余った時間は
「ねえ、ハーレイ。余った時間は、有効に…」
使うべきだよね、と小さなブルーが投げ掛けた問い。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 余った時間…?」
今は、そういう時間なのか、とハーレイは目を丸くした。
ブルーの家を訪ねて来たのは、今日の朝食が済んだ後。
天気がいいからと、歩いて家を出て来た。
(とはいえ、時計は、ちゃんと見てたし…)
ブルーの家に着いた時間は、車の時と変わっていない。
早いわけでも、遅すぎもしない、丁度いい頃。
(朝飯の片付けとかが、終わった後で…)
ブルーの両親も、のんびりしている、そういう時刻。
(それから、ずっと、この家で…)
お茶を飲んだり、昼食を食べたりといった具合で今に至る。
(…俺とこうして過ごす時間は、ブルーには…)
余った時間になっちまうのか、とハーレイは衝撃を受けた。
ブルーが喜ぶと思うからこそ、都合をつけて来ているのに。
(…こんなことなら…)
親父と出掛ければ良かったかもな、と少し悔しい。
先日、釣り好きの父が、ハーレイの家に通信を寄越した。
「次の週末、釣りに行くから、一緒にどうだ」と。
(…俺はブルーが最優先だと、親父も知っているんだが…)
わざわざ誘って来るということは、特別な釣りに違いない。
だから「何を釣るんだ?」と、即座に尋ねた。
父は嬉しそうな声で、「分かったか?」と更に誘って来た。
「釣り仲間で、船をチャーターするんだ、大物だぞ」と。
(大物は、船の話じゃなくてだな…)
滅多に釣れない、美味と評判の大型の魚。
鍋の食材で人気だけれども、高級魚としても名高い。
(…なにしろ、そうそう釣れやしないし…)
釣れるポイントも、限られている。
漁師が網を入れただけでは、獲れない魚だとも聞く。
(…親父が行くなら、勝算の方は充分で…)
天気の方も、釣れそうな時期も、見定めての釣行の旅。
(…そっちに行ってりゃ、今頃は…)
大海原から陸を見ながら、船の上で釣りの最中だろう。
運が良ければ、ハーレイの糸に、お目当ての…。
(デカい魚が食い付いてくれて、皆で大騒ぎで…)
掬い揚げようと網を持った者やら、「外すなよ!」の声援。
最高の休日になっていたかもしれない。
失敗したな、とハーレイはフウと溜息をついた。
(余った時間になっていたとは…)
情けないぞ、と心の中で嘆いた所へ、ブルーが尋ねる。
「ハーレイ? 何か、勘違いしていない?」
「勘違い?」
「うん。溜息なんか、ついちゃってるし…」
今のことだと思っちゃったの、と赤い瞳が瞬いた。
「ぼくが言うのは、違うんだけど…」
「そうだったのか?」
つい早合点をしちまった、とハーレイは、ホッと安心した。
違うのだったら、ブルーの家に来ていて正解。
釣りの旅より、ブルーと過ごす休日の方が、遥かに楽しい。
けれど、そうなら、余った時間というものは…。
「おい。それじゃ、余った時間は、いつを指すんだ?」
問い掛けてみると、ブルーは、直ぐに答えた。
「えっとね…。ぽっかりと空いた時間、あるでしょ?」
宿題が早く終わった時とか…、と説明もついた。
「本を読んでても、思ったよりも早く読み終わるとか…」
「あるな、俺にも」
宿題じゃなくて本の方だが、とハーレイは苦笑いする。
流石に、今の年では宿題は無い。
「そうでしょ? そういう時間のことだってば」
有効に使うべきだと思わない、とブルーは首を傾げた。
「余ったからって、昼寝するよりは…」
「そうだな、夜に時間が余ったのなら、違うんだが…」
夜なら断然、寝た方がいい、とハーレイは説いた。
遅い時間まで起きているより、早寝早起きが効率がいい。
子供はもちろん、大人の場合も同じことだ、と。
「しかし、昼だと、変わって来るぞ」
「有効活用する方にでしょ?」
「うむ。もっとも、それが昼寝になる時だって…」
あるわけだから、気を付けろよ、と念を押す。
「睡眠不足や、疲れ気味の時なら、昼寝がいいんだ」
「そうかもね…。でも…」
オススメは有効活用だよね、とブルーは微笑む。
「ぼくも、有効活用したいんだけど」と。
「だってね、時間、余ってるから…」
「さっき、違うと言わなかったか?」
「今だけど、今じゃないんだってば!」
最後まで、ちゃんと聞いてよね、とブルーは唇を尖らせた。
「ぼくの時間が、うんと余っているんだよ、今!」
だって、育っていないから、とブルーの口から零れる溜息。
「前のぼくと同じに育つまでの間、余っちゃってる」と。
(そう来たか…!)
此処で頷いたら、俺の負けだぞ、とハーレイは悟った。
ブルーが繰り返す「有効活用」の正体は…。
「分かった、その時間、有効活用したいんだな?」
「そう! 有効活用してもいいの?」
許してくれる、と赤い瞳が煌めいている。
「もちろんだとも。まずは、深呼吸を一つしてだな…」
「次は、キスだね?」
「馬鹿か、お前は?」
深呼吸の次は、ストレッチだ、とハーレイは笑んだ。
「お前みたいに弱いヤツには、オススメだぞ?」
軽い運動で、夜もぐっすり眠れるし、と床を指差す。
「教えてやるから、床に座れ」と。
「ちょ、ちょっと…!」
そうじゃないよ、と慌てるブルーに、ハーレイは涼しい顔。
「いや、合ってる」と、「時間は有効活用だ」と。
「背丈だって、早く伸びるかもな」と、床に座って…。
余った時間は・了
使うべきだよね、と小さなブルーが投げ掛けた問い。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 余った時間…?」
今は、そういう時間なのか、とハーレイは目を丸くした。
ブルーの家を訪ねて来たのは、今日の朝食が済んだ後。
天気がいいからと、歩いて家を出て来た。
(とはいえ、時計は、ちゃんと見てたし…)
ブルーの家に着いた時間は、車の時と変わっていない。
早いわけでも、遅すぎもしない、丁度いい頃。
(朝飯の片付けとかが、終わった後で…)
ブルーの両親も、のんびりしている、そういう時刻。
(それから、ずっと、この家で…)
お茶を飲んだり、昼食を食べたりといった具合で今に至る。
(…俺とこうして過ごす時間は、ブルーには…)
余った時間になっちまうのか、とハーレイは衝撃を受けた。
ブルーが喜ぶと思うからこそ、都合をつけて来ているのに。
(…こんなことなら…)
親父と出掛ければ良かったかもな、と少し悔しい。
先日、釣り好きの父が、ハーレイの家に通信を寄越した。
「次の週末、釣りに行くから、一緒にどうだ」と。
(…俺はブルーが最優先だと、親父も知っているんだが…)
わざわざ誘って来るということは、特別な釣りに違いない。
だから「何を釣るんだ?」と、即座に尋ねた。
父は嬉しそうな声で、「分かったか?」と更に誘って来た。
「釣り仲間で、船をチャーターするんだ、大物だぞ」と。
(大物は、船の話じゃなくてだな…)
滅多に釣れない、美味と評判の大型の魚。
鍋の食材で人気だけれども、高級魚としても名高い。
(…なにしろ、そうそう釣れやしないし…)
釣れるポイントも、限られている。
漁師が網を入れただけでは、獲れない魚だとも聞く。
(…親父が行くなら、勝算の方は充分で…)
天気の方も、釣れそうな時期も、見定めての釣行の旅。
(…そっちに行ってりゃ、今頃は…)
大海原から陸を見ながら、船の上で釣りの最中だろう。
運が良ければ、ハーレイの糸に、お目当ての…。
(デカい魚が食い付いてくれて、皆で大騒ぎで…)
掬い揚げようと網を持った者やら、「外すなよ!」の声援。
最高の休日になっていたかもしれない。
失敗したな、とハーレイはフウと溜息をついた。
(余った時間になっていたとは…)
情けないぞ、と心の中で嘆いた所へ、ブルーが尋ねる。
「ハーレイ? 何か、勘違いしていない?」
「勘違い?」
「うん。溜息なんか、ついちゃってるし…」
今のことだと思っちゃったの、と赤い瞳が瞬いた。
「ぼくが言うのは、違うんだけど…」
「そうだったのか?」
つい早合点をしちまった、とハーレイは、ホッと安心した。
違うのだったら、ブルーの家に来ていて正解。
釣りの旅より、ブルーと過ごす休日の方が、遥かに楽しい。
けれど、そうなら、余った時間というものは…。
「おい。それじゃ、余った時間は、いつを指すんだ?」
問い掛けてみると、ブルーは、直ぐに答えた。
「えっとね…。ぽっかりと空いた時間、あるでしょ?」
宿題が早く終わった時とか…、と説明もついた。
「本を読んでても、思ったよりも早く読み終わるとか…」
「あるな、俺にも」
宿題じゃなくて本の方だが、とハーレイは苦笑いする。
流石に、今の年では宿題は無い。
「そうでしょ? そういう時間のことだってば」
有効に使うべきだと思わない、とブルーは首を傾げた。
「余ったからって、昼寝するよりは…」
「そうだな、夜に時間が余ったのなら、違うんだが…」
夜なら断然、寝た方がいい、とハーレイは説いた。
遅い時間まで起きているより、早寝早起きが効率がいい。
子供はもちろん、大人の場合も同じことだ、と。
「しかし、昼だと、変わって来るぞ」
「有効活用する方にでしょ?」
「うむ。もっとも、それが昼寝になる時だって…」
あるわけだから、気を付けろよ、と念を押す。
「睡眠不足や、疲れ気味の時なら、昼寝がいいんだ」
「そうかもね…。でも…」
オススメは有効活用だよね、とブルーは微笑む。
「ぼくも、有効活用したいんだけど」と。
「だってね、時間、余ってるから…」
「さっき、違うと言わなかったか?」
「今だけど、今じゃないんだってば!」
最後まで、ちゃんと聞いてよね、とブルーは唇を尖らせた。
「ぼくの時間が、うんと余っているんだよ、今!」
だって、育っていないから、とブルーの口から零れる溜息。
「前のぼくと同じに育つまでの間、余っちゃってる」と。
(そう来たか…!)
此処で頷いたら、俺の負けだぞ、とハーレイは悟った。
ブルーが繰り返す「有効活用」の正体は…。
「分かった、その時間、有効活用したいんだな?」
「そう! 有効活用してもいいの?」
許してくれる、と赤い瞳が煌めいている。
「もちろんだとも。まずは、深呼吸を一つしてだな…」
「次は、キスだね?」
「馬鹿か、お前は?」
深呼吸の次は、ストレッチだ、とハーレイは笑んだ。
「お前みたいに弱いヤツには、オススメだぞ?」
軽い運動で、夜もぐっすり眠れるし、と床を指差す。
「教えてやるから、床に座れ」と。
「ちょ、ちょっと…!」
そうじゃないよ、と慌てるブルーに、ハーレイは涼しい顔。
「いや、合ってる」と、「時間は有効活用だ」と。
「背丈だって、早く伸びるかもな」と、床に座って…。
余った時間は・了
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