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覚えていたなら
(ちっとも覚えていなかったなんてね…)
 ハーレイのこと、と小さなブルーが浮かべた苦笑。
 そのハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(…ハーレイ、今日は来てくれなかった、って…)
 考えただけでもガッカリするのに、其処まで大事なハーレイのことを、忘れていた。
 今のブルーの話ではなくて、今年の五月三日が訪れるまでの人生の中で。
(…聖痕が出たら、一瞬で思い出したけど…)
 実の所は、聖痕の前兆が現れた時には、怖い思いをしていた。
(もし、本当に、ソルジャー・ブルーの生まれ変わりだったら…)
 当時の記憶を取り戻した途端に、「今のブルー」は消えてしまうかもしれない。
 十四年間も生きて来た「ブルー」は「仮の姿」で、元の「ブルー」になってしまって。
(…そんなの怖い、って泣き出しそうで…)
 絶対に嫌だと恐れていたのに、現実は違った。
(…前の記憶が戻って来たら、目の前にハーレイがいて…)
 前の生での恋の続きが始まったわけで、二人分の幸せを噛み締めている。
 うんとお得で、素敵なことが溢れているのが「今の人生」。
(でも、前のハーレイのこと、聖痕が出るまでは…)
 綺麗サッパリ忘れて生きていたのが、情けないような気分にもなる。
 時の彼方で命尽きる時、深い絶望の淵にいたのが信じられない。
(…もうハーレイには、二度と会えない、って…)
 泣きじゃくりながら死んでいったくらいに、ハーレイを想い続けていた。
 二度と会えないままになっても、忘れたいと願いはしなかった。
 なのに、こうして「生まれ変わった」今の自分は、ハーレイを覚えているどころか…。
(…歴史の教科書とかで見たって、昔の偉い人なんだ、としか…)
 思わないまま、「今のハーレイ」に出会うまでの日々を過ごした。
 薄情にも程があるだろう。
 あれほど愛した「ハーレイ」のことを、まるで覚えていなかったなんて。


 そうなった理由に、心当たりは「ある」。
 聖痕をくれた神様のせいで、そうなるように仕組まれていた、と。
(…今のぼくが、ハーレイのことを覚えていたなら…)
 人生、きっと変わってたよね、と容易に想像が出来る。
 いくら本物の両親がいても、愛されていても、のびのびと生きられはしなかったろう。
(…だって、覚えているんだものね…)
 自分が誰か、というのはともかく、「ハーレイ」がいない人生は辛い。
 ハーレイとの絆が切れたのかどうか、それも確認出来そうにない。
(今のぼくまで育って来たって、難しいよね…)
 同じ地球の上に「ハーレイ」がいても、どうやって見付け出せばいいのか。
 十四歳にしかならない子供の身では、新聞に広告も出せないだろう。
 もちろん「探しに出掛ける」ことも出来ない。
(今のぼくでも、そうなんだから…)
 生まれた直後の「赤ん坊」なら、尚更のこと。
(…病院で生まれて、目を開けてみたら…)
 前の生の最後に「撃たれた右目」が、「見えている」事実に気付くと思う。
 「何故、見えるんだ?」と驚いて、周りを探ろうとしても…。
(…ぼくのサイオン、うんと不器用になっちゃったから…)
 いきなり盲目になったかのように、「何も見えない」。
 両目の視力はあるというのに、サイオンの瞳で「見る」ことが出来ない。
(…耳も同じで…)
 補聴器は無しで聞こえている、と驚きはしても、サイオンで思念を拾えない。
(…自分の目と耳だけで、探るしかなくて…)
 焦りながらも懸命に事態を把握しようと努力し続けて、どの辺りで「現実」を見付けるやら。
 「今の自分」は、「ソルジャー・ブルー」ではなく、生まれたばかりの「赤ん坊」。
 ベッドの「ブルー」を覗き込むのは、生んでくれた母と、血の繋がった父。
(……衝撃の事実……)
 どれほどショックを受けるんだろう、と「今のブルー」は肩を竦めた。
 おまけに「ハーレイ」が「何処にもいない」。
 前の生では、恋人としても、右腕としても、「ハーレイ」を頼りにしていたのに。


(…そのハーレイが、いなくなってて…)
 赤ん坊の姿で、今の人生を歩んでゆくしかない。
 今の世界の中の何処かに「ハーレイ」もいるのか、それさえも分からないままで。
(…毎日、溜息ばっかりかも…)
 可愛くない赤ちゃんになってしまいそう、と思っただけでも、神様の意図が読み取れる。
 「今の人生を楽しみなさい」と、「前の生の記憶」を封じたのだ、と。
(…ハーレイを忘れていないままだったら…)
 溜息だらけの「赤ん坊時代」が過ぎた後には、幼稚園に行く。
 幼稚園児になれば、少し世界が広くなるけれど…。
(…行き帰りの幼稚園バスの窓を、じっと見詰めて…)
 窓の外を行く人を眺めて、「ハーレイ」を探し続けていそう。
 対向車の窓まで、気を配るかもしれない。
(すれ違う車に、乗ってないとは限らないしね…)
 目を皿のようにしての「ハーレイ探し」に、幼稚園バスでの往復は費やされる。
 「ハーレイを忘れ去っていた」今の「ブルー」は、往復の時間を満喫していたというのに。
(…毎日、好奇心で一杯で…)
 窓の向こうの景色や、店や、犬の散歩にも興味津々。
 雨降りで視界が悪い日でさえも、水溜まりなどに注意を向けていた。
 「あの車が来たら、水溜まりの水が飛び散るかな?」といった具合に。
(…幼稚園でも、休み時間はウサギ小屋とか…)
 覗きに行くのが好きだったけれど、「ハーレイを探し続けるブルー」だったら違ったろう。
(…休み時間は、門の側にいたか…)
 外を見られる場所に陣取って、「ハーレイ探し」で終わってしまう。
 幼稚園の外を「通るかもしれない」と、懐かしい人影を探し続けて、追い求めて。


 それだけ必死に探し続けても、ハーレイは「いない」。
 同じ町の中に「住んでいる」のに、会える機会は訪れないまま。
(…聖痕が出るまで、時期は来ないんだし…)
 無駄に費やす時間ばかりで、学校に入った後にも、似たような人生になる。
 幼稚園児の頃よりも「世界が広がった」分だけ、探せる場所が増えるのだから。
(…友達と出掛けて行くにしたって…)
 いつもキョロキョロ、落ち着きの無い「ブルー」が出来上がりそう。
 遠足にしても、はしゃぐよりも先に「ハーレイ探し」。
(行きのバスでも、帰りのバスでも、行った先でも…)
 いつもと違う場所に来たから、と普段以上に注意しながら「ハーレイ」を探す。
 何処かにチラリと見えはしないか、うんと遠くに見える人まで注目して。
(…これじゃ駄目すぎ…)
 ぼくの人生、台無しだよね、と溜息しか出ない。
 成績は悪くないだろうけれど、それ以外の部分は「駄目な人生」。
 せっかく「青い地球」に来たというのに、嬉しいとさえ思わないのだろう。
 「ハーレイは何処にいるんだろう?」と探すばかりで、景色にも、本物の両親にも…。
(目を向けないで、ハーレイばかりを探し続けて…)
 子供らしくなくて、新しい命を貰ったことへの感謝も、多分、無さそう。
(…そんなの、神様だって…)
 嫌だろうから、忘れさせたんだよ、と分かっているのは本当だけれど…。


(…覚えていたなら、ホントに最悪…)
 駄目すぎだよ、と思ってはいても、忘れていたことは、やっぱり悲しい。
 「ハーレイ」を忘れて「十四年間も」、自由気ままに生きていただなんて。
(…可愛くなくても、溜息ばかりの赤ん坊でも…)
 ハーレイを覚えていたかったよ、と思った所で、ハタと気付いた。
(…ぼくは覚えたままでいたって、ハーレイの方は…?)
 ぼくを覚えていてくれるわけ、と自分自身に問い掛けるまでもなく、答えは明らか。
 「今のハーレイ」の記憶が戻って来るのは、「今のブルーに出会えた時」。
 つまり、ブルーが「懸命に探し続けた間」も、ハーレイの方は「普通の人生」。
 充実した子供時代を過ごした後は、柔道や水泳に打ち込む学生時代で、それから教師に。
(…先生をやってるハーレイ、楽しそうだしね…)
 仕事が忙しい時だって、と知っているから、今のハーレイの人生は幸せで溢れている。
 そうやって「新しい人生」を歩んで来た「ハーレイ」と、「忘れなかったブルー」が出会う。
 ハーレイは喜んでくれるけれども、ブルーが「探し続けていた」ことを知ったら…。
(…ハーレイ、うんとショックだよね…)
 どうして「ブルーを忘れていられたのか」と、ハーレイは悔やむに違いない。
 「覚えていたせいで」台無しになった、今のブルーの人生の方にも、思いを馳せて。
(……ハーレイ、きっと傷付いちゃうよ……)
 とても真面目な「ハーレイ」だけに、一生、謝り続けていそうでもある。
 「すまん、忘れてしまっていて」と、何度も何度も、繰り返して。
(…そんなハーレイ、見てるだけでも辛くなるから…)
 ぼくがハーレイを覚えていたなら、そうなっちゃうし…、と改めて神に感謝する。
 「覚えていなかったことは、悲しいんだけれど、これでいいから」と。
 「もしも、ハーレイを覚えていたなら、ぼくもハーレイも、辛くなってた筈だものね」と…。



             覚えていたなら・了


※生まれ変わってから、ハーレイのことを忘れ去っていたブルー。正確にはブルー君。
 もしもハーレイを覚えていたら、人生が台無しになりそう。ハーレイ先生も、後悔は確実。







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