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(前のぼくって……)
 十五年間もパジャマ無しだったっけ、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今のブルーが着ているのは、パジャマ。
 お風呂から上がったら、いつもパジャマで、それを着てベッドに入るけれども…。
(……十五年間も……)
 パジャマは着ないで、ソルジャーの衣装で眠り続けたのが「ソルジャー・ブルー」。
 遠く遥かな時の彼方で、前の自分がやっていたこと。
(正確に言えば、ぼくがやったんじゃなくて…)
 白いシャングリラにいた仲間たちが、着せつけてくれたソルジャーの衣装。
 ベッドで昏々と眠り続けるソルジャー・ブルーが、いつ目覚めてもいいように、と。
(…心遣いは分かるんだけどね…)
 途中からパジャマにしちゃえば良かったのに、と今だから思う。
 「あんな衣装を着せておいても、起きて直ぐには、動けるわけがないんだから」と。
 実際、前の自分は、そうだった。
 キースの気配で目覚めたけれども、思念波さえも飛ばせなかったくらいの弱りっぷり。
 「船が危ない」と知らせたくても、誰にも思念が届かないから、自分の二本の足を頼りに…。
(…ヨロヨロ歩いて、格納庫まで行って先回り…)
 そうするしかなくて、その途中でも、何度も倒れた。
 十五年間も眠り続けた上に、寿命の残りも少なくなってしまった身体は、弱すぎたから。
(あれじゃ、パジャマで歩いてたって…)
 そんなに変わりはしないと思う、と振り返ってみる遠い出来事。
 前の自分は、パジャマ姿で良かったのでは、と。
(そりゃあ、パジャマを着ていたら…)
 キースの前にも、それで出て行くことになったけれども、構わないだろう。
 あちらが「馬鹿にしているのか?」と怒ったとしても、結果が全て。
 要はキースと対峙するだけ、もしかしたなら…。
(パジャマで、意表を突かれたキースは…)
 隙が出来たかもしれないものね、という気だって、多少、するものだから。


 それはともかく、前の自分が十五年間も着ていた衣装。
 手袋もブーツも身に着けたままで、前の自分は眠り続けた。
(意識が無いから、邪魔だと思いはしないけど…)
 着せつけた仲間も、それでいいのだと考えていたに違いない。
 ソルジャーの衣装は、そういう風に出来ていたから。
 特別な生地で作られていた、ソルジャーだけのための制服。
 手袋もブーツも、着けたままでも「邪魔だと感じる」ことなどは無い。
 まるで身体の一部のように、しっくりと馴染んだ手袋やブーツ。
 そうだからこそ、誰一人として「パジャマの方がいいのでは」とは、言い出さなかった。
 十五年間も眠っていようと、衣装のせいで身体に悪影響は出ないから。
 むしろパジャマを着せつけた方が、体調管理が難しいほどで。
(…シャングリラの中は、空調が効いているけれど…)
 青の間の空調も完璧だけれど、万一ということはある。
 宇宙空間を飛んでいる船で、空調が壊れてしまったならば…。
(アッと言う間に、とんでもなく冷えて…)
 部屋の中でも氷が張るほど、寒くなってしまうというのは常識。
 逆に、恒星の近くを飛んでいたなら、とんでもなく暑くなることだろう。
 絶え間なくシャワーを浴びていたいほど、水風呂に浸かっていたいくらいに。
(そうなるまでは、ほんの一瞬…)
 いくら青の間が広いと言っても、「丁度いい温度」を長く保ってはいられない。
 それに、青の間に影響が出るほどだったら、他の場所だって大変な状態。
(…青の間を後回し、ってことは無いけど…)
 手が回らないことは確実、どうしても遅れが出てしまう。
 その間に、弱って昏睡状態の「ソルジャー・ブルー」の身に何かあったら…。
(もう、取り返しがつかないものね?)
 だからパジャマじゃ危ないんだよ、と渋々、納得せざるを得ない。
 「パジャマに着替えさせた方がいいのでは」なんて、言えやしない、と。
 善意でパジャマを着せたばかりに、空調の故障で、ソルジャーが風邪を引いたなら…。
(命が危なくなることだって…)
 ありそうなのだし、あの制服を着せておくのが一番安全。
 見た目は窮屈そうに見えても、そうではないのは、誰もが知っていたことだから。


(…そうなんだけど…)
 今のぼくだと、パジャマがいいな、と眺めた自分のパジャマの袖。
 ベッドでぐっすり眠るためには、断然、パジャマの方がいい。
(……ソルジャーの制服、着心地は悪くないんだけれど……)
 ブーツまで履いて、ベッドに入るというのはちょっと…、と足をぶらぶらさせてみる。
 ベッドに入って、シーツの海と掛け布団の波にくるまれる時には、素足がいい。
 ブーツなんかが間に入れば、せっかくの幸せなフカフカ気分が台無しだから。
(…そうはならない、って分かってるけど…)
 ソルジャーのブーツは特別だから、シーツも布団も、フカフカ感も分かる筈。
 手袋も同じで、着けていたって、ベッドの心地良さは伝わるけれど…。
(やっぱり、普通に寝たいってば!)
 あんな服なんか着たままよりも、とプウッと頬を膨らませた。
 「前のぼくって、我慢強いよ」と、「いつだって、あれを着てたんだから」と。
(十五年間、眠っていた時は…)
 意識なんかは無かったけれども、そうなる前は違っていた。
 何処へ行くにも、何をするにしても、あの制服をきちんと着ていた。
 仲間たちの目に入る場所では、手袋を外すことさえしないで、背中にはマント。
 それがソルジャーの正装だったし、仕方なくと言えば「仕方なく」。
(…いつの間にか、ぼくも慣れてしまって…)
 そういうものだと思っていたから、特に不自由は感じなかった。
 「マントを外して、のんびりしたいな」とは思わなかったし、手袋も同じ。
 たまに、チラリと思いはしたって…。
(実行したりはしなかったしね?)
 今のぼくなら、絶対に無理、とフウと溜息を零したけれど…。
(…今、あの服があったなら…)
 どうなるのかな、と思考が別の方へと向いた。
 「ソルジャー・ブルー」は、今の時代は、絶大な人気を誇っている。
 あの制服だって、似たものが売られていそうな感じ。
 特別な生地ではないだろうけれど、見た目だけなら瓜二つのが。
 だから「着よう」と思いさえすれば、あの服はきっと、手に入るけれど…。


(でも、そんなのじゃなくて…)
 本物の制服だったなら…、と「もしも」の世界が頭に浮かんだ。
 前の自分が着ていた衣装が、今の世界に現れたなら、と。
(…普通なら、有り得ないんだけれど…)
 聖痕をくれた神様だったら、そのくらいは「お安い御用」だろう。
 ある日、神様が悪戯心を起こして、あの制服を届けて来るとか。
(朝、目が覚めたら、枕元に…)
 綺麗に畳まれたソルジャーの衣装が、ポンと置かれているかもしれない。
 ブーツも手袋も、それにマントも、ちゃんと揃っているものが。
(これは何なの、って目を丸くして見ていたら…)
 高い空から、神様の声が降って来る。
 「今日は一日、その服を着て過ごしなさい」と。
(そんなの困るよ、って、大慌てで…)
 クローゼットの扉を開けたら、普段の服は消えてしまって何処にも無い。
 朝、着るつもりで用意していた服はもちろん、学校の制服までもが消え失せた世界。
(…着ていたパジャマはあるけれど…)
 他には何も残っていなくて、学校へ行こうと思うのならば…。
(ソルジャーの服を着るしかなくって…)
 神様が寄越した服の側には、「その服は誰にも見えませんよ」と書かれた紙が置いてある。
 「だから安心して、それを着なさい」と、「学校にだって行けますから」と。
(そう言われたら、着るしかないじゃない…!)
 パジャマだけはあるから、学校を休めば、ソルジャーの衣装は着なくていい。
 「具合が悪いよ」と母に訴えたら、「寝ていなさい」と言われるから。
 「学校には連絡を入れておくから」と、「無理に起きたりしちゃ駄目よ」と。
(でも、そんな日に限って…)
 古典の授業があるんだよね、と頭に描いたハーレイの顔。
 前の生から愛した恋人、今は学校の古典の教師。
 そのハーレイに会いたいのならば、学校を休むわけにはいかない。
 ソルジャーの衣装を着るしかなくても、ハーレイの授業は受けたいのだし…。
(諦めて、着るしかないってこと…)
 他に選択肢は一つも無いから、パジャマを脱いで、神様が悪戯で寄越した衣装を。


 着込むしかない、ソルジャーの衣装。
 前の自分で馴れているから、チビの自分でも困らずに着られる。
 シャングリラの仲間たちが来ていた制服に似た服、それを最初に身に着けて…。
(それから上着で、手袋をはめて…)
 ブーツを履いたら、最後にマント。
 あの制服が出来た時には、前の自分は育っていたから、チビの姿で着たことは無い。
(そういう意味では、とっても新鮮…)
 鏡に映ったチビの自分は、「少年の姿のソルジャー・ブルー」。
 凛々しいと言うより、可愛らしい、といった感じだろうか。
(…パパやママとか、ハーレイの感想…)
 是非とも聞いてみたいけれども、残念なことに、他の人の目には映らない。
 階段を下りて、朝食を食べにダイニングに行っても、母にソルジャーの衣装は見えない。
(早く食べないと遅刻するわよ、って…)
 言われるだけで、朝食を載せたお皿が並べられるだけ。
 トーストか、あるいはホットケーキか。
 それにサラダと、紅茶かミルク。
(前の晩に、あまり食べてなかったら…)
 「食べなさいね」と、目玉焼きかオムレツもあることだろう。
 珍しいメニューではないのだけれども、ソルジャーの衣装というのが問題。
 手袋をはめたまま、トーストを口にするしかない。
 トーストを千切るのも、バターを塗るのも、手袋をはめた手。
(それじゃ、食べた気、しないんだけど…!)
 前のぼくとは違うんだから、と文句を言っても始まらない。
 神様は承知で衣装を寄越したのだし、母には「見えてはいない」のだから。
(…ホットケーキだったら、少しはマシかも…)
 ナイフとフォークで食べるんだしね、と思いはしても、やっぱり馴染まない。
 「手袋をはめたまま食事」だなんて、今の自分は未経験だから。
 前の自分の記憶があっても、それとこれとは別問題。
(お昼御飯も、晩御飯の時も、おやつの時間も手袋なの…?)
 何処に食べたか分からないよ、と泣きたい気分。
 「酷い」と、「手袋を外したいよ」と。


(…御飯も、おやつも、美味しさ半減…)
 半分どころか、八割ほど減ってしまうかも、と嘆くしかない「手袋をはめた手」。
 それだけでもツイていないというのに、そんな思いをしてまで着ているソルジャーの服は…。
(ハーレイに会っても、見ては貰えないんだよ!)
 せっかくチビの自分の姿で、あの制服を着ているのに。
 もしハーレイが気付いてくれたら、「似合うじゃないか」と言ってくれそうなのに。
(チビでも、ちゃんと似合うもんだな、って…)
 あの大きな手で、頭をクシャリと撫でてくれそう。
 学校では時間が無かったとしても、仕事帰りに、わざわざ家まで訪ねて来てくれて。
(だけど、ハーレイには見えていなくて…)
 ついでに、そういう時に限って、仕事が忙しいのだろう。
 帰りに寄ってはくれない日。
 「今日はハーレイ、来てくれなかった…」と、ガッカリする日。
(制服だけでも厄介なのに、ハーレイは来てくれなくて…)
 手袋をはめて、おやつと、それに晩御飯、と情けない気分。
 「あの服があったなら、そうなっちゃいそう」と、肩を落として。
 ちょっと想像してみただけでは、いいことは思い付かなくて。
(…もしも、あの服があったなら…)
 一日だけでクタクタだよ、と溜息だけしか出て来ないから、あの服は要らない。
 いくら特別な衣装でも。
 前の生では馴染んだ服でも、今の時代も瓜二つの服が売られるくらいに大人気でも…。



           あの服があったなら・了


※今の自分が、ソルジャーの制服を着ることになったなら、と想像してみたブルー君。
 手袋をはめたまま食事するだけでも、大変そうな感じです。きっと一日でクタクタですねv








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(俺の服なあ……)
 すっかり変わっちまったな、とハーレイが、ふと思ったこと。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップにたっぷりと淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
 一口、飲もうと口に運んだ時、目に入ったものが服の袖口。
 なんということも無いのだけれども、今夜は、それに「気が付いた」。
(いつもの見慣れたシャツなんだがな…)
 何処も変わっちゃいないんだが、と改めて、しげしげと見る。
 仕事に着ていくわけではないから、ワイシャツではない、ただの普段着。
 家でゆったり寛げるように、選んで買った中の一枚。
 とはいえ、高級品ではなくて…。
(大抵の店には、置いてるような類のヤツで…)
 値段の方も、ごくごく普通の、平凡なシャツに過ぎない「それ」。
(…ところが、どっこい…)
 百八十度の転換なんだ、と袖口を軽く引っ張った。
 「こんな服、前は着ちゃいなかった」と。
 前と言っても、子供時代のことではなくて、それよりも、ずっと昔のこと。
 遠く遥かな時の彼方で、「キャプテン・ハーレイ」と呼ばれた時代。
 あの頃の、自分の服と言ったら…。
(カッチリとしてた、キャプテンの服で…)
 上着ばかりか、マントまでもがくっついていた。
 そう、「マントまで着けて」仕上がる服装、省略することは許されない。
 何故なら、それが「制服」だから。
 キャプテンと言えば上着にマントで、何処へ行くにも、その恰好。
(うんと暑くて、入っただけで汗が出て来るような…)
 機関部の奥へ入る時にも、キャプテンは上着とマントを着用。
 汗をかくのが嫌なのだったら、シールドを張れば済むことだから。
 ただし、シャングリラでの約束事は…。
(むやみにサイオンを使わないことで…)
 キャプテンが進んで破るのは…、と考えたから、いつも汗だくになっていた。
 機関部のクルーも汗だくだったし、其処へ入ってゆくのだから。


 実にとんでもない服だった、と今になったら思える制服。
 当時の自分は、それに馴染んでいたけれど。
 「汗をかいたら着替えればいい」と、暑い場所にも行ったくらいに「普段の服装」。
(今なら、御免蒙りたいぞ…)
 行き先が暑いと分かっているなら、まずは上着を置いて出掛ける。
 それでも汗が出そうだったら、袖を捲って、襟元のボタンも外してやって…。
(許されるんなら、シャツなんてヤツは…)
 脱いでしまって、下着の方のシャツになるのがいいだろう。
 誰も咎めはしないのだったら、下着のシャツも脱いだっていい。
(そうすりゃ、うんと暑くったって、だ…)
 流れる汗をタオルで拭きつつ、其処での仕事を片付けてやって、その後は…。
(タオルを冷たい水で絞って、身体を拭いて、サッパリとして…)
 元の服を着て、爽やかな気分で帰ればいい。
 「よし、一仕事、片付いたぞ」と、充実感を噛み締めながら。
(今の俺だと、そう出来るんだが…)
 キャプテンだった頃は、違うんだよな、と「今の普段着」を眺めてみた。
 「こんな服さえ、着られなかった時代なんだ」と。
 シャングリラで暮らすミュウは制服、私服なんかは無かったから。
(…制服が出来る前の時代は、前の俺だって…)
 自分のサイズに合えばいいから、と適当な服を選んで着ていた。
 その時代ならば、暑い場所では袖を捲って…。
(脱いじまってた時もあるんだが、制服が出来てからの時代は…)
 何処へ行くにも常に制服、ご丁寧にも、背中にはマント。
 朝、目覚めたら、直ぐに着替えねばならなかった。
 何の役職も無い仲間ならば、「これで完成」という服を身につけ、その上に制服。
(上着に、ズボンに、背中にはマント…)
 よくも毎日、着ていたもんだ、と我が事ながら感心させられる。
 「スーツだったら、馴れたモンだが」と、「スーツより、よっぽど御大層だぞ」と。
 スーツも「きちんとしている」けれども、上着を羽織って、ネクタイを締めれば完成する。
 マントなんかは要らないわけだし、ネクタイは好みで選べるのだから。


(アレを毎日、着ていたってか…)
 ご苦労なことだ、と思うけれども、懐かしくもある。
 今はもう、持ってはいない服だし、袖を通す日も来ないから。
 クローゼットの何処を探しても、あの服は、出ては来ないのだから。
(…キャプテン・ハーレイの制服、ってヤツは…)
 探せば、売られていそうではある。
 なんと言っても英雄なのだし、少ないとはいえ、ファンがいるのも間違いない。
 行きつけの理髪店の店主も、その一人。
 「キャプテン・ハーレイに瓜二つ」の「ハーレイ」、その来店を心待ちにしているほどに。
(ファンがいるなら、ニーズの方も…)
 きっとあるから、レプリカとまではいかないまでも、似たような服があるだろう。
 上着とズボンとマントのセットで、着れば「キャプテン」の気分になれるのが。
(まあ、そういうのは、先のお楽しみで、だ…)
 いつかブルーと暮らし始めたら、探してみるのもいいかもしれない。
 あの制服を着て「キャプテン・ハーレイ」風に暮らす一日。
 ブルーには、ちゃんと敬語を使って、白いシャングリラにいた頃のように。
(ちょいと素敵な日になるかもな?)
 悪くないぞ、と考えるけれど、今、あの服が此処にあったら。
 ブルーとの素敵な時間などとは、まるで関係なく「現れる」服。
(…一日だけ、これを着ていろ、と…)
 神様の気まぐれで湧いて出たなら、どうだろう。
(なんたって、神様のなさることだし…)
 あの制服を着込んでいたって、誰も変には思わない。
 チビのブルーにバッタリ会っても、ブルーも「それ」とは気付かない仕組み。
 ただ「自分」だけが、「あの服なんだ」と自覚する服。
(…裸の王様みたいだが…)
 裸ってことではないわけなんだ、と顎に手を当てた。
 マントまでついた面倒な服は、今の自分を縛っているだけ、他の人とは無関係。
 生徒に会おうが、同僚に会おうが、「その服は?」などと訊かれはしない。
 彼らの目には、いつも通りの「ハーレイ」の姿が映るから。
 ブルーに会っても同じ理屈で、普段通りの服の「ハーレイ」がいるだけだから。


 神様が仕掛けた、「キャプテンの制服」で過ごす一日。
 たった一日だけだとはいえ、前の自分の服装で暮らすことになったなら…。
(…どうなるんだ?)
 俺の暮らしは、と想像の翼を羽ばたかせる。
 朝、目を覚ましたら、枕元に揃えて置かれている「それ」。
 神様からのメッセージつきで、「他の人には見えませんから」と説明つきのキャプテンの服。
(一日だけ、これで過ごして下さい、と…)
 そう神様が仰るからには、他の選択肢は無いのだろう。
 家の中から、普段の服やらスーツなんかは消えてしまって、何処にも無い。
 「他の服は?」と慌てて探し回っても、クローゼットの中は空っぽで。
 「無いなら、急いで洗って着るぞ」と走って行っても、洗濯物の籠も綺麗に空で。
(…そうなると、着るしかないわけで…)
 パジャマ姿で顔を洗ったら、「あの服」に袖を通すしかない。
 他のミュウたちも着ていた服から、先に纏って。
(出来れば、其処で朝飯をだな…)
 食いたいんだが、と思うけれども、きっと神様に叱られる。
 天から、声が降って来て。
 「あの頃のように暮らしなさい」と、「朝食は、着替えてからですよ」と。
(…つまりは、アレを着込んでだな…)
 上着もマントも、きちんと着けて、それから朝食の支度をする。
 トーストを焼いたり、コーヒーを淹れるのは、まだいいとしても…。
(俺の気に入りの朝飯ってヤツは…)
 オムレツなどの卵料理に、ソーセージやベーコンを添えたもの。
 サラダも欲しいし、そういったものを「キャプテンの服で」用意しなければ。
 白いシャングリラでは、朝食は作らなかったのに。
 厨房に立つことさえも無くて、料理は全て、厨房のクルー任せだったのに。
(…だが、たった一つ…)
 前のブルーのための野菜スープは、あの制服で作っていた。
 クルーに混じって厨房に立って、ただし、腕捲りなどはしないで。
 キャプテンの威厳を保たなければ、とマントも外さず、着込んだままで。


(…ということは、今の俺が朝飯を作るのも…)
 条件は全く同じなんだな、とクラリとした。
 「あの格好でフライパンか」と、「卵を割って、焼けってことか」と。
 確かに、前の自分だった頃には、こう言ったものだ。
 片目を軽くパチンと瞑って、「フライパンも船も、似たようなものさ」と。
 どちらも焦がさないのが大切、そう嘯いていたけれど。
 後継者のシドも、同じ言葉で励ましたけれど、今の自分の敵はフライパン。
 いきなりキャプテンの制服を着せられ、オムレツを焼けと言われても…。
(焦がしちまう気しかしないんだが…!)
 袖とかに気を取られてて…、と嫌な予感がこみ上げてくる。
 普段の服なら、鼻歌交じりにオムレツを焼いて、スクランブルエッグも慣れたもの。
 目玉焼きも好みの加減に焼けるし、ご機嫌な朝の始まりなのに…。
(…あの服があったら、卵料理は…)
 失敗だろうな、と零れる溜息。
 そうして出来た失敗作を、あの制服を纏って食べる。
 テーブルも椅子も、ダイニングからの庭の景色も、いつもと全く変わらない朝。
 その中で「自分」だけが異分子、キャプテンの制服を着ての朝食。
 食べ終わったら、白いシャングリラの頃と違って…。
(皿もカップも、焦がしちまったフライパンも…)
 自分で洗うしかない運命で、其処でも袖は捲れない。
 エプロンを着けるなど言語道断、キャプテンは、あくまでキャプテンらしく。
(……威厳たっぷりに、皿洗いなんぞ……)
 あってたまるか、と言いたいけれども、あの服があったら、そうするしかない。
 神様は「あの服を着て、一日、過ごしなさい」と、キャプテンの制服を寄越したから。
 他の人には見えないように細工までして、枕元に置いて行ったのだから。
(…なんとか、汚さないように…)
 気を遣いながら洗い物を済ませて、お次は出勤。
 愛車の運転席に座って、エンジンをスタート。
(シャングリラ発進! と、普段から、やってはいるんだが…)
 まさか制服で運転する日が来るなんて、と、其処は愉快な気分ではある。
 シャングリラの舵輪を握っていた服、それで車のハンドルを握って走るのだから。


(学校の仕事は、皿洗いとかに比べれば…)
 あの制服でも問題は無くて、ブルーが気付いてくれないことが寂しい程度。
 柔道部の指導は、神様が制服を寄越したからには、その日は、恐らく無いのだろう。
(会議に出て下さい、とか、そんな具合で…)
 柔道着に着替える場面は無しで、仕事が終われば、ブルーの家には寄れないで…。
(買い物をして帰りなさい、と、神様が…)
 そんな所だ、と思い浮かべる買い物の風景。
 「この服でも、作るのに困らん料理を選ばないと」と、スーパーで頭を悩ませる自分。
 手抜きではなくて、しっかり食べられて、洗い物の数は少なめで…。
(鍋ってトコだな、そして食っても、寝るまでは、ずっと…)
 書斎でも制服のままなんだぞ、と考えただけで肩が凝りそう。
 「あの服があったら、俺は一日でヘトヘトだ」と。
 前の自分は、よく平気だったと、感心しながらコーヒーのカップを傾ける。
 「尊敬するぞ」と、「キャプテンだった俺に、乾杯だな」と…。



            あの服があったら・了


※もしも今、キャプテンの制服を着ることになったら、と想像してみたハーレイ先生。
 あの制服で普段通りの一日、考えただけでも大変そう。ヘトヘトになって、肩凝りまでv









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「ねえ、ハーレイ。恋の相談…」
 してもいいかな、と小さなブルーが傾げた首。
 二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
 お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 恋の相談だって?」
 なんだそれは、とハーレイは呆れて、直ぐに笑った。
 「お断りだ」とキッパリ断り、ブルーを軽く睨み付ける。
「あのなあ…。俺がその手に乗ると思うか?」
 お前との恋の話だなんて、と、睨んだ後は笑いの続き。
 可笑しくてたまらないのだけれども、ブルーは違った。
「ハーレイ、何か勘違いをしていない?」
 誰がハーレイって言ったわけ、と銀色の眉を吊り上げる。
 「ぼくは名前を出してないけど」と、真剣な顔で。
(…なんだって?)
 俺の話とは違うのか、とハーレイの笑いが引っ込んだ。
 ブルーの恋の相手と言ったら、自分だけだと信じていた。
 遠く遥かな時の彼方で、前のブルーと恋をした時から。
 運命の相手だと思っていたのに、急に自信が揺らぎ出す。


(…おいおいおい…)
 他の誰かの話なのか、とハーレイの背中が冷たくなった。
 ブルーは誰かに恋をしていて、その相談をしたいのか。
(……まさかな……?)
 そんな馬鹿な、と焦る間に、ブルーは小さな溜息を零す。
 「気になる人がいるんだよね」と、赤い瞳を瞬かせて。
(嘘だろう!?)
 本当に俺の話じゃないのか、とハーレイは愕然とした。
(ブルーが、他の誰かにだって…?)
 有り得ないぞ、と思いたいのに、ブルーは続けた。
 「ハーレイ、相談に乗ってくれる?」と、大真面目に。
「だって、人生の先輩でしょ?」
 恋についても詳しいよね、とブルーは身を乗り出した。
 「どういう風に持っていくのが、いいと思う?」と。
「ど、どういう風って、何をなんだ…?」
 ハーレイは、咄嗟にそうとしか返せなかった。
 自分でも愚問だと思うけれども、それしか言えない。
 ブルーの恋の相談だなんて、考えたことも無い上に…。
(俺がこいつに恋しているのに、何故、そうなるんだ!)
 恋敵とブルーを近付ける手伝いなんて、と泣きたい気分。
 ブルーの恋の相手と言ったら、自分一人の筈だったのに。


 けれどブルーは、何処吹く風といった風情で言葉を紡ぐ。
「やっぱり、教室で声をかけるべき?」
 それとも放課後の方がいいかな、と半ば上の空。
 「他の誰か」のことを考え、頭が一杯になっている。
(…どうすりゃいいんだ…!)
 俺にキューピッドになれと言うのか、と悲鳴が出そう。
 恋の相談に乗るというのは、そういうこと。
(俺じゃない誰かと、ブルーとをだな…)
 めでたく結び付けてやるのが役目で、恋を見守る。
 まずは相手との出会いを作って、次はデートの相談で…。
(あそこなんかどうだ、と勧めてやって…)
 食事をする場所や、お茶を飲む場所、それも考えてやる。
 なにしろ子供のデートなのだし、お似合いの店を。
(初デートが上手くいったなら…)
 ブルーは早速、次のデートの相談をしてくるだろう。
 どういった場所を選ぶべきかと、赤い瞳を輝かせて。
 「ハーレイのお蔭で上手くいったよ」と、嬉しそうに。
(でもって、デートを何度も重ねて、お次は、だ…)
 誕生日などの贈り物の相談、やがてトドメがやって来る。


(…恋ってヤツが順調に運べば、最後はだな…)
 プロポーズが来てしまうんだ、と天を仰ぎたくなった。
 よりにもよってブルーのために、恋の仕上げのお手伝い。
 婚約指輪を選ぶ店やら、プロポーズの場所の相談を…。
(俺がブルーと、膝を突き合わせて…)
 熱心にすることになるのか、と絶望の淵に落っこちそう。
 「どうして、こうなっちまったんだ」と、頭を抱えて。
(…誰か、嘘だと言ってくれ…!)
 でなきゃ悪夢を見ているんだ、と、ぐるぐるしていたら。
 悪い夢なら冷めて欲しい、と願っていたら…。
「ね、そういうのは困るでしょ?」
 ぼくが他の人に恋をしたら、とブルーが笑んだ。
「は?」
「だから、もしもの話だってば」
 それが嫌なら、ぼくにキスを、と出て来た注文。
 「ぼくをしっかり繋ぎ止めなきゃ」と、得意そうに。
(……そう来たか……)
 そういうことか、とブルーの頭をコツンと叩く。
 「馬鹿野郎!」と、お返しに。
 散々、恐怖を味わった分の仕返しを、銀色の頭に…。



          恋の相談・了








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(ハーレイとデートは出来ないんだよね…)
 残念だけど、と小さなブルーが零した溜息。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は会えずに終わったハーレイ、前の生から愛した人。
 青く蘇った地球に生まれて、再び巡り会えたのだけれど…。
(…ぼくがちょっぴり、チビすぎちゃって…)
 デートは当分、お預けなんだよ、と悔しい気持ち。
 十四歳にしかならない子供でなければ、直ぐにでもデート出来たのに。
 再会を遂げたその日の間に、デートの約束を取り付けるようなことだって。
(…ぼくが学校の生徒じゃなくても、ハーレイは、きっと…)
 聖痕で血塗れになった「ブルー」を案じて、病院に来てくれるだろう。
 でなければ、後で家まで訪ねて来るとか、必ず、「ブルー」に会いに来てくれる。
 「大丈夫か?」と、「傷は痛まないか」と、大怪我をしたと思い込んで。
(だけどホントは、怪我してないから…)
 ハーレイに向かって微笑み返して、「大丈夫だよ」と怪我はしていないことを伝えねば。
 それから自分の周りを見回し、両親や医者がいるようだったら、出て行って貰う。
 「ハーレイと二人きりにして」と、ごくごく自然に、二人きりで再会を祝うふりをして。
(絶対、怪しまれないもんね?)
 遠く遥かな時の彼方で、ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイだった二人の再会。
 二人きりで話したいことも多い筈だし、両親たちも気を利かせるだろう。
 現に、ハーレイと再会した時だって…。
(ママを部屋から追い出しちゃって…)
 その後、ハーレイに告げた「ただいま」の言葉。
 「ただいま」と、それに「帰って来たよ」と。
 とても劇的な瞬間だけれど、チビの自分の場合は、其処まで。
 ハーレイとデートの約束なんかは、しなかった。
 そもそも思い付かなかったし、ハーレイの方も、申し込んではくれなかったから。


 あれは絶対、今の自分がチビなせいだ、と改めて思う。
 ちゃんと育った姿だったら、自分の方から言い出さなくても、ハーレイから…。
(次の休みに、何処かへ行かないか、って…)
 デートに誘って貰えただろう。
 「俺の休みは、この日なんだが」と、ハーレイが手帳を取り出して。
 空いている日は何処か確かめ、「ブルー」の都合を尋ねてくれて。
(そしたら、もちろん…)
 二つ返事で、デートの約束。
 何か予定があったとしたって、「空いているよ」と答えるだろう。
 育った姿になっていたって、まだまだ学校の生徒の筈だし、大丈夫。
(上の学校の生徒かもだけど…)
 学校の生徒の予定なんかは、中身もたかが知れたもの。
 友達と何処かへ遊びに行くとか、その程度。
(だから、そっちを断っちゃって…)
 ハーレイとのデートを選ぶけれども、生憎と、それは出来ない相談。
 何故なら、自分はチビだから。
 どう頑張ってもチビの子供で、今だってチビのままなのだから。
(…前のぼくだった頃と、同じ背丈になるまでは…)
 ハーレイは唇にキスをくれないし、デートのお許しも決して出ない。
 そういう決まりになってしまって、決まりが緩むことさえも…。
(ハーレイなんだし、有り得ないよね…)
 昔から頑固だったんだもの、と溜息がポロリと零れ出る。
 「そんなトコまで、前とそっくりにならなくても」と、「頑固すぎだよ」と。
 そうは思っても、それが「ハーレイ」の「ハーレイ」たる所以。
 前のハーレイとは違う中身だったら、ガッカリするのは分かっている。
 姿形は前と同じでも、性格が違っていたならば。
 「キャプテン・ハーレイ」だった頃と違って、うんと軽薄だったりしたら。
(ぼくがチビでも、再会した日に、デートに誘って…)
 口説き文句を囁きながら、熱烈なキスをするような男。
 その場はウットリ酔いしれていても、後で絶対、頭を抱えるに違いない。
 「あれは誰なの」と、「ハーレイとは、思えないんだけれど」と。


 勘弁願いたい、別人のようになった「ハーレイ」。
 そうなるよりかは、今の頑固なハーレイでいい。
 デート出来る日はいつになるのか、まるで見当がつかなくても。
 「連れて行ってよ」と強請ってみたって、鼻で笑われることばかりでも。
(公園にだって、行けないんだから…)
 ホントにケチで頑固なんだよ、とハーレイの頭の固さを呪う。
 それでこそ「ハーレイ」なのだけれども、「もう少し、柔らかくったって」と。
(キャプテンなんだし、臨機応変に…)
 対応すればいいじゃない、と頭の中でこねた屁理屈。
 「ぼくが子供になっちゃったんなら、それらしく」と。
 「子供向けのデートでいいと思うけど」と、「ハーレイは、大人なんだから」と。
(大人なんだし、余裕たっぷりに…)
 エスコートだって出来ると思う、と考えてみる。
 「ハーレイ」は知らんぷりだけれども、「本当は、ちゃんと出来るんじゃないの?」と。
 それをやったら、「ブルー」は必ず調子に乗るから、「駄目だ」と言い続けるだけで。
 「頑固なハーレイ」を貫くつもりで、決して譲りはしないだけで。
(…それに、学校の先生なんだよ?)
 子供の相手には慣れている筈、いくらでも応用出来るだろう。
 「ブルー」が喜ぶ「子供向けのデート」を、素敵にアレンジすることだって。
(ハーレイさえ、その気になってくれたら…)
 チビの子供の自分のままでも、「ハーレイとデート」は可能だと思う。
 ハーレイが「よし」と頷かないだけ、お許しを出してくれないだけで。
(…お許しなんか、ハーレイは出してくれないけれど…)
 出さないからこそ「ハーレイ」だけれど、夢を見るのはいいだろう。
 「もしも、ハーレイとデートが出来るなら」と。
 「デート出来るんなら、どんな感じ?」と、あれこれ想像するだけならば。
(…そんなの、ホントに有り得ないけど…)
 ほんのちょっぴり、と夢の世界に羽ばたいてみることにした。
 ハーレイとデートに出掛ける自分。
 チビの子供のままだけれども、ハーレイのエスコートで、子供向けのデートコースに。


(今のぼくと、デートするんなら…)
 ハーレイは何処を選ぶだろうか、二人でデートに出掛ける場所。
 大人向けでも、「ブルー」は少しも構わないのだけれど…。
(ハーレイが選ぶわけがないしね?)
 そんな場所は、と最初から答えは決まっている。
 いくらデートのお許しをくれる「ハーレイ」といえども、「ハーレイ」には違いないのだから。
 真面目で頑固な「キャプテン・ハーレイ」、その性分は変わりはしない。
 だから「大人がデートに行く場所」、それは初めから除外だろう。
 立派な大人のハーレイにとっては、馴れた馴染みの場所であっても。
(だけど、大人向けの場所っていうのも…)
 そう沢山は無いと思う、と「大人限定の場所」を挙げてみた。
 お洒落なバーとか、夜しか開いていない店。
(チビのぼくには、そのくらいしか…)
 思い付かないから、ハーレイが「避けて」選んでいたって、きっと気付かないことだろう。
 「大人向けのデート」で誘う場所には、誘われていないという事実には。
(気が付かないなら、子供向けのデートコースでも…)
 充分、満足出来ると思うし、ハーレイに文句を言ったりもしない。
 「違う所に行きたかったよ」と、膨れっ面にもならない筈。
(…何処を選んでくれたって…)
 大喜びで、ハーレイについてゆく。
 デートに出掛ける前の晩から、ワクワクと胸を弾ませて。
 「明日は、ハーレイとデートなんだよ」と、眠れないくらいにウキウキとして。
(…女の子じゃないから、何を着ていくかで…)
 真剣に悩みはしないけれども、少しくらいは悩みそう。
 「こんな服だと、子供っぽいかな?」と、鏡の前で服を身体に当ててみて。
 もしかしたら、何着か袖を通して、ズボンもそれに合わせてみて。
(…普段、ハーレイが、お休みの日に…)
 此処へ着て来る、ラフな服たち。
 学校でのスーツ姿とは違う、ハーレイの「休日の、お気に入り」。
 その服たちを思い浮かべながら、隣にいるのがお似合いの服を選びたい。
 せっかくデートに出掛けるのだから、「お父さんと息子」にならないように。


 ハーレイと二人でデートするなら、心配なのが二人の年の差。
 なにしろ二十四歳違いで、チビの自分は「息子」に見えてもおかしくない年。
 ただでも「そういう年の差」なのに、今の時代は、更に厄介。
 人間は全てミュウになったから、何歳だろうと、自分の好みで年を取るのを止められる。
 ハーレイよりも「若い」姿で、もっと年寄りな人だって多い。
(…今のハーレイ、キャプテン・ハーレイそっくりだけど…)
 その外見まで老けるよりも前に、若い姿を保ち始めるケースは、けして珍しくない。
 だから、ハーレイと「チビの自分」が、並んで歩いていたならば…。
(似ていなくても、親子連れとか…)
 場合によっては、「おじいちゃんと孫」でも通る世の中。
 デートを楽しんでいるというのに、周りの人の目には、そんな光景に映ってしまう。
 「お父さんと一緒に、仲良くお出掛け」、あるいは「おじいちゃんと遊びに来ました」。
(…とっても、ありそう…)
 頑張って服を選ばないと、と俄然、気合いが入り始める。
 「服を選ぶのは、やっぱり大事」と、「お父さんどころか、おじいちゃんなんて」と。
 ハーレイとのデートは、まずは其処から。
 誰が見たって「他人同士」に見える服装、けれどハーレイとも「お似合い」の服。
(…簡単そうでも、難しいってば…!)
 着こなしなんかも大切かもね、と思いはしても、チビの子供では足りない経験。
 どんな具合に着こなせばいいか、分かるほど「お洒落」の知識も無い。
(ついでに言うなら、前のぼくだって…)
 ずっとソルジャーの衣装だったし、お洒落なんかはしていない。
 つまり「全く役に立たない」、前の自分の膨大な記憶。
 端から引き出し、吟味してみても、デートに着ていく服を選ぶには「ただのガラクタ」。
(……酷いってば……!)
 着ていく服が選べないよ、と出掛ける前から躓いた。
 ハーレイがデートに誘ってくれた日、その日に袖を通したい服。
 シャツやズボンや、季節によっては上着まで並べて、ウンウンと唸る自分が見える。
 「どれがいいの?」と、「どの服だったら、ハーレイの隣が似合うのかな?」と。
 翌日はデートに行くというのに、いつまで経っても決まらない服。
 「早く寝ないと」と焦っていたって、着てゆく服が選べないから、眠れないままで。


(……デートの日、寝不足になっちゃって、起きられないかも……)
 具合まで悪くなっちゃうかも、と情けない気もするけれど。
 そうなったならば、デートはお預け、ベッドの住人になってしまうのだけれど…。
(でもでも、せっかく、ハーレイとデート…)
 素敵な服を選びたいよ、と前の日の夜で躓いたままで進めない。
 何処へ行くのか、何をするのか、それよりも前に「お似合いの服」を決めたくて。
 ちゃんと「デート」に見えてくれる服、その一着を選びたくて。
(…いっそ、デートを申し込まれたら…)
 ハーレイに頼んでみることにしようか、「その前に、服を選んでくれる?」と。
 クローゼットの扉を開けて、シャツやズボンを引っ張り出して。
 「この中から、決めて欲しいんだけど」と、「デートに行く日に、着ていく服」と。
 そしてハーレイにも、「お願い」をする。
 「デートの日は、この服に似合う服を着て来てね」と。
 「そしたら恋人同士に見えるし、ちゃんとデートに見て貰えるよ」と。
(…悩んじゃうなら、それもいいかも!)
 ハーレイとデート出来るんなら、と幸せな夢が広がってゆく。
 「服を選んで貰うんだよ」と、「デートする前から、うんと楽しみだよね」と…。



         デート出来るんなら・了


※チビのままでも、ハーレイ先生とデート出来るんなら、と考え始めたブルー君。
 けれど年の差が問題なのです、何を着てゆくかが、とても大切。服を選ぶのが大仕事かもv







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(あいつと、デート出来るのは…)
 まだまだ当分先なんだよな、とハーレイが、ふと思ったこと。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(なんと言っても、チビなんだし…)
 十四歳の子供なんだぞ、と頭に描いた恋人。
 チビのブルーは自分の教え子、とはいえ、誰よりも大切な人。
 遠く遥かな時の彼方で、前のブルーに恋をしたから。
 青い地球の上に生まれ変わって、再び巡り会えたから。
(あいつが、前の通りの姿だったら…)
 とうの昔に、デートに誘っていただろう。
 再会を遂げたその日の間に、約束を交わしていたかもしれない。
 ブルーが聖痕のショックで病院に運ばれ、ベッドに横たわっていようとも。
(青白い顔をしてたとしたって、ブルーは、きっと…)
 幸せそうな笑みを湛えて、チビのブルーと同じ言葉を言っただろう。
 「ただいま」と、それに「帰って来たよ」と。
(それを聞いたら…)
 横たわるブルーの手を握らずにはいられない。
 ブルーが「ただいま」と口にする時は、周りには、誰も…。
(いない筈だしな?)
 両親も医者も、と確信に満ちた思いがある。
 チビのブルーでさえ、「ただいま」を言う前に、両親を遠ざけたのだから。
 「ハーレイと、二人きりにして欲しい」と、不審がられないよう、自然な言葉で。
 もっと育ったブルーだったら、当然、それをするだろう。
 だから、ブルーの手を握っても…。
(見てるヤツは、誰もいないってことで…)
 二人きりになれたついでに、デートの約束をしたっていい。
 そうしておいたら、心置きなく、二人きりでゆっくり話が出来る。
 二人で何処かへデートに出掛けて、再会出来た喜びを噛み締めながら。


 ブルーが大きく育っていたなら、恐らくは、そうなっただろう。
 出会ったその日に、病院の部屋で約束をして。
 「お前、空いてる日はいつなんだ?」とブルーに確かめ、自分も手帳を確認する。
 学校の用事が入っていないか、柔道部の試合などは無いか、と。
 そうして互いの予定を合わせて、何日か後に待ち合わせ。
 車で迎えに行くとしたなら、そのままドライブに行けるけれども…。
(…チビのあいつじゃ、どうにもこうにも…)
 ならないんだよな、とマグカップの縁を指でカチンと弾く。
 「俺が自分で決めたことだが」と、「家にも呼ばないわけなんだが」と。
 出会って間もなく決めた約束。
 チビのブルーが、前のブルーと同じ背丈に育つ時まで、唇へのキスは贈らない。
 家に遊びに来るのも禁止で、もちろん、デートをするなど、論外。
 それは重々、承知していても、考えるくらいはいいだろう。
 「もしも、あいつとデート出来るなら」と、ほんの少しの間だけ。
 けしからぬことをしようという目的で、デートに誘おうという企みではないのだから。
(…うんと健全に…)
 十四歳のチビに合わせたヤツで、と夢を見てみることにした。
 どんなデートになるのだろうかと、場所や、ブルーの反応やらを。
(今のあいつを誘うなら…)
 まずは、ブルーの両親も許してくれる場所。
 「行ってらっしゃい」と、笑顔で見送ってくれる行き先を選ぶ。
 遊園地あたりが無難だろうか、チビのブルーを連れてゆくのなら。
(ドライブもいいが、最初のデートとなると、やっぱり…)
 子供が喜ぶトコがいいよな、と思うものだから、遊園地。
 チビのブルーは、ドライブも喜びそうだけれども、またの機会にしておいて。
(遊園地までは、俺の車で行くんだし…)
 ドライブ気分も、ちょっぴり味わえる筈。
 遊園地までは、最短コースで走る必要は無いのだから。
 ほんの僅かに回り道すれば、景色のいい所を走れるから。


(よし…!)
 遊園地ってことで、と決めたデートの行き先。
 チビのブルーに、「今度、遊園地に行かないか?」と尋ねる所から、初めてのデート。
 大きく育ったブルーと違って、チビのブルーの場合は、其処からのスタート。
 ブルーの家に何度も通って、両親とも、すっかり馴染んだ後で。
(でないと、お許し、出そうにないしな?)
 俺という人物に信用が無いと…、と苦笑する。
 いくら学校の教師といえども、ブルーの両親の目から見たなら、立派な他人。
 「前世は、キャプテン・ハーレイでした」と明かしても、何の信用も無い。
 歴史の上では英雄とはいえ、どんな人間かは分からないから。
 英雄に相応しい人物だったか、伝わる通りの人柄だったか、誰も保証はしてくれない。
(…つまり、信用ってヤツを、一から築いていかないと…)
 大事な一人息子のブルーを、任せてくれはしないだろう。
 今の自分がそうであるように、家族同様の付き合いをして貰えるようにならないと。
(出会って直ぐに、デートってのは…)
 無理なんだよな、と額を軽くトントンと叩く。
 「なんたって、俺はオジサンだから」と、「ブルーとは、年も違い過ぎだ」と。
 オジサンの自分が、ブルーを遊園地に連れてゆくとなったら、両親は恐縮しそうな感じ。
 「ブルーが無理を言ったのでは」と、「お休みの日に、申し訳ありません」と。
 本当の所は、誘ったのは「ハーレイ」の方なのに。
 今の生でも身体が弱いブルーを、遊園地などに連れてゆこう、と。
(…ブルーは、大喜びで「行く!」なんだろうが…)
 両親の方は、気が気ではないことだろう。
 「息子が、御迷惑をお掛けするのでは」と、「車に酔うとか、気分が悪くなるだとか」と。
 そういう事態は、ちゃんと織り込み済みなのに。
 ブルーを誘おうと決めた時点で、当日になって駄目になるのも、覚悟しているのに。
(…迎えに行ったら、寝込んでいたとか…)
 ありそうだしな、と思うけれども、そうなった時は、ブルーの両親は平謝りかもしれない。
 ガレージに車を入れた途端に、二人揃って飛んで来て。
 「ハーレイ先生、すみません」と頭を下げて、「ブルーは出られないんです」と。
 こちらは全く構わないのに、息子の具合が悪くなったことを、ひたすらに詫びて。


(…そうなっちまったら、そうなった時で…)
 ブルーの部屋に通して貰って、ガッカリしているブルーを見舞う。
 「遊園地は、また今度にしような」と、「今日は眠って、しっかり治せよ」と。
 それでも少しも気にしないけれど、デートが駄目になるよりは…。
(行ける方が、いいに決まってるってな!)
 あいつと初めてのデートなんだぞ、と気持ちをそちらに切り替える。
 チビのブルーを愛車の助手席に乗せて、遊園地に向かって出発しよう、と。
 濃い緑色をしている車は、ブルーと二人で乗ってゆくための「シャングリラ」。
 助手席に座ったチビのブルーに、「シャングリラだぞ」と説明してやる。
 「俺たちのためだけにある、シャングリラなんだ」と、「白くないけどな」と。
(そしたら、あいつは…)
 顔を輝かせて、ハンドルを握る「ハーレイ」を見詰めてくるのだろう。
 「ハーレイの運転なら、安心だよね」と、「だって、キャプテンなんだもの」と。
(シャングリラ、発進! …ってな)
 そう言って走り出してやろうか、青い地球の上を走る「シャングリラ」で。
 飛べないけれども、ブルーと二人で乗ってゆくには、充分な「船」で。
(地球に来たんだ、って気持ちになれる所を走って…)
 遊園地の駐車場に着いたら、ブルーと一緒にゲートまで歩く。
 これが育ったブルーだったなら、手を繋いで歩いてゆきたいけれど…。
(チビのあいつだと、お父さんと息子みたいにしか…)
 見えないような気がするんだよな、と頭をカリカリと掻いた。
 「そいつは御免蒙りたいぞ」と、「手を繋ぐのは、あいつが育ってからだな」と。
 そうは思っても、ブルーの方では、どんな気持ちでいるかは謎。
 「デートに来たんだ」と浮かれているから、あちらから手を差し出して…。
(手を繋ごうよ、ってキュッと握られたら…)
 仕方ないな、とクックッと笑う。
 傍目には親子にしか見えていなくても、チビのブルーはカップルのつもり。
 手を繋ぐどころか、腕を組もうとする可能性も充分にある。
 「だって、恋人同士じゃない」と、「今日はデートに来てるんだよ」と。
 デートなら手を繋いで歩くか、腕を組んで歩くものなんだから、と。


 実際、カップルで恋人同士。
 ブルーは間違っていないのだから、親子に見えても、甘んじておこう。
 チケットを買う時も、係員に勘違いされていたって。
(でもって、中に入った後も…)
 息子を連れて遊園地に来た、「優しいお父さん」だと皆に思われる「自分」。
 デートに来たとは、誰も分かってくれなさそう。
(乗り物の順番待ちをしたって、何か食べようと店に入ったって…)
 お父さんと息子なのだけれども、それでもいい。
 チビのブルーとデート出来るなら、間違えられたままの一日でも。
(まあ、保護者には違いないんだし…)
 学校じゃ、親を保護者と呼ぶぞ、とコーヒーのカップを傾ける。
 「お父さんでも、いいじゃないか」と、「ブルーは膨れそうだがな」と。
 そう、子供扱いされるブルーの心は、不満一杯になるだろう。
 「違うよ」と、「ぼくは恋人なのに」と、何度も何度も膨れっ面。
 「みんな、酷いよ」と、「なんで、そういうことになるの?」と、自分の姿は棚に上げて。
(お前がチビだからじゃないか、と言ってやったら…)
 「チビじゃないよ!」とプンスカ怒って、「あれに乗るよ」と言い出すだろうか。
 立派な大人でも悲鳴を上げる、絶叫マシン。
 チビのブルーには、どう考えても向いていそうにない乗り物。
(…前のあいつなら、絶叫マシンなんて代物は…)
 子供だましの遊具だけれども、チビのブルーは、そうではない。
 「お化けが怖い」と言い出すくらいに、見た目通りの弱虫で、子供。
(絶叫マシンなんぞに、乗ろうモンなら…)
 たちまち悲鳴で、乗り込んだことを後悔するのに違いない。
 「助けて!」と叫んで、「停めて」と悲鳴で、後は言葉にならなくて…。
(お約束通り、キャーキャーと…)
 騒ぐのが目に見えているけれど、「乗る」と言い張るのを止めるような真似は…。
(しないぞ、俺は)
 面白いしな、と笑いを堪える。
 「チビのあいつと、デートなんだから」と、「チビならではだ」と。
 育った後のブルーだったら、ちゃんと恋人同士に見えるし、絶叫マシンには挑まないから。


(あいつが大きくなっていたなら…)
 絶叫マシンに乗るとしたって、意地で挑むというのではない。
 「あれ、怖いかな?」などと躊躇った末に、「ハーレイと一緒なら」と乗る程度。
 二人だったら怖くないから、と頬を赤らめて。
 「ハーレイが隣にいるんだものね」と、「でも、怖がっても笑わないでよ?」と。
(…やっぱり、チビのあいつでしか…)
 出来ないデートがあるんだよな、と気付かされたから、想像の翼は更に広がる。
 「チビのあいつと、デート出来るなら」と。
 「遊園地でも、充分、楽しめそうだ」と、「次に乗るのは、何にするかな」と…。



           デート出来るなら・了


※チビのブルー君とデート出来るなら、どんな具合だろう、と想像してみたハーレイ先生。
 大きく育った後のブルーとは、違った楽しみが色々ありそう。絶叫マシンもいいですよねv









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