「ねえ、ハーレイ。子供の意見は…」
尊重すべきでしょ、と小さなブルーが投げ掛けた問い。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 子供って…」
意見って何だ、とハーレイは目を丸くした。
ブルーが質問して来た意図が、まるで全く分からない。
この部屋に子供などはいないし、窓の外を見ても…。
(子供なんか、何処にもいないよなあ…?)
何処から子供が出て来たんだ、と謎は深まる一方。
質問が出て来る前の話題も、子供とは無関係だった。
(しかも、尊重すべきとか…)
そいつは子供が前提では、とハーレイは首を捻り続ける。
ブルーの問いに対する答えを、一つも見付けられなくて。
(弱ったな…)
なんと答えてやればいいんだ、と頭の中に渦巻く疑問。
ブルーが何を尋ねたいのか、片鱗だけでも掴まないと…。
(いつまで黙っているつもりなの、って…)
怒り出すのは確実なんだ、と思いはしても謎は解けない。
けれど、ブルーの機嫌を損ねてしまったら…。
(膨れてフグになっちまうしなあ…)
此処は降参するしかない、とハーレイは腹を括った。
「分からないの?」と詰られようとも、訊く方がマシ。
だからブルーを真っ直ぐ見詰めて、頼むことにした。
「すまんが、俺に分かるように、だ…」
意味を教えてくれないか、とブルーの問いに返した質問。
子供の意見とは何を指すのか、尊重とは…、と。
「…分からないの?」
案の定、ブルーは呆れた表情になった。
「大人なのに」と、「それに、先生だよね?」とも。
呆れられたのは無理もないけれど、二つ目に傷付く。
「先生だよね?」という、ブルーの指摘。
ハーレイは学校の教師なのだし、子供相手の仕事になる。
言われてみれば、生徒の意見というものは…。
(頭ごなしに否定しないで…)
尊重すべきものだった、と今更のように気付かされた。
生徒の言い分をよく聞いてやって、動くのは、それから。
「そいつは駄目だな」と、否定することになろうとも。
(…うーむ…)
痛い所を突かれたな、と思いながらも、まず謝った。
「申し訳ない」と、潔く。
小さな恋人に頭を下げて、「俺が鈍すぎた」と。
「確かに、お前の言う通りだ。子供の意見は…」
尊重しないと駄目だったな、と苦笑する。
「俺の仕事の鉄則なのに、すっかり忘れちまってた」と。
「やっぱりね…。学校の生徒もそうなんだけど…」
子供全般に言えることでしょ、とブルーは溜息をつく。
「例えば、お菓子を分ける時とか、どうするの?」と。
「そういや、そうだな…。子供が混じっているんなら…」
先に子供に選ばせないと、とハーレイは大きく頷いた。
切り分けたケーキを分ける時には、子供が優先。
大きさや、それにデコレーションやら、フルーツやら。
子供が欲しい部分は何処か、意見を尊重しなければ。
(いろんな種類の菓子がある時も…)
子供の意見が最優先で、大人はじっと待つことになる。
「どれが食べたい?」と尋ねてやって、選ぶのを。
どんなに待たされる羽目になろうと、尊重すべき意見。
ブルーの言葉は、実に正しい。
何処も間違っていないわけだし、ハーレイは笑んだ。
「お前、なかなか考えてるな」と。
「いつもは我儘ばかりのくせに、見直したぞ」と。
「そりゃ、ぼくだって、たまにはね…」
物事ってヤツを考えるもの、とブルーは得意げ。
「これでも昔は、ソルジャーをやっていたんだし」と。
「なるほどなあ…。それで、昔に返ってみた、と」
お前は子供たちと仲が良かったし、と遠い昔が懐かしい。
前のブルーは、よく子供たちと遊んでいたから…。
(子供の意見は尊重すべき、って考えるよなあ…)
そんな場面が幾つもあった、と思い出すキャプテン時代。
「子供たちのために」と、前のブルーは、よく提案した。
子供たちがそれを望んでいるから、そのように、と。
(…本当に色々あったっけなあ…)
懐かしいな、と感慨に耽っていたら、ブルーが言った。
「分かったんなら、尊重してよね」と。
「…はあ?」
また丸くなった、鳶色の瞳。
二度目の「はあ?」に合わせて、再び真ん丸に。
「まだ分からないの? ぼくも今は、子供なんだから…」
尊重してよ、とブルーはキスを強請って来た。
「唇にね」と、「額や頬じゃ駄目だよ」と。
「馬鹿野郎!」
それとこれとは話が別だ、とハーレイは軽く拳を握る。
悪知恵が回るブルーの頭を、コツンと叩いてやるために。
十四歳の小さなブルーに、唇へのキスは早すぎるから…。
子供の意見は・了
尊重すべきでしょ、と小さなブルーが投げ掛けた問い。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 子供って…」
意見って何だ、とハーレイは目を丸くした。
ブルーが質問して来た意図が、まるで全く分からない。
この部屋に子供などはいないし、窓の外を見ても…。
(子供なんか、何処にもいないよなあ…?)
何処から子供が出て来たんだ、と謎は深まる一方。
質問が出て来る前の話題も、子供とは無関係だった。
(しかも、尊重すべきとか…)
そいつは子供が前提では、とハーレイは首を捻り続ける。
ブルーの問いに対する答えを、一つも見付けられなくて。
(弱ったな…)
なんと答えてやればいいんだ、と頭の中に渦巻く疑問。
ブルーが何を尋ねたいのか、片鱗だけでも掴まないと…。
(いつまで黙っているつもりなの、って…)
怒り出すのは確実なんだ、と思いはしても謎は解けない。
けれど、ブルーの機嫌を損ねてしまったら…。
(膨れてフグになっちまうしなあ…)
此処は降参するしかない、とハーレイは腹を括った。
「分からないの?」と詰られようとも、訊く方がマシ。
だからブルーを真っ直ぐ見詰めて、頼むことにした。
「すまんが、俺に分かるように、だ…」
意味を教えてくれないか、とブルーの問いに返した質問。
子供の意見とは何を指すのか、尊重とは…、と。
「…分からないの?」
案の定、ブルーは呆れた表情になった。
「大人なのに」と、「それに、先生だよね?」とも。
呆れられたのは無理もないけれど、二つ目に傷付く。
「先生だよね?」という、ブルーの指摘。
ハーレイは学校の教師なのだし、子供相手の仕事になる。
言われてみれば、生徒の意見というものは…。
(頭ごなしに否定しないで…)
尊重すべきものだった、と今更のように気付かされた。
生徒の言い分をよく聞いてやって、動くのは、それから。
「そいつは駄目だな」と、否定することになろうとも。
(…うーむ…)
痛い所を突かれたな、と思いながらも、まず謝った。
「申し訳ない」と、潔く。
小さな恋人に頭を下げて、「俺が鈍すぎた」と。
「確かに、お前の言う通りだ。子供の意見は…」
尊重しないと駄目だったな、と苦笑する。
「俺の仕事の鉄則なのに、すっかり忘れちまってた」と。
「やっぱりね…。学校の生徒もそうなんだけど…」
子供全般に言えることでしょ、とブルーは溜息をつく。
「例えば、お菓子を分ける時とか、どうするの?」と。
「そういや、そうだな…。子供が混じっているんなら…」
先に子供に選ばせないと、とハーレイは大きく頷いた。
切り分けたケーキを分ける時には、子供が優先。
大きさや、それにデコレーションやら、フルーツやら。
子供が欲しい部分は何処か、意見を尊重しなければ。
(いろんな種類の菓子がある時も…)
子供の意見が最優先で、大人はじっと待つことになる。
「どれが食べたい?」と尋ねてやって、選ぶのを。
どんなに待たされる羽目になろうと、尊重すべき意見。
ブルーの言葉は、実に正しい。
何処も間違っていないわけだし、ハーレイは笑んだ。
「お前、なかなか考えてるな」と。
「いつもは我儘ばかりのくせに、見直したぞ」と。
「そりゃ、ぼくだって、たまにはね…」
物事ってヤツを考えるもの、とブルーは得意げ。
「これでも昔は、ソルジャーをやっていたんだし」と。
「なるほどなあ…。それで、昔に返ってみた、と」
お前は子供たちと仲が良かったし、と遠い昔が懐かしい。
前のブルーは、よく子供たちと遊んでいたから…。
(子供の意見は尊重すべき、って考えるよなあ…)
そんな場面が幾つもあった、と思い出すキャプテン時代。
「子供たちのために」と、前のブルーは、よく提案した。
子供たちがそれを望んでいるから、そのように、と。
(…本当に色々あったっけなあ…)
懐かしいな、と感慨に耽っていたら、ブルーが言った。
「分かったんなら、尊重してよね」と。
「…はあ?」
また丸くなった、鳶色の瞳。
二度目の「はあ?」に合わせて、再び真ん丸に。
「まだ分からないの? ぼくも今は、子供なんだから…」
尊重してよ、とブルーはキスを強請って来た。
「唇にね」と、「額や頬じゃ駄目だよ」と。
「馬鹿野郎!」
それとこれとは話が別だ、とハーレイは軽く拳を握る。
悪知恵が回るブルーの頭を、コツンと叩いてやるために。
十四歳の小さなブルーに、唇へのキスは早すぎるから…。
子供の意見は・了
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(こういう、独りぼっちの夜は…)
その内に無くなるんだよね、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(…十八歳になったら、ハーレイと結婚出来るから…)
誕生日が来たら、直ぐにでも結婚式を挙げることだろう。
そしたら、ハーレイの家に引っ越し、一緒に暮らす。
夜になっても、一人きりにはなったりしない、同じ家での日々が始まる。
(昼間は、ハーレイ、お仕事だけれど…)
夜は必ず帰って来るから、今夜のように一人の夜など、消えて無くなる。
家の何処かにハーレイがいて、呼べば答えてくれるから。
返事が無くても捜しに行ったら、ハーレイの姿が見付かるから。
(幸せだよね…)
昼間はお留守番だけど、と結婚出来る日が待ち遠しい。
どんな時でもハーレイと一緒で、何処へ行くにも二人が普通な、幸せな日々がやって来る。
休日となれば、朝から晩まで離れはしないし、ドライブも旅行も、二人で出掛ける。
ハーレイが「行くか?」と誘ってくれて、運転したり、旅の手配をしてくれたりして。
(…ホントに朝から晩まで一緒…)
夏休みとかなら、長い旅行も出来るよね、と顔が綻ぶ。
船旅だって、他の星へと宇宙船で出掛けることだって、長い休暇の時なら簡単。
アルテメシアにも行ってみたいし、地球一周の船旅もいい。
(だけど、普段は、お留守番…)
昼の間は、と結婚してからの日常を思う。
ハーレイは毎朝、スーツに着替えて、学校へ出勤しないといけない。
柔道部などの指導もあるから、朝はかなり早いことだろう。
(…ぼくが寝ている間に行っちゃう?)
寝坊してたら、そうなるよね、と肩を竦めた。
「それが嫌なら、早起きしなくちゃ」と。
ハーレイと朝食を食べたいのならば、眠くても、朝は起きなくては、と。
早く出勤するハーレイに合わせて、毎朝、早起き。
頑張って起きて、顔を洗って、着替えをしたりしている間に…。
(今と同じで、朝御飯、出来てるんだよね、きっと…)
母の代わりに、ハーレイが作る朝食が待っているだろう。
美味しそうな匂いが漂って来て、オムレツが焼けていたりして。
(きっとハーレイは、朝から、たっぷり食べるから…)
ソーセージなどもあるのだろうし、もちろんサラダも。
それらが載ったテーブルを前に、ハーレイがとびきりの笑顔を向けて来る。
「おはよう、朝飯、出来ているぞ」と。
「早く食べろよ」と、「トーストも、直ぐに焼けるから」などと。
(…ぼくが大きく育った後でも、朝御飯、そんなに沢山は…)
食べられない気がするのだけれども、ハーレイは「食べろ」と勧めて来そう。
「お前、身体が弱いからな」と、「食える時に、食べておかないと」と。
(寝込んじゃったら、食べないもんね…)
そうなった時のために体力、と食べさせられる朝御飯。
「このくらいは、食える筈だしな?」と、ハーレイが皿に盛り付けてくれて。
「そんなに無理だよ!」と膨れてみたって、「駄目だ」と怖い顔で睨み返されて。
(…朝から、お腹一杯になって…)
もう動くのも大変だよ、と文句を言っても、ハーレイは、きっと笑うだけ。
「だったら、軽く運動しろよ」と、「後片付けは、お前がやって」と。
(わざわざ、言われなくっても…)
後片付けくらい、毎朝、担当するだろう。
ハーレイが作ってくれたのだから、そのくらいのことはしなくては。
(それから、お掃除…)
出掛けるハーレイを玄関先で見送った後は、自分の役目に取り掛かる時間。
掃除に洗濯、「お嫁さん」らしく、こなしてゆく家事。
(午前中の時間は、あっという間に…)
終わっちゃうかな、と思うけれども、じきに家事にも馴れそうだから…。
(…早く終わって、自由時間が出来ちゃいそう…)
ハーレイが出るのも早いものね、と壁の時計を眺めてみた。
「十時頃には終わっていそう」と、「午前中のお茶の時間までには」と。
午前中の分の家事が済んだら、どうやって時間を過ごそうか。
留守番なのだし、出掛けないで家にいるべきだろう。
どうしても買いに行きたい物があるとか、特別な事情が無い限りは。
(まず、お茶を淹れて…)
それからダイニングで、椅子に座って一休み。
新聞を広げて、気になる記事を読んでゆく。
(ハーレイは、朝から読んだだろうから…)
朝食を一緒に食べる間に、教えてくれた記事があるかもしれない。
「今日は、こんなのが載っていたぞ」と、「面白いから、読んでおくといい」と。
(そういうのがあったら、一番に読んで…)
ハーレイが感想を言っていたなら、「なるほど」と納得しながら読む。
何も言わずに出掛けたのなら、ハーレイが仕事から戻った後に…。
(あのね、って…)
夕食の席などで記事の話題を持ち出し、あれこれと二人で話すのもいい。
記事によっては、おねだりだって出来ることだろう。
「書いてあった場所に行ってみたいよ」とか、「あの料理、家で作れそう?」とか。
(お料理の記事もあるもんね?)
他の地域の名物料理を紹介したり、食べ歩いたりしている記事。
そんな記事なら、「其処に行きたい」と強請られたって、ハーレイは嫌な顔などはしない。
「そうだな」と優しい笑みを浮かべて、「いつか行こうか」と相槌を打ってくれる筈。
名物料理を作れそうか、と尋ねられても、同じこと。
「それじゃ、作ってみるとするかな」と、「まずはレシピを探さないと」と頷いて。
(…ハーレイが、なんにも言ってなくても…)
新聞をじっくり読み込んでいけば、色々な発見がありそうな感じ。
「これは、ハーレイに話さなくっちゃ」と、夕方まで覚えていたい何かが。
あるいは「これ、ハーレイなら、作れるよね?」と、目を留めてしまうレシピとか。
(…ハーレイが帰るまで、忘れないように…)
メモしておいたり、新聞の記事を色のついたペンで囲んだりする。
レシピの場合は、切り抜いても支障が無い場所だったら、切り抜いておこう。
裏をチェックして広告だったら、ハサミを持って来て、もう早速に。
午前中の時間は穏やかに過ぎて、お昼になったら、昼御飯。
(ハーレイが、何か作っておいてくれそう…)
朝食のついでに拵えるとか、前の晩から作ってあるとか。
なんと言っても、前のハーレイは厨房出身、今のハーレイも料理が得意なのだから。
(ぼくの昼御飯を作るついでに、自分のお弁当だって…)
手際よく作って持って行きそうな、料理上手な今のハーレイ。
学校の食堂でも姿を見かけるけれども、お弁当を持って来ることもある。
(一人暮らしでも、お弁当を作っているんだし…)
結婚して「ブルーのお昼御飯」を作るとなったら、毎日、お弁当かもしれない。
もしかしたら、用意して行くお昼御飯も…。
(お弁当箱に入っているかも!)
ハーレイとお揃いのお弁当箱で、中身もお揃い、と胸がときめく。
お昼になったら、ハーレイは学校で、自分は家で、それぞれ、お弁当箱の蓋を開けて…。
(いただきます、って…)
一緒に食べている気分になって、楽しんで味わうお弁当。
ハーレイが仕事から帰って来たなら、お弁当の話も出来るだろう。
「今日のお弁当に入ってた、あれ、いいよね」などと、味や切り方について和やかに。
(…ウサギの形をしたリンゴとか、タコの形のウインナーとか…)
ハーレイなら入れてくれそうだけれど、ハーレイの分のお弁当箱には…。
(タコもウサギも、いない気がする…)
普通のリンゴやウインナーが入って、ごくごく平凡なお弁当。
職場で食べるお弁当だし、ウサギやタコは似合わないから。
(…ぼくが作ったら、入れちゃうんだけど…)
愛妻弁当って言うんだよね、と憧れるけれど、入れるチャンスは来そうにない。
早く起きて出掛けるハーレイよりも、早く起きないと作れないのが大問題。
(うんと早起きして、作ろうとしても…)
ハーレイなら、きっと目を覚ます。
「ブルーがいないぞ」と気配で気付いて、キッチンに来るに違いない。
「おい、お前、何をしてるんだ?」と、お弁当作りをチェックしに。
「リンゴのウサギを入れちゃ駄目だぞ」と、「ウインナーのタコも駄目だからな?」と。
(…どうせ、そうなっちゃうんだから…)
お昼御飯だの、お弁当だのは、ハーレイに全部任せてしまおう。
留守番しながら美味しく食べて、後片付けをすれば充分。
(後は、ハーレイが帰って来るまで…)
洗濯物を取り込んで、畳んで仕舞うくらいだろうか。
他にするべき家事と言ったら、買い物や夕食の支度だけれど…。
(そっちも、ハーレイがやっちゃうしね?)
仕事の帰りに買い物をして、帰宅してから夕食作り。
今のハーレイの暮らしと変わらないから、結婚した後も同じやり方。
留守番をするブルーの仕事は、少しだけしか無い毎日。
(…留守番するんなら、もっと頑張りたいけれど…)
なんにも思い付かないよね、とフウと溜息が零れてしまう。
「だって、ハーレイが凄すぎるから」と、「ぼくには何も出来ないもの」と。
頑張って夕食を作ってみたって、出来栄えはハーレイに敵いはしない。
いくらハーレイが褒めてくれても、自分の腕前は、自分が一番良く分かる。
(お弁当を作っても、ウサギのリンゴは入れちゃ駄目だ、って言われるし…)
出来そうなことは、パウンドケーキを焼くくらい。
ハーレイの母が作るのと同じ味がする、大好物のレシピを母に習って、練習して。
(…ホントのホントに、それくらいしか…)
出来やしない、と嘆いてみたって、どうしようもない今の自分。
ハーレイよりも遅く生まれて来た分、経験値が足りなさすぎるから。
どれほど努力を重ねてみたって、ハーレイが先をゆくのだから。
(…もっと何か、ぼくに出来そうなこと…)
同じ留守番するんなら、と思ったはずみに、ハタと気付いた。
留守番するのは、昼間だけとは限らないのだ、と。
ハーレイが仕事で遅くなったら、夕食も外で食べて来る。
会議が長引いたような時には、他の先生たちと外食。
(いくら結婚してたって…)
毎回、断ることは無理だし、付き合いで食べに行くこともある。
そうなった時は、夕食も一人きりで食べて、帰宅を待っているしかない。
急に決まって遅くなったら、「すまん」と連絡が入ったきりで、独りぼっちで。
(えっと…?)
ぼくの晩御飯はどうするの、と困った途端に頭に浮かんだ、両親の顔。
何ブロックも離れていたって、この家は、ちゃんとあるのだから…。
(…食べさせて、って家に帰って、ハーレイの食事とかが終わったら…)
家まで迎えに来て貰うとか、と大きく頷く。
「どうせ役には立たないんだし」と、「下手に作ったら、焦がしそうだし」と。
(ハーレイに迷惑かけちゃうよりは、迎えに来て貰う方がいいよね?)
連絡があった時に「じゃあ、晩御飯は、ぼくの家に行くね」と、言っておいたら大丈夫。
ハーレイが車で迎えに来るまで、家で晩御飯を御馳走になって…。
(お土産に、ママが作ったケーキとかを貰って…)
お礼を言って、ハーレイの車で帰ってゆくのが一番いい。
誰にも迷惑はかからない上、両親だって喜ぶから。
(うん、夜も留守番するんなら…)
ぼくの家に行って待つのがいいよ、とニッコリと笑う。
「お土産、ママのパウンドケーキがあったら、ホントに最高なんだけど」と。
帰りの車で、ハーレイに自慢出来るから。
「ママのケーキを貰って来たよ」と、「ハーレイの大好きな、パウンドケーキ」と…。
留守番するんなら・了
※ハーレイ先生と結婚した後、どうやって留守番しようかな、と考えてみたブルー君。
出来ることは殆ど無さそうな上に、留守番が夜まで続く時には、実家で晩御飯らしいですv
その内に無くなるんだよね、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(…十八歳になったら、ハーレイと結婚出来るから…)
誕生日が来たら、直ぐにでも結婚式を挙げることだろう。
そしたら、ハーレイの家に引っ越し、一緒に暮らす。
夜になっても、一人きりにはなったりしない、同じ家での日々が始まる。
(昼間は、ハーレイ、お仕事だけれど…)
夜は必ず帰って来るから、今夜のように一人の夜など、消えて無くなる。
家の何処かにハーレイがいて、呼べば答えてくれるから。
返事が無くても捜しに行ったら、ハーレイの姿が見付かるから。
(幸せだよね…)
昼間はお留守番だけど、と結婚出来る日が待ち遠しい。
どんな時でもハーレイと一緒で、何処へ行くにも二人が普通な、幸せな日々がやって来る。
休日となれば、朝から晩まで離れはしないし、ドライブも旅行も、二人で出掛ける。
ハーレイが「行くか?」と誘ってくれて、運転したり、旅の手配をしてくれたりして。
(…ホントに朝から晩まで一緒…)
夏休みとかなら、長い旅行も出来るよね、と顔が綻ぶ。
船旅だって、他の星へと宇宙船で出掛けることだって、長い休暇の時なら簡単。
アルテメシアにも行ってみたいし、地球一周の船旅もいい。
(だけど、普段は、お留守番…)
昼の間は、と結婚してからの日常を思う。
ハーレイは毎朝、スーツに着替えて、学校へ出勤しないといけない。
柔道部などの指導もあるから、朝はかなり早いことだろう。
(…ぼくが寝ている間に行っちゃう?)
寝坊してたら、そうなるよね、と肩を竦めた。
「それが嫌なら、早起きしなくちゃ」と。
ハーレイと朝食を食べたいのならば、眠くても、朝は起きなくては、と。
早く出勤するハーレイに合わせて、毎朝、早起き。
頑張って起きて、顔を洗って、着替えをしたりしている間に…。
(今と同じで、朝御飯、出来てるんだよね、きっと…)
母の代わりに、ハーレイが作る朝食が待っているだろう。
美味しそうな匂いが漂って来て、オムレツが焼けていたりして。
(きっとハーレイは、朝から、たっぷり食べるから…)
ソーセージなどもあるのだろうし、もちろんサラダも。
それらが載ったテーブルを前に、ハーレイがとびきりの笑顔を向けて来る。
「おはよう、朝飯、出来ているぞ」と。
「早く食べろよ」と、「トーストも、直ぐに焼けるから」などと。
(…ぼくが大きく育った後でも、朝御飯、そんなに沢山は…)
食べられない気がするのだけれども、ハーレイは「食べろ」と勧めて来そう。
「お前、身体が弱いからな」と、「食える時に、食べておかないと」と。
(寝込んじゃったら、食べないもんね…)
そうなった時のために体力、と食べさせられる朝御飯。
「このくらいは、食える筈だしな?」と、ハーレイが皿に盛り付けてくれて。
「そんなに無理だよ!」と膨れてみたって、「駄目だ」と怖い顔で睨み返されて。
(…朝から、お腹一杯になって…)
もう動くのも大変だよ、と文句を言っても、ハーレイは、きっと笑うだけ。
「だったら、軽く運動しろよ」と、「後片付けは、お前がやって」と。
(わざわざ、言われなくっても…)
後片付けくらい、毎朝、担当するだろう。
ハーレイが作ってくれたのだから、そのくらいのことはしなくては。
(それから、お掃除…)
出掛けるハーレイを玄関先で見送った後は、自分の役目に取り掛かる時間。
掃除に洗濯、「お嫁さん」らしく、こなしてゆく家事。
(午前中の時間は、あっという間に…)
終わっちゃうかな、と思うけれども、じきに家事にも馴れそうだから…。
(…早く終わって、自由時間が出来ちゃいそう…)
ハーレイが出るのも早いものね、と壁の時計を眺めてみた。
「十時頃には終わっていそう」と、「午前中のお茶の時間までには」と。
午前中の分の家事が済んだら、どうやって時間を過ごそうか。
留守番なのだし、出掛けないで家にいるべきだろう。
どうしても買いに行きたい物があるとか、特別な事情が無い限りは。
(まず、お茶を淹れて…)
それからダイニングで、椅子に座って一休み。
新聞を広げて、気になる記事を読んでゆく。
(ハーレイは、朝から読んだだろうから…)
朝食を一緒に食べる間に、教えてくれた記事があるかもしれない。
「今日は、こんなのが載っていたぞ」と、「面白いから、読んでおくといい」と。
(そういうのがあったら、一番に読んで…)
ハーレイが感想を言っていたなら、「なるほど」と納得しながら読む。
何も言わずに出掛けたのなら、ハーレイが仕事から戻った後に…。
(あのね、って…)
夕食の席などで記事の話題を持ち出し、あれこれと二人で話すのもいい。
記事によっては、おねだりだって出来ることだろう。
「書いてあった場所に行ってみたいよ」とか、「あの料理、家で作れそう?」とか。
(お料理の記事もあるもんね?)
他の地域の名物料理を紹介したり、食べ歩いたりしている記事。
そんな記事なら、「其処に行きたい」と強請られたって、ハーレイは嫌な顔などはしない。
「そうだな」と優しい笑みを浮かべて、「いつか行こうか」と相槌を打ってくれる筈。
名物料理を作れそうか、と尋ねられても、同じこと。
「それじゃ、作ってみるとするかな」と、「まずはレシピを探さないと」と頷いて。
(…ハーレイが、なんにも言ってなくても…)
新聞をじっくり読み込んでいけば、色々な発見がありそうな感じ。
「これは、ハーレイに話さなくっちゃ」と、夕方まで覚えていたい何かが。
あるいは「これ、ハーレイなら、作れるよね?」と、目を留めてしまうレシピとか。
(…ハーレイが帰るまで、忘れないように…)
メモしておいたり、新聞の記事を色のついたペンで囲んだりする。
レシピの場合は、切り抜いても支障が無い場所だったら、切り抜いておこう。
裏をチェックして広告だったら、ハサミを持って来て、もう早速に。
午前中の時間は穏やかに過ぎて、お昼になったら、昼御飯。
(ハーレイが、何か作っておいてくれそう…)
朝食のついでに拵えるとか、前の晩から作ってあるとか。
なんと言っても、前のハーレイは厨房出身、今のハーレイも料理が得意なのだから。
(ぼくの昼御飯を作るついでに、自分のお弁当だって…)
手際よく作って持って行きそうな、料理上手な今のハーレイ。
学校の食堂でも姿を見かけるけれども、お弁当を持って来ることもある。
(一人暮らしでも、お弁当を作っているんだし…)
結婚して「ブルーのお昼御飯」を作るとなったら、毎日、お弁当かもしれない。
もしかしたら、用意して行くお昼御飯も…。
(お弁当箱に入っているかも!)
ハーレイとお揃いのお弁当箱で、中身もお揃い、と胸がときめく。
お昼になったら、ハーレイは学校で、自分は家で、それぞれ、お弁当箱の蓋を開けて…。
(いただきます、って…)
一緒に食べている気分になって、楽しんで味わうお弁当。
ハーレイが仕事から帰って来たなら、お弁当の話も出来るだろう。
「今日のお弁当に入ってた、あれ、いいよね」などと、味や切り方について和やかに。
(…ウサギの形をしたリンゴとか、タコの形のウインナーとか…)
ハーレイなら入れてくれそうだけれど、ハーレイの分のお弁当箱には…。
(タコもウサギも、いない気がする…)
普通のリンゴやウインナーが入って、ごくごく平凡なお弁当。
職場で食べるお弁当だし、ウサギやタコは似合わないから。
(…ぼくが作ったら、入れちゃうんだけど…)
愛妻弁当って言うんだよね、と憧れるけれど、入れるチャンスは来そうにない。
早く起きて出掛けるハーレイよりも、早く起きないと作れないのが大問題。
(うんと早起きして、作ろうとしても…)
ハーレイなら、きっと目を覚ます。
「ブルーがいないぞ」と気配で気付いて、キッチンに来るに違いない。
「おい、お前、何をしてるんだ?」と、お弁当作りをチェックしに。
「リンゴのウサギを入れちゃ駄目だぞ」と、「ウインナーのタコも駄目だからな?」と。
(…どうせ、そうなっちゃうんだから…)
お昼御飯だの、お弁当だのは、ハーレイに全部任せてしまおう。
留守番しながら美味しく食べて、後片付けをすれば充分。
(後は、ハーレイが帰って来るまで…)
洗濯物を取り込んで、畳んで仕舞うくらいだろうか。
他にするべき家事と言ったら、買い物や夕食の支度だけれど…。
(そっちも、ハーレイがやっちゃうしね?)
仕事の帰りに買い物をして、帰宅してから夕食作り。
今のハーレイの暮らしと変わらないから、結婚した後も同じやり方。
留守番をするブルーの仕事は、少しだけしか無い毎日。
(…留守番するんなら、もっと頑張りたいけれど…)
なんにも思い付かないよね、とフウと溜息が零れてしまう。
「だって、ハーレイが凄すぎるから」と、「ぼくには何も出来ないもの」と。
頑張って夕食を作ってみたって、出来栄えはハーレイに敵いはしない。
いくらハーレイが褒めてくれても、自分の腕前は、自分が一番良く分かる。
(お弁当を作っても、ウサギのリンゴは入れちゃ駄目だ、って言われるし…)
出来そうなことは、パウンドケーキを焼くくらい。
ハーレイの母が作るのと同じ味がする、大好物のレシピを母に習って、練習して。
(…ホントのホントに、それくらいしか…)
出来やしない、と嘆いてみたって、どうしようもない今の自分。
ハーレイよりも遅く生まれて来た分、経験値が足りなさすぎるから。
どれほど努力を重ねてみたって、ハーレイが先をゆくのだから。
(…もっと何か、ぼくに出来そうなこと…)
同じ留守番するんなら、と思ったはずみに、ハタと気付いた。
留守番するのは、昼間だけとは限らないのだ、と。
ハーレイが仕事で遅くなったら、夕食も外で食べて来る。
会議が長引いたような時には、他の先生たちと外食。
(いくら結婚してたって…)
毎回、断ることは無理だし、付き合いで食べに行くこともある。
そうなった時は、夕食も一人きりで食べて、帰宅を待っているしかない。
急に決まって遅くなったら、「すまん」と連絡が入ったきりで、独りぼっちで。
(えっと…?)
ぼくの晩御飯はどうするの、と困った途端に頭に浮かんだ、両親の顔。
何ブロックも離れていたって、この家は、ちゃんとあるのだから…。
(…食べさせて、って家に帰って、ハーレイの食事とかが終わったら…)
家まで迎えに来て貰うとか、と大きく頷く。
「どうせ役には立たないんだし」と、「下手に作ったら、焦がしそうだし」と。
(ハーレイに迷惑かけちゃうよりは、迎えに来て貰う方がいいよね?)
連絡があった時に「じゃあ、晩御飯は、ぼくの家に行くね」と、言っておいたら大丈夫。
ハーレイが車で迎えに来るまで、家で晩御飯を御馳走になって…。
(お土産に、ママが作ったケーキとかを貰って…)
お礼を言って、ハーレイの車で帰ってゆくのが一番いい。
誰にも迷惑はかからない上、両親だって喜ぶから。
(うん、夜も留守番するんなら…)
ぼくの家に行って待つのがいいよ、とニッコリと笑う。
「お土産、ママのパウンドケーキがあったら、ホントに最高なんだけど」と。
帰りの車で、ハーレイに自慢出来るから。
「ママのケーキを貰って来たよ」と、「ハーレイの大好きな、パウンドケーキ」と…。
留守番するんなら・了
※ハーレイ先生と結婚した後、どうやって留守番しようかな、と考えてみたブルー君。
出来ることは殆ど無さそうな上に、留守番が夜まで続く時には、実家で晩御飯らしいですv
(いつか、こういう夜も無くなるんだな…)
あと何年か経ったならな、とハーレイが、ふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(今の俺は、一人暮らしなんだが…)
ブルーが結婚出来る年になったら、一人暮らしではなくなるだろう。
待ちかねていた恋人が、この家に早々に引っ越して来て。
(あいつのことだし、何年も待ってるわけがないしな?)
上の学校にも進学しないで、ブルーは、来るに違いない。
十八歳になった途端に、結婚式を挙げて、この家の住人になるブルー。
そうなったならば、今夜のような「一人の夜」は、消えて無くなる。
コーヒー片手に書斎に来たって、ブルーは、ついて来るだろう。
「何を読むの?」と興味津々、書棚から本を選ぶ間も、きっと隣に立っている。
(邪魔するなよ、と言ってみたって…)
ブルーは「うん」と返事はしても、書斎から出てはいかないと思う。
自分は自分で何か選んで、そのままストンと床に座って、勝手に読書。
「これなら邪魔にならないでしょ?」と言わんばかりに、黙って本を読むブルー。
(…書斎で、テストとかを採点していても…)
同じ理屈で、ブルーはいるに違いない。
「ハーレイの邪魔にならない範囲」で、ブルー自身のスタイルで。
本を読んだり、新聞や雑誌を持ち込んだりと、暇つぶしになる何かを見付け出して。
(確かに、邪魔にはなっていないし…)
そういう時間も、とても幸せに思えることだろう。
少々、ブルーに気を取られようと、それは「ブルーがいるからこそ」。
今夜のように一人きりでは、気を取られたりすることさえ無い。
だから待ち遠しく思うけれども、「ブルーがいる」のが、当たり前になってしまった後。
「ちょっと邪魔だぞ」と、ふざけて言ったりもしたくなる頃、一人きりの夜が来たならば…。
(…どうなるだろうな?)
今とは逆の状況なんだが…、と首を捻った。
「そんな夜には、どうするんだ?」と。
ブルーと結婚式を挙げたら、二人で暮らすに決まっている。
この家にブルーの荷物が運び込まれて、ブルーのための部屋も出来上がる。
毎日、朝には一緒に朝食、それから仕事に出掛けて行って…。
(あいつが留守番してるってわけで…)
仕事が終わって帰って来たなら、ちゃんとブルーが待っている。
夕食の支度は、多分、ブルーがするのではなくて、自分の担当だろうけれども。
(なんたって、俺は料理が得意で、経験も豊富なんだしな?)
帰宅してからササッと作って、ブルーと二人で食べるのがいい。
「今日は、こいつがあったからな」と、買って来た食材を披露して。
「こうやって食うのが美味いんだぞ」などと、料理する姿も、ブルーに見せて。
(…仕事の無い日は、もちろん、朝から夜まで一緒で…)
何処に行くのも、ブルーと一緒。
買物も、散歩に出掛けてゆくのも、何をするのもブルーと二人で当たり前の休日。
そういった暮らしが、判で押したように続いてゆきそうだけれど…。
(…あいつと違って、俺が留守番する時だって…)
無いとは言い切れないだろう。
ブルーにも、ブルーの人生があって、ブルーの世界があるのだから。
学校の友人たちと出掛けて、留守にする日も来そうではある。
(明日の昼間は、出掛けて来るね、って…)
留守にすることも、まるで無いとは言えないと思う。
ついでに言うなら、昼間どころか、夜になっても…。
(帰って来ないってこともあるよなあ?)
次の日もな、と顎に当てる手。
「なんたって、あいつは若いんだから」と。
ブルーは結婚する気だけれども、ブルーの友人たちの場合は、そうではない。
彼らは十八歳になれば進学、上の学校へと進むだろう。
中には、今、住んでいる町を離れて…。
(ちょっと遠い所の学校に行こうってヤツも…)
いるだろうから、そういう友人に招かれたならば、ブルーは家を留守にする。
「友達の家まで行って来るね」と、泊りがけで遊びに出掛けて行って。
(…大いに有り得る話だよなあ…)
あいつが出掛けちまって留守番、とカップを片手に頷いた。
ブルーが泊まりで出掛けて行ったら、今夜と同じで、一人きりの夜が訪れる。
それより前の昼間の時点で、既に一人の時間だけれど。
家に帰ってもブルーはいなくて、この家の中に、ポツンと一人。
(…いやいや、そこは上手にだな…)
やってみせるさ、と想像してみることにした。
「ブルーがいなくて、留守番するなら」と、その間の自分の状況を。
どんな具合に時間を潰して、どういう夜を過ごすのかと。
(…仕事のある日じゃ、想像し甲斐が無いってモンだし…)
休み中ってことで考えるかな、と場面を長期休暇に設定した。
如何にもブルーが留守にしそうで、友達も招待しそうな時期が夏休みなど。
(朝に、あいつを送り出して、だ…)
車で何処かまで送ってやったら、その後は、自分一人の時間。
まずはそのまま、ドライブもいい。
いつもはブルーと出掛ける所を、一人、気ままに。
「その辺で、休憩した方がいいよな」などと、気遣う相手がいないドライブ。
(何処まで行こうが、休憩無しで突っ走ろうが…)
自由なのだし、とても新鮮に感じることだろう。
今の自分には普通だけれども、結婚した後は、もう出来なくなるドライブだから。
気ままに走ってゆくことなんかは、ブルーと一緒では難しいから。
(うん、なかなかに…)
悪くないぞ、と出だしは上々。
ブルーがいない留守番の暮らしは、ドライブで始めるのが良さそうだ。
思いのままにハンドルを切って、気の向くままに愛車で走る。
休憩場所など考えないで、「此処にしよう」と思ったら、停めて入ってゆく。
喫茶店でも、農産物の直売所でも、「これだ」とピンと来た場所に。
(入ったら、ぐるっと見回して…)
此処だ、と決めた席に座るとか、あるいは立ったまま、飲むとか、齧るとか。
ブルーと一緒では出来ない冒険、行儀なんかも気にしない。
気ままな男の一人旅だし、誰にも気兼ねは要らないから。
(今だと、まさにそうなんだがなあ…)
ブルーの家には寄れなかった日に、夜にドライブするような時。
思い立ったら車を走らせ、目についた店で食事したりもするけれど…。
(あいつと一緒に暮らし始めたら、そいつは無理だ)
遅くなったら、ブルーは疲れて眠ってしまうし、身体にも悪い。
そうでなくても虚弱な恋人、そうそう引っ張り回せはしない。
(…ドライブもそうだし、街に出掛けて行ったって…)
ブルーのためには、こまめに休憩、飲食する店も気を遣わねば。
騒がしい店など選べはしないし、席もゆったりしている店しか入れないだろう。
(そりゃあ、たまには…)
カウンター席もいいだろうけれど、あくまで「たまに」。
ブルーの身体の調子が良くて、「ちょっと冒険したって、いい日」。
だから自然と生まれる制約、二人だからこそ失う「自由」。
(あいつが出掛けて、留守番するなら…)
失くしてしまった自由を満喫、思い切り羽を伸ばして暮らす。
ドライブの後は、街へと走って、あちこち一人で歩くのもいい。
ブルーと二人だった時には、入れなかった店を回って、一日、のんびり。
「あいつは退屈するだろうから」と御無沙汰だった、いろんなスポットを楽しんで。
(…あいつが一緒でも、少しくらいは…)
そうした場所にも寄るだろうけれど、早めに出るのは間違いない。
「お前には、ちょっと退屈だろう」と、ブルーの気持ちを気遣って。
いくらブルーが「ううん」と首を横に振っても、瞳を見れば本音が分かる。
「ハーレイの好きな場所なんだから」と、好奇心一杯だろうけれども、疲れている、と。
(…あいつは、そういうヤツなんだ…)
自分の身体が辛くなっても、相手の気持ちが最優先。
それに「ハーレイが大好きなもの」は、体験したくなるのがブルー。
今の所は、コーヒーに挑戦程度だけれども、結婚したなら、挑戦は増える。
「ハーレイのお気に入り」に片っ端から挑んで、それで疲れて寝込んでも…。
(ちっとも懲りやしないんだ、きっと)
その分、俺が気を付けないと…、と分かっているから、出来ないことが増えてゆく。
気ままなドライブや、足の向くまま歩くことやら、今は「普通」にある自由を失くして。
(留守番するなら、そういったことを…)
思う存分、謳歌した後、買い物をして家路につく。
「今夜は、俺しかいないんだしな?」と、一人分の食材を買い込んで。
普段は買わない総菜などを買うのもいいし、インスタントも悪くないだろう。
ブルーと一緒の暮らしだったら、そんな手抜きはしないから。
(弁当を買って、食うのもいいよな)
酒とつまみも買うとするかな、と「独身の夜」を計画してゆく。
今の自分なら「気が向いた時に出来ること」が、ブルーと一緒では出来ないから。
ブルーが留守にしている時しか、手抜きの夕食などは不可能。
(もっとも、普段の俺にしたって…)
手抜きなんぞはしないんだがな、と思うからこそ、手抜きがいい。
せっかくの「独身に戻った夜」だし、それっぽいのが楽しそうだから。
料理などとは無縁の男子学生だったら、こうなるだろう、といった夕食。
(インスタントか、はたまた弁当…)
それでも酒があったら上々、と学生時代の友人たちを思い浮かべてニヤリとする。
「気ままな一人暮らしってヤツだ」と、「ブルーが留守の間だけだが」と。
手抜きの夕食を食べるからには、後片付けの方も手抜きが一番。
「明日の朝、纏めて洗えばいいさ」と、キッチンのシンクに突っ込んで終わり。
(流石に、水で軽く流して…)
汚れは軽く取っておくが、と考える辺りが、少々、所帯じみているけれど、仕方ない。
一人暮らしが長すぎるのと、料理好きなのと、マメなのが「悪い」。
(手抜きした後は、酒をゆっくり楽しんで…)
眠くなったら、ベッドに潜り込んでおしまい。
「ブルーがいない」寂しさなんかは、何処かへ消し飛んでいそうな夜。
あまりにも、「一人」が楽しくて。
独身時代に戻った一日、それですっかり満足して。
(…おいおいおい…)
それじゃ、あいつに悪くないか、と思うけれども、どうやら自分は…。
(…ブルーが留守でも、ちっとも寂しくないようだぞ?)
留守番するなら、楽しんじまうタイプなんだな、と浮かべた苦笑。
「きっと、前の俺のせいなんだろう」と。
前のブルーがいなくなった後、一人きりで長く生きていたのが悪い、と言い訳する。
「ブルーが何処にもいない」人生は辛いけれども、留守ならば、別。
気を遣わないでも大丈夫な分、「羽を伸ばしたくなったりするさ」と。
「留守番するなら、ちょいと御褒美を貰うくらいは、許されるってモンなんだから」と…。
留守番するなら・了
※結婚した後、ブルー君が留守で、留守番するなら…、と想像してみたハーレイ先生。
泊りがけで出掛けて行ったら、独身生活を満喫するようです。人生を楽しめるタイプですねv
あと何年か経ったならな、とハーレイが、ふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(今の俺は、一人暮らしなんだが…)
ブルーが結婚出来る年になったら、一人暮らしではなくなるだろう。
待ちかねていた恋人が、この家に早々に引っ越して来て。
(あいつのことだし、何年も待ってるわけがないしな?)
上の学校にも進学しないで、ブルーは、来るに違いない。
十八歳になった途端に、結婚式を挙げて、この家の住人になるブルー。
そうなったならば、今夜のような「一人の夜」は、消えて無くなる。
コーヒー片手に書斎に来たって、ブルーは、ついて来るだろう。
「何を読むの?」と興味津々、書棚から本を選ぶ間も、きっと隣に立っている。
(邪魔するなよ、と言ってみたって…)
ブルーは「うん」と返事はしても、書斎から出てはいかないと思う。
自分は自分で何か選んで、そのままストンと床に座って、勝手に読書。
「これなら邪魔にならないでしょ?」と言わんばかりに、黙って本を読むブルー。
(…書斎で、テストとかを採点していても…)
同じ理屈で、ブルーはいるに違いない。
「ハーレイの邪魔にならない範囲」で、ブルー自身のスタイルで。
本を読んだり、新聞や雑誌を持ち込んだりと、暇つぶしになる何かを見付け出して。
(確かに、邪魔にはなっていないし…)
そういう時間も、とても幸せに思えることだろう。
少々、ブルーに気を取られようと、それは「ブルーがいるからこそ」。
今夜のように一人きりでは、気を取られたりすることさえ無い。
だから待ち遠しく思うけれども、「ブルーがいる」のが、当たり前になってしまった後。
「ちょっと邪魔だぞ」と、ふざけて言ったりもしたくなる頃、一人きりの夜が来たならば…。
(…どうなるだろうな?)
今とは逆の状況なんだが…、と首を捻った。
「そんな夜には、どうするんだ?」と。
ブルーと結婚式を挙げたら、二人で暮らすに決まっている。
この家にブルーの荷物が運び込まれて、ブルーのための部屋も出来上がる。
毎日、朝には一緒に朝食、それから仕事に出掛けて行って…。
(あいつが留守番してるってわけで…)
仕事が終わって帰って来たなら、ちゃんとブルーが待っている。
夕食の支度は、多分、ブルーがするのではなくて、自分の担当だろうけれども。
(なんたって、俺は料理が得意で、経験も豊富なんだしな?)
帰宅してからササッと作って、ブルーと二人で食べるのがいい。
「今日は、こいつがあったからな」と、買って来た食材を披露して。
「こうやって食うのが美味いんだぞ」などと、料理する姿も、ブルーに見せて。
(…仕事の無い日は、もちろん、朝から夜まで一緒で…)
何処に行くのも、ブルーと一緒。
買物も、散歩に出掛けてゆくのも、何をするのもブルーと二人で当たり前の休日。
そういった暮らしが、判で押したように続いてゆきそうだけれど…。
(…あいつと違って、俺が留守番する時だって…)
無いとは言い切れないだろう。
ブルーにも、ブルーの人生があって、ブルーの世界があるのだから。
学校の友人たちと出掛けて、留守にする日も来そうではある。
(明日の昼間は、出掛けて来るね、って…)
留守にすることも、まるで無いとは言えないと思う。
ついでに言うなら、昼間どころか、夜になっても…。
(帰って来ないってこともあるよなあ?)
次の日もな、と顎に当てる手。
「なんたって、あいつは若いんだから」と。
ブルーは結婚する気だけれども、ブルーの友人たちの場合は、そうではない。
彼らは十八歳になれば進学、上の学校へと進むだろう。
中には、今、住んでいる町を離れて…。
(ちょっと遠い所の学校に行こうってヤツも…)
いるだろうから、そういう友人に招かれたならば、ブルーは家を留守にする。
「友達の家まで行って来るね」と、泊りがけで遊びに出掛けて行って。
(…大いに有り得る話だよなあ…)
あいつが出掛けちまって留守番、とカップを片手に頷いた。
ブルーが泊まりで出掛けて行ったら、今夜と同じで、一人きりの夜が訪れる。
それより前の昼間の時点で、既に一人の時間だけれど。
家に帰ってもブルーはいなくて、この家の中に、ポツンと一人。
(…いやいや、そこは上手にだな…)
やってみせるさ、と想像してみることにした。
「ブルーがいなくて、留守番するなら」と、その間の自分の状況を。
どんな具合に時間を潰して、どういう夜を過ごすのかと。
(…仕事のある日じゃ、想像し甲斐が無いってモンだし…)
休み中ってことで考えるかな、と場面を長期休暇に設定した。
如何にもブルーが留守にしそうで、友達も招待しそうな時期が夏休みなど。
(朝に、あいつを送り出して、だ…)
車で何処かまで送ってやったら、その後は、自分一人の時間。
まずはそのまま、ドライブもいい。
いつもはブルーと出掛ける所を、一人、気ままに。
「その辺で、休憩した方がいいよな」などと、気遣う相手がいないドライブ。
(何処まで行こうが、休憩無しで突っ走ろうが…)
自由なのだし、とても新鮮に感じることだろう。
今の自分には普通だけれども、結婚した後は、もう出来なくなるドライブだから。
気ままに走ってゆくことなんかは、ブルーと一緒では難しいから。
(うん、なかなかに…)
悪くないぞ、と出だしは上々。
ブルーがいない留守番の暮らしは、ドライブで始めるのが良さそうだ。
思いのままにハンドルを切って、気の向くままに愛車で走る。
休憩場所など考えないで、「此処にしよう」と思ったら、停めて入ってゆく。
喫茶店でも、農産物の直売所でも、「これだ」とピンと来た場所に。
(入ったら、ぐるっと見回して…)
此処だ、と決めた席に座るとか、あるいは立ったまま、飲むとか、齧るとか。
ブルーと一緒では出来ない冒険、行儀なんかも気にしない。
気ままな男の一人旅だし、誰にも気兼ねは要らないから。
(今だと、まさにそうなんだがなあ…)
ブルーの家には寄れなかった日に、夜にドライブするような時。
思い立ったら車を走らせ、目についた店で食事したりもするけれど…。
(あいつと一緒に暮らし始めたら、そいつは無理だ)
遅くなったら、ブルーは疲れて眠ってしまうし、身体にも悪い。
そうでなくても虚弱な恋人、そうそう引っ張り回せはしない。
(…ドライブもそうだし、街に出掛けて行ったって…)
ブルーのためには、こまめに休憩、飲食する店も気を遣わねば。
騒がしい店など選べはしないし、席もゆったりしている店しか入れないだろう。
(そりゃあ、たまには…)
カウンター席もいいだろうけれど、あくまで「たまに」。
ブルーの身体の調子が良くて、「ちょっと冒険したって、いい日」。
だから自然と生まれる制約、二人だからこそ失う「自由」。
(あいつが出掛けて、留守番するなら…)
失くしてしまった自由を満喫、思い切り羽を伸ばして暮らす。
ドライブの後は、街へと走って、あちこち一人で歩くのもいい。
ブルーと二人だった時には、入れなかった店を回って、一日、のんびり。
「あいつは退屈するだろうから」と御無沙汰だった、いろんなスポットを楽しんで。
(…あいつが一緒でも、少しくらいは…)
そうした場所にも寄るだろうけれど、早めに出るのは間違いない。
「お前には、ちょっと退屈だろう」と、ブルーの気持ちを気遣って。
いくらブルーが「ううん」と首を横に振っても、瞳を見れば本音が分かる。
「ハーレイの好きな場所なんだから」と、好奇心一杯だろうけれども、疲れている、と。
(…あいつは、そういうヤツなんだ…)
自分の身体が辛くなっても、相手の気持ちが最優先。
それに「ハーレイが大好きなもの」は、体験したくなるのがブルー。
今の所は、コーヒーに挑戦程度だけれども、結婚したなら、挑戦は増える。
「ハーレイのお気に入り」に片っ端から挑んで、それで疲れて寝込んでも…。
(ちっとも懲りやしないんだ、きっと)
その分、俺が気を付けないと…、と分かっているから、出来ないことが増えてゆく。
気ままなドライブや、足の向くまま歩くことやら、今は「普通」にある自由を失くして。
(留守番するなら、そういったことを…)
思う存分、謳歌した後、買い物をして家路につく。
「今夜は、俺しかいないんだしな?」と、一人分の食材を買い込んで。
普段は買わない総菜などを買うのもいいし、インスタントも悪くないだろう。
ブルーと一緒の暮らしだったら、そんな手抜きはしないから。
(弁当を買って、食うのもいいよな)
酒とつまみも買うとするかな、と「独身の夜」を計画してゆく。
今の自分なら「気が向いた時に出来ること」が、ブルーと一緒では出来ないから。
ブルーが留守にしている時しか、手抜きの夕食などは不可能。
(もっとも、普段の俺にしたって…)
手抜きなんぞはしないんだがな、と思うからこそ、手抜きがいい。
せっかくの「独身に戻った夜」だし、それっぽいのが楽しそうだから。
料理などとは無縁の男子学生だったら、こうなるだろう、といった夕食。
(インスタントか、はたまた弁当…)
それでも酒があったら上々、と学生時代の友人たちを思い浮かべてニヤリとする。
「気ままな一人暮らしってヤツだ」と、「ブルーが留守の間だけだが」と。
手抜きの夕食を食べるからには、後片付けの方も手抜きが一番。
「明日の朝、纏めて洗えばいいさ」と、キッチンのシンクに突っ込んで終わり。
(流石に、水で軽く流して…)
汚れは軽く取っておくが、と考える辺りが、少々、所帯じみているけれど、仕方ない。
一人暮らしが長すぎるのと、料理好きなのと、マメなのが「悪い」。
(手抜きした後は、酒をゆっくり楽しんで…)
眠くなったら、ベッドに潜り込んでおしまい。
「ブルーがいない」寂しさなんかは、何処かへ消し飛んでいそうな夜。
あまりにも、「一人」が楽しくて。
独身時代に戻った一日、それですっかり満足して。
(…おいおいおい…)
それじゃ、あいつに悪くないか、と思うけれども、どうやら自分は…。
(…ブルーが留守でも、ちっとも寂しくないようだぞ?)
留守番するなら、楽しんじまうタイプなんだな、と浮かべた苦笑。
「きっと、前の俺のせいなんだろう」と。
前のブルーがいなくなった後、一人きりで長く生きていたのが悪い、と言い訳する。
「ブルーが何処にもいない」人生は辛いけれども、留守ならば、別。
気を遣わないでも大丈夫な分、「羽を伸ばしたくなったりするさ」と。
「留守番するなら、ちょいと御褒美を貰うくらいは、許されるってモンなんだから」と…。
留守番するなら・了
※結婚した後、ブルー君が留守で、留守番するなら…、と想像してみたハーレイ先生。
泊りがけで出掛けて行ったら、独身生活を満喫するようです。人生を楽しめるタイプですねv
「致命的だよね…」
ホントに致命的だと思う、と小さなブルーが零した溜息。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「致命的だと?」
いきなりどうした、とハーレイは恋人の顔を覗き込んだ。
致命的とは、聞いただけでも穏やかではない。
いったい何があったというのか、聞き出さなければ。
(何かミスでもやらかしたのか?)
きっとそうだな、と心の中で見当を付けた。
ブルーにとっては致命的だと思える失敗、そんな所だと。
けれど、ブルーは話そうとしない。
ハーレイの顔を見詰めるだけで、言葉を紡ぐ気配も無い。
それでは何も出来はしないし、改めて問いを投げ掛ける。
「おい、話さないと何も分からないぞ?」
黙っていても俺には通じん、と話すようにと促した。
「致命的だというヤツのことを、分かるように話せ」と。
するとブルーは、もう一度、深い溜息をついた。
「分からない?」と、肩を竦めて。
「そういうトコだよ」と、「致命的なのは」と。
「……はあ?」
ますますもって分からんぞ、と疑問が更に膨らんでゆく。
「話せ」という言葉の何処を取ったら、致命的なのか。
(…しかしだな…)
今のブルーの言葉からして、問題は「自分」の方らしい。
致命的な何かを持っているのは、ブルーではなくて…。
(俺の方だ、という意味だよな?)
どうやらそうだ、と其処までは辛うじて推測出来た。
だが、その先が分からない。
自分の何が致命的なのか、どういう部分がソレなのかが。
(……うーむ……)
今日、此処に来てから、失敗をしてはいないと思う。
ブルーの両親には、いつも通りに挨拶をしたし…。
(昼飯を服に零しちゃいないし、お茶だって…)
午前も今も、服もテーブルも汚してはいない。
食べ方がガサツだったということだって、無いだろう。
礼儀作法には自信があるし、姿勢も悪くない筈だ。
(それなのに、何処が致命的だと?)
俺の何処が問題になると言うんだ、と謎は深まるばかり。
ブルーはと言えば、あからさまに溜息をついている。
「ホントのホントに致命的だよ」と、呆れ果てたように。
(…ブルーには分かっているんだよなあ…)
なのに俺には、全く分からないわけで、と気ばかり焦る。
ブルーが話してくれるのを待つか、もう一度、訊くか。
どうするべきか、と悩み続けていたら…。
「さっきも言ったけど、ソレなんだよね…」
ハーレイの致命的なトコ、とブルーは口を開いた。
「キャプテンだったら、船が沈むよ?」と。
「なんだって!?」
そんなに致命的なのか、とハーレイは愕然とした。
今の自分は「ただの教師」で、キャプテンではない。
だから自分では気付かないだけで、ブルーから見れば…。
(こう、あからさまな欠点ってヤツが…)
あるんだよな、と自分自身に問い掛ける。
「どうすりゃいいんだ」と、「俺のことだぞ?」と。
「よく考えろ」と叱咤してみても、やはり分からない。
今の自分の何処が駄目なのか、致命的な欠点なのか。
いくら考えても、答えは一向に出て来ないまま。
ブルーはフウと大きな溜息をついて、また繰り返した。
「本当に致命的だよね」と。
そう言われても分からないから、降参するしか道は無い。
ハーレイは「すまん」と頭を下げた。
「分からないんだ、本当に…。だから、教えてくれ」
直すべき所があるなら直すから、と正直に言った。
下手にこの場を取り繕うより、その方がいい。
聞くは一時の恥と言うから、尋ねるのが一番いいだろう。
訊かれたブルーは、「あーあ…」と、またも溜息まじり。
「ホントに鈍くて、駄目すぎるんだよ」と。
「…鈍いだと?」
俺がか、とハーレイは自分の顔を指差した。
鈍いと言われたことなどは無いし、運動神経だっていい。
なのに何処が、と思う間に、次の言葉が降って来た。
「洞察力っていうのかな…。まるで駄目だよ」
ぼくの心にも気が付かないし、とブルーは膨れる。
「さっきから、ずっと見詰めてるのに、何もしなくて…」
キスさえもしてくれないなんて、と詰られた。
「そんな調子じゃ、仲間の心も掴めないよ」と。
それでは仲間を纏められなくて、船が沈んじゃうよ、と。
「馬鹿野郎!」
それとコレとは話が別だ、とハーレイは軽く拳を握った。
致命的な点がソレだと言うなら、ブルーの方を直すべき。
何故なら、洞察力があるから、今だって…。
(こいつと一緒に暮らしたいのを、グッと我慢で…)
あえて目を瞑っているんだからな、と心で溜息をつく。
ブルーの頭を、拳でコツンとやりながら。
「お前の気持ちは分かっているさ」と、「前からな」と。
「だからキスなぞ強請るんじゃない」と、想いをこめて。
キスしてしまえば、二度と歯止めは利かないから。
そういう自分を分かっているから、鈍いふりだ、と…。
致命的だよね・了
ホントに致命的だと思う、と小さなブルーが零した溜息。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「致命的だと?」
いきなりどうした、とハーレイは恋人の顔を覗き込んだ。
致命的とは、聞いただけでも穏やかではない。
いったい何があったというのか、聞き出さなければ。
(何かミスでもやらかしたのか?)
きっとそうだな、と心の中で見当を付けた。
ブルーにとっては致命的だと思える失敗、そんな所だと。
けれど、ブルーは話そうとしない。
ハーレイの顔を見詰めるだけで、言葉を紡ぐ気配も無い。
それでは何も出来はしないし、改めて問いを投げ掛ける。
「おい、話さないと何も分からないぞ?」
黙っていても俺には通じん、と話すようにと促した。
「致命的だというヤツのことを、分かるように話せ」と。
するとブルーは、もう一度、深い溜息をついた。
「分からない?」と、肩を竦めて。
「そういうトコだよ」と、「致命的なのは」と。
「……はあ?」
ますますもって分からんぞ、と疑問が更に膨らんでゆく。
「話せ」という言葉の何処を取ったら、致命的なのか。
(…しかしだな…)
今のブルーの言葉からして、問題は「自分」の方らしい。
致命的な何かを持っているのは、ブルーではなくて…。
(俺の方だ、という意味だよな?)
どうやらそうだ、と其処までは辛うじて推測出来た。
だが、その先が分からない。
自分の何が致命的なのか、どういう部分がソレなのかが。
(……うーむ……)
今日、此処に来てから、失敗をしてはいないと思う。
ブルーの両親には、いつも通りに挨拶をしたし…。
(昼飯を服に零しちゃいないし、お茶だって…)
午前も今も、服もテーブルも汚してはいない。
食べ方がガサツだったということだって、無いだろう。
礼儀作法には自信があるし、姿勢も悪くない筈だ。
(それなのに、何処が致命的だと?)
俺の何処が問題になると言うんだ、と謎は深まるばかり。
ブルーはと言えば、あからさまに溜息をついている。
「ホントのホントに致命的だよ」と、呆れ果てたように。
(…ブルーには分かっているんだよなあ…)
なのに俺には、全く分からないわけで、と気ばかり焦る。
ブルーが話してくれるのを待つか、もう一度、訊くか。
どうするべきか、と悩み続けていたら…。
「さっきも言ったけど、ソレなんだよね…」
ハーレイの致命的なトコ、とブルーは口を開いた。
「キャプテンだったら、船が沈むよ?」と。
「なんだって!?」
そんなに致命的なのか、とハーレイは愕然とした。
今の自分は「ただの教師」で、キャプテンではない。
だから自分では気付かないだけで、ブルーから見れば…。
(こう、あからさまな欠点ってヤツが…)
あるんだよな、と自分自身に問い掛ける。
「どうすりゃいいんだ」と、「俺のことだぞ?」と。
「よく考えろ」と叱咤してみても、やはり分からない。
今の自分の何処が駄目なのか、致命的な欠点なのか。
いくら考えても、答えは一向に出て来ないまま。
ブルーはフウと大きな溜息をついて、また繰り返した。
「本当に致命的だよね」と。
そう言われても分からないから、降参するしか道は無い。
ハーレイは「すまん」と頭を下げた。
「分からないんだ、本当に…。だから、教えてくれ」
直すべき所があるなら直すから、と正直に言った。
下手にこの場を取り繕うより、その方がいい。
聞くは一時の恥と言うから、尋ねるのが一番いいだろう。
訊かれたブルーは、「あーあ…」と、またも溜息まじり。
「ホントに鈍くて、駄目すぎるんだよ」と。
「…鈍いだと?」
俺がか、とハーレイは自分の顔を指差した。
鈍いと言われたことなどは無いし、運動神経だっていい。
なのに何処が、と思う間に、次の言葉が降って来た。
「洞察力っていうのかな…。まるで駄目だよ」
ぼくの心にも気が付かないし、とブルーは膨れる。
「さっきから、ずっと見詰めてるのに、何もしなくて…」
キスさえもしてくれないなんて、と詰られた。
「そんな調子じゃ、仲間の心も掴めないよ」と。
それでは仲間を纏められなくて、船が沈んじゃうよ、と。
「馬鹿野郎!」
それとコレとは話が別だ、とハーレイは軽く拳を握った。
致命的な点がソレだと言うなら、ブルーの方を直すべき。
何故なら、洞察力があるから、今だって…。
(こいつと一緒に暮らしたいのを、グッと我慢で…)
あえて目を瞑っているんだからな、と心で溜息をつく。
ブルーの頭を、拳でコツンとやりながら。
「お前の気持ちは分かっているさ」と、「前からな」と。
「だからキスなぞ強請るんじゃない」と、想いをこめて。
キスしてしまえば、二度と歯止めは利かないから。
そういう自分を分かっているから、鈍いふりだ、と…。
致命的だよね・了
(…今度のぼくも、無理そうだよね…)
前と同じで、と小さなブルーが零した溜息。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(……今のハーレイも、苦いコーヒー、大好きなのに……)
ぼくには、ただの苦い飲み物、と夕食の席を思い出す。
今日、両親が食事の後に飲んでいたのは、そのコーヒー。
後片付けを済ませた母が、父と自分の分をカップに淹れて、二人で、ゆっくり。
ブルーも其処にいたのだけれども、ブルーの分のカップは無かった。
何故なら、飲めはしないから。
元々、飲んではいなかった上に、ハーレイと再会した後に…。
(…ハーレイも飲んでいるんだから、って、強請って…)
淹れて貰って、ハーレイと一緒に飲んだのだけれど、苦すぎて酷い目に遭った。
一口目から「駄目だ」と感じて、頑張ってみても飲み干せない。
結局、砂糖とミルクをたっぷり入れて貰って、ホイップクリームまで足して…。
(やっと飲めたの、パパもママも、ちゃんと見てたから…)
飲めないことが分かっているから、母は「ブルーも飲む?」とは訊いてくれない。
代わりにカップに注がれるのは、ホットミルクだったり、ココアだったり。
(…あんまりだよね…)
訊いてくれてもいいのにな、と不満だけれども、飲めないことは明白な事実。
それに両親は気付いていない、飲んだ後の後遺症まであった。
(後遺症って言うより、体質の問題なんだけど…)
コーヒーのカフェインにやられてしまって、飲んだ日の夜、眠れなかった。
お蔭で寝不足、前の自分にも、よくあったこと。
前のハーレイに「ぼくも飲むよ」と強請った後に、目が冴えて困った経験は多数。
そういう夜には、前のハーレイが寝かせてくれていたのに、今の自分は一人きり。
「眠れないよ」と訴えようにも、両親は別の部屋で寝ている。
ついでに、そんなことを言ったら、ますますコーヒーが遠ざかる。
「ブルーは、どうせ飲めないんだし」と、ミルクやココアばかりが出て来て。
本当は、飲んでみたいコーヒー。
前のハーレイも、今のハーレイも、紅茶よりコーヒーが好きだから。
(ハーレイも、ぼくも、好き嫌いは全く無いけれど…)
それとは違って嗜好の問題、側にあったら嬉しい飲み物。
前の自分の場合は紅茶で、前のハーレイはコーヒーだった。
白いシャングリラに、本物のコーヒーは無かったのに。
(…改造前のシャングリラだった頃は、本物のコーヒーがあったから…)
前の自分が人類の船から奪った物資には、コーヒーなども混ざっていた。
だから「本物」を楽しめたわけで、ハーレイは、すっかりコーヒー党。
自給自足の船になっても、その味が忘れられなかった。
酒好きの仲間たちと一緒に、合成の酒を飲んでいたけれど、それでは足りない。
(お酒は、仕事の合間なんかに飲めないし…)
朝食や昼食の時に飲むにも、アルコール類は駄目に決まっている。
そうなると、やはりコーヒーが欲しい、と思う仲間も多かったから…。
(…代用品が出来たんだよね…)
最初の間は酒と同じで合成品だった、白いシャングリラのコーヒー。
ところが、ひょんなことから生まれた、代用品のコーヒーがあった。
(船に子供たちが加わったから…)
子供たちには、合成品のチョコレートよりも本物を、と検討した末に出来た代用品。
イナゴ豆とも呼ばれるキャロブで、その豆から作られたチョコレートやコーヒー。
(キャロブは、カフェインが入ってないから…)
カフェインを加えて、コーヒーを作った。
前のハーレイは、それを好んで、休憩と言えば熱いコーヒー。
美味しそうに飲んでいるものだから、前の自分も欲しくなる。
(…美味しそうだ、っていうのもあったけど…)
それより何より、「ハーレイと同じ飲み物」を飲んでみたかった。
誰よりも愛した恋人なのだし、側にいる時は、一緒にカップを傾けたくなる。
もちろん、前のハーレイも同じで、そのために紅茶を飲んでいた。
青の間に来たら、いつでも紅茶。
コーヒーが飲めない恋人に合わせて、船で作られた紅茶を淹れて。
(…紅茶だったら、一緒に飲んでいたんだけれど…)
今の自分もそうなのだけれど、付き合ってくれるハーレイの好みは紅茶ではない。
遠く遥かな時の彼方でも、青い地球でも、ハーレイと言えばコーヒー党。
知っているから、飲みたいコーヒー。
ハーレイと一緒に、「美味しいよね」とカップを傾けて。
流石にブラックで飲むのは無理だし、適量の砂糖とミルクを入れて。
(…それが出来たら、いいのにね…)
ハーレイと一緒に飲めたなら、と溜息が零れ落ちてゆく。
「今度も、ぼくは駄目みたい」と、悲しくなって。
背丈が前と同じになっても、飲めるようになるとは思えないから。
(……ハーレイ、笑っていたんだもの……)
チビの自分がコーヒーに挑んで、苦さに閉口していた時に、笑ったハーレイ。
「ほらな」と、「やっぱり無理だったろう?」と、可笑しそうに。
それから母にアドバイスをした。
砂糖とミルクをたっぷりと入れて、おまけにホイップクリームを、と。
「前のブルーも、そうでしたから」と、「ブルーでも飲めるコーヒー」の作り方を伝えて。
(…そりゃ、ハーレイは、前のぼくのことを覚えているから…)
あのアドバイスも当然だけれど、笑っていたのは、きっとそれだけではないだろう。
自分自身の過去を踏まえて、その分までも…。
(可笑しくて、たまらなかったんだよ…!)
そうに決まっているんだから、と確信に近いものがある。
過去というのは、前のハーレイではなくて…。
(今のハーレイにも、本物のパパとママがいて…)
成人検査などは無いから、子供時代の記憶をきちんと持っている。
その中に、きっと、コーヒーのこともあるのだろう。
初めてコーヒーを飲んだ日のこと、どういう経験をしたのか、などが。
(…コーヒー党になってるんだし、ぼくと違って…)
酷い目などには、遭わなかったに違いない。
子供の舌には、コーヒーは苦すぎたのだとしても。
「苦い!」と顔を顰めたにしても、ちょっと背伸びをして、飲み終えた後は大満足。
大人の仲間入りをした気分になって、得意になって。
そうなんだろうな、と思う「今のハーレイと、コーヒーの出会い」。
けして最悪の出会いではなくて、最良とも言える初めてのコーヒー体験。
其処から道を歩み始めて、今は立派なコーヒー党。
だからこそ、「ブルー」を笑ったのだろう。
「今度も、やっぱり飲めないんだな」と、「前と全く同じじゃないか」と。
自分自身の過去と重ねてみたなら、違いは明らかなのだから。
コーヒーを好むか、そうでないかは、恐らく、出会いで分かるもの。
背伸びしてでも飲みたい子供か、白旗を掲げて逃げ出してしまう子供かで。
(…ホントに残念…)
コーヒーの才能は無さそうだから、と心底、残念で堪らない。
今の自分は、前とは別の人間なのに。
魂と見た目はそっくりだけれど、身体は違うものなのに。
(…せっかく、生まれ変わって来て…)
新しい身体を手に入れたのに、どうして同じになったのだろう。
「コーヒーが駄目だった」前の自分と、似ていなくても良かったのに。
(…ぼくがコーヒー党だったら…)
ハーレイは驚きそうだけれども、多分、嘆きはしない筈。
「俺のブルーは、どうなったんだ?」と慌てはしても、それだけのこと。
(…ぼくのおでこに、手を当てちゃって…)
熱を測って、「正気なのか?」と鳶色の瞳をパチパチとさせて、笑顔になる。
「それでも、お前はブルーだよな?」と。
「コーヒー党でも、俺のブルーだ」と、「そうか、今度は飲めるんだな」と。
(…ビックリした後は、喜びそうだよ…)
ぼくがコーヒー党だったなら、と容易に想像出来ること。
きっと、ハーレイは大喜びして、チビのブルーが育つ日を待ち侘びるのだろう。
デートに出掛けてゆける日を。
お気に入りの喫茶店に連れてゆく日を、まだか、まだか、と首を長くして。
(…ぼくが一緒に飲めたなら…)
出来るものね、と思いはしても、その日はどうやら来そうにない。
今の自分も、コーヒーは駄目なようだから。
前と同じに苦手に生まれて、育っても飲めそうにない身体だから。
(…飲める身体に生まれていたら…)
デートだけでなくて、家でも飲めて…、と想像だけが広がってゆく。
「もしも」と、「ぼくも、ハーレイと一緒に飲めたなら」と。
そうなっていたら、デートに出掛けて、美味しいコーヒーを二人で楽しむ。
飲めない自分には分からないけれど、コーヒーにも色々あるらしい。
淹れ方だとか、コーヒー豆の種類も沢山、奥の深い世界。
(……前のぼくたちには、キャロブのコーヒーしか無かったけれど……)
今なら、いくらでもコーヒーの世界を追い掛けてゆける。
淹れ方はもちろん、豆だって。
あの頃は無かった青い地球の上で、何種類もの豆が育っていて。
(…いろんな豆のを、喫茶店で飲んで、お気に入りが出来たら…)
何度も通ってゆくのもいいし、家でも挑戦したっていい。
ハーレイも自分もコーヒー党なら、それだけの価値はあるだろう。
「あのお店の味、家でやっても出せるかな?」などと、持ち掛けて。
「だって、家でも飲みたいものね」と、「淹れ方、二人で研究しようよ」と。
(…お店によっては、豆を売ってるトコだって…)
あると聞くから、そういう店なら、お気に入りの豆を買って持ち帰る。
そして二人で淹れるのだけれど、きっとお店のようにはいかない。
あちらはプロだし、ただのコーヒー党とは比較にならないノウハウがある。
だからこそ、その味に近付けたい。
ハーレイと二人で、頑張って。
「淹れ方かな?」と首を傾げたり、コーヒーメーカーのせいなのかも、と考えたり。
家にあるのでは駄目なのかも、とプロ仕様のを買い込んだり、と。
(…そういうのって、きっと楽しいよね?)
ハーレイと研究の日々を重ねて、美味しいコーヒーを目指す毎日。
「今日のは、ちょっと近付いたかな?」と、二人でカップを傾けて。
「次も、この淹れ方でやってみようか」などと、専用のノートに記録したりして。
(…記録は、ハーレイの係だよね?)
航宙日誌じゃなくって、コーヒー日誌、と笑みが零れる。
ハーレイなら、几帳面に書きそうだから。
日付も、使った豆の種類も、淹れた方法も、きちんと、細かく。
(…キャプテン・ハーレイの、コーヒー日誌…)
もうキャプテンじゃないんだけどね、と思いはしても、ハーレイは、同じハーレイのまま。
新しい身体になっていたって、コーヒー党のハーレイだから…。
(…コーヒー日誌、つけてくれそう…)
記録しようよ、と言ったなら。
「美味しいコーヒーを研究するには、記録も大事」と、そそのかしたら。
(…それとも、とっくに作ってるかな…?)
あのハーレイのことだものね、とクスッと笑う。
日記は今も書いているようだし、日記が兼ねているかもしれない。
美味しいコーヒーが出来上がった時は、覚え書きとして、日記に記録。
「この豆で、こういう淹れ方をしたら、美味しかった」といった具合に。
(…ぼくも一緒に飲めたなら…)
二人で暮らし始めた時には、コーヒー日誌が欲しいよね、と広がる夢。
「もしも、一緒に飲めたなら」と。
喫茶店で飲んで、家でも飲んで、あれこれ研究、と。
ハーレイが好きなコーヒーだから。
今の自分も駄目そうだけれど、ハーレイと一緒に楽しめたならば、最高だから…。
一緒に飲めたなら・了
※今の生でもコーヒーが飲めそうにない、ブルー君。ハーレイ先生と一緒に飲みたいのに。
もしも飲めたら、とても楽しいことになりそう。コーヒー日誌をつけるハーレイ先生とかv
前と同じで、と小さなブルーが零した溜息。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(……今のハーレイも、苦いコーヒー、大好きなのに……)
ぼくには、ただの苦い飲み物、と夕食の席を思い出す。
今日、両親が食事の後に飲んでいたのは、そのコーヒー。
後片付けを済ませた母が、父と自分の分をカップに淹れて、二人で、ゆっくり。
ブルーも其処にいたのだけれども、ブルーの分のカップは無かった。
何故なら、飲めはしないから。
元々、飲んではいなかった上に、ハーレイと再会した後に…。
(…ハーレイも飲んでいるんだから、って、強請って…)
淹れて貰って、ハーレイと一緒に飲んだのだけれど、苦すぎて酷い目に遭った。
一口目から「駄目だ」と感じて、頑張ってみても飲み干せない。
結局、砂糖とミルクをたっぷり入れて貰って、ホイップクリームまで足して…。
(やっと飲めたの、パパもママも、ちゃんと見てたから…)
飲めないことが分かっているから、母は「ブルーも飲む?」とは訊いてくれない。
代わりにカップに注がれるのは、ホットミルクだったり、ココアだったり。
(…あんまりだよね…)
訊いてくれてもいいのにな、と不満だけれども、飲めないことは明白な事実。
それに両親は気付いていない、飲んだ後の後遺症まであった。
(後遺症って言うより、体質の問題なんだけど…)
コーヒーのカフェインにやられてしまって、飲んだ日の夜、眠れなかった。
お蔭で寝不足、前の自分にも、よくあったこと。
前のハーレイに「ぼくも飲むよ」と強請った後に、目が冴えて困った経験は多数。
そういう夜には、前のハーレイが寝かせてくれていたのに、今の自分は一人きり。
「眠れないよ」と訴えようにも、両親は別の部屋で寝ている。
ついでに、そんなことを言ったら、ますますコーヒーが遠ざかる。
「ブルーは、どうせ飲めないんだし」と、ミルクやココアばかりが出て来て。
本当は、飲んでみたいコーヒー。
前のハーレイも、今のハーレイも、紅茶よりコーヒーが好きだから。
(ハーレイも、ぼくも、好き嫌いは全く無いけれど…)
それとは違って嗜好の問題、側にあったら嬉しい飲み物。
前の自分の場合は紅茶で、前のハーレイはコーヒーだった。
白いシャングリラに、本物のコーヒーは無かったのに。
(…改造前のシャングリラだった頃は、本物のコーヒーがあったから…)
前の自分が人類の船から奪った物資には、コーヒーなども混ざっていた。
だから「本物」を楽しめたわけで、ハーレイは、すっかりコーヒー党。
自給自足の船になっても、その味が忘れられなかった。
酒好きの仲間たちと一緒に、合成の酒を飲んでいたけれど、それでは足りない。
(お酒は、仕事の合間なんかに飲めないし…)
朝食や昼食の時に飲むにも、アルコール類は駄目に決まっている。
そうなると、やはりコーヒーが欲しい、と思う仲間も多かったから…。
(…代用品が出来たんだよね…)
最初の間は酒と同じで合成品だった、白いシャングリラのコーヒー。
ところが、ひょんなことから生まれた、代用品のコーヒーがあった。
(船に子供たちが加わったから…)
子供たちには、合成品のチョコレートよりも本物を、と検討した末に出来た代用品。
イナゴ豆とも呼ばれるキャロブで、その豆から作られたチョコレートやコーヒー。
(キャロブは、カフェインが入ってないから…)
カフェインを加えて、コーヒーを作った。
前のハーレイは、それを好んで、休憩と言えば熱いコーヒー。
美味しそうに飲んでいるものだから、前の自分も欲しくなる。
(…美味しそうだ、っていうのもあったけど…)
それより何より、「ハーレイと同じ飲み物」を飲んでみたかった。
誰よりも愛した恋人なのだし、側にいる時は、一緒にカップを傾けたくなる。
もちろん、前のハーレイも同じで、そのために紅茶を飲んでいた。
青の間に来たら、いつでも紅茶。
コーヒーが飲めない恋人に合わせて、船で作られた紅茶を淹れて。
(…紅茶だったら、一緒に飲んでいたんだけれど…)
今の自分もそうなのだけれど、付き合ってくれるハーレイの好みは紅茶ではない。
遠く遥かな時の彼方でも、青い地球でも、ハーレイと言えばコーヒー党。
知っているから、飲みたいコーヒー。
ハーレイと一緒に、「美味しいよね」とカップを傾けて。
流石にブラックで飲むのは無理だし、適量の砂糖とミルクを入れて。
(…それが出来たら、いいのにね…)
ハーレイと一緒に飲めたなら、と溜息が零れ落ちてゆく。
「今度も、ぼくは駄目みたい」と、悲しくなって。
背丈が前と同じになっても、飲めるようになるとは思えないから。
(……ハーレイ、笑っていたんだもの……)
チビの自分がコーヒーに挑んで、苦さに閉口していた時に、笑ったハーレイ。
「ほらな」と、「やっぱり無理だったろう?」と、可笑しそうに。
それから母にアドバイスをした。
砂糖とミルクをたっぷりと入れて、おまけにホイップクリームを、と。
「前のブルーも、そうでしたから」と、「ブルーでも飲めるコーヒー」の作り方を伝えて。
(…そりゃ、ハーレイは、前のぼくのことを覚えているから…)
あのアドバイスも当然だけれど、笑っていたのは、きっとそれだけではないだろう。
自分自身の過去を踏まえて、その分までも…。
(可笑しくて、たまらなかったんだよ…!)
そうに決まっているんだから、と確信に近いものがある。
過去というのは、前のハーレイではなくて…。
(今のハーレイにも、本物のパパとママがいて…)
成人検査などは無いから、子供時代の記憶をきちんと持っている。
その中に、きっと、コーヒーのこともあるのだろう。
初めてコーヒーを飲んだ日のこと、どういう経験をしたのか、などが。
(…コーヒー党になってるんだし、ぼくと違って…)
酷い目などには、遭わなかったに違いない。
子供の舌には、コーヒーは苦すぎたのだとしても。
「苦い!」と顔を顰めたにしても、ちょっと背伸びをして、飲み終えた後は大満足。
大人の仲間入りをした気分になって、得意になって。
そうなんだろうな、と思う「今のハーレイと、コーヒーの出会い」。
けして最悪の出会いではなくて、最良とも言える初めてのコーヒー体験。
其処から道を歩み始めて、今は立派なコーヒー党。
だからこそ、「ブルー」を笑ったのだろう。
「今度も、やっぱり飲めないんだな」と、「前と全く同じじゃないか」と。
自分自身の過去と重ねてみたなら、違いは明らかなのだから。
コーヒーを好むか、そうでないかは、恐らく、出会いで分かるもの。
背伸びしてでも飲みたい子供か、白旗を掲げて逃げ出してしまう子供かで。
(…ホントに残念…)
コーヒーの才能は無さそうだから、と心底、残念で堪らない。
今の自分は、前とは別の人間なのに。
魂と見た目はそっくりだけれど、身体は違うものなのに。
(…せっかく、生まれ変わって来て…)
新しい身体を手に入れたのに、どうして同じになったのだろう。
「コーヒーが駄目だった」前の自分と、似ていなくても良かったのに。
(…ぼくがコーヒー党だったら…)
ハーレイは驚きそうだけれども、多分、嘆きはしない筈。
「俺のブルーは、どうなったんだ?」と慌てはしても、それだけのこと。
(…ぼくのおでこに、手を当てちゃって…)
熱を測って、「正気なのか?」と鳶色の瞳をパチパチとさせて、笑顔になる。
「それでも、お前はブルーだよな?」と。
「コーヒー党でも、俺のブルーだ」と、「そうか、今度は飲めるんだな」と。
(…ビックリした後は、喜びそうだよ…)
ぼくがコーヒー党だったなら、と容易に想像出来ること。
きっと、ハーレイは大喜びして、チビのブルーが育つ日を待ち侘びるのだろう。
デートに出掛けてゆける日を。
お気に入りの喫茶店に連れてゆく日を、まだか、まだか、と首を長くして。
(…ぼくが一緒に飲めたなら…)
出来るものね、と思いはしても、その日はどうやら来そうにない。
今の自分も、コーヒーは駄目なようだから。
前と同じに苦手に生まれて、育っても飲めそうにない身体だから。
(…飲める身体に生まれていたら…)
デートだけでなくて、家でも飲めて…、と想像だけが広がってゆく。
「もしも」と、「ぼくも、ハーレイと一緒に飲めたなら」と。
そうなっていたら、デートに出掛けて、美味しいコーヒーを二人で楽しむ。
飲めない自分には分からないけれど、コーヒーにも色々あるらしい。
淹れ方だとか、コーヒー豆の種類も沢山、奥の深い世界。
(……前のぼくたちには、キャロブのコーヒーしか無かったけれど……)
今なら、いくらでもコーヒーの世界を追い掛けてゆける。
淹れ方はもちろん、豆だって。
あの頃は無かった青い地球の上で、何種類もの豆が育っていて。
(…いろんな豆のを、喫茶店で飲んで、お気に入りが出来たら…)
何度も通ってゆくのもいいし、家でも挑戦したっていい。
ハーレイも自分もコーヒー党なら、それだけの価値はあるだろう。
「あのお店の味、家でやっても出せるかな?」などと、持ち掛けて。
「だって、家でも飲みたいものね」と、「淹れ方、二人で研究しようよ」と。
(…お店によっては、豆を売ってるトコだって…)
あると聞くから、そういう店なら、お気に入りの豆を買って持ち帰る。
そして二人で淹れるのだけれど、きっとお店のようにはいかない。
あちらはプロだし、ただのコーヒー党とは比較にならないノウハウがある。
だからこそ、その味に近付けたい。
ハーレイと二人で、頑張って。
「淹れ方かな?」と首を傾げたり、コーヒーメーカーのせいなのかも、と考えたり。
家にあるのでは駄目なのかも、とプロ仕様のを買い込んだり、と。
(…そういうのって、きっと楽しいよね?)
ハーレイと研究の日々を重ねて、美味しいコーヒーを目指す毎日。
「今日のは、ちょっと近付いたかな?」と、二人でカップを傾けて。
「次も、この淹れ方でやってみようか」などと、専用のノートに記録したりして。
(…記録は、ハーレイの係だよね?)
航宙日誌じゃなくって、コーヒー日誌、と笑みが零れる。
ハーレイなら、几帳面に書きそうだから。
日付も、使った豆の種類も、淹れた方法も、きちんと、細かく。
(…キャプテン・ハーレイの、コーヒー日誌…)
もうキャプテンじゃないんだけどね、と思いはしても、ハーレイは、同じハーレイのまま。
新しい身体になっていたって、コーヒー党のハーレイだから…。
(…コーヒー日誌、つけてくれそう…)
記録しようよ、と言ったなら。
「美味しいコーヒーを研究するには、記録も大事」と、そそのかしたら。
(…それとも、とっくに作ってるかな…?)
あのハーレイのことだものね、とクスッと笑う。
日記は今も書いているようだし、日記が兼ねているかもしれない。
美味しいコーヒーが出来上がった時は、覚え書きとして、日記に記録。
「この豆で、こういう淹れ方をしたら、美味しかった」といった具合に。
(…ぼくも一緒に飲めたなら…)
二人で暮らし始めた時には、コーヒー日誌が欲しいよね、と広がる夢。
「もしも、一緒に飲めたなら」と。
喫茶店で飲んで、家でも飲んで、あれこれ研究、と。
ハーレイが好きなコーヒーだから。
今の自分も駄目そうだけれど、ハーレイと一緒に楽しめたならば、最高だから…。
一緒に飲めたなら・了
※今の生でもコーヒーが飲めそうにない、ブルー君。ハーレイ先生と一緒に飲みたいのに。
もしも飲めたら、とても楽しいことになりそう。コーヒー日誌をつけるハーレイ先生とかv