(今日は何かな?)
ママのおやつ、とブルーが弾ませた心。
学校から帰れば待っているのが、ダイニングでのおやつの時間。
制服を脱いで着替える間に用意されるおやつ、それが楽しみ。
大抵は母の手作りのお菓子、たまに貰ったものや母が買って来たもの。
「頂いたのよ」と出る時もあるし、「美味しそうだったから」と出されることも。
手作りのお菓子も、貰ったものでも、買ったお菓子でも…。
(どれも楽しみ…)
母がテーブルに出してくれるのが、飲み物と一緒に置いてくれるのが。
どんなお菓子でも美味しいから。
母が「はい、どうぞ」と出してくれるものは美味しいに決まっているのだから。
それこそ物心ついた頃から好きな時間で、楽しみな時間。
学校から帰ればおやつはあるもの、当たり前のように出て来るもの。
幼稚園の時にもそうだった。
帰って来る時間が今より早くて、早い時間に食べていただけで。
今と同じに食が細かったから、「晩御飯も食べなきゃ駄目よ?」と何度も念を押されただけで。
家に帰れば、いつでもおやつ。
幼稚園の頃も、下の学校でも、今の学校に上がってからも。
今日だって絶対に何かあるのに決まっているから。
母が「着替えたら下りていらっしゃい」といつものように言っていたから。
(着替えたら、おやつ…)
いそいそと着替える、制服を脱いで。
家で着るシャツをバサッと被って、ズボンも履いて。
階段をトントン下りて行く間も、弾む足取り。
おやつの時間は大好きだから。
食事と違って「沢山食べなさい」と注意されはしないし、叱られもしない。
用意された分だけ、好きに食べてもいいおやつ。
もっと欲しかったら、おかわりだって。
たまに失敗するけれど。
美味しかったからと欲張った末に、気付けば一杯になっているお腹。
夕食までに空いてくれればいいのだけれども、弱い身体では「ちょっと運動」とはいかなくて。
ひとっ走りして、膨れたお腹を減らすわけにはいかなくて。
父と母とに二人がかりで叱られる。
「おやつよりも食事が大切だろう」と、「おやつは食事と違うのよ?」と。
小さい頃から何度もやってしまった失敗、流石に今ではあまりやらない。
自分の胃袋の限界は分かるし、それよりも…。
(おやつ、控えめにしておかないと…)
悲劇が起こってしまうから。
夕食の時間までには減るだろうお腹、そのくらいに食べておいたとしても。
(…だって、ハーレイ…)
仕事が早めに終わったから、と寄ってくれることがある大事な恋人。
そのハーレイが来てくれた時は…。
(ママがお菓子を出すもんね?)
もちろんお茶もきちんとつけて。
その時に自分のお腹が一杯だったら、お菓子は食べられないのだから。
来てくれるかもしれない恋人、お菓子は是非とも一緒に食べたい。
自分の分だけ、お菓子のお皿が無いだとか。少なめだとかは、とても悲しい。
「おやつを沢山食べていたから」と母が減らしてしまった結果。
それが悲劇で、一番起こって欲しくないこと。
今の所は一度も起こっていないけど。
母はハーレイが遠慮しないよう、公平に二人分を運んで来るから。
とはいえ、注意をされる日もある。
「おやつを食べ過ぎては駄目よ?」と。
学校から帰って、多めに食べていた日には。
母の目から見ても、「今日は多い」と思われた日には。
そうした時にはハーレイに言われる、「お前、ほどほどにしておけよ?」と。
「お母さんのお菓子が美味いのは分かるが、まずは食事だ」と。
恋人にまで注意されたら、もう迂闊には食べられなくて。
そういう日には「残しても後で食べられそうなお菓子」が出してあるから…。
(…ぼくが食べるの、ちょっとだけ…)
ハーレイと二人で楽しくお菓子を食べたくても。
お皿を綺麗に空にしたくても、残すしかなくなる美味しいお菓子。
時にはハーレイが「どれ」と手を伸ばして残りを持って行ったりもする。
「俺は菓子くらいで腹が膨れはしないからな?」と。
ハーレイに美味しいお菓子を譲ることには何の文句も無いけれど…。
(…ぼくは一緒に食べたいのに…)
せっかく恋人と二人で過ごせるティータイム。
お菓子が控えめでは悲しすぎるから、そうならないよう、おやつの量は心して。
頭では分かっているのだけれども、人間だから。
おまけに子供で、美味しいお菓子に弱いから。
誘惑に負けてしまってパクパクと食べて、後で後悔する時もある。
(ハーレイは今日は来ないだろう、って思って食べたら来ちゃうんだよ…)
何度かやってしまった失敗、けれども無いのが鉄の自制心。
前の自分のようにはいかない、あれほどに我慢強くはない。
ハーレイとの恋も、地球への思いも捨ててメギドへと独り飛んだ自分。
おやつとは比べ物にならないものを二つも、あっさりと捨てて。
(…今のぼくだと、おやつだって…)
ちょっとくらい、と食べ過ぎるのだし、自制心にきっと欠けている。
我慢強さだってまるで足りなくて、もっと、もっととおやつを食べては…。
(…お腹一杯…)
自分でも馬鹿だと思うけれども、何度かやった。
「ハーレイは来そうにないんだから」と自分自身に言い訳しながら、おかわりしたおやつ。
そんな日に限ってポッカリと空いてしまったハーレイの時間、門扉の横のチャイムが鳴って。
窓から見たなら手を振るハーレイ、「やっちゃったよ…」と零す溜息。
まだまだお腹は減っていないのに、恋人が来てしまったと。
今日は二人で一緒におやつを食べられないと。
避けたい失敗、おやつの食べ過ぎ。
けれども好きでたまらないおやつ、ダイニングのテーブルで食べるひと時。
小さな頃からこれが好きだし、子供用の椅子にチョコンと座っていたような頃から…。
(おやつの時間が大好きだしね?)
もっと食べろと注意されないし、食事と違って自由だから。
美味しいお菓子と、それにピッタリの飲み物と。
ゆっくり楽しみながら頬張って、飲んで、もう最高に幸せな時間。
幸せは色々あるのだけれども、おやつの時間も間違いなく幸せの中の一つで、キラキラと光る。
どんなおやつが待っているかと、ダイニングに向かう所から。
テーブルに置かれたおやつのお皿に大喜びしたり、運ばれて来るのを待っていたりと輝く時間。
幸せ一杯で過ごす時間で、今日のおやつは…。
(わあ…!)
パウンドケーキ、と胸がドキンと高鳴った。
今のハーレイの好物だというパウンドケーキが焼かれていたから。
ハーレイの母が焼くのと同じ味だと、ハーレイを驚かせた母のパウンドケーキ。
それを聞いて以来、母のパウンドケーキは特別なもので、魔法のケーキ。
パウンドケーキが待っていたから、今日のおやつは最高に幸せな時間になって…。
母に頼んで、最初は一切れ。
「薄く切ってよ」と注文をつけて、本当だったら一切れだろう厚みを半分にして。
こうすれば二切れ食べても、一切れ。
ハーレイが好きなパウンドケーキを二切れも食べて、幸せな気分。
(今が一切れ目で…)
紅茶をお供にフォークで口へと、ふうわりと広がる幸せの味。
恋人の大好物の味はこれだと、ハーレイが好きなパウンドケーキ、と噛み締めながら。
(食べちゃっても、まだ二切れ目…)
一切れ目をゆっくり、ゆっくりと食べて、細かい欠片も綺麗に食べて。
母が切っておいてくれた二切れ目をケーキ皿に載せたら、大満足で。
(まだこんなに…)
たっぷりとあるのがパウンドケーキ。
幸せの味の、ハーレイの好物のパウンドケーキ。
(ハーレイはこれが大好きなんだし…)
食べている時にも、ハーレイはとても嬉しそうだから、それは美味しそうに食べるから。
自分もそういう顔で食べたい、幸せ一杯の笑顔で食べたい。
意識せずとも、ちゃんとそうなっているのだけれど。
自分では全く気付かないだけで、傍から見たなら最高に幸せそうなのだけれど。
(…すっごく美味しい…)
恋人の好物だというだけで。
美味しそうに食べる恋人の顔を思い浮かべているだけで。
ふと気付いたら、もう二切れ目は残り僅かで。
けれど、見てみればテーブルの上にはパウンドケーキがまだあって。
(…もうちょっとくらい…)
かまわないよね、とキョロキョロと見回したダイニング。
母はいなくて、代わりに一切れ切ってあるケーキ。
かなり薄めに切ってあるから、どう見てもこれは…。
(ぼくが欲しくなった時のための、おかわりの分…)
よし、と添えてあったフォークで自分のお皿に取り分けた。
このくらいならまだ大丈夫、と。
(…今日はハーレイ、来ないだろうしね?)
そんな気がする、パウンドケーキが焼いてあるのに残念だけれど。
きっと来られない、そういう予感。
(だから食べても平気なんだよ)
夕食までには、お腹が空くだろう量だから。
母も心得て薄めに切っておいてくれたのだから。
もう最高に幸せな気分、パウンドケーキが今日は三切れ目。
おやつの時間は毎日あって当たり前だけれど、今日は特別、そう思える日。
大喜びで食べて、満足して。
「御馳走様」と母にお皿やカップを返して、自分の部屋へと帰ったのだけれど…。
(……嘘……)
ハーレイが来ちゃった、と嬉しいのだか、ションボリだかの暫く後。
来ないと思った恋人が訪ねて来てくれた上に、おやつに出されたパウンドケーキ。
もうこれ以上は食べられないから、お皿を睨んでいるしかないから。
「おい、どうかしたか?」
食べないのか、とハーレイに訊かれて、「お腹一杯…」と答えて、笑われて。
「おやつの時間に欲張ったな?」と額をコツンとやられたけれども、そうされるのも…。
(…ハーレイと二人で、地球に来たから…)
そして当たり前のようにパウンドケーキのおやつもあるからなのだ、と気が付いたから。
失敗してしまったおやつだけれども、幸せな気分。
今はおやつが当たり前。
学校から帰って食べる毎日のおやつも、ハーレイと二人で食べる時間も…。
当たり前のおやつ・了
※パウンドケーキを食べ過ぎてしまったブルー君。おやつの時間に欲張って。
でも、おやつの時間が当たり前にあるのが幸せの証拠。今ならではの時間なのですv