(あいつの願いは何でも叶えてやりたいんだが…)
そうしたいんだが、とついた溜息、夜の書斎で。
小さなブルーと過ごした一日、平日だけれど夏休みだから。
午前中から出掛けて行って夕食までを共に過ごした、小さなブルーと。
そうする間にブルーが願った、「お願い」と強請られたことが問題、叶えてやれない願い事。
何度頼まれてもキスは出来ない、唇へのキスはしてやれない。
小さなブルーは幼すぎるから、唇へのキスは早すぎるから。
再会してから何度も叱った、キスは駄目だと戒めて来た。
叱られる度にブルーは膨れた、あるいは「ケチ!」と尖らせた唇。
そういうブルーも可愛らしくて、キスを落としたくなるけれど。
思わず抱き締め、キスすることもあったけれども、それは唇へのキスではなくて。
額か、柔らかな頬かどちらか、つまりは子供向けのキス。
「おはよう」のキスや「おやすみ」のキスと変わらないキス、触れるだけのキス。
ブルーが両親から贈られるであろう、慈しみのキスと同じキス。
それが不満でたまらないブルー、今日も見事に膨れてくれた。
キスを強請るから叱ってやったら、子供には早いとピンと額を弾いたら。
「子供じゃないよ」と怒ったブルー。
前と同じだと、何も変わらないと拗ねて膨れて、仏頂面で。
けれど、それこそが子供の証で、大人だったらそうはならない。
前のブルーに「キスは駄目だ」と言おうものなら、どうなっていたか。
(きっと悲しそうな顔をしたんだ、あいつはな)
膨れる代わりに、きっと俯いた。
前のブルーなら、前の自分が愛したソルジャー・ブルーなら。
「キスは駄目だ」と言ってやったら、きっと泣かれた、声も上げずに。
瞳からポロポロと涙を零して、唇をキュッと引き結んで。
自分の何が悪かったのかと、何が機嫌を損ねたのかと、唇を噛んで。
このまま許して貰えないのかと、それは悲しげに、真珠の涙を幾つも零して。
もちろんブルーにそんなことはしない、前のブルーを苛めはしない。
「キスは駄目だ」と言わねばならない理由などありはしなかったから。
求められずともキスを贈った、頬に、額に、それに唇に。
しなやかだった手にもキスを落とした、甲に、指先に。
手だけではなくて、華奢な身体に余すところなく贈り続けた、幾つものキスを。
ブルーは大人だったから。
前のブルーはそれだけのキスを充分に貰える身体と心を持っていたから。
ところが、今の小さなブルー。
十四歳の幼い子供の身体と、それに見合った無垢な心と。
そんなブルーにキスは出来ない、大人向けのキスは。
ブルーの両親も贈るのであろう、慈しみのキスしかしてはやれない。
だから駄目だと何度も叱って、唇へのキスを禁じているのに。
前のブルーと同じ背丈に育つまでは駄目だと言ってあるのに、小さなブルーは諦めない。
キスが欲しいと、ぼくにキスしてと、懲りずに強請り続けるブルー。
今日も強請られた、「お願いだから」と。
断ったら仏頂面で膨れた、「ハーレイのケチ!」と。
ハーレイは何も分かっていないと、こんなにキスが欲しいのにと。
恋人の願いを断るだなんて、とても酷くて冷たすぎると。
(…苛めてるわけじゃないんだがな?)
小さなブルーを誰よりも大事に思っているから、今はまだキスを贈れない。
幼い子供にキスをするなど、唇にキスを落とすことなど、どう考えても酷すぎる。
年相応の心しか持たない小さなブルーにキスは早すぎる、唇へのキスは。
それを分かってくれない恋人、幼すぎるから分かっていない。
前の自分と同じつもりでキスを求める、「ぼくにキスして」と。
恋人同士のキスが何かも分からないままに、前の自分の記憶だけを抱いて。
断る度にブルーは膨れて、「ハーレイのケチ!」と言われるけれど。
今日も見事に膨れたけれども、やはり出来ない唇へのキス。
どんなにブルーが強く願っても、何度も強請り続けても。
(…あいつの願いは、本当に叶えてやりたいんだが…)
生まれ変わって再び出会った、前の生から愛した恋人。
どんな願いでも叶えてやりたい、どんな我儘でも聞いてやりたい。
前のブルーは何も願いはしなかったから。
我儘も言わず、強請りもしないで、前の自分の腕の中から飛び去ったから。
たった一人でメギドへと飛んで、二度と戻りはしなかった。
自分のことは何も願わず、それきり戻って来なかった。
そんなブルーの願い事。
青い地球の上に生まれ変わって、帰って来てくれたブルーの願い事。
どんなことでも聞いてやりたい、叶えてやりたい、出来ることなら。
今の自分に出来ることなら、それこそブルーの願いの全てを。
心の底からそう思うけれど、本当に叶えてやりたいけれど。
(…困ったもんだ…)
今の所は叶えられない願い事ばかり、叶えてやれないことばかり。
唇へのキスはもちろん駄目だし、その先のことも。
小さなブルーが願い続ける「本物の恋人同士」の関係とやらは、とんでもない。
それこそブルーが大人にならねば聞いてやれない、子供相手に出来るわけがない。
なのに分かってくれないブルー。
膨れては「ケチ!」と拗ねてしまうブルー。
それも可愛いのだけれど。
いつかは分かってくれるのだろうし、その頃にはブルーの願い事も。
(叶えてやれると思うんだがな?)
唇へのキスも、その先のことも。
共に暮らしたいという可愛い願いも、その頃にはきっと叶えてやれる。
デートもドライブも何だって出来る、ブルーの願いを何でも叶えてやれるのだけれど。
(…それまでの道が長いんだよなあ…)
ブルーの願いを全て叶えてやれるようになるまで、どのくらいかかることだろう。
何度ブルーの膨れっ面を見て、何度ケチだと言われるだろう。
(俺は当分、ケチのハーレイ…)
小さなブルーの唇から飛び出す、「ハーレイのケチ!」という言葉。
それをブルーが言わなくなる日は、いつか必ず来るのだけれど。
どんな願いも全て叶えて、愛おしむ日が来るのだけれど。
(…あいつ、分かっちゃいないんだ…)
ブルーは幼すぎるから。
幼くて無垢で小さすぎるから、まだ分からない。
自分がどれほど愛しているのか、それゆえにケチにしか見えないのか。
当分はケチで、ケチのハーレイ。
けれど、いつまでも言わせはしない。
ブルーの願いは全て叶えてやりたいのだから、いつかは全て叶えるのだから…。
叶えてやれない・了
※ブルーの願いを叶えてやりたいハーレイですけど、叶えられない願い事。
当分は「ケチのハーレイ」でしょうね、ブルー君にプウッと膨れられてねv