小麦粉とバター、砂糖と卵。
それをそれぞれ1ポンドずつ使って作るから「パウンド」ケーキ。
1ポンドずつの小麦粉とバター、それから砂糖と、それに卵と。
ごくごく単純、なんの捻りもないレシピ。
SD体制が始まるよりも遥かな昔の地球で生まれたパウンドケーキ。
そう言ってしまえば誰でも簡単に焼けそうだけれど、焼けるのだけれど。
どうしたわけだか、味が異なるパウンドケーキ。
オーブンのせいか、はたまたレシピの微妙な違いか、作り手の腕か。
(俺が思うに…)
腕なんだろう、と今頃気付いた、パウンドケーキの奥の深さに。
小さなブルーの家で出されたパウンドケーキをフォークで口へと運んだ時に。
母のケーキと同じ味がした、口の中にあの味が広がった。
幼い頃から馴染んでいた味、何度も何度も隣町の家で食べた味。
明るい光が射し込むキッチン、母がケーキ作りの支度をしていた。
小麦粉とバター、砂糖に卵。それを並べて、きちんと量って。
母の笑顔が目に浮かぶようだ、「ミルクを出してね」と言われた声も。
パウンドケーキには使わないミルク、冷蔵庫からミルクを出して、と。
(ミルクが欠かせなかった頃もあったんだっけな…)
猫のミーシャが家にいた頃、ハーレイが子供だった頃。
小さなブルーと同じくらいの年の頃にも、白いミーシャはまだいたろうか?
ブルーそっくりに甘えん坊だったミーシャ、ケーキのお裾分けを欲しがったミーシャ。
ケーキ作りの気配がしたなら、もうおねだりが始まった。
ミルクが欲しいと、ケーキを作るならミルクも分けて、と。
おねだりする時は母の足元に纏わりつくから、床に転がったりもするものだから。
ウッカリと踏んでしまわないよう、ミルクを器に入れてやるのがハーレイの役目。
だからパウンドケーキを作る時にも、ミルクの用意が欠かせなかった。
小麦粉とバター、砂糖に卵。
パウンドケーキにミルクは入らないのに、ミーシャにはそれが分からないから。
小麦粉とバター、砂糖に卵。
きっとケーキだと、ケーキの用意だと走って来たから、ミルクを分けてとねだったから。
そんなことまで思い出した味、母が焼いていたケーキの味。
今でも焼いているけれど。
隣町の家へ帰った時には、あの味のケーキも出るのだけれど。
(…俺が焼いても、どういうわけだか…)
母の直伝のレシピなのだし、まるで同じに焼けそうな気がするのだけれど。
そうなると思って焼いたのだけれど、今でもたまに焼くのだけれど。
母の味にはなってくれないパウンドケーキ。
何処か違うと、あの味がしないと食べる羽目になるパウンドケーキ。
小麦粉にバター、砂糖と卵。
たったそれだけ、遠い昔から伝わるケーキ。
1ポンドずつを使って作るからパウンドケーキ、と母に教わったケーキのレシピ。
いったい何がいけないのかと色々試して、もう諦めていたけれど。
どうやら自分には才能が無いと、あの味は無理だと匙を投げてから久しいけれど。
(こんな所で出会うなんてな?)
人生とは全く分からないものだ、母の味のケーキが別の家でヒョイと現れた。
それも自分の恋人の家で、前の生から愛し続けたブルーの家で。
小さなブルーの家でなければ、隣町の何処かの家だったなら。
母のケーキだと思っただろう、母が作ってその家に届けに来たのだと。
今でさえも考えてしまったりもする、母がコッソリ持って来たかと、有り得ないことを。
(おふくろのケーキそのものなんだが…)
あの味なんだ、と思うけれども、母が届けに来る筈がないから。
小さなブルーも「ママのケーキ」と言っているから、これはブルーの母の手作り。
小麦粉にバター、砂糖に卵。
まるで奇跡のようだけれども、母の味と同じパウンドケーキ。
(うん、作り手の腕なんだな)
きっとそうだな、とパウンドケーキを頬張った。
バターに卵に、砂糖に粉に。
混ぜてゆく時の力加減か、あるいは作り手の癖のようなものか。
やっと気付いた、それで変わるに違いないと。
ともあれ、これからは此処で出会える、おふくろの味が食べられる。
小さなブルーの家を訪ねたら、パウンドケーキが出て来たら。
(思いがけないオマケつきか…)
前の生から愛し続けて、再び出会えた小さなブルー。
その恋人の家に、美味しい素敵なオマケがついた。
おふくろの味のパウンドケーキ。
母の味と同じパウンドケーキが、幸せな思い出が詰まったケーキが…。
おふくろのケーキ・了
※ブルー君のお母さんのパウンドケーキと、ハーレイのお母さんのパウンドケーキ。
同じ味がするケーキなのです、ハーレイ先生の大好物。おふくろの味が一番ですよねv