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(…今度のあいつも、駄目そうだよなあ…)
 コーヒーってヤツは、とハーレイがフウと零した溜息。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(俺は昔から、コーヒーが好きで…)
 本物が無かったシャングリラでも飲んでいたんだ、と今も鮮やかに思い出せる。
 キャプテン・ハーレイだった頃にも、休憩のお供はコーヒーだった。
(自給自足の船になる前は、本物のコーヒーがあってだな…)
 すっかりコーヒー党だったから、白い鯨になった船でも、コーヒー党。
 ただし、本物のコーヒーは無くて、キャロブで作った代用品。
 それでも満足だったくらいに、コーヒーと共に生きた人生。
(…そのせいってわけでもないんだろうが…)
 青い地球の上に生まれ変わっても、同じコーヒー党に育った。
 気付けば、コーヒーと歩む人生、けして紅茶と歩んではいない。
(もちろん紅茶だっていけるし、好き嫌いだって無いんだが…)
 選んでいいならコーヒーだよな、と断言出来る。
 「どちらになさいますか?」と尋ねられたなら、迷わず選ぶものはコーヒー。
 好き嫌いとは違った次元で、好んでいると言えるだろう。
(…そういう点では、今のブルーも…)
 前と同じで、好き嫌いの無い子供だけれども、コーヒーよりは紅茶を好む。
 好むどころか、前のブルーと全く同じに、どうもコーヒーは苦手な模様。
(俺が飲むから、欲しがったくせに…)
 苦すぎて飲めなかった挙句に、眠れなかったと文句たらたら。
 カフェインの仕業で、前のブルーも、同じ目に何度も遭っていた。
(今のあいつは、まだチビだから…)
 もっと育ったら、カフェインは克服するかもしれない。
 けれど、コーヒーを好むようになるかどうか、と考えてみたら…。
(…どうやら、絶望的ってヤツで…)
 望みは薄いな、と諦めの境地。
 何故なら、自分が子供だった頃には、今のブルーよりもマシだったから。


 いくらコーヒー党と言っても、生まれた時からそうではない。
 赤ん坊ならミルクなのだし、少し育っても、子供が飲むのはミルクなど。
(ジュースとかを飲む年になっても…)
 コーヒーは、まだまだ、大人の飲み物。
 紅茶の方なら、両親の友人が来た時などに、お相伴したりもしたけれど…。
(…コーヒーは出て来なかったよなあ…)
 チビの頃には、と懐かしく、隣町の家を思い出す。
 あの家で飲んだ初めてのコーヒー、それは両親に強請ったもの。
 両親が美味しそうに飲んでいるから、「欲しい」とカップを差し出して。
(まだ早い、とは言われたんだが…)
 そう言われると、一層、背伸びをしたくなる。
 だから強引に注いで貰って、口に含んで、「苦い!」とビックリ仰天した。
 そこまでは、今のブルーと同じ。
 違うのは、「苦い!」と驚いた後。
(…これが大人の飲み物なんだ、と…)
 心の中で噛み締めながら、気取って、ちゃんと飲み干した。
 砂糖やミルクを加えたのかは、生憎、覚えていないけれども。
(…それからも、懲りはしなかったよなあ…)
 それを思うと、カフェインに負けはしなかったらしい。
 昼間は元気に走り回って、夜は疲れてグッスリだった子供なのだし、眠れて当然。
 つまりコーヒーは「苦かった」だけで、成長と共に舌だって馴れる。
 いつの間にやら、コーヒー党になっていた。
 いわゆる「上の学校」時代は、喫茶店などで飲むなら、コーヒー。
 そうして今に至るけれども、ブルーの場合は無理な気がする。
(既に苦さに敗北してるし、カフェインの方も惨敗だしなあ…)
 今のブルーが飲める「コーヒー」は、前のブルーと同じもの。
 砂糖をたっぷり、ミルクも加えて、おまけにホイップクリームまで。
 もはや「コーヒー」とは呼べない代物、それがブルーでも飲める「コーヒー」。
 前のブルーは最後まで「それ」で、終生、変わりはしなかった。
 「ぼくも飲むよ」と言い出した時は、必ず、そういう結末になって。


 青い地球の上に生まれたブルーも、恐らく同じことだろう。
 まだ子供だから、可能性はゼロではないけれど…。
(…今の時点で、コーヒー党の欠片も無いんだし…)
 才能の片鱗さえ見えていないから、大きくなっても、変わるとはあまり思えない。
 今は紅茶を好んでいるのが、コーヒー党に育つだなんて、万に一つも無いだろう。
 いくら「ハーレイ」がコーヒー党でも、それに合わせて舌を変えるのは…。
(…どう考えても、無理だよなあ?)
 殆ど修行になっちまうぞ、とカップの縁をカチンと弾く。
 ブルーはコーヒーが「苦手」なのだし、それを克服しないといけない。
 気取って飲める子供ならまだしも、そうではないから、修行になる。
 「苦いけれども、飲まなければ」と、喉へと無理やり流し込む日々。
 それを今から重ねていったら、飲めるようになるかもしれないけれど…。
(今のあいつは、甘えん坊の弱虫なんだし…)
 修行なんかは、したくもないに違いない。
 第一、前のブルーにしたって、修行を積みはしなかった。
 「ハーレイと一緒に飲みたいから」と、コーヒー党になるための努力をしてなどはいない。
 前のブルーなら、強い意志と心を持っていたから、修行するなら、出来ただろうに。
 「この日までには、飲めるようにする」と、目標を決めて、挑んだならば。
(…前のあいつなら、きっと出来たぞ)
 他にやるべきことが多くて、やっていないというだけだ、と確信出来る。
 仲間たちを地球まで導くことが、前のブルーの唯一の、そして最大の務め。
 そのための努力は惜しまなかったし、それ以外は切り捨ててゆかねばならない。
 「コーヒー党になるための修行」なんかは、している暇さえ無かっただろう。
 そのための時間はあったとしても、それに割く心の余裕が無くて。
 「頑張って、飲めるようになろう」と、思い付きさえしないで生きて。
(…そうして、修行はしないままで、だ…)
 前のブルーは逝ってしまって、今のブルーが戻って来た。
 甘えん坊で弱虫のブルー、修行なんかは「無理だってば!」と泣き出しそうなブルーが。
 修行と聞いただけで逃げ出し、「許して」と悲鳴を上げそうなブルー。
 たかが「コーヒー」が相手でも。
 コーヒー党になれたとしたら、人生の幅が広がるとしても。


(…其処なんだよなあ…)
 あいつがコーヒー党だったなら、と思考が最初の所に戻る。
 「もしもブルーが、コーヒー党に育ってくれたら」と、今の自分の願いと共に。
 叶う見込みは少ない夢。
 今のブルーが、コーヒーを好むタイプになるのは難しい。
 分かっているから、夢の世界を追い掛けたくなる。
 「あいつの舌が変わってくれたら」と、コーヒー党のブルーがいる世界へと。
 ブルーがコーヒーを好きになったら、きっと素敵なことだろう。
 前のブルーとは出来なかったこと、その中の一つが今度は出来るようになるから。
 寛ぎの時間に二人でコーヒー、そんなひと時が持てる人生。
(あいつと、コーヒーを一緒に飲めたら…)
 家での過ごし方も変わるな、と大きく頷く。
 二人で一緒に暮らし始めたら、もちろん、食事の時間も一緒。
 休日でなくても、食事が済んだら、今夜みたいに…。
(後片付けを済ませて、コーヒーを淹れて…)
 ブルーと二人で、ゆっくりとカップを傾ける。
 淹れたばかりの熱いコーヒー、香り高い湯気が漂うカップ。
(そいつを、二人で…)
 味わいながら、色々と話して、笑い合って、という夜の過ごし方。
 ブルーもコーヒー党だったならば、コーヒーについての話だけでも盛り上がるだろう。
 いつもと違う豆で淹れたら、あれこれと味を評価して。
 淹れ方を変えてみた日だったら、普段に比べてどうなのか、などと。
(一緒に飲めたら、そんな話が出来るんだ)
 これはブルーが「飲む」というだけでは、出来ないこと。
 ブルーも心底、コーヒーが好きで、味わって飲めるタイプでないと、けして出来ない。
 何故なら、コーヒー党でなければ、ブルーはコーヒーを楽しめないから。
 「ぼくも飲むよ」と付き合うだけでは、修行するのと変わらない。
 ブルーにとっては「苦いだけ」の飲み物、それを無理やり飲み下したって…。
(美味しいね、とは言えやしないんだしなあ…)
 残念だ、と思うからこそ、夢の世界で遊びたい。
 ブルーがコーヒー党な世界で、ブルーと一緒に飲めたら、と。


 そういうブルーになってくれたら、初めてのデートも変わりそう。
 チビのブルーが大きく育って、初めて二人で出掛ける時。
(飲まず食わず、ってわけにはいかないんだしな?)
 何処かで食事で、お茶にも誘うわけだけれども、そのための店。
 厳選したい店の候補に、「コーヒーが美味しい喫茶店」が入ることだろう。
 コーヒー党の今の自分の行きつけの店で、雰囲気もいい店を選ばなければ、と。
(…紅茶の方だと、サッパリなんだが…)
 何処が評判の店になるのか、調べないと分からないほどだけれども、コーヒーは違う。
 なにしろ自分の好きな飲み物、初めて入る店にしたって…。
(だいたい、勘で分かるんだよな)
 美味いコーヒーを出すかどうかは、とコーヒー党の勘には自信がある。
 紅茶の店だと迷うけれども、コーヒーの店なら迷わない。
 「よし、美味そうだ」と思えば入って、それを外したことは無いのが自分。
(だから、あいつと一緒に飲めたら…)
 コーヒーの美味しい店を選んで連れてゆく。
 「美味いんだぞ?」と、店の表で、小さな看板を指差して。
 中に入ったら、ブルーと二人でメニューを広げる。
 コーヒーと一緒に頼みたいケーキ、それを選ぶのも大切だけれど…。
(どのコーヒーを注文するのか、も…)
 とても重要なことなんだよな、とコーヒーのカップを傾ける。
 豆や淹れ方、それでコーヒーは変わるから。
 行きつけの店で選ぶにしても、その日の気分で決めたいくらいに、奥の深い世界。
(あいつと二人で、メニューを眺めて…)
 コーヒーで決めるか、ケーキに合わせてコーヒーを選ぶか、それも楽しい。
 「どっちにする?」と、迷うような店もあるだろう。
 美味しそうなケーキが幾つもあって、ブルーの瞳が釘付けになって。
 「コーヒーもいいけど、先にケーキかな?」と、訊かれたりして。
 そのケーキだって、ブルーの目を惹くものが幾つもあったなら…。
(残したら、俺が食ってやるから、って…)
 全部、注文したっていい。
 そして、それに合いそうな味のコーヒー、それはどれかと二人で悩んで。


(…そんな具合に、うんと楽しいデートってヤツが…)
 出来るんだよなあ、と夢の世界に酔いしれながら、溜息をつく。
 「あいつがコーヒーを一緒に飲めたら、出来るんだが」と。
 家での夕食の後の時間も、二人でコーヒーを淹れられるのに、と。
(こうやって、今のようにだな…)
 カップに淹れるコーヒーにしても、ブルーと二人分を淹れて楽しむ。
 「今日はどれだ?」と、豆を選んで、淹れ方も決めて。
(…しかし、今度のあいつも、きっと…)
 飲めないだろうし、夢で終わるぞ、と少し悲しい。
 ブルーがコーヒーを一緒に飲めたら、本当に素敵だろうから。
 家での時間も、デートの時間も、飲めないブルーと二人より、幅が広がるのだから…。



           一緒に飲めたら・了


※ブルー君がコーヒー党だったら、と考え始めたハーレイ先生。「一緒に飲めたら」と。
 もしもブルー君がコーヒー党なら、確かに色々変わりそう。無理な感じしかしませんけどv







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「ねえ、ハーレイ。眠いんだけど…」
 寝てもいい、と小さなブルーが投げ掛けた問い。
 二人きりで過ごす休日の午後に、何の前触れも無く。
 お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「眠いって…。どうしたんだ?」
 何処か具合でも悪いのか、とハーレイは顔を曇らせた。
 元気そうに見えるブルーだけれども、油断は出来ない。
(俺が来る日を潰したくなくて、無理をして…)
 起きていそうなのが、ブルーの性分。
 実際、幾つも前科があった。
 微熱があるのに隠していたとか、そういったもの。
 今日もそれかもしれないな、とハーレイの心が騒ぎ出す。
 ブルーの母を呼ぶべきだろうか、と考えたけれど…。
「ううん、ちょっぴり眠いだけだよ」
 昨夜、夜更かししちゃったから、とブルーは肩を竦めた。
 「早く寝なさい、って言われてたのに」と。
 本を読むのに夢中になって、遅くなってしまったらしい。
 それなら、ひとまず安心ではある。
 でも…。


「睡眠不足というヤツか…。身体に悪いぞ」
 あまり褒められたモンじゃない、とハーレイは注意した。
 ただでも身体が弱いのだから、無理はいけない、と。
「うん…。だから、ママには言わないでくれる?」
 叱られちゃうもの、とブルーは縋るような瞳になった。
 夜に本を読むのを禁止されそうで、怖いのだという。
「お前なあ…。それで、どうしたいんだ?」
「ママが来るまでに、ちょっぴり、お昼寝…」
 目覚ましと見張りをやってくれない、と赤い瞳が瞬く。
 ブルーの母が来る時間になる前に、ブルーを起こす。
 それが「目覚まし」。
 見張りの方は言うまでもなくて、母の足音がしたら…。
「お前を叩き起こせ、ってか?」
「そう! 階段を上って来るんだから…」
 足音は直ぐに分かるでしょ、とブルーが指摘する通り。
 トントンと軽やかな音がするから、簡単に分かる。
「ふむ…。俺は一人で、のんびりしてればいいんだな?」
 お茶を飲みながら本でも読んで、とハーレイは苦笑した。
 そのくらいは、まあ、いいいだろう。
 夜更かしは褒められないのだけれども、昼寝するのなら。


 よし、とハーレイはブルーの頼みを請け負った。
 ブルーがベッドで寝ている間、母が来ないか、番をする。
 それから注意して時計を見ていて、夕方になったら…。
(ブルーのお母さんが、空になった皿を下げに来て…)
 「お茶のおかわりは如何ですか?」と尋ねるのが常。
 夕食までには、まだ時間があるから、それまでの分、と。
 その時間が来る前に、ブルーを起こす。
 「そろそろ起きろよ」と、肩を優しく揺すってやって。
 「でないと、昼寝がバレちまうぞ」と、耳元で言って。
(なあに、簡単な役目だってな)
 どの本を読んで待つとするかな、と本棚の方に目を遣る。
 ブルーの蔵書は年相応のものだけれども、それなりに…。
(充実してるし、退屈なんかはしないってモンだ)
 二冊くらいは読めそうだな、と背表紙を眺める。
 子供向けだし、読破するのに、さほど時間はかからない。
 あれと、あれと…、と算段していると、ブルーが言った。
 「それじゃ、寝るから」と。


「ああ。昨夜の分を、しっかり取り戻すんだぞ」
 ついでに身体を冷やさんようにな、とハーレイは笑んだ。
 「上掛けを軽くかけるんだぞ」とベッドを指して。
「分かってる。あ、それから…」
 ぼくを起こす時の注意だけれど…、とブルーが口ごもる。
 「ママにバレないように、守ってくれる?」と。
「なんだ、大声を出すなってか?」
「あっ、分かった? ぼくって、寝起きが悪いから…」
 ハーレイの声もそうだし、ぼくも同じ、とブルーが頷く。
「ママだと思って、「起きてるよ!」って言いそう…」
「大声でか?」
「うん、思いっ切り…」
 だから…、とブルーは真剣な瞳になった。
 「起こす時には、口を塞いで」と。
「俺の手で、口を塞いどけ、ってか?」
「違うよ、起こす時なんだよ?」
 王子様のキスに決まってるでしょ、と赤い瞳が煌めいた。
 「ぼくは起きるし、口も塞げるし、一石二鳥!」と。


「馬鹿野郎!」
 俺の手で口を塞いでやる、とハーレイは眉を吊り上げた。
 「そもそも、眠くないんだろうが!」と。
 眠いなどとは、嘘で口実、キスが目当てに決まっている。
 なにしろ、相手はブルーだから。
 本当に眠いと言うのだったら、口を塞いで起こすまで。
 「起きろよ、お母さん、来ちまうぞ」と。
 「約束通り起こしてやったぞ」と、「早く起きろ」と…。



            眠いんだけど・了








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(…今のぼくの顔は、前のぼくにそっくり…)
 チビだけれど、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(神様って、ホントに凄いよね…)
 ぼくも、ハーレイも、前とそっくり、と鏡の方を眺めて感心する。
 遠く遥かな時の彼方でも、自分の顔は「これ」だったから。
 それに恋人のハーレイの顔も、今と全く変わらなかった。
(ホントに、奇跡…)
 聖痕だって凄いんだけど、と赤い瞳を瞬かせる。
 「だけど、これには敵わないよね」と。
 前とそっくり同じ顔だから、直ぐにハーレイだと気が付いた。
 ハーレイの方も、「ブルーなんだ」と気付いてくれた。
 これが前とは違う顔なら、そうすんなりと運んだかどうか。
(…違う顔でも、人間じゃない生き物になってても…)
 きっと気付くと思うけれども、一瞬、悩むかもしれない。
 記憶が戻って見詰めながらも、「ハーレイなの?」と首を傾げて。
 「違う顔だけど、ハーレイだよね」と、探るような視線を向けたりもして。
(ハーレイだって、前とは違う顔になっちゃった、ぼくを見て…)
 同じような反応をするだろうから、それで確信出来るとは思う。
 「やっぱり、この人がハーレイなんだ」と、「ハーレイも、思い出したんだ」と。
 とはいえ、違う顔だったならば…。
(…ちょっぴり、ガッカリしちゃいそう…)
 せっかく巡り会えたのに、と溜息を零すかもしれない。
 「どうして、前と同じじゃないの?」と、「ぼくの顔も違うし、仕方ないけど」とは思っても。
(いっそ、人間じゃなかった方が…)
 まだ、しっくりと来そうな感じ。
 「今度のハーレイは、ウサギなんだ」と、「ぼくたち、ウサギになったんだね」と。
 違う生き物に生まれたのなら、別の姿になっていたって当然だから。


 そう考えてみると、今の姿は本当に奇跡。
 ハーレイも、自分も、前の姿とそっくり同じ。
(ぼくは小さくなっちゃったけど…)
 もっと育てば、前の自分と変わらない姿になれる筈。
 「ソルジャー・ブルー」と呼ばれていた頃と、何処も変わらない容姿になって。
 そうなったならば、前の自分には叶えられなかった夢が実現する。
 ハーレイと一緒に生きてゆく夢、二人で歩んでゆく人生が。
(二人一緒に、青い地球に生まれて来たんだから…)
 前とおんなじ姿がいいよね、と神様の計らいに感謝する。
 こういう身体が準備出来るまで、長く待たされたのかもしれないけれど、と。
(似ていない顔でも構わないなら、もっと早くに…)
 生まれ変わって、再会出来ていたかもしれない。
 それも悪くはないのだけれども、そっくり同じ姿の方が…。
(断然、いいよね?)
 そうでなくっちゃ、と思ったはずみに、掠めた考え。
 「同じ顔でも、逆さだったら?」と。
 自分がハーレイの顔に生まれて、ハーレイが「ブルー」の顔だったなら、と。
(…えーっと…?)
 神様の悪戯か、あるいは気まぐれ、そういう結果で入れ替わった顔。
 記憶が戻って見詰めた先には、前の自分の顔がある。
(……ハーレイなんだ、って分かるだろうけど……)
 ぼくの顔でも、愛せるのかな、と少し悩んで、「うん」と頷く。
 「大丈夫だよ」と、「だって、ハーレイは、ハーレイだもの」と。
 前とは全く違う顔でも、違う生き物でも、ちゃんと愛せる。
 またハーレイに恋をするから、「自分の顔」でも大丈夫。
 聖痕で倒れて、意識が戻った時に目に入ったのが「前の自分」でも。
 その顔が「今のハーレイ」だったら、ちゃんと愛してゆけるけれども…。
(…ハーレイの方が、気の毒かも…)
 逆さだったら、とハタと気付いた。
 「だって、ぼくの顔が、ハーレイなんだよ?」と。


 白いシャングリラで暮らしていた頃、前のハーレイはモテていなかった。
 薔薇の花びらで作られたジャムを、クジ引きで配っていた時も…。
(ハーレイには似合わないから、って…)
 クジが入った箱を抱えた女性は、いつもハーレイの前を素通りして行った。
 箱が持ち込まれたブリッジの中では、ゼルまでがクジを引いていたのに。
 「運試しじゃ」と手を突っ込んでいたのに、誰も笑わなかったのに…。
(…ハーレイの前だけは、いつも素通り…)
 それが前のハーレイの顔への評価で、前の自分は不満でもあった。
 「酷いよ」と、「みんな、見る目が無いんだから」と。
 そうは思っても、逆に言うなら、自分に見る目が無いのだということになる。
 誰もが「モテない」と評価を下した、ハーレイが「素敵に見える」のだから。
(…今のハーレイなら、モテるんだけどな…)
 柔道や水泳の選手をしていた学生の頃は、女性のファンも少なくなかったと聞いた。
 今の学校でも生徒に人気で、女子生徒だって「ハーレイ先生!」と呼び止めたりする。
 そうは言っても、顔立ちは前と同じなのだし…。
(…いろんな要素が絡んだ結果で、顔への評価じゃないのかも…)
 顔だけだったら駄目なのかもね、という気もする。
 「今のハーレイ」の生き方や中身、そういったものが揃ってこそだ、と。
(それなら、やっぱり…)
 生まれ変わった「ブルー」の顔が「ハーレイ」だったら、ハーレイはガッカリするだろう。
 いくら「前の自分と同じ顔」でも、その顔でも愛してゆけるとしても…。
(…モテない顔っていうのは、ちょっと…)
 残念だろうし、ガッカリだよね、と思ってしまう。
 ハーレイが「俺は気にしていないから」と言ってくれても、「自分」が辛い。
 鏡に映った姿を見る度、申し訳ない気分になってしまいそう。
 「どうして、こんな顔になっちゃったの?」と。
 「入れ替わっちゃったのは仕方ないけど、前のハーレイの顔なんだけど…」と溜息で。
 何故なら、それは「モテない顔」。
 前の「ブルー」の顔だったならば、船の誰もが見惚れたのに。
 女性ばかりか、男性陣まで、高く評価をしたものなのに。


 称賛の的だった「ブルー」の顔が、モテなかった「ハーレイ」の顔になる悲劇。
 なんとも悲惨で、あまりにもハーレイが気の毒すぎる。
(…ハーレイの顔を、けなしてるわけじゃないけれど…)
 そうなるよりかは、今のハーレイの顔が「前のブルー」にそっくりで…。
(……今のぼくの顔は、そのまんまで……)
 同じ顔が二つの方がマシかも、と考えた。
 「その方が、きっといいと思う」と、「同じ顔でもいいじゃない」と。
 記憶が戻ったハーレイの前には、ちゃんと「ブルー」がいるのだから。
 ハーレイの顔も「ブルー」だけれども、モテなかった「ハーレイ」の顔の恋人よりは…。
(…自分とそっくり同じ顔でも、前のぼくの顔になる「ぼく」を見付けた方が…)
 きっと嬉しい筈なんだよ、と大きく頷く。
 「絶対、そう」と、「そうに決まっているんだから」と。
 モテない顔の恋人よりかは、その方がいいに違いない。
 今のハーレイの顔も「ブルーの顔」で、とうの昔に見飽きていても。
 「チビのブルー」に再会するなり、「子供の頃の俺じゃないか」と、愕然としても。
(…だって、モテない顔なんか…)
 連れて歩いても、誰も振り返って見てはくれない。
 しかも「ブルーの顔になったハーレイ」は、その姿だけで人目を引くだろうから…。
(似合わないのを連れてるな、って…)
 違う意味で誰もが振り返って見るか、そうでなければ「ハーレイ」の顔で注目するか。
(ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイが、並んで歩いてる、って…)
 目を丸くしてポカンと見るとか、撮影なのかとキョロキョロするとか。
 前の自分たちの制服を着ずに歩いていたって、撮影ということはあるだろう。
(タイムスリップものだとか…)
 そんな感じで、と思うけれども、その程度にしかならないカップル。
 「前のブルー」を連れて歩いていたなら、「今のハーレイ」でも注目されそうなのに。
 誇らしい気分で歩けそうなのに、ハーレイの方が「前のブルー」の顔では…。
(ホントのホントに、似合わないのを連れて歩いていることに…)
 なってしまうから、同じ顔が二つになったとしたって、「ブルーの顔」で揃えたい。
 その方がハーレイも嬉しい気分で、「ブルー」を連れて歩けるから。


(もしも、ぼくもハーレイも、前のぼくの顔で、そっくりだったなら…)
 どんな感じになるのかな、と想像の翼を羽ばたかせる。
 今の自分がチビの間は、兄弟みたいに見えるだろうか、と。
(それとも、親子…?)
 見た目がそっくりなんだものね、とクスッと笑う。
 今のハーレイは、今の自分よりも二十四歳も年上なのだし、「お父さん」でも通る年齢。
 ハーレイが外見の年を止めていたって、そういう人は少なくないのが今の世の中。
(…前のぼくだって、三百年以上も生きていたんだし…)
 今のハーレイが「ブルー」の顔を持っていたなら、何歳にだって見えるだろう。
 青年にだって、今のハーレイの年の三十八歳にだって、もっと年上にだって。
(十四歳の子供がいたって、ちっともおかしくないんだから…!)
 親子かもね、と考えてみて、「それなら、デート出来るかも?」と顎に当てた手。
 チビの自分を連れて出掛けても、誰も変には思わないから。
 「お父さんが子供を連れて来ている」と微笑ましく見て、ついでに注目。
(だって、ソルジャー・ブルーと、チビのソルジャー・ブルーな親子…)
 凄い、と誰もが見詰めるだろう。
 「こんな親子がいるだなんて」と、「いいものを見た」と。
(ふざけて「パパ!」って呼ぶのもいいかも…!)
 そこでハーレイが「こらっ!」と頭をコツンとやっても、周りの人は笑うだけ。
 「若いお父さんだから、パパとは呼ばせていないんだな」と、クスクスと。
 「きっと家でも、名前で呼ばせているんだろう」と、「友達みたいな感じにして」と。
 そういう決まりになっているのに、それを破って「パパ!」と呼んだ子。
 「こらっ!」と叱られ、頭をコツンと叩かれたって、仕方ないだろう。
(…誰も、親子じゃないなんて…)
 思いはしなくて、ハーレイは「パパ」だと勘違いされる。
 なんて愉快な光景だろうか、ハーレイの子供になれるだなんて。
(…ハーレイが、ハーレイの顔のまんまで…)
 チビの自分を連れて歩いても、同じ悪戯は出来ると思う。
 けれど、二人で出歩くことは出来はしないし、夢のまた夢。
 代わりに、夢の世界で遊ぶ。
 「ブルーそっくりの顔のハーレイ」と、親子みたいに出掛けたいよね、と。


(でもって、ぼくが大きくなったら…)
 もう本当に、双子にしか見えないことだろう。
 何処へ行っても、何をしていても、きっと仲のいい双子の兄弟。
(ハーレイが、前のぼくの顔になっていたなら…)
 前の生での記憶が無くても、確実に年を止めている筈。
 「俺のブルーは、このくらいだった」と、意識の底の声に従って。
 「今よりも年を取っては駄目だ」と、「この姿なら、この年なんだ」と。
(だから絶対、前のぼくにそっくりな顔で…)
 チビのブルーが育つのを待って、ちゃんとプロポーズしてくれる。
 そっくり同じ顔をしていても、誰が見たって双子みたいなカップルになってしまっても。
 「俺のブルーだ」と抱き締めてくれて、「一緒に暮らそう」と。
(ホントは、恋人同士なんだ、って…)
 誰も思ってくれないとしても、ハーレイと二人で出掛けてゆく。
 デートも、旅行も、ハーレイの車でドライブだって。
(ぼくとハーレイの顔が、ホントにそっくりだったなら…)
 楽しそうだよ、と夢は果てしなく広がってゆく。
 「おんなじ顔でも、ぼくはハーレイを愛せるものね」と。
 ハーレイも、きっと愛してくれるし、同じ顔で恋をしてゆける、と。
(そういうのも、ホントに楽しそうだよ)
 きっとハーレイも、そう思うよね、と夢を見る。
 「おんなじ顔になるのも、いいと思わない?」と。
 「前のぼくの顔になるのも素敵」と、「そしたら、ハーレイも、もっとモテるよ」と…。



          そっくりだったなら・了


※生まれ変わったハーレイと自分の顔がそっくりだったなら、と想像してみるブルー君。
 モテなかったキャプテン・ハーレイの顔より、前のブルーの顔になるのが素敵ですよねv









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(今の俺はだ、前の俺にだな…)
 瓜二つというわけなんだが、とハーレイが、ふと思ったこと。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(誰が見たって、今の俺の顔はキャプテン・ハーレイで…)
 その顔に惚れ込んだ、キャプテン・ハーレイのファンだという理髪店主がいるくらい。
 初めて店に入った瞬間、理髪店主はとても喜んだと、最近、知った。
(若きキャプテン・ハーレイが入って来たんですよ、と感激してたっけなあ…)
 今は行きつけの、その理髪店で、今の髪型を勧められた。
 キャプテン・ハーレイそのものになる、オールバックのスタイルを。
(俺も、嫌ではなかったし…)
 それを選んで、服装以外は、前の自分と変わらない。
 そっくりそのまま、「キャプテン・ハーレイ」。
(でもって、今のブルーの方も…)
 少々、チビにはなっているけれど、ソルジャー・ブルーに瓜二つ。
 いつか大きく育った時には、前のブルーそっくりの姿になる筈。
(神様も、実に気が利いてるよな)
 前の俺たちと同じ姿を下さるなんて、と神に感謝する。
 もちろん、ブルーがどんな姿でも、気にしないで恋をするけれど。
 似ても似つかない顔立ちだろうと、人間ではないものになっていようと。
(あいつなのか、と信じられない顔であろうが、ウサギだろうが…)
 俺は必ず、あいつを見付け出すんだから、と笑んだ所で、浮かんだ考え。
 「待てよ?」と、「あいつが、俺にそっくりだったら?」と。
(…そう、今の俺に、そっくりなあいつ…)
 キャプテン・ハーレイに瓜二つなブルー、そういうこともあったのかも、と。
(それでも、俺は気付くんだろうが…)
 恋も出来るが、流石にちょっと…、と少し尻込みしたくなる。
 なんと言っても、前の自分は「モテなかった」から。
 白いシャングリラで暮らしていた頃、そんな定評があったものだから。

 神様が生まれ変わらせてくれたのならば、姿に文句をつけてはいけない。
 ブルーと二人で青い地球の上で、一緒に生きてゆけるのだから。
(とはいえ、前の俺が二人になるよりは…)
 あいつが二人の方がいいな、と心の中で注文をつけた。
 「どうせだったら、その方がいい」と、「それが、世の中のためってモンだ」と。
 今の自分は、学生時代は、そこそこモテていたけれど。
 ファンの女性もいたのだけれども、世間一般の認識からすれば…。
(断然、ソルジャー・ブルーの方が…)
 人気があるのは、書店に並んだ写真集の数を見たって、ハッキリと分かる。
 前のブルーの写真を収めた、写真集たちは大人気。
 出版されている数も、ジョミーやキースの写真集よりも遥かに多い。
(そんなブルーと、同じ顔が増えた方がだな…)
 きっと世間のためになる。
 「キャプテン・ハーレイ」が二人いるより、「ソルジャー・ブルー」が二人がいい。
(目の保養というヤツだしな!)
 そっくりだったら、そっちのコースでお願いしたい、とマグカップの縁を指で弾いた。
 神様にだって、美意識くらいはあるだろうし、と笑いながら。
(俺が、前のあいつとそっくりだったら…)
 人生が変わって来そうな感じ。
 生まれた時から、とても可愛い赤ん坊で…。
(その上、アルビノってわけなんだが…)
 なんと言っても中身は俺だ、と、頑丈さには自信がある。
 今の小さなブルーと違って、弱い身体ではないだろう。
 サイオンにしても、不器用ではなく、今の自分と同じ程度に使える筈。
(つまり人生、何も困りはしない上に、だ…)
 両親も環境も、今の自分と全く同じ。
 「ソルジャー・ブルーにそっくり」だろうと、進んでゆく道は変わらない。
 けれども、姿形が変わるのだから…。
(思いっ切りモテるに違いないぞ…)
 とびきりの美形が、柔道と水泳の凄い腕前を持つんだから、と顎に当てた手。
 「周りが放っておかないよな?」と、「試合に出る度、花束の山だ」と。

 人生のコースは変わらなくても、彩りは大きく変わって来そう。
 プロの選手になる道だって、今の自分は易々と蹴って来たけれど…。
(前のあいつにそっくりだったら、そう簡単には…)
 断らせては貰えないな、と苦笑する。
 プロの選手になった場合は、大勢のファンがつくだろうから、スカウトの方も諦めない。
 「この条件で如何ですか」と、しつこく追って来るだろう。
 家の前まで押し掛けて来たり、あらゆる所で待ち伏せたり、と。
(それでも、俺は断るんだが…)
 教師の道に進むんだがな、と思うけれども、学校に来ても、その顔だから…。
(新人教師で、着任するなり…)
 キャーッと黄色い悲鳴が上がって、年長組の女子生徒たちが騒ぎそう。
 男子生徒も、ポカンとした顔で見詰めているのに違いない。
 「凄い先生がやって来たぞ」と、「おまけに、柔道と水泳が強いんだって?」と。
(学校でも、モテてしまうんだ…)
 今の自分も、生徒たちに人気の教師だけれども、それ以上に人気が出るだろう。
 休み時間は引っ張りだこで、食堂に行っても、取り囲まれるに違いない。
(それから、此処が大事なトコで…)
 前のあいつにそっくりだったら、外見の年は若いままだ、と大きく頷く。
 けして年齢を重ねることなく、前のブルーと同じ姿になったら年を取るのを止めるだろう、と。
(だから当然、若い姿で…)
 今の自分の年になっても、外見は「ソルジャー・ブルー」のまま。
 「年齢を重ねた、三十代のソルジャー・ブルー」には、決してならない。
 若い姿を保ったままだから、ファンの生徒も増えてゆく。
 勤めた学校で出会った数だけ、「ハーレイ先生!」と慕う生徒が。
(そうなるに決まってるんだよなあ…)
 俺の人生は大きく変わるぞ、と思うのは、その点。
 前の自分も、今の自分も、年を重ねるのが好きなタイプで、その道を選んだ。
 けれど、前のブルーにそっくりだったら、そちらを選びはしないだろう。
 前の自分の記憶が無くても、魂は「全て覚えている」から。
 「ブルーが年を重ねる」だなんて、「有り得ないことだ」と知っているから。

 そういうわけで、「ソルジャー・ブルー」にそっくりだったら、年は取らない。
 若い姿を保ち続けて、今のブルーと再会を遂げることになる。
 チビのブルーの教室で出会って、ブルーに聖痕が現れて…。
(俺の記憶も、あいつの記憶も…)
 一気に戻って、互いに恋に落ちるけれども、顔はそっくりな二人の出会い。
 ブルーがチビの姿な分だけ、少々、救いはあるのだけれど…。
(…俺の記憶が戻ったら…)
 なんと恋人は、今の自分と瓜二つな顔。
 今は十四歳の子供で、年の差の分、まだマシだけれど、いずれ育てば、もう完全に…。
(見た人たちが、双子なのか、と思うくらいに…)
 そっくりになって、見分けがつかない程だろう。
 おまけに、チビのブルーと再会した後、家に帰って鏡を見たら…。
(……鏡の中に、前の俺が恋をしていた顔が……)
 映るんだよな、と愕然とした。
 いくら想像の世界と言っても、「そいつは、ちょっと…」と。
(おいおいおい…)
 なんとも心臓に悪いじゃないか、という気がする。
 鏡の向こうに、恋人の顔があるなんて。
 前の生から愛し続けて、生まれ変わって、また巡り会えた人に、そっくりな顔が。
(…それまでは、俺の顔だと思っていたのが…)
 実は違って、遠く遥かな時の彼方で、自分が恋をした人の顔。
 しかも、その顔の「本当の持ち主」は、今ではチビになってしまって…。
(前と同じ姿に育つまでには、まだ何年もかかるってか?)
 チビのブルーが大きくなるまで、前の自分が長く見ていた恋人の顔は見られない。
 「ブルー」には違いないのだけれども、恋人同士になる前の顔をしたのがチビのブルー。
 そして恋人だった「ブルー」の顔は、自分の身体にくっついている。
 鏡を覗けば、いつだって、其処に「恋人だったブルー」にそっくりな顔が映る寸法。
 本物のブルーは、まだ唇へのキスも出来ないチビなのに。
 一緒に暮らせる日が来るのだって、何年も先のことなのに…。

(鏡の中には、俺が恋したブルーの顔が…)
 いつ覗いてもあるんだよな、と泣きたいような、悔しいような、複雑な気分。
 ブルーのことを想い続けて眠れない夜も、鏡を覗けば「ブルー」がいる。
 それは自分の顔なのだけれど、見る度、ドキリとすることだろう。
 「ブルーなのか!?」と心が跳ねて、直ぐにガッカリする夜だって、少なくない。
 「今のあいつは、まだチビだった」と、「こういう姿は、まだ何年も見られないんだ」と。
(…そう思う度に、鏡の前に行ってだな…)
 覗き込んだりするのだろうか、映っているのは「自分自身の顔」なのに。
 其処に「ブルー」はいないというのに、愛おしい人の姿を重ねて。
 キャプテン・ハーレイにそっくりな今の自分が、前のブルーの写真集を眺めているように。
(……お前なのか、と……)
 メギドで散ったブルーに向かって、心で語り掛けるのだろうか。
 「お前は帰って来たんだよな」と、「今度こそ、俺と暮らすんだろう?」と。
(鏡に映った自分に話し掛けてだな…)
 チビのブルーには語れない恋を、切々と打ち明けているとなったら、まるで水仙。
 そう、水仙になってしまった、ナルキッソスという少年。
(…水鏡に映った自分の姿に恋をしたヤツと…)
 大して変わりはしないんだが、と思いはしても、そうなるだろう。
 「ブルーの顔」が、其処にあるのなら。
 前の自分が愛し続けた、愛おしい人の顔が「それ」なら。
(そっくりだったら、そういうことになっちまうから…)
 早く育って欲しいモンだ、と「チビのブルー」の成長を待ち焦がれる日々。
 「鏡の中の自分に恋をする」のは、なんとも不毛で悲しいから。
(…俺があいつの顔だった場合、ブルーの方も…)
 かなりショックかもしれないけれども、自分と同じで、恋を投げ出しはしないだろう。
 どんな「ハーレイ」が現れようとも、間違いなく恋をしてくれる筈。
 健気に慕って、頑張って食べて、早く育とうと努力してくれて…。
(俺が鏡に語り掛ける夜を、少しでも…)
 減らしてくれると嬉しいんだが、とコーヒーのカップを傾ける。
 「でないと、俺は、当分、ナルキッソスなんだしな?」と。

 努力したブルーが大きくなったら、そっくり同じ「ブルー」が二人。
 片方は「キャプテン・ハーレイ」だけれど、見た目は「ソルジャー・ブルー」が二人。
(二人でデートに出掛けりしたら…)
 注目を浴びて、熱い視線に追い掛けられることだろう。
 道行く人が、片っ端から振り返って。
 「今の顔、見た!?」などと、あちこちから声が聞こえて来て。
(だが、そんなのは…)
 気にもしないで、ブルーとデートなんだからな、と深く吸い込むコーヒーの香り。
 「俺は、あいつに恋してるんだし、周りなんか見えやしないから」と。
 ブルーの方でも、間違いなく同じ気持ちだから。
(俺の顔が、あいつにそっくりだったら…)
 大勢の人が、目の保養ってヤツを楽しめたんだが、とクックッと笑う。
 「生憎と、今度も俺はキャプテン・ハーレイだった」と、「仕方ないな」と。
 そっくりだったら、世の中、愉快だったのに。
 双子のようなブルーと二人だったら、人生、違っていたのだろうに…。



         そっくりだったら・了


※自分の顔が、ソルジャー・ブルーにそっくりだったら、と考えてみたハーレイ先生。
 とてもモテそうな人生ですけど、チビのブルーに出会った途端に、ナルキッソスかも…v







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「ねえ、ハーレイ。…足りないんだけど…」
 今のぼくには、と小さなブルーが紡いだ言葉。
 二人きりで過ごす休日の午後に、何処か不満げな表情で。
 お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 足りないって…。何がだ?」
 分からんぞ、とハーレイは返して、テーブルを見回した。
 ブルーのカップに入った紅茶は、まだ充分な量がある。
 それにポットにおかわりもあるし、足りないわけがない。
(すると、ケーキか?)
 俺と同じ大きさだった筈だが、と皿のケーキを眺める。
 お互い、食べて減ったけれども、元々の量は…。
(ブルーは、菓子なら食べるから…)
 ハーレイの分と同じサイズで、皿に載せられていた筈。
 今のブルーは、それに不満があるのだろうか。
(…今頃、腹が減って来たのか?)
 昼飯をしっかり食わんからだ、とハーレイは思う。
 小食なブルーのための昼食、その量は常にとても少ない。
(……言わんこっちゃない……)
 そりゃ、そんな日もあるだろう、と心の中で溜息をつく。
 ブルーにしたって、必要な栄養の量は日によって違う。


(同じ言うなら、昼飯の時にして欲しかったな)
 俺の分を分けてやったのに、とタイミングが少し悲しい。
 今になって空腹を訴えられても、夕食までは時間がある。
 分けてやれるのは、皿の上にあるケーキしか無い。
(腹が減った時に、飯の代わりに菓子ってのは、だ…)
 あまり褒められたことではないし、相手が生徒なら叱る。
 指導している柔道部員が、食事代わりに菓子だったなら。
(…しかしだな…)
 ブルーの場合は、それと事情が全く異なる。
 「お腹が減った」という言葉など、そうそう言わない。
 前の生でも、今の生でも、ブルーが食べる量は少なすぎ。
(そういうヤツが、腹が減ったと言うんだし…)
 ここは菓子でも食わせるべきだ、とハーレイは判断した。
 夕食まで待たせて、しっかり食べて欲しいけれども…。
(そんな悠長なことをしてたら、また気が変わって…)
 食わなくなるし、とブルーの方に皿を押し遣った。
「仕方ないなあ、俺が半分、食っちまったが…」
 こっちの方は食ってないから、とケーキを指差す。
 「そっち側から食えばいいだろ、食っていいぞ」と。


 ハーレイが、半分食べてしまったケーキ。
 直ぐに「ありがとう!」と返して、ブルーが食べ始める。
 そうだとばかり思っていたのに、ブルーは食べない。
 代わりに大きな溜息をついて、ケーキの皿を押し返した。
「違うよ、足りないのは、これじゃなくって…」
 紅茶なんかでもないんだからね、とブルーが睨んで来る。
 「もっと大事なものなんだよ」と。
「おいおいおい…」
 いったい何が足りないんだ、とハーレイは慌てた。
 お小遣いでもピンチなのだろうか、それなら有り得る。
(今月の分は使っちまったのに、本が欲しいとか…)
 こいつの場合は充分あるな、と思い至った。
(だが、小遣いの援助など…)
 してもいいのか、どうだろうか、と悩ましい。
 財布を出して「ほら」と渡すのは、容易いけれど…。
(教育者として、どうなんだ?)
 逆に指導をすべきでは、という気もする。
 「計画的に使わないとな」と教え諭して、援助はしない。
(…そうするべきか?)
 ブルーには少し気の毒だが、と思うけれども、仕方ない。
 甘すぎるのは、きっとブルーのためにも良くない。


 「よし、断るぞ」と決めた所で、ブルーが口を開いた。
「分からない? 足りないのは、ハーレイ成分なんだよ」
「……はあ?」
 なんだソレは、とハーレイはポカンとするしかなかった。
 『ハーレイ成分』とは、何のことだろう。
 この「ハーレイ」を構成している元素などだろうか。
(しかし、そいつが足りないなどと言われても…)
 俺を食う気じゃないだろうな、とハーレイは瞬きをする。
 「まさかな」と、「肉は硬い筈だぞ」と。
 するとブルーは、ハーレイを真っ直ぐ見詰めて言った。
「ハーレイと過ごす時間もそうだし、何もかもだよ!」
 前のぼくに比べて足りなさすぎる、とブルーは主張した。
 「これじゃ駄目だよ」と、「前と同じに育たないよ」と。
「…それで、俺を丸焼きにして、食おうってか?」
 俺の肉は硬いと思うんだが、とハーレイは返す。
 「お前じゃ、とても歯が立たん」と、「やめておけ」と。
「分かってるってば、だからその分、唇にキス…」
 それで成分を補充出来るよ、とブルーは笑んだ。
 「ぼくにハーレイ成分、ちょうだい」と。


「馬鹿野郎!」
 だったら俺を丸ごと齧れ、とハーレイは腕を差し出した。
「何処からでもいいから、齧っていいぞ」
 ついでにグッと力を入れて、自慢の筋肉を盛り上げる。
 「お前ごときで、歯が立つかな?」と。
 「さあ、存分に齧ってくれ」と、「好きなだけな」と…。



        足りないんだけど・了








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