「ねえ、ハーレイ。難しくっても…」
諦めちゃったらダメだよね、と小さなブルーが傾げた首。
二人きりで過ごす休日の午後の、お茶の時間に唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「難しいって…。そいつは、宿題なのか?」
珍しいな、とハーレイは鳶色の瞳を軽く見開いた。
ブルーはいわゆる「優等生」で、成績優秀で頭がいい。
運動の類は駄目だけれども、苦手科目は無かった筈だ。
それが宿題で行き詰まるとは…、と少し可笑しい。
けれどブルーは、「ううん」と、即座に首を横に振った。
「今日は違うよ、そりゃ、ぼくだって、ごくたまに…」
宿題で詰まることもあるけれど、とブルーが首を竦める。
「ホントに、たまに」と、滅多に無いのを強調して。
「分かった、分かった。要は、今回は違うんだな?」
今回は、とハーレイは、わざと繰り返してやった。
意地になって否定するブルーが、とても面白かったから。
「笑わないでよ! でも、本当に違うんだって!」
今回はね、とブルーも「今回は」と其処に力を入れて来た。
「宿題じゃなくって、パズルだってば!」
「パズル…?」
「そう! ハーレイ、こんなの解けるわけ?」
コレなんだけど、とブルーが出して来たのは新聞だった。
丸ごとではなくて「切り抜いた」もので、確かにパズルだ。
数字を入れてゆくらしいけれども、解けないらしい。
「ああ、コレか…。こいつは、ちょいと厄介かもな」
お前の鉛筆、貸してくれるか、とハーレイは戦闘開始した。
この類ならば、学生の頃に流行っていたから、何とかなる。
ただし、時間はそれなりにかかる。
見た瞬間に「こうだ」と閃くものとは違って、根気が必要。
「うーむ…。ここにこう、と…。いや、こっちだな」
でもって次は…、と升目を埋めてゆくのをブルーが見守る。
「そっか、そうやって解いていくんだ…?」
「お前、知らずにやっていたのか?」
「そうだよ、だって解き方、何処にも載ってなくって…」
上級者向けってあっただけ、とブルーは苦笑した。
「だけど、ぼくには無理だったんだよ」とパズルを指して。
どうやらブルーは、「上級者向け」に挑戦しただけらしい。
解き方も分かっていないというのに、出来る気になって。
「お前なあ…。まずは自分の力量ってヤツを、だ…」
把握しないとダメだろうが、とハーレイは呆れ顔になる。
「難しい以前の問題だろう」と、無理なものは無理、と。
「そう思う? ぼくがあそこで諦めてたら…」
コレは解けないままなんだよね、とブルーは鉛筆を出した。
「もしかしなくても、ここ、コレじゃない?」
合ってるかな、とブルーが書いた数字は正解だった。
「ほう…。だったら、ここも分かるのか?」
「んーとね、多分なんだけど…。コレでいいかな?]
あんまり自信が無いんだけれど、と書き込んだ数字は正解。
ブルーはパズルの「解き方」を理解したのに違いない。
「なるほどなあ…。俺が解くのを見て覚えた、と」
「うん。でも、諦めていたら、解けないままだよね?」
新聞を切り抜いて来なかったら、というのは正しい。
まるで間違ってはいないのだから、正論だった。
ついでに言うなら、諦めないのが大切なのも、また正しい。
だからハーレイは笑顔で言った。
「その通りだな」と、ブルーの言葉を肯定して。
「お前が言うのも、間違っちゃいない。正しいことだ」
諦めたらゲームオーバーだしな、とハーレイは笑う。
「試合だったら終わっちまう」と、柔道を少し説明して。
柔道の試合には、決まりが色々あるのだけれど…。
「相手に技をかけられた時に、技によっては、だ…」
かけられただけで試合終了にはならん、と教えてやる。
試合時間がまだあるのならば、チャンスはある。
相手の技から逃れられたら、一転、攻撃に移れもする。
そうなった時は一発逆転、勝利を掴むことだって出来る。
「もう完全に負けだろうな、と誰もが思うくらいでも…」
「勝てちゃうんだ?」
「そういうことだな、まさに劇的な勝利ってヤツだ」
何度も実際、見て来たんだぞ、とハーレイは大きく頷く。
「今の学校に来てからだって、あったんだしな」と。
「そうなんだ…。だったら、やっぱり、難しくっても…」
「諦めちゃダメだ、ってことだな、うん」
お前の場合は頭で勝負になるんだろうが、と相槌を打つ。
「柔道なんかは出来やしないし、パズルくらいだな」と。
「まあ、そうだけど…」
そうなんだけど、とブルーは赤い瞳を瞬かせた。
「他にも諦めちゃダメなことがね」と、難しい顔で。
「まだあるのか?」
お次は何だ、とハーレイの目が丸くなる。
「上級者向け」のパズルは他にもあったのだろうか。
(…俺の手に負えるヤツならいいが…)
解けなかったら、今日は一日パズルなのか、と悲しくなる。
せっかくブルーと過ごせる日なのに、パズルだなんて。
そうしたら…。
「あのね、どうしたらハーレイにキスを貰えるか…」
諦めちゃったらダメだもんね、とブルーが微笑む。
「頑張らないと」と、「難しくっても、諦めないで」と。
「馬鹿野郎!」
それは違う、とハーレイは軽く拳を握った。
銀色の頭をコツンと叩いて、その挑戦を阻止するために。
そんな難問には挑むことなく、諦めるのが正解だから…。
難しくっても・了
諦めちゃったらダメだよね、と小さなブルーが傾げた首。
二人きりで過ごす休日の午後の、お茶の時間に唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「難しいって…。そいつは、宿題なのか?」
珍しいな、とハーレイは鳶色の瞳を軽く見開いた。
ブルーはいわゆる「優等生」で、成績優秀で頭がいい。
運動の類は駄目だけれども、苦手科目は無かった筈だ。
それが宿題で行き詰まるとは…、と少し可笑しい。
けれどブルーは、「ううん」と、即座に首を横に振った。
「今日は違うよ、そりゃ、ぼくだって、ごくたまに…」
宿題で詰まることもあるけれど、とブルーが首を竦める。
「ホントに、たまに」と、滅多に無いのを強調して。
「分かった、分かった。要は、今回は違うんだな?」
今回は、とハーレイは、わざと繰り返してやった。
意地になって否定するブルーが、とても面白かったから。
「笑わないでよ! でも、本当に違うんだって!」
今回はね、とブルーも「今回は」と其処に力を入れて来た。
「宿題じゃなくって、パズルだってば!」
「パズル…?」
「そう! ハーレイ、こんなの解けるわけ?」
コレなんだけど、とブルーが出して来たのは新聞だった。
丸ごとではなくて「切り抜いた」もので、確かにパズルだ。
数字を入れてゆくらしいけれども、解けないらしい。
「ああ、コレか…。こいつは、ちょいと厄介かもな」
お前の鉛筆、貸してくれるか、とハーレイは戦闘開始した。
この類ならば、学生の頃に流行っていたから、何とかなる。
ただし、時間はそれなりにかかる。
見た瞬間に「こうだ」と閃くものとは違って、根気が必要。
「うーむ…。ここにこう、と…。いや、こっちだな」
でもって次は…、と升目を埋めてゆくのをブルーが見守る。
「そっか、そうやって解いていくんだ…?」
「お前、知らずにやっていたのか?」
「そうだよ、だって解き方、何処にも載ってなくって…」
上級者向けってあっただけ、とブルーは苦笑した。
「だけど、ぼくには無理だったんだよ」とパズルを指して。
どうやらブルーは、「上級者向け」に挑戦しただけらしい。
解き方も分かっていないというのに、出来る気になって。
「お前なあ…。まずは自分の力量ってヤツを、だ…」
把握しないとダメだろうが、とハーレイは呆れ顔になる。
「難しい以前の問題だろう」と、無理なものは無理、と。
「そう思う? ぼくがあそこで諦めてたら…」
コレは解けないままなんだよね、とブルーは鉛筆を出した。
「もしかしなくても、ここ、コレじゃない?」
合ってるかな、とブルーが書いた数字は正解だった。
「ほう…。だったら、ここも分かるのか?」
「んーとね、多分なんだけど…。コレでいいかな?]
あんまり自信が無いんだけれど、と書き込んだ数字は正解。
ブルーはパズルの「解き方」を理解したのに違いない。
「なるほどなあ…。俺が解くのを見て覚えた、と」
「うん。でも、諦めていたら、解けないままだよね?」
新聞を切り抜いて来なかったら、というのは正しい。
まるで間違ってはいないのだから、正論だった。
ついでに言うなら、諦めないのが大切なのも、また正しい。
だからハーレイは笑顔で言った。
「その通りだな」と、ブルーの言葉を肯定して。
「お前が言うのも、間違っちゃいない。正しいことだ」
諦めたらゲームオーバーだしな、とハーレイは笑う。
「試合だったら終わっちまう」と、柔道を少し説明して。
柔道の試合には、決まりが色々あるのだけれど…。
「相手に技をかけられた時に、技によっては、だ…」
かけられただけで試合終了にはならん、と教えてやる。
試合時間がまだあるのならば、チャンスはある。
相手の技から逃れられたら、一転、攻撃に移れもする。
そうなった時は一発逆転、勝利を掴むことだって出来る。
「もう完全に負けだろうな、と誰もが思うくらいでも…」
「勝てちゃうんだ?」
「そういうことだな、まさに劇的な勝利ってヤツだ」
何度も実際、見て来たんだぞ、とハーレイは大きく頷く。
「今の学校に来てからだって、あったんだしな」と。
「そうなんだ…。だったら、やっぱり、難しくっても…」
「諦めちゃダメだ、ってことだな、うん」
お前の場合は頭で勝負になるんだろうが、と相槌を打つ。
「柔道なんかは出来やしないし、パズルくらいだな」と。
「まあ、そうだけど…」
そうなんだけど、とブルーは赤い瞳を瞬かせた。
「他にも諦めちゃダメなことがね」と、難しい顔で。
「まだあるのか?」
お次は何だ、とハーレイの目が丸くなる。
「上級者向け」のパズルは他にもあったのだろうか。
(…俺の手に負えるヤツならいいが…)
解けなかったら、今日は一日パズルなのか、と悲しくなる。
せっかくブルーと過ごせる日なのに、パズルだなんて。
そうしたら…。
「あのね、どうしたらハーレイにキスを貰えるか…」
諦めちゃったらダメだもんね、とブルーが微笑む。
「頑張らないと」と、「難しくっても、諦めないで」と。
「馬鹿野郎!」
それは違う、とハーレイは軽く拳を握った。
銀色の頭をコツンと叩いて、その挑戦を阻止するために。
そんな難問には挑むことなく、諦めるのが正解だから…。
難しくっても・了
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(……お昼寝かあ……)
なんだか縁が遠くなったよね、と小さなブルーは、ふと考えた。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(…お昼寝するより、ハーレイと話していたいから…)
すっかり御無沙汰になっちゃった、と昼寝というものを思い返してみる。
昼寝をしなくなった、とは言わないけれども、時間は減った。
ハーレイと再会する前だったら、昼寝をするなら、ぐっすり、たっぷりだったのに。
(…今だと、ハーレイが来ない時しか…)
そういう昼寝は出来ないわけで、ついでにハーレイが来ないとなると、落ち着かない。
ハーレイが来ない休日となったら、頭の中がぐるぐる回って、昼寝するような気分には…。
(全然、なって来ないんだってば!)
ホントにダメ、と自分の頭をポカポカと叩く。
なんとも子供じみた幼い感情、独占欲とも言うかもしれない。
それが昼寝の邪魔をするせいで、ハーレイが来ない日は起きたまま。
「今、ハーレイはどうしてるかな?」と気になって。
研修だったら、まだマシだけれど、柔道部の活動で来ないとなったら酷くなる。
柔道部員が「ハーレイ先生」を独占していて、寄越してくれないわけだから。
ハーレイの方も、柔道部の生徒にかかりっきりで、面倒を見ているに違いない。
練習や試合を熱心に指導し、終わった後には、食事にだって連れて行く。
「よく頑張ったな」と、ブルーも好きでたまらない笑顔を、柔道部員たちに振り撒いて。
一人一人に言葉を掛けて、肩を叩いてやったりもして。
(それから、みんなでお店に入って…)
ハーレイが「何でも好きに注文しろよ」と、気前よく皆に言うのだろう。
「支払いのことは気にするなよな」と、「食べ盛りなんだから、好きなだけ食え」と。
(…きっとそうだ、って考え始めてしまったら…)
眠気なんかは消えてしまって、昼寝をしているどころではない。
逆に目が冴え、窓の外に何度も視線をやっては、苛立つばかりで昼寝なんかしていられない。
窓からの風が気持ち良くても、昼寝にピッタリの天気でも。
ハーレイと再会する前だったら、「ちょっとお昼寝」と、横になっていたのは確実でも。
(……ぼくって、心が狭いわけ?)
そうじゃないよね、と自分自身を振り返ってみて、「違うと思う」と結論を出す。
前の自分の頃と違って、ハーレイを独占出来ないせいで、そうなるのだろう。
ソルジャー・ブルーだった頃なら、ハーレイは「当たり前に」側にいたのだから。
そうだったよね、と時の彼方を思うけれども、果たして本当に「そう」だったのか。
ハーレイは常に側にいたのか、違ったのか。
(…ずっと側にいたなんてことは、なかったっけ…)
だってキャプテンだったんだしね、と答えは簡単にポンと出て来た。
前のハーレイは白いシャングリラを預かるキャプテン、今よりも遥かに多忙だった。
それこそ昼寝をする時間も無く、いつもブリッジにいたと言ってもいいだろう。
(…前のハーレイが昼間に寝たのは、仮眠くらいで…)
昼寝などしていなかったのだし、暇だったという筈がない。
当然、「ソルジャー・ブルーの側にいる」のは、空き時間か、報告などの用がある時。
それ以外は、仕事が終わる時間まで、青の間には来ないで、ブリッジにいた。
(…そうなんだけど、でも…)
前のハーレイが何処にいようと、前の自分には「安心出来る」理由があった。
文字通りに最強のタイプ・ブルーで、強大なサイオンを誇っていたからこその裏技。
(…シャングリラ中に、サイオンの糸を張っていたほど…)
前の自分はサイオンの扱いに優れていたから、何の心配もしていなかった。
ハーレイが船の何処にいたって、知ろうと思えば直ぐに分かったし、姿も見られた。
「今はブリッジにいるんだよね」とか、「食堂なんだ」といった具合に。
(…そういうの、出来なくなっちゃったから…)
今のぼくは、気になりすぎて昼寝も出来ないんだよ、と溜息をつく。
もっとも、人間が全てミュウになっている、今の時代だと…。
(知りたくっても、サイオンで調べたりするのは、マナー違反で…)
やったら駄目だと言われちゃう、と思いはしても、やっている人はいる気がする。
恋人が来てくれなかった日に、つい探ってしまう人は、この世の中に…。
(絶対いない、ってわけがないって!)
人間、そこまで立派じゃないし、と自分自身に言い訳してから気が付いた。
「そういう人は、きっといるから」と真似をしようにも、今の自分には出来ないらしい。
不器用になってしまったサイオン、それを使って探ろうとしても…。
(努力するだけ、無駄なんだってば…!)
ハーレイの姿も見えて来ないよ、と悔しくなって涙が出そう。
「これじゃ昼寝は出来やしない」と、「ハーレイがいないと、落ち着かなくて」と。
更に言うなら、ハーレイが訪ねて来てくれた日は…。
(どんなに具合が悪い時でも、頑張って起きていたいほど…)
時間が惜しくて寝たくないから、「寝ろ」と言われて、渋々眠ることになる。
ハーレイが「俺が起こしてやるから」と言ってくれても、ベッドの側にいてくれても。
そっと手を握って「ぐっすり眠れ」と、優しい声で告げてくれても。
(……うーん……)
そうなってくると、昼寝は当分、出来ないらしい。
まるで出来ないわけではなくても、ハーレイが来てくれている時に限定で…。
(ちゃんと早めに起こしてよね、って念を押すから、寝てる時間も…)
ぐっすり、たっぷりとはいかない勘定。
ハーレイの声で起こされるまでの、限られた時間しか昼寝は出来ない。
(じゃあ、どうしたら…)
前みたいにゆっくり、お昼寝出来るの、と「これから先」を考えてみたら、長かった。
結婚出来る年を迎えて、ハーレイと一緒に暮らし始めるまで無理だろう。
それまではきっと、今と同じで、「ハーレイのことが気になりすぎて」眠れない。
たとえ婚約したとしたって、ハーレイには仕事があるのだから。
(…柔道部の活動でお出掛けしちゃう日も、きっとあるよね…?)
そういった時は、今の自分と同じ状態になってしまって、気に掛かるのに違いない。
「ハーレイは、今、何をしてるの?」と、「部員のみんなと、食事なのかな?」などと。
なんとも心が狭いけれども、こればかりは自分でも、どうにもならない。
気にしないでいられる強さは無いし、マナー違反をしてでも探るサイオンも持ってはいない。
(お昼寝、うんと先まで、お預け…)
ハーレイと結婚するまでは…、と悲しい気分で、その一方で楽しみでもある。
前の生では、ハーレイは昼寝が出来ない仕事に就いていた。
シャングリラのキャプテンに昼寝は無理で、昼間に寝たのは「仮眠」だけ。
(…前のぼくは、お昼寝していたけれど…)
身体が弱るよりも前から、昼寝は好きな時間にしていた。
「ちょっと寝よう」とベッドに入って、ぐっすり、たっぷり、気が向くままに。
(でも、ハーレイには…)
そんな余暇など無かったのだし、今度はゆっくり眠って欲しい。
好きな時間に、好きなだけ。
気が向いた時にベッドに出掛けて、自然に目が覚める時間まで。
(うん、いいよね…)
前のハーレイには出来なかったんだもの、と頬を緩めて嬉しくなる。
青い地球まで二人で来たから、「昼寝するハーレイ」を見ることが出来る。
今はまだ、ずっと先の話で、結婚するまで、目にすることは出来ないけれど。
ハーレイと一緒に暮らす家でしか、その光景は見られないけれど。
(…よく寝てるよね、って側で眺めて…)
ぼくは本でも読んでいようかな、と幸せな気持ちで一杯になった。
今は「ハーレイがやってくれている」立場を、「今度は、ぼくがやるんだよ」と。
ハーレイの寝顔を見守りながら、読書をしたり、お茶を飲んだりといった具合に。
とても素敵な未来の時間。
前の生では見られなかった「ハーレイの昼寝」を、ベッドの側に座って眺める。
顔立ちをよくよく観察したり、寝息に耳を傾けたりと、飽きもしないで、のんびりと。
(…ホントに幸せ…)
うんと幸せ、と思ったけれども、どうだろう。
一緒に暮らし始めて直ぐなら、確かに飽きずに、幸せたっぷりだろうけれども…。
(ハーレイのお昼寝、その内、当たり前のことになっちゃうんだよね…?)
もう珍しくもなくなって…、と「それ」は容易に想像がついた。
最初の間は新鮮な時間で、驚きも発見も、きっと沢山。
けれども、当たり前になったら、飽きてしまうのは時間の問題かもしれない。
そして飽きたら、ブルーを待っているものは…。
(…なんでいつまでも寝ているの、って…)
ハーレイの横でイライラしながら、「まだ起きないの?」と腹を立て始めるという現象。
「起きたら一緒に散歩に行こう、って寝る前に約束していなかった?」と。
あるいは「おやつの時間で、お茶の支度も出来てるのに!」などと、眉を吊り上げて。
(…ホントにありそう…)
二人で朝からケーキを焼いて、「おやつに食べよう」という時だってあるだろう。
ハーレイが昼寝をしている間に、ケーキを切って、お茶の支度も整えたのに…。
(起きてこなくて、気持ちよさそうに寝ちゃってて…)
ぼくだけケーキを食べるわけにも…、と思うものだから、困った事態になりそうではある。
寝ているハーレイを叩き起こすか、ケーキを食べるのは諦めるか。
(…二人で作ったケーキだったら、まだいいんだけど…!)
今のハーレイの大好物は、パウンドケーキというヤツだった。
それも「ブルーの母が焼いたケーキ」で、ハーレイの母のと全く同じ味らしい。
いわゆる「おふくろの味」だと聞いて、それをブルーも作りたくなった。
ハーレイに喜んで食べて欲しくて、「ぼくも作れるようになるんだ」と決意している。
いずれ母からレシピと作り方を教わり、上手に焼くために練習をして…。
(ハーレイのために焼くんだから、って…)
大きな夢を描いているわけで、結婚する頃には、作れるようになっているだろう。
だから二人で暮らす家では、何度も焼いて、ハーレイと食べて…。
(ハーレイが「やっぱり、これが最高だよな」って…)
褒めてくれるのが嬉しくて、その日も朝から頑張って焼いて、お茶の時間になったのに…。
(…そのハーレイが、お昼寝中で…)
起きて来ないなんて最悪だから、と涙が出そう。
せっかく作ったパウンドケーキが、テーブルの上で待ちぼうけなんて。
ケーキどころか、ケーキを焼いたブルー自身も、一人きりで放っておかれるなんて。
(あんまりだってば…!)
それって酷い、と思いはしても、昼寝するのはハーレイの自由。
現に自分も、ついさっきまで「当分、縁が無さそうだよね」と昼寝を懐かしんでいた。
「ハーレイと結婚するまでは無理」と、「それまでは時間限定みたい」と。
(…じゃあ、どうしたら…?)
どうすればいいの、と悩んでしまう。
昼寝の時間は、どうすれば戻って来るのだろうか。
思い付いた時にベッドに入って、好きなだけ、ぐっすり、たっぷり眠れる昼寝。
今の自分には出来ない昼寝を取り戻すには、結婚するしか無さそうではある。
ところがどっこい、結婚したら、ハーレイにも「昼寝する権利」があって…。
(…前のハーレイには出来なかったこと、ぼくは誰よりも知っているから…)
ハーレイに向かって「昼寝しちゃダメ!」などと言えはしないし、叩き起こすのも…。
(なんだか悪いし、昼寝するんなら、どうするのが…)
いいのかな、と頭を抱えてしまったけれども、閃きが天から降って来た。
「一緒に寝ればいいんだよ!」と。
ハーレイと一緒に昼寝するなら、お互い様になるだろう。
どっちが後まで寝ていたとしても、それは「その時の条件次第」。
時によっては、ハーレイの方が先に目覚めて、夕方になっても起きないブルーを…。
(よく寝てるよな、ってクスクス笑って…)
何度も寝顔を覗いたりしながら、夕食の支度をするかもしれない。
「今日のおやつは、デザートになってしまいそうだな」などと、鼻歌交じりに。
「自分でケーキを焼いてたくせに」と、「まあ、いいんだが」と、可笑しそうに。
(…ぼくの方が先に起きちゃった時も…)
たまにはこういう時もあるよね、とハーレイの鼻をつまんだりして、のんびりと待つ。
「パウンドケーキは日持ちするから」と、「明日の方が美味しいくらいかもね」と。
(味が馴染んで、うんと美味しく…)
食べられる類のケーキもあるから、二人でケーキを焼いた時でも、ゆったり待てそう。
二人で昼寝を始めたのなら、一緒に昼寝していたのなら。
(うん、ハーレイと昼寝するんなら…)
一緒が一番、と答えは出たから、もう困らない。
ハーレイと二人で暮らし始めたら、ゆっくり昼寝で、ハーレイも一緒に昼寝だから…。
昼寝するんなら・了
※ハーレイ先生と暮らし始めるまで、ゆっくり昼寝は出来そうにないブルー君ですけど。
結婚したら、ハーレイ先生にも昼寝の権利があるのです。一緒に昼寝をするのが良さそうv
なんだか縁が遠くなったよね、と小さなブルーは、ふと考えた。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(…お昼寝するより、ハーレイと話していたいから…)
すっかり御無沙汰になっちゃった、と昼寝というものを思い返してみる。
昼寝をしなくなった、とは言わないけれども、時間は減った。
ハーレイと再会する前だったら、昼寝をするなら、ぐっすり、たっぷりだったのに。
(…今だと、ハーレイが来ない時しか…)
そういう昼寝は出来ないわけで、ついでにハーレイが来ないとなると、落ち着かない。
ハーレイが来ない休日となったら、頭の中がぐるぐる回って、昼寝するような気分には…。
(全然、なって来ないんだってば!)
ホントにダメ、と自分の頭をポカポカと叩く。
なんとも子供じみた幼い感情、独占欲とも言うかもしれない。
それが昼寝の邪魔をするせいで、ハーレイが来ない日は起きたまま。
「今、ハーレイはどうしてるかな?」と気になって。
研修だったら、まだマシだけれど、柔道部の活動で来ないとなったら酷くなる。
柔道部員が「ハーレイ先生」を独占していて、寄越してくれないわけだから。
ハーレイの方も、柔道部の生徒にかかりっきりで、面倒を見ているに違いない。
練習や試合を熱心に指導し、終わった後には、食事にだって連れて行く。
「よく頑張ったな」と、ブルーも好きでたまらない笑顔を、柔道部員たちに振り撒いて。
一人一人に言葉を掛けて、肩を叩いてやったりもして。
(それから、みんなでお店に入って…)
ハーレイが「何でも好きに注文しろよ」と、気前よく皆に言うのだろう。
「支払いのことは気にするなよな」と、「食べ盛りなんだから、好きなだけ食え」と。
(…きっとそうだ、って考え始めてしまったら…)
眠気なんかは消えてしまって、昼寝をしているどころではない。
逆に目が冴え、窓の外に何度も視線をやっては、苛立つばかりで昼寝なんかしていられない。
窓からの風が気持ち良くても、昼寝にピッタリの天気でも。
ハーレイと再会する前だったら、「ちょっとお昼寝」と、横になっていたのは確実でも。
(……ぼくって、心が狭いわけ?)
そうじゃないよね、と自分自身を振り返ってみて、「違うと思う」と結論を出す。
前の自分の頃と違って、ハーレイを独占出来ないせいで、そうなるのだろう。
ソルジャー・ブルーだった頃なら、ハーレイは「当たり前に」側にいたのだから。
そうだったよね、と時の彼方を思うけれども、果たして本当に「そう」だったのか。
ハーレイは常に側にいたのか、違ったのか。
(…ずっと側にいたなんてことは、なかったっけ…)
だってキャプテンだったんだしね、と答えは簡単にポンと出て来た。
前のハーレイは白いシャングリラを預かるキャプテン、今よりも遥かに多忙だった。
それこそ昼寝をする時間も無く、いつもブリッジにいたと言ってもいいだろう。
(…前のハーレイが昼間に寝たのは、仮眠くらいで…)
昼寝などしていなかったのだし、暇だったという筈がない。
当然、「ソルジャー・ブルーの側にいる」のは、空き時間か、報告などの用がある時。
それ以外は、仕事が終わる時間まで、青の間には来ないで、ブリッジにいた。
(…そうなんだけど、でも…)
前のハーレイが何処にいようと、前の自分には「安心出来る」理由があった。
文字通りに最強のタイプ・ブルーで、強大なサイオンを誇っていたからこその裏技。
(…シャングリラ中に、サイオンの糸を張っていたほど…)
前の自分はサイオンの扱いに優れていたから、何の心配もしていなかった。
ハーレイが船の何処にいたって、知ろうと思えば直ぐに分かったし、姿も見られた。
「今はブリッジにいるんだよね」とか、「食堂なんだ」といった具合に。
(…そういうの、出来なくなっちゃったから…)
今のぼくは、気になりすぎて昼寝も出来ないんだよ、と溜息をつく。
もっとも、人間が全てミュウになっている、今の時代だと…。
(知りたくっても、サイオンで調べたりするのは、マナー違反で…)
やったら駄目だと言われちゃう、と思いはしても、やっている人はいる気がする。
恋人が来てくれなかった日に、つい探ってしまう人は、この世の中に…。
(絶対いない、ってわけがないって!)
人間、そこまで立派じゃないし、と自分自身に言い訳してから気が付いた。
「そういう人は、きっといるから」と真似をしようにも、今の自分には出来ないらしい。
不器用になってしまったサイオン、それを使って探ろうとしても…。
(努力するだけ、無駄なんだってば…!)
ハーレイの姿も見えて来ないよ、と悔しくなって涙が出そう。
「これじゃ昼寝は出来やしない」と、「ハーレイがいないと、落ち着かなくて」と。
更に言うなら、ハーレイが訪ねて来てくれた日は…。
(どんなに具合が悪い時でも、頑張って起きていたいほど…)
時間が惜しくて寝たくないから、「寝ろ」と言われて、渋々眠ることになる。
ハーレイが「俺が起こしてやるから」と言ってくれても、ベッドの側にいてくれても。
そっと手を握って「ぐっすり眠れ」と、優しい声で告げてくれても。
(……うーん……)
そうなってくると、昼寝は当分、出来ないらしい。
まるで出来ないわけではなくても、ハーレイが来てくれている時に限定で…。
(ちゃんと早めに起こしてよね、って念を押すから、寝てる時間も…)
ぐっすり、たっぷりとはいかない勘定。
ハーレイの声で起こされるまでの、限られた時間しか昼寝は出来ない。
(じゃあ、どうしたら…)
前みたいにゆっくり、お昼寝出来るの、と「これから先」を考えてみたら、長かった。
結婚出来る年を迎えて、ハーレイと一緒に暮らし始めるまで無理だろう。
それまではきっと、今と同じで、「ハーレイのことが気になりすぎて」眠れない。
たとえ婚約したとしたって、ハーレイには仕事があるのだから。
(…柔道部の活動でお出掛けしちゃう日も、きっとあるよね…?)
そういった時は、今の自分と同じ状態になってしまって、気に掛かるのに違いない。
「ハーレイは、今、何をしてるの?」と、「部員のみんなと、食事なのかな?」などと。
なんとも心が狭いけれども、こればかりは自分でも、どうにもならない。
気にしないでいられる強さは無いし、マナー違反をしてでも探るサイオンも持ってはいない。
(お昼寝、うんと先まで、お預け…)
ハーレイと結婚するまでは…、と悲しい気分で、その一方で楽しみでもある。
前の生では、ハーレイは昼寝が出来ない仕事に就いていた。
シャングリラのキャプテンに昼寝は無理で、昼間に寝たのは「仮眠」だけ。
(…前のぼくは、お昼寝していたけれど…)
身体が弱るよりも前から、昼寝は好きな時間にしていた。
「ちょっと寝よう」とベッドに入って、ぐっすり、たっぷり、気が向くままに。
(でも、ハーレイには…)
そんな余暇など無かったのだし、今度はゆっくり眠って欲しい。
好きな時間に、好きなだけ。
気が向いた時にベッドに出掛けて、自然に目が覚める時間まで。
(うん、いいよね…)
前のハーレイには出来なかったんだもの、と頬を緩めて嬉しくなる。
青い地球まで二人で来たから、「昼寝するハーレイ」を見ることが出来る。
今はまだ、ずっと先の話で、結婚するまで、目にすることは出来ないけれど。
ハーレイと一緒に暮らす家でしか、その光景は見られないけれど。
(…よく寝てるよね、って側で眺めて…)
ぼくは本でも読んでいようかな、と幸せな気持ちで一杯になった。
今は「ハーレイがやってくれている」立場を、「今度は、ぼくがやるんだよ」と。
ハーレイの寝顔を見守りながら、読書をしたり、お茶を飲んだりといった具合に。
とても素敵な未来の時間。
前の生では見られなかった「ハーレイの昼寝」を、ベッドの側に座って眺める。
顔立ちをよくよく観察したり、寝息に耳を傾けたりと、飽きもしないで、のんびりと。
(…ホントに幸せ…)
うんと幸せ、と思ったけれども、どうだろう。
一緒に暮らし始めて直ぐなら、確かに飽きずに、幸せたっぷりだろうけれども…。
(ハーレイのお昼寝、その内、当たり前のことになっちゃうんだよね…?)
もう珍しくもなくなって…、と「それ」は容易に想像がついた。
最初の間は新鮮な時間で、驚きも発見も、きっと沢山。
けれども、当たり前になったら、飽きてしまうのは時間の問題かもしれない。
そして飽きたら、ブルーを待っているものは…。
(…なんでいつまでも寝ているの、って…)
ハーレイの横でイライラしながら、「まだ起きないの?」と腹を立て始めるという現象。
「起きたら一緒に散歩に行こう、って寝る前に約束していなかった?」と。
あるいは「おやつの時間で、お茶の支度も出来てるのに!」などと、眉を吊り上げて。
(…ホントにありそう…)
二人で朝からケーキを焼いて、「おやつに食べよう」という時だってあるだろう。
ハーレイが昼寝をしている間に、ケーキを切って、お茶の支度も整えたのに…。
(起きてこなくて、気持ちよさそうに寝ちゃってて…)
ぼくだけケーキを食べるわけにも…、と思うものだから、困った事態になりそうではある。
寝ているハーレイを叩き起こすか、ケーキを食べるのは諦めるか。
(…二人で作ったケーキだったら、まだいいんだけど…!)
今のハーレイの大好物は、パウンドケーキというヤツだった。
それも「ブルーの母が焼いたケーキ」で、ハーレイの母のと全く同じ味らしい。
いわゆる「おふくろの味」だと聞いて、それをブルーも作りたくなった。
ハーレイに喜んで食べて欲しくて、「ぼくも作れるようになるんだ」と決意している。
いずれ母からレシピと作り方を教わり、上手に焼くために練習をして…。
(ハーレイのために焼くんだから、って…)
大きな夢を描いているわけで、結婚する頃には、作れるようになっているだろう。
だから二人で暮らす家では、何度も焼いて、ハーレイと食べて…。
(ハーレイが「やっぱり、これが最高だよな」って…)
褒めてくれるのが嬉しくて、その日も朝から頑張って焼いて、お茶の時間になったのに…。
(…そのハーレイが、お昼寝中で…)
起きて来ないなんて最悪だから、と涙が出そう。
せっかく作ったパウンドケーキが、テーブルの上で待ちぼうけなんて。
ケーキどころか、ケーキを焼いたブルー自身も、一人きりで放っておかれるなんて。
(あんまりだってば…!)
それって酷い、と思いはしても、昼寝するのはハーレイの自由。
現に自分も、ついさっきまで「当分、縁が無さそうだよね」と昼寝を懐かしんでいた。
「ハーレイと結婚するまでは無理」と、「それまでは時間限定みたい」と。
(…じゃあ、どうしたら…?)
どうすればいいの、と悩んでしまう。
昼寝の時間は、どうすれば戻って来るのだろうか。
思い付いた時にベッドに入って、好きなだけ、ぐっすり、たっぷり眠れる昼寝。
今の自分には出来ない昼寝を取り戻すには、結婚するしか無さそうではある。
ところがどっこい、結婚したら、ハーレイにも「昼寝する権利」があって…。
(…前のハーレイには出来なかったこと、ぼくは誰よりも知っているから…)
ハーレイに向かって「昼寝しちゃダメ!」などと言えはしないし、叩き起こすのも…。
(なんだか悪いし、昼寝するんなら、どうするのが…)
いいのかな、と頭を抱えてしまったけれども、閃きが天から降って来た。
「一緒に寝ればいいんだよ!」と。
ハーレイと一緒に昼寝するなら、お互い様になるだろう。
どっちが後まで寝ていたとしても、それは「その時の条件次第」。
時によっては、ハーレイの方が先に目覚めて、夕方になっても起きないブルーを…。
(よく寝てるよな、ってクスクス笑って…)
何度も寝顔を覗いたりしながら、夕食の支度をするかもしれない。
「今日のおやつは、デザートになってしまいそうだな」などと、鼻歌交じりに。
「自分でケーキを焼いてたくせに」と、「まあ、いいんだが」と、可笑しそうに。
(…ぼくの方が先に起きちゃった時も…)
たまにはこういう時もあるよね、とハーレイの鼻をつまんだりして、のんびりと待つ。
「パウンドケーキは日持ちするから」と、「明日の方が美味しいくらいかもね」と。
(味が馴染んで、うんと美味しく…)
食べられる類のケーキもあるから、二人でケーキを焼いた時でも、ゆったり待てそう。
二人で昼寝を始めたのなら、一緒に昼寝していたのなら。
(うん、ハーレイと昼寝するんなら…)
一緒が一番、と答えは出たから、もう困らない。
ハーレイと二人で暮らし始めたら、ゆっくり昼寝で、ハーレイも一緒に昼寝だから…。
昼寝するんなら・了
※ハーレイ先生と暮らし始めるまで、ゆっくり昼寝は出来そうにないブルー君ですけど。
結婚したら、ハーレイ先生にも昼寝の権利があるのです。一緒に昼寝をするのが良さそうv
(…昼寝か…)
とんと御無沙汰になっちまったな、とハーレイが思い出した、心地よいこと。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(どのくらい、御無沙汰してるんだ?)
いつから昼寝をしていないやら、と指を折りながら時を遡ってみる。
今年の夏休みは、全くしてはいなかった。
大抵はブルーの家で過ごして、そうでない日は柔道部の活動などで出掛けてばかり。
家でのんびり昼寝する暇は、まるで無かったと言うべきか。
(しかし、柔道部だとか、学校関係の方はともかく…)
ブルーの家に行っていた日は、「暇が無かった」では通らない。
暇だからこそ、前の生からの恋人の家に出掛けて行って…。
(あいつと話して、一緒に飯を食ったりもして…)
朝から晩までいたわけなのだし、暇だからこそできることだろう。
その代わり、昼寝が出来なかったというだけで。
訪問先の家で寝るなど、失礼でしかないのだから。
(学生時代なら、そいつも充分、アリだったんだが…)
現に友達の家で寝てたぞ、と思うけれども、今は学生時代ではない。
ブルーも友達ではなくて教え子、ブルーの両親は保護者なのだし、ハーレイが行けば…。
(立派に「お客様」でだな…)
お客様な以上、「どうぞ」と勧められない限りは、昼寝は出来ない。
もっとも、昼寝を勧める家など、そうそうありはしないけれども。
(…海辺の家なら、季節によってはあるんだろうが…)
夏になったら海水浴で賑わう場所なら、客人を招いて海に行くことも珍しくない。
海で泳げば、楽しくても体力は消耗するから、海から戻って来た後に…。
(おやつの前に昼寝でも、と涼しい部屋に案内してくれて…)
ごゆっくりどうぞ、と言われそうではある。
もちろん家人も別の部屋で昼寝で、起きているのはペットくらいで…。
(うんとゆったり時間が流れて、おやつの時間も遅めになって…)
夕食も、遅い時間になりそうな感じ。
起き出してくるのが遅かったならば、自然と全てがずれてゆく。
夕方近くに冷えたスイカを切っておやつで、夕食は長い夏の日がとっぷり暮れてから。
(飯を食ったら、花火とかだな)
海辺の夜だと定番だぞ、と思うけれども、ブルーの家は海辺ではない。
当然、海水浴も無いから、昼寝を勧めてくれはしなくて、それで終わった夏休み。
暇はたっぷりあったというのに、一度も昼寝をしないままで。
その前は…、と更に遡ったけども、夏休みの前は、ごくごく普通の一学期。
ついでに途中からの転任、最初の間は、どちらかと言えば忙しかった。
かてて加えて、ブルーのクラスへ授業をしに足を踏み入れた途端…。
(あいつがいきなり、血を流したから…)
腰を抜かさんばかりに驚き、駆け寄った時に記憶が戻った。
自分は何者だったのか。
大量の血を流して倒れたブルーは、自分にとって誰だったのか。
(其処から後は、あいつに付き添って救急車に乗って…)
生きた心地もしなかった上に、聖痕なのだと分かった後は、人生がすっかり変わってしまった。
ブルーと共に生きてゆこう、という方向へ。
今はまだチビの子供だけれども、いずれは一緒に暮らすのだ、と。
(だからだな…)
守り役という役目にかこつけ、せっせとブルーの家に通った。
休日も、仕事が終わった後にも、時間さえあればブルーの家へと出掛けてゆく。
ブルーの家で過ごす間は、当然、「お客様」なのだから…。
(昼寝をどうぞ、と言われるわけもないからなあ…)
すっかり御縁が無くなったものが、忘れ果てていた「昼寝の時間」だった。
昼寝は、心地よいものなのに。
チビのブルーと出会うより前は、昼寝することもよくあった。
休日にジョギングなどをした後、家に帰って、水分と栄養を補給してから横になる。
昼寝する場所は、気分次第。
寝室に行って、カーテンを閉めて、ベッドに潜るのもいいし…。
(レースのカーテンだけにしておいて、窓も開け放して…)
明るい部屋でベッドに入って寝るのも、なかなかにいい具合ではある。
庭の緑の匂いが届けば、山のホテルにいるような気分。
(リビングの床で寝るというのも、悪くないんだ)
絨毯の上にゴロンと転がり、横には飲み物などを乗っけたトレイを置いておく。
ふと目が覚めたら、起き上がって飲み物を口にして…。
(それからコロンと、また転がって…)
夕方まで寝て、「いい日だった」と伸びをして起きて、夕食の支度。
昼寝する前に用意しておいた、食材などを取り出して。
「今日は有意義に過ごせたよな」と、大満足で。
有意義も何も、かなりの時間を「寝ていた」くせに。
昼寝の間は何もしなくて、家事も仕事も、何もこなしてはいなかったのに。
(しかし、昼寝の魅力と良さは、だ…)
そういう所にあるんだよな、と思い返して、「寝ていないな…」と顎に手を当てた。
ずいぶん長く「していない」わけで、これから先も、きっと出来ない。
ブルーの家に出掛けてゆくなら、昼寝している暇は無いから。
暇だからこそ「ブルーの家に出掛ける」勘定、ブルーの家では「出来ない」昼寝。
お客様に昼寝を勧めはしないし、こればっかりは仕方ない。
(…うーむ…)
前の俺だってしていないしな、と自分で自分を慰める。
遠く遥かな時の彼方では、昼寝をしている暇は無かった。
もう文字通りに「無かった」と断言出来るし、昼寝したのは「仮眠」と言う。
白いシャングリラを預かるキャプテン、その立場では、のんびり昼寝をするなどは…。
(言語道断というヤツで…)
けして許されるものではなくて、自分自身でも「許さなかった」。
他の者たちが何と言おうと、「いや、大丈夫だ」とブリッジに立って「起きて」過ごした。
昼寝に相応しい時間に寝たのは、緊張が長く続いて、休息の必要があった時だけ。
「これ以上、起きて立っているより、寝た方がいい」と判断したなら、寝に行った。
「すまないが、少し仮眠してくる」と、ブリッジの仲間に断って。
どれほどの時間で戻って来るのか、それもきちんと伝えてから。
(でもって、部屋に戻ったら…)
起きるべき時間にアラームをセットし、ブリッジの者にも頼んでおいた。
「この時間になったら、起こしてくれ」と。
「俺も目覚ましはかけておくんだが、万一ということがあるからな」と、念のために。
(…あの頃の俺に比べたら…)
昼寝出来ないくらいが何だ、と思うけれども、昼寝していた頃の記憶も「ある」のが今。
どんなに心地よいものなのか、今の自分は「知っている」。
チビのブルーに出会うより前は、何度も昼寝をしていたから。
子供時代から昼寝していたし、学生時代も友人の家で寝ていたもの。
教師の仕事を始めてからは、気ままな一人暮らしなだけに…。
(気が向いた時に、ゆっくり昼寝で…)
好き放題に寝られたんだが、と昼寝出来た頃が懐かしい。
あの心地よい時は当分、自分の許には帰って来ない。
チビのブルーの家に出掛けて、「お客様」をやっている間は。
ブルーの家は海辺の家ではないから、お客様に昼寝を勧めはしないし、どうしようもない。
まさか「昼寝をしたいから」と、ブルーの家には行かないで…。
(家でゆっくり昼寝したなら、あいつ、怒るどころじゃ済まないぞ…)
俺だってそんな気分になれるわけもないしな、と思う以上は、お預けでいるしかないだろう。
どうやら、ブルーと暮らし始めるまで、昼寝するのは無理らしい。
昼寝に割ける時間は無くて、昼寝するような時間があるなら、ブルーのために使うべき。
つまりは、そうする必要が無くなる時が来るまで、昼寝とは縁が遠のいたまま。
(…気持ちよく昼寝出来るようになるのは、あいつと暮らし始めてからで…)
それまで我慢するしかないな、と思った所でハタと気付いた。
「待てよ?」と、ブルーの顔を頭に描いて考える。
ブルーと一緒に暮らしているなら、家には「ブルーがいる」わけで…。
(あいつが同じ家にいるのに、俺は昼寝が出来るのか?)
果たして「それ」は許されるのか、と疑問がフツフツと湧き上がって来た。
ブルーが家にいるというのに、「昼寝してくる」と部屋に戻ろうものなら、どうなるか。
(カーテンを閉めて、ベッドに潜り込む前に…)
怒り狂ったブルーが追い掛けて来て、寝室の扉を開け放ちそう。
バンッ! と凄い勢いで。
「何をするの!」と、「昼寝だなんて、信じられない!」と血相を変えて。
(…あいつを放って、昼寝に行ってしまったら…)
そうなりそうだ、と肩を竦めた。
結婚して一緒に暮らし始めた、前の生から愛したブルー。
それを放って昼寝するなど、デリカシーに欠けた行為でしかない。
ブルーが怒りに燃えていたって、誰も「ハーレイ」に同情してはくれないだろう。
「自業自得だ」とブルーの肩を持ち、ハーレイを責めることはあっても。
「なんという酷い恋人だろう」と、呆れ果てた顔で手を広げはしても。
(…それはマズイぞ…)
どう見ても俺が悪いじゃないか、と思うし、事実、そのように受け取られる。
ブルーにも、耳にした他の人たちにも。
(俺は昼寝をしたいだけだというのに、そうなるのか…?)
今と同じにはいかないのか、と思考を巡らせ、「駄目だな…」とフウと溜息をついた。
ブルーと二人で暮らしているなら、ブルーを放ってはおけないだろう。
「出会う前」のような昼寝のスタイル、それを実行してはいけない。
もれなくブルーは怒るだろうし、世間の意見も、ブルーの方に…。
(同調するってモンだよなあ…?)
多分、と「もう戻らない」昼寝の時間を思う。
好きな時間に、好きなスタイル、それで寝るのが「心地よい」のに。
昼寝の真骨頂とも言っていいのに、ブルーと暮らし始めた後には難しい。
ブルーに合わせてやらないことには、ブルーの機嫌を損ねてしまって、昼寝どころでは…。
(なくなるよなあ、間違いなく…)
寝室まで追い掛けて来られちまって、と思うものだから、工夫するしかないだろう。
ブルーと一緒に暮らし始めた後、昼寝するなら。
縁が遠のいている「心地よい時間」を、もう一度、取り戻したいのなら。
(…そうなると、あいつを誘うしか…)
あいつも一緒に昼寝するしかないんだよな、と答えは直ぐに浮かぶけれども…。
(どうなることやら…)
寝室はともかくリビングの床は、身体の弱いブルーには不向きかもしれない。
下手をしたなら身体が冷えて、体調を崩してしまいかねない。
(それを防ぐには、あいつのための敷物か何かを…)
調達して来て、昼寝の時には床に敷く。
そしてブルーが眠りに落ちたら、上にも何か掛けてやらねば。
(…でないと、風邪を引きそうだしなあ…)
ということは、俺は先には寝られないのか、と気付いて「そうか…」と苦笑した。
前の通りの昼寝のスタイル、それは不可能になるらしい。
一人で気ままに昼寝したのでは、ブルーのためにはならないから。
ブルーが怒るか、体調を崩すか、どちらかに転んでしまう以上は、これからは…。
(昼寝するなら、あいつも誘って、あいつの面倒を見てやりながら…)
寝るしかないっていうことだよな、とガッカリだけれど、それもいい。
ブルーと二人で暮らすためなら、気ままな昼寝は捨てられる。
どうせ遥かな時の彼方では、昼寝などしてはいないから。
昼寝も無ければ、ブルーと二人きりでの暮らしも、夢でしかなかったのだから…。
昼寝するなら・了
※ブルー君と再会してから、昼寝していないハーレイ先生。昼寝が懐かしいですけど…。
これから先に昼寝をするなら、ブルー君より先には寝られないのです。世話してあげないとv
とんと御無沙汰になっちまったな、とハーレイが思い出した、心地よいこと。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(どのくらい、御無沙汰してるんだ?)
いつから昼寝をしていないやら、と指を折りながら時を遡ってみる。
今年の夏休みは、全くしてはいなかった。
大抵はブルーの家で過ごして、そうでない日は柔道部の活動などで出掛けてばかり。
家でのんびり昼寝する暇は、まるで無かったと言うべきか。
(しかし、柔道部だとか、学校関係の方はともかく…)
ブルーの家に行っていた日は、「暇が無かった」では通らない。
暇だからこそ、前の生からの恋人の家に出掛けて行って…。
(あいつと話して、一緒に飯を食ったりもして…)
朝から晩までいたわけなのだし、暇だからこそできることだろう。
その代わり、昼寝が出来なかったというだけで。
訪問先の家で寝るなど、失礼でしかないのだから。
(学生時代なら、そいつも充分、アリだったんだが…)
現に友達の家で寝てたぞ、と思うけれども、今は学生時代ではない。
ブルーも友達ではなくて教え子、ブルーの両親は保護者なのだし、ハーレイが行けば…。
(立派に「お客様」でだな…)
お客様な以上、「どうぞ」と勧められない限りは、昼寝は出来ない。
もっとも、昼寝を勧める家など、そうそうありはしないけれども。
(…海辺の家なら、季節によってはあるんだろうが…)
夏になったら海水浴で賑わう場所なら、客人を招いて海に行くことも珍しくない。
海で泳げば、楽しくても体力は消耗するから、海から戻って来た後に…。
(おやつの前に昼寝でも、と涼しい部屋に案内してくれて…)
ごゆっくりどうぞ、と言われそうではある。
もちろん家人も別の部屋で昼寝で、起きているのはペットくらいで…。
(うんとゆったり時間が流れて、おやつの時間も遅めになって…)
夕食も、遅い時間になりそうな感じ。
起き出してくるのが遅かったならば、自然と全てがずれてゆく。
夕方近くに冷えたスイカを切っておやつで、夕食は長い夏の日がとっぷり暮れてから。
(飯を食ったら、花火とかだな)
海辺の夜だと定番だぞ、と思うけれども、ブルーの家は海辺ではない。
当然、海水浴も無いから、昼寝を勧めてくれはしなくて、それで終わった夏休み。
暇はたっぷりあったというのに、一度も昼寝をしないままで。
その前は…、と更に遡ったけども、夏休みの前は、ごくごく普通の一学期。
ついでに途中からの転任、最初の間は、どちらかと言えば忙しかった。
かてて加えて、ブルーのクラスへ授業をしに足を踏み入れた途端…。
(あいつがいきなり、血を流したから…)
腰を抜かさんばかりに驚き、駆け寄った時に記憶が戻った。
自分は何者だったのか。
大量の血を流して倒れたブルーは、自分にとって誰だったのか。
(其処から後は、あいつに付き添って救急車に乗って…)
生きた心地もしなかった上に、聖痕なのだと分かった後は、人生がすっかり変わってしまった。
ブルーと共に生きてゆこう、という方向へ。
今はまだチビの子供だけれども、いずれは一緒に暮らすのだ、と。
(だからだな…)
守り役という役目にかこつけ、せっせとブルーの家に通った。
休日も、仕事が終わった後にも、時間さえあればブルーの家へと出掛けてゆく。
ブルーの家で過ごす間は、当然、「お客様」なのだから…。
(昼寝をどうぞ、と言われるわけもないからなあ…)
すっかり御縁が無くなったものが、忘れ果てていた「昼寝の時間」だった。
昼寝は、心地よいものなのに。
チビのブルーと出会うより前は、昼寝することもよくあった。
休日にジョギングなどをした後、家に帰って、水分と栄養を補給してから横になる。
昼寝する場所は、気分次第。
寝室に行って、カーテンを閉めて、ベッドに潜るのもいいし…。
(レースのカーテンだけにしておいて、窓も開け放して…)
明るい部屋でベッドに入って寝るのも、なかなかにいい具合ではある。
庭の緑の匂いが届けば、山のホテルにいるような気分。
(リビングの床で寝るというのも、悪くないんだ)
絨毯の上にゴロンと転がり、横には飲み物などを乗っけたトレイを置いておく。
ふと目が覚めたら、起き上がって飲み物を口にして…。
(それからコロンと、また転がって…)
夕方まで寝て、「いい日だった」と伸びをして起きて、夕食の支度。
昼寝する前に用意しておいた、食材などを取り出して。
「今日は有意義に過ごせたよな」と、大満足で。
有意義も何も、かなりの時間を「寝ていた」くせに。
昼寝の間は何もしなくて、家事も仕事も、何もこなしてはいなかったのに。
(しかし、昼寝の魅力と良さは、だ…)
そういう所にあるんだよな、と思い返して、「寝ていないな…」と顎に手を当てた。
ずいぶん長く「していない」わけで、これから先も、きっと出来ない。
ブルーの家に出掛けてゆくなら、昼寝している暇は無いから。
暇だからこそ「ブルーの家に出掛ける」勘定、ブルーの家では「出来ない」昼寝。
お客様に昼寝を勧めはしないし、こればっかりは仕方ない。
(…うーむ…)
前の俺だってしていないしな、と自分で自分を慰める。
遠く遥かな時の彼方では、昼寝をしている暇は無かった。
もう文字通りに「無かった」と断言出来るし、昼寝したのは「仮眠」と言う。
白いシャングリラを預かるキャプテン、その立場では、のんびり昼寝をするなどは…。
(言語道断というヤツで…)
けして許されるものではなくて、自分自身でも「許さなかった」。
他の者たちが何と言おうと、「いや、大丈夫だ」とブリッジに立って「起きて」過ごした。
昼寝に相応しい時間に寝たのは、緊張が長く続いて、休息の必要があった時だけ。
「これ以上、起きて立っているより、寝た方がいい」と判断したなら、寝に行った。
「すまないが、少し仮眠してくる」と、ブリッジの仲間に断って。
どれほどの時間で戻って来るのか、それもきちんと伝えてから。
(でもって、部屋に戻ったら…)
起きるべき時間にアラームをセットし、ブリッジの者にも頼んでおいた。
「この時間になったら、起こしてくれ」と。
「俺も目覚ましはかけておくんだが、万一ということがあるからな」と、念のために。
(…あの頃の俺に比べたら…)
昼寝出来ないくらいが何だ、と思うけれども、昼寝していた頃の記憶も「ある」のが今。
どんなに心地よいものなのか、今の自分は「知っている」。
チビのブルーに出会うより前は、何度も昼寝をしていたから。
子供時代から昼寝していたし、学生時代も友人の家で寝ていたもの。
教師の仕事を始めてからは、気ままな一人暮らしなだけに…。
(気が向いた時に、ゆっくり昼寝で…)
好き放題に寝られたんだが、と昼寝出来た頃が懐かしい。
あの心地よい時は当分、自分の許には帰って来ない。
チビのブルーの家に出掛けて、「お客様」をやっている間は。
ブルーの家は海辺の家ではないから、お客様に昼寝を勧めはしないし、どうしようもない。
まさか「昼寝をしたいから」と、ブルーの家には行かないで…。
(家でゆっくり昼寝したなら、あいつ、怒るどころじゃ済まないぞ…)
俺だってそんな気分になれるわけもないしな、と思う以上は、お預けでいるしかないだろう。
どうやら、ブルーと暮らし始めるまで、昼寝するのは無理らしい。
昼寝に割ける時間は無くて、昼寝するような時間があるなら、ブルーのために使うべき。
つまりは、そうする必要が無くなる時が来るまで、昼寝とは縁が遠のいたまま。
(…気持ちよく昼寝出来るようになるのは、あいつと暮らし始めてからで…)
それまで我慢するしかないな、と思った所でハタと気付いた。
「待てよ?」と、ブルーの顔を頭に描いて考える。
ブルーと一緒に暮らしているなら、家には「ブルーがいる」わけで…。
(あいつが同じ家にいるのに、俺は昼寝が出来るのか?)
果たして「それ」は許されるのか、と疑問がフツフツと湧き上がって来た。
ブルーが家にいるというのに、「昼寝してくる」と部屋に戻ろうものなら、どうなるか。
(カーテンを閉めて、ベッドに潜り込む前に…)
怒り狂ったブルーが追い掛けて来て、寝室の扉を開け放ちそう。
バンッ! と凄い勢いで。
「何をするの!」と、「昼寝だなんて、信じられない!」と血相を変えて。
(…あいつを放って、昼寝に行ってしまったら…)
そうなりそうだ、と肩を竦めた。
結婚して一緒に暮らし始めた、前の生から愛したブルー。
それを放って昼寝するなど、デリカシーに欠けた行為でしかない。
ブルーが怒りに燃えていたって、誰も「ハーレイ」に同情してはくれないだろう。
「自業自得だ」とブルーの肩を持ち、ハーレイを責めることはあっても。
「なんという酷い恋人だろう」と、呆れ果てた顔で手を広げはしても。
(…それはマズイぞ…)
どう見ても俺が悪いじゃないか、と思うし、事実、そのように受け取られる。
ブルーにも、耳にした他の人たちにも。
(俺は昼寝をしたいだけだというのに、そうなるのか…?)
今と同じにはいかないのか、と思考を巡らせ、「駄目だな…」とフウと溜息をついた。
ブルーと二人で暮らしているなら、ブルーを放ってはおけないだろう。
「出会う前」のような昼寝のスタイル、それを実行してはいけない。
もれなくブルーは怒るだろうし、世間の意見も、ブルーの方に…。
(同調するってモンだよなあ…?)
多分、と「もう戻らない」昼寝の時間を思う。
好きな時間に、好きなスタイル、それで寝るのが「心地よい」のに。
昼寝の真骨頂とも言っていいのに、ブルーと暮らし始めた後には難しい。
ブルーに合わせてやらないことには、ブルーの機嫌を損ねてしまって、昼寝どころでは…。
(なくなるよなあ、間違いなく…)
寝室まで追い掛けて来られちまって、と思うものだから、工夫するしかないだろう。
ブルーと一緒に暮らし始めた後、昼寝するなら。
縁が遠のいている「心地よい時間」を、もう一度、取り戻したいのなら。
(…そうなると、あいつを誘うしか…)
あいつも一緒に昼寝するしかないんだよな、と答えは直ぐに浮かぶけれども…。
(どうなることやら…)
寝室はともかくリビングの床は、身体の弱いブルーには不向きかもしれない。
下手をしたなら身体が冷えて、体調を崩してしまいかねない。
(それを防ぐには、あいつのための敷物か何かを…)
調達して来て、昼寝の時には床に敷く。
そしてブルーが眠りに落ちたら、上にも何か掛けてやらねば。
(…でないと、風邪を引きそうだしなあ…)
ということは、俺は先には寝られないのか、と気付いて「そうか…」と苦笑した。
前の通りの昼寝のスタイル、それは不可能になるらしい。
一人で気ままに昼寝したのでは、ブルーのためにはならないから。
ブルーが怒るか、体調を崩すか、どちらかに転んでしまう以上は、これからは…。
(昼寝するなら、あいつも誘って、あいつの面倒を見てやりながら…)
寝るしかないっていうことだよな、とガッカリだけれど、それもいい。
ブルーと二人で暮らすためなら、気ままな昼寝は捨てられる。
どうせ遥かな時の彼方では、昼寝などしてはいないから。
昼寝も無ければ、ブルーと二人きりでの暮らしも、夢でしかなかったのだから…。
昼寝するなら・了
※ブルー君と再会してから、昼寝していないハーレイ先生。昼寝が懐かしいですけど…。
これから先に昼寝をするなら、ブルー君より先には寝られないのです。世話してあげないとv
「ねえ、ハーレイ。仕切り直すのは…」
大切だよね、と小さなブルーが投げ掛けた問い。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 仕切り直すって…」
大切って、とハーレイは鳶色の瞳を丸くした。
「なんだ、いきなりどうしたんだ?」
「えっとね…。ぼくの体験談かな」
ちょっぴり恥ずかしいけどね、とブルーは肩を竦めた。
「あんまり言いたくないんだけれど」と、恥ずかしそうに。
「ほほう…。何かやらかしかんだな、その様子だと」
是非とも聞かせて欲しいモンだ、とハーレイは片目を瞑る。
「お前の失敗談を聞けるチャンスは、貴重だしな」と。
「そうかもね…。おまけに数学の話なんだよ、コレ」
この前、家で復習してて…、とブルーは話し始めた。
「あのね、問題を解き始めた時は、よかったんだよ」
「ふむふむ、それで?」
何処で失敗しちまったんだ、とハーレイは興味津々。
ブルーの方は「だから…」と言い淀みつつも、こう言った。
「最後に答えを出したら、なんだか変な数字で…」
「変だって?」
「そう! 学校で解いた時には、綺麗だったのに…」
ズラズラ続いて終わらないわけ、とブルーは溜息をつく。
「小数点の後に、ズラリと数字なんだよ」と。
「ほう…。数字の行列が終わってくれなかった、と…」
「うん。こんな答えじゃなかったよね、って見てみたら…」
ノートの答えは、キッチリ綺麗だったわけ、と零れる苦笑。
「何処かで計算を間違えたんだよ、多分」
「なるほど、ありそうな話だな」
「でしょ? だから何度も解き直したのに…」
何度やっても、全部おんなじ、とブルーは両手を広げた。
いわゆる「お手上げ」、そういうポーズで。
「流石に頭が痛くなって来て、もう降参で…」
一休みしてホットミルクを飲みに下まで、とブルーは笑う。
「だって、どうにもならないしね?」と同意を求める顔で。
「そりゃまあ、なあ…。ミルクで解き方、閃いたのか?」
休んだ効果はどうだったんだ、とハーレイは身を乗り出す。
「お前のことだし、結果的には解けたんだろうが…」
「其処なんだよね…。部屋に戻っても、まだ駄目で…」
仕方ないからヤケになっちゃって、とブルーは特大の溜息。
「いっぺん、ノートをパタンと閉じちゃって…」
「放り投げたのか、ゴミ箱に?」
「そこまでは、やっていないけど…」
気分はソレかな、と嘆くブルーは、相当、苦労したらしい。
普段なら直ぐに終わる筈の復習、それが全く終わらなくて。
「ベッドにコロンと仰向けになって、ボーッとしてて…」
それから机に戻ったわけ、と説明が続く。
「でね、真っ白な紙を一枚出して、そこで一から…」
「解き直すことにしたんだな?」
「ノートの呪いにかかったかも、って思うじゃない!」
まず罫線から逃げなくちゃ、という気持ちは、よくわかる。
ブルーがノートを捨てなかっただけでも、上等だろう。
「白紙の効果はあったのか?」
ノートの呪いは無事に解けたか、とハーレイは訊いた。
仕切り直しをしたのだったら、呪いは其処で解けたろう。
「バッチリと…。白紙に問題、書き直したら…」
「どうなった?」
「三つ目の数字を、ぼくが書き写し間違えてたんだよ!」
答えが変になる筈だよね、とブルーは嘆くのだけれど…。
「お前、そいつは、うっかりミスっていうヤツで…」
「まさか、そうだなんて思わないじゃない!」
でも、痛烈に思い知ったんだよね、と話は最初に繋がった。
仕切り直すのは大切なことで、一事が万事、と。
「確かになあ…。まあ、料理だとそうはいかんが…」
塩と砂糖を間違えてもな、とハーレイも失敗談で応じる。
「肉も野菜も、切って煮込んじまった後なんかだと…」
「仕切り直しは出来ないね…」
もう材料も残ってないし、とブルーはクスクス笑った。
「ハーレイだって、やっちゃうんだ?」と。
「たまにはな。だが、料理以外なら、仕切り直すぞ」
俺だって、とハーレイは苦笑いしつつ、体験談を披露する。
「どうも妙だな、と思った書類は最初から作り直すとか」
学生時代ならレポートとかも、と自分が仕切り直した話を。
ブルーは楽しそうに体験談に聞き入り、笑顔になった。
「やっぱり、仕切り直すってことは大切だよね?」
「もちろんだ。お前も、その経験を次にだな…」
ちゃんと活かしていかんとな、とハーレイは大きく頷く。
「しくじった時は、潔く仕切り直すってヤツが一番だ」と。
「でしょ? だったら、一緒に仕切り直さない?」
「何だって?」
一緒にとは、とハーレイは首を傾げて尋ねた。
「ティータイムを仕切り直すのか?」
紅茶をコーヒーに換えるとか、と紅茶のポットを指差す。
「違うよ、ぼくたちの関係だってば! 最初から!」
出会ったトコから仕切り直しで、とブルーは笑んだ。
「まず、再会のキスを交わして、そこから!」
「馬鹿野郎!」
誰が、とハーレイは銀色の頭を、拳で軽くコツンと叩いた。
「そういう仕切り直しは要らん!」と、ブルーを睨んで。
「今の関係で正解なんだ」と、「チビのくせに」と…。
仕切り直すのは・了
大切だよね、と小さなブルーが投げ掛けた問い。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 仕切り直すって…」
大切って、とハーレイは鳶色の瞳を丸くした。
「なんだ、いきなりどうしたんだ?」
「えっとね…。ぼくの体験談かな」
ちょっぴり恥ずかしいけどね、とブルーは肩を竦めた。
「あんまり言いたくないんだけれど」と、恥ずかしそうに。
「ほほう…。何かやらかしかんだな、その様子だと」
是非とも聞かせて欲しいモンだ、とハーレイは片目を瞑る。
「お前の失敗談を聞けるチャンスは、貴重だしな」と。
「そうかもね…。おまけに数学の話なんだよ、コレ」
この前、家で復習してて…、とブルーは話し始めた。
「あのね、問題を解き始めた時は、よかったんだよ」
「ふむふむ、それで?」
何処で失敗しちまったんだ、とハーレイは興味津々。
ブルーの方は「だから…」と言い淀みつつも、こう言った。
「最後に答えを出したら、なんだか変な数字で…」
「変だって?」
「そう! 学校で解いた時には、綺麗だったのに…」
ズラズラ続いて終わらないわけ、とブルーは溜息をつく。
「小数点の後に、ズラリと数字なんだよ」と。
「ほう…。数字の行列が終わってくれなかった、と…」
「うん。こんな答えじゃなかったよね、って見てみたら…」
ノートの答えは、キッチリ綺麗だったわけ、と零れる苦笑。
「何処かで計算を間違えたんだよ、多分」
「なるほど、ありそうな話だな」
「でしょ? だから何度も解き直したのに…」
何度やっても、全部おんなじ、とブルーは両手を広げた。
いわゆる「お手上げ」、そういうポーズで。
「流石に頭が痛くなって来て、もう降参で…」
一休みしてホットミルクを飲みに下まで、とブルーは笑う。
「だって、どうにもならないしね?」と同意を求める顔で。
「そりゃまあ、なあ…。ミルクで解き方、閃いたのか?」
休んだ効果はどうだったんだ、とハーレイは身を乗り出す。
「お前のことだし、結果的には解けたんだろうが…」
「其処なんだよね…。部屋に戻っても、まだ駄目で…」
仕方ないからヤケになっちゃって、とブルーは特大の溜息。
「いっぺん、ノートをパタンと閉じちゃって…」
「放り投げたのか、ゴミ箱に?」
「そこまでは、やっていないけど…」
気分はソレかな、と嘆くブルーは、相当、苦労したらしい。
普段なら直ぐに終わる筈の復習、それが全く終わらなくて。
「ベッドにコロンと仰向けになって、ボーッとしてて…」
それから机に戻ったわけ、と説明が続く。
「でね、真っ白な紙を一枚出して、そこで一から…」
「解き直すことにしたんだな?」
「ノートの呪いにかかったかも、って思うじゃない!」
まず罫線から逃げなくちゃ、という気持ちは、よくわかる。
ブルーがノートを捨てなかっただけでも、上等だろう。
「白紙の効果はあったのか?」
ノートの呪いは無事に解けたか、とハーレイは訊いた。
仕切り直しをしたのだったら、呪いは其処で解けたろう。
「バッチリと…。白紙に問題、書き直したら…」
「どうなった?」
「三つ目の数字を、ぼくが書き写し間違えてたんだよ!」
答えが変になる筈だよね、とブルーは嘆くのだけれど…。
「お前、そいつは、うっかりミスっていうヤツで…」
「まさか、そうだなんて思わないじゃない!」
でも、痛烈に思い知ったんだよね、と話は最初に繋がった。
仕切り直すのは大切なことで、一事が万事、と。
「確かになあ…。まあ、料理だとそうはいかんが…」
塩と砂糖を間違えてもな、とハーレイも失敗談で応じる。
「肉も野菜も、切って煮込んじまった後なんかだと…」
「仕切り直しは出来ないね…」
もう材料も残ってないし、とブルーはクスクス笑った。
「ハーレイだって、やっちゃうんだ?」と。
「たまにはな。だが、料理以外なら、仕切り直すぞ」
俺だって、とハーレイは苦笑いしつつ、体験談を披露する。
「どうも妙だな、と思った書類は最初から作り直すとか」
学生時代ならレポートとかも、と自分が仕切り直した話を。
ブルーは楽しそうに体験談に聞き入り、笑顔になった。
「やっぱり、仕切り直すってことは大切だよね?」
「もちろんだ。お前も、その経験を次にだな…」
ちゃんと活かしていかんとな、とハーレイは大きく頷く。
「しくじった時は、潔く仕切り直すってヤツが一番だ」と。
「でしょ? だったら、一緒に仕切り直さない?」
「何だって?」
一緒にとは、とハーレイは首を傾げて尋ねた。
「ティータイムを仕切り直すのか?」
紅茶をコーヒーに換えるとか、と紅茶のポットを指差す。
「違うよ、ぼくたちの関係だってば! 最初から!」
出会ったトコから仕切り直しで、とブルーは笑んだ。
「まず、再会のキスを交わして、そこから!」
「馬鹿野郎!」
誰が、とハーレイは銀色の頭を、拳で軽くコツンと叩いた。
「そういう仕切り直しは要らん!」と、ブルーを睨んで。
「今の関係で正解なんだ」と、「チビのくせに」と…。
仕切り直すのは・了
(ハーレイの授業で、居眠りだなんて…)
信じられない、と小さなブルーは赤い瞳を瞬かせた。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日はハーレイの授業があった。
その最中に、居眠りを始めた生徒が一人。
ハーレイは直ぐに気付いたらしくて、授業を雑談に切り替えた。
(途端に、その子も目を覚ましちゃって…)
興味津々に聞き始めたから、ハーレイは苦笑を浮かべながらも話し続けた。
「いいか、この話の肝はだな…」と、皆の関心を引くように。
眠気が綺麗に消し飛ぶように、授業に無理なく戻れる工夫も織り込んで。
(ぼくも楽しく聞いていたけど、あれが丸ごと授業でも…)
居眠りなんかしないよね、と本当に不思議で堪らない。
古典の授業は退屈な部分もあるだろうけれど、どうして居眠り出来るのか。
ハーレイが教壇に立っているのに、コックリと船を漕げるのか。
(…寝てた生徒も、ハーレイ先生のことが大好きで…)
昼休みに食堂で見掛けたりしたら、積極的に話し掛けている。
なのに授業は別だとばかりに、よく居眠りをしてもいるから分からない。
(ぼくなら、絶対、寝ないんだけど…!)
ハーレイの前で居眠るなんて、と「自分はやらない」自信がある。
現に居眠りしてはいないし、眠いと思ったことさえも無い。
(…だけどハーレイ、前のハーレイの頃とは違うよね…)
目の前で居眠りされてしまうのが普通だなんて、と可笑しくなった。
遠く遥かな時の彼方では、ハーレイの前で居眠る者など、ただの一人も…。
(いなかったっけ…)
そもそも、いたら大変だけど、と白い箱舟に思いを馳せる。
ミュウの仲間たちを乗せていた船は、常に緊張の中にいたと言っていいだろう。
アルテメシアの雲海に隠れて飛んでいた時も、アルテメシアを離れた後も。
(ナスカの時代は、ぼくは眠っていたけれど…)
唯一、平和な時代だったとも聞くのだけれども、それでも油断は出来なかった。
「ナスカ」はミュウが名付けた名前で、人類の世界では別の名がある星だったから。
(…テラフォーミングを諦めた星でも、近くを飛ぶ船はゼロじゃないから…)
そういった船に見付からないよう、警戒を怠ってはならない。
地上に降りた仲間はともかく、船に残った者は注意が必要だった。
ナスカに接近する船はいないか、離れた場所でも飛んでいる船はいないのか、と。
白いシャングリラのキャプテンだったのが、前のハーレイ。
船の心臓とも言えるブリッジで、いつだって指揮を執っていた。
アルテメシアの雲海の中でも、平和なナスカで仲間が暮らしていた時も。
(たまにはナスカに降りたりもしたし、アルテメシアでも、部屋に戻っている時も…)
あったのだけれど、居場所は主にブリッジだったし、其処で居眠るような仲間は…。
(いるわけない、って…)
居眠りしたら大変だもの、とブリッジクルーの仕事を数えてみる。
船の制御はもちろんのこと、レーダーなどの担当もいた。
誰か一人でも欠けようものなら、たちまち回らなくなる部署でもあった。
(暇な時だと、人数が少なかったりしたけど…)
それでも最低限のクルーは必須で、彼らに居眠りは許されなかった。
レーダー担当が居眠りをすれば、人類軍の船が近付いていても気付けない。
機関部担当の者にしたって、居眠っている間に、エンジンに不調が起きたなら…。
(咄嗟に対応出来なくなるから、下手をしちゃうと航行不能に陥って…)
どうなってしまうか分からないのだし、居眠りするなど言語道断。
ブリッジクルーは、自分の持ち場の担当中には、けして居眠りしてはならない。
そこで眠ってしまうほどなら、最初から持ち場に入りはせずに…。
(今日は体調が優れないので休みたい、って…)
申告したなら、代わりの者が担当になって仕事をしていた。
ブリッジクルーは欠けてはならず、居眠りすることも許されないから。
(前のハーレイは、ブリッジを纏めるキャプテンなんだし…)
ブリッジでハーレイが目にしていたのは、キビキビと働く者だけだった。
誰も居眠りしてはいなくて、自分の仕事をこなし続ける。
勤務時間の終わりが来るまで、真剣に。
次の担当者と交代になる時間が来るまで、居眠りしないで起きているのが仕事でもあった。
(休憩時間は、あったんだけどね…)
長時間の緊張は心身に良い影響を与えはしないし、休憩時間は設けられていた。
ノルディが指示した通りの時間に、皆にコーヒーなどが配られ、リフレッシュ。
(でも、それ以外は、ずっと起きてて…)
仕事なのだし、前のハーレイの前で居眠る者は無かった。
今の時代は毎日のように、誰か眠っているけれど。
「生徒の集中力が切れて来た時は、雑談が一番いい」と、ハーレイが技を編み出すほどに。
なんとも愉快な時代ではある。
前のハーレイとは全く逆に、居眠りされてしまうのが普通な「今のハーレイ」がいるなんて。
古典の教師になったハーレイは、居眠る生徒を目にする職に就いたとも言える。
居眠りをするのが生徒の常で、どの授業にも一人くらいはいると言ってもいいだろう。
(ぼくは居眠ったりはしないし…)
授業中に眠気が襲って来たなら、それは体調を崩す前兆。
急いで手を挙げ、保健室に行くか、早退したいと申し出るしか道は無い。
(でないと、授業の真っ最中に…)
居眠る代わりに意識を失くして、大勢に迷惑がかかってしまう。
授業は中断、教師は「ブルー」に駆け寄って介抱、生徒の誰かが保健室に走ることになる。
そうなるよりかは、自発的に保健室に向かうか、早退するか、最初から欠席の道を選ぶか。
(…今日は気分が悪くなりそう、って思ったら…)
学校を休むことだってあるし、前はそうする日も多かった。
けれど今では、ちょっと事情が変わってしまって…。
(…倒れちゃうかも、って思っていても…)
無理をして起きて制服に着替えて、路線バスに乗って学校を目指す。
何故なら、その日は古典の授業があって、ハーレイに会える筈だから。
ハーレイの授業を聞くことが出来て、顔も見られる「とても素敵な」大当たりの日。
(…だから欲張って、学校に行って…)
倒れたことも一度や二度では無いというのが、今だった。
とはいえ、やはり「ハーレイの授業で居眠りする」のは「絶対、しない」し有り得ない。
それくらいなら、授業の真っ最中に…。
(手を挙げて、保健室だってば!)
運が良ければ、帰りはハーレイが車で送ってくれるだろう。
「ブルーが保健室に行く」のを、ハーレイは「その目で見た」わけなのだし、可能性はある。
後の予定が入っていないなら、きっと保健室まで来てくれる。
「家まで送って行ってやるから」と、優しい笑顔で。
あくまで教師の貌だけれども、それはちっとも構わない。
(車に乗ったら、後は普段のハーレイで…)
敬語で話す必要も無くて、家まで楽しく帰ってゆける。
具合は悪いままにしたって、気分の方は最高で。
「ハーレイの車に乗ってるんだ」と、もう御機嫌で外を眺めて。
だから絶対しないんだ、と「居眠り」については断言出来る。
居眠る代わりに倒れはしても、居眠りだけは「絶対に無い」と、自信を持って。
(うん、絶対に…)
ホントのホントにしないんだから、と笑みを浮かべて頷いた。
「ぼくは居眠ったりはしないよ」と、「居眠りなんて、絶対しない」と。
どう間違えても、今日も寝ていた生徒みたいに、ハッと目覚めはしないだろう。
退屈だった古典の授業が、別の話に切り替わったと気付いて、飛び起きるのが居眠る生徒。
ハーレイの雑談は評判だから、聞き逃すのは損でしかない。
(だから急いで聞かないと、って…)
居眠り中の生徒も起きて、膝を乗り出しそうなくらいに聞き入っている。
どんな愉快な話が聞けるか、あるいは誰かに披露したくなる知識が増えるのか、と。
(雑談も、うんと楽しいんだけど…)
ハーレイの授業はどうでもよくって、雑談だけって酷いよね、と苦笑しか出ない。
これが自分なら、そんな真似などしないのに。
ちゃんと授業も真面目に聞いて、雑談はオマケで、デザートみたいなものなのに。
(そうなんだけどな…)
ハーレイの話が切り替わった途端に起きるなんて、と失礼な生徒を思い出す。
「あれは酷いよ」と、「ぼくなら、しない」と軽く頭を振って。
(そんな失礼なことって、ある?)
つまらないから聞いていませんでした、と言わんばかりの生徒の態度。
自分だったら、ハーレイの話に興味が無くても、きちんと聞いているだろう。
どれほど退屈な中身だろうと、居眠りなんかは絶対にしない。
(退屈な古典のお話っていうのは、あるんだけどね…)
ハーレイの授業じゃなくって題材の方、と思いはしても、寝る気など無い。
頑張って起きているんだから、と思ったはずみに、脳裏を掠めていった考え。
「本当に?」と。
「今はそうでも、この先も?」と、誰かが心の中で尋ねた。
これから先も、ずっと居眠りしないのか、と意地悪な声が聞こえて来る。
今の学校を卒業しても、ハーレイと暮らし始めた後も、と。
(えーっと…?)
ハーレイと結婚した後は…、と思考を未来に向けてみた。
二人で一緒に暮らし始めたら、ハーレイは仕事に出掛けてゆく。
今と同じに古典の教師で、柔道部などの指導もするから、帰りが遅い日だってある。
(…他の先生と食事に行く日も、きっとあるから…)
そういう時には、家で帰りを待つしかない。
本を読んだり、部屋の掃除をしたりしている間に、頑張りすぎることもあるだろう。
自分では夢中で気付かなくても、脳や身体が「疲れてしまう」という現象。
(…疲れちゃったら、生欠伸が出て…)
それでようやく「疲れている」と分かるけれども、もう遅い。
すっかり疲れた脳や身体が、「眠い」と訴え掛けて来る。
まだハーレイは戻らないのに、「もう眠いから、ベッドに行こう」と。
(…眠くなったから、鍵を掛けて先に寝ちゃっても…)
ハーレイは怒ったりはしないで、鍵を開けて静かに入ると思う。
「寝ているブルー」を起こさないよう、足音を忍ばせ、物音だって立てないように…。
(うんと注意して、キッチンで何か飲んだりもして…)
それからお風呂で、寝るのは別の部屋かもしれない。
「ベッドに行ったら、ブルーを起こしちまうからな」と、ソファで寝るだとか。
(…うんとありそう…)
ハーレイだしね、と容易に想像出来るから、「先に寝る」のは我慢したい。
仕事をして来たハーレイに悪いし、申し訳ない気持ちしかしない。
(先に寝ちゃって、その上、ハーレイに色々と気を遣わせちゃって…)
それは駄目だよ、と自分の頭をポカンと叩いて、「起きていなきゃ」と気合を入れた。
まだ、その時は「来ていない」けれど、「先に寝ちゃ駄目」と、未来の自分に。
ハーレイが遅くなった時でも、頑張って起きて、帰りを待っていなくては。
帰って来たハーレイに、してあげられることは「ろくに無い」けれど。
せいぜい、上着をハンガーに…。
(掛けるくらいで、他にはなんにも…)
出来そうになくて、逆にハーレイが「やってくれそう」な感じ。
「何か飲むか?」と、キッチンでコーヒーを淹れながら。
「遅くまで待ってて疲れただろう」と、「この時間だと、ホットミルクか?」などと。
(ホットミルクにシナモンとマヌカを入れて、セキ・レイ・シロエ風とか…)
ハーレイが作ってくれそうではある。
自分だけコーヒーを飲んでいたのでは、話が弾まないだろう、と。
そうやって始めた、夜も更けてからのティータイム。
ハーレイはコーヒー、自分はホットミルクにしたって、お茶の時間には違いない。
ダイニングか、リビングか、何処かで二人で過ごすのだけれど…。
(ぼくはすっかり疲れちゃってて、生欠伸で…)
ハーレイの声が遠くに聞こえ始めて、頭がガクンと落ちてしまって…。
(せっかくハーレイが楽しい話をしてくれてたのに、聞いていないで…)
居眠りして船を漕いでしまうかも、と「とんでもない予感」に震え上がった。
チビの自分は「居眠りなんかはしない」けれども、未来の自分は「やっちゃいそう」と。
(…居眠りしてても、ハーレイだったら…)
きっと許してくれるだろうし、「すまん」と謝ってくれるのだろう。
「気が付かないで悪かった」と、「遅くなっちまったし、お前も眠かったよな」と。
(でもって、抱っこしてくれて…)
ベッドに運んでくれそうだから、未来は安泰そうではある。
ハーレイの帰りが遅くなった日に、ウッカリ居眠りしてしまっても。
話の途中で船を漕いでも、話を聞かずに居眠っていても…。
居眠りしてても・了
※ハーレイ先生の授業で居眠る生徒が信じられない、ブルー君。「ぼくは、しない」と。
けれど一緒に暮らし始めたら、居眠ってしまうかも。でも、きっと許して貰えるのですv
信じられない、と小さなブルーは赤い瞳を瞬かせた。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日はハーレイの授業があった。
その最中に、居眠りを始めた生徒が一人。
ハーレイは直ぐに気付いたらしくて、授業を雑談に切り替えた。
(途端に、その子も目を覚ましちゃって…)
興味津々に聞き始めたから、ハーレイは苦笑を浮かべながらも話し続けた。
「いいか、この話の肝はだな…」と、皆の関心を引くように。
眠気が綺麗に消し飛ぶように、授業に無理なく戻れる工夫も織り込んで。
(ぼくも楽しく聞いていたけど、あれが丸ごと授業でも…)
居眠りなんかしないよね、と本当に不思議で堪らない。
古典の授業は退屈な部分もあるだろうけれど、どうして居眠り出来るのか。
ハーレイが教壇に立っているのに、コックリと船を漕げるのか。
(…寝てた生徒も、ハーレイ先生のことが大好きで…)
昼休みに食堂で見掛けたりしたら、積極的に話し掛けている。
なのに授業は別だとばかりに、よく居眠りをしてもいるから分からない。
(ぼくなら、絶対、寝ないんだけど…!)
ハーレイの前で居眠るなんて、と「自分はやらない」自信がある。
現に居眠りしてはいないし、眠いと思ったことさえも無い。
(…だけどハーレイ、前のハーレイの頃とは違うよね…)
目の前で居眠りされてしまうのが普通だなんて、と可笑しくなった。
遠く遥かな時の彼方では、ハーレイの前で居眠る者など、ただの一人も…。
(いなかったっけ…)
そもそも、いたら大変だけど、と白い箱舟に思いを馳せる。
ミュウの仲間たちを乗せていた船は、常に緊張の中にいたと言っていいだろう。
アルテメシアの雲海に隠れて飛んでいた時も、アルテメシアを離れた後も。
(ナスカの時代は、ぼくは眠っていたけれど…)
唯一、平和な時代だったとも聞くのだけれども、それでも油断は出来なかった。
「ナスカ」はミュウが名付けた名前で、人類の世界では別の名がある星だったから。
(…テラフォーミングを諦めた星でも、近くを飛ぶ船はゼロじゃないから…)
そういった船に見付からないよう、警戒を怠ってはならない。
地上に降りた仲間はともかく、船に残った者は注意が必要だった。
ナスカに接近する船はいないか、離れた場所でも飛んでいる船はいないのか、と。
白いシャングリラのキャプテンだったのが、前のハーレイ。
船の心臓とも言えるブリッジで、いつだって指揮を執っていた。
アルテメシアの雲海の中でも、平和なナスカで仲間が暮らしていた時も。
(たまにはナスカに降りたりもしたし、アルテメシアでも、部屋に戻っている時も…)
あったのだけれど、居場所は主にブリッジだったし、其処で居眠るような仲間は…。
(いるわけない、って…)
居眠りしたら大変だもの、とブリッジクルーの仕事を数えてみる。
船の制御はもちろんのこと、レーダーなどの担当もいた。
誰か一人でも欠けようものなら、たちまち回らなくなる部署でもあった。
(暇な時だと、人数が少なかったりしたけど…)
それでも最低限のクルーは必須で、彼らに居眠りは許されなかった。
レーダー担当が居眠りをすれば、人類軍の船が近付いていても気付けない。
機関部担当の者にしたって、居眠っている間に、エンジンに不調が起きたなら…。
(咄嗟に対応出来なくなるから、下手をしちゃうと航行不能に陥って…)
どうなってしまうか分からないのだし、居眠りするなど言語道断。
ブリッジクルーは、自分の持ち場の担当中には、けして居眠りしてはならない。
そこで眠ってしまうほどなら、最初から持ち場に入りはせずに…。
(今日は体調が優れないので休みたい、って…)
申告したなら、代わりの者が担当になって仕事をしていた。
ブリッジクルーは欠けてはならず、居眠りすることも許されないから。
(前のハーレイは、ブリッジを纏めるキャプテンなんだし…)
ブリッジでハーレイが目にしていたのは、キビキビと働く者だけだった。
誰も居眠りしてはいなくて、自分の仕事をこなし続ける。
勤務時間の終わりが来るまで、真剣に。
次の担当者と交代になる時間が来るまで、居眠りしないで起きているのが仕事でもあった。
(休憩時間は、あったんだけどね…)
長時間の緊張は心身に良い影響を与えはしないし、休憩時間は設けられていた。
ノルディが指示した通りの時間に、皆にコーヒーなどが配られ、リフレッシュ。
(でも、それ以外は、ずっと起きてて…)
仕事なのだし、前のハーレイの前で居眠る者は無かった。
今の時代は毎日のように、誰か眠っているけれど。
「生徒の集中力が切れて来た時は、雑談が一番いい」と、ハーレイが技を編み出すほどに。
なんとも愉快な時代ではある。
前のハーレイとは全く逆に、居眠りされてしまうのが普通な「今のハーレイ」がいるなんて。
古典の教師になったハーレイは、居眠る生徒を目にする職に就いたとも言える。
居眠りをするのが生徒の常で、どの授業にも一人くらいはいると言ってもいいだろう。
(ぼくは居眠ったりはしないし…)
授業中に眠気が襲って来たなら、それは体調を崩す前兆。
急いで手を挙げ、保健室に行くか、早退したいと申し出るしか道は無い。
(でないと、授業の真っ最中に…)
居眠る代わりに意識を失くして、大勢に迷惑がかかってしまう。
授業は中断、教師は「ブルー」に駆け寄って介抱、生徒の誰かが保健室に走ることになる。
そうなるよりかは、自発的に保健室に向かうか、早退するか、最初から欠席の道を選ぶか。
(…今日は気分が悪くなりそう、って思ったら…)
学校を休むことだってあるし、前はそうする日も多かった。
けれど今では、ちょっと事情が変わってしまって…。
(…倒れちゃうかも、って思っていても…)
無理をして起きて制服に着替えて、路線バスに乗って学校を目指す。
何故なら、その日は古典の授業があって、ハーレイに会える筈だから。
ハーレイの授業を聞くことが出来て、顔も見られる「とても素敵な」大当たりの日。
(…だから欲張って、学校に行って…)
倒れたことも一度や二度では無いというのが、今だった。
とはいえ、やはり「ハーレイの授業で居眠りする」のは「絶対、しない」し有り得ない。
それくらいなら、授業の真っ最中に…。
(手を挙げて、保健室だってば!)
運が良ければ、帰りはハーレイが車で送ってくれるだろう。
「ブルーが保健室に行く」のを、ハーレイは「その目で見た」わけなのだし、可能性はある。
後の予定が入っていないなら、きっと保健室まで来てくれる。
「家まで送って行ってやるから」と、優しい笑顔で。
あくまで教師の貌だけれども、それはちっとも構わない。
(車に乗ったら、後は普段のハーレイで…)
敬語で話す必要も無くて、家まで楽しく帰ってゆける。
具合は悪いままにしたって、気分の方は最高で。
「ハーレイの車に乗ってるんだ」と、もう御機嫌で外を眺めて。
だから絶対しないんだ、と「居眠り」については断言出来る。
居眠る代わりに倒れはしても、居眠りだけは「絶対に無い」と、自信を持って。
(うん、絶対に…)
ホントのホントにしないんだから、と笑みを浮かべて頷いた。
「ぼくは居眠ったりはしないよ」と、「居眠りなんて、絶対しない」と。
どう間違えても、今日も寝ていた生徒みたいに、ハッと目覚めはしないだろう。
退屈だった古典の授業が、別の話に切り替わったと気付いて、飛び起きるのが居眠る生徒。
ハーレイの雑談は評判だから、聞き逃すのは損でしかない。
(だから急いで聞かないと、って…)
居眠り中の生徒も起きて、膝を乗り出しそうなくらいに聞き入っている。
どんな愉快な話が聞けるか、あるいは誰かに披露したくなる知識が増えるのか、と。
(雑談も、うんと楽しいんだけど…)
ハーレイの授業はどうでもよくって、雑談だけって酷いよね、と苦笑しか出ない。
これが自分なら、そんな真似などしないのに。
ちゃんと授業も真面目に聞いて、雑談はオマケで、デザートみたいなものなのに。
(そうなんだけどな…)
ハーレイの話が切り替わった途端に起きるなんて、と失礼な生徒を思い出す。
「あれは酷いよ」と、「ぼくなら、しない」と軽く頭を振って。
(そんな失礼なことって、ある?)
つまらないから聞いていませんでした、と言わんばかりの生徒の態度。
自分だったら、ハーレイの話に興味が無くても、きちんと聞いているだろう。
どれほど退屈な中身だろうと、居眠りなんかは絶対にしない。
(退屈な古典のお話っていうのは、あるんだけどね…)
ハーレイの授業じゃなくって題材の方、と思いはしても、寝る気など無い。
頑張って起きているんだから、と思ったはずみに、脳裏を掠めていった考え。
「本当に?」と。
「今はそうでも、この先も?」と、誰かが心の中で尋ねた。
これから先も、ずっと居眠りしないのか、と意地悪な声が聞こえて来る。
今の学校を卒業しても、ハーレイと暮らし始めた後も、と。
(えーっと…?)
ハーレイと結婚した後は…、と思考を未来に向けてみた。
二人で一緒に暮らし始めたら、ハーレイは仕事に出掛けてゆく。
今と同じに古典の教師で、柔道部などの指導もするから、帰りが遅い日だってある。
(…他の先生と食事に行く日も、きっとあるから…)
そういう時には、家で帰りを待つしかない。
本を読んだり、部屋の掃除をしたりしている間に、頑張りすぎることもあるだろう。
自分では夢中で気付かなくても、脳や身体が「疲れてしまう」という現象。
(…疲れちゃったら、生欠伸が出て…)
それでようやく「疲れている」と分かるけれども、もう遅い。
すっかり疲れた脳や身体が、「眠い」と訴え掛けて来る。
まだハーレイは戻らないのに、「もう眠いから、ベッドに行こう」と。
(…眠くなったから、鍵を掛けて先に寝ちゃっても…)
ハーレイは怒ったりはしないで、鍵を開けて静かに入ると思う。
「寝ているブルー」を起こさないよう、足音を忍ばせ、物音だって立てないように…。
(うんと注意して、キッチンで何か飲んだりもして…)
それからお風呂で、寝るのは別の部屋かもしれない。
「ベッドに行ったら、ブルーを起こしちまうからな」と、ソファで寝るだとか。
(…うんとありそう…)
ハーレイだしね、と容易に想像出来るから、「先に寝る」のは我慢したい。
仕事をして来たハーレイに悪いし、申し訳ない気持ちしかしない。
(先に寝ちゃって、その上、ハーレイに色々と気を遣わせちゃって…)
それは駄目だよ、と自分の頭をポカンと叩いて、「起きていなきゃ」と気合を入れた。
まだ、その時は「来ていない」けれど、「先に寝ちゃ駄目」と、未来の自分に。
ハーレイが遅くなった時でも、頑張って起きて、帰りを待っていなくては。
帰って来たハーレイに、してあげられることは「ろくに無い」けれど。
せいぜい、上着をハンガーに…。
(掛けるくらいで、他にはなんにも…)
出来そうになくて、逆にハーレイが「やってくれそう」な感じ。
「何か飲むか?」と、キッチンでコーヒーを淹れながら。
「遅くまで待ってて疲れただろう」と、「この時間だと、ホットミルクか?」などと。
(ホットミルクにシナモンとマヌカを入れて、セキ・レイ・シロエ風とか…)
ハーレイが作ってくれそうではある。
自分だけコーヒーを飲んでいたのでは、話が弾まないだろう、と。
そうやって始めた、夜も更けてからのティータイム。
ハーレイはコーヒー、自分はホットミルクにしたって、お茶の時間には違いない。
ダイニングか、リビングか、何処かで二人で過ごすのだけれど…。
(ぼくはすっかり疲れちゃってて、生欠伸で…)
ハーレイの声が遠くに聞こえ始めて、頭がガクンと落ちてしまって…。
(せっかくハーレイが楽しい話をしてくれてたのに、聞いていないで…)
居眠りして船を漕いでしまうかも、と「とんでもない予感」に震え上がった。
チビの自分は「居眠りなんかはしない」けれども、未来の自分は「やっちゃいそう」と。
(…居眠りしてても、ハーレイだったら…)
きっと許してくれるだろうし、「すまん」と謝ってくれるのだろう。
「気が付かないで悪かった」と、「遅くなっちまったし、お前も眠かったよな」と。
(でもって、抱っこしてくれて…)
ベッドに運んでくれそうだから、未来は安泰そうではある。
ハーレイの帰りが遅くなった日に、ウッカリ居眠りしてしまっても。
話の途中で船を漕いでも、話を聞かずに居眠っていても…。
居眠りしてても・了
※ハーレイ先生の授業で居眠る生徒が信じられない、ブルー君。「ぼくは、しない」と。
けれど一緒に暮らし始めたら、居眠ってしまうかも。でも、きっと許して貰えるのですv