(はてさて、俺たちは何処から来たんだか…)
まるで記憶に無いんだよな、とハーレイが浮かべた苦笑い。
ブルーの家へと出掛けて来た日に、夜の書斎でコーヒー片手に。
今日は休日、ブルーと二人で過ごしたけれど。
「キスは駄目だと言ったよな?」と、お決まりの台詞も口にしたけれど。
それでブルーが膨れっ面でも、とても幸せだった一日。
「いい日だった」と思い返して、ふと考えた。
今のブルーと、今の自分は、いったい何処から来たのだろうと。
(地球がすっかり青くなるほど…)
長い時間が経っていた。
前の自分が、死の星だった地球の地の底で、命尽きた日から。
ブルーはと言えば、もっと前から「とうに失くしていた」命。
白いシャングリラを守るためにと、一人きりでメギドを沈めて逝った。
けれど、お互い、それから後の記憶が無い。
何処にいたのか、二人一緒に過ごしていたのか、ほんの欠片さえも。
(天国だろうとは思うんだがな?)
ブルーとそういう話になる度、いつも出てくる「天国」の名前。
こうして一人で考えていても、やはり同じに天国だと思う。
今の時代は「英雄」として称えられている、前のブルーや自分たち。
機械が治めた歪んだSD体制を倒し、ミュウが平和に暮らせる世界を築いた英雄。
(…シャングリラを地球まで運んだだけの、俺はともかく…)
ブルーは間違いなく、天国に行けたことだろう。
白い翼の天使に連れられ、あのメギドから真っ直ぐに。
(俺だって、地獄行きってことはない筈だよな?)
人類軍との戦いの中で、何隻もの船を沈める指揮を執ってはいても。
「サイオン・キャノン、一斉射撃!」とブリッジで何度も叫んでいても。
地獄でないなら、行き先はブルーと同じに天国。きっとその筈。
そうは思っても、全く覚えていはしない。
ブルーと暮らした筈の天国、其処に長年いたのだろうに。
白いシャングリラで過ごした以上の、気が遠くなるような長い歳月。
死の星だった地球が蘇るほどの時を、天国で生きていた筈なのに…。
(生きてたんだと言っていいのか、其処は難しい所だが…)
天国でブルーと笑い合ったり、語り合ったり。
それは満ち足りた時だったろうに、生憎と「記憶が無い」ときた。
ブルーも自分も、まるで全く無い記憶。
天国は雲の上にあったか、其処から地上は見えたのか。
地球はもちろん、宇宙の全てを「雲の上から」見下ろすことが出来たのか。
(天国って言うほどなんだから…)
もう最高に素晴らしい世界だったのだろう。
戦いも無ければ、飢える心配も、暑さも寒さも、けして襲っては来なかった世界。
前の自分たちが生きた世界からすれば、何処を取っても「素晴らしい」場所。
(そいつを覚えていないってのは…)
残念だよな、と思ってしまう。
せっかく「最高の世界」にいたのに、何も覚えていないだなんて。
長年そこで暮らした記念に、欠片くらいは記憶があったら良かったのに。
(雲を見上げて、「あそこだった」と思うとか…)
天使の絵を見て、「こういう人が大勢いたな」と懐かしい気分に包まれるとか。
けれど「無い」のが天国の記憶。
自分の記憶をいくら探っても、小さなブルーに「覚えているか?」と尋ねてみても。
欠片も残さず消えた天国、何処にあるかも分からない世界。
「帰りたい」とは言わないけれども…。
(残念無念、というヤツだ)
前の自分の記憶なら、持っているだけに。
「そっちはあるのに、天国を忘れてしまうなんて」と。
遠い昔から、多くの人たちが憧れた世界。
それが天国、遥か雲の上にあるという場所。
大勢の人が其処を夢見た。「何処よりも素晴らしい世界なのだ」と。
地上での暮らしが厳しかったら、苦しかったら、なおのこと。
「いつか天国に行きたいものだ」と、大金を払った者までもいた。
「死んだら、必ず天の扉が開くように」と、神に仕える者たちに依頼するために。
(大金を積んでも行きたい世界で、そりゃあ素晴らしい場所でだな…)
絵にも描かれたし、本にも書かれた。
どれほど美しい世界なのかと、「其処には何の苦しみも無い」と。
(そういう所に行って来たのに…)
もったいないよな、という気分。
例えて言うなら、観光名所に行って来たのに、ド忘れしたと言うべきか。
桜の花が満開の頃に、花見で名高い場所に出掛けて、桜の下で弁当も広げた筈なのに…。
(…弁当どころか、桜の花も覚えてないとか…)
紅葉の季節に、わざわざ出掛けた紅葉狩り。
あちこちで写真も撮った筈なのに、写真もろとも「出掛けた」記憶を失くしたとか。
(そんなトコだが、それとは比較にならないぞ?)
自分が「忘れてしまった」天国。
桜や紅葉の名所などとは、格が違っているのが天国。
きっと天国なら、桜も紅葉も…。
(あるとしたなら、もう一年中…)
いつでも見頃なのだろう。
其処に出掛けてゆきさえしたなら、心ゆくまで楽しめる桜。あるいは紅葉。
他の様々な景色にしたって、天国だったら眺め放題。
(毎日の飯の方もだな…)
天国に「食事」があるというなら、望みの料理を好きなだけ。
食べたい時にはポンと出て来て、どんなに希少な「珍味」だろうと、選び放題。
そうでなければ、「天国」と呼ばれるだけの価値が無いから。
考えるほどに、悔やまれるのが「忘れた」こと。
ブルーも自分も、欠片も覚えていない「天国」。
(俺としたことが…)
ついでにブルーの方もなんだが、と苦笑するしかない事実。
二人揃って忘れてしまって、思い出すための手掛かりも持っていないから。
天国に行く前に生きた時代の、「前の自分たち」の記憶だったら今もあるのに。
(本当に片手落ちってヤツで…)
出来れば覚えていたかったよな、と思うけれども、忘れたものは仕方ない。
どんなに素敵な場所であろうが、最高に素晴らしい世界だろうが。
(うーむ…)
なんてこった、と傾けるコーヒーのカップ。
何処よりも素敵な「天国」に行って来たというのに、それを忘れてしまうとは、と。
これが観光名所だったら、周りにも呆れられるだろう。
「なんてヤツだ」と、「そんなことなら、俺が代わりに行ったのに」と。
代わりに出掛けて景色を楽しみ、けして忘れはしないのに、とも。
(俺だって、そうは思うんだがなあ…)
本当に忘れてしまったのだから、天国の欠片を追ってみたって、見付からない。
それの代わりに浮かんで来るのは、今日も見て来たブルーの笑顔。
十四歳にしかならないブルーは、すっかり子供になったけれども…。
(今もやっぱり、俺のブルーで…)
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
ブルーの家へと出掛けて行ったら、いつでも会える。
それは幸せそうなブルーに、今はちょっぴり困らされてしまう恋人に。
(ぼくにキスして、と言われてもだ…)
子供相手に、恋人同士の唇へのキスは贈れない。
だから断っては、ブルーにプウッと膨れられてしまう。「ハーレイのケチ!」と。
今日もブルーは同じに怒って、ご機嫌斜めだったのだけれど。
プンスカ膨れるブルーをからかい、苛めたりもして過ごしたけれど…。
(…待てよ?)
今の暮らしも天国だよな、と気が付いた。
子供になってしまったとはいえ、ちゃんと「ブルーがいる」世界。
前の自分は、それを失くした。前のブルーがメギドへと飛んで、二度と戻らなかった時から。
(あいつは、船に戻って来なくて…)
それからの日々は、深い孤独と絶望の中。
けれど地球まで行く他はなくて、どれほどに辛い日々だったか。
ブルーがいなくなった世界は、どんなに悲しいものだったか。
(…俺は生きちゃいたが、ただそれだけで…)
世界の全ては色を失くして、きっと楽しみさえも無かった。
何を食べても味気ないだけ、「命を繋ぐ糧」というだけ。
あの辛かった日々に比べたら、今の自分が生きる世界は…。
(まさに天国というヤツじゃないか!)
いくらブルーがチビの子供で、キスさえ交わせはしない日々でも。
同じ家で暮らすにはまだ早すぎて、訪ねて行っては「またな」と帰って来るしかなくても。
(なるほどなあ…)
天国ってヤツは此処にあったか、と嬉しくなる。
「本物の方は忘れちまったが、天国だったら、此処もそうだな」と。
今の世界も天国だよなと、もう最高に素晴らしい場所に、今の俺は生きているんだから、と…。
天国だよな・了
※天国のことを忘れてしまった、と残念な気分のハーレイ先生。きっと最高の場所だけに。
けれど気付けば、今の世界も充分、天国。ブルー君が生きていてくれるだけで、最高の世界v
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