を並べて書いて。
(だけど、それだと欲張りすぎで…)
きっと両親に笑われるから、此処は我慢をしておくしかない。
自分の運と神様を信じて、「明日まで残っていますように」とお祈りをして。
(お菓子、欲しいのが残っていますように…)
ママとパパが食べちゃっていませんように、と神様に我儘なお祈りをした。
「お願いします」と、「ホントに美味しそうだったから」と。
それからハタと気付いたのだけれど、そもそも、ハーレイが来ていたのなら…。
(おやつの後に、一個、余計に貰った分は…)
自分の胃袋に入る代わりに、両親の前に顔を出していた筈。
「如何ですか?」と、ピスタチオの鮮やかな緑色を纏って。
「美味しいですよ」と、「私を選んでみませんか?」と。
(…お菓子の妖精がいるんなら…)
言いそうだよね、と箱の中身たちを思い出す。
どのお菓子にも、それぞれ住んでいそうな妖精。
「自分が一番、素敵で美味しい」と、器量自慢な妖精たち。
誰が最初に選ばれるのか、食べて貰えるのかと、箱が開けられる度に大騒ぎ。
「私が一番美味しいですよ」と、「ほら、見た目だって素敵でしょう?」と。
どうか私を選んで下さい、とピスタチオのお菓子の妖精だって主張するのに違いない。
(ぼくがピスタチオのを選んだのも…)
そのせいかもね、という気がして来た。
ハーレイの車の色だから、と選んだけれども、それも妖精の仕業かもしれない。
「ねえ、綺麗な緑色でしょう?」と、箱の中から囁いた妖精。
「恋人さんの車の色と色と同じで、マントの色も緑だったんですよね?」と。
そう囁かれたら、選ぶ気になる。
緑色を纏ったピスタチオのお菓子を。
妖精に「如何ですか?」と誘われるままに、「これにしよう」と箱から取り出して。
(とっても美味しかったんだけど…)
妖精の方も、鼻高々だったことだろう。
箱に残された他のお菓子たちに、「ほらね、私が一番でしょう?」と。
「おやつの時間に選ばれた仲間たちには、ちょっぴり敵いませんけどね」とも。
(…やられちゃったかな?)
でもいいや、と満足出来る味わいだった、あのお菓子。
ハーレイが来てしまっていたなら、両親が食べてしまっていたかも。
(そしたら、ぼくは食べられなくって…)
あの味には出会えなかったから、とハーレイを許す気持ちが更に膨らむ。
「来てくれなくって、ありがとう」と、「一個、余計に食べられたもの」と。
(今日は許してしまえちゃうよね、ハーレイが来てくれなかったこと)
お菓子が美味しかったから、と思ったはずみに掠めた考え。
「あれ?」と。
「もしも、将来、こういうことがあったら、どうするの?」と。
(…今は、ハーレイと一緒に暮らしていないから…)
二人で何かを分け合うという場面は無い。
母が運んで来るお菓子や食事は、いつもきちんと二人分ある。
食事の場合は、身体が大きいハーレイの分が多めに盛られていることも多い。
だから「分け合って食べる」必要は無いし、した経験も無いのだけれど…。
(ぼくが育って、ハーレイと結婚した後だったら…)
そういうことも起きそうだよね、と顎に手を当てた。
今日、母の友達がお菓子を送って寄越したみたいに、ハーレイ宛に届くプレゼント。
なにしろ友人が多いのだから、珍しいことでもないだろう。
「美味しいですから、是非どうぞ」と、お菓子などの箱が家に届くことは。
ハーレイの家に送られて来た、食べ物が入った贈り物の箱。
それをハーレイと一緒に開けたら、中身が今日のお菓子みたいになっているかもしれない。
様々な種類が入った詰め合わせセット、重なるものは一つも無い。
お菓子にしても、他の食べ物だったとしても。
(そんな箱が、家に届いちゃったら…)
どう考えても、分けて食べるしかないだろう。
ハーレイが自分の分を選んで、「ブルー」も同じに選んで食べる。
けれども、選ぶ時が問題。
(ぼくとハーレイが、分けて食べるんなら…)
届いたのが今日のお菓子だったら、どうやって分ければいいのだろう。
困ったことに、二人とも無いのが「好き嫌い」。
苦手な食材があるというなら、分ける時、少し助かるのに。
「俺はピスタチオは好きじゃなくてな」と、ハーレイが選択肢から緑のお菓子を外すとか。
(…ぼくはバタークリームが好きじゃないとか…)
そういうことなら、バタークリームを使ったお菓子は、ハーレイに譲ることになる。
他にもシナモンやらレーズンやらと、好き嫌いの分かれる食材は幾つも。
なのに、二人とも、好き嫌いが無い。
ついでに言うなら、「ブルー」は苦手なコーヒーでさえも…。
(お菓子になってるとか、コーヒー牛乳とかになったら、ぼくはちっとも…)
気にならなくて、美味しく味わってしまう。
同じコーヒーとは思えないほど、「コーヒー味」や風味は別物。
(これはハーレイにあげるからね、って言えちゃうお菓子が…)
一つも無いよ、とブルーは頭を抱えてしまうしかない。
ハーレイの方も事情は変わらないのだと知っているから、余計に困る。
(お前が先に選んでいいぞ、って、ハーレイ、きっと言うんだよ…)
前のハーレイの頃からそうだったもの、と遥かな時の彼方を思う。
厨房時代のハーレイがくれた、試作品だったお菓子や料理。
美味しく出来上がった自信作たちを、ハーレイは惜しげもなくくれた。
失敗作を寄越したことなど、ただの一度も無かったハーレイ。
くれたのは、自信作ばかり。
「美味いんだぞ」と、「好きなだけ食っていいからな」と。
(ハーレイは昔から、そういうタイプで…)
今だって、きっと全く同じ。
色々なお菓子を詰め合わせた箱を貰った時には、「先に選べよ」と言うのだろう。
「俺は残ったヤツでいいから」と、「なんせ、好き嫌いが無いんだからな」と。
それはとっても嬉しいけれども、「じゃあ、お先に!」なんて言えるだろうか。
ハーレイにも、食べて欲しいのに。
自分の好きなものを選んで、「美味いな」と微笑んで欲しいのに。
(だけど、ハーレイ、絶対、ぼくに先に選べって言いそうだから…)
ハーレイに先に選んで貰うためにはどうすればいいの、と頭が痛い。
「分けて食べるんなら、そうしたいのに」と。
公平に分けることが出来ない品なら、優先権をハーレイに渡したいのに。
(……うーん……)
困っちゃった、と思うけれども、答えが出ない。
お互い、相手が一番だから。
何かを分けて食べるのだったら、相手の喜ぶ顔を見たいと思うのだから…。
分けて食べるんなら・了
※ハーレイ先生が来なかったお蔭で、多めにお菓子を食べられて大満足なブルー君。
けれど二人で暮らすようになったら、分け合う場面が出て来る筈。お互い、譲り合いかもv
お菓子があったから許しちゃおう、と小さなブルーが思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は来てくれなかったハーレイ。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
毎日でも会っていたいけれども、今日は生憎、運が悪かったらしい。
仕事帰りに家まで来てくれなかったばかりか、学校でも会えずに終わった一日。
普段だったら、もう今頃は「どうして?」と膨れていたことだろう。
「酷いよ」と「どうして会えなかったの?」と、神様に文句を言いたいほどに。
(でも、今日は…)
ちょっぴり特別だったんだよ、と笑みまで零れてしまう。
今日のおやつは、とても素敵なものだったから。
母の友達が送って来てくれた、箱一杯のお菓子の詰め合わせ。
(学校から帰ったら、ママが「このお菓子、どれでも食べていいわよ」って…)
テーブルの上に、お菓子の入った箱を笑顔で置いてくれた。
「ちっとも遠慮しなくていいから、好きなのをどうぞ」と、紅茶を添えて。
(お腹一杯になっちゃダメよ、って注意されたけど…)
夕食をきちんと食べられるのなら、幾つ食べても構わない、とお許しも出た。
「ハーレイ先生がいらっしゃった時のためにも、お腹を空けておきなさいよ」という注意も。
(でも、ハーレイは来なかったから…)
もうハーレイは来ない時間、と確信した後、またダイニングに出掛けて行った。
階段を下りて、「ママ、あのお菓子、貰ってもいい?」と、おねだりをしに。
ハーレイが来ないなら、ハーレイとのお茶の時間は無くなる。
其処で出される筈だった菓子も、当然、部屋に運ばれては来ない。
(だから、その分、多めに食べても…)
夕食の量に響きはしないし、胸を弾ませて、キッチンにいた母に尋ねた。
「ねえ、お菓子、もう一個、食べていいでしょ?」と。
「一個だけ食べて、それで終わりにしておくから」と。
母は「いいわよ」と許してくれた。
「ハーレイ先生と食べるおやつが無くなったんだし、一個だけね」と。
お許しが出たから、早速、棚に置いてあった箱をダイニングに運んで行った。
大きなテーブルに箱を下ろすと、自分の椅子に腰掛ける。
ワクワクしながら蓋を開けたら、ズラリと並んだお菓子たち。
(ぼくがおやつに食べた分だけ…)
減っていたけれど、他のお菓子は揃っていた。
母は食べてはいないらしくて、けれど「どれでも食べていいのよ」と聞こえて来た声。
キッチンの方から、「ママはどれでも構わないから」と。
残っているのがどれになっても、残念に思いはしないから、と。
(ふふっ…)
全部、ぼくのになっちゃったみたい、と嬉しくなった。
本当は母が貰ったものでも、優先権は自分にある。
おやつの時間にそうだったように、夕食前に食べる「もう一個だけ」も。
(どれにしようかな…?)
どのお菓子も美味しそうなんだよね、と箱の中身を眺め回した。
幾つもの区画に区切られた箱の、四角い小さなスペースたち。
其処に行儀良く収まったお菓子は、同じ種類のものが一つも無い。
上に載っているドライフルーツやナッツが違うとか、種類からして別物だとか。
(うんと小さなブラウニーに、マカロンに…)
他にも色々、と添えられた栞を広げて、箱のお菓子と照らし合わせる。
「おやつの時間に食べたのがコレとコレとコレで、コレも美味しそうで…」と迷いながら。
おやつの時にも悩んだけれども、今度の一個も悩ましい。
明日、学校から帰るまでには、母もお菓子を食べるだろう。
父もデザートに食べるだろうし、明日は間違いなく選べるお菓子が減っている。
今なら全部「ブルーのもの」で、選択権を持っているのに。
どれを食べても構わない上、おやつの時にも、その権利を行使出来たのに。
(…あと一個だけ…)
明日には、どれかが無くなっちゃっているんだし…、と悩んだ末に、一個、選んだ。
ピスタチオのクリームがサンドされている、可愛らしいのを。
生地もピスタチオが練りこまれていて、綺麗な緑。
(ハーレイの車は緑色だし…)
もっと濃いけど、というのが決め手。
「ハーレイの車が来なかったんだし、その代わりだよ」と。
今のハーレイの愛車は、濃い緑色。
キャプテン・ハーレイのマントを思わせる色は、ブルーもとても気に入っている。
残念なことに、乗せて貰ったことは殆ど無いけれど。
ドライブに連れて行って貰える日だって、まだまだ先のことなのだけれど。
(…でも、緑色は…)
特別だよね、と選んだお菓子は、ピスタチオの風味が口一杯に広がる素晴らしいもの。
大満足で食べて部屋に帰って、それでも舌の上には、まだピスタチオの味わいがあった。
「美味しかった」と頬が緩んでしまって、明日にも期待してしまう。
「学校から帰ったら、どれが残っているのかな?」と。
どのお菓子も美味しいに決まっているから、今度はどれを食べようか、と。
(ママたちが食べてしまっていなかったなら…)
あれも良さそうだし、あれだって…、と食べたいお菓子の種類は沢山。
箱の上にメモを置きたいほどに。
「ぼく用に、これを残しておいてくれない?」と、お菓子の名前を並べて書いて。
(だけど、それだと欲張りすぎで…)
きっと両親に笑われるから、此処は我慢をしておくしかない。
自分の運と神様を信じて、「明日まで残っていますように」とお祈りをして。
(お菓子、欲しいのが残っていますように…)
ママとパパが食べちゃっていませんように、と神様に我儘なお祈りをした。
「お願いします」と、「ホントに美味しそうだったから」と。
それからハタと気付いたのだけれど、そもそも、ハーレイが来ていたのなら…。
(おやつの後に、一個、余計に貰った分は…)
自分の胃袋に入る代わりに、両親の前に顔を出していた筈。
「如何ですか?」と、ピスタチオの鮮やかな緑色を纏って。
「美味しいですよ」と、「私を選んでみませんか?」と。
(…お菓子の妖精がいるんなら…)
言いそうだよね、と箱の中身たちを思い出す。
どのお菓子にも、それぞれ住んでいそうな妖精。
「自分が一番、素敵で美味しい」と、器量自慢な妖精たち。
誰が最初に選ばれるのか、食べて貰えるのかと、箱が開けられる度に大騒ぎ。
「私が一番美味しいですよ」と、「ほら、見た目だって素敵でしょう?」と。
どうか私を選んで下さい、とピスタチオのお菓子の妖精だって主張するのに違いない。
(ぼくがピスタチオのを選んだのも…)
そのせいかもね、という気がして来た。
ハーレイの車の色だから、と選んだけれども、それも妖精の仕業かもしれない。
「ねえ、綺麗な緑色でしょう?」と、箱の中から囁いた妖精。
「恋人さんの車の色と色と同じで、マントの色も緑だったんですよね?」と。
そう囁かれたら、選ぶ気になる。
緑色を纏ったピスタチオのお菓子を。
妖精に「如何ですか?」と誘われるままに、「これにしよう」と箱から取り出して。
(とっても美味しかったんだけど…)
妖精の方も、鼻高々だったことだろう。
箱に残された他のお菓子たちに、「ほらね、私が一番でしょう?」と。
「おやつの時間に選ばれた仲間たちには、ちょっぴり敵いませんけどね」とも。
(…やられちゃったかな?)
でもいいや、と満足出来る味わいだった、あのお菓子。
ハーレイが来てしまっていたなら、両親が食べてしまっていたかも。
(そしたら、ぼくは食べられなくって…)
あの味には出会えなかったから、とハーレイを許す気持ちが更に膨らむ。
「来てくれなくって、ありがとう」と、「一個、余計に食べられたもの」と。
(今日は許してしまえちゃうよね、ハーレイが来てくれなかったこと)
お菓子が美味しかったから、と思ったはずみに掠めた考え。
「あれ?」と。
「もしも、将来、こういうことがあったら、どうするの?」と。
(…今は、ハーレイと一緒に暮らしていないから…)
二人で何かを分け合うという場面は無い。
母が運んで来るお菓子や食事は、いつもきちんと二人分ある。
食事の場合は、身体が大きいハーレイの分が多めに盛られていることも多い。
だから「分け合って食べる」必要は無いし、した経験も無いのだけれど…。
(ぼくが育って、ハーレイと結婚した後だったら…)
そういうことも起きそうだよね、と顎に手を当てた。
今日、母の友達がお菓子を送って寄越したみたいに、ハーレイ宛に届くプレゼント。
なにしろ友人が多いのだから、珍しいことでもないだろう。
「美味しいですから、是非どうぞ」と、お菓子などの箱が家に届くことは。
ハーレイの家に送られて来た、食べ物が入った贈り物の箱。
それをハーレイと一緒に開けたら、中身が今日のお菓子みたいになっているかもしれない。
様々な種類が入った詰め合わせセット、重なるものは一つも無い。
お菓子にしても、他の食べ物だったとしても。
(そんな箱が、家に届いちゃったら…)
どう考えても、分けて食べるしかないだろう。
ハーレイが自分の分を選んで、「ブルー」も同じに選んで食べる。
けれども、選ぶ時が問題。
(ぼくとハーレイが、分けて食べるんなら…)
届いたのが今日のお菓子だったら、どうやって分ければいいのだろう。
困ったことに、二人とも無いのが「好き嫌い」。
苦手な食材があるというなら、分ける時、少し助かるのに。
「俺はピスタチオは好きじゃなくてな」と、ハーレイが選択肢から緑のお菓子を外すとか。
(…ぼくはバタークリームが好きじゃないとか…)
そういうことなら、バタークリームを使ったお菓子は、ハーレイに譲ることになる。
他にもシナモンやらレーズンやらと、好き嫌いの分かれる食材は幾つも。
なのに、二人とも、好き嫌いが無い。
ついでに言うなら、「ブルー」は苦手なコーヒーでさえも…。
(お菓子になってるとか、コーヒー牛乳とかになったら、ぼくはちっとも…)
気にならなくて、美味しく味わってしまう。
同じコーヒーとは思えないほど、「コーヒー味」や風味は別物。
(これはハーレイにあげるからね、って言えちゃうお菓子が…)
一つも無いよ、とブルーは頭を抱えてしまうしかない。
ハーレイの方も事情は変わらないのだと知っているから、余計に困る。
(お前が先に選んでいいぞ、って、ハーレイ、きっと言うんだよ…)
前のハーレイの頃からそうだったもの、と遥かな時の彼方を思う。
厨房時代のハーレイがくれた、試作品だったお菓子や料理。
美味しく出来上がった自信作たちを、ハーレイは惜しげもなくくれた。
失敗作を寄越したことなど、ただの一度も無かったハーレイ。
くれたのは、自信作ばかり。
「美味いんだぞ」と、「好きなだけ食っていいからな」と。
(ハーレイは昔から、そういうタイプで…)
今だって、きっと全く同じ。
色々なお菓子を詰め合わせた箱を貰った時には、「先に選べよ」と言うのだろう。
「俺は残ったヤツでいいから」と、「なんせ、好き嫌いが無いんだからな」と。
それはとっても嬉しいけれども、「じゃあ、お先に!」なんて言えるだろうか。
ハーレイにも、食べて欲しいのに。
自分の好きなものを選んで、「美味いな」と微笑んで欲しいのに。
(だけど、ハーレイ、絶対、ぼくに先に選べって言いそうだから…)
ハーレイに先に選んで貰うためにはどうすればいいの、と頭が痛い。
「分けて食べるんなら、そうしたいのに」と。
公平に分けることが出来ない品なら、優先権をハーレイに渡したいのに。
(……うーん……)
困っちゃった、と思うけれども、答えが出ない。
お互い、相手が一番だから。
何かを分けて食べるのだったら、相手の喜ぶ顔を見たいと思うのだから…。
分けて食べるんなら・了
※ハーレイ先生が来なかったお蔭で、多めにお菓子を食べられて大満足なブルー君。
けれど二人で暮らすようになったら、分け合う場面が出て来る筈。お互い、譲り合いかもv
(ふむ、なかなかに…)
美味しそうだぞ、とハーレイは皿の上に載った菓子を眺めた。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それも菓子の皿の横にある。
これが無ければ、寛ぎの時間は始まらないと言ってもいい。
(何処で飲もうかと、少し迷ったが…)
菓子があるからリビングで、とか、ダイニングで、とかも考えた。
コーヒーを淹れる間も悩んで、結局、来たのは気に入りの書斎。
専用の紙箱から出して来た菓子を、菓子皿に載せて「あそこで食うか」と。
(期間限定だと書いてあったが…)
菓子を買った場所は、帰りに寄った馴染みの食料品店だった。
特設コーナーが設けられていて、並んでいたのはシュークリームたち。
(味が色々、ってわけじゃなくてだ…)
ごくごく普通のカスタード入りで、それがケースの中に沢山。
見れば地元の店ではなくて、酪農で有名な地方から来た店らしい。
その地方では、名前を知られた人気の店。
旅行で出掛けた観光客たちも、買いに行ったりするのだという。
(一週間は出店してると言うから…)
ブルーへの手土産にいいだろう、と思ったけれども、自分が食べたい気持ちもあった。
ズラリと並んだシュークリームを目にした途端に、胃袋を掴まれてしまったらしい。
(…シュークリームの精ってヤツに捕まったかもな?)
買って下さい、食べて下さい、と服の袖を掴んで離さない、シュークリームに宿る妖精。
「美味しいですよ」と、「今日のところは味見に一個、如何ですか?」と。
愛らしい声が耳に届いたのか、ついつい、一個、買ってしまった。
「今晩、食って、試食ってことで」と、店員に「一個下さい」と指差して。
ブルーの家に持って行く時には、一個ではなくて、二個に増えるだろうけれど。
(…そいつは明日に取っておいて、と…)
今日は一個で、自分用。
「試食」というのは、言い訳と言えるかもしれない。
自分が食べたくて買った以上は、純粋な「試食」とは言い難いから。
たまには、そういう日だってあるさ、とハーレイはシュークリームをつついた。
添えて来たフォークで、チョン、と悪戯するかのように。
自分の胃袋を捕まえた妖精、シュークリームの精に「お前さんのせいだからな?」と。
(俺だけ、一人で食ってるだなんて…)
ブルーが知ったら、間違いなくプウッと膨れるだろう。
「ハーレイ、一人で食べてるわけ?」と、「ぼくの分は?」と、フグみたいに。
(…こんな夜遅くに、シュークリームなんぞを喰っちまったら…)
食の細いブルーはお腹が一杯になって、夢見も悪くなってしまいそう。
それでも、きっとブルーなら…。
(狡い、酷い、と膨れっ面で…)
後々まで言うに違いない。
「どうして一人で食べていたの」と、「ぼくにも分けて欲しかったのに」と。
(ほんの一口くらいだったら、胃にもたれたりもしないしなあ…)
とうに歯を磨いた後だったとしても、また磨いたら済むだけのこと。
「ぼくの分は?」と、ブルーの声が聞こえるような気がしてくる。
「分けてくれてもいいでしょ、ケチ!」と。
此処の様子を覗き見ていて、「狡いんだから!」と詰る声が。
(…あいつには、見えやしないんだがなあ…)
サイオンが不器用になっちまったし、と分かってはいても、少し後ろめたい。
明日には、ブルーの分も買って持って行くつもりでも。
「分けて食べる」とか「一口」ではなく、丸ごと一個をプレゼントでも。
(あいつがまるで知らない間に、俺だけ食おうとしてるのがだな…)
どうやら原因らしいよな、と自分でも苦笑するしかない。
悪戯な妖精のせいなのだろうか、こういう気分になったのも。
シュークリームに宿る妖精、それをフォークでチョンとつついて、からかったから。
「お前さんのせいだからな」と心で言ったばかりに、仕返しをされたかもしれない。
妖精が持っている魔法の粉を、パラリと頭に振り掛けられて。
「食べたかったのは、あなたですよね?」と、「私のせいじゃありませんよ」と。
食べたいと思った欲張りな胃袋、それは「あなたの責任でしょう?」と機嫌を損ねた妖精。
「充分、反省して下さいね」と、「恋人さんの分も買いに来てくれるまで」と。
(…妖精に、やられちまったってか?)
そうだとしたなら、明日、二個買うまで、許して貰えないかもしれない。
美味しく一人で食べるつもりが、ブルーで心が占められて。
「狡いってば!」と、「ぼくの分は?」と、責める声が頭から離れなくなって。
(……参ったな……)
どうすりゃいいんだ、とフォークを手にして、シュークリームをまじまじと見る。
ブルーは此処にいないのだから、お裾分けなど出来るわけがない。
シュークリームの妖精がなんと言おうが、ブルーに届けることは不可能。
(ほんの一口、って言われてもだ…)
どうすることも出来ないんだが、とシュークリームを凝視する間に、浮かんだ考え。
「分けて食べるなら、どうなるだろうな?」と。
此処にブルーがいたとしたなら、一個だけのを、どう分けるか、と。
(…俺が一個しか買わずに帰って来るなんてことは…)
ブルーと暮らし始めた後には、絶対に無い、と言い切れる。
必ず「二つ」と注文するし、最後の一個しか店に無ければ、最後の一個はブルー用。
(あいつが喜びそうだから、と…)
その一個を箱に入れて貰って、大切に持って帰るだろう。
「特設コーナーで売ってたんだ」と、「期間限定で、今日までらしい」と。
(次の日も売られているんだったら、その日は買わずに帰って、だ…)
ブルーには欠片も話しはしないで、翌日、急いで買いに出掛ける。
「最後の一個」になってしまわないよう、早めに店に着けるように、と。
ブルーが遠慮しないで済むよう、二つ買うのが一番だから。
(最後の一個だったんだ、って、あいつ用に買って帰っても…)
きっとブルーは、何も考えずに一人で食べてしまいはしない。
「ありがとう!」と嬉しそうな顔をしたって、箱の中身が一個だけだと知ったなら…。
(ハーレイの分は、って…)
尋ねて、顔を曇らせるだろう。
「一個だけしか、もう無かったの?」と。
(俺はいいから、お前が食べろ、と言ったって…)
ブルーは、納得したりはしない。
そういうところが「ブルー」だから。
前のブルーだった頃からそうで、今も魂は全く同じに「ブルー」なのだから。
「独り占めする」という考え方とは、まるで無縁な人間が「ブルー」。
遠く遥かな時の彼方で、ソルジャーだった頃から変わりはしない。
そう、ソルジャーになるよりも前に、既にブルーは「そう」だった。
「自分さえ良ければそれでいい」とは、ブルーは決して考えはしない。
たとえ、相手がシュークリームでも。
たった一個のシュークリームでも、ブルーは独占したりはしない。
「お前の分だ」と手渡されても、「でも…」と食べずにいるのだろう。
「でも、ハーレイの分が無いよ」と、「ぼくだけ一人で食べるなんて」と。
ブルーの悩みを解決するには、分けて食べるしかないだろう。
取り分は減ってしまうけれども、二つに切って。
どうせ食べれば形は崩れてしまうのだから、真っ二つに切っても味わいは同じ。
(皮も中身も、変わりゃしないし…)
二つに切ったシュークリームでも、ブルーは満足に違いない。
「美味しいね」と、フォークを手にして、頬張って。
「ハーレイもそう思うでしょ?」と、「やっぱり食べてみなくっちゃ」と。
一人で食べてもつまらないから、と微笑む姿が目に浮かぶよう。
「こういうのは、分けて食べなくちゃね」と。
そうなるだろうな、と思うけれども、その分け方はどうなるだろう。
なにしろ相手はシュークリームで、パウンドケーキなどとは、かなり異なる。
見た目も、それに構造も。
半分ずつに切ろうとしたって、上手く半分に切れるかどうか。
(…現に、こうしてだな…)
フォークで切ろうとすると、こうだ、と頑固な皮の抵抗に遭った。
ふわふわの雲を思わせる形のくせに、シュークリームの皮は意外に手強い。
綿菓子のように簡単に切れはしなくて、フォークでは、とても歯が立たない。
いや、切ることは出来るけれども、切るというより「引き千切る」感じ。
ギザギザになってしまう断面、綺麗に二つに切るなどは無理。
(でもって、中身もはみ出しちまって…)
フォークや皿にくっついたりして、プリンのようにはいかないカスタードクリーム。
プリンだったら、スプーンで掬えば潰れはしないし、くっつかないのに。
当然、ナイフで切ってやったら、真っ二つにだって出来るのに。
皮も中身も、ちょうど半分に分けて切るのが難しい相手。
シュークリームというお菓子。
(よし、切るぞ、とナイフを手にして挑んでみたって…)
パティシエの技術は持っていないし、真っ二つに切れはしないだろう。
プロのパティシエが挑戦したって、果たして上手くいくのかどうか。
(…そういう菓子を、ブルーと分けて食べるなら…)
大きさが不揃いになってしまうとか、中身が等分にならなかったとか。
そうなる結果が見えているから、どうなるのかが気になるところ。
ハーレイとしては、ブルーに多めに分けてやりたい。
明らかに大きさが違っていたなら、大きい方をブルーに渡す。
皿に乗っけて、「お前は、こっちだ」とフォークを添えて。
「美味そうなんだし、沢山食えよ」と。
(しかしだな…)
ブルーは、その皿を押し返しそう。
「こんなに沢山、貰わなくっても」と、「ぼくはもう、大きくなったんだから」と。
背を伸ばそうとしていた頃と違って、前のブルーと同じ背丈に育ったブルー。
「沢山食べて、大きくなる必要、もう無いんだもの」と、ブルーが口にしそうな正論。
「だから、大きい方はハーレイが食べて」と、「ぼくより身体が大きいものね」と。
(そう言われたって、俺はブルーに…)
せっかくの菓子を多めに食べて欲しいと思うし、ブルーも同じ気持ちだろう。
「ハーレイが買って来たんだから」とも、ブルーは言いそう。
「家まで持って帰って来た分、運んだ御褒美、貰わなくっちゃ」と。
ブルーは家で待っていただけ、シュークリームを多めに貰える理由など無い、と。
(こりゃ困ったぞ…)
大きい方の押し付け合いになっちまうな、と可笑しくなる。
「いっそ量るか」と、「秤で、グラム単位でな」と。
皮も、中身のカスタードクリームも、重さだけなら半分ずつになるように。
たとえ見た目がどうであろうと、皿の上にある量は同じであるように。
(…そうなるかもなあ…)
あいつと分けて食べるなら、とシュークリームにフォークを入れた。
「半分になんか切れやしないし」と、「崩れちまっても、きっちり半分ずつだな」と…。
分けて食べるなら・了
※ブルー君へのお土産にする前に試食、とシュークリームを買ったハーレイ先生。
いつか二人で半分ずつ、ということになったら、本当に秤で量って分けることになりそうv
美味しそうだぞ、とハーレイは皿の上に載った菓子を眺めた。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それも菓子の皿の横にある。
これが無ければ、寛ぎの時間は始まらないと言ってもいい。
(何処で飲もうかと、少し迷ったが…)
菓子があるからリビングで、とか、ダイニングで、とかも考えた。
コーヒーを淹れる間も悩んで、結局、来たのは気に入りの書斎。
専用の紙箱から出して来た菓子を、菓子皿に載せて「あそこで食うか」と。
(期間限定だと書いてあったが…)
菓子を買った場所は、帰りに寄った馴染みの食料品店だった。
特設コーナーが設けられていて、並んでいたのはシュークリームたち。
(味が色々、ってわけじゃなくてだ…)
ごくごく普通のカスタード入りで、それがケースの中に沢山。
見れば地元の店ではなくて、酪農で有名な地方から来た店らしい。
その地方では、名前を知られた人気の店。
旅行で出掛けた観光客たちも、買いに行ったりするのだという。
(一週間は出店してると言うから…)
ブルーへの手土産にいいだろう、と思ったけれども、自分が食べたい気持ちもあった。
ズラリと並んだシュークリームを目にした途端に、胃袋を掴まれてしまったらしい。
(…シュークリームの精ってヤツに捕まったかもな?)
買って下さい、食べて下さい、と服の袖を掴んで離さない、シュークリームに宿る妖精。
「美味しいですよ」と、「今日のところは味見に一個、如何ですか?」と。
愛らしい声が耳に届いたのか、ついつい、一個、買ってしまった。
「今晩、食って、試食ってことで」と、店員に「一個下さい」と指差して。
ブルーの家に持って行く時には、一個ではなくて、二個に増えるだろうけれど。
(…そいつは明日に取っておいて、と…)
今日は一個で、自分用。
「試食」というのは、言い訳と言えるかもしれない。
自分が食べたくて買った以上は、純粋な「試食」とは言い難いから。
たまには、そういう日だってあるさ、とハーレイはシュークリームをつついた。
添えて来たフォークで、チョン、と悪戯するかのように。
自分の胃袋を捕まえた妖精、シュークリームの精に「お前さんのせいだからな?」と。
(俺だけ、一人で食ってるだなんて…)
ブルーが知ったら、間違いなくプウッと膨れるだろう。
「ハーレイ、一人で食べてるわけ?」と、「ぼくの分は?」と、フグみたいに。
(…こんな夜遅くに、シュークリームなんぞを喰っちまったら…)
食の細いブルーはお腹が一杯になって、夢見も悪くなってしまいそう。
それでも、きっとブルーなら…。
(狡い、酷い、と膨れっ面で…)
後々まで言うに違いない。
「どうして一人で食べていたの」と、「ぼくにも分けて欲しかったのに」と。
(ほんの一口くらいだったら、胃にもたれたりもしないしなあ…)
とうに歯を磨いた後だったとしても、また磨いたら済むだけのこと。
「ぼくの分は?」と、ブルーの声が聞こえるような気がしてくる。
「分けてくれてもいいでしょ、ケチ!」と。
此処の様子を覗き見ていて、「狡いんだから!」と詰る声が。
(…あいつには、見えやしないんだがなあ…)
サイオンが不器用になっちまったし、と分かってはいても、少し後ろめたい。
明日には、ブルーの分も買って持って行くつもりでも。
「分けて食べる」とか「一口」ではなく、丸ごと一個をプレゼントでも。
(あいつがまるで知らない間に、俺だけ食おうとしてるのがだな…)
どうやら原因らしいよな、と自分でも苦笑するしかない。
悪戯な妖精のせいなのだろうか、こういう気分になったのも。
シュークリームに宿る妖精、それをフォークでチョンとつついて、からかったから。
「お前さんのせいだからな」と心で言ったばかりに、仕返しをされたかもしれない。
妖精が持っている魔法の粉を、パラリと頭に振り掛けられて。
「食べたかったのは、あなたですよね?」と、「私のせいじゃありませんよ」と。
食べたいと思った欲張りな胃袋、それは「あなたの責任でしょう?」と機嫌を損ねた妖精。
「充分、反省して下さいね」と、「恋人さんの分も買いに来てくれるまで」と。
(…妖精に、やられちまったってか?)
そうだとしたなら、明日、二個買うまで、許して貰えないかもしれない。
美味しく一人で食べるつもりが、ブルーで心が占められて。
「狡いってば!」と、「ぼくの分は?」と、責める声が頭から離れなくなって。
(……参ったな……)
どうすりゃいいんだ、とフォークを手にして、シュークリームをまじまじと見る。
ブルーは此処にいないのだから、お裾分けなど出来るわけがない。
シュークリームの妖精がなんと言おうが、ブルーに届けることは不可能。
(ほんの一口、って言われてもだ…)
どうすることも出来ないんだが、とシュークリームを凝視する間に、浮かんだ考え。
「分けて食べるなら、どうなるだろうな?」と。
此処にブルーがいたとしたなら、一個だけのを、どう分けるか、と。
(…俺が一個しか買わずに帰って来るなんてことは…)
ブルーと暮らし始めた後には、絶対に無い、と言い切れる。
必ず「二つ」と注文するし、最後の一個しか店に無ければ、最後の一個はブルー用。
(あいつが喜びそうだから、と…)
その一個を箱に入れて貰って、大切に持って帰るだろう。
「特設コーナーで売ってたんだ」と、「期間限定で、今日までらしい」と。
(次の日も売られているんだったら、その日は買わずに帰って、だ…)
ブルーには欠片も話しはしないで、翌日、急いで買いに出掛ける。
「最後の一個」になってしまわないよう、早めに店に着けるように、と。
ブルーが遠慮しないで済むよう、二つ買うのが一番だから。
(最後の一個だったんだ、って、あいつ用に買って帰っても…)
きっとブルーは、何も考えずに一人で食べてしまいはしない。
「ありがとう!」と嬉しそうな顔をしたって、箱の中身が一個だけだと知ったなら…。
(ハーレイの分は、って…)
尋ねて、顔を曇らせるだろう。
「一個だけしか、もう無かったの?」と。
(俺はいいから、お前が食べろ、と言ったって…)
ブルーは、納得したりはしない。
そういうところが「ブルー」だから。
前のブルーだった頃からそうで、今も魂は全く同じに「ブルー」なのだから。
「独り占めする」という考え方とは、まるで無縁な人間が「ブルー」。
遠く遥かな時の彼方で、ソルジャーだった頃から変わりはしない。
そう、ソルジャーになるよりも前に、既にブルーは「そう」だった。
「自分さえ良ければそれでいい」とは、ブルーは決して考えはしない。
たとえ、相手がシュークリームでも。
たった一個のシュークリームでも、ブルーは独占したりはしない。
「お前の分だ」と手渡されても、「でも…」と食べずにいるのだろう。
「でも、ハーレイの分が無いよ」と、「ぼくだけ一人で食べるなんて」と。
ブルーの悩みを解決するには、分けて食べるしかないだろう。
取り分は減ってしまうけれども、二つに切って。
どうせ食べれば形は崩れてしまうのだから、真っ二つに切っても味わいは同じ。
(皮も中身も、変わりゃしないし…)
二つに切ったシュークリームでも、ブルーは満足に違いない。
「美味しいね」と、フォークを手にして、頬張って。
「ハーレイもそう思うでしょ?」と、「やっぱり食べてみなくっちゃ」と。
一人で食べてもつまらないから、と微笑む姿が目に浮かぶよう。
「こういうのは、分けて食べなくちゃね」と。
そうなるだろうな、と思うけれども、その分け方はどうなるだろう。
なにしろ相手はシュークリームで、パウンドケーキなどとは、かなり異なる。
見た目も、それに構造も。
半分ずつに切ろうとしたって、上手く半分に切れるかどうか。
(…現に、こうしてだな…)
フォークで切ろうとすると、こうだ、と頑固な皮の抵抗に遭った。
ふわふわの雲を思わせる形のくせに、シュークリームの皮は意外に手強い。
綿菓子のように簡単に切れはしなくて、フォークでは、とても歯が立たない。
いや、切ることは出来るけれども、切るというより「引き千切る」感じ。
ギザギザになってしまう断面、綺麗に二つに切るなどは無理。
(でもって、中身もはみ出しちまって…)
フォークや皿にくっついたりして、プリンのようにはいかないカスタードクリーム。
プリンだったら、スプーンで掬えば潰れはしないし、くっつかないのに。
当然、ナイフで切ってやったら、真っ二つにだって出来るのに。
皮も中身も、ちょうど半分に分けて切るのが難しい相手。
シュークリームというお菓子。
(よし、切るぞ、とナイフを手にして挑んでみたって…)
パティシエの技術は持っていないし、真っ二つに切れはしないだろう。
プロのパティシエが挑戦したって、果たして上手くいくのかどうか。
(…そういう菓子を、ブルーと分けて食べるなら…)
大きさが不揃いになってしまうとか、中身が等分にならなかったとか。
そうなる結果が見えているから、どうなるのかが気になるところ。
ハーレイとしては、ブルーに多めに分けてやりたい。
明らかに大きさが違っていたなら、大きい方をブルーに渡す。
皿に乗っけて、「お前は、こっちだ」とフォークを添えて。
「美味そうなんだし、沢山食えよ」と。
(しかしだな…)
ブルーは、その皿を押し返しそう。
「こんなに沢山、貰わなくっても」と、「ぼくはもう、大きくなったんだから」と。
背を伸ばそうとしていた頃と違って、前のブルーと同じ背丈に育ったブルー。
「沢山食べて、大きくなる必要、もう無いんだもの」と、ブルーが口にしそうな正論。
「だから、大きい方はハーレイが食べて」と、「ぼくより身体が大きいものね」と。
(そう言われたって、俺はブルーに…)
せっかくの菓子を多めに食べて欲しいと思うし、ブルーも同じ気持ちだろう。
「ハーレイが買って来たんだから」とも、ブルーは言いそう。
「家まで持って帰って来た分、運んだ御褒美、貰わなくっちゃ」と。
ブルーは家で待っていただけ、シュークリームを多めに貰える理由など無い、と。
(こりゃ困ったぞ…)
大きい方の押し付け合いになっちまうな、と可笑しくなる。
「いっそ量るか」と、「秤で、グラム単位でな」と。
皮も、中身のカスタードクリームも、重さだけなら半分ずつになるように。
たとえ見た目がどうであろうと、皿の上にある量は同じであるように。
(…そうなるかもなあ…)
あいつと分けて食べるなら、とシュークリームにフォークを入れた。
「半分になんか切れやしないし」と、「崩れちまっても、きっちり半分ずつだな」と…。
分けて食べるなら・了
※ブルー君へのお土産にする前に試食、とシュークリームを買ったハーレイ先生。
いつか二人で半分ずつ、ということになったら、本当に秤で量って分けることになりそうv
「ねえ、ハーレイ。育てる努力を…」
怠ってるでしょ、と小さなブルーが口を開いた。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 育てる努力って…」
何のことだ、とハーレイは首を傾げた。
いったい何を言われているのか、まるで全く分からない。
(努力もそうだし、育てるってのも分からんし…)
しかも「怠っている」と指摘されても、心当たりはゼロ。
古典の授業で手抜きはしないし、柔道部の方も全く同じ。
常に全力で生徒を指導し、育てていると自負している。
(…なのにだな…)
何を怠っているとブルーは言うのだろうか。
学校と、この家でしか会っていないし、その範囲しか…。
(怠る部分は無い筈なんだが…?)
授業くらいしか無いじゃないか、と振り出しに戻る。
手抜きなんかはしないというのに、何のことか、と。
指で額を叩いてみても、一向に答えが出て来ない。
ブルーはといえば、呆れた顔でこちらを見詰めている。
「本当に分かっていないわけ?」と書かれた顔で。
(…うーむ…)
これは降参するしかないな、とハーレイは白旗を掲げた。
自分に自覚が無いのだったら、尋ねるしかない。
仕方ない、と腹を括ってブルーに問い掛けた。
「俺が努力を怠ってるって、何のことだ?」
心当たりが無いんだが、と正直に告げると、返った溜息。
「気付いてさえもいないんだ…」と、情けなさそうに。
更にブルーは「そうだろうね」と肩を竦めてみせた。
「自覚があるなら、ちゃんと努力をしてるだろうし」と。
(…おいおいおい…)
これはマズイぞ、とハーレイの背中に冷汗が流れる。
どうやら何か、大失態をしでかしているらしい。
自分では全く気付かない内に、努力するのを怠って。
しかも「育てる努力」なのだし、教師としては大失点。
(…ブルーに言われなかったなら…)
まだまだ怠り続けたわけで、なんとも恥ずかしい限り。
早くブルーから「それ」を聞き出し、直さなければ。
そうするべきだ、とハーレイはブルーに頭を下げた。
「至らない教師で、本当にすまん。それでだな…」
俺が怠ってるのは何だ、と直球で質問した。
「遠慮しないで教えてくれ」と、「すぐ直すから」と。
ブルーは「そう?」と半信半疑といった表情。
「ホントに出来るの?」と、念まで押して。
「当然だろう? 俺には難しそうでも、だ…」
直す努力をしないとな、とハーレイは真剣な顔で答えた。
教師というものはそうあるべきだし、努力する、と。
「それなら、ハッキリ言っちゃうけれど…」
前のハーレイと違って全然ダメ、とブルーは返した。
「ぼくを育ててくれないんだもの」と、頬を膨らませて。
「なんだって?」
前のお前がどうしたって、とハーレイは目を丸くした。
今度こそ、何を言われているのか、もう本当に全くの謎。
前のブルーを育て上げたのは、養父母の筈で…。
(ブルーに記憶が無いというだけで、俺なんかは…)
子育てに関与しちゃいない、と頭が疑問で一杯になる。
なのにどうやったら、前の自分が関係するのだ、と。
(言いがかりにしか、聞こえないんだが…!)
こいつは何を言いたいんだ、とハーレイは首を捻るだけ。
ブルーの意図も分からなければ、言葉の意味も掴めない。
(前の俺が、前のこいつを育てただなんて…)
そんな事実は何処にも無いぞ、と叫びたい気分。
ところがブルーは、「それも忘れた?」と溜息をついた。
「ちゃんと育ててくれていたのに」と、ハーレイを見て。
「前のぼくは、アルタミラで酷い目に遭って…」
成長を止めてしまってたでしょ、とブルーは言った。
それをハーレイたちが育ててくれた、と大真面目に。
「食事をさせて、散歩に、お喋り…。色々とね」
お蔭で大きくなれたのに…、とブルーは続けた。
「そういう努力を、今のハーレイ、怠ってるよね」と。
「…そう言われても…!」
事情が全く違うだろうが、とハーレイは床を指差した。
「いいか、この家は、今のお前の家でだな…」
お前を育てる役目があるのは、俺じゃない、と。
「でも…。ぼくの背、ちっとも伸びないし…」
ハーレイの努力不足だよ、とブルーは尚も言うけれど。
「育てる努力をしてくれないと」と、言い募るけれど…。
「俺は関係無いからな!」
育ちたければ、しっかり食え、とハーレイは突き放した。
「生憎と、今の俺には、育てるお役目は無い」と。
「お母さんが作る料理を、残さずに食え」と説教して。
「今度は自分で努力するんだ」と、「俺は知らん」と…。
育てる努力を・了
怠ってるでしょ、と小さなブルーが口を開いた。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 育てる努力って…」
何のことだ、とハーレイは首を傾げた。
いったい何を言われているのか、まるで全く分からない。
(努力もそうだし、育てるってのも分からんし…)
しかも「怠っている」と指摘されても、心当たりはゼロ。
古典の授業で手抜きはしないし、柔道部の方も全く同じ。
常に全力で生徒を指導し、育てていると自負している。
(…なのにだな…)
何を怠っているとブルーは言うのだろうか。
学校と、この家でしか会っていないし、その範囲しか…。
(怠る部分は無い筈なんだが…?)
授業くらいしか無いじゃないか、と振り出しに戻る。
手抜きなんかはしないというのに、何のことか、と。
指で額を叩いてみても、一向に答えが出て来ない。
ブルーはといえば、呆れた顔でこちらを見詰めている。
「本当に分かっていないわけ?」と書かれた顔で。
(…うーむ…)
これは降参するしかないな、とハーレイは白旗を掲げた。
自分に自覚が無いのだったら、尋ねるしかない。
仕方ない、と腹を括ってブルーに問い掛けた。
「俺が努力を怠ってるって、何のことだ?」
心当たりが無いんだが、と正直に告げると、返った溜息。
「気付いてさえもいないんだ…」と、情けなさそうに。
更にブルーは「そうだろうね」と肩を竦めてみせた。
「自覚があるなら、ちゃんと努力をしてるだろうし」と。
(…おいおいおい…)
これはマズイぞ、とハーレイの背中に冷汗が流れる。
どうやら何か、大失態をしでかしているらしい。
自分では全く気付かない内に、努力するのを怠って。
しかも「育てる努力」なのだし、教師としては大失点。
(…ブルーに言われなかったなら…)
まだまだ怠り続けたわけで、なんとも恥ずかしい限り。
早くブルーから「それ」を聞き出し、直さなければ。
そうするべきだ、とハーレイはブルーに頭を下げた。
「至らない教師で、本当にすまん。それでだな…」
俺が怠ってるのは何だ、と直球で質問した。
「遠慮しないで教えてくれ」と、「すぐ直すから」と。
ブルーは「そう?」と半信半疑といった表情。
「ホントに出来るの?」と、念まで押して。
「当然だろう? 俺には難しそうでも、だ…」
直す努力をしないとな、とハーレイは真剣な顔で答えた。
教師というものはそうあるべきだし、努力する、と。
「それなら、ハッキリ言っちゃうけれど…」
前のハーレイと違って全然ダメ、とブルーは返した。
「ぼくを育ててくれないんだもの」と、頬を膨らませて。
「なんだって?」
前のお前がどうしたって、とハーレイは目を丸くした。
今度こそ、何を言われているのか、もう本当に全くの謎。
前のブルーを育て上げたのは、養父母の筈で…。
(ブルーに記憶が無いというだけで、俺なんかは…)
子育てに関与しちゃいない、と頭が疑問で一杯になる。
なのにどうやったら、前の自分が関係するのだ、と。
(言いがかりにしか、聞こえないんだが…!)
こいつは何を言いたいんだ、とハーレイは首を捻るだけ。
ブルーの意図も分からなければ、言葉の意味も掴めない。
(前の俺が、前のこいつを育てただなんて…)
そんな事実は何処にも無いぞ、と叫びたい気分。
ところがブルーは、「それも忘れた?」と溜息をついた。
「ちゃんと育ててくれていたのに」と、ハーレイを見て。
「前のぼくは、アルタミラで酷い目に遭って…」
成長を止めてしまってたでしょ、とブルーは言った。
それをハーレイたちが育ててくれた、と大真面目に。
「食事をさせて、散歩に、お喋り…。色々とね」
お蔭で大きくなれたのに…、とブルーは続けた。
「そういう努力を、今のハーレイ、怠ってるよね」と。
「…そう言われても…!」
事情が全く違うだろうが、とハーレイは床を指差した。
「いいか、この家は、今のお前の家でだな…」
お前を育てる役目があるのは、俺じゃない、と。
「でも…。ぼくの背、ちっとも伸びないし…」
ハーレイの努力不足だよ、とブルーは尚も言うけれど。
「育てる努力をしてくれないと」と、言い募るけれど…。
「俺は関係無いからな!」
育ちたければ、しっかり食え、とハーレイは突き放した。
「生憎と、今の俺には、育てるお役目は無い」と。
「お母さんが作る料理を、残さずに食え」と説教して。
「今度は自分で努力するんだ」と、「俺は知らん」と…。
育てる努力を・了
