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疲れていたって
(今日はハーレイ、疲れたのかな…?)
 忙しくって、と小さなブルーは、ふと考えた。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(…仕事の帰りに、寄れなかったっていうことは…)
 長引くような会議があったか、柔道部の部活で何かあったのかもしれない。
 もっとも、ハーレイが仕事帰りに寄らないことは、そう珍しくはないけれど…。
(他の先生たちと食事に行ってるってことも、あるもんね…)
 お仕事とは限らないんだよ、と思うけれども、何故だか、今日は違う方へと思考が行った。
 「ハーレイ、お仕事で疲れちゃったかな?」と、ブルー自身でも意外な方向へ。
(……うーん……)
 今のハーレイ、前のハーレイとは違うものね、と仕事の中身を比べてみる。
 古典の教師が今のハーレイ、前のハーレイの職とは違う。
 キャプテン・ハーレイの激務からすれば、今の仕事は楽だと言ってもいいだろう。
(疲れちゃったら、いつでも休憩出来るわけだし…)
 不眠不休でブリッジなんて、ないわけだから、と分かってはいる。
 とはいえ、今のハーレイにしても、疲れる時は、きっとある筈。
(…そんな時でも、ぼくが待っているから…)
 無理して家に来てくれてるのかも、と気付いたら、申し訳ない気分になった。
 「なんで、来てくれなかったの?」などと、何度も口にしているから。
(…ごめんね、ハーレイ…)
 そんなの、ちっとも思わなくって…、と心の中で、ハーレイに詫びた。
 ハーレイは、何ブロックも離れた所にいるし、詫びても届きはしないけれども。


 ごめんなさい、と頭も下げて、今後、我儘は控えるべきだと思う。
 ハーレイが来られない日が続いた時でも、不満そうな顔で迎えたりはしないで。
(……だけど……)
 今日の決心、何処まで忘れずにいられるかな、と自信はまるで無かったりする。
 一晩、ぐっすり眠ってしまえば、明日の朝には…。
(綺麗サッパリ、忘れちゃってて…)
 明日、ハーレイが寄ってくれたら、ハーレイのことなど考えもせずに、こう言いそう。
 「昨日は、なんで来なかったの?」と、すっかり馴染んでしまった言葉を。
(…ホントに、ごめん…!)
 忙しくって疲れてるんなら、ホントにごめん、と再び心で詫びるしかない。
 「明日には、文句を言っちゃうかも」と、「今は、きちんと謝ってるから」と言い訳をして。
(…ぼくって、ダメだ…)
 こんなのだから、ハーレイに「チビだ」って言われるんだよね、とションボリとする。
 時の彼方の自分だったら、こういう風にはならなかったから。
(……前のぼくなら、ハーレイの仕事が忙しいのも、よく分かってて…)
 我儘など言いはしなかった。
 逆に気遣い、「今日は報告に来なくていいよ」と気を回したほど。
 キャプテンからの報告だったら、翌朝、纏めて聞けばいいのだから、と。
(…元々、そういう仕組みだったし…)
 ソルジャーとキャプテン、船を纏める二人が一度は必ず、会えるようにと決まりがあった。
 毎朝、朝食を二人で摂ること。
 ハーレイが青の間を訪れ、朝食を作る係が二人の分を用意する。
 その朝食を食べる間に、ハーレイは報告をすればいい。
(ついでに、ハーレイが休めないほど、忙しくても…)
 朝食だけは「きちんと座って食べられる」わけだし、丁度いいから、と船で決められた。
 「ソルジャー・ブルー」だった頃のブルーは、朝食でしか会えない時が何日続こうが…。
(文句なんかは言わなかったし、もっと休んで、って…)
 前のハーレイに頼んでたのに、と今の自分が情けない。
 ハーレイが家に来ないと不満で、頬を膨らませることもあるなんて。


(ホントに、ダメすぎ…)
 でも、子供だから許してよ、とハーレイに、またまた頭を下げた。
 「大きくなったら、言わないから」と、「ホントに、チビの今だけだから」と。
(…ホントだってば…!)
 大きくなったら、ちゃんと出来るよ、と未来の姿を考えてみる。
 ハーレイと二人で暮らす頃には、出来るようになっているだろう。
(…ハーレイが家に帰る時間が、うんと遅くになったって…)
 頬っぺたを膨らませて迎えはしないで、「おかえりなさい!」と、明るい笑顔。
 「遅い時間まで、お疲れ様」と、「ご飯の用意は、出来てるんだよ」と気遣いもして。
(…ご飯、ハーレイが作るって言っているけれど…)
 そのハーレイが忙しい日は、代わりに頑張って作るべき。
 下手くそだろうが、焦げていようが、作らないよりはマシだろう。
(うん、きっと…!)
 それに…、と想像の翼が広がってゆく。
 逆に「ブルーが」疲れていたって、大きく育ったブルーなら…。
(ハーレイのことを、ちゃんと考えて…)
 迷惑をかけてしまわないよう、自分の面倒を見てやれそう。
 「疲れちゃった」などと言いはしないで、「今日は、ちょっぴり眠いから」と言い換えて。
(…それならハーレイ、心配したりはしないしね…)
 そして早めにゆっくり眠れば、次の朝には元通り。
 仕事に出掛けるハーレイに手を振り、出勤してゆく車を見送る。
 今のままの「チビのブルー」だったら、寝込んでしまうような事態を、上手く回避して。
(…そうだよ、前のぼくには出来たし…)
 疲れていたって、うんと頑張ったしね、と思ったはずみに、頭に浮かんだ遠い出来事。
(……ジョミーを追い掛けた時と、メギドと……)
 頑張った結果は、どうだったっけ、と振り返ってみたら、二つとも、ろくなことではなかった。
 ジョミーを追い掛けて飛んだ後には、すっかり力が尽きてしまって…。
(一年くらいは持ったけれども、その後に…)
 十五年間も深く眠ってしまって、前のハーレイを一人ぼっちにする始末。
 何度、青の間に来て話し掛けても、反応さえもしなかったから。
(……メギドの方だと、もっと酷くて……)
 ハーレイは、本当に「独りぼっち」になってしまった。
 白い船の中の何処を探してみたって、「ブルー」の魂さえも見付けられなくて。


 もしかして…、と考えを整理してみて、ブルーは首を傾げる。
(疲れていたって、頑張れるっていうの、ぼくの場合は…)
 向いていないのかも、という気がしないでもない。
 「ハーレイのためなら、頑張れるよ」と、疲れていたって、頑張ったなら…。
(…結果的には、大迷惑とか…?)
 まるで無いとは言えないよね、と自信が一気に揺らぎ始めた。
 「行ってらっしゃい!」とハーレイの車を見送った後で、具合が悪くなるかもしれない。
 クラリと眩暈で、床に座り込んでしまうだとか。
(…それっきり、二度と立てなくて…)
 家にはブルーだけしかいないし、水も食べ物も届きはしない。
 これが両親と暮らす家なら、たちまち母が気付くだろうに。
 母が外出していた時でも、家に帰れば直ぐに気付いて、パタパタと…。
(水が飲めるか聞いてくれたり、お医者さんに電話をしてみたり…)
 ブルーが自分で動けないなら、毛布を運んでくれたりもする。
 それから急いで父に連絡、病院に連れてゆくための手配。
 父が仕事で帰れないのなら、タクシーを呼んで…。
(運転手さんに頼んで、ぼくを運んで貰って…)
 急いで病院、着いたら直ぐに診察になる。
 必要な処置さえして貰えたら、薬を貰って家に帰って、後はベッドで眠ればいい。
 早く治って楽になるよう、食事もベッドまで届けて貰って。
(…でも、ハーレイと二人だったら…)
 誰も面倒を見てくれないから、そのまま時間が経ってゆくだけ。
 座り込んで直ぐに、水を運んで貰えていたなら、その場で治ったような程度でも…。
(その水、何処からも届かないから…)
 具合は悪くなってゆく一方で、座ってさえもいられなくなる。
(もう無理だよ、って…)
 パタリと倒れて、それきり起き上がることも出来ない。
 そうする間に、意識も薄れてゆくのだろう。
 「ハーレイ、早く帰らないかな…」と、何処かで、ぼんやり考えながら。
 意識を失くしてしまった後には、打つ手は全く無いわけで…。


(もしもハーレイ、うんと疲れて、遅い時間に帰って来たら…)
 ブルーは「手遅れ」になっているかもしれない。
 「おい、どうした!」と、ハーレイが慌てて駆け寄って来ても、声が返りはしなくって。
 掴んでみた手は、とうに冷たくなってしまって、脈さえも無くて。
(…あんまりだから!)
 それって、あんまりすぎるから、とブルー自身も恐ろしくなった。
 いくら虚弱な体質とはいえ、死んでしまうほどのものではない。
 とはいえ、この先、どんな病に罹るかなんて、未来のことなど分かりはしない。
(…今の時代は、前のぼくたちの頃よりも…)
 医療も進歩しているけれども、百パーセントとは言えないだろう。
 手当てが遅くなった場合は、どうにも出来ない病気もある。
 そういう病気に「ブルー」が罹って、知らずに無理をしたならば…。
(疲れちゃった、って思っていたって、頑張って…)
 ハーレイを気遣い、笑顔で見送った後に、悲劇が待っているかもしれない。
 仕事を終えて戻ったハーレイには、「迎えてくれるブルー」は、もう、いなくなって。
(…最悪すぎだよ…!)
 前のぼくより酷い気がする、と自分でも思う。
 ハーレイが家に帰って来た時、「ブルーが、いなくなっている」なんて。
(そんなの、いくらハーレイだって…)
 まるで思ってもいないことだし、衝撃は前の生よりも…。
(うんと大きくて、呆然として…)
 ハーレイも、その場で倒れてしまいかねない。
 「今度は、死ぬ時も一緒なんだよ」と、なまじ、約束しているだけに。
 その約束を守るどころか、ブルーを「一人で逝かせてしまった」ショックで。
(…ハーレイの心臓、止まっちゃいそう…)
 ちょっと遅れて、ぼくに追い付けるんだけど、と少し思いはするけれど…。


(駄目だよ、ハーレイ、悲しすぎるし…!)
 前のぼくよりも酷い「お別れ」なんて、と考えただけで心が叫び出しそう。
 「それはダメだよ」と、「ハーレイを置いて、一人ぼっちで行っちゃうなんて!」と。
(……そうなると……)
 疲れていたって、頑張れそうでも、頑張らない方がいいのかも、と未来の自分を頭に描く。
 「頑張る程度によるだろうけど、全力はダメ」と、真剣に。
 そこそこ力を抜いていないと、待っているのは悲劇なのかもしれないしね、と。
(…晩ご飯を代わりに作るにしたって、凝ったのじゃなくて、手抜き料理で…)
 インスタントでもいいくらいかな、とズレた思考になりそうだけれど、それが良さそう。
 「疲れていたって、頑張った」結果は、前の自分が酷かったから。
 今の「ブルー」がやった場合は、それよりも酷い結末になってしまいそうだから。
(…疲れていたって、ハーレイのためなら…)
 頑張りたいし、頑張れるけど…、と自分自身に言い聞かせる。
 「ほどほどにね」と、遠い未来の自分に向かって。
 「頑張りすぎたら、最悪だから」と、「ハーレイのためには、ならないんだから」と…。



           疲れていたって・了


※ハーレイのためなら、疲れている時でも頑張れる、と考えたブルー君ですけれど。
 未来のブルー君が頑張った結果は、前よりも酷い悲劇なのかも。頑張るのなら、ほどほどにv







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