忍者ブログ

(今日は会い損なっちまったなあ…)
 それでも明日は会えるだろうさ、とハーレイはブルーの面影を頭に描く。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それをお供に。
 今日はブルーと、全く顔を合わせなかった。
 お互い、同じ学校にいたというのに、すれ違った覚えさえも無い。
 ブルーの方も、きっと今頃、ガッカリしていることだろう。
 「今日はハーレイに会えなかったよ」と、家に寄ってくれなかったことも含めて。
(たまにあるんだ、こういう時が)
 前の俺たちだと考えられんな、とシャングリラの時代に思いを馳せる。
 遠く遥かな時の彼方では、船の中だけが世界の全てだった。
 しかもハーレイはキャプテンだったし、ブルーは皆を纏めるソルジャー。
(…たとえ喧嘩をしちまったって…)
 船の頂点とも言える二人が「会わない」わけにはいかなかった。
 会議はもちろん、青の間での朝食などもあったし、嫌でも顔を合わせるしかない。
(まあ、会いたくもない程の喧嘩なんぞは…)
 しちゃいないがな、と思うけれども、今の生ではどうなるだろうか。
 ブルーが結婚出来る年になったら、一緒に暮らすと決めている。
 この家にブルーの部屋を作って、仕事で出掛ける時間以外は、常にブルーと…。
(二人っきりで、うんと幸せな毎日で…)
 何処へ行くのも一緒なんだ、と甘い夢を見る日々だけれども、未来のことは分からない。
 今のブルーは、前のブルーと同じ魂、同じ記憶を持ってはいても、育ち方が違う。
 本物の両親を持っている上、幼い時代の記憶もある。
 その分、我慢ばかりだった前のブルーよりも、我儘に出来ているものだから…。
(ちょっとしたことで機嫌を損ねちまって、プイと部屋から出て行って…)
 それきり何日も口を利かずに、膨れっ放しということもあるかもしれない。
 同じ家で暮らしているというのに、「いってらっしゃい」とも言わないブルー。
 仕事が終わって帰って来たって、「おかえりなさい」の言葉も無しで。


 そうなったとしても不思議は無いな、と苦笑する内に、ポンと浮かんで来た言葉。
(……家出……)
 今度のあいつは出来るんだ、と「家出」なる単語に愕然とした。
 口を利かないどころではなくて、ブルーが家から「いなくなる」。
 荷物を纏めて、「当分、帰らないからね!」と捨て台詞を残して、出て行って。
 着替えなどを詰めた大きな鞄を提げて、「家ではない」何処かへ行ってしまって。
(…前のあいつだと、そういうわけにはいかなくて…)
 ソルジャーでなくても、そいつは無理だ、と考えなくても答えは出て来る。
 ミュウは人類に追われていたから、いくらブルーでも「外の世界」では生きられない。
 正確に言えば、サイオンで情報操作などをしたなら、生きてゆくことは出来るけれども…。
(周りに仲間は誰もいなくて、敵陣の中での暮らしってヤツで…)
 心が落ち着くわけもないから、ブルーが暮らせる世界ではない。
 毎日が緊張の連続だなんて、誰だって音を上げるだろう。
(しかし、今度のあいつの場合は…)
 怒って家から出て行ったって、生きてゆける場所は幾らでもある。
 まずはブルーが育った家で、ブルーが使っていた部屋が「そのまま」あるだろうから…。
(暫く此処で暮らすからね、と…)
 家に上がり込んで、勝手知ったる「元の家」の廊下をズンズン進んで…。
(元の自分の部屋に入って、鞄を置いて…)
 中身を引っ張り出すのではなく、鞄は其処に放り出しておいて、向かう先は恐らく階下の部屋。
 ダイニングなのか、キッチンなのか、とにかく、母がいそうな場所へ。
(ママ、ぼくのおやつは何かあるの、と…)
 ケーキやらパイといった菓子が目当てで、それがあったら、早速、食べる。
 家に置いて来た「ハーレイ」なんぞは、綺麗サッパリ忘れ去って。
 「ママのお菓子は美味しいよね」などと、御機嫌になって。
(…何かあったの、と質問されてもだな…)
 今のブルーなら、「言いたくないよ!」の一言で切って、バッサリと捨てることだろう。
 悪いのは「ハーレイの方」なんだから、と怒り心頭、理由など話す必要も無い。
 顔も見たくない相手の話は、するだけで腹が立って来るから。
(…お母さんだって、その辺はだな…)
 察して「そうね」で終わってしまって、ブルーは元通りに家の住人、怒ったままで。


 ブルーが家から出て行った場合、一番に浮かぶ行先が「実家」。
 人間が地球しか知らなかった時代は、定番の家出の先だったらしい。
 嫁に来た妻が「実家に帰らせて頂きます!」と荷物を纏めて、帰って行ってしまう元の家。
 時には子供たちも引き連れ、家には夫だけを残して、何もかも放り出してしまって。
(…うーむ…)
 今のあいつなら、やりかねないぞ、と思えてしまうから恐ろしい。
 のびのびと育てられたブルーは、前のブルーよりも我儘な上に、我慢も出来ない。
 現に今でも、じきに怒って、頬っぺたをプウッと膨らませる。
 子供の間はそれで済むけれど、一緒に暮らし始めたら…。
(膨れるどころか、荷物を纏めて出て行っちまって…)
 帰って来そうにないんだが、と眉間に手をやった。
 「そうなるかもな」と、未来の自分が容易に想像出来る。
 ブルーに家出をされてしまって、途方に暮れている「ハーレイ」が。
(…実家だったら、まだいいんだが…)
 謝りに行くのも簡単だしな、と土下座する自分が頭に浮かぶ。
 ブルーを育てた両親の家なら、いくらブルーが怒っていたって、中には入れて貰えるだろう。
 玄関を開けるのは、ブルーの母か父だから。
 「ブルー君に謝りに来ました」と玄関先で告げたら、逆に謝られるかもしれない。
 恐縮しながら「すみません、ブルーが御迷惑をお掛けしているようで…」と。
 更には「どうぞ入って、中でお茶でも」と、招き入れられて「客人」扱い。
(お茶とお菓子を御馳走になって、それから二階へ行ってだな…)
 ブルーの部屋の前で「すまん」と土下座で、詫びを入れる日々。
 せっせと通って、ブルーの怒りが解けるまで。
 閉まったままの部屋の扉が開いて、中からブルーが出て来るまで。
 「分かったよ、ハーレイと一緒に帰るよ」と、お許しが出たら、家出はおしまい。
 出て来たブルーを愛車に乗せて、二人で家へと帰ってゆく。
 車の中では、助手席のブルーが恩着せがましく、「懲りておいてよね」と文句でも。
 「次は無いよ」と膨れっ面でも、連れて帰れたらそれでいい。
 帰ってブルーをギュッと抱き締め、「悪かった」と謝り、キスをしたなら…。
(あいつの怒りも、いつの間にやら…)
 雪のようにすっかり溶けてしまって、また元通りの、幸せな日々が戻るだろうから。


(…よしよしよし…)
 土下座くらいはお安いモンだ、と思うけれども、この手が何処でも通用するとは限らない。
 家出したブルーの行先によっては、土下座の余地も無いかもしれない。
 謝りたくて訪ねて行っても、「門前払い」というヤツで。
 お茶とお菓子が出て来る代わりに、玄関先で追い払われる。
(…その玄関にも立てないだとか…)
 ありそうだよな、と頭を抱えたくなる、ブルーが行きそうな場所の心当たりが一つ。
(……俺の親父と、おふくろの家……)
 二人とも、ブルーに甘そうだしな、と両親の人柄が恨めしい。
 あの二人ならば、「実の息子」よりも、ブルーの方を取るだろう。
 怒って家を出て来たブルーが、隣町に住むハーレイの両親の家の扉を叩いたら…。
(おふくろは、「あら、どうしたの」で…)
 親父の方も同じだよな、と二人の反応に頭が痛い。
 ブルーが家出をして来たことは、大きな荷物と、「ハーレイがいない」現実で分かる。
 二人はブルーの母と同じく、「察して」ブルーを迎え入れて…。
(この部屋を好きに使えばいい、と…)
 普段なら、ハーレイと一緒に泊まるだろう部屋、其処にブルーを住まわせる。
 自分たちの息子が何をしたのか、ブルーに理由を聞きもしないで。
 「いつまでも此処にいて構わないから」と、食事も、おやつも提供して。
(でもって、俺がブルーに詫びに行ったら…)
 ガレージに車を停めた途端に、父が飛び出して来そうな感じ。
 「何しに来た!」と仁王立ちされて、車のドアを開けることさえ出来ないで…。
(追い返されて、すごすごと…)
 方向転換、元来た道を帰ってゆくしかないかもしれない。
 両親はブルーの味方なのだし、充分、ありそう。
(そうやって、俺を追い返したら…)
 父は「ハーレイが来たから、追っ払ったぞ」とブルーに誇らしげに語ることだろう。
 「あいつに庭の土は踏ません」と、「ブルー君が許す気になるまで、追い払うから」と。
 つまり玄関先にも立てない、とても厳しい戦いになる。
 ブルーに向かって土下座しようにも、其処まで辿り着けないから。


 なんとも困った、ブルーが行きそうな「家出先」。
 実家に帰って行かれた方が、まだしもマシと言えるけれども、選ぶのはブルー。
 ついでに言うなら、もっと悲惨なケースもある。
(…あいつにも、友達、いるからなあ…)
 その友達の家に行かれたら、行先がまるで分からない。
 ブルーが「友達の家に泊まっている」のは、なんとか把握出来たとしても…。
(どの友達の家かってトコが、まず問題で…)
 それを掴むのは、簡単なことではないだろう。
 片っ端から通信を入れて、「ブルー君が、お宅に泊まってますか?」と尋ねても…。
(ブルーが「いないと言っといて!」と言おうものなら…)
 友達は当然、そう言うだろうし、心当たりのある先が、全て「来ていない」になる。
 その内のどれが「当たり」なのかは、サイオンを使わない限り…。
(分かりゃしないし、サイオンは使わないのが社会のマナーで…)
 お手上げじゃないか、と泣きたいような気分になる。
 ブルーの居場所が分からないのでは、門前払いよりもまだ酷い。
 門前払いをされる場合は、「其処までは行った」事実があるから、それを重ねれば…。
(ブルーの気持ちも、その内にだな…)
 変わるだろうし、怒りも解けてくることだろう。
 ところが、それも出来ないケースが「友達の家」に行かれてしまった時。
 そうそう何度も「ブルー君は来ていますか?」と訊けはしないし、様子を探りに行こうにも…。
(友達に現場を見付かっちまって、「ハーレイ先生の車が来てたみたいだぞ」と…)
 ブルーに報告されてしまおうものなら、逆効果になる危険が非常に高い。
 それを聞いたブルーが、「ハーレイ、こそこそ嗅ぎ回ってるの!?」と顔を強張らせて。
 「なんで素直に謝らないの」と、「手紙でも置いて行けばいいじゃない!」と。
(…そうか、手紙か…!)
 そいつをポストに入れて帰れば…、と思ったけれども、入れるポストはどれなのか。
(…どの友達の家かが、分からないんだが…!)
 まるで打つ手が無いじゃないか、と頭痛がしそうで、「これは駄目だな」と低く唸った。
 家出されたら、場合によってはおしまいらしい。
 土下座しようにも、其処にも辿り着けないで。
 謝るどころか裏目に出続け、ブルーは帰って来てくれなくて…。



           家出されたら・了


※今のブルー君を怒らせたら、家出されるかも、と考え始めたハーレイ先生ですけれど。
ブルー君が選んだ家出先によっては、厄介なことになりそうです。土下座で詫びるのも無理v









拍手[0回]

PR
「いつか仕返ししてやるからね」
 今はいい気でいるけれど、と上目遣いで口にしたブルー。
 二人きりで過ごす午後の時間に、唐突に。
 お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「仕返しだって?」
 何のことだ、とハーレイは鳶色の目を丸くした。
 いきなり仕返しなどと言われても、心当たりが全く無い。
 今の今まで、いつも通りのティータイム。
 ブルーの母が焼いたケーキと、美味しい紅茶で…。
(和やかに過ごしていた筈なんだが…?)
 それとも俺が何かしたか、と自分の記憶を探ってみる。
 ブルーを怒らせるようなことを言ったか、したか。
(はて…?)
 分からんのだが、とハーレイは首を捻るしかない。
 まるで全く思い当たらないし、失敗もしていないだろう。
 チビのブルーは、直ぐに膨れてしまうけれども。


 前のブルーと今のブルーは、その点が違う。
 十四歳にしかならないブルーは、我慢が出来ない。
(いや、やろうと思えば出来るんだろうが…)
 要は甘えているんだよな、という気がする。
 辛抱強く我慢しないで、素直に自分の気持ちをぶつける。
 「疲れちゃったよ」とか、「痛いってば!」とか。
(だから、沸点も低くてだな…)
 何かと言えば頬を膨らませて、感情も露わに怒り出す。
 頬っぺたをプウッとやっている姿は、とある魚に…。
(そっくりだってな、可笑しいくらいに)
 可愛いらしい顔がハコフグになって、と頬が緩んだ。
 膨れたブルーの両の頬っぺた、それを潰すのも面白い。
 自分の大きな両手で挟んで、ペシャンとやると…。
(唇を尖らせて文句を言うのが、また楽しいんだ)
 今ならではだな、とクスッと笑うと、ブルーが睨んだ。
「また笑っちゃって!」
 余裕だよね、とブルーは顔一杯に不満を浮かべている。
 この有様だと、ハコフグになるのも近いだろう。
 プンスカ怒って唇を尖らせ、頬を膨らませて。


(いったい何を怒ってるんだか…)
 しかも仕返しと来たもんだ、と首を傾げて、気が付いた。
 もしかしたら、ブルーがハコフグになっている時に…。
(頬っぺたをペシャンと潰してるヤツが…)
 気に入らなくて仕返しなのか、と思わないでもない。
 ブルーが大きく育った時には、膨れる代わりに…。
(俺の頬っぺたを平手打ちとか、抓るとか…)
 今の仕返しをする気なのか、と自分の頬に手を当てた。
 平手打ちは、ショックかもしれない。
 抓られた時も、かなり衝撃を受けそうではある。
 どちらも「前のブルー」にやられていないし、初の体験。
(…しまった、怒らせちまった、と…)
 愕然とする自分が目に浮かぶけれど、所詮は小さな喧嘩。
 何度も叩かれ、抓られる内に慣れるだろう。
 「ハーレイの馬鹿!」と、思い切り平手打ちをされても。
 頬を抓られても、それもまた一種のコミュニケーション。
 「すまん」と謝り、ブルーを宥めて、いつもの二人に…。
(戻って、一緒に飯を食うんだ)
 お茶を飲んだり、話をしたり…、と笑みが零れる。
 「そういう暮らしも、いいもんだよな」と。


 ブルーの仕返し、大いに歓迎。
 そんな気分に浸っていたら、ブルーが眉を吊り上げた。
「分かった、仕返しされたいんだね、ハーレイは!」
 ホントにお預けさせてやるから、と赤い瞳が怒っている。
 「キスなんか、絶対、させてやらない」と。
「…はあ?」
 何の話だ、と頭が混乱しそうな所へ、次が降って来た。
「キスだってば! ぼくが育っても、お預けだよ!」
 今の仕返しで何年でもね、とブルーは真剣だけれど…。
(…なるほど、なるほど…)
 そいつもいいな、とハーレイの頭の中では答えが出た。
 仕返しでキスがお預けだったら、それもいい。
「分かった、好きなだけ仕返ししてくれ」
 それで何年待てばいいんだ、とニンマリと笑う。
 「俺は、どれほど待たされるんだ?」と、ニヤニヤと。
 「別に何年でもかまわないぞ」と、腕組みをして。
「お前と結婚式を挙げる時には、考えないとなあ…」
 結婚式でキスが駄目となったら、と片目を瞑ってみせた。
 「教会だとキスはセットなんだし、他所でしないと」と。


「あっ…!」
 待って、とブルーは真っ青になっているけれど。
 「それは困るよ!」と悲鳴だけれども、気にしない。
「いや、俺は少しも困らないしな?」
 何年お預けになっちまっても、と紅茶のカップを傾ける。
 「俺なら、慣れたモンなんだし」と。
「これからだって、まだ何年も待たされるしなあ…」
 少々、伸びるだけだってな、とハーレイは笑んだ。
 焦ってワタワタしているブルーを、チラリと横目で見て。
 「お前もお預け仲間だってな」と、「自業自得だ」と…。


          仕返ししてやる・了








拍手[0回]

(今よりも、うんと昔の地球には…)
 色々なものが住んでた筈なんだけど、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(だけど、今では…)
 何の話も聞かないよね、と頭に描いているのは、今の時代はいないらしいもの。
 魔物や怪物、妖精といった、神話や伝説に出て来る存在。
(まるっきりの嘘じゃない筈なんだよ)
 だって神様はいるんだから、と自分の右の手を見詰める。
 前の生の終わりに、その手はハーレイの温もりを落として失くしてしまった。
 「もうハーレイには二度と会えない」と泣きじゃくりながら、前の自分はメギドで死んだ。
 なのに「自分」は、新しい身体と命を貰って、青く蘇った地球の上にいる。
 神からの贈り物の聖痕、それを背負って生まれて来た。
(お蔭で前の記憶が戻って、今のハーレイにも会えたんだから…)
 神は確かにいるわけなのだし、神がいるなら、神話や伝説に出て来る「モノ」も…。
(本当にいた可能性ってヤツは、ゼロじゃないよね?)
 それなのに今は何もいない、と顎に当てた手。
 「ああいうものは、何処に行ったんだろう」と、「まさか、絶滅しちゃったとか?」と。
(…そうなのかも…?)
 彼らが「地球でしか生きられない」なら、地球が滅びてしまった時に消えただろう。
 死の星と化してしまった地球では、魔物も怪物も生きてゆくことが出来なくて。
(…幽霊だったら、どんな場所でも…)
 いられそうだから、彼らが滅びることはなかった。
 元々、死んでいるわけなのだし、地球に残された廃墟を彷徨い、他の場所でも…。
(現れてたから、前のぼくたちの時代にだって…)
 幽霊の噂は流れ続けて、彼らを巡る怪談もあった。
 もっとも、地球に幽霊が出るとは、一度も聞かなかったけれども。


(それはそうだと思うんだよ…)
 地球が再生していないことは、当時の最高機密の一つ。
 人類は機械に「地球は青い」と騙され続けて、地球という星を中心に据えて生きていた。
 だから、その地球に幽霊がいても、誰も噂をしたりはしない。
 地球に降りることを許可されていた、地球再生機構、リボーンの職員たちも。
(仕事で廃墟を回っていたら、其処に幽霊…)
 いる筈もない遠い昔の人間たちが、現れたこともあるかもしれない。
 歴史書でしか見ないような服、それを着た人が朽ちた高層ビルの谷間にいただとか。
(ありそうだけれど、幽霊を見た、って、仲間内では噂になっても…)
 外部に流出させることなど、彼らに許されるわけもない。
 当然、記録することも出来ず、噂は埋もれて、それきりになって…。
(人類もミュウも、何も知らないままで終わって…)
 今の時代にも伝わることなく、それで「おしまい」になったのだろう。
 幽霊は、いたと思うのに。
 死の星になった地球だからこそ、彼らにとっては「死の国」そのもので、似合いの場所で。
(…幽霊は、そうやって生き続けたけど…)
 死んでるのに、生きているなんて、と可笑しいけれども、いい表現を思い付かない。
 とにかく幽霊は滅びることなく、SD体制の時代を乗り越え、今だって「いる」。
 ところが魔物や怪物などは「とうの昔に」消えてしまって、SD体制が敷かれる前にも…。
(もう、いなかったみたいだから…)
 彼らはとても繊細すぎて、滅びに向かい始めた地球では、生き辛かったに違いない。
 汚染された水では妖精は生きてゆけないだろうし、魔物たちにも厳しい環境。
 隠れ住む森や深い暗闇、そういった場所が無くなっていって。
(頑張って、何処かで息を潜めて…)
 滅びの時代を乗り越えていたら、青い水の星が蘇った後、戻って来ることも出来ただろう。
 今の地球には、お誂え向きの住処が幾つも出来ているから。
(…それなのに、噂が無いんだし…)
 やっぱり滅びちゃったんだ、と溜息をついて、ハタと気付いた。
 人間が退治し続けたのに、長い長い間、根絶出来ずに、出現し続けた魔物がいた、と。


 遠い昔から人が恐れた、吸血鬼。
 人の血を吸って生き続ける上、血を吸い尽くされて死んだ人間は…。
(同じ吸血鬼になってしまって、人の血を吸って…)
 更に仲間が増えてゆくから、そうならないよう、昔の人間は彼らと戦い続けた。
 様々な方法を編み出し、それを実践して。
 二度と吸血鬼が現れないよう、あの手この手で防御もして。
(…それだけやっても、滅ぼせなくって…)
 何千年も人は戦い続けて、今は「吸血鬼がいない」地球がある。
 彼らも地球と一緒に滅びて、蘇ることはなかったろうか。
(…何千年も退治し続けていても、滅ぼすことが出来なかったのに…?)
 そう簡単に滅びるかな、と不思議になる。
 たとえ滅びた地球であろうが、幽霊と同じで「残っていそう」。
 もっとも、リボーンの人間だけしかいない地球では、血を吸うことが出来なくて…。
(棺桶の中で眠っているしかなかったとか…?)
 それとも灰になってたかもね、と吸血鬼を退治する方法を思い出す。
 心臓に杭を打ち込んで息の根を止め、蘇らないよう、燃やして灰にしてしまう。
 それでも彼らは「滅びることなく」何千年も生き永らえたのだし、灰になっても…。
(何年か経ったら、また目を覚まして…)
 新しい死体を探しに出掛けて、その中に入り込んだだろうか。
 そういう仕組みになっていたなら、何千年も退治し続けていても、けして滅ぼせはしない。
 灰が再び吸血鬼になり、人の血を吸い始めるのなら。
(…だったら、今の時代にだって…)
 ひっそりと生きているのかもね、と思ったはずみに、頭を掠めていった考え。
 「前のハーレイなんかは、どう?」と。
 死の星だった地球が燃え上がった時、前のハーレイは…。
(深い地の底で、崩れ落ちて来た瓦礫の下敷きになって…)
 死んでいったのだし、死体は「地球にあった」ということになる。
 燃え盛る地球と一緒に燃えてしまう前に、吸血鬼が目を付けたなら…。
(吸血鬼になってしまったかも?)
 だって、新しい死体だものね、と大きく頷く。
 かなり傷んでいたにしたって、吸血鬼なら平気だったかも、と。


 吸血鬼の灰は、前のハーレイの死体が気に入るのでは、という気がする。
 他の長老たちの死体もあったけれども、一つだけ選び出すのだったら、ハーレイ。
(…前のハーレイ、モテなかったから、其処の所は…)
 少し問題ではあるのだけれども、他の要素も考慮するなら、一番良さそう。
 虚弱なミュウには珍しく頑丈な身体だったし、年を取り過ぎてもいない。
 ついでにレトロな趣味をしていて、木の机だの、羽根ペンだのを愛用したほど。
(…吸血鬼とは、うんと相性、良さそうだよね?)
 だから選ばれちゃいそうだよ、と顎に当てた手。
 「長老たちの中から、一人選ぶのなら、ハーレイだよね」と。
 もっと深い場所では、ジョミーとキースも「死体になっていた」のだけれど…。
(…そこまでは、流石に深すぎて…)
 吸血鬼の灰は辿り着けなくて、前のハーレイの死体に宿る。
 「いいものがあった」と入り込んで。
 「傷んだ部分は治せばいいさ」と、いそいそと。
(…そうやって灰が入り込んだら…)
 地球が劫火に包まれようとも、死体は燃えはしないだろう。
 吸血鬼ならではの神秘の力で守られ、シールドされたみたいになって。
(でもって、その中で傷を治して…)
 すっかり傷が癒えてしまったならば、前のハーレイが目を覚ます。
 「此処は何処だ?」と、鳶色の瞳を瞬かせて。
 「俺は確かに死んだ筈だが」と、「ブルーは何処だ?」と。
(…死の国に来た、って思うよね?)
 天国にしては暗すぎたって…、と地の底の暗さに思いを馳せる。
 其処で「ハーレイ」は「ブルー」を探して、あちこち歩く間に気付く。
 「俺は死んではいないらしい」と、其処が死の国ではないことに。
 おまけに「自分」が、もう人間ではないことにも。
(…ミュウでも、人類でもなくて…)
 吸血鬼になってしまったのだ、と真実を知ったら、前のハーレイはどうするだろう。
 ショックで暫く落ち込んだ後は、血を吸いに出掛けてゆくのだろうか。
 吸血鬼には、血が必要だから。
 人間の血を吸わないことには、活動する力を失うから。


 前のハーレイが意識を取り戻した時、地球が青く蘇っていたなら、人間はいる。
 深い地の底から外に出たなら、前のハーレイは血を吸えるけれども…。
(…ハーレイ、そんなこと、しないと思う…)
 どんなに喉が渇いていようと、自分自身が生き延びるために、人の血を吸うとは思えない。
 きっとハーレイなら、そうする代わりに…。
(地球の地の底で、もう一度…)
 深い眠りに就いてしまって、二度と目覚めはしないのだろう。
 眠っていたなら、血は一滴も要りはしなくて、人を傷付けはしないから。
 吸血鬼の自分を封印すれば、平和な時代が続くのだから。
(そうやって、ずっと眠り続けて…)
 ぼくが生まれたことに気付いて目が覚めるんだ、と赤い瞳を煌めかせる。
 「だって、ハーレイだよ?」と、「ぼくに気付かないわけがないもの」と。
 けれども、生まれ変わったブルーは、まだ赤ん坊。
 前の生の記憶も戻っていなくて、会いにゆくには早すぎる。
(だからハーレイ、また眠って…)
 青い地球の上に生まれた「ブルー」が大きくなったら、目を覚ます。
 「もういいだろう」と、生まれ変わって来た「ブルー」に会いにゆくために。
 其処まで出掛けてゆくだけだったら、血を吸わなくても大丈夫だろう、と。
(ぼくの年は、きっと十八歳だよ)
 前のぼくと同じ姿に育った頃、と想像の翼を羽ばたかせる。
 ある夜、今よりも大きく育った自分が、ベッドの中で眠っていたら…。
(窓のカーテンが、ふわって揺れて…)
 ハーレイが入って来るんだよね、と吸血鬼が持つ魔力を思う。
 窓には鍵がかかっていたって、ハーレイには意味が無いだろう、と。
 難なく開けて、前のハーレイが着ていたキャプテンの服で、「ブルー」の部屋に現れる。
 「ブルー?」と、耳元で呼び掛けて。
 「覚えていますか、私ですよ」と、「あなたに会いに来たのですよ」と。
(ハーレイの声を聞いた途端に、ぼくの記憶が戻るんだ)
 聖痕なんか無くっても…、と運命の恋人との絆の強さには自信がある。
 前のハーレイの温もりを失くして死んだ自分だけれども、絆は切れていなくって、と。


 そうしてハーレイと再会を遂げた自分は、結婚出来る年になっている。
 前の自分と同じ姿に育ってもいるし、もう早速に、恋人同士のキスを交わして…。
(ハーレイと、ちゃんと恋人同士に…)
 なれる筈だよ、と思ったけれども、ハーレイは吸血鬼として蘇ったから、其処が問題。
 「ブルーの家まで、会いに来る」のが精一杯で、力は残ってなどはいなくて…。
(…もう戻らなくてはいけませんから、お元気で、って…)
 優しい微笑みを浮かべた後に、別れを告げて帰るのだろうか。
 ハーレイが長く眠り続けた、地の底へ。
 人の血を吸わずにいられるように、自分自身を封印しに。
(そんなの、嫌だよ…!)
 もっとハーレイと一緒にいたい、と願うのだったら、その分の血を捧げるより他に道は無い。
 ハーレイの身体を動かすためには、充分な量の血が要るのだから。
(…ぼくの血を吸っていいよ、って…)
 ハーレイに言うのは簡単だけれど、必要な血はどれほどなのか。
 それに自分の血を吸って貰っても、ハーレイは吸血鬼なのだから…。
(昼の間は寝てるしかなくて、夜しか動き回れなくって…)
 デート出来るのは日が暮れてからで、それでハーレイが疲れ果てたら、後は寝るだけ。
 働くことも出来ないだろうし、ハーレイと暮らしてゆきたいのなら…。
(学校を卒業したら、ぼくが頑張って働いて…)
 ハーレイと暮らす家を守って、おまけにハーレイに血を分け与えないといけない生活。
 吸血鬼のハーレイは食事もしないし、「働きに出ているブルー」の食事を作ろうにも…。
(昼間は外に出られないから、買い物にだって行けなくて…)
 もしかして、買い物もぼくがするわけ、と愕然とする。
(ハーレイが吸血鬼になって戻って来たなら、ぼくは、とっても大変じゃない!)
 血を分けられる分の元気は残ってるかな、と不安だけれども、それでも頑張ることだろう。
 ハーレイが、魔物だったなら。
 吸血鬼になってしまっていようと、ハーレイが好きで堪らないから。
(…ハーレイが、魔物だったなら…)
 苦労しか無さそうな日に思えたって、まるで少しも構いはしない。
 ハーレイと一緒に生きてゆけるのなら、貧血気味でも、ハーレイのために働く毎日でも…。



             魔物だったなら・了


※前のハーレイが魔物だったなら、と想像してみたブルー君。吸血鬼になったハーレイ。
 十八歳の姿で再会ですけど、ハーレイと暮らしてゆくのは大変そう。働くのもブルー君v








拍手[0回]

(前の俺たちが生きた頃でさえ、とうに昔話で…)
 伝説というヤツだったんだが…、とハーレイが、ふと思ったこと。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに熱い淹れたコーヒー、それをお供に。
(人間が宇宙に出てゆくようになった時代も、まだある程度は…)
 残っていたかもしれないな、と頭に描くのは、かつて人間の側にいたモノたち。
 妖精や魔物や、怪物といった類の存在、彼らは確かに息づいていた。
 人間が地球しか知らなかった頃には、とても身近に。
 夜の闇やら、人の近付かない森の奥やら、様々な場所に潜みながら。
 彼らが姿を消してしまってから、もうどのくらいになるのだろうか。
 SD体制が始まる前には、消えてしまっていただろう。
 地球が滅びてゆこうというのに、彼らが「いられる」わけもない。
 彼らのことを語る者さえ、滅びゆく地球には、いなかったろう。
(…その後に、SD体制が来て…)
 死の星になった地球を蘇らせようと、様々な試みがなされてはいた。
 けれど実を結ぶことなどは無くて、前の自分が辿り着いた時にも、死の星のまま。
 SD体制が崩壊した後、長い時をかけて青く蘇って、今の地球がある。
 その地球に「彼ら」は戻って来たのか、戻ることなく伝説の中か。
(…どっちなんだろうなあ…?)
 噂さえも聞きやしないしな、とハーレイは首を捻った。
 「幽霊が出た」という話ならば、前の自分が生きた頃から絶えてはいない。
 人間が全てミュウになっても、やはり幽霊は「出る」らしい。
(しかし妖精やら、魔物の類が出たって話は…)
 全く聞いたことが無いから、彼らは滅びてしまったろうか。
 元々、神話や伝説の中の存在なのだし、今の時代まで生き残るには…。
(弱すぎたのかもしれないなあ…)
 存在自体が希薄すぎて、という気がする。
 幽霊は「ヒトの魂」だから、人間がいれば「生き残れる」。
 死んでいるモノに「生き残る」も何も無いのだけれども、理屈から言えばそうだろう。
 ヒトがいるなら魂はあるし、無くなることは無いのだから。


 ところが、妖精や魔物は違う。
 住める所を失ったならば、儚く消えてゆくしかない。
 地球が滅びに向かった時から、彼らの姿は薄れ始めて、存在を保てなくなった。
 そうして消えて「戻れないまま」、今は伝説の中にだけ「いる」。
 彼らが戻れる場所が生まれて、其処へ戻ろうにも彼ら自身の欠片さえ全く残っていなくて。
(…そんなトコだな、今ならヤツらが住むトコだって…)
 地球の上にはあるんだが、と思いはしても、彼らは「いない」。
 どんなに綺麗な湖があろうと、水の精霊が住んでいるとは聞かないから。
(…なんとも残念な話だよなあ…)
 せっかくの青い地球なのに、と心の底から残念に思う。
 今の地球なら、妖精も魔物も、生き生きとしていられるだろうに。
 彼らを迎える人間の方も、退治しようとするよりも先に、まずは接触する所から。
 友好的に暮らせるのならば、それが一番いいと考えるのが今の時代の人間たち。
(流石に、人間を食って生きている怪物なんかは…)
 ちと困るがな、と苦笑していて、とある言葉が浮かんで来た。
 人間を食べて生きるとまではいかないけれども、人間を糧にしていたモノ。
(……吸血鬼……)
 人の生き血を吸うという魔物、彼らがいたなら、どうなるだろう。
 良い関係を築いてゆけるか、あるいは退治するしか無いか。
(…ちっとくらいなら、血を吸われても…)
 死にはしないと伝わるのだから、献血をするような感覚で…。
(血の余ってるヤツが、順番にだな…)
 自分の血を分けてやりさえすれば、彼らは無害かもしれない。
 無差別に人を襲いはしないで、昼間は暗い場所に潜んで眠って…。
(夜になったら「お世話になります」と、血を分けてくれるヤツらの所に…)
 姿を現し、血を吸った後は、彼らと歓談してから帰る。
 「次回もよろしくお願いします」と、お礼の品も置いていったりして。


(…ふうむ…)
 上手い具合にいきそうじゃないか、と思いはしても、彼らは「いない」。
 吸血鬼が最後に現れたのは、いつだったのか。
 地球が滅びに向かった頃には、とうに姿が消えていたのか、それさえも謎。
(…そういう研究をしているヤツなら、分かるんだろうが…)
 生憎と俺は素人で…、と素人なりに考えてみる。
 住む場所を失くして消えた吸血鬼は、どうなったのか。
 彼らが消えてしまった後には、何も残らなかったのだろうか、と。
(…吸血鬼ってヤツを退治するには、心臓に杭を打ち込むだとか…)
 銀の弾で撃つとか、倒す方法が幾つか伝わっていたという。
 見事、吸血鬼を仕留めたとしても、退治は其処で終わりではない。
 彼らが二度と蘇らぬよう、死体を燃やして、完全に灰にしてしまって…。
(川に流すんだったよな?)
 そうすれば彼らは、宿にしていた「死体」が無いから、もう戻れない。
 彼らが「血を吸う」ことは無くなり、新しい吸血鬼が増えたりもしない。
(…しかしだな…)
 そうやって倒し続けていたのに、吸血鬼は何度も現れていた。
 昔話や伝説の中で、彼らは長く語られ続けて…。
(それこそ何千年って時間を、滅びることなく生き抜いたんだぞ?)
 灰になっても、実は復活出来たんじゃあ…、と素人ならではの説を出してみた。
 燃やされ、ただの灰にされても、その灰が長い時間をかけて蘇って来る。
 死の星だった地球が蘇ったように、吸血鬼の灰も時間が経てば…。
(でもって、宿れる死体さえあれば…)
 それに宿って、また「吸血鬼になる」のかもしれない。
 新しく「吸血鬼になった」死体は、血を吸われたことは無かったとしても。
 生きていた間に「血を吸った」経験なども全く無くて、普通に生きて死んだ者でも。
(…大いにありそうな話だぞ?)
 でないと説明がつかんじゃないか、と吸血鬼の伝説の多さに思いを馳せる。
 「灰にしてしまえば、それで終わり」なら、あんなに沢山いるわけがない、と。


 その説でゆくなら、吸血鬼は地球が滅びた後にも、残れた可能性がある。
 地球が滅びて死の星になって、宿れる死体が「何処にも無い」から、いなかっただけで。
(…吸血鬼にも、生存本能ってヤツがあるのなら…)
 死の星の地球で「宿れる死体」を待ち続ける間に、見切りをつけてしまったろうか。
 「もう、この星ではどうにもならない」と、人間が地球を離れたのと同じ考え方に至って。
(そうなりゃ、ただの灰なんだから…)
 地球という星へのこだわりを捨てれば、宇宙に流れ出せただろう。
 宿るべき「新しい死体」を探しに、吸血鬼の灰は地球の空へと舞い上がって…。
(流れ流れて、ソル太陽系からも出て行って…)
 何処かで「死体」を見付けるんだ、と思った所で、ハタと気付いた。
 ソル太陽系さえも離れて、死体探しの旅をしてゆくのなら…。
(…とてもいいモノがあったんじゃないか?)
 ジルベスター星系まで流れて行けばな、と頭の中に浮かんで来たのはメギドの残骸。
 前のブルーが命を捨てて壊した、惑星破壊兵器。
 つまり其処には、前のブルーの…。
(…死体ってヤツが…)
 あった筈だ、と大きく頷く。
 メギドと共に砕けて散ったと、誰もが思っているけれど。
 今のブルーも、そうだと頭から思い込んで、疑いもしないけれども…。
(…なんたって、伝説のタイプ・ブルー・オリジンだったんだぞ?)
 本当に爆死したのかどうか、それは誰にも分かりはしない。
 命は確かに失せたけれども、身体は「残っていた」かもしれない。
 キースに撃たれた傷はあっても、そこそこ「綺麗な」状態で。
 人類軍が「戻って」メギドの残骸を調べるまでには、かなりの時間があったという。
 それまでの間に、死体探しの旅の途中の、吸血鬼の灰が流れて来たら…。
(お誂え向きの死体だぞ、これは…)
 なにしろ、前のブルーといったら、神々しいほどの美しさ。
 それは気高く、目にした者は、惹かれ、魅了され、虜になる。
 もしも吸血鬼に生まれ変わったなら、人を惑わすにはもってこいの姿と言えるだろう。
 吸血鬼の灰が「ブルーを見逃す」わけがない。
 もう早速に宿って、肉体の傷を治して、新しい宿主に仕立てなくては。


(…心臓に杭を打ち込まなければ、死なないってヤツが吸血鬼だし…)
 前のブルーの傷を治すのは、とても簡単に違いない。
 キースが砕いた右の瞳も、すぐに治って、元の輝きを取り戻す。
 そうして「ブルー」の肉体は癒えて、真っ暗な宇宙で、目を覚まして…。
(…生きているのか、って自分の手とかを眺め回して…)
 驚く間に、今の自分が「何になったのか」、前のブルーは、ようやく気付く。
 「ぼくはもう、人間なんかじゃない」と。
 ミュウでもなくて人類でもない、ヒトの血を吸って生きてゆく魔物。
(…吸血鬼になってしまったんだ、と気が付いたら、だ…)
 前のブルーがすることは、きっと、一つだけしか無いだろう。
 けしてヒトの血を吸ったりはせずに、ただただ、眠り続けること。
 眠っていたなら、血を吸わなくても生き続けることが出来るから。
 誰にも迷惑をかけることなく、自分だけが一人、孤独に耐えてゆけばいいから。
(そうやって眠って、長い長い時間を眠り続けて…)
 ある時、不意に目覚めたブルーは、ミュウならではの思念で「地球」のことを知る。
 ブルーが隠れ住む星の近くを、青い地球にゆく宇宙船が飛んでいたりして。
(地球に行くんだ、って大勢の子供が、はしゃぎながら乗っていたりすりゃあ…)
 ブルーの眠りがいくら深くても、心まで届くことだろう。
 地球と聞いたら、前のブルーなら、目覚めないではいられない。
 その宇宙船には間に合わなくても、次に地球に行く船が近くを通り掛かったら…。
(どんなにあいつが我慢強くても…)
 船を追い掛け、中に忍び込むことだろう。
 地球まで運んで貰うだけなら、ヒトの血を吸う必要は無い。
 どうしても「血が要る」ことになっても、ほんの少しだけ吸えば充分。
 「要る分だけ」と自分に強く言い聞かせて、それを守って、青い地球まで辿り着く。
 前のブルーが焦がれ続けた、水の星まで。
(青い地球を見たら、きっとあいつは…)
 涙を流して、「やっと来られた」と喜ぶのだろう。
 宇宙船が地球に着陸したなら、ブルーは再び、眠りに就く。
 二度とヒトの血を吸わないように、吸血鬼になってしまった自分を封印して。
 誰にも出会うことが無いよう、深い地の底にでも潜り込んで。


(…そうやって、ずっと眠り続けて…)
 生まれ変わった俺に気付いて、起きてくれりゃな、とマグカップを指でカチンと弾く。
 「そんな魔物なら大歓迎だ」と、「俺の血だったら、いくらでも分けてやれるから」と。
(…前のあいつが、今の俺に会いに来てくれて…)
 自分の正体が魔物だったら、嫌いになるか、と尋ねられたら、答えは「否」。
 魔物だろうが、吸血鬼だろうが、まるで全く構いはしない。
 ブルーに会えて、一緒に生きてゆけるなら。
 吸血鬼になってしまったブルーは、「ハーレイの血が無いと眠ってしまう」のだとしても。
(もしもあいつが、魔物だったら…)
 俺だって、それに合わせてやるさ、と浮かべた笑み。
 「俺の血さえありゃ、元気に生きてゆけるというんだったら、献血だ」と。
 ブルーが充分、血を吸えるように、食事の量を増やしたりして。
 身体も今より更に鍛えて、ブルーに「いくらでも」血をやれるように…。



           魔物だったら・了


※前のブルーが吸血鬼だったら、と考えてみたハーレイ先生。吸血鬼に相応しい美しい姿。
 吸血鬼になってしまったブルーが来たら、迷わず、一緒に暮らすのです。血を分け与えてv








拍手[0回]

「ねえ、ハーレイ。…ハーレイって、好物は…」
 最後に食べるタイプなの、と小さなブルーが傾げた首。
 二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
 お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 好物って…」
 いきなり何の話なんだ、とハーレイは目を丸くした。
 テーブルの上を見回してみたが、これといったものは…。
(…出ていないよなあ?)
 菓子はパウンドケーキじゃないし、と疑問が湧き上がる。
 ブルーの母が焼くパウンドケーキは、確かに美味しい。
 しかもハーレイの母が焼くのと、全く同じ味がする。
(アレが出てるんなら、まだ分かるんだが…)
 とはいえ、最後に食べるも何も、ケーキの場合は…。
(好物かどうかとは、別の次元で…)
 食べる順序が決まってるよな、とハーレイは首を捻った。


 パウンドケーキは、いわゆる「菓子」の範疇になる。
 今のような「お茶の時間」なら、自由に口に運んでいい。
 紅茶やコーヒーの合間に食べても、誰も気にしない。
 むしろ、そういう風に食べるのが普通で、大抵は、そう。
(先にバクバク食っちまうヤツも、中にはいるが…)
 よっぽど好きな菓子なんだな、と温かい目で見て貰える。
 マナー違反と言われはしないし、叱られもしない。
 ところが、正式な食事の席となったら、事情が違う。
(ケーキが出るのは、一番最後で…)
 飲み物と一緒に供される菓子は、食事を締め括るもの。
 「これで食事は終わりですよ」と示す、サインでもある。
 だから、料理がテーブルに纏めて出て来る場合には…。
(菓子から先に食うんじゃなくて、他のを食って…)
 食べ終わってから、最後に菓子に手を伸ばすべき。
 ついでに言うなら、他の人が料理を食べている間は…。
(自分だけ先に、菓子を食うのはマナー違反で…)
 全員が料理を食べ終わってから、菓子を取るのが正しい。
 そういう「少々、難しい面」はあるのだけれど…。


(しかし、今のブルーの尋ね方だと…)
 マナーの話ではない気がする。
 菓子を最後に食べるかどうかなら、そう訊くだろう。
(そうなってくると、言葉通りに好物なのか?)
 此処にパウンドケーキは無いが、と思うけれども…。
(突然、妙なことを訊くのは、ありがちだしな?)
 でもってロクな結果にならん、と慎重にいくことにした。
 ブルーの意図が読めないからには、まず、確認を取る。
「おい。好物というのは、好き嫌いとは別件なのか?」
 俺には好き嫌いが無いんだが、と赤い瞳を覗き込んだ。
 「お前もそうだろ?」と、前の生の副産物を挙げて。
「そうだよ。だから、お気に入りの食べ物の話だってば」
 最後に食べるか、違うのか、どっち、とブルーは尋ねた。
 なるほど、それなら答えは一つしかない。
「気分次第ってヤツだな、うん」
 その日の俺の気分で決まる、とハーレイは即答した。
 先に食べる日もあれば、最後の日もある、と。
 そうしたら…。


「じゃあ、気分次第で、ぼくを食べても…」
 かまわないから、とブルーは笑んだ。
 「ぼくはちっとも気にしないから、いつでも食べて」と。
(そう来やがったか…!)
 悪ガキめが、とハーレイは軽く拳を握って、恋人を睨む。
「熟していない果物とかを、食う趣味は無い!」
 俺は味にはうるさいからな、と銀色の頭をコンと叩いた。
 「いくら好物でも、熟してないのは不味いんだ」と。
 「俺はグルメだ」と、「好き嫌いとは、別件でな」と…。



           好物は最後に・了









拍手[0回]

Copyright ©  -- つれづれシャングリラ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Material by 妙の宴 / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]