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追われていても
(…今日は、捕まっちまったな…)
 まあ、いいんだが、とハーレイが浮かべた苦笑い。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(…何の予定も無かったなんて、ブルーには、とても…)
 言えやしないぞ、と軽く肩を竦める。
 ブルーは今頃、部屋で膨れていることだろう。
 そうでなければ、寂しそうな顔で俯いているか。
(ハーレイ、今日は来なかったよね、と…)
 ガッカリしながら、自分自身に言い聞かせていそう。
 「きっと、ハーレイ、忙しかったんだよ」と、会議や部活などを思い描いて。
(でなきゃ、同僚と飯を食いに行ったと考えてだな…)
 そっちの場合は、頬っぺたを膨らませているコースになる。
 「ハーレイ、酷い!」と、プンスカ怒って、楽しそうな食事風景は想像したくも無くて。
(…あいつが知ったら、怒る方だな…)
 今日の俺は、とハーレイは溜息だけれど、ある意味、不意打ちでもあった。
 ハーレイにも「予測不可能」なもので、青天の霹靂とも言えるだろう。
(なんで、あいつが…)
 あんな所に、と頭の中に出て来る「あいつ」は、ブルーではない。
 前の学校の同僚の一人で、転任前の送別会を最後に、会えていなかった。
(気のいいヤツで、いつも話が弾んでたから…)
 送別会が終わって別れる時にも、交わした挨拶は「それじゃ、またな!」。
 近い間に会えるつもりで、軽く手を振り、家に帰った。
 転任先の学校に慣れて来たなら、連絡を取って、食事でもしよう、と算段をして。
(…あの時の予定じゃ、とうの昔に…)
 彼とは再び会えていた筈で、再びどころか、三度、四度と回を重ねていただろう。
 今の学校の同僚なども誘って、食事会もしたかもしれない。


(…しかしだな…)
 予定は、すっかり狂ってしまって、今の「ハーレイ」は、ブルー専属になっている状態。
 平日でさえ、仕事帰りに「ブルーの家まで」出掛けてゆくから、空き時間はゼロ。
(俺にしてみりゃ、うんと充実しているわけで…)
 何の不満も無いものだから、今日、会った「友」は、思い出しさえしなかった。
(いや、ちゃんと覚えてはいるし、どうしてるかな、と…)
 彼の家がある方を、眺めることもあったけれども、其処で「おしまい」。
(おい、どうしてる、と、だ…)
 通信を入れることはしなくて、食事に誘うこともしなかったから…。
(……捕まっちまった……)
 昔で言うなら、「お縄」ってヤツだな、と古典の教師らしく変換してみる。
(またな、と言ったきり、連絡もしないような俺は…)
 友人にすれば「なんてヤツだ!」で、向こうからも連絡が来ないとはいえ…。
(俺の都合もあるだろうし、と遠慮してたわけで…)
 実際、彼は、そう言っていた。
 「今の学校、とんでもなく忙しいのかと思ってたんだが…」と、呆れ果てた顔で。
(…そりゃまあ、呆れ果てるよなあ…)
 出くわした場所も悪かった、と自分でも思う。
 授業の間の空き時間に出掛けた、書店だったけれど、仕事の本のフロアではなくて…。
(誰が見たって、趣味の本を探しているとしか…)
 思えないフロア、ハーレイを見付けた友人の方も、そういった本を手に持っていた。
(レジに行こうとしてた所で、俺を見付けて…)
 姿形を確認した後、真っ直ぐやって来たという次第。
 本の棚を夢中で見ていた「ハーレイ」の肩を、その友人は、後ろからポンと叩いた。
 「久しぶりだな!」と、気のいい笑顔だったけれど…。
(あいつの顔には、デカデカと…)
 こういう文字が、と浮かんで来るのは「御用」の二文字。
 遠い昔の「御用提灯」も、もちろんセットになっている。
(俺を、お縄にするために…)
 友人は笑顔でやって来た。
 「御用だ!」と、「ハーレイを捕まえる」捕り物をしに。


 そういったわけで、今日のハーレイは「お縄」。
 友人の顔には「逃がさないぞ」と書いてある上、出くわした場所が場所だけに…。
(…申し開きは出来ないってな…)
 暇がたっぷりあるというのは、見ただけで分かる。
 今の学校は多忙どころか、空き時間に自由に出歩ける職場。
 友人にしても同じ状況、ハーレイを見付け出したからには、捕まえるしかない。
(仕事の後にも、時間あるだろ、と…)
 質問されたら、嘘をつくのは道に反する。
(ブルーの家に行きたいから、なんて言えやしないぞ…)
 恋人に会うのと、久しぶりに会った友人、どちらを優先するべきか。
 答えは後者で、しかも「恋人にかまけていた」のが、友人に「お縄にされた」原因そのもの。
(逃げられるわけがないってな!)
 仕方なく「お縄になった」結果は、放課後、店での待ち合わせだった。
 前の学校に勤めていた頃、友人と通った行きつけの店。
(店主も、俺を覚えていてくれて…)
 「お元気でしたか?」と、注文していない料理を振る舞ってくれた。
 「お車ですから、お酒は出せませんしね」と、酒を一杯、奢る代わりに粋なサービス。
(ついつい、話が弾んじまって…)
 友人や店主と楽しく過ごして、ついさっき、家に帰って来た。
 会えないままで「今日」を過ごした、「ブルー」は思い出しもしないで。
(……本当に忘れていたってな……)
 途中までは覚えていたんだが、と申し訳ない気分。
 けれど、ブルーは「特殊すぎる」だけに、そうそう話すわけにはいかない。
 「こういう生徒の守り役になって、忙しいんだ」とは、明かせない。
(もっと何度も会ってからしか…)
 俺の近況、全て話せはしないしな、と分かっているから、黙って通した。
 柔道部の話などは沢山しても、「ブルー」については、貝になって過ごしていたせいで…。
(…いつの間にやら、忘れちまって…)
 御機嫌で家まで帰って来てから、やっと思い出した。
 ガレージに車を入れる所で、「あいつ、膨れているだろうな…」といった具合に。


 もしも「お縄」にならなかったら、ブルーには会えていただろう。
 何も予定が無かったからこそ、「お縄」になって、友人と食事に出掛けて行った。
(…すまん、捕まっちまったんだ…!)
 悪いことなどしていないんだが、とブルーの家の方に向かって、心で謝る。
 「自覚は全く無かったんだが、追われてたんだ」と、「ついに捕まっちまってな」と。
(…俺は、あいつを探してなんかはいなかったわけで…)
 友人の方だけが「探していた」となったら、「追われていた」とも言えるだろう。
 「何処かでハーレイを見掛けた時には、捕まえないと」と、心に留めて。
(…捕まえて、どうこうしようってわけじゃなくても…)
 単に食事をしたいだけでも、一種の「捕り物」。
 「ハーレイ」を見付けることが出来なかったら、「お縄」には出来ない。
(…そして、とうとう、捕まっちまった…)
 今の「俺」でも、「追われる」ことがあるんだな、と時の彼方に思いを馳せる。
 遥かに遠くなった時代に、「前のハーレイ」は、常に「追われ続けて」生きていた。
 ミュウというだけで「処分された」時代、逃げるより他に道は無かった。
(…前のあいつと、懸命に逃げて…)
 燃えるアルタミラの地面を走って、仲間たちと宇宙に飛び立った。
 それが始まり、「追われ続ける」人生を生きて、ついに地球まで行ったけれども…。
(…地球に着く前に、前のあいつは…)
 いなくなってしまっていたから、前のブルーは「追われる」生き方しか知らないままだった。
 前の「ハーレイ」の方は、辛うじて…。
(最後の方では、人類よりもミュウが優位だったから…)
 追われてばかりの時代は終わって、追い詰める側になっていたのに、ブルーは「いない」。
 それが辛くて悲しすぎたから、「追われない生き方」を満喫などはしていない。
 ただ淡々と戦略を立てて、シャングリラを運んでいたというだけ。
 「早く地球へ」と、「地球に着いたら、俺の役目は終わるからな」と心で繰り返して。


 そんな人生を生きた「ハーレイ」が、今は「友人に追われる」時代。
 あまりに平和になってしまって、ピンと来ないくらいに「違い過ぎる」。
(…他に追われるモノと言ったら…)
 仕事くらいか、と可笑しくなるほど、今の時代は「追って来るもの」がいない。
(…時間も、たまに追い掛けて来るが…)
 その程度だな、と数え上げてみて、ブルーの顔を思い浮かべた。
 「前のブルー」ではなくて、「子供になった、今のブルー」の方。
(…あいつが、チビの間はだ…)
 俺が「何か」に追われていたって、無関係だが…、とブルーの家がある方に目を遣る。
 チビのブルーは、「今日のハーレイ」が「お縄になった」ことを知らない。
 仕事や時間に追われている時も、「チビのブルー」は、その場には「いない」。
(…しかし、いつかは…)
 二人で一緒に暮らすのだから、そうなった時は、ブルーも「居合わせる」ことがあるだろう。
(俺が、何処かで友達に…)
 お縄になってしまった時には、ブルーは、其処には「いない」けれども…。
(家に通信を入れて、「すまん!」と謝って…)
 帰れないことを、ブルーに詫びるか、あるいは「ブルーも」連れてゆくのか。
(…それもアリだな…)
 友人に「ちょっと迎えに行って来る!」と断りさえすれば、ブルーも同席出来る。
 もちろん「ブルー」は歓迎されて、友人とも仲良くなれるだろう。
 別れる時には、「また会いましょう!」で、実際、じきに「次の機会」があったりもして。
(…追って来るのが、仕事や時間だったら…)
 ブルーは「同じ家の中」でも、「ハーレイの邪魔にならないように」過ごすしかない。
 我慢させてしまうことになるけれど、「追って来るもの」を片付けた後は、ハーレイは自由。
 ブルーも「追われてなどはいない」し、直ぐにでも…。
(終わったぞ、と声を掛けてだ…)
 食事に出掛けて行くのもいいし、ドライブするのも悪くない。
 前のブルーとは、追われ続けるだけの人生だったけれど…。


(今だと、俺が追われていても…)
 ブルーは、危険な目には遭いやしないし、追われる俺にも、メリットはある、と愉快な気持ち。
 友人に追われているのだったら、「自慢のブルー」を紹介出来る。
 仕事や時間の方だった時は、「早く終わらせて、ブルーと出掛けるぞ!」と励みになる。
(…なんとも素敵な人生じゃないか…!)
 今の人生、追われていても、最高だぞ、と嬉しくなるほど、最高の未来が来るのが「今」。
(…前の俺には、申し訳ないんだが…)
 追われ続けて生きていた分、今度の人生、うんと楽しもう、とブルーと暮らす日が待ち遠しい。
 今の時代は、追われていても、平和だから。
 友人や仕事くらいしか追って来なくて、ブルーのお蔭で、それも楽しめるから…。



           追われていても・了


※ブルー君の家に行くつもりの日に、友人に捕まってしまったハーレイ先生。予定はパア。
 けれど今では、追い掛けて来るのは、うんと平和なものばかり。前の生とは大違いv





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