「もっと素直になれないのかなあ…」
ホントに損な性分だよね、と小さなブルーが零した溜息。
二人きりで過ごす午後のお茶の時間に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 損な性分って…」
この俺がか、とハーレイは自分の顔を指差した。
いきなりブルーに指摘されても、心当たりが全く無い。
損な性分だと思ったことも無ければ、言われたことも…。
(…俺の人生、一度も無いと思うんだが…?)
はて、と首を捻ったけれども、前の人生なら事情は違う。
厨房時代はともかくとして、キャプテンになった後は…。
(自分を押さえ付けてた部分が、まるで無かったとは…)
言えないよな、と自分でも自覚している。
押さえ切れずに、仲間を殴ってしまった経験もあった。
けれど、あそこで殴らなければ…。
(皆がバラバラになってしまって、大変なことに…)
なっちまうしな、と分かっているから、後悔は無い。
とはいえ、それを逆の方から考えたなら…。
(普段の俺は我慢だらけで、自分を押さえ付けていて…)
何もかも一人で抱えてたんだ、と前の自分の苦労を思う。
キャプテンという立場と、その職務上、それは仕方ない。
前の自分が思いのままに振舞ったならば、あの船は…。
(とても地球まで辿り着けなくて、途中で沈んで…)
おしまいだよな、と肩を竦める。
「俺がゼルみたいな性分だったら、そうなってたぞ」と。
(…前の俺なら、確かに損な性分なんだが…)
果たして今の俺はそうか、と自分で自分に問い掛ける。
我慢ばかりが続く毎日なのか、そうではないのか。
(…強いて我慢と言うんだったら…)
ブルーの家に寄れない日ならば、我慢している方だろう。
本当は飛んで帰りたいのに、会議や部活や、会食など。
(…いつもだったら、今頃は、と…)
溜息をつきたい気持ちになるのを、グッと堪える。
会議や部活は大事な仕事で、会食も同僚との大切な時間。
(我慢だなんて言えやしないし、正直を言えば…)
同僚たちと食事の時には、ブルーを忘れていたりもする。
久々に仲間と過ごす時間が、心地よすぎて、ウッカリと。
つまり、損とは全く言えない、今の自分の性分なるもの。
とても自分に正直なわけで、会議を我慢する時も…。
(前の俺とはまるで違って、終わった後の算段を…)
頭の中でコッソリ組み立て、密かに準備していたりする。
「終わったら本屋に行くとするか」とか、夕食の計画。
いつもの店で買い込む食材、時間をかけて作りたい料理。
(ブルーの家に来るようになってから、そういう飯は…)
滅多に作る機会が無いから、張り切りたくなる。
たった一人の食卓だけれど、あれこれ並べて食べたくて。
「こういう時に」と頭にメモしておいた、料理の数々。
それを端から作るのもいいし、じっくり作る一品もいい。
(…会議の中身を聞いてはいても…)
発言してメモも取ってはいても、心の方は脱線している。
キャプテンだった前の生なら、決して許されない姿勢。
(そいつを、何の罪悪感も無く平然と、だ…)
やってしまえる今の自分は、損な性分などではない。
自信を持って言い切れるから、ブルーに宣言しなければ。
「おい、ブルー。…お前、勘違いをしているぞ?」
今の俺は前とは違うんだ、とハーレイはニヤリと笑った。
損な性分だった頃と違って、今は自由で気ままな人生。
「我慢ばかりのキャプテン時代は、とうに過去だ」と。
「ぼくには、そうは見えないんだけど…」
もっと素直になるべきだよ、とブルーは納得しなかった。
「今のハーレイも我慢ばかり」と、「もっと素直に」と。
「俺は充分、素直で自分に正直なんだが?」
いったい何処が違うと言うんだ、とハーレイが訊くと…。
「今だって、我慢してるでしょ? ぼくがいるのに」
もっと欲望に正直に…、と赤い瞳が煌めいた。
「キスしてもいいし、もっと大胆なことも…」
してくれて構わないんだけれど…、とブルーは微笑む。
「今の時間ならママは来ないよ」と、「夕食までね」と。
(そういうことか…!)
ならば、こうする、とハーレイはサッと椅子から立った。
してやったり、とブルーは嬉しそうだけれども…。
「有難い。だったら、今日は帰らせて貰う」」
「えっ?」
ブルーの瞳が丸くなるのを、勝ち誇った顔で見詰め返す。
「この間から、作りたいと思っていた料理があってな…」
ちっと時間がかかるヤツで…、と顎に手を当てた。
「今から帰って買い出しをすれば、今夜には…」
出来るからな、と告げると、ブルーの顔色が変わる。
「ちょ、待って! そうじゃなくって…!」
帰らないで、とブルーが上げる悲鳴が面白い。
(自分で蒔いた種なんだがな…?)
さて、どうするか…、と思うけれども、帰りはしない。
今の自分は素直だから。
「ブルーと一緒にいたい」気持ちが、本音だから…。
もっと素直に・了
ホントに損な性分だよね、と小さなブルーが零した溜息。
二人きりで過ごす午後のお茶の時間に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 損な性分って…」
この俺がか、とハーレイは自分の顔を指差した。
いきなりブルーに指摘されても、心当たりが全く無い。
損な性分だと思ったことも無ければ、言われたことも…。
(…俺の人生、一度も無いと思うんだが…?)
はて、と首を捻ったけれども、前の人生なら事情は違う。
厨房時代はともかくとして、キャプテンになった後は…。
(自分を押さえ付けてた部分が、まるで無かったとは…)
言えないよな、と自分でも自覚している。
押さえ切れずに、仲間を殴ってしまった経験もあった。
けれど、あそこで殴らなければ…。
(皆がバラバラになってしまって、大変なことに…)
なっちまうしな、と分かっているから、後悔は無い。
とはいえ、それを逆の方から考えたなら…。
(普段の俺は我慢だらけで、自分を押さえ付けていて…)
何もかも一人で抱えてたんだ、と前の自分の苦労を思う。
キャプテンという立場と、その職務上、それは仕方ない。
前の自分が思いのままに振舞ったならば、あの船は…。
(とても地球まで辿り着けなくて、途中で沈んで…)
おしまいだよな、と肩を竦める。
「俺がゼルみたいな性分だったら、そうなってたぞ」と。
(…前の俺なら、確かに損な性分なんだが…)
果たして今の俺はそうか、と自分で自分に問い掛ける。
我慢ばかりが続く毎日なのか、そうではないのか。
(…強いて我慢と言うんだったら…)
ブルーの家に寄れない日ならば、我慢している方だろう。
本当は飛んで帰りたいのに、会議や部活や、会食など。
(…いつもだったら、今頃は、と…)
溜息をつきたい気持ちになるのを、グッと堪える。
会議や部活は大事な仕事で、会食も同僚との大切な時間。
(我慢だなんて言えやしないし、正直を言えば…)
同僚たちと食事の時には、ブルーを忘れていたりもする。
久々に仲間と過ごす時間が、心地よすぎて、ウッカリと。
つまり、損とは全く言えない、今の自分の性分なるもの。
とても自分に正直なわけで、会議を我慢する時も…。
(前の俺とはまるで違って、終わった後の算段を…)
頭の中でコッソリ組み立て、密かに準備していたりする。
「終わったら本屋に行くとするか」とか、夕食の計画。
いつもの店で買い込む食材、時間をかけて作りたい料理。
(ブルーの家に来るようになってから、そういう飯は…)
滅多に作る機会が無いから、張り切りたくなる。
たった一人の食卓だけれど、あれこれ並べて食べたくて。
「こういう時に」と頭にメモしておいた、料理の数々。
それを端から作るのもいいし、じっくり作る一品もいい。
(…会議の中身を聞いてはいても…)
発言してメモも取ってはいても、心の方は脱線している。
キャプテンだった前の生なら、決して許されない姿勢。
(そいつを、何の罪悪感も無く平然と、だ…)
やってしまえる今の自分は、損な性分などではない。
自信を持って言い切れるから、ブルーに宣言しなければ。
「おい、ブルー。…お前、勘違いをしているぞ?」
今の俺は前とは違うんだ、とハーレイはニヤリと笑った。
損な性分だった頃と違って、今は自由で気ままな人生。
「我慢ばかりのキャプテン時代は、とうに過去だ」と。
「ぼくには、そうは見えないんだけど…」
もっと素直になるべきだよ、とブルーは納得しなかった。
「今のハーレイも我慢ばかり」と、「もっと素直に」と。
「俺は充分、素直で自分に正直なんだが?」
いったい何処が違うと言うんだ、とハーレイが訊くと…。
「今だって、我慢してるでしょ? ぼくがいるのに」
もっと欲望に正直に…、と赤い瞳が煌めいた。
「キスしてもいいし、もっと大胆なことも…」
してくれて構わないんだけれど…、とブルーは微笑む。
「今の時間ならママは来ないよ」と、「夕食までね」と。
(そういうことか…!)
ならば、こうする、とハーレイはサッと椅子から立った。
してやったり、とブルーは嬉しそうだけれども…。
「有難い。だったら、今日は帰らせて貰う」」
「えっ?」
ブルーの瞳が丸くなるのを、勝ち誇った顔で見詰め返す。
「この間から、作りたいと思っていた料理があってな…」
ちっと時間がかかるヤツで…、と顎に手を当てた。
「今から帰って買い出しをすれば、今夜には…」
出来るからな、と告げると、ブルーの顔色が変わる。
「ちょ、待って! そうじゃなくって…!」
帰らないで、とブルーが上げる悲鳴が面白い。
(自分で蒔いた種なんだがな…?)
さて、どうするか…、と思うけれども、帰りはしない。
今の自分は素直だから。
「ブルーと一緒にいたい」気持ちが、本音だから…。
もっと素直に・了
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(ハーレイ、今頃、何してるのかな?)
書斎なのかな、と小さなブルーは首を傾げた。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は会えずに終わってしまった恋人だけれど、この時間は何をしているのだろう。
他の先生と食事でなければ、もう夕食を済ませた後で、コーヒーを淹れているかもしれない。
(ぼくはコーヒー、苦手だけれど…)
ハーレイの方は、今も昔もコーヒーが好きで、今の生では地球のコーヒーを満喫している。
前の生では、キャロブで作った代用品が人生の殆どを占めていた分、その差は大きい。
(第一、あの時代には、地球は死の星だったから…)
ハーレイがミュウでなかったとしても、地球のコーヒーは無理だった。
人類側の要人だったとしたって、いくら大金を積み上げようとも、地球産は手に入らない。
地球で収穫されたコーヒー豆など、宇宙の何処にも無かったから。
(それを思うと、凄い贅沢なコーヒーだよね…)
ハーレイも充分、承知しているから、心して淹れる日もあるだろう。
「まさに最高の贅沢ってもんだ」と豆から挽いて、ゆっくりと時間をかけて淹れる日。
(だけど、仕事をして来た日だと…)
そこまで時間をかけはしないで、多分、ドリップする程度なのに違いない。
夕食が済んだら準備を始めて、出来上がったらカップに注ぐ。
(…今の時間だと、そんな頃かな?)
でもって、カップを持って書斎、とハーレイが動くコースを考えてみる。
夕食の片付けを手際良く終えて、寛ぎの時間といった頃合いの時刻を指している時計。
恐らく、行先は書斎だろう、と見当をつけた。
(…ひょっとしたら、リビングで飲んでいるかもしれないけれど…)
最終的には書斎だよね、と大きく頷く。
(本を読もう、って予定が無くても…)
お気に入りの場所だと聞いてもいるし、書斎には愛用の机もある。
一日に一度は其処に座って、やっていることがあるのが今のハーレイ。
前の生でもやっていたけれど、今度も変わらない習慣が一つ。
(一日の終わりには、日記なんだよ)
研修旅行とかの時には、どうしているのか知らないけれど、と謎な部分も無いことはない。
旅先にも持って行って書くのか、帰宅してから纏めて書くかは、聞いてはいない。
(…覚えていたら、聞いてみようかな?)
そう思うけれど、答えは返って来ない気がする。
正確に言うと、返って来ないと言うよりは…。
(はぐらかされちゃって、何も教えて貰えない感じ…)
だって、ハーレイの日記だものね、と指先で額をトンと叩いた。
前の自分が生きていた頃から、「ハーレイの日記」は、ガードが堅かった記憶がある。
(だから今のぼくが、研修先でも日記を書くの、って質問しても…)
ハーレイの返事は「それは、お前には関係ないだろ?」になるかもしれない。
「そんなこと、お前が知ってどうする」と、バッサリ切り捨てられてしまって。
(それから、ぼくを軽く睨んで…)
「読ませないぞ」と言うんだろうな、とブルーは肩を竦めた。
今のハーレイが書いている日記も、読ませては貰えないのだろう、と。
(…前のハーレイだって、そうだったもの…)
プライベートなことは一切、書いていなかったくせに、と前のハーレイが憎らしい。
今では第一級の歴史資料として名高い、キャプテン・ハーレイの航宙日誌が、その日記。
前の自分が読もうとする度、ハーレイは「それ」をガードした。
「俺の日記だ」と、「コッソリ読むのも許さないぞ」と釘まで刺して。
(前のぼくも、律儀にそれを守って…)
最後まで一度も読まずに終わって、それっきりになる筈だった。
ところがどっこい、こうして新しい命を貰って、生まれ変わって来たものだから…。
(今度は読ませて貰えるんだよ)
キャプテン・ハーレイの解説つきで、と、そちらの方には期待している。
いつかハーレイと結婚したなら、復刻版を買おうと約束をした。
前のハーレイの筆跡をそのまま写した、とても高価な本なのだけれど、全巻、揃える。
(復刻版だと、ハーレイ、自分の筆跡を見て…)
当時の気持ちが分かるそうだから、それを教えて貰える筈。
どういう思いで書いていたのか、日誌には書かれていない出来事を、色々と。
前のハーレイの「日記」については、秘密の鍵を手に入れた。
チビの自分は、まだその鍵を使えはしないけれども、いずれ使える時が来る。
復刻版の航宙日誌を手に入れ、今のハーレイから昔話を聞ける日が。
(でも、今のハーレイの日記の方は…)
きっと今度も秘密なんだ、と深い溜息が零れ落ちた。
どれほど中身が気になろうとも、日記を仕舞った机の引き出しは開けられないのに違いない。
ハーレイが家を空ける時には、引き出しには鍵が掛けられる。
学校に出勤してゆく時も、柔道部の合宿などに行く時にも。
(…今はまだ、鍵なんか掛けていないだろうけど…)
一緒に暮らし始めた後には、あのハーレイなら、そうするだろう。
毎晩、日記をつけるのと同じに、それを入れてある引き出しに鍵を掛けるのも忘れない。
きっと新しい習慣として、寝る前や、家を出る前には…。
(引き出しの鍵は掛けたよな、って…)
確認するのが、今のハーレイの大事な約束事になる。
もしもウッカリ忘れたりしたら、日記を読まれてしまうから。
家で留守番している「ブルー」が、虎視眈々と狙っているのは確実だから。
(今日こそは、って…)
机の引き出しに挑みに行っても、鍵が掛かってビクともしない。
合鍵を作れば開くけれども、ハーレイの方も、用心深く…。
(鍵の在り処を内緒にしていて、ぼくには何処にあるのかも…)
分からないんだ、と悲しい気持ち。
サイオンが不器用でなかったならば、鍵の在り処が分かるのに。
ハーレイの心を読んでしまえば、答えは其処に転がっているから、簡単なこと。
(第一、合鍵なんか無くても…)
引き出しの中から、瞬間移動で取り出せばいい。
ハーレイが留守にしている間に、読んでしまって、戻しておけば…。
(バレないだろうし、バレたとしても…)
頭に軽くコツンと一発、そのくらいで許して貰えると思う。
そんな程度の「もの」だというのに、それを「読ませて貰えない」。
前の自分がそうだったように、今の自分も「日記は駄目だ」と睨み付けられて。
(ケチなんだから…!)
でも、絶対にそうなっちゃう、と思うものだから、今の自分に出来そうなことは…。
(…日記を書こうとしている時に…)
書斎の扉を開けて入って、肩越しに覗き込むくらい。
「何を書くの?」と興味津々、読んでやろうと赤い瞳を輝かせて。
運が良ければ一行くらいは、目に出来る可能性もある。
(その日の日付かもしれないけれど…)
見えるかもね、とクスッと笑った。
それで充分、満足だけれど、ハーレイの方は「そうではない」だろう。
「こらっ!」と怒鳴って、闖入者の「ブルー」を摘まみ出す。
まるで子猫を掴むみたいに、首根っこを掴まれるかもしれない。
「お前、いつの間に入って来たんだ」と、「今は立ち入り禁止なんだぞ」と。
有無を言わさず放り出されて、書斎の扉がバタンと閉まって、それっきり。
次にハーレイが出て来た時には、もう机には、日記は無い。
鍵の掛かった引き出しの中で、何を書いたかも分からないまま。
「さっき、ブルーが入って来た」とか、「放り出した」とか、それを書いたのかさえも。
(…ぼくが日記を読もうとするのを…)
徹底的に邪魔されるんだ、という予感しかしない、結婚した後に待っていること。
せっかく二人で暮らしているのに、秘密を抱えているハーレイ。
「読むなよ?」と日記を隠してしまって、結婚する前の日記だって全部、手も足も出ない。
鍵の掛かった棚の中とか、あるいは専用の箱があるとか。
(此処にあるんだ、って分かっていても…)
机の引き出しが開かないように、棚も、専用の箱も開かない。
厳重に鍵が掛けられていて、鍵はハーレイが持っている。
けして「ブルー」に盗まれないよう、家の鍵などとは一緒にせずに。
(キーホルダーからして、車や家の鍵とは違うヤツにして…)
肌身離さず持ち歩くのか、秘密の場所に隠しているか。
(…持ち歩く方だと、お風呂に入っている間とかに…)
服や鞄を探れば見付け出せるだろうから、まだ望みはある。
けれど「ブルー」でも、そう思う以上、ハーレイは、そうはしないだろう。
チビの子供でも思い付くような「宝探し」は、ハーレイだって予見している筈だから。
そうなってくると、鍵は「何処かに隠してある」のに違いない。
隠し場所をハーレイは明かしはしないし、探りを入れても、どうにもなりそうにない。
「隠し場所なら、俺の頭の中にある」と、笑って頭を指差しそうな、意地悪なハーレイ。
そう言われたって、サイオンが不器用な今の自分では、頭の中など覗けないのに。
(…ハーレイの留守に、家探ししたって…)
鍵は見付からないだろう。
家にいる時は何処かに隠して、出掛ける時は「持って出る」。
でないと「ブルー」が探し回って、見付け出すかもしれないから。
いくらサイオンが不器用とはいえ、「目で見て探す」ことなら出来る。
家中の棚や引き出しを開けて回って、中を確認することだって。
(…そうやって、必死に探し回っても…)
鍵の掛かった引き出しやら、箱やら、棚に行く手を阻まれるだけ。
「お前なんかに、読ませるものか」と、ハーレイにせせら笑われるだけ。
どう頑張っても日記は読めない、そういう日々がやって来る。
毎晩、ハーレイと攻防戦を繰り広げても。
「ケチ!」と叫んで、「ちょっとくらい読んでもいいでしょ!」と強請っても駄目。
ハーレイに書斎から摘まみ出されて、それでおしまい。
(…もしかしたら、書斎の扉にだって…)
鍵がついていて、それがガチャンと掛かるのだろうか。
廊下へ摘まみ出された途端に、背中の後ろで、重たい扉が「バン!と閉まって。
書き終えるまで「ブルー」が入れないよう、しっかりと下ろされてしまう鍵。
「開けてよ!」と扉を叩いてみたって、中のハーレイは知らんぷり。
「其処で待ってろ」と声だけがして、本当に「待っているしかない」。
瞬間移動で入れはしないし、扉を開けてくれるまで。
「もういいぞ」と、「日記は書いてしまったから」と、ハーレイが顔を覗かせるまで。
(…ホントのホントに、そうなっちゃいそう…)
前のハーレイの日記は読めるようになるのにな、と思うけれども、どうしようもない。
ハーレイが「駄目だ」と言ったら「駄目」で、日記を読ませては貰えない。
(放り出されて、摘まみ出されて、鍵まで掛けてしまってて…)
とことん、ぼくの邪魔をするんだ、と「いつか来る日」に思いを馳せる。
ハーレイの日記を読んでみたいのに、けして読めない、二人で暮らす家での日々。
どう頑張っても、どう工夫しても、ハーレイは邪魔をしてくるばかりで、日記は読めない。
(…だけど、どんなに邪魔をされちゃっても…)
読んでやろうと努力するのも、きっと楽しいだろうと思う。
ハーレイが「読ませないぞ」と言うなら、こちらも「読ませてよ」と食い下がって。
あれこれと邪魔をされてしまっても、へこたれないで挑戦し続けて。
(一生、それで攻防戦になっちゃうかもね…)
でもいいや、と笑みを浮かべる。
「邪魔をされちゃっても、負けないから」と。
二人で暮らしているからこその、お互い、譲れない戦い。
それが出来るのも、青い地球に生まれて来られたお蔭だから。
ハーレイと二人で地球で暮らしてゆけるからこそ、戦いの日々が続くのだから…。
邪魔をされちゃっても・了
※ハーレイ先生の日記が気になるブルー君。結婚したら読んでみたいのに、阻まれそう。
毎日が攻防戦になりそうですけど、そういう日々も幸せ。一緒に暮らしているから、戦いv
書斎なのかな、と小さなブルーは首を傾げた。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は会えずに終わってしまった恋人だけれど、この時間は何をしているのだろう。
他の先生と食事でなければ、もう夕食を済ませた後で、コーヒーを淹れているかもしれない。
(ぼくはコーヒー、苦手だけれど…)
ハーレイの方は、今も昔もコーヒーが好きで、今の生では地球のコーヒーを満喫している。
前の生では、キャロブで作った代用品が人生の殆どを占めていた分、その差は大きい。
(第一、あの時代には、地球は死の星だったから…)
ハーレイがミュウでなかったとしても、地球のコーヒーは無理だった。
人類側の要人だったとしたって、いくら大金を積み上げようとも、地球産は手に入らない。
地球で収穫されたコーヒー豆など、宇宙の何処にも無かったから。
(それを思うと、凄い贅沢なコーヒーだよね…)
ハーレイも充分、承知しているから、心して淹れる日もあるだろう。
「まさに最高の贅沢ってもんだ」と豆から挽いて、ゆっくりと時間をかけて淹れる日。
(だけど、仕事をして来た日だと…)
そこまで時間をかけはしないで、多分、ドリップする程度なのに違いない。
夕食が済んだら準備を始めて、出来上がったらカップに注ぐ。
(…今の時間だと、そんな頃かな?)
でもって、カップを持って書斎、とハーレイが動くコースを考えてみる。
夕食の片付けを手際良く終えて、寛ぎの時間といった頃合いの時刻を指している時計。
恐らく、行先は書斎だろう、と見当をつけた。
(…ひょっとしたら、リビングで飲んでいるかもしれないけれど…)
最終的には書斎だよね、と大きく頷く。
(本を読もう、って予定が無くても…)
お気に入りの場所だと聞いてもいるし、書斎には愛用の机もある。
一日に一度は其処に座って、やっていることがあるのが今のハーレイ。
前の生でもやっていたけれど、今度も変わらない習慣が一つ。
(一日の終わりには、日記なんだよ)
研修旅行とかの時には、どうしているのか知らないけれど、と謎な部分も無いことはない。
旅先にも持って行って書くのか、帰宅してから纏めて書くかは、聞いてはいない。
(…覚えていたら、聞いてみようかな?)
そう思うけれど、答えは返って来ない気がする。
正確に言うと、返って来ないと言うよりは…。
(はぐらかされちゃって、何も教えて貰えない感じ…)
だって、ハーレイの日記だものね、と指先で額をトンと叩いた。
前の自分が生きていた頃から、「ハーレイの日記」は、ガードが堅かった記憶がある。
(だから今のぼくが、研修先でも日記を書くの、って質問しても…)
ハーレイの返事は「それは、お前には関係ないだろ?」になるかもしれない。
「そんなこと、お前が知ってどうする」と、バッサリ切り捨てられてしまって。
(それから、ぼくを軽く睨んで…)
「読ませないぞ」と言うんだろうな、とブルーは肩を竦めた。
今のハーレイが書いている日記も、読ませては貰えないのだろう、と。
(…前のハーレイだって、そうだったもの…)
プライベートなことは一切、書いていなかったくせに、と前のハーレイが憎らしい。
今では第一級の歴史資料として名高い、キャプテン・ハーレイの航宙日誌が、その日記。
前の自分が読もうとする度、ハーレイは「それ」をガードした。
「俺の日記だ」と、「コッソリ読むのも許さないぞ」と釘まで刺して。
(前のぼくも、律儀にそれを守って…)
最後まで一度も読まずに終わって、それっきりになる筈だった。
ところがどっこい、こうして新しい命を貰って、生まれ変わって来たものだから…。
(今度は読ませて貰えるんだよ)
キャプテン・ハーレイの解説つきで、と、そちらの方には期待している。
いつかハーレイと結婚したなら、復刻版を買おうと約束をした。
前のハーレイの筆跡をそのまま写した、とても高価な本なのだけれど、全巻、揃える。
(復刻版だと、ハーレイ、自分の筆跡を見て…)
当時の気持ちが分かるそうだから、それを教えて貰える筈。
どういう思いで書いていたのか、日誌には書かれていない出来事を、色々と。
前のハーレイの「日記」については、秘密の鍵を手に入れた。
チビの自分は、まだその鍵を使えはしないけれども、いずれ使える時が来る。
復刻版の航宙日誌を手に入れ、今のハーレイから昔話を聞ける日が。
(でも、今のハーレイの日記の方は…)
きっと今度も秘密なんだ、と深い溜息が零れ落ちた。
どれほど中身が気になろうとも、日記を仕舞った机の引き出しは開けられないのに違いない。
ハーレイが家を空ける時には、引き出しには鍵が掛けられる。
学校に出勤してゆく時も、柔道部の合宿などに行く時にも。
(…今はまだ、鍵なんか掛けていないだろうけど…)
一緒に暮らし始めた後には、あのハーレイなら、そうするだろう。
毎晩、日記をつけるのと同じに、それを入れてある引き出しに鍵を掛けるのも忘れない。
きっと新しい習慣として、寝る前や、家を出る前には…。
(引き出しの鍵は掛けたよな、って…)
確認するのが、今のハーレイの大事な約束事になる。
もしもウッカリ忘れたりしたら、日記を読まれてしまうから。
家で留守番している「ブルー」が、虎視眈々と狙っているのは確実だから。
(今日こそは、って…)
机の引き出しに挑みに行っても、鍵が掛かってビクともしない。
合鍵を作れば開くけれども、ハーレイの方も、用心深く…。
(鍵の在り処を内緒にしていて、ぼくには何処にあるのかも…)
分からないんだ、と悲しい気持ち。
サイオンが不器用でなかったならば、鍵の在り処が分かるのに。
ハーレイの心を読んでしまえば、答えは其処に転がっているから、簡単なこと。
(第一、合鍵なんか無くても…)
引き出しの中から、瞬間移動で取り出せばいい。
ハーレイが留守にしている間に、読んでしまって、戻しておけば…。
(バレないだろうし、バレたとしても…)
頭に軽くコツンと一発、そのくらいで許して貰えると思う。
そんな程度の「もの」だというのに、それを「読ませて貰えない」。
前の自分がそうだったように、今の自分も「日記は駄目だ」と睨み付けられて。
(ケチなんだから…!)
でも、絶対にそうなっちゃう、と思うものだから、今の自分に出来そうなことは…。
(…日記を書こうとしている時に…)
書斎の扉を開けて入って、肩越しに覗き込むくらい。
「何を書くの?」と興味津々、読んでやろうと赤い瞳を輝かせて。
運が良ければ一行くらいは、目に出来る可能性もある。
(その日の日付かもしれないけれど…)
見えるかもね、とクスッと笑った。
それで充分、満足だけれど、ハーレイの方は「そうではない」だろう。
「こらっ!」と怒鳴って、闖入者の「ブルー」を摘まみ出す。
まるで子猫を掴むみたいに、首根っこを掴まれるかもしれない。
「お前、いつの間に入って来たんだ」と、「今は立ち入り禁止なんだぞ」と。
有無を言わさず放り出されて、書斎の扉がバタンと閉まって、それっきり。
次にハーレイが出て来た時には、もう机には、日記は無い。
鍵の掛かった引き出しの中で、何を書いたかも分からないまま。
「さっき、ブルーが入って来た」とか、「放り出した」とか、それを書いたのかさえも。
(…ぼくが日記を読もうとするのを…)
徹底的に邪魔されるんだ、という予感しかしない、結婚した後に待っていること。
せっかく二人で暮らしているのに、秘密を抱えているハーレイ。
「読むなよ?」と日記を隠してしまって、結婚する前の日記だって全部、手も足も出ない。
鍵の掛かった棚の中とか、あるいは専用の箱があるとか。
(此処にあるんだ、って分かっていても…)
机の引き出しが開かないように、棚も、専用の箱も開かない。
厳重に鍵が掛けられていて、鍵はハーレイが持っている。
けして「ブルー」に盗まれないよう、家の鍵などとは一緒にせずに。
(キーホルダーからして、車や家の鍵とは違うヤツにして…)
肌身離さず持ち歩くのか、秘密の場所に隠しているか。
(…持ち歩く方だと、お風呂に入っている間とかに…)
服や鞄を探れば見付け出せるだろうから、まだ望みはある。
けれど「ブルー」でも、そう思う以上、ハーレイは、そうはしないだろう。
チビの子供でも思い付くような「宝探し」は、ハーレイだって予見している筈だから。
そうなってくると、鍵は「何処かに隠してある」のに違いない。
隠し場所をハーレイは明かしはしないし、探りを入れても、どうにもなりそうにない。
「隠し場所なら、俺の頭の中にある」と、笑って頭を指差しそうな、意地悪なハーレイ。
そう言われたって、サイオンが不器用な今の自分では、頭の中など覗けないのに。
(…ハーレイの留守に、家探ししたって…)
鍵は見付からないだろう。
家にいる時は何処かに隠して、出掛ける時は「持って出る」。
でないと「ブルー」が探し回って、見付け出すかもしれないから。
いくらサイオンが不器用とはいえ、「目で見て探す」ことなら出来る。
家中の棚や引き出しを開けて回って、中を確認することだって。
(…そうやって、必死に探し回っても…)
鍵の掛かった引き出しやら、箱やら、棚に行く手を阻まれるだけ。
「お前なんかに、読ませるものか」と、ハーレイにせせら笑われるだけ。
どう頑張っても日記は読めない、そういう日々がやって来る。
毎晩、ハーレイと攻防戦を繰り広げても。
「ケチ!」と叫んで、「ちょっとくらい読んでもいいでしょ!」と強請っても駄目。
ハーレイに書斎から摘まみ出されて、それでおしまい。
(…もしかしたら、書斎の扉にだって…)
鍵がついていて、それがガチャンと掛かるのだろうか。
廊下へ摘まみ出された途端に、背中の後ろで、重たい扉が「バン!と閉まって。
書き終えるまで「ブルー」が入れないよう、しっかりと下ろされてしまう鍵。
「開けてよ!」と扉を叩いてみたって、中のハーレイは知らんぷり。
「其処で待ってろ」と声だけがして、本当に「待っているしかない」。
瞬間移動で入れはしないし、扉を開けてくれるまで。
「もういいぞ」と、「日記は書いてしまったから」と、ハーレイが顔を覗かせるまで。
(…ホントのホントに、そうなっちゃいそう…)
前のハーレイの日記は読めるようになるのにな、と思うけれども、どうしようもない。
ハーレイが「駄目だ」と言ったら「駄目」で、日記を読ませては貰えない。
(放り出されて、摘まみ出されて、鍵まで掛けてしまってて…)
とことん、ぼくの邪魔をするんだ、と「いつか来る日」に思いを馳せる。
ハーレイの日記を読んでみたいのに、けして読めない、二人で暮らす家での日々。
どう頑張っても、どう工夫しても、ハーレイは邪魔をしてくるばかりで、日記は読めない。
(…だけど、どんなに邪魔をされちゃっても…)
読んでやろうと努力するのも、きっと楽しいだろうと思う。
ハーレイが「読ませないぞ」と言うなら、こちらも「読ませてよ」と食い下がって。
あれこれと邪魔をされてしまっても、へこたれないで挑戦し続けて。
(一生、それで攻防戦になっちゃうかもね…)
でもいいや、と笑みを浮かべる。
「邪魔をされちゃっても、負けないから」と。
二人で暮らしているからこその、お互い、譲れない戦い。
それが出来るのも、青い地球に生まれて来られたお蔭だから。
ハーレイと二人で地球で暮らしてゆけるからこそ、戦いの日々が続くのだから…。
邪魔をされちゃっても・了
※ハーレイ先生の日記が気になるブルー君。結婚したら読んでみたいのに、阻まれそう。
毎日が攻防戦になりそうですけど、そういう日々も幸せ。一緒に暮らしているから、戦いv
(あいつの家には、寄り損なったが…)
時間の方はたっぷりあるな、とハーレイは心の中で呟く。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、まず、ダイニングでコーヒーを淹れた。
愛用のマグカップに注いだそれを、何処で飲もうか。
(書斎もいいが、たまにはリビングなんかもいいな)
ダイニングだと食事の続きになるし、と少し悩んで、やはり書斎、と結論を出した。
なにしろ、今日は収穫があった。
会議で帰りが遅くなったせいで、ブルーの家には行けなかったけれど…。
(代わりに、デカイ本屋に出掛けて…)
何冊も本を買って来たから、それをパラパラ捲ってみたい。
どれから読もうか、次はどれにするか、そういう算段の時間も楽しい。
(よし、書斎だ)
コーヒーを運んで行った先では、その本たちが待っていた。
書店の袋に入ったままで、大きな机の上に置かれて。
本たちの隣にマグカップを並べて、椅子にゆったりと腰を下ろす。
(さて…)
どれにするかな、と袋を開ける前に、コーヒーのカップを傾けた。
一口飲んだら、絶妙な苦味と高い香りが、喉の奥へと広がってゆく。
(うん、今日も美味い)
この一杯が堪らないんだ、と味わいながら、お次は本の袋を開けた。
中身を出して一冊ずつ確かめ、それからページを捲ってみる。
(推理小説だと、こうはいかんが…)
今日のはジャンルが違うからな、と目次や文体を流し読みして、順番を決めた。
最初はこれで、その次がこれ、と本格的に読むための順位を割り振る。
(こんな所で良さそうだ)
結局は、気分次第だが…、と本を、その順に机に積んだ。
最初に読む本が一番上で、最後の本が一番下になるように。
その日の気分で入れ替わる時もあるのだけれども、基本はこう、という順番。
積み上げた後は、一番上の本の表紙を見ながら、コーヒーの方に戻っていった。
面白そうな本を選んで買って来たけれど、早速読むのは、少し後ろめたい。
(なんたって今日は、あいつを放って…)
本屋に行って来たわけで…、とブルーの顔が頭の何処かに貼り付いてる。
「酷いよ、ハーレイ!」と恨めしそうに、頬を膨らませて拗ねる恋人。
「会議は仕方ないんだけれど、本屋さん、楽しかったでしょ?」と。
「ぼくを忘れて、本を沢山買っていたよね」と、責める声まで聞こえて来そう。
(バレたら、絶対、そうなるからなあ…)
今日から読むのはやめておこう、と肩を竦める。
本たちは逃げて行きはしないし、日を改めて読み始めればいい。
(今日のところは、別の本でも読むとするかな)
時間は沢山あるんだから、と書斎を見回し、どれにしようかと思案する。
何度も読んでいるお気に入りもいいし、一度しか読んでいない本を選ぶのもいい。
写真集をじっくり眺めてもいいし、他にも本の種類は色々。
(これといって用も無いからなあ…)
自由時間が今日は山ほど、と考えたところで、またもブルーが頭に浮かんだ。
「何をするの?」と興味津々で、肩越しに覗き込んで来そうな姿が。
(…そうだった…!)
俺だけの自由時間ってヤツは、あと何年も残ってないぞ、と愕然とする。
三十八歳の今に至るまで、この家で、気ままに過ごして来た。
正確に言えば、教師になって、父が買ってくれた家に来てからだから…。
(その前は、数えないにしたって…)
十年以上も一人暮らしで、誰にも邪魔をされない日々が当たり前だと思っていた。
昨日も、今日も、明日も明後日も、自由時間は「自分だけ」のもの。
それで間違いないのだけれども、いつか終わりがやって来る。
チビのブルーが大きく育って、結婚出来る年の十八歳を迎えたら…。
(あいつが嫁にやって来るわけで、俺が夜に書斎に入ろうとしたら…)
ブルーも一緒にくっついて来そう。
「何を読むの?」と、赤い瞳を煌めかせて。
今夜のようにコーヒーを運んで来ようとしたなら、「ぼくが運ぶよ」と言うかもしれない。
マグカップを小さなトレイに載せて、「ぼくも一緒に行っていいよね?」と。
(…うーむ…)
実にありそうな話なんだ、とハーレイは眉間を指でトンと叩いた。
この家で暮らし始めたブルーは、何処へでもついて来るだろう。
暑い日に庭木を刈り込んでいても、「ぼくも手伝う」と庭に出て来そう。
ただでも身体の弱いブルーには、日差しだけでも危険すぎるし、手伝えないのに。
「お前は、其処の木陰で見てろ」と叱って、飲み物なども渡してやるしかない。
手伝いどころか、ハーレイの手間が増えるだけなのに、ブルーなら、きっと…。
(俺の迷惑なんぞは考えもせずに…)
出て来るんだ、と容易に想像がつく。
庭木の剪定をしている間、ずっとブルーに気を配るとなると、大変ではある。
そうは思っても、何故だか、頬が緩んでしまう。
(あいつが暑さで倒れちまわないよう、世話を焼くのも楽しいよなあ…)
なんたって、此処は青い地球だぞ、と前の生と比べて、今の幸せを噛み締める。
青い地球の上で暮らしているから、ブルーの身体を痛めつける「暑さ」が心配になる。
これがシャングリラの中だったならば、そんなことなど思いもしないし…。
(出来たとしたって、キャプテンって立場と視点からしか…)
ブルーの心配は出来なかった上、世話をすることも不可能だった。
あの箱舟での日々を思えば、邪魔されて、手間が増えたって…。
(ちっともかまわないってな!)
大いに邪魔をしてくれていい、と夏の庭の手入れの覚悟は決まった。
手伝うのだ、と主張するブルーを木陰に押し込み、暑くないよう工夫する。
風通しのいい服を着させて、座らせる椅子も、熱がこもらないものを選ぶとか。
(でもって、飲み物をたっぷり用意して…)
ブルーがそれを飲んでいるかも、こまめにチェックするべきだろう。
でないとブルーは、「丈夫なハーレイ」を基準に考え、水分の補給を控えかねない。
「だって、ハーレイ、飲んでないでしょ」と、「ぼくも我慢」と。
(そいつはマズイし、俺には少々、多すぎたって…)
ブルーのお供でグイグイと飲んで、汗だくで庭木を刈り込むしかない。
「ちと飲みすぎたような気がするんだが」とタオルで汗を拭き拭き、ハサミを持って。
「過ぎたるは及ばざるが如しで、あいつに合わせると多すぎだよな」と、ぼやきながら。
きっとそういうことになるんだ、と思い至った、ブルーとの暮らし。
今のような自由時間は無くなり、何処にでもブルーがくっついて来る。
書斎だろうが、暑い盛りの庭であろうが、ブルーは全く気にも留めないことだろう。
「ハーレイ」の側にいられるのならば、どんな苦労も厭いはしない。
(…その結果、俺の邪魔になっても…)
ブルーに自覚などありはしなくて、大いに邪魔をして来そう。
庭の手入れなら、まだいいけれども、書斎にまで入って来るとなったら、一大事。
(本を読むぞ、って時ならいいんだが…)
日記をつける時だと困る、と「ブルーの存在」が圧し掛かって来た。
今なら思い立った時間に、好きに日記をつけられる。
ブルーに貰った白い羽根ペン、それで書き込む、その日の様々な出来事たち。
ところが、ブルーと暮らし始めたら、日記を書くのにも苦労するのに違いない。
「何を書くの?」と遠慮なく書斎に入って来そうな、赤い瞳をした恋人。
「見てもいいでしょ」と、「ぼくにも見せて」と強請りながら。
(冗談じゃないぞ…!)
前の俺だって、一度も読ませちゃいないんだ、と航宙日誌を思い出す。
あれはプライベートなものではなかったけれども、「俺の日記だ」と主張していた。
「だから読むな」と、前のブルーを何度も部屋から放り出した。
「俺の留守に勝手に入って読むのも駄目だ」と、釘もしっかり刺しておいたものだ。
前のブルーは、その約束を守ってくれた。
一度も読みはしなかったけれど、今のブルーは、その分までも持ち出して来そう。
「前のぼくだって、読んでないのに」と、「今度も駄目なの?」と膨れっ面で。
(ハーレイのケチ! っていうヤツだよなあ…)
今のブルーのお決まりの台詞で、何かといえば、これを言われる。
一緒に暮らし始めた後でも、決め台詞にしていそうな感じ。
(…しかしだな…)
日記は駄目だ、と机の引き出しに目を遣った。
其処に入れてある日記を出して、書く時だけは「ブルー」の邪魔は断りたい。
どんなに強請られ、膨れられても、日記を書く時は一人でいたい。
毎日、攻防戦になっても。
ブルーを書斎から放り出すのが、毎晩、恒例の行事になってしまっても。
(他のことなら、邪魔をされてもいいんだが…)
暑い盛りの庭の手入れも、寒い季節の風呂掃除でも、ブルーの邪魔は、きっと嬉しい。
それがどれほど迷惑だろうと、「ブルーが側にいてくれる」だけで幸せになれる。
「これが地球での暮らしなんだ」と、「やっとブルーと二人きりだぞ」と、実感出来て。
(なんと言っても、あいつに邪魔をされるのは…)
二人で暮らしているからだしな、と思うけれども、日記を書く時間は譲れない。
ブルーが書斎を覗きに来る度、書斎の扉の外へ追い出す。
それでもブルーが出てゆかないなら、首根っこを掴んで摘まみ出すまで。
「書き終わるまで、外で待ってろ」と、「なんなら、夜食も用意するから」と。
(でもって、書斎に鍵をかければ…)
ブルーは入って来られないから、急いでその日の日記をつける。
出来るだけ急いで書いてしまわないと、ブルーがすっかり機嫌を損ねて、厄介だから。
いくら毎晩の行事になっても、御機嫌取りは、簡単に終わる方がいい。
(出来れば、キスの一つくらいで…)
許してくれると有難いが、と未来を思って、溜息が一つ零れてしまう。
「自由時間は、あと何年も無いってか?」と。
ブルーに邪魔をされずにいられて、気ままに一人で暮らせる日々は、もうすぐ終わる。
あと何年かで消えるけれども、それでブルーに邪魔をされても…。
(日記以外は、喜んで許してやるってもんだ)
ただし日記は譲れんからな、とブルーとの戦いに思いを馳せる。
書斎の扉を間に挟んで、毎晩、繰り返される戦争。
「ハーレイの日記」を見たいブルーは、懲りずに挑み続けるだろう。
何度「駄目だ」と断っても。
何回、書斎から摘まみ出されても、ガチャンと鍵を掛けられても。
そういう日々も、幸せなのに違いない。
邪魔をされても許せることと、許せないことが同居している家というのも…。
邪魔をされても・了
※ブルー君と一緒に暮らし始めたら、邪魔されることが増えそうなハーレイ先生。
それも幸せなんですけれど、日記を書く時だけは、邪魔はお断り。毎晩、攻防戦ですねv
時間の方はたっぷりあるな、とハーレイは心の中で呟く。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、まず、ダイニングでコーヒーを淹れた。
愛用のマグカップに注いだそれを、何処で飲もうか。
(書斎もいいが、たまにはリビングなんかもいいな)
ダイニングだと食事の続きになるし、と少し悩んで、やはり書斎、と結論を出した。
なにしろ、今日は収穫があった。
会議で帰りが遅くなったせいで、ブルーの家には行けなかったけれど…。
(代わりに、デカイ本屋に出掛けて…)
何冊も本を買って来たから、それをパラパラ捲ってみたい。
どれから読もうか、次はどれにするか、そういう算段の時間も楽しい。
(よし、書斎だ)
コーヒーを運んで行った先では、その本たちが待っていた。
書店の袋に入ったままで、大きな机の上に置かれて。
本たちの隣にマグカップを並べて、椅子にゆったりと腰を下ろす。
(さて…)
どれにするかな、と袋を開ける前に、コーヒーのカップを傾けた。
一口飲んだら、絶妙な苦味と高い香りが、喉の奥へと広がってゆく。
(うん、今日も美味い)
この一杯が堪らないんだ、と味わいながら、お次は本の袋を開けた。
中身を出して一冊ずつ確かめ、それからページを捲ってみる。
(推理小説だと、こうはいかんが…)
今日のはジャンルが違うからな、と目次や文体を流し読みして、順番を決めた。
最初はこれで、その次がこれ、と本格的に読むための順位を割り振る。
(こんな所で良さそうだ)
結局は、気分次第だが…、と本を、その順に机に積んだ。
最初に読む本が一番上で、最後の本が一番下になるように。
その日の気分で入れ替わる時もあるのだけれども、基本はこう、という順番。
積み上げた後は、一番上の本の表紙を見ながら、コーヒーの方に戻っていった。
面白そうな本を選んで買って来たけれど、早速読むのは、少し後ろめたい。
(なんたって今日は、あいつを放って…)
本屋に行って来たわけで…、とブルーの顔が頭の何処かに貼り付いてる。
「酷いよ、ハーレイ!」と恨めしそうに、頬を膨らませて拗ねる恋人。
「会議は仕方ないんだけれど、本屋さん、楽しかったでしょ?」と。
「ぼくを忘れて、本を沢山買っていたよね」と、責める声まで聞こえて来そう。
(バレたら、絶対、そうなるからなあ…)
今日から読むのはやめておこう、と肩を竦める。
本たちは逃げて行きはしないし、日を改めて読み始めればいい。
(今日のところは、別の本でも読むとするかな)
時間は沢山あるんだから、と書斎を見回し、どれにしようかと思案する。
何度も読んでいるお気に入りもいいし、一度しか読んでいない本を選ぶのもいい。
写真集をじっくり眺めてもいいし、他にも本の種類は色々。
(これといって用も無いからなあ…)
自由時間が今日は山ほど、と考えたところで、またもブルーが頭に浮かんだ。
「何をするの?」と興味津々で、肩越しに覗き込んで来そうな姿が。
(…そうだった…!)
俺だけの自由時間ってヤツは、あと何年も残ってないぞ、と愕然とする。
三十八歳の今に至るまで、この家で、気ままに過ごして来た。
正確に言えば、教師になって、父が買ってくれた家に来てからだから…。
(その前は、数えないにしたって…)
十年以上も一人暮らしで、誰にも邪魔をされない日々が当たり前だと思っていた。
昨日も、今日も、明日も明後日も、自由時間は「自分だけ」のもの。
それで間違いないのだけれども、いつか終わりがやって来る。
チビのブルーが大きく育って、結婚出来る年の十八歳を迎えたら…。
(あいつが嫁にやって来るわけで、俺が夜に書斎に入ろうとしたら…)
ブルーも一緒にくっついて来そう。
「何を読むの?」と、赤い瞳を煌めかせて。
今夜のようにコーヒーを運んで来ようとしたなら、「ぼくが運ぶよ」と言うかもしれない。
マグカップを小さなトレイに載せて、「ぼくも一緒に行っていいよね?」と。
(…うーむ…)
実にありそうな話なんだ、とハーレイは眉間を指でトンと叩いた。
この家で暮らし始めたブルーは、何処へでもついて来るだろう。
暑い日に庭木を刈り込んでいても、「ぼくも手伝う」と庭に出て来そう。
ただでも身体の弱いブルーには、日差しだけでも危険すぎるし、手伝えないのに。
「お前は、其処の木陰で見てろ」と叱って、飲み物なども渡してやるしかない。
手伝いどころか、ハーレイの手間が増えるだけなのに、ブルーなら、きっと…。
(俺の迷惑なんぞは考えもせずに…)
出て来るんだ、と容易に想像がつく。
庭木の剪定をしている間、ずっとブルーに気を配るとなると、大変ではある。
そうは思っても、何故だか、頬が緩んでしまう。
(あいつが暑さで倒れちまわないよう、世話を焼くのも楽しいよなあ…)
なんたって、此処は青い地球だぞ、と前の生と比べて、今の幸せを噛み締める。
青い地球の上で暮らしているから、ブルーの身体を痛めつける「暑さ」が心配になる。
これがシャングリラの中だったならば、そんなことなど思いもしないし…。
(出来たとしたって、キャプテンって立場と視点からしか…)
ブルーの心配は出来なかった上、世話をすることも不可能だった。
あの箱舟での日々を思えば、邪魔されて、手間が増えたって…。
(ちっともかまわないってな!)
大いに邪魔をしてくれていい、と夏の庭の手入れの覚悟は決まった。
手伝うのだ、と主張するブルーを木陰に押し込み、暑くないよう工夫する。
風通しのいい服を着させて、座らせる椅子も、熱がこもらないものを選ぶとか。
(でもって、飲み物をたっぷり用意して…)
ブルーがそれを飲んでいるかも、こまめにチェックするべきだろう。
でないとブルーは、「丈夫なハーレイ」を基準に考え、水分の補給を控えかねない。
「だって、ハーレイ、飲んでないでしょ」と、「ぼくも我慢」と。
(そいつはマズイし、俺には少々、多すぎたって…)
ブルーのお供でグイグイと飲んで、汗だくで庭木を刈り込むしかない。
「ちと飲みすぎたような気がするんだが」とタオルで汗を拭き拭き、ハサミを持って。
「過ぎたるは及ばざるが如しで、あいつに合わせると多すぎだよな」と、ぼやきながら。
きっとそういうことになるんだ、と思い至った、ブルーとの暮らし。
今のような自由時間は無くなり、何処にでもブルーがくっついて来る。
書斎だろうが、暑い盛りの庭であろうが、ブルーは全く気にも留めないことだろう。
「ハーレイ」の側にいられるのならば、どんな苦労も厭いはしない。
(…その結果、俺の邪魔になっても…)
ブルーに自覚などありはしなくて、大いに邪魔をして来そう。
庭の手入れなら、まだいいけれども、書斎にまで入って来るとなったら、一大事。
(本を読むぞ、って時ならいいんだが…)
日記をつける時だと困る、と「ブルーの存在」が圧し掛かって来た。
今なら思い立った時間に、好きに日記をつけられる。
ブルーに貰った白い羽根ペン、それで書き込む、その日の様々な出来事たち。
ところが、ブルーと暮らし始めたら、日記を書くのにも苦労するのに違いない。
「何を書くの?」と遠慮なく書斎に入って来そうな、赤い瞳をした恋人。
「見てもいいでしょ」と、「ぼくにも見せて」と強請りながら。
(冗談じゃないぞ…!)
前の俺だって、一度も読ませちゃいないんだ、と航宙日誌を思い出す。
あれはプライベートなものではなかったけれども、「俺の日記だ」と主張していた。
「だから読むな」と、前のブルーを何度も部屋から放り出した。
「俺の留守に勝手に入って読むのも駄目だ」と、釘もしっかり刺しておいたものだ。
前のブルーは、その約束を守ってくれた。
一度も読みはしなかったけれど、今のブルーは、その分までも持ち出して来そう。
「前のぼくだって、読んでないのに」と、「今度も駄目なの?」と膨れっ面で。
(ハーレイのケチ! っていうヤツだよなあ…)
今のブルーのお決まりの台詞で、何かといえば、これを言われる。
一緒に暮らし始めた後でも、決め台詞にしていそうな感じ。
(…しかしだな…)
日記は駄目だ、と机の引き出しに目を遣った。
其処に入れてある日記を出して、書く時だけは「ブルー」の邪魔は断りたい。
どんなに強請られ、膨れられても、日記を書く時は一人でいたい。
毎日、攻防戦になっても。
ブルーを書斎から放り出すのが、毎晩、恒例の行事になってしまっても。
(他のことなら、邪魔をされてもいいんだが…)
暑い盛りの庭の手入れも、寒い季節の風呂掃除でも、ブルーの邪魔は、きっと嬉しい。
それがどれほど迷惑だろうと、「ブルーが側にいてくれる」だけで幸せになれる。
「これが地球での暮らしなんだ」と、「やっとブルーと二人きりだぞ」と、実感出来て。
(なんと言っても、あいつに邪魔をされるのは…)
二人で暮らしているからだしな、と思うけれども、日記を書く時間は譲れない。
ブルーが書斎を覗きに来る度、書斎の扉の外へ追い出す。
それでもブルーが出てゆかないなら、首根っこを掴んで摘まみ出すまで。
「書き終わるまで、外で待ってろ」と、「なんなら、夜食も用意するから」と。
(でもって、書斎に鍵をかければ…)
ブルーは入って来られないから、急いでその日の日記をつける。
出来るだけ急いで書いてしまわないと、ブルーがすっかり機嫌を損ねて、厄介だから。
いくら毎晩の行事になっても、御機嫌取りは、簡単に終わる方がいい。
(出来れば、キスの一つくらいで…)
許してくれると有難いが、と未来を思って、溜息が一つ零れてしまう。
「自由時間は、あと何年も無いってか?」と。
ブルーに邪魔をされずにいられて、気ままに一人で暮らせる日々は、もうすぐ終わる。
あと何年かで消えるけれども、それでブルーに邪魔をされても…。
(日記以外は、喜んで許してやるってもんだ)
ただし日記は譲れんからな、とブルーとの戦いに思いを馳せる。
書斎の扉を間に挟んで、毎晩、繰り返される戦争。
「ハーレイの日記」を見たいブルーは、懲りずに挑み続けるだろう。
何度「駄目だ」と断っても。
何回、書斎から摘まみ出されても、ガチャンと鍵を掛けられても。
そういう日々も、幸せなのに違いない。
邪魔をされても許せることと、許せないことが同居している家というのも…。
邪魔をされても・了
※ブルー君と一緒に暮らし始めたら、邪魔されることが増えそうなハーレイ先生。
それも幸せなんですけれど、日記を書く時だけは、邪魔はお断り。毎晩、攻防戦ですねv
「ねえ、ハーレイ。鮮度の良さって…」
大事なんでしょ、とブルーがぶつけて来た質問。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 鮮度って…」
何の話だ、とハーレイは鳶色の瞳を丸くした。
いきなり問いを投げ掛けられても、返事に困る。
鮮度というのは、食べ物などの鮮度でいいのだろうか。
(他に鮮度ってヤツがだな…)
あっただろうか、と考える内に、ブルーが再び言った。
「鮮度と言ったら、鮮度だってば!」
ハーレイ、料理は得意なんでしょ、と焦れた口調で。
「なんだ、そいつで合っているのか」
急に言われても分からなくてな、とハーレイは苦笑した。
実際、頭を悩ませたのだし、仕方ない。
「ハーレイったら…。まあいいけれど…」
それでどうなの、とブルーが問い掛けて来る。
鮮度の良さは大事なのかと、さっきと同じ内容を。
「そうだな、鮮度は大事なのかと聞かれたら…」
とても大事な点になるな、とハーレイは大きく頷いた。
魚はもちろん、野菜などを選ぶ時にも、鮮度は大切。
どれを買うべきか店で見極め、新鮮なものを選び出す。
いくら安くても、鮮度が落ちた食材は避けた方がいい。
味や香りが逃げてしまって、素材が台無しな場合がある。
ただし、お得に買いたいのならば、それもまた良し。
「えっと…。そんな食材、買ったって…」
あまり美味しくないんじゃあ、とブルーが首を傾げる。
鮮度が落ちてしまっているなら、味わいだって同じこと。
安く買えたという以外には、良い所などは無いのだから。
「それが、そうとも言い切れなくてな」
料理人の腕の見せどころだ、とハーレイは親指を立てた。
素材を活かすのが料理人だし、食材は無駄なく使うもの。
風味が落ちて来ているのならば、補ってやれば解決する。
スパイスを効かせて調理するとか、酒に漬け込むとか。
そうすれば、ただ新鮮なだけの食材よりも…。
「美味く仕上がるというもんだ」と、ハーレイは笑む。
鮮度だけではないんだぞ、と。
ブルーは「うーん…」と小さく唸って、俯いてしまった。
何故、そうなるのかが、ハーレイには全く分からない。
鮮度は大事か尋ねて来るから、答えてやっただけなのに。
(なんで、こいつが俯くんだ?)
俺の話に乗って来たっていいだろう、と膨れたくなる。
いつもブルーがやっているように、頬っぺたを…。
(こう、フグみたいに、プウッとだな…)
膨らますのが、こいつの得意技だ、と思った所で閃いた。
ブルーに問われた、鮮度の良さという問題。
それが指すのは、本当は、食材のことではなくて…。
(こいつの鮮度のことなんだな?)
新鮮な間に食わせるつもりなんだ、と読めた魂胆。
「大事なんだ」とだけ答えていたなら、その瞬間に…。
(鮮度の良さが大事なんでしょ、と逆手に取って…)
俺にキスさせる気だったわけか、と合点がいった。
ところがどっこい、ハーレイが返した答えの方には…。
(鮮度が落ちた食材だって、使いようで…)
美味しくなる、という余計なオマケがついていた。
これではブルーは、どうにも出来ない。
唸るしかなくて、現に唸って俯いているというわけで…。
(よしよし、そういうことならば、だ…)
トドメを刺してやるとするか、とハーレイは口を開いた。
ブルーの目論見が外れたのなら、逆襲せねば。
「なあ、ブルー。鮮度は確かに大事なんだが…」
他にも大事な点があってな、と指でテーブルを軽く叩く。
「こっちを見ろよ」と、「俺の話を最後まで聞け」と。
ブルーは渋々といった体で、「なあに?」と尋ねて来た。
「鮮度の話で、まだ何かあるの?」
「あるとも、食材によっては、だ…」
新しいだけじゃ駄目なんだよな、と説明を始める。
食材によっては、直ぐに食べずに、貯蔵しておく、と。
いわゆる追熟、キウイフルーツなどが有名。
収穫直後は美味しくなくて、保存する間に美味しくなる。
肉にしたって、捌いて直ぐには店に出さない。
「えっ、お肉も?」
そうだったの、とブルーの瞳が真ん丸になる。
これは間違いなく、ハーレイの読みの通りだから…。
「残念ながら、そうなんだ」
そりゃ、新鮮なのも食うんだがな、とハーレイは笑んだ。
けれど熟成した肉の方が、舌は美味しく感じる、と。
「というわけだし、俺は鮮度の良さよりも、だ…」
味を優先したいんでな、とブルーにウインクして見せる。
「今すぐ食うより、前と同じに育って、だ…」
熟成したお前の方がいい、と言うと、ブルーは膨れっ面。
それはもう見事に、フグみたいに。
「あんまりだよ!」と文句たらたら、不満だらけで。
とはいえ放っておけば充分、ハーレイの方は知らん顔。
まさにブルーの自業自得、と紅茶のカップを傾ける。
「お前の熟成、まだまだかかりそうだよな」と。
「俺は気長に待つだけだ」と、「美味いのがいい」と…。
鮮度の良さって・了
大事なんでしょ、とブルーがぶつけて来た質問。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 鮮度って…」
何の話だ、とハーレイは鳶色の瞳を丸くした。
いきなり問いを投げ掛けられても、返事に困る。
鮮度というのは、食べ物などの鮮度でいいのだろうか。
(他に鮮度ってヤツがだな…)
あっただろうか、と考える内に、ブルーが再び言った。
「鮮度と言ったら、鮮度だってば!」
ハーレイ、料理は得意なんでしょ、と焦れた口調で。
「なんだ、そいつで合っているのか」
急に言われても分からなくてな、とハーレイは苦笑した。
実際、頭を悩ませたのだし、仕方ない。
「ハーレイったら…。まあいいけれど…」
それでどうなの、とブルーが問い掛けて来る。
鮮度の良さは大事なのかと、さっきと同じ内容を。
「そうだな、鮮度は大事なのかと聞かれたら…」
とても大事な点になるな、とハーレイは大きく頷いた。
魚はもちろん、野菜などを選ぶ時にも、鮮度は大切。
どれを買うべきか店で見極め、新鮮なものを選び出す。
いくら安くても、鮮度が落ちた食材は避けた方がいい。
味や香りが逃げてしまって、素材が台無しな場合がある。
ただし、お得に買いたいのならば、それもまた良し。
「えっと…。そんな食材、買ったって…」
あまり美味しくないんじゃあ、とブルーが首を傾げる。
鮮度が落ちてしまっているなら、味わいだって同じこと。
安く買えたという以外には、良い所などは無いのだから。
「それが、そうとも言い切れなくてな」
料理人の腕の見せどころだ、とハーレイは親指を立てた。
素材を活かすのが料理人だし、食材は無駄なく使うもの。
風味が落ちて来ているのならば、補ってやれば解決する。
スパイスを効かせて調理するとか、酒に漬け込むとか。
そうすれば、ただ新鮮なだけの食材よりも…。
「美味く仕上がるというもんだ」と、ハーレイは笑む。
鮮度だけではないんだぞ、と。
ブルーは「うーん…」と小さく唸って、俯いてしまった。
何故、そうなるのかが、ハーレイには全く分からない。
鮮度は大事か尋ねて来るから、答えてやっただけなのに。
(なんで、こいつが俯くんだ?)
俺の話に乗って来たっていいだろう、と膨れたくなる。
いつもブルーがやっているように、頬っぺたを…。
(こう、フグみたいに、プウッとだな…)
膨らますのが、こいつの得意技だ、と思った所で閃いた。
ブルーに問われた、鮮度の良さという問題。
それが指すのは、本当は、食材のことではなくて…。
(こいつの鮮度のことなんだな?)
新鮮な間に食わせるつもりなんだ、と読めた魂胆。
「大事なんだ」とだけ答えていたなら、その瞬間に…。
(鮮度の良さが大事なんでしょ、と逆手に取って…)
俺にキスさせる気だったわけか、と合点がいった。
ところがどっこい、ハーレイが返した答えの方には…。
(鮮度が落ちた食材だって、使いようで…)
美味しくなる、という余計なオマケがついていた。
これではブルーは、どうにも出来ない。
唸るしかなくて、現に唸って俯いているというわけで…。
(よしよし、そういうことならば、だ…)
トドメを刺してやるとするか、とハーレイは口を開いた。
ブルーの目論見が外れたのなら、逆襲せねば。
「なあ、ブルー。鮮度は確かに大事なんだが…」
他にも大事な点があってな、と指でテーブルを軽く叩く。
「こっちを見ろよ」と、「俺の話を最後まで聞け」と。
ブルーは渋々といった体で、「なあに?」と尋ねて来た。
「鮮度の話で、まだ何かあるの?」
「あるとも、食材によっては、だ…」
新しいだけじゃ駄目なんだよな、と説明を始める。
食材によっては、直ぐに食べずに、貯蔵しておく、と。
いわゆる追熟、キウイフルーツなどが有名。
収穫直後は美味しくなくて、保存する間に美味しくなる。
肉にしたって、捌いて直ぐには店に出さない。
「えっ、お肉も?」
そうだったの、とブルーの瞳が真ん丸になる。
これは間違いなく、ハーレイの読みの通りだから…。
「残念ながら、そうなんだ」
そりゃ、新鮮なのも食うんだがな、とハーレイは笑んだ。
けれど熟成した肉の方が、舌は美味しく感じる、と。
「というわけだし、俺は鮮度の良さよりも、だ…」
味を優先したいんでな、とブルーにウインクして見せる。
「今すぐ食うより、前と同じに育って、だ…」
熟成したお前の方がいい、と言うと、ブルーは膨れっ面。
それはもう見事に、フグみたいに。
「あんまりだよ!」と文句たらたら、不満だらけで。
とはいえ放っておけば充分、ハーレイの方は知らん顔。
まさにブルーの自業自得、と紅茶のカップを傾ける。
「お前の熟成、まだまだかかりそうだよな」と。
「俺は気長に待つだけだ」と、「美味いのがいい」と…。
鮮度の良さって・了
(さっきは危なかったよね…)
危機一髪、と小さなブルーが竦めた肩。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(ハーレイ、来てくれなかったよ、って…)
心の中で何度も溜息をつきながら、少し前までバスルームにいた。
ハーレイには仕事があるのだから、と分かってはいても、どうしても気分が沈んでしまう。
シャワーを浴びても、お湯にゆっくり浸かってみても、明るい気持ちになってはくれない。
沈んだ気分を引き摺ったままで、お湯から上がって、パジャマを着た。
それから部屋に戻る途中も、やっぱり気分は沈んだままで…。
(…柔道部で何かあったのかな、とか…)
考え事をしながら階段を上って、あと一段で二階という所で足の勘が狂った。
頭がお留守になっていたのが悪かったのか、沈んだ気分に引き摺られたか。
(二階の床を踏む代わりに…)
足はスカッと滑ってしまって、階段の方を踏み付けた。
当然、身体のバランスも崩れて、前のめりに倒れ込んでしまって…。
(……ホントのホントに……)
危機一髪だよ、と思い返して寒くなる。
もしも二階まで、あと一段でなかったならば、転がり落ちていたかもしれない。
二階の床は平たくて、廊下といえども広いけれども、階段の方はそうはいかない。
倒れ込んだ「ブルー」が縋り付くには、奥行きも幅も足りなさすぎる。
(カエルみたいにベタッて倒れて、床にしっかり貼り付いたから…)
落ちずに済んで、ドタンと大きな音がしただけ。
あれが階段の途中だったら、そうはいかずに、止まれないまま一番下まで真っ逆様に…。
(…落っこちてたかも…)
自分でも充分、有り得ると思うし、音で気付いた両親にも強く注意をされた。
「気を付けないと駄目よ」と母に叱られ、父も「前をよく見て歩きなさい」と見上げて来た。
「落っこちてからでは、遅いんだぞ?」と。
「病院には車で連れてってやるが、怪我をして困るのは、お前なんだから」とも。
そう、父に言われた言葉は正しい。
あそこで階段から落っこちたならば、たちまち自分自身が困る。
(落っこちちゃったら、絶対に、怪我…)
ぼくはサイオンが不器用だから、と情けないけれど、どうしようもない。
前の生とはまるで違って、不器用になってしまったサイオン。
タイプ・ブルーとは名前ばかりで、思念波もろくに紡げはしない。
そんなレベルでは、階段を転がり落ちてゆく時も…。
(止まらなきゃ、って頭の中では分かっていても…)
口と心で悲鳴を上げても、肝心のサイオンが働かないから、落ちてゆくだけ。
止まれないまま、ゴロンゴロンと、一階の床に辿り着くまで。
(…頭を庇って丸くなるとか、そういうのは…)
本能的に出来そうだけれど、怪我は免れないだろう。
打ち身やアザが身体中に出来て、最初に踏み外した方の足首は…。
(変な力がかかっちゃったから、グキッっていう音…)
でもって、捻挫か骨折だよね、と恐ろしくなる。
どちらも痛くて、治りにくい怪我。
たとえ捻挫で済んだとしたって、その捻挫だって回復までに時間がかかりそう。
今の身体も前と同じに虚弱な上に、まだまだ子供なのだから。
(普通は、子供の怪我っていうのは、治るのが早いらしいけど…)
ブルーの場合は、事情が違う。
弱い身体は、怪我の治りも普通より遅い。
捻挫したなら、同い年の子の二倍くらいの回復期間が要ることだろう。
(そうなっちゃったら、色々、大変…)
まずは、ズキズキ痛む足首。
父の車で病院に行って、診察を受けて、「大丈夫、骨は折れていませんよ」と言われても…。
(ズキズキ痛くて、どうしようもなくて…)
もうそれだけで、泣きたい気持ちだろうと思う。
注射されるのも怖いくらいに、痛いのは嫌いで苦手というのに、足首が酷く痛むのだから。
(…前のぼくは、うんと強かったけど…)
キースに撃たれてもメギドで頑張ったけれど、と思いはしても、何の励ましにもならない。
今の自分はチビの子供で、痛いのは嫌で、なのにズキズキ痛む足首。
治療が終わって帰る途中も、車の中で痛み続ける勢いで。
(…捻挫くらいで、痛み止めの薬、貰えるのかな…?)
病院の後で困るのは、そこ。
酷い怪我だと、痛み止めの飲み薬が貰えることは知っている。
それを飲まないと眠れもしないから、「酷く痛む時は飲んで下さいね」と処方される薬。
(頓服だから、一日中、痛くないように、っていうのは無理で…)
使える限度があるだろうけれど、貰えさえすれば、夜は眠れる。
けれども、たかが捻挫くらいで、痛み止めを出してくれるかどうか。
(骨折だったら、間違いなく貰えそうだけど…)
捻挫くらいじゃ駄目なのかもね、という気がしないでもない。
なにしろ、学校の同級生たちにしてみれば、捻挫は大した怪我ではなくて…。
(ちょっぴり歩きにくくって…)
体育の授業が見学になる、という程度の認識。
松葉杖をついて来たりもしないし、足を引き摺っているだけのこと。
(…痛いんです、って顔もしてないもんね…)
やっぱり薬は貰えないかな、と思うものだから、「落ちなくて良かった」と実感した。
普通より治りが遅いからには、痛む期間も長くなる。
「足が痛くて眠れないよ」と嘆く夜が、幾つ続くことやら。
(ホントに困っちゃうんだから…!)
そんなの嫌だ、と首を左右に振って、落ちなかった幸運に感謝する。
あそこで転がり落ちていたなら、本当に、とても困るのだから。
(第一、痛くて、治りにくいなら…)
学校に行けなくなっちゃいそう、と怖くなるのが、怪我をして一番「困る」点。
普通の子供は、捻挫した足を引き摺りながらも、学校に来ているのだけれど…。
(ぼくだと、きっとパパとママが…)
痛みが幾らかマシになるまで、休ませてしまうことだろう。
元々、虚弱で休みがちだし、休んだところで問題は無い。
学校の方でも心得たもので、プリントなどはクラスメイトに届けさせてくれる。
(パパとママも、学校も、それでちっとも困らないけど…)
ぼくはホントに困るんだから、とハーレイの顔を思い浮かべた。
今日は来てくれなかったハーレイ、前の生から愛した人。
学校に行けなくなってしまったら、その間、ハーレイに学校では会えなくなるのだから。
それが一番困るんだよ、と考えただけで涙が出そう。
ズキズキと痛む足首よりも、痛くて夜も眠れないよりも、ハーレイに会えないのが困る。
(怪我しちゃったら、慌ててお見舞いに来てくれそうだけど…)
仕事が終わるまでは無理なんだよね、と分かっているから、それも悲しい。
ハーレイはきっと、いつものように学校に行って、其処で「ブルーの欠席」を知るのだろう。
どうして学校を休んでいるのか、「捻挫した」という理由の方も。
(前のハーレイなら、それを聞くなり…)
青の間に走って来ただろうけれど、今のハーレイは、そうはいかない。
仕事が終わる放課後までは、学校の門を出られはしなくて、つまりハーレイに会えるのは…。
(捻挫しちゃった次の日の夕方か、夜…)
お見舞いなのだし、会議があって遅くなっても、その日の間に来てはくれると思う。
けれど、ハーレイが「ブルーの捻挫」を知るのは、あくまで捻挫した翌日。
(さっき、階段から落っこちちゃって…)
捻挫していても、ハーレイの「お見舞い」は明日の夕方以降になる。
それまでの間、ハーレイに会えるチャンスは皆無で、ハーレイの方も動けはしない。
(大丈夫か、って聞いてくれるのも…)
うんと先のことになっちゃうんだよ、と嫌というほど承知している。
だからこそ、怪我などしていられない。
不注意で怪我をしてしまったら最後、悲しい思いをするしかないのが明白だから。
(…怪我しちゃったら、うんと痛くて、ハーレイにも会えなくなっちゃって…)
お見舞いに来てくれても、見送ることも出来ないんだよ、と溜息をつく。
捻挫した足では、帰るハーレイを玄関先まで送ることさえ、出来るかどうか。
普段だったら庭を横切り、門扉の所までついてゆくのに。
濃い緑色をしたハーレイの愛車が見えなくなるまで、表の道路で手を振るのに。
(きっとハーレイ、そんなの、許してくれないよ…)
足に負担がかかるものね、とハーレイの苦い顔付きが頭に浮かぶ。
「無理しちゃ駄目だぞ、捻挫は癖になるからな」と見送りを断るハーレイの声も。
(…絶対、そうだ…)
ホントのホントに困るんだから、と怪我はすまい、と心で誓う。
「怪我しちゃったら、大変なことになっちゃうもんね」と。
ウッカリ怪我をしないように、と自分自身を戒めたけれど。
階段から落ちるなんて言語道断、と「さっきの自分」を叱ったけれど…。
(…ちょっと待ってよ?)
困るのは今の間だけかも、と頭を掠めていった考え。
ハーレイの教え子でチビの自分は、怪我をしたなら、たちまち困る。
痛い思いをするのもそうだし、なにより、ハーレイに会えなくなってしまうけれども…。
(……ハーレイと一緒に暮らしていたら?)
結婚した後なら、どうなんだろう、と顎に手を当てて首を傾げた。
「痛いのは同じなんだろうけど、他の所は?」と。
(…ハーレイの家に、ぼくも一緒に住んでいて…)
其処でさっきと全く同じに、階段を踏み外した場合は、どうなるのだろう。
さっきは落ちずに済んだけれども、それが出来ずに落っこちた時。
(カエルみたいに、二階の床に貼り付く代わりに…)
「あっ!」と叫んで転がり落ちたら、多分、悲鳴でハーレイが気付く。
運良く、ハーレイが直ぐに対処が出来る状態だったら、落下は其処で止まりそう。
防御力ではタイプ・ブルーのそれに匹敵する、ハーレイのサイオンに包まれて。
タイプ・グリーンの淡い光が、落ちてゆくのを受け止めてくれて。
(…そしたら、怪我はしなくて済んで…)
ハーレイは「心臓が止まるかと思ったぞ」と叱りはしても、優しい笑顔で許してくれる。
「お前が怪我をしなくて良かった」と、「怪我しちまったら、大変だしな?」と。
(…だけど、そうそう上手く行くわけないもんね…)
悲鳴が聞こえる場所にハーレイがいなかった時は、下まで落ちてゆくしかない。
足首が「グキッ」と変な音を立てて、変な方へと捻じ曲がって。
たとえ骨折はしなくて済んでも、捻挫してしまって、見る間に腫れ上がってしまう足首。
(ぼくは思念波、紡げないから…)
ただ「助けて!」と叫ぶしか無くて、それを聞き付けてハーレイが慌てて走って来る。
「どうしたんだ?」と、やりかけのことを放り出して。
コーヒーを淹れている途中だろうが、キッチンで料理の最中だろうが。
(…お風呂からでも、走って来そう…)
お湯の雫を撒き散らしながら、と想像してみて可笑しくなった。
「きっとそうだよ」と、「服だって、着ていないかもね?」と。
悲鳴が聞こえて駆け付けるのなら、ハーレイは「ブルー」が最優先になるだろう。
コーヒーも、作りかけの料理も、ハーレイを引き留めることは出来ない。
(コンロの火は、消してくるんだろうけど…)
フライパンなどはコンロに乗っかったままで、料理は余熱で焦げてしまいそう。
普段の冷静なハーレイだったら、コンロから下ろして冷ます工夫をして来るだろうに。
そしてバスルームにいたハーレイなら、服やパジャマを着込む代わりに…。
(パンツだけとか、パンツも履かずにタオルを腰に巻いただけとか…)
そのタオルだって無いのかもね、とクスクス笑いが込み上げて来る。
二人一緒に暮らしているなら、真っ裸のハーレイが駆けて来たって不思議ではない。
裸なんかお互い見慣れたものだし、今は「ブルー」を最優先すべきなのだから。
(そういうハーレイが、大慌てで走って来てくれて…)
「捻ったのか?」と足を調べて、「病院に行こう」と言うのだろう。
「車を出すから直ぐに行こう」と、もしかしたら、真っ裸のままで。
自分のことなどすっかり忘れて、「ブルー」で頭が一杯になって。
(…「ハーレイ、パンツを履かなくっちゃ」って…)
ついでに「服もきちんと着なきゃ」と、痛む足首を抱えて笑う「自分」が見える。
とても素敵な未来の光景、怪我をしたなら、それをこの目で見られそう。
(…怪我しちゃったら、痛いけれども…)
最高に楽しいものが見られて、病院の後は、ハーレイが大事に面倒を見てくれる筈。
足が治るまで、いつも以上に気を配り、あれこれと世話をしてくれて。
仕事も休みかねないくらいに、「ブルー」を優先してくれて。
素敵な暮らしが待っていそうだから、注意は今だけにしておこうか。
怪我をしたら困ってしまうのだけれど、未来の自分は、どうやら違うようだから…。
怪我しちゃったら・了
※ハーレイ先生に会えなくなるから、怪我はしちゃ駄目、と思ったブルー君ですが…。
結婚していた場合は、全く違ったことになりそう。怪我してみるのも、素敵なのかもv
危機一髪、と小さなブルーが竦めた肩。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(ハーレイ、来てくれなかったよ、って…)
心の中で何度も溜息をつきながら、少し前までバスルームにいた。
ハーレイには仕事があるのだから、と分かってはいても、どうしても気分が沈んでしまう。
シャワーを浴びても、お湯にゆっくり浸かってみても、明るい気持ちになってはくれない。
沈んだ気分を引き摺ったままで、お湯から上がって、パジャマを着た。
それから部屋に戻る途中も、やっぱり気分は沈んだままで…。
(…柔道部で何かあったのかな、とか…)
考え事をしながら階段を上って、あと一段で二階という所で足の勘が狂った。
頭がお留守になっていたのが悪かったのか、沈んだ気分に引き摺られたか。
(二階の床を踏む代わりに…)
足はスカッと滑ってしまって、階段の方を踏み付けた。
当然、身体のバランスも崩れて、前のめりに倒れ込んでしまって…。
(……ホントのホントに……)
危機一髪だよ、と思い返して寒くなる。
もしも二階まで、あと一段でなかったならば、転がり落ちていたかもしれない。
二階の床は平たくて、廊下といえども広いけれども、階段の方はそうはいかない。
倒れ込んだ「ブルー」が縋り付くには、奥行きも幅も足りなさすぎる。
(カエルみたいにベタッて倒れて、床にしっかり貼り付いたから…)
落ちずに済んで、ドタンと大きな音がしただけ。
あれが階段の途中だったら、そうはいかずに、止まれないまま一番下まで真っ逆様に…。
(…落っこちてたかも…)
自分でも充分、有り得ると思うし、音で気付いた両親にも強く注意をされた。
「気を付けないと駄目よ」と母に叱られ、父も「前をよく見て歩きなさい」と見上げて来た。
「落っこちてからでは、遅いんだぞ?」と。
「病院には車で連れてってやるが、怪我をして困るのは、お前なんだから」とも。
そう、父に言われた言葉は正しい。
あそこで階段から落っこちたならば、たちまち自分自身が困る。
(落っこちちゃったら、絶対に、怪我…)
ぼくはサイオンが不器用だから、と情けないけれど、どうしようもない。
前の生とはまるで違って、不器用になってしまったサイオン。
タイプ・ブルーとは名前ばかりで、思念波もろくに紡げはしない。
そんなレベルでは、階段を転がり落ちてゆく時も…。
(止まらなきゃ、って頭の中では分かっていても…)
口と心で悲鳴を上げても、肝心のサイオンが働かないから、落ちてゆくだけ。
止まれないまま、ゴロンゴロンと、一階の床に辿り着くまで。
(…頭を庇って丸くなるとか、そういうのは…)
本能的に出来そうだけれど、怪我は免れないだろう。
打ち身やアザが身体中に出来て、最初に踏み外した方の足首は…。
(変な力がかかっちゃったから、グキッっていう音…)
でもって、捻挫か骨折だよね、と恐ろしくなる。
どちらも痛くて、治りにくい怪我。
たとえ捻挫で済んだとしたって、その捻挫だって回復までに時間がかかりそう。
今の身体も前と同じに虚弱な上に、まだまだ子供なのだから。
(普通は、子供の怪我っていうのは、治るのが早いらしいけど…)
ブルーの場合は、事情が違う。
弱い身体は、怪我の治りも普通より遅い。
捻挫したなら、同い年の子の二倍くらいの回復期間が要ることだろう。
(そうなっちゃったら、色々、大変…)
まずは、ズキズキ痛む足首。
父の車で病院に行って、診察を受けて、「大丈夫、骨は折れていませんよ」と言われても…。
(ズキズキ痛くて、どうしようもなくて…)
もうそれだけで、泣きたい気持ちだろうと思う。
注射されるのも怖いくらいに、痛いのは嫌いで苦手というのに、足首が酷く痛むのだから。
(…前のぼくは、うんと強かったけど…)
キースに撃たれてもメギドで頑張ったけれど、と思いはしても、何の励ましにもならない。
今の自分はチビの子供で、痛いのは嫌で、なのにズキズキ痛む足首。
治療が終わって帰る途中も、車の中で痛み続ける勢いで。
(…捻挫くらいで、痛み止めの薬、貰えるのかな…?)
病院の後で困るのは、そこ。
酷い怪我だと、痛み止めの飲み薬が貰えることは知っている。
それを飲まないと眠れもしないから、「酷く痛む時は飲んで下さいね」と処方される薬。
(頓服だから、一日中、痛くないように、っていうのは無理で…)
使える限度があるだろうけれど、貰えさえすれば、夜は眠れる。
けれども、たかが捻挫くらいで、痛み止めを出してくれるかどうか。
(骨折だったら、間違いなく貰えそうだけど…)
捻挫くらいじゃ駄目なのかもね、という気がしないでもない。
なにしろ、学校の同級生たちにしてみれば、捻挫は大した怪我ではなくて…。
(ちょっぴり歩きにくくって…)
体育の授業が見学になる、という程度の認識。
松葉杖をついて来たりもしないし、足を引き摺っているだけのこと。
(…痛いんです、って顔もしてないもんね…)
やっぱり薬は貰えないかな、と思うものだから、「落ちなくて良かった」と実感した。
普通より治りが遅いからには、痛む期間も長くなる。
「足が痛くて眠れないよ」と嘆く夜が、幾つ続くことやら。
(ホントに困っちゃうんだから…!)
そんなの嫌だ、と首を左右に振って、落ちなかった幸運に感謝する。
あそこで転がり落ちていたなら、本当に、とても困るのだから。
(第一、痛くて、治りにくいなら…)
学校に行けなくなっちゃいそう、と怖くなるのが、怪我をして一番「困る」点。
普通の子供は、捻挫した足を引き摺りながらも、学校に来ているのだけれど…。
(ぼくだと、きっとパパとママが…)
痛みが幾らかマシになるまで、休ませてしまうことだろう。
元々、虚弱で休みがちだし、休んだところで問題は無い。
学校の方でも心得たもので、プリントなどはクラスメイトに届けさせてくれる。
(パパとママも、学校も、それでちっとも困らないけど…)
ぼくはホントに困るんだから、とハーレイの顔を思い浮かべた。
今日は来てくれなかったハーレイ、前の生から愛した人。
学校に行けなくなってしまったら、その間、ハーレイに学校では会えなくなるのだから。
それが一番困るんだよ、と考えただけで涙が出そう。
ズキズキと痛む足首よりも、痛くて夜も眠れないよりも、ハーレイに会えないのが困る。
(怪我しちゃったら、慌ててお見舞いに来てくれそうだけど…)
仕事が終わるまでは無理なんだよね、と分かっているから、それも悲しい。
ハーレイはきっと、いつものように学校に行って、其処で「ブルーの欠席」を知るのだろう。
どうして学校を休んでいるのか、「捻挫した」という理由の方も。
(前のハーレイなら、それを聞くなり…)
青の間に走って来ただろうけれど、今のハーレイは、そうはいかない。
仕事が終わる放課後までは、学校の門を出られはしなくて、つまりハーレイに会えるのは…。
(捻挫しちゃった次の日の夕方か、夜…)
お見舞いなのだし、会議があって遅くなっても、その日の間に来てはくれると思う。
けれど、ハーレイが「ブルーの捻挫」を知るのは、あくまで捻挫した翌日。
(さっき、階段から落っこちちゃって…)
捻挫していても、ハーレイの「お見舞い」は明日の夕方以降になる。
それまでの間、ハーレイに会えるチャンスは皆無で、ハーレイの方も動けはしない。
(大丈夫か、って聞いてくれるのも…)
うんと先のことになっちゃうんだよ、と嫌というほど承知している。
だからこそ、怪我などしていられない。
不注意で怪我をしてしまったら最後、悲しい思いをするしかないのが明白だから。
(…怪我しちゃったら、うんと痛くて、ハーレイにも会えなくなっちゃって…)
お見舞いに来てくれても、見送ることも出来ないんだよ、と溜息をつく。
捻挫した足では、帰るハーレイを玄関先まで送ることさえ、出来るかどうか。
普段だったら庭を横切り、門扉の所までついてゆくのに。
濃い緑色をしたハーレイの愛車が見えなくなるまで、表の道路で手を振るのに。
(きっとハーレイ、そんなの、許してくれないよ…)
足に負担がかかるものね、とハーレイの苦い顔付きが頭に浮かぶ。
「無理しちゃ駄目だぞ、捻挫は癖になるからな」と見送りを断るハーレイの声も。
(…絶対、そうだ…)
ホントのホントに困るんだから、と怪我はすまい、と心で誓う。
「怪我しちゃったら、大変なことになっちゃうもんね」と。
ウッカリ怪我をしないように、と自分自身を戒めたけれど。
階段から落ちるなんて言語道断、と「さっきの自分」を叱ったけれど…。
(…ちょっと待ってよ?)
困るのは今の間だけかも、と頭を掠めていった考え。
ハーレイの教え子でチビの自分は、怪我をしたなら、たちまち困る。
痛い思いをするのもそうだし、なにより、ハーレイに会えなくなってしまうけれども…。
(……ハーレイと一緒に暮らしていたら?)
結婚した後なら、どうなんだろう、と顎に手を当てて首を傾げた。
「痛いのは同じなんだろうけど、他の所は?」と。
(…ハーレイの家に、ぼくも一緒に住んでいて…)
其処でさっきと全く同じに、階段を踏み外した場合は、どうなるのだろう。
さっきは落ちずに済んだけれども、それが出来ずに落っこちた時。
(カエルみたいに、二階の床に貼り付く代わりに…)
「あっ!」と叫んで転がり落ちたら、多分、悲鳴でハーレイが気付く。
運良く、ハーレイが直ぐに対処が出来る状態だったら、落下は其処で止まりそう。
防御力ではタイプ・ブルーのそれに匹敵する、ハーレイのサイオンに包まれて。
タイプ・グリーンの淡い光が、落ちてゆくのを受け止めてくれて。
(…そしたら、怪我はしなくて済んで…)
ハーレイは「心臓が止まるかと思ったぞ」と叱りはしても、優しい笑顔で許してくれる。
「お前が怪我をしなくて良かった」と、「怪我しちまったら、大変だしな?」と。
(…だけど、そうそう上手く行くわけないもんね…)
悲鳴が聞こえる場所にハーレイがいなかった時は、下まで落ちてゆくしかない。
足首が「グキッ」と変な音を立てて、変な方へと捻じ曲がって。
たとえ骨折はしなくて済んでも、捻挫してしまって、見る間に腫れ上がってしまう足首。
(ぼくは思念波、紡げないから…)
ただ「助けて!」と叫ぶしか無くて、それを聞き付けてハーレイが慌てて走って来る。
「どうしたんだ?」と、やりかけのことを放り出して。
コーヒーを淹れている途中だろうが、キッチンで料理の最中だろうが。
(…お風呂からでも、走って来そう…)
お湯の雫を撒き散らしながら、と想像してみて可笑しくなった。
「きっとそうだよ」と、「服だって、着ていないかもね?」と。
悲鳴が聞こえて駆け付けるのなら、ハーレイは「ブルー」が最優先になるだろう。
コーヒーも、作りかけの料理も、ハーレイを引き留めることは出来ない。
(コンロの火は、消してくるんだろうけど…)
フライパンなどはコンロに乗っかったままで、料理は余熱で焦げてしまいそう。
普段の冷静なハーレイだったら、コンロから下ろして冷ます工夫をして来るだろうに。
そしてバスルームにいたハーレイなら、服やパジャマを着込む代わりに…。
(パンツだけとか、パンツも履かずにタオルを腰に巻いただけとか…)
そのタオルだって無いのかもね、とクスクス笑いが込み上げて来る。
二人一緒に暮らしているなら、真っ裸のハーレイが駆けて来たって不思議ではない。
裸なんかお互い見慣れたものだし、今は「ブルー」を最優先すべきなのだから。
(そういうハーレイが、大慌てで走って来てくれて…)
「捻ったのか?」と足を調べて、「病院に行こう」と言うのだろう。
「車を出すから直ぐに行こう」と、もしかしたら、真っ裸のままで。
自分のことなどすっかり忘れて、「ブルー」で頭が一杯になって。
(…「ハーレイ、パンツを履かなくっちゃ」って…)
ついでに「服もきちんと着なきゃ」と、痛む足首を抱えて笑う「自分」が見える。
とても素敵な未来の光景、怪我をしたなら、それをこの目で見られそう。
(…怪我しちゃったら、痛いけれども…)
最高に楽しいものが見られて、病院の後は、ハーレイが大事に面倒を見てくれる筈。
足が治るまで、いつも以上に気を配り、あれこれと世話をしてくれて。
仕事も休みかねないくらいに、「ブルー」を優先してくれて。
素敵な暮らしが待っていそうだから、注意は今だけにしておこうか。
怪我をしたら困ってしまうのだけれど、未来の自分は、どうやら違うようだから…。
怪我しちゃったら・了
※ハーレイ先生に会えなくなるから、怪我はしちゃ駄目、と思ったブルー君ですが…。
結婚していた場合は、全く違ったことになりそう。怪我してみるのも、素敵なのかもv
