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覚えていたら
(よくも忘れていられたよなあ…)
 あいつのことを、とハーレイは、ふと考えた。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
 もちろん、「あいつ」は、ブルーのことを指している。
 青い地球の上に生まれ変わって再会してから、忘れた日など、一日も無い。
(…前の俺だって、地球の地の底で…)
 瓦礫が崩れ落ちて来て、死ぬ瞬間まで、ブルーを忘れはしなかった。
(これで、あいつの所へ行けるんだ、と…)
 夢見るように思いながら死んで、気付いたら、今の人生で…。
(目の前で、あいつの目から血が出て…)
 全てを思い出したわけだけれども、それまで「忘れ果てていた」。
 「ソルジャー・ブルー」の写真を見ようが、話を聞こうが、何も思いはしなかった。
(…薄情と言うにしても、酷すぎるぞ…)
 すっかり忘れちまっていたなんて、と情けない。
 あれほど愛した「ブルー」のことを忘れて、のうのうと生きていたなんて。
(…なんとも、情けないんだが…)
 多分、神様のお計らいだな、という気がする。
 もしも「ブルー」を覚えていたら、今の人生は、まるで違っていただろう。
(…最初から覚えていたとなったら…)
 どうなるんだ、と振り返ってみることにした。
 夜の時間は、考え事には相応しい。


 まずは、今の人生の「最初」、出発地点に立ってみる。
(…今の俺は、隣町の病院で生まれたわけで…)
 八月二十八日だから、暑い盛りで、エアコンの効いた病院の外は、晴れていたと聞く。
 生まれた時点で、前の生での記憶があるなら、最初に母を見て、驚いたかもしれない。
(これは誰だ、と目を見開いて…)
 それから懸命に耳を澄ませて、様子を探る間に、「補聴器が無い」と気付いたろうか。
(今の俺だと、補聴器なんぞは要らなくて…)
 耳で直接、聞こえるのだから、それに気付いて驚きそう。
(そうなるのが先か、自分が「赤ん坊」だと分かるのが先か…)
 どっちなのやら、と考えるけれど、補聴器の方が先になりそう。
(知らない所に来ちまったんだし、下手に動けば命取りだしな…)
 なにしろ「母」が、味方かどうかも分からない。
 自分の身体を見回す前に、周りの状況を把握するべき。
(…実に、とんでもない赤ん坊だな…)
 可愛くないぞ、と苦笑してしまう。
 母が「生みの母」だと分かるまでには、どのくらい時間がかかるのやら。
(…流石に、夜には分かりそうだが…)
 親父がいるのも分かるだろうが、と思うけれども、困ったことに、自分は「赤ん坊」。
(…どうやら生まれ変わったらしい、と把握出来ても…)
 そこから先へは進めない。
(自分の足で歩くどころか、喋ることさえ出来ないってな!)
 赤ん坊でも、思念波らしきものは「使える」らしい。
 ただし、漠然としたもので、「お腹が空いた」と伝わる程度の、拙いもの。
(…いったい、此処は何処なんだ、と訊きたくても…)
 赤ん坊になった身では、複雑な思念を紡げはしない。
(…地球に生まれて来たらしい、と分かるまでにも、何ヶ月も…)
 かかりそうだな、とフウと溜息が出そう。
 いくら「ブルー」を覚えていようが、それどころではないだろう。


 人生の最初に立った時点で、いきなり高いハードルがある。
 「思い通りにならない、赤ん坊の身体」で、それを乗り越えるには何年もかかる。
(…最低でも、幼稚園に行ける程度までには…)
 育たないとな、と子供時代を思い浮かべて、また溜息が一つ零れた。
(…ブルーを探しに行きたくなっても、赤ん坊では、どうにもならないし…)
 幼稚園児まで育って、ようやく「外の世界」で動けるようになる。
 一人で出掛けることは出来なくても、幼稚園までの往復だとか、遠足だとか。
(外の世界ってヤツに、触れる機会が増えるしな…)
 行く先々で、「ブルーがいないか」見回しながら、気を付ける人生が始まりそう。
 銀色の髪の人がいたなら、直ぐに視線で追い掛けるとか。
(…文字は覚えている筈だから、新聞とかも…)
 出来るだけ読んで、「ブルーの手がかり」を探すのだろう。
 両親は「もう、文字が読めるらしい」と喜びそうでも、やっていることは「人探し」。
(…しかしだ…)
 幼稚園児では、新聞に「人を探しています」と、載せて貰うことは出来ない。
 そういう記事を載せるためには、もっと大きくならないと無理。
(…せいぜい、作文…)
 少々、嘘をついたって、と組み立ててみた作文は、こういう中身。
 「ぼくは、前世の記憶があります。その頃の友達に、また会いたくて、書きました」。
 幼い子供が書いた「作文」なのだし、上手くいけば載せて貰えそう。
 「子供らしい、思い付きだ」と、新聞社の人たちも、面白がってくれて、挿絵もつけて。
(…その作文の中に、あいつなら分かってくれそうな「何か」を…)
 織り込んでおけば、何処かで「ブルー」が読むかもしれない。
 そうすれば「ハーレイだ!」と、ブルーの方で、気付いてくれる。
(…でもって、作文を書いた俺にだな…)
 連絡を取ろう、と思ってくれれば、万々歳。
 めでたく「ブルー」に会えるけれども、それは「ブルー」が、そこそこ育っていた場合。
(…新聞を読むような年で、新聞社に連絡を入れて…)
 作文を書いた「ハーレイ」を探せる年なら、何も問題は無いのだけれど…。
(…今のあいつなら、出来るんだろうが…)
 幼稚園児や、赤ん坊なら無理じゃないか、と特大の溜息が零れ落ちた。
 「生まれていない」可能性もあるし、この方法でも、「ブルー」は見付かりそうにない。


 そうやって「ブルー探し」の人生が続いて、いつまで経っても「終わらない」。
 なにしろ、今のブルーが生まれたのは、ほんの14年ほど前に過ぎない。
(…あいつが生まれて、病院を出る日に…)
 病院の前を、ジョギングで走っていたかもしれない、と、前にブルーと話したけれど…。
(銀色の髪に注目しながら、ジョギング中でも…)
 赤ん坊まで目を配ってるとは、思えないぞ、と溜息しか出ない。
 きっと「走りながら、探している」のは、前の生で見ていた「ブルー」が基準だろう。
 初めて出会った「少年の姿」のブルーくらいからしか、「探す」中には入らない。
(…ついでに、今のブルーが病院を出た日は、雪がちらついてて…)
 ブルーは、ストールで包まれていたと、今のブルーから聞いた。
 赤ん坊をストールで包んでいたなら、髪もすっかり隠れていそう。
(冷えないように、って包むわけだし、そうなるよなあ…)
 銀の欠片も見えやしない、と想像がつく。
 「ブルー探し」の対象どころか、気付きもしないで、前を走って行っておしまい。
(…その後にしても、同じ町には、住んでいたって…)
 行動範囲が違っているから、まるで会えない。
 今のブルーが育ち始めて、銀色の髪が目立つようになって来た後でも。
(…小さい頃から、ソルジャー・ブルー風の髪型で…)
 育って来たのが「ブルー」だけれども、出会う機会がまるで無ければ、どうにもならない。
(…おまけに、俺は育ち過ぎてて…)
 ブルー探しの広告とかを、新聞に載せることは出来ても、今度は「ブルー」に伝わらない。
 前の生の記憶を「今のブルー」は持っていないし、新聞で記事を見掛けても、読むだけ。
(…誰を探しているんだろう、って首を傾げて、それっきりだよなあ…)
 これじゃ駄目だ、と何度目か分からない溜息が落ちる。
 「前のブルー」を覚えていたって、出会えないまま、長い歳月が過ぎてゆく。
 今の学校に転任して来た、「あの日」が訪れるまでは、ずっと。


(…ザッと数えても、三十七年だぞ…)
 それだけの間、「ブルー」には会えずに、探し続けて生きる人生。
 柔道や水泳に集中出来たか、それさえも謎。
(…多分、教師にはなったと思うが…)
 人と出会う機会が多いからな、と自信はあるから、「今のブルー」には教室で再会出来る。
 そうは言っても、三十七年もの間、「探し続ける人生」だったら、失ったものも多いだろう。
(…失うと言うか、最初っから…)
 手に入れ損ねたものと言うか…、と頭に浮かんで来るのは、幾つもの優勝トロフィーや盾。
 柔道も水泳も、プロの域までは「行けずじまい」に違いない。
 今の自分の授業中の「雑談」にしても、中身は、うんと薄くなりそう。
(…趣味の雑学、仕入れてるより、ブルー探しで…)
 あれこれ失くしていそうだよな、と苦笑いしか出て来ない。
 そうならないよう、「前のブルー」を「覚えていない」人生を、神様がくれたのだと思う。
(新しい人生を、しっかりと生きて、楽しんで…)
 生まれ変わって来た「ブルー」と出会えた時に、役立つように、沢山の経験と知識。
 それを「積み上げておきなさい」と、神様は「覚えていない」人生にした。
(…きっと、そうだな…)
 あいつのことを、覚えていたら、人生、棒に振っちまうし、とコーヒーのカップを傾ける。
(…忘れちまっていたっていうのは、情けないんだが…)
 これでいいんだ、と「今のブルー」を思い描いて、笑みを浮かべた。
 ブルーとは、無事に出会えたのだし、それだけでいい。
 覚えていたら、出会えるまでの人生は「虚しく過ぎて行っただけ」になるのだし…。
(うん、これでいいんだ)
 情けないのは、御愛嬌だな、と心から神に感謝する。
 今のブルーのために役立ちそうな、様々なことを「得られた」から。
 「覚えていたら」出来なかったことを、それと知らずに、積み上げたから。
 今のハーレイの経験の全てが、今のブルーの「役に立つ」。
 何処かへ出掛けてゆくにしたって、日々の暮らしで、料理をするとか、家事にしたって…。



           覚えていたら・了


※ブルー君と再会するまで、前のブルーを忘れていた、ハーレイ先生ですけれど。
 もしも、最初から記憶があったら、今の人生、変わっていそう。きっと神様のお計らいv






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