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「ねえ、ハーレイ。謝るためには…」
 誠意を見せるのが大切だよね、とブルーは顔を曇らせた。
 二人きりで過ごす休日の午後に、突然に。
 お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 謝るって…」
 どうしたんだ、とハーレイは慌てて問い掛けた。
 ブルーは何もしてはいないし、思い当たる節が全く無い。
 朝にブルーの家に来てから、謝られるようなことは…。
(何も無いよな…?)
 ということは、友達と何かあったのか、と推測してみる。
 ブルーが友達を怒らせることなど、無さそうだけれど…。
(場合によっては、有り得るかもなあ…)
 なにしろ、学校という場所は生徒で溢れ返っている。
 ブルーに悪気は無かったとしても、廊下か何処かで…。
(すれ違いざまにぶつかっちまって、そのはずみに…)
 友達が持っていた鞄が落ちて、中身が壊れてしまうとか。
(壊れなくても、まだ食っていない弁当が…)
 グチャグチャになるってこともあるか、と考えた。
 昼に食べようと楽しみに買った、パンがペシャンコとか。
(…食い物の恨みは怖いモンだし…)
 まして食べ盛りの年頃だしな、と苦笑いする。
 「そういうことか」と、「原因は多分、弁当だろう」と。


 きっとそうだ、と気が付いたから、ブルーに尋ねた。
「友達に、何か、やらかしちまったのか?」
「うん、友達と言えば、友達かも…」
 やっちゃったんだ、とブルーは肩を落とした。
「渡す筈のもの、渡さずに放って来ちゃったんだよ」
「なんだって!?」
 お前がか、とハーレイは目を丸くした。
 ブルーは今も昔も真面目で、約束を破ることなどしない。
 「明日、渡すね」と約束したなら、必ず守る。
 なのに渡さずに放って来たとは、と驚いたけれど…。
(待てよ、今日は土曜で、学校は休みで…)
 明日も日曜で休みだよな、と破った原因に思い当たった。
 多分、ブルーは、昨日に渡す気だったのだろう。
 ところが、たまたま何かが起こって…。
(渡す相手に会い損なって、そのまま帰るしかなくて…)
 渡せないままになったんだな、と納得した。
 そういうことなら、ブルーに落ち度は無いのだけれど…。
(ついでに、こいつの年頃だったら、ありがちで…)
 相手も気にしちゃいない筈だが、と可笑しくなる。
 もしかすると、相手も忘れているかもしれない。
 ブルーに何かを頼んだことも、それを受け取る約束も。


(子供には、よくあることなんだがなあ…)
 ブルーの場合は事情が少し違ったっけな、と苦笑した。
 前の生での記憶がある分、失敗したと思うのだろう。
 普通の子ならば気にしないのに、気に病んで。
 それなら、ブルーの心が軽くなるよう、手を貸さねば。
「気にしすぎだと思うぞ、俺は」
 次に会ったら渡せばいいだろ、とウインクする。
 「相手も忘れちまってるかもしれんし、気にするな」と。
「…そうなのかな…?」
 それで誠意は見せられるかな、とブルーは心配そうな顔。
 「ごめんって言って、渡せばいいの?」と瞳を瞬かせて。
「そうだとも。お前くらいの年の頃なら、充分だ」
 大人だと、少々、ややこしい時もあるけどな、と笑う。
「謝るだけではマズイかも、ってお詫びに飯を…」
 ご馳走したりもするんだが、と教えて、更に付け足した。
 「子供の場合は、それは要らん」と、「渡せばいい」と。
「…そっか、渡すの、忘れたものを…」
「ごめん、と謝って、渡しておけば大丈夫だ」
 相手も怒っちゃいないだろうさ、と微笑んでやる。
 「それで充分、誠意は伝わる筈だからな」と。


「分かった、ごめん、って謝ってから…」
 渡すんだね、とブルーは椅子から立ち上がった。
 忘れない内に、渡す筈のものを鞄に入れるのだろうか。
 それともメモに書いておくとか、鞄に結び付けるとか。
(…前のあいつも真面目だったが、今のこいつも…)
 真面目だよな、とハーレイが感心していると…。
「ごめんね、ハーレイ」
 渡せなくって、とブルーが側にやって来た。
「遅くなっちゃったけど、さよならのキス…」
 メギドに飛ぶ前に、渡せずに行っちゃったから、と。
「なんだって!?」
 ソレか、とブルーの魂胆に気付いて、パッと身を引く。
 確かに貰い損なったけれど、今頃、渡して貰っても…。
(第一、こいつはチビでだな…!)
 唇へのキスは許していない、とブルーを睨んで…。
「ほほう、さよならのキスなんだな?」
 それを貰ってお別れなのか、とブルーに顔を近付けた。
 「なら、お別れだ」と、「二度と来ない」と。
「ちょ、ちょっと…!」
 それは困るよ、とブルーは悲鳴だけれども、知らん顔。
 「早く、寄越せ」と。
 「さよならのキスを貰って、俺はさよならだな」と…。


        謝るためには・了







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(今日はハーレイに会えなかったよ…)
 後ろ姿さえ見ていないよね、と小さなブルーが零した溜息。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は古典の授業も無い日だったから、運が悪かったと言えるだろう。
 授業さえあれば、たとえ当てては貰えなくても、ハーレイの顔は見ることが出来た。
 声も聞けたし、姿にしたって見放題なのに、それも無かった。
(仕事の帰りに、寄ってくれるかと思ってたのに…)
 濃い緑色をした車は来なくて、ハーレイには会えず終いの一日。
 残念な限りなのだけれども、あと何年か経ったなら…。
(今日みたいな日は、もう無くなって…)
 ハーレイとは毎日、嫌というほど顔を合わせて、朝から晩まで、何処かで会える。
 同じ家の中で暮らしているから、喧嘩をしたって、まるで会わずに過ごすことなど…。
(…出来ないよね?)
 絶対、何処かで会っちゃうんだよ、とクスクスと笑う。
 「ハーレイのことなんか、もう知らない!」と怒っていたって、廊下や洗面所でバッタリと。
 お互い、プイッと顔を背けても、また直ぐに会ってしまうだろう。
 「何か飲みたいな」とキッチンに行ったら、其処にハーレイがいたりして。
(…ぼくと喧嘩中なのに、のんびりコーヒーなんか淹れてて…)
 鼻歌交じりに、菓子を作っているかもしれない。
 それは美味しそうな匂いが漂う、アップルパイとか、チョコレートの入ったケーキとか。
(…お前には食わせてやらないからな、って…)
 ハーレイの顔には書いてあるから、キッチンの扉をバタンと閉めて、そのまま戻る。
 飲み物が欲しかったのは確かだけれども、あんなハーレイのいる所では…。
(欲しい気持ちも失せるってば!)
 水道の水で充分だよ、とズンズン歩いて、洗面所のカップからゴクゴクと飲む。
 カップは歯磨き用のカップで、水を飲むカップとは違うのに。
 水には味などついていなくて、喉が湿るというだけなのに。


 そういう出会いばかりの日になったって、ハーレイとは、いずれ一緒に暮らせる。
 喧嘩して口も利かなくなっても、それも長くは続かないだろう。
(ぼくが怒って、キッチンの扉を思いっ切り…)
 叩き付けるように閉めて去ったら、ハーレイは笑い転げていそう。
 「大きくなっても、まだまだ子供だ」と、「中身はガキのまんまだよな」と。
 機嫌を取りにはやって来ないで、コーヒーを淹れて味わいながら…。
(お菓子作りを進めていって、合間に、食事の支度とかもして…)
 空いた時間に新聞を広げて読んだりもして、「ブルーがいない」のを逆に楽しむ。
 独身時代に戻ったみたいに、勝手気ままに。
 以前は一人で暮らしていた家、その空間を満喫して。
(…考えただけで、腹が立つけど…)
 喧嘩中の未来の自分もプンスカ怒っていそうだけれども、その内に、声が聞こえるだろう。
 立て籠っている部屋の扉が、ノックされて。
 「おい、ブルー?」と、揶揄うようなハーレイの口調。
 「飯が出来たが、食わないのか?」と。
(…返事をしないで、黙っていたら…)
 ハーレイは「そうか」と踵を返して、スタスタと戻ってゆきそうな感じ。
 「だったら、一人で食うとするかな」と、聞こえよがしに独り言を漏らして。
 「デザートは、アップルパイが出来ているし」と、「アイスも添えると美味いんだよな」と。
(ぼくのことなんか、知るもんか、って…)
 去ったら最後、ハーレイは一人で食事を摂って、アップルパイも食べてしまいそう。
 かなり経った頃に「お腹が空いた…」とダイニングに行っても、既に手遅れ。
 パイは欠片も残っていなくて、テーブルの上には…。
(アップルパイは食っちまった、って書かれたメモと、如何にも残り物っぽい…)
 ブルー用の料理が皿に盛られて、「温めて食え」と書いてある。
 嫌味ったらしく、「出来立てが一番、美味しそうな料理」が、すっかりと冷めて。
 しぼんでしまったスフレオムレツとか、冷えて固まった脂を纏ったハンバーグとか。
(やりそうなんだよ…!)
 ハーレイならね、と分かっているから、喧嘩はサッサと切り上げないと。
 お菓子や食事に釣られてしまって、出て来たことを笑われても。
 「なんだ、来たのか」と、チラと見られても、ハーレイが盛大に噴き出しても。


(…今のハーレイなら、ホントにやりそう…)
 ぼくを苛めて楽しむヤツ、と思いはしても、それも素敵な未来ではある。
 ハーレイと一緒に暮らしているから、喧嘩もするし、仕返しもされる。
 「ハーレイのことなんか、もう知らない!」と言おうものなら、独身生活に戻られて。
 「元々、俺の家なんだしな?」と、「ブルーのいない暮らし」をされてしまって。
(それでも、ぼくが食べる分の食事や、お菓子は…)
 きっと作ってくれるだろうから、さっき考えたようなことも大いに有り得る。
 お菓子は食べ尽くされてしまって、食事は「冷めたら美味しくなくなる」残り物ばかり。
 怒るしかない仕打ちなのだし、ハーレイの所へ怒鳴り込んだら…。
(お前が食いに来なかったんだろ、と鼻で笑われて…)
 グウの音も出なくて、其処へハーレイが追い打ちをかける。
 「第一、喧嘩中なんだぞ、今は」と。
 「喧嘩中なら、仕返しされるのは当然だろうが」と、可笑しそうに。
(…そう言われたら、悔しくても、黙るしか無くて…)
 「降参だよ!」と言わない限りは、ハーレイの仕返しが続いてゆく。
 午後のお茶の時間も、ハーレイは全く呼んでくれずに、一人、ゆっくりコーヒーを飲む。
 「ブルーとお茶」なら、コーヒーではなくて、紅茶なのに。
 喧嘩中のブルーが「何か飲みたい」と出掛けて行っても、キッチンにドッカリ居座り続けて。
 お湯を沸かそうにも、紅茶のポットを用意しようにも、ハーレイがいては、どうにもならない。
 「ぼくも、紅茶を飲みたいんだけど」と声を掛けたら、負けを認めるようなもの。
 「お願いだから、どいて下さい」と、頭を下げるのと同じだから。
(喧嘩してなきゃ、なんでもないことなんだれどね…)
 「ちょっとごめん」と横を通るとか、ハーレイの動きを遮ることは、ごくごく日常。
 それが出来ないのが「喧嘩の最中」、負けを認めるか、紅茶の代わりに…。
(洗面所に行って、水道の水…)
 歯磨き用のカップから飲んで、部屋に立て籠もって、怒り続けて…。
(御飯の時間になったなら…)
 またハーレイが部屋の扉をノックする。
 「飯が出来たが、お前、今度も食わないのか?」と笑いながら。
 「デザートも出来てるんだがな?」と。
 「今なら飯も熱々なんだ」と、「冷めたら、きっと不味いだろうなあ…」などと。


(ホントにありそうなんだよね…)
 そういう未来、と思うけれども、未来の自分は、それでも幸せなことだろう。
 ハーレイと二人で暮らしているから、喧嘩もするし、仕返しもされる。
 盛大に喧嘩をしている時間は、そうそう長くは続かなくても。
 仕返しに懲りた「未来の自分」が、「ごめんなさい…」と詫びる羽目になっても。
(謝らなくても、ハーレイの前へ出ていくだけで…)
 ハーレイは許してくれるよね、という気がする。
 「飯に釣られて出て来たんだな」と、腹を抱えて笑っていたって。
 「色気より食い気というヤツだよな」と、「これに限る」と勝ち誇られても。
(ムカッとしたって、それは、一瞬…)
 ハーレイが「美味いんだぞ?」と料理を盛り付けてゆくのを見たら、怒りは溶けてしまいそう。
 酷い仕返しを受けたことだって、頭から消えてしまうと思う。
 何故なら、「ハーレイが、其処にいる」から。
 つまらないことで喧嘩になって、うんと怒って、立て籠もったりしたけれど…。
(やっぱり、ハーレイがいるのが一番…)
 顔を見られて、一緒に食事のテーブルを囲んで、食後は紅茶やコーヒーを淹れて…。
(ハーレイが作ったお菓子を食べて、昼間にやられた仕返しのことを…)
 二人で話して、ハーレイが一人で食べてしまったアップルパイなどの感想も…。
(聞かせて貰って、食べ損なったのを悔しがって…)
 「分かった、また今度、作ってやるから」と約束を取り付けて、満足する。
 ハーレイの料理も、作るお菓子も、美味しいに決まっているのだから。
 前のハーレイは厨房出身、今のハーレイも料理が好きで、腕を磨いていると聞く。
(何を作らせても、きっと、とっても美味しくて…)
 頬っぺたが落ちそうになるんだよ、と思うものだから、未来の自分が羨ましい。
 そのハーレイが作る料理を、毎日のように食べて暮らして、喧嘩もする。
 仕返しで「冷めたら不味い料理」を食べさせられたり、お菓子を食べ尽くされてしまったり。
 そうして怒って、でも仲直りで、同じ料理を作って貰える。
 「熱々の間に食うのがいいんだ」と、日を改めて、ハーレイがキッチンに立って。
 「お前も、すっかり懲りただろうが」と、「そうは言っても、またやりそうだが」と。
 「次があったら、どんな料理を作るとするかな」と、ハーレイは計画をひけらかしそう。
 冷めたら不味い料理を挙げて、「お前は、どれを作って欲しい?」と聞いたりもして。


(そういう仕返し、たっぷりやられてしまっても…)
 何度、酷い目に遭ってしまっても、未来の自分は、間違いなく幸せ一杯の日々。
 其処に「ハーレイがいる」だけで。
 毎日、ハーレイと顔を合わせて、会えない日などは一日も無くて、時には喧嘩するほどで。
(…だって、前のぼくは…)
 その「ハーレイ」を失くしちゃったから、と右の手をキュッと強く握り締める。
 今はお風呂で温まった後で、部屋も暖かくて、幸せな未来も夢見ていたから、温かい右手。
 その手は、前の生の終わりに、冷たく冷えて凍えてしまった。
 最後まで持っていたいと願った、ハーレイの温もりを落として、失くして。
 「ハーレイとの絆が切れてしまった」と泣きじゃくりながら、前の自分はメギドで死んだ。
 それから長い時が流れて、気付けば、青い地球の上にいた。
 新しい命と身体を貰って、ハーレイまでが戻って来てくれた。
(ぼくよりも先に生まれて来ていて、聖痕を見て記憶が戻って…)
 今では会えなかった日を嘆くくらいに、「ハーレイがいる」のが当たり前の毎日。
 学校で顔を合わせるだけでも、本当は充分だと言えるだろう。
 「二度と会えない」と思いながら死んで、それきりになる筈だったのだから。
(だから、ハーレイさえいれば…)
 それで充分なんだよね、と神様に御礼を言うべきだろうし、そうだと思う。
 未来のハーレイに仕返しされても、怒っている場合などではない。
(立て籠もってプンスカ怒っていたって、心の中では…)
 分かっているから、ハーレイを嫌ってなどはいないし、怒ってもいない。
 「君の他には、何も要らない」と痛感していて、喧嘩中の自分を叱ってもいそう。
 「そのハーレイを失くしてしまった、前のお前を忘れたのか?」と。
 「一人ぼっちになりたいのか」と、「またハーレイを失くしたいのか?」と問い掛けて。
(…そんなことないし、失くしたくもなくて…)
 ハーレイさえいれば、それで充分、他には本当に何も要らない。
 冷めてしまったら不味い料理で仕返しされても、お菓子を食べ尽くされてしまっても…。
(君の他には、ぼくは、なんにも…)
 要らないんだよ、と思うけれども、未来の自分は、きっとやらかすことだろう。
 喧嘩も、仕返しをされた文句を言うのも、思いのままに。
 ハーレイにすっかり甘えてしまって、前の生よりも、うんと我儘になって…。



             君の他には・了


※ハーレイさえいれば、他には何も要らない、と思うブルー君。前の生の最期が悲しすぎて。
 けれど未来には、きっと忘れて、ハーレイ先生と喧嘩するのです。幸せすぎて我儘になってv







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(…あと何年か、待ったなら…)
 あいつと暮らせるんだよな、とハーレイが思い浮かべた恋人の顔。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
 今日は会えずに終わってしまった、小さなブルー。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた、愛おしい人。
(今日は、一度も会えなかったが…)
 何年か待てば、ブルーに会えない日など、無くなる。
 まだ十四歳にしかならないブルーが、結婚出来る年の十八歳になりさえすれば。
(プロポーズはともかく、その後の、あれやこれやが、だ…)
 多少、厄介かもしれないけれども、ハードルは必ず乗り越えてみせる。
 今度こそ、ブルーを手に入れるために。
 前の生では叶わなかった、「ブルーと二人だけの暮らし」を掴み取らなければ。
(そのために生まれて来たんだからな?)
 あいつも、俺も…、と改めて思う。
 遠く遥かな時の彼方で、何度、ブルーと語り合ったことか。
 「いつか、地球まで辿り着いたら…」と、青い地球で生きてゆく夢を。
 人類に追われ、狩られることなく、ただの「ミュウという種族」になって。
(その日が来たなら、あいつはソルジャーではなくなって…)
 シャングリラという白い箱舟もお役御免で、キャプテンだって要らなくなる。
 船の仲間たちも、それぞれに散ってゆくだろう。
 自分が生きたい道を選んで、暮らしたい場所を見付け出して。
(そうなりゃ、あいつも、前の俺も、だ…)
 肩書などは消えてしまって、「ただのブルー」と、「ただのハーレイ」。
 役目も重荷も、背負う必要などは何処にもないから、二人、気ままな旅に出る。
 地球まで辿り着く前に夢見た、様々なことをするために。
 あちこち巡って、あれこれと食べて、他愛ないことを話したりもして。
 ミュウの未来を憂えなくても、何の心配も要らない世界は、幸せに満ちているだろう。
 「ただのブルー」と「ただのハーレイ」では、誰一人、気に留める者が無くても。


 前の自分と、前のブルーが見ていた夢。
 とても細やかな夢だけれども、それでいて大変な夢でもあった。
(まず、人類との和解ってヤツが問題で…)
 和解が無理なら、戦い、道を開くしかない。
 文字通り茨の道になる上、犠牲も多く出ることだろう。
 その戦いを始めるためには、戦力も要るし、どれほどの準備と覚悟が必要になるか。
(…でもって、それを決断するのは…)
 前のブルーと、前の自分と、長老たちという勘定。
 仲間たちにも諮るけれども、最終的には、その決断は…。
(前のあいつが…)
 下す形になってしまって、ブルーは、その責を負うことになる。
 勝ち戦が続く間は良くても、そうそう上手くゆくわけがない。
 何処かで必ず、負けの一つや二つは来る。
 負ければ仲間が怪我をするとか、命を落とす結果にもなる。
 そうなった時に、ブルーの心は、どれほど傷付き、血を流すことか。
(…ぼくが戦いに出ていれば、と…)
 悔やみ、嘆いて、いつまでも自分を責め続ける。
 青い地球まで辿り着いても、ふとしたはずみに思い出して。
 「あの仲間が、生きていたならば…」と、自分の暮らしに重ねもして。
(…きっと、そうなっていたんだろうなあ…)
 あいつも、俺も…、という気がする。
 地球での暮らしが、満ち足りたものであればあるほど、悔いも大きくなったろう。
 「違う選択をしていれば」と、払った犠牲を、全て自分たちの過ちにして。
 本当のところは違っていたって、「自分のせいだ」と、背負い込んで。
(…前の俺たちの夢ってヤツは…)
 細やかなんかじゃなかったんだ、と今にして思う。
 沢山の夢を描いた時には、二人とも、そういう気でいたけれど。
 「いつか地球まで辿り着いたら」と、子供みたいに無邪気に考え、夢を増やした。
 あれもしようと、これもしたいと、その時が来たら「やりたいこと」を。


(…大それた夢ってヤツだったから…)
 一つも叶わなかったのかもな、と苦笑し、カップを指でカチンと弾いた。
 そもそも、青い地球でさえもが、あの頃は存在していなかった。
 死の星のままで宇宙に転がり、人が住めるような場所などは無くて…。
(青いどころか、赤茶けた星で…)
 辿り着いた仲間は、皆、涙した。
 「こんな星のために、ずっと戦って来たのか」と。
 多くの犠牲を払い続けて、長い道のりを歩んだのか、と呆然として。
(…そして、地球まで辿り着くために…)
 必要だった犠牲の中には、前のブルーも含まれていた。
 命を捨ててメギドを破壊し、シャングリラを逃がして、ブルーは消えた。
(…前の俺の前から、消えてしまって…)
 二度と戻りはしなかった人を、本当は、何処までも追い掛けたかった。
 白いシャングリラも、キャプテンの務めも、何もかも捨てて、ブルーの後を追う。
 それは甘美な夢だったけれど、前のブルーが許さなかった。
 最後の最後に、「ジョミーを頼む」と言い残して。
 決して自分の後を追うな、と前に二人で交わした誓いを、反故にして。
(あいつが死んだら、前の俺も、すぐに…)
 葬儀を済ませて、ブルーの後を追ってゆく。
 そう決めて、ブルーも「そのつもり」でいた。
 決めた時には、まだ船は平和だったから。
 戦いは始まってさえもいなくて、ブルーの寿命が尽きた後にも、そうだと思い込んでいた。
 次のソルジャーが後を継ぐだけで、シャングリラの日々も変わりはしない、と。
(…どうやって地球まで行くつもりだったんだろうなあ…)
 変わり映えのしない日々が続く船で、と可笑しくなる。
 だからこそブルーの寿命が尽きる日が近付き、あんな誓いを立てることに…、とも。
 けれど、戦いは始まった。
 そうして前のブルーも戦い、前の自分の前から消えた。
 一人ぼっちで残された船で、仲間たちを指揮し、地球まで辿り着いたけれども…。


(前の俺の夢は、ただの一つも…)
 叶わないまま終わってしまって、気付けば、今の自分が「いた」。
 おまけに「ブルー」も、今の自分の前にいた。
 生まれ変わって、十四歳の子供になって。
 タイプ・ブルーのサイオンはあっても、それが使えない不器用なブルー。
(俺は、あいつを…)
 もう一度、手に入れたんだ、と感慨深いものがある。
 失くした筈の愛おしい人が、自分の前に帰って来てくれた。
 まだ一緒には暮らせなくても、何年か待てば、前の自分たちが夢見た通りに…。
(…結婚式を挙げて、ただのブルーと、ただのハーレイになって…)
 前の生では叶わなかった、幾つもの夢を叶えてゆく。
 青い地球の上を二人で旅して、様々な場所へ出掛けて行って。
 夢でしかなかった色々なものも、今なら、いくらでも手に入れられる。
 前のブルーの夢の朝食、「ホットケーキ」も、今のブルーには、日常になった。
 血が繋がった本物の「ブルーの母」に頼みさえすれば、毎日だって食べられるだろう。
 地球の草を食んで育った牛のミルクで作った、美味しいバターをたっぷり塗って。
 サトウカエデの森で育まれた、メープルシロップを好きなだけかけて。
(…神様のお蔭ってヤツだよなあ…)
 どんな贅沢な夢も叶うぞ、と実感出来る、今の自分の暮らし。
 前の自分たちには「夢で幻だったこと」の全てが、今では普通で「当たり前」。
 そう考えると、夢を叶えられる世界も嬉しいけれど…。
(それより、何より、大切なものは…)
 あいつなんだ、と思いを深くする。
 時の彼方で失くした「ブルー」が、再び、この手に戻って来たこと。
(…本当の意味では、まだ手に入れてはいないからなあ…)
 今のあいつは子供だからな、と大きく頷く。
 「まだ何年か、待つしか無いが」と。
 ブルーが結婚出来る年になるまで、本当の意味では「手に入らない」愛おしい人。
 けれども、待てば手に入るのだし、焦る必要などは全く無い。
 今のブルーが育ってゆくのを、ただ見守っていればいい。
 遠く遥かな時の彼方で、前の自分が、チビのブルーが育ってゆくのを見ていたように。


(…そうさ、あと何年か待てばだな…)
 ブルーは、この手に戻って来る。
 何の犠牲も払うことなく、戦いの日々を経ることもなく。
 ただ平穏な時が流れて、その先に、前の自分たちが夢見た未来が広がる。
 「ただのブルー」と「ただのハーレイ」、そういう二人として生きてゆく。
 この地球の上で、幸せに。
 仲間たちの血が流れることなど、其処までの間に、ありはしなくて。
(…いいもんだよなあ…)
 最高だ、とコーヒーのカップを傾ける。
 なんと素晴らしい未来なんだ、と前の自分の夢が潰えた日と比べてみて。
 ブルーを失い、悲嘆に暮れたあの長い日々も、色鮮やかな未来の前には、どうでも良くなる。
 もう悲しみなど何処にも無くて、ブルーは帰って来てくれたから。
 あと何年か待ちさえすれば、前の自分が夢見た暮らしが、そっくりそのまま始まるから。
(あいつさえ、側にいてくれるんなら…)
 それだけで俺は満足なんだ、と充足感が胸に満ちてゆく。
 今のブルーがいてくれるだけで、もう満足だと言ってもいい。
 本当の意味では、まだ手に入っていなくても。
 結婚出来る時が来るまで、側で見守るだけの日々でも。
(あいつさえいれば、俺は他には、もう何一つ…)
 望まないよな、と前の自分だった頃を今に重ねて、「そうだな」と思う。
 「ブルー」さえいれば、何も要らない。
 失くしてしまった愛おしい人が、この手に戻って来てくれたから。
 その人と生きてゆけるのだったら、それだけで日々は満ち足りていることだろう。
 遠く遥かな時の彼方で夢見た「それ」は、「大それた夢」で、叶わずに終わったのだけれど。


(…何の犠牲も、払いはせずに…)
 待っているだけで、ブルーとの暮らしが手に入る。
 最高の未来で、想像するだけで顔が綻ぶ。
 「あと何年かの辛抱なんだ」と、「今でも、充分、幸せだがな」と。
(…俺は、お前の他には、何も…)
 何一つ無くても、幸せなんだ、とコーヒーを口に含んだけれど。
 「ブルーさえいれば」と思ったけれども、このコーヒーも、今ならでは。
(…青い地球で採れた、本物のコーヒー豆で淹れたヤツで、だ…)
 代用品だったキャロブとは違うんだよな、と白いシャングリラを思い出す。
 自給自足の暮らしに入った後の船では、もう本物のコーヒーは味わえなかった。
 それが今では幾らでも飲めて、おまけに青い地球産のもの。
 他にも色々、前の自分には夢だったことが、当たり前にあるものだから…。
(…お前の他には、何も要らない、と言いたいんだが…)
 実感としてはあるんだがな、と眉間を指でトンと叩いた。
 「すまんが、他にも欲しいようだ」と。
 今の自分の当たり前の日々も、ブルーと二人で暮らす未来には、是非、欲しい。
 「お前の他には、何も要らない」と思う気持ちは本当でも。
 ブルーさえいれば、他には何も要らなくても。
(なんたって、これが日常で、だ…)
 ブルーもホットケーキを食ってるんだし、いいじゃないか、と自分自身に言い訳をする。
 「あいつだって、俺の他にも、あれこれ欲しいと思うだろうさ」と。
 青い地球でやりたいと幾つも夢に見たこと、それも欲しくて当然だよな、と…。



              お前の他には・了


※ブルー君さえいれば他には何も要らない、と思ったハーレイ先生ですけれど…。
 そう思う気持ちは本当ですけど、他にも欲しくなるのです。青い地球にいるんですものねv








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「ねえ、ハーレイ。なんだか心配なんだけど…」
 とても心配なんだけれど、と小さなブルーが曇らせた顔。
 二人きりで過ごす午後のお茶の時間に、突然に。
 お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「心配だって?」
 急にどうした、とハーレイは赤い瞳を覗き込んだ。
 其処には確かに、不安そうな影が揺らめいている。
(いったい何があったんだ…?)
 そんな話はしていないぞ、とハーレイは思い返してみた。
 ついさっきまでの話題に加えて、今日の出来事を全て。
(…ブルーは朝から御機嫌でだな…)
 身体の調子もいい筈だが、と考えた所でハタと気付いた。
 もしかしたら、体調かもしれない。
 元気そうに見えているのだけれども、この瞬間にも…。
(気を抜いたら眩暈を起こしそうだとか、眠いとか…)
 不調になる兆しを、ブルーは自覚したのだろうか。
 そうだとしたら、放っておいたら大変なことになる。
 ブルーは普段から無理をしがちで、学校だって…。
(俺の授業があるってだけで、うんと具合が悪くても…)
 登校して来て倒れるほどだし、休日となれば危険は倍増。
 二人きりで過ごせるチャンスに、寝ているわけがない。


(こりゃ厄介だぞ、呑気に喋っていないでだな…)
 ブルーをベッドに入れるべきだ、とハーレイは判断した。
 自分から「寝る」と言う筈が無いし、命じるしかない。
「おい、大人しくベッドに入れ」
 パッタリ倒れちまう前に、と腕組みをしてブルーを睨む。
 「でないと、後が大変だぞ」と諭すように。
「いいか、今日くらい、と思っているんだろうが…」
 此処で寝込んだら学校もパアだ、と現実を突き付けた。
 来週の古典の授業は出られず、学校にも行けない、と。
「それが嫌なら、サッサとベッドで寝るんだな」
 黙って帰りやしないから、とブルーを安心させてやる。
 ちゃんと夕食の時間までいて、夕食も、出来れば…。
「お前と一緒に食いたいからなあ、俺だって」
 だから、それまでに早く治せ、と微笑み掛けた。
 「心配だなんて言っていないで、早めに寝ろ」と。
 けれどブルーは頷く代わりに、キョトンと目を丸くした。
「えっと…? なんで寝なくちゃいけないの?」
「誤魔化すんじゃない。心配なんだろ?」
 具合が悪くなりそうで…、とハーレイは指摘する。
 そうなる前に治さないとな、とベッドの方を指差して。


 ところが、ブルーは「違うってば」と唇を尖らせた。
 「全然違うよ」と不満げな顔で、頬までが膨らみそう。
「そんな調子だから、うんと心配なんだけど…?」
 ホントのホントに心配で…、とブルーは溜息をつく。
 「ますます心配になって来ちゃった」と情けなさそうに。
「はあ…?」
 もしかして俺が原因なのか、とハーレイは首を捻った。
 ますますもって、そういう心当たりが無い。
 ブルーが心配になるようなことを、してなどはいない。
(…そうだよなあ…?)
 朝からずっと此処にいるんだし、と考えてみる。
 「何かやったか?」と、「していないよな」と、何回も。
(……サッパリ分からん……)
 まるで分からん、と唸っていたら、ブルーが口を開いた。
「あーあ、ホントに嫌いになりそう…」
「はあ?」
 またしても「はあ?」になったけれども、仕方ない。
 それしか口から出て来なかったし、どうしようもない。
 ブルーはフウと溜息をついて、肩を竦めた。
 「鈍いよね…」と、「ホントに嫌いになりそうだよ」と。


「なんだって?」
 嫌いになるとは俺のことか、とハーレイは目を見開いた。
 どうして自分が嫌われるのか、思い当たる節が全く無い。
 ブルーは「ハーレイ」が大好きな筈で、前の生から…。
(俺に惚れてて、今だって俺の恋人でだな…)
 嫌われるわけがないだろう、とブルーが解せない。
 何故「心配」で「嫌いになる」のか、まるで全く。
「此処まで言っても分からないわけ!?」
 ぼくの将来、ホントに心配、とブルーは深い溜息を零す。
 「いつかホントに嫌いになりそう」と、呆れ果てた顔で。
「だから、どうしてそうなるんだ…?」
 お前は俺に惚れてるくせに、とハーレイは問い返した。
 「俺を嫌いになるなんてことは、有り得んだろう」と。
 するとブルーは仏頂面で、プウッと頬を膨らませた。
 「嫌いにもなるよ、こんな恋人」と、「鈍すぎるし」と。
「ハーレイ、ちゃんと分かっているの?」
 キスの一つもくれないんだもの、とフグになったブルー。
(そういうことか、良からぬことを考えやがって…!)
 膨らんだ頬を、ハーレイは逃しはしなかった。
 両手を伸ばしてペシャンと潰して、フンと鼻を鳴らす。
 「それなら、勝手に心配しとけ」と。
 「嫌ってくれて大いに結構」と、「俺は知らん」と…。


         心配なんだけど・了







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(今日はハーレイに会えなかったよ…)
 後姿だって見ていない、と小さなブルーが零した溜息。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は古典の授業が無かった上に、廊下でさえもハーレイに会えはしなかった。
 何処かに姿が無いだろうか、と窓から見ても、帰りにグラウンドを見渡した時も…。
(ハーレイ、何処にもいなくって…)
 仕事の帰りに来てくれるかも、と待っていたのに、ハーレイの愛車は来なかった。
 ツイていない、と残念だけれど、こういう日だって少なくない。
 別々の家で暮らす以上は、仕方ないとも言えるだろう。
(結婚したら、毎日、一緒に暮らすんだから…)
 それまでの我慢で、結婚した後は、顔を見られない日の方が珍しくなる。
 第一、顔を見られない日など、あるのかどうか。
(泊まりがけの研修とかでも、同じホテルに部屋を取ったら…)
 ハーレイは其処に帰って来るから、昼食はともかく、朝食と夕食は二人で食べる。
 昼休みだって、ハーレイは部屋に来るかもしれない。
 配られた自分のお弁当を持って、ブルー用のも何処かで調達して来て。
(そうなるかもね?)
 名物が入ったお弁当とか…、と大きく頷く。
 「ハーレイだったら、きっとそうだよ」と、「お昼御飯が、お弁当だったら」と。
 そんな具合で、会えない日などは全く無くなるかもしれない。
 いつも、いつでも、どんな時でも、ハーレイと離れる日などは無くて。
(前のぼくたちも、そうだったんだし…)
 今度も似たようなことになりそう、とクスッと笑った。
 「時代も場所も変わっちゃったけど、やってることは同じだよね」と嬉しくなって。
 青い地球まで辿り着いても、二人の暮らしは、遠い昔に夢に見た通り。
 シャングリラという船が無くなり、ソルジャーでも、キャプテンでもなくなっても。
 「ただのハーレイ」と「ブルー」になっても、「いつも一緒」と心が温かくなる。
 本物の地球で生きてゆけるし、ハーレイと離れることなど二度と無いから。


 時の彼方で、メギドで泣きながら死んだ時には、こんな日が来るとは思わなかった。
 それを思えば、今日みたいに会えない日が「たまに」あっても、文句は言えないだろう。
 神様の粋な計らいのお蔭で、あと何年か待てば、ハーレイと結婚出来るのだから。
(そしたら、二度と離れることなんか無くて…)
 ハーレイの顔を見られない日は、ホントのホントに無くなるかも、と気持ちが浮き立つ。
 「あと少しだけの我慢だものね」と、自分自身に言い聞かせて。
(…結婚したら、ハーレイの家で暮らすんだから…)
 ハーレイが家出でもしない限りは、嫌でも顔を合わせる日々。
 前の生では酷い喧嘩はしなかったけれど、今度はするかもしれなくて…。
(ハーレイなんか大嫌いだ、って叫んで、怒って…)
 「自分」が家出することはあっても、ハーレイの方はしないだろう。
 なんと言っても其処は「ハーレイの家」で、ハーレイが出てゆくわけもないから。
(大喧嘩をして、お互い、頭に来たって…)
 家出するのは「ブルー」の方で、ハーレイは家から動かない。
 廊下でブルーと出くわす度に、露骨に顔を顰めても。
 「お前なんか、俺は知らないからな!」とプイと顔を背けて、口さえ利いてくれなくても。
(それでも、ぼくの分の御飯は…)
 ハーレイが「自分のを作るついでに」作ってくれて、テーブルにドンと置いてありそう。
 怒っているから、嫌がらせとばかりに、とんでもない量が盛ってあっても。
(…ぼくが普段に食べてる量の、二倍はあるっていう勢いで…)
 おかずも御飯も、恐ろしいほどの大盛りサイズ。
 スープや味噌汁も、「おかわりは鍋にあるから、温めて食え」とメモがついている。
 だからテーブルの上には、当然のように、こう書かれたメモ。
 「残さずに全部、綺麗に食えよ。残したら、二度と作ってやらないからな!」と大きな字で。
(…ぼく、それだけで降参しそう…)
 一食くらいは何とかなっても、三食は無理、という気がする。
 胃袋が悲鳴を上げてしまって、いくら美味しくても食べ切れなくて。
(早くハーレイに謝らないと…)
 食事を作って貰えなくなるから、降参するしかないだろう。
 「ごめんなさい」と、ハーレイに頭を下げて。
 ハーレイの方が悪いと思っていたって、其処の所は、グッと堪えて。


(……ハーレイ、最強……)
 食事を大盛りにして出すだけで、ぼくが謝りに行くんだから、と可笑しくなる。
 今のハーレイも料理が得意で、作るのも好きで、一人暮らしでも自炊をしているほど。
 料理を作るのが苦になるどころか、楽しみながら毎日やっているのに…。
(ぼくと喧嘩になった時には、ドンと大盛りにするだけで…)
 ブルーが詫びを入れに来るのだから、どう考えても最強だろう。
 武器は「おたま」や「しゃもじ」の類で、自在に操り、ブルーを倒す。
 美味しい料理をドッサリ作って、器にたっぷり盛り付けて。
 「残した時には、二度と作ってやらないからな」と、脅迫めいたメモを隣に添えて。
(…ホントに強すぎ…)
 勝てやしない、と肩を竦めて、未来の自分が気の毒になった。
 ハーレイと派手に喧嘩をやらかし、捨て台詞を吐いて、部屋を出たまではいいけれど…。
(廊下で会っても、プイッて知らん顔をして…)
 無視して得意になっていたのに、ハーレイが「飯だぞ!」とだけ言いに来る。
 ブルーが立てこもっている部屋の前で、扉を叩いて、大きな声で。
 「俺はもう、先に食ったからな」と、「後はお前が好きな時に食え!」とも付け足して。
(…ハーレイの顔なんか、見てやるもんか、って…)
 返事もしないで放っておいて、少し経ってから扉を開けて、ダイニングへ。
 普段はハーレイと食事するテーブル、其処で一人で食べようと。
(…食べ終わったら、お皿も洗わずに放っておこう、って…)
 まだプリプリと怒りながらも、お腹は減るから、食事には行く。
 そうして、其処で目にするものは…。
(大盛りになってる凄い量の食事と、「残すな」ってメモ…)
 「皿はきちんと洗っておけよ」のメモが無くても、大盛りと「残すな」だけで充分。
 未来のブルーは大ダメージで、打ちのめされることだろう。
 「この量を、ぼくが一人で食べるの?」と。
 少しでも残してしまったが最後、ハーレイは二度と作ってくれない。
 そうなったならば、自分で何か作って食べるか…。
(外へ食べに出掛けて行くしかなくって…)
 そういうブルーを横目で見ながら、ハーレイは自分の分の食事を鼻歌交じりに楽しく作る。
 わざとコトコト音を立てたり、長い時間をかけてじっくり料理したり、といった具合に。


(それって、惨めすぎるから…!)
 あんまりだよね、と悲しくなってくるから、未来のブルーは詫びるしかない。
 たとえ「ハーレイの方が悪いんだよ!」と思っていても。
 まだまだ文句を言い足りなくても、白旗を掲げて降参するだけ。
 「ごめんなさい」と、「だから、ぼくにも食べさせてよ」と頭を下げて。
(…まさか料理で、ぼくが謝るしか無いなんて…)
 情けないよね、と悔しいけれども、料理の腕では敵わない。
 ついでに今のチビの自分が、結婚までに料理の腕を磨くというのも難しそう。
(向き不向きっていうのもあるし…)
 前の自分も厨房に立った経験は無いし、せいぜい、前のハーレイの手伝いくらい。
 だから今度の自分にしたって、母の手伝いが精一杯といった所だろう。
(今のハーレイの大好物の、パウンドケーキだけは…)
 なんとか覚えて作りたいけれど、それだって上手くゆくのかどうか。
 今のハーレイの母が作るのと、同じ味だと聞く「今の自分」の母が焼くケーキを…。
(ちゃんと再現出来るようになるには、何年もかかっちゃうのかも…)
 そうなってくると、未来の自分に「料理」という名の武器は無い。
 「パウンドケーキ、二度と作ってあげないからね!」と言い放ったって、武器はそれだけ。
(…ケーキくらい、食べ損なったって…)
 ハーレイは何も困りはしないし、「そうか、それなら俺が焼くかな」と言い出しそう。
 もう早速に、ケーキの材料を量り始めて。
 「今ある材料で作れるヤツは…」と、冷蔵庫や戸棚を覗き込んで。
(でもって、おやつの時間になったら…)
 キッチンの方から、美味しそうな匂いが漂ってくることだろう。
 「ハーレイが自分用に作ったケーキ」が、オーブンの中で焼き上がって。
 それを取り出し、コーヒー党のくせに紅茶まで淹れて、ハーレイが一人でティータイム。
 「よし、なかなかに上手く焼けたな」などと、大きな声で独り言を言いながら。
 「実に美味い」と、「我ながら、これは大傑作だぞ」と自画自賛して。
(…ぼくが謝りに出て行かないと、ハーレイ、美味しいケーキを全部…)
 一人で食べてしまうんだから、と思うものだから、ケーキの場合も降参あるのみ。
 ケーキではなくて、パイが焼けても。
 あるいはホカホカと湯気を立てている、中華饅頭が蒸し上がっても。


(…もう完全に敗北だってば…!)
 食事で来られても、おやつで来ても…、と未来の自分の惨敗が目に見えるよう。
 ハーレイはただ、普段通りにキッチンに立って、調理用の器具を操るだけ。
 それだけで未来のブルーを倒せて、美味しい料理やお菓子も出来る。
 「おたま」や「しゃもじ」やフライパンやら、オーブンなんかも武器に仕立てて。
(……ということは、もっと強烈な最終兵器は……)
 家出じゃないの、と背筋が凍り付いた。
 確かに「ハーレイの家」だけれども、だからといって「家出してはならない」わけではない。
 そんな決まりは何処にも無いし、ハーレイがブルーに最後通牒を突き付けるなら…。
 「俺は、この家を出て行くからな!」と荷物を纏めて、玄関から出て行けばいい。
 大股で庭をズンズン横切り、愛車に乗り込み、エンジンをかけて…。
(ガレージから、車ごと出て行っちゃって…)
 それっきり二度と戻って来なくて、「ブルー」は家に一人きり。
 最初の間は、「好きにしたら?」と舌まで出して、勝ち誇った気でいそうだけれど…。
(…ハーレイが出てった時間によっては…)
 たちまち困るかもしれない。
 お腹が空いて来たというのに、食べられる料理が何処にも無くて。
 冷蔵庫の中にも残り物は無くて、あるのは戸棚のパンくらいで。
(…一食くらいは、パンにバターとか、ジャムだとか…)
 ちょっと工夫して、溶けるチーズを乗っけてみたり、と二食目も乗り切れるかもしれない。
 けれども、多分、其処までが…。
(ぼくの限度で、ママたちの家に御飯を食べに行くとか、外で食べるとか…)
 あるいは何かを買って来るとか、もはや「自分の腕」では無理。
 冷蔵庫に食材が詰まっていたって、どうすることも出来はしなくて…。
(もう駄目だよ、って泣きそうな頃に、ハーレイが…)
 窓を外からコンと叩いて、「冷蔵庫!」という声がするのだろう。
 「中の食材、無駄にするなよ」と、「駄目にしたら、俺は二度と帰って来ないからな!」と。
(…そういう時に限って、うんと難しそうな…)
 食材ばっかり詰まってるんだよ、という気がするから、もう泣きながら謝るしかない。
 「ごめんなさい!」と、「ぼくには無理だから、ハーレイ、作って…!」と。


(…これって、文字通りに、最終兵器…)
 メギドより怖い気がするんだけれど、とブルーは震え上がる。
 「メギドだったら、前のぼく、壊せたんだけど…」と、今の自分をよく考えてみて。
 料理なんかは出来そうになくて、今のハーレイには勝てそうもない腕前では…。
(…ハーレイ、倒せないんだから…!)
 家出されちゃったら、おしまいだよ、と首をブンブンと横に振るしかない。
 ハーレイが家出をしてしまったら、降参するしか無さそうだから。
 「そうか、お前には、やっぱり無理か」と、ハーレイが意地悪そうな顔で嘲笑っても。
 「だったら、謝るしかないよな、お前?」と、偉そうに胸を張りながら、威張られても…。



          家出されちゃったら・了


※ハーレイ先生と喧嘩した場合、食事で困りそうなブルー君。自分では上手く作れなくて。
 その状況でハーレイ先生に家出されたら、大惨事。メギド以上の最終兵器は料理らしいですv









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