(流石に暑いな…)
今の季節は、とバサリと脱ぎ捨てた長袖のワイシャツ。
学校へ行く時は必ず長袖、袖口も襟元もボタンをキッチリ。
それが自分のやり方だけれど、制服だとも思っているけれど。
ネクタイも緩めずに締めるけれども、夏は夏。
同僚たちは「流石ハーレイ先生ですな」と、感嘆の目で見ているけれど。
武道で鍛えた人は違うと、汗一つかかずに凄いものだと褒めちぎるけれど。
見た目にいくら涼しげであっても、涼しい顔で過ごしてはいても。
長袖のワイシャツにネクタイなのだ、と決めたからには崩さないけども、夏は夏。
人と同じに暑さは感じる、暑い所へ出たなら暑い。
クーラーが効いた校舎の中やら、車の中から外へ出たなら。
長袖のワイシャツは日除けになるから、日射しは痛くないけれど。
肌をじりじりと焼きはしないから、そういう意味ではプラスだけれど。
(…日射しは嫌いじゃないんだ、俺は)
ずっと水泳をやって来たから、夏の日射しは大の親友。
肌に痛いと思うくらいが丁度いい夏、水辺の季節。
そんな自分でも、暑いものは暑い。
夏はやっぱり暑いものだし、いくら好きでも暑さを感じないわけがない。
(心頭滅却すれば火もまた涼し、と言いはするがだ…)
それで本当に涼しくなるなら、火傷する人間はいないだろう。
あくまで心の持ちよう一つで、心構えの問題だけで。
「暑い」と口に出したら駄目だと、涼しげでいようと決めているだけ。
好き好んで着ている長袖にネクタイ、それを「暑い」と言ってはならない。
自分の制服なのだから。
着ようと自分で決めたからには、涼しげに。
「暑そうですなあ…」と同僚たちに言われないように。
とても暑そうだと、彼らまで暑さを余計に感じてしまわないように。
それが矜持で、今日も長袖、おまけにネクタイ。
一日過ごして部活に会議で、ブルーの家には寄り損なった。
中途半端に遅い時間で、夏の陽はまだ落ちていなくて。
昼間の熱気が冷めていない時間、熱せられた外気は充分に暑い。
だから家まで車で帰って、運転席から降りた途端に襲われた暑さ。
車はクーラーを効かせていたから、いきなり包まれた熱すぎる空気。
庭に入ればスウッと風が吹いたけれども、涼しげな風が抜けたけれども。
ほんの一瞬で去った涼しさ、芝生も地面も温まったまま。
これは暑いと家に急いだ、早く入ろうと。
家の中なら外よりマシだし、早く入ってしまうに限ると。
遠い昔には夏の季節は家の中まで暑かったものだと聞くけれど。
夏の日射しに家ごと灼かれて、オーブンの中にいるようだったとも言うけれど。
(…家の作りやうは、夏をむねとすべし…)
徒然草の人もそう綴っていた、遥かな昔に。
「冬は、いかなる所にても住まる」と、夏に過ごしやすい家にするべきだと。
それほどに嫌われた、夏の家の暑さ。屋内に籠って抜けない暑さ。
けれど今では、そちらの方が珍しい。
わざわざそういった風にしない限りは、何の加工もしないログハウスなどの類を除けば。
家に入れば遮断される熱気、そこそこ涼しくなる空気。
クーラー無しでも、家の屋根や壁が遮っていてくれるから。
ただし、耐え難くない程度に。
「少し暑いな」と、クーラーを入れたくなる程度に。
全てを遮断してしまったなら、それは自然に反するから。
夏はやっぱり暑いものだし、人は自然と共に生きねばならないから。
地球が一度は滅びた時代に、機械が全てを支配していた時代に、人間はそれを学んだから。
自然と共にあるべきだと。
母なる地球が二度と滅びないよう、自然と共にあらねばならぬと。
(だが、暑いものは暑いんだ…!)
白いシャングリラで暮らした頃には無かった暑さ。
一年中を同じ服で過ごした、キャプテンの制服を着込んでいた。
夏服も無ければ冬服も無くて、いつも、いつでも同じ服。
生地の厚さも、服のデザインも。
(あの船にも四季はあったがなあ…)
農作物を育てるためには必要だったし、公園にだって。
夏は暑くて、冬は寒くて、春も秋もあった船だけれども。
それはごくごく一部の空間、他の所はまるで関係無かったから。
(たまに真夏の公園に出ても…)
暑くて耐えられないなどと思いはしなくて、「夏だな」と思っていた程度。
暑くなる前に戻るとするかと、汗をかく前にブリッジに、と。
それが今では長袖が暑い、キャプテンの制服よりも薄い生地のシャツが。
制服の下に着ていた黒のアンダーより、薄くてサラリとしているシャツが。
(…俺の我慢が足りないってわけじゃなくてだな…)
地球に来たから、こうなった。
青く蘇った地球に生まれ変わって、自然と共に生きているから。
皆が半袖に変わる季節に、長袖なんぞを着込んでいるから。
「流石ですな」と褒められるような、長袖のワイシャツにネクタイな姿。
暑く感じないわけがない。
どうにも暑いし、ちゃんと暑さは自覚しているし…。
今日は暑かったと、格別だったと、家用の半袖シャツに着替えて。
まずは水だと、冷蔵庫から冷えた水を取り出して氷も入れて。
グイと一息に飲み干してホッと一息ついた。
人心地ついたと、生き返るようだと。
(…まあ、本当に生き返っちまったわけだが…)
正確に言えば生まれ変わりで、蘇ったわけではないけれど。
前の自分の肉体は滅びてしまったけれども、まるでそっくり同じ身体で。
その身体が「暑い」と訴える夏。
これは堪らないと、家に帰ったら長袖なんかを着ていられるかと。
(夏はやっぱり、冷たいのがなあ…)
飲み物もそうだし、食べるものだって。
今夜の夕食も喉ごしのいいもの、身体から熱を取ってくれるもの。
ただし身体を冷やしすぎると毒だから。
ろくな結果にならないのだから、健康的に…、と考えていて。
(あいつみたいだな)
右手が冷たいと繰り返すブルー。小さなブルー。
こんな夏でも、暑い日でも。
前の生の最期に凍えた右手が、メギドで凍えた手が冷たいと。
夏でも右手を温めてやると喜ぶブルー。
ふんわりと笑みを浮かべるブルー。
小さな右手が凍えないよう、いつも温もりを移してやるから。
前のブルーがメギドで失くした、自分の温もりを与えてやるから。
(あいつの右手は、夏でも冷やしすぎたら駄目で、だ…)
ついでにピタリとくっつきたがる。
右手だけでは足りないとみえて、身体ごと甘えてくるのが好きで。
膝の上にチョコンと乗っかってみては、胸に身体をすり寄せて来たり、抱き付いたり。
暑いのにな、と苦笑して。
夏だというのにくっついてるな、と苦笑いをして。
(…待てよ?)
邪魔だと思ったことがない。
暑苦しいとも、暑いから膝から下りて欲しいとも。
ブルーが身体ごと抱き付いていても、甘えてベッタリ貼り付いていても。
小さなブルーは、ブルーの身体は、外よりもずっと熱いのに。
夏の気温よりも体温の方が、遥かに高い筈なのに。
長袖のワイシャツに体温は無くて、ブルーよりもずっと冷たい筈で。
袖を通しても、むしろ涼しい筈なのに。
小さなブルーにくっつかれるより、胸にペタリと貼り付かれるより。
なのに、熱くはないブルー。
暑苦しいとは思わないブルー、どんなにベッタリくっつかれても。
ギュッと抱き付かれて甘えられても、膝の上から下りてくれなくても。
(…そうか、やっぱり心の持ちようか…)
ブルーの体温は、小さなブルーの温もりは夏でも心地良いから。
生きているのだと、俺のブルーが此処にいるのだと、つい抱き締めてしまうから。
外の暑さよりずっと熱い筈の、小さな熱の塊を。
小さな身体を強く抱き締めて、胸に抱き込んでしまうから。
その方が暑い筈なのに。
長袖のワイシャツの比ではないのに。
(心頭滅却すれば…)
ブルーもまた涼し、と笑みを浮かべた、俺のブルーだと。
熱くなどはない、暑苦しいとも思うわけがない。
心頭滅却などと言わずとも、ブルーがいるだけで心地良い。
小さな身体が熱い夏でも、熱の塊など遠慮したくなる暑い季節でも…。
暑苦しくない・了
※夏でも長袖のワイシャツのハーレイ先生、でも暑いものは暑いのです。
なのにピッタリくっつかれていても、ブルー君だと全く平気。愛は偉大ですねv