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長袖のワイシャツ

(…前の俺かもな?)
 もしかしたら、とハーレイは一瞬手を止め、それからゆっくりとボタンを外した。
 ワイシャツの袖口、小さな白い貝ボタン。長袖のワイシャツの付属物。
 それを外して、バサリと脱いで。
 家で着る半袖のシャツを頭から被った、ボタンなどついていないのを。
 伸縮性のある生地、頭と腕とを通すだけで着られるラフなシャツ。
 そういったシャツも嫌いではなくて、今の季節は家で着るならこれなのだけれど。
 これに限ると思うけれども、学校に行くなら長袖のシャツ。
 きちんとプレスした長袖のワイシャツ、それしか考えられなくて。
 暑くても半袖などは論外、あくまで長袖、袖口のボタンをカッチリと留めて。


 今日も朝から暑そうな陽が射していたけれど。
 暑くなりそうだと思ったけれども、迷わずに袖を通した長袖。
 袖口のボタンを留めた後にはネクタイも締めた、これまた普段とまるで同じに。
 ワイシャツにネクタイ、それぞれ好みはあるけれど。
 このワイシャツにはこのネクタイだと、自分なりの決まりもあるけれど。
 暑い季節も長袖のワイシャツ、それにネクタイ、これも自分の決まりでルール。
 教師の服装に決まりは無いのに、何を着て行ってもかまわないのに。
 極端な話、柔道着を着て授業をしたってかまわない。
 水着姿は流石にマズイが、それは水着は服ではないから。
 およそ服なら、世間で服で通るものなら、それで授業をしてかまわない。
 職員室や会議の席でも誰も咎めはしないし、柔道着で一日過ごせる学校。


 なのに何故だか、自分の中ではワイシャツにネクタイ、それが定番。
 おまけに夏でもワイシャツは長袖、袖をまくりはしないのが自分。
 ネクタイだって緩めはしないし、そういうものだと思っていた。
 教師になって直ぐの頃から、何の疑いもなくそう考えた。
 暑い季節もカッチリ長袖、ネクタイもきちんと締めるものだと。
 今日もそうした、一日をそれで過ごして来た。
 案の定、暑い日だったけれども、今の季節はそんなもの。
 冷房の効いた校舎から出たら暑かったけれど、苦にもならないし気にしてもいない。
 そういう季節なのだから。暑くて当然なのだから。


(…育ちのせいだと思ってたんだが…)
 礼で始まり、礼で終わるのが柔道だったし、水泳の世界も上下に厳しい。
 そうした世界で過ごして来たから、学生時代を過ごしたから。
 教師の道に進むにあたって、スーツにネクタイ、ワイシャツなのだと自分で決めた。
 隙の無いスーツを制服にしようと、自分の制服にしておこうと。
 だから夏でも半袖は論外、上着が無い分、余計にきちんと。
 長袖のワイシャツ、それにネクタイ、どちらもカッチリ、隙の無いように。
 同僚たちも「流石はハーレイ先生ですね」と、育ちのせいだと思っているけれど。
 自分でもそうだと思い込んでいたし、全く疑いもしなかったけれど。


(…前の俺のせいか?)
 そんな気がしてきた、長袖のワイシャツとネクタイの自分。
 暑い季節でも「俺の制服だ」とカッチリ着込んで出掛ける自分。
(…前の俺よりは…)
 かなり楽になったと思える制服、自分が決めたスーツの制服。
 襟元を締め付けるマントも無ければ、仰々しい肩章もついていなくて、普通のスーツ。
 その気になったらネクタイは直ぐに緩められるし、上着も脱げる。
 ワイシャツのボタンも、襟元も袖口も外して寛いでもかまわない。
 現にそうしている時もあった、その方がいいと思った時は。
 生徒の前ではしないけれども、同僚たちと休憩するような時は。


 てっきり自分のルールだとばかり、育ちのせいだと考えたけれど。
 疑いもせずに信じたけれども、もしかしたら、今の自分のスーツや長袖などは…。
(…前の俺のつもりで着ているのか?)
 記憶は全く無かったけれども、制服はきちんと着込まねば、と。
 カッチリ着込んで隙の無いよう、人前に出るならそうすべきだと。
 前の自分はそうだったのだし、キャプテンという立場もそうしたもの。
 少しの乱れもあってはならない、それでは船を纏められない。
 言動も、もちろん制服も。
 そうなってくると…。


 暑い季節も長袖のワイシャツ、ネクタイを締めて出掛ける自分。
 教師をやるならスーツなのだと、制服を勝手に作った自分。
 武道を嗜み、先輩たちから厳しく礼儀を仕込まれたがゆえの矜持なのだと思ったけれど。
(…前の俺のせいかもしれないな…)
 むしろそうだな、と苦い笑いが零れて落ちた。
 武道とは何の縁も無かった前の自分が制服を決めた、同僚も自分も疑いもしなかった制服を。
 そう思うと少し可笑しくもなる。
 スーツを着込んだキャプテン・ハーレイ、スーツで舵を握ったならば、と。
 白いシャングリラのブリッジでスーツ、ネクタイを締めて、ワイシャツを着て。
 柔道着よりかは似合いそうだから、また笑う。
 俺はスーツを制服に選んだつもりだったが、前の自分が決めたのかと…。

 

       長袖のワイシャツ・了


※暑い季節も長袖を着ているハーレイ先生、きっとカッコよく見えるのでしょうが。
 前世が影響していたようです、キャプテンの制服、威厳たっぷりですしねv







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