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変わっちゃいない

(何も変わっちゃいないんだが…)
 俺は俺のままで全く変わらないんだが、と漏らしてしまった苦笑い。
 風呂上がりに覗いた鏡の前で。
 そう、見た目は全く変わらない。それに中身も。
 柔道と水泳が得意な古典の教師で三十七歳、そのままなのだと思うけれども。
 パジャマの自分に前の自分が重なって見えないこともない。
 前の生の自分、キャプテン・ハーレイ。
 顔立ちも髪型もまるで同じな、何処も自分と変わらない前の自分の姿が。


 あの頃の自分と、今の自分と。
 そっくりだけれど、生まれ変わりかと友人たちにも言われたほどだったけれど。
 まさか本当にそうとは思わず、まるで気付きもしなかった。
 今の学校に転任して来て小さなブルーと会うまでは。
 前の生で愛したソルジャー・ブルーが生まれ変わった、小さなブルーに会うまでは。
 小さなブルーと出会った途端に記憶が戻った、前の自分が戻って来た。
 今の自分の中にそっくりそのまま、キャプテン・ハーレイが帰って来た。
 何処にいたのか長い旅を終えて、青い地球の上にストンと降り立った自分。


 流れた時間を考えてみれば長い旅だけれど、旅をしていた記憶は無いから。
 何処にいたのかも思い出せないから、一瞬で時を飛び越えた。
 死の星だった地球の地の底、崩れ落ちて来た大量の瓦礫。
 それに潰されて途切れた記憶の、続きがいきなり始まった。
 青い地球の上で。
 少年になってしまったブルーと再会を遂げて、キャプテン・ハーレイが息づき始めた。
 地球に来たのだと、もう一度ブルーに出会えたのだと。


 前の生で失くしてしまったブルー。
 たった一人でメギドへと飛んで、二度と戻って来なかったブルー。
 それから地球へと辿り着くまでの旅路がどれほど辛くて長かったことか。
 生ける屍のような身体で、死んだ魂で、それでも地球を目指して進んだ。
 ブルーがそれを望んだから。
 前のブルーの最後の望みが、遺した言葉がそれだったから。
(全てが終われば、会えると思っていたんだが…)
 もう一度ブルーに、きっと何処かで。
 生を終えた者がゆくべき何処かで、いつかブルーに会えるだろうと。


 それだけを思って自分は生きた。前の自分は生き続けた。
 この辛い旅もいつか終わると、地球に着きさえすればきっと、と。
 それは間違ってはいなかったけれど。
 確かにブルーと会えたのだけれど、思いもよらない形の再会。
 まさか命を、血の通った生きた身体を互いに得るとは、生きた身体で会えるとは。
 前の生とそっくり同じ姿で、しかも蘇った青い地球の上で。
 互いにソルジャーでもキャプテンでもなくて、白いシャングリラから解き放たれて。


 こんな奇跡があっていいのかと、未だに信じられないけれど。
 鏡の自分を見れば見るほど、頬を抓りたくなるのだけれど。
 自分は自分で、何も変わっていはしない。
 三十七歳の古典の教師で、柔道と水泳が得意な自分。
 それは全く変わりはしなくて、住んでいる家も馴染んだもので。
 けれども自分の中には自分が、前の自分が間違いなく入り込んでいて…。


(まったく、俺は誰なんだかなあ…?)
 なあ? と鏡の自分に尋ねてみる。
 鏡に映った同じ自分に、前の自分と同じ姿に。
 答えは返って来ないけれども、鏡の向こうの自分も困っているけれど。
 それはそうだろう、キャプテン・ハーレイだった自分が逆に訊かれても悩むだろう。
 自分そっくりの古典の教師に覗き込まれて、自分は誰かと訊かれたら。
 柔道と水泳が得意な男に、自分は確かにお前なのだと言われたら。


(…お互い様っていうことか…)
 まるで変わっていないけれども、変わったつもりもないけれど。
 前の自分とは違う人生、全く違った別の人生。
 それでもどちらも自分の人生、恋した人まで同じだから。
 愛してやまない人までそっくり同じままだから。
 きっと大切なのはブルーで、ブルーさえいれば何が変わっても全ては同じなのだろう。
 地球の上でも、シャングリラの中でも、キャプテンでも、古典の教師でも。


(うん、ブルーだな)
 あいつなんだな、と頷いた。
 ブルーさえいれば他の全てが変わっていようと、何が変わろうとも気にしない。
 細かいことなど言いはしないし、注文をつけもしないけれども。
(…でもまあ、俺は幸せ者だってな)
 前の生の自分などよりも、ずっと。キャプテン・ハーレイだった自分よりも、ずっと。
 平凡な古典の教師だけれども、柔道も水泳もプロの選手ではないけれど。
 それでも幸せ者だと思う。
 今度はブルーを、愛するブルーを、堂々と伴侶に出来るのだから…。

 

       変わっちゃいない・了


※ハーレイ先生の実感としては、自分が誰でも、とにかくブルー。大事なのはブルー。
 キャプテン・ハーレイよりも幸せな古典の教師って、世の中、分からないものですねv





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