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カテゴリー「書き下ろし」の記事一覧
(いきなり食いたくなるんだよなあ…)
 不思議なことに、とハーレイが浮かべた苦笑い。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それをお供に。
(…俺にしては、珍しい晩飯だったが…)
 美味かったしな、と今日の夕食を振り返る。
 炊いた御飯はあったけれども、他には何も作っていない。
(あの店に行ったら、誘惑に負けてしまうってモンで…)
 サラダなどのサイドディッシュも、セットで購入してしまった。
 ついでに「スープもお願いします」と、テイクアウトの出来る器で頼んだ。
(家に帰れば、そのままレンジで温め直して…)
 湯気の立つスープが出来上がるわけで、メインの料理もサイドディッシュも…。
(レンジに入れたら、説明通りに…)
 温める時間をセットするだけ、それで美味しく仕上がる仕組み。
 店で食べるのと、ほぼ変わらない味になるのが嬉しい。
(…店で食っても良かったんだが…)
 ブルーの顔が頭に浮かんで、気が咎めた。
(あいつの家には寄れてないのに、俺だけが…)
 外食を楽しむのは申し訳ない、とテイクアウトの方にした。
 持って帰って「家で食べる」のなら、少しは後ろめたさが減る。
 「何もしないで、食べるだけ」よりは、レンジで、ひと手間掛けた方がいい。


 今日の夕食は、フライドチキンというものだった。
 学生時代に、友人たちと何度も食べに出掛けた、何処にでもあるチェーン店。
(フライドチキンは、特に珍しくもないんだが…)
 専門店とは違う店でも、置いていたりもする。
 「普段は買わない」ものなのだけど、今日は突然「食べたくなった」。
 ブルーの家には寄れない時間に、学校を出て、家に帰ろうと車で走っていた時の思い付き。
(…今夜は何にするかな、と…)
 夕食の献立を考えながらの運転中に、「フライドチキン」と不意に思った。
 「長いこと食べていなかったよな」と、店まで目の前に見えるよう。
(…せっかくなんだし…)
 幸いなことに、調理を急ぐ食材は「家には無い」。
 冷蔵庫の中身を頭の中で確認してから、「よし!」とハンドルを切った。
 いつもの食料品店とは違う方へと、真っ直ぐ車を走らせてゆく。
 目指す先は「フライドチキンの専門店」で、駐車場だって充分にある。
(滅多に、行きやしないんだがなあ…)
 それでも食いたくなるモンだ、と着いたら急いで車を停めて、店の中へと。
「いらっしゃいませ!」
 店員が明るく声を掛けて来たから、メニューを見ながら注文した。
「フライドチキンを、このセットで。スープもテイクアウト、これを一つ」
「かしこまりました!」
 元気一杯の返事が返って、じきに頼んだ品が出来て来たから、持って帰った。
 家に着いたら、着替えを済ませて、炊いた御飯を盛り付けて…。
(後はレンジのお世話になって…)
 「食べたかった料理」を、心ゆくまで楽しんだ。
 「そういや、こういう味だったっけな」と、店ならではの味を噛み締めながら。
(…あの味だけは、家で作ったんでは…)
 どうにも再現出来ないんだ、と自分自身に言い訳をする。
 店の秘伝のスパイス配合、それは明らかにされていないし、再現するのは難しい。
 挑んだ人は数多いのに、未だに出来ない「再現レシピ」。
 だからいいんだ、と「外食もどき」には満足している。
 店で食べるのが一番だけれど、其処の所は「踏み止まった」自分の自制心も充分だろう。


(…手抜きの飯には違いなくても、美味かったしな…)
 たまにはいいさ、とコーヒーのカップを傾ける。
 「こんな日だってあるもんだ」と、書斎で一人で頷きもする。
(…あいつが帰って来る前の頃は…)
 小さなブルーと再会するよりも前は、こんな夕食が何度もあった。
 フライドチキンもあったけれども、他にも色々なパターンが存在していた。
(…あいつに遠慮しなくていい分、店で食うのもありがちで…)
 仕事の帰りに思い付いたら、そっちへ車を走らせていた。
 ハンバーガーの店やら、ラーメン店やら、「食べたくなった」気持ちが導くままに。
(それなのに、とんと御無沙汰で…)
 久しぶりだった「フライドチキンの夕食」。
 家で温め直した味でも、フライドチキンは美味しかったし、サイドディッシュも美味。
(サラダまで買って来たわけで…)
 本当に俺には珍しいよな、と振り返るけれど、誰にだってあることだろう。
 思い付いた「何か」が食べたくなるのは、誰でも共通だと思う。
(それを狙って、広告で…)
 様々な食べ物を売り込むのだから、釣られる人が「多い」証拠でもある。
(広告でなくても、店の前を通り掛かったら…)
 写真までついた看板があったり、美味しそうな匂いが漂って来たりもする。
(そうやって誘って来るんだし…)
 釣られちまうのが「人間」っていうヤツだよな、と自分自身に照らしてみれば良く分かる。
(俺には、好き嫌いが無いと言っても…)
 今夜のフライドチキンのように、ついつい「食べたくなる」のは、否定はしない。
 「好き嫌い」とは、恐らく別の次元になるのだろう。
 仕方ないよな、と手抜きの夕食を思い出していて、ハタと気付いた。
 「好き嫌いが無い」のは何故なのか、という自分の事情という代物に。


(…俺に、好き嫌いが無いっていうのは…)
 子供の頃からの性質だったし、生まれつきだと考えていた。
 選り好みしない遺伝子を持っているのに違いない、と頭から信じ込んでもいた。
(…しかしだな…)
 どうやら「間違っていた」らしい。
 「好き嫌いが無い」のは、遠く遥かな時の彼方で生きた「自分」のせいだった。
 食べ物の好みなど言ってはいられない、生きていくのが精一杯だった環境。
(…あの船でも、好き嫌いを言ってたヤツらは、ちゃんといたんだが…)
 前のハーレイの場合は「言わない」タイプで、長い歳月を生きていた。
 自分でも全く気付かない魂の奥に、「好き嫌いを言わない」前の自分が存在している。
 そのせいで「好き嫌いが無い」のが、今のハーレイ。
 もちろん、今のブルーも同じで、好き嫌いが無いわけだけれども…。
(…将来、あいつと暮らし始めて…)
 一緒に食事をするようになったら、今日のような場面はどうなるのだろう。
(あいつが、家で待ってるんだし…)
 「飯のことなら任せておけ」と、何度もブルーに話している。
 当然、ブルーは、夕食の支度はしていない。
(飯くらいは炊いていそうなんだが…)
 炊飯器に任せておけばいいから、「御飯」はブルーの担当になるとは思う。
 とはいえ、ブルーがやるのは「其処でおしまい」、料理は「ハーレイが帰宅してから」。
(今日の晩御飯は、何になるのかな、と…)
 楽しみに待っている「ブルー」が家にいるのに、フライドチキンを持って帰るのはどうか。
 いくら「好き嫌いが無い」と言っても、「今夜はコレだぞ」と、差し出されたのが…。
(…フライドチキンの店の袋じゃ…)
 ブルーは赤い瞳を真ん丸にして、「晩御飯、これ…?」と玄関先で立ち尽くしそう。
 レンジで温め直せば「美味しくなる」のを分かってはいても、ガッカリするのは間違いない。
 何処から見たって「手抜きの夕食」、ブルーが炊いた「御飯」以外は、出来合いだから。


 そいつはマズイ、と冷汗が流れそうなハーレイだけれど、いつか、そういう日が来そう。
 「これが食べたい」と思い付いた品が、その日の食事に「そぐわない」時。
(…家で食う時もそうだが、出掛けた先でも…)
 ハーレイの気分は「ラーメン」なのに、ブルーの瞳が向いている先は和食の店だとか。
(…今日みたいに、いきなり食べたくなったら…)
 どうするんだ、と自分自身に問い掛ける。
 「我慢するのか」、ブルーを「付き合わせる」のか、どちらの道を選ぶんだ、と真剣に。
(……うーむ……)
 思い付いたのが俺でなければ、と悩むくらいに「難問」だという気がしてくる。
 もしも、ブルーが「今日の夕食、これがいいな」と唐突に言ったら、快く…。
(メニュー変更で、家にある食材、チェックしてから…)
 手早く作り上げる自信ならあるし、食材が無ければ買いに走りもするだろう。
 けれども、逆に「ハーレイが、食べたくなった」方なら、どっちにするかはハーレイ次第。
 ブルーに呆れられてもいいから、付き合わせるか、我慢して次の機会を待つか。
(…はてさて…)
 こいつは困っちまうぞ、と悩ましいけども、その時が来たら、きっと楽しい。
(あいつのためなら、と我慢する俺も、強引に付き合わせちまう俺も、だ…)
 どちらも「ブルーを中心」に回る世界だからこそ、起きる出来事。
 回る軸の中心を「自分に寄せる」のも、「ブルーにしておく」のも、自由に選べる。
 青い地球の上に二人で生まれて来たから、楽しく悩める。
 「食べたくなったら、どうするんだ?」と。
 付き合わせるのか、グッと我慢して「食べたい」気分を抑え込むのか。
 「俺は、フライドチキンが食いたいんだがなあ…」などと、愛おしいブルーを思いながら…。



            食べたくなったら・了


※夕食が出来合いだったハーレイ先生。食べたくなったら、買いに行きたくなるのが人間。
 将来、ブルー君と暮らし始めたら、どうするのか。付き合わせるか、我慢か、悩ましいかもv







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(今日は、失敗しちゃったよね…)
 ママが教えてくれてたのに、と小さなブルーが零した溜息。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(…ママが作った、スイートポテト…)
 今日のおやつは、それだった。
 学校から帰る時間に出来上がるように、母が調整してくれていた。
(だけど、ちょっぴり…)
 帰宅した後、出遅れた。
 着替えたまでは良かったけれど、其処で机の上に気を取られた。
 昨日の夜に、途中まで読んだ本を置いてあったせいで。
(続き、とっても気になってて…)
 昨夜は寝るのが惜しかったほどで、夜更かししてでも読みたかった。
 けれど、身体は丈夫ではない。
 夜更かししたなら、風邪を引くとか、ろくなことにはなりそうもない。
(だから諦めて、大人しく…)
 ベッドに入って眠ったわけで、今朝も読んでいる時間は無かった。
 学校に持って行って読むという手もあったけれども、それはなんだか…。
(…せっかくの山場に、もったいなくて…)
 家に帰って、ゆっくり読もう、と思い直して、机の上に置いたままで出掛けた。
 その本が目に入ったことが、出遅れた理由。
(…おやつの後には、すぐに読めるしね…)
 ほんの一行、読んで行くだけ、と手に取ったのが敗因だった。
 そのまま本に吸い付けられてしまって、気付いた時には、母の呼び声がしていた。
(ブルー、まだなの、って…)
 呼んでいるから、急いで階段を下りて行ったら、母は庭仕事に出掛ける所。
(おやつの用意は出来てるから、って教えてくれて…)
 母は花壇の手入れに行ってしまって、ブルーは一人で残された。
 テーブルには、お茶のポットとカップが置かれて、お菓子の皿もあって、申し訳ない気分。
 いつも通りに直ぐに来たなら、お菓子は「出来立て」を食べられる筈だったから。


 母が作ったスイートポテト。
 サツマイモを潰して、滑らかに漉して、綺麗に形を整えたもの。
 オーブンから出したばかりだったら、熱々だったに違いない。
(温め直すと、美味しいわよ、って言ってたし…)
 熱い方が美味しいことも知っているから、温め直すことにした。
(…レンジでもいいけど、ママのオススメ、トースターに入れて…)
 ほんの数分、焼いて食べるという方法、その方がレンジでやるより美味しいだろう。
 母はオーブンで焼き上げたのだし、それの再現といった具合で。
(…ママが教えてくれた通りの時間と、温度にしておいて…)
 スイートポテトをトースターに入れて、後は待つだけ。
 数分なのだし、新聞でも読んで待てばいい。
 面白そうな記事もあったし、楽しく読んでいたのだけれど…。
(…トースターの方から、美味しそうな匂いがしてたのが…)
 焦げる匂いに変わっていたのに、気付くのが少し遅かった。
(あっ、大変、って…)
 慌てて飛んで行ったけれども、スイートポテトは、真っ黒に焦げてしまっていた。
 母に言われた通りに、ちゃんと温めていたというのに。
(…時間の設定、間違えたかな、ってトースターを睨んでいたら…)
 母の教えを「守らなかった」ことに気付かされた。
 おやつに遅刻したせいで、頭の中が整理されてはいなかったらしい。
(…トースターなら、ホイルで丸ごと包んでから…)
 入れなさいね、と母は確かに言って出掛けた。
「でないと、焦げてしまうわよ」とも。
 (…そんなの、覚えていなかったし…)
 スイートポテトを、お皿の上から、トースターの中へ移動させただけ。
 後は温度と時間を決めて、スタートさせたのだから、たまらない。
 スイートポテトは焦げて当然、こんがりどころか、炭みたいな見た目になってしまった。


(…中身までは、まだ焦げてはいないかな、って…)
 しょげながら皿の上に戻して、紅茶を淹れていたら、母が戻った。
 焦げたスイートポテトを見るなり、「あらまあ…」と目を丸くしていたけれど…。
(他にもあるから、待っていてね、って温め直して…)
 美味しいものを渡してくれて、焦げた方のは、母の分になった。
 「大丈夫、中はホクホクだから」と、レンジで温めて、焦げた部分を全部、剥がして。
(…ホントに、中までは焦げていなくって…)
 母は笑顔で食べていたのが、今日の「失敗」、母に迷惑を掛けてしまった。
 もしも焦がしてしまわなかったら、庭仕事から戻った後には、満足の休憩時間だったろう。
 夕食の支度に取りかかる前に、紅茶でも淹れて、スイートポテト。
 焦げてしまったものではなくて、ちゃんと綺麗に温め直して、ホクホクのものを。
(……大失敗……)
 おやつに遅れて、おまけに焦がしちゃうなんて、と情けない。
 母は「こういう日だって、たまにあるわよ」と可笑しそうだった。
 「ブルーは滅多に失敗しないし、面白い顔を見ちゃったわ」とクスクス笑いで。
(…ションボリした上、半分、パニックだったしね…)
 面白い顔になっていたのは、本当だろう。
 普段のブルーでは、とても見られない「珍しい」見世物。
 とはいえ、それで失敗したのが、帳消しに出来るわけもない。
 焦げたスイートポテトは、暫くの間、母の記憶に残りそう。
 次に「温め直す」ようなことがあったら、茶目っ気たっぷりに言われるのだろう。
 「温め直す時には、気を付けてね」と、今日の失敗を引き合いに出して。
 「きちんとホイルで包むのよ」と念を押したり、他にも注意をしたりもして。


(…ホントに、失敗…)
 いつまで言われちゃうんだろう、と肩を落として、ハタと思い当たった。
(……今日の失敗、ママの前だったから……)
 まだしもマシな方だったろう。
 あの時、近くに父もいたなら、もっと笑われて、父にも当分、注意されそう。
 「お前は焦がすから、気を付けるんだぞ」と、くどいくらいに。
(…だけどパパなら、まだマシな方で…)
 未来のぼくが心配だよ、と首を竦めた。
 今は「母におやつを作って貰う」立場だけれども、将来は違う。
 ハーレイと一緒に暮らし始めたら、おやつを作る係は、多分、ハーレイ。
(…ハーレイが好きな、ママのパウンドケーキだけは…)
 自分で焼きたいし、焼けるようにもなるだろう。
 けれど、ハーレイは、今も昔も、料理の腕は抜群なだけに…。
(…ぼくが作るの、パウンドケーキだけで…)
 他のお菓子は、料理とセットで、ハーレイが作る毎日。
 仕事がある日も、作っておいて出掛けるくらいに、ハーレイは腕を奮うと思う。
 「今日の昼飯、コレだからな。おやつも、作っておいたから」と、毎朝、満足そうに。
(…そうやって作っておいてくれたの、焦がしちゃったら…)
 今日のスイートポテト以上に、申し訳なくて、情けない気分になってしまいそう。
 「焦がしちゃったよ…」と、半ば泣き顔になっている日もありそうな気がする。
 真っ黒焦げになった「何か」を、涙が滲んだ瞳で見詰めて。
(…せっかく作ってくれたのに、って…)
 平謝りに謝りたくても、ハーレイは「いない」。
 仕事に出掛けて留守にしていて、仕事の真っ最中なのかもしれない。
 ブルーの方は「おやつの時間」で、のんびりとお茶を淹れていたって。


(……最低だよ……)
 ハーレイの心尽くしを真っ黒に焦がしてしまった上に、謝るチャンスも夜まで来ない。
 「焦げてしまった、おやつ」の代わりも、余分に作ってあった時しか無い。
(…あればいいけど…)
 無かった時には、真っ黒焦げのを食べるしかなくて、本当の美味しさは分からない。
 帰って来たハーレイに、二重の意味で謝る羽目に陥るのだろう。
 「ごめんなさい、おやつ、焦がしちゃった」と、「本当の味も、分からなかったよ」と。
(…そんなの、悲惨すぎるから…!)
 だけど、やりそう、と文字通り震え上がりそう。
 ハーレイと一緒に暮らし始めたなら、きっと、いつかは、そういう失敗。
(……ごめんなさい……!)
 今の間に先に謝っておくからね、とハーレイの家の方向を向いて謝った。
 「今日は失敗しちゃったんだけど、未来のぼくも、やりそうだから」と、頭を下げて。
(…ホントのホントに、ごめんなさい…!)
 気を付けるけど、きっと、やっちゃう、と未来のハーレイに向かって謝るしかない。
 まだまだ先の話だけれども、その時になって謝りたくても、ハーレイは、仕事中だろうから。
(作って行ってくれたの、焦がしちゃったら、ホントに、ごめん…!)
 お菓子どころか、お料理の方も焦がしそうだし、と情けないけれど、それが現実。
 「パウンドケーキしか、作れないブルー」に、お似合いの未来。
(…やっぱり、お料理、出来るようにしておいた方がいいのかも…)
 などと思ってはみても、ハーレイのことだし、「俺が作る」になってしまいそう。
 それに甘えて、いつの間にやら、油断した挙句…。
(…ハーレイが作ってくれたのを…)
 焦がしちゃうんだ、という気しかしないから、謝り続ける。
 先の未来にいる「ハーレイ」に向けて。
 「焦がしちゃったら、ごめんなさい」と、今の内から、精一杯の謝罪をこめて…。



            焦がしちゃったら・了


※お母さんが作ったスイートポテトを、焦がしてしまったブルー君。うっかりミスで。
 ハーレイ先生と暮らし始めても、やりそうな失敗。今の内から謝っておく方がいいかもv






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(…俺としたことが…)
 今日は失敗しちまったな、とハーレイが浮かべた苦笑い。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それはお馴染み。
 今夜は、他にも「お仲間」がいる。
 皿に載せて来た夜食と言うか、おやつと言うか。
(…時間的には、ちと遅いんだが…)
 食うのは俺の自由だしな、とハーレイが眺めるものは、みたらし団子。
 今日は帰りが遅かったけれど、中途半端な時間だった。
 ブルーの家に寄るには遅かっただけで、家に帰るには、さほど遅くなかった。
(…そうなるとだ…)
 少し余裕が出来てくるから、食料品店へ寄った所で、いいものを見付けた。
 出張販売に来ていた店で、みたらし団子が焼かれている。
(美味そうな匂いだったし、買って帰るか、と側に行ったら…)
 焼き上がった団子たちの隣に、半製品のが置かれていた。
 店の秘伝のタレが添えられ、団子も串に刺してある。
(…買って帰って、家で炙れば…)
 出来立ての味を再現出来るのが、売りだという。
(焼けているのを買って帰ったんでは、冷めちまうしな…)
 コレにしよう、と半製品のを買うことにした。
 家に帰れば夕食の支度などもあるし、ゆっくり味わうのならば、断然、半製品がいい。
 「一つ下さい」と注文したら、店員は親切に教えてくれた。
 焼くなら時間はこのくらい、タレも温めておくと美味しいから、と。


 そういうわけで、今夜は「みたらし団子」が皿の上にいる。
 コーヒーの友には、丁度いい。
(…美味いんだがなあ…)
 団子もタレも絶品なんだ、と頬張るけれども、悔やまれる点があるのが惜しかった。
 夕食の後に片付けをしてから、焼くことにした「みたらし団子」。
(どうせ一度に食っちまうんだし、と…)
 網に並べて焼き始めたまでは良かった。
 「このくらいかな」と火加減だって調整したし、上手く焼き上がる筈だった。
(…其処で失敗…)
 みたらし団子は、あくまで「団子」。
 魚や肉を焼くのとは違う。
 半製品でも「炙るだけ」の所まで出来ているわけで、表面が熱くなって来たなら…。
(火が通るのは、早いってな…)
 其処の所を忘れてたぞ、と我ながら情けなくなる。
 自分自身に言い訳するなら、こうだろう。
(…正月はとうに過ぎた後だし、餅を焼くようなことも無いから…)
 炙り方が、料理の方になっちまうんだ、としか言いようがない。
 「みたらし団子」は、店に並べられていた品に比べて、色黒の団子になってしまった。
 つまり「表面が焦げた」状態、真っ黒までは行っていないのが不幸中の幸い。
(…いい感じだな、と思った所で、火から離せば…)
 こんな姿にはならなかった、と焦げた団子が悲しいけれど、仕方ない。
(まあ、パリッとした皮も味わえる、とでも…)
 思っとくか、と夜食を味わう。
 固くなるほど焦げてはいないし、タレもあるから、充分、美味しい。
(…焼き上がったのを買って返って、温め直すよりは…)
 美味いんだしな、と負け惜しみをマグカップに向かって言ってみた。
 「お前さんには分けてやらんぞ」と、ニッと笑って。


 マグカップは、何も言わなかった。
 みたらし団子を寄越さない「ハーレイ」に、文句を言いはしなかったけれど…。
(…文句と言えばだな…)
 あいつなんだ、と頭に浮かんで来た、小さなブルー。
 「ハーレイ、今日は来てくれなかったよ…」と、不満だったに違いない。
 もしもブルーが、此処にいたなら…。
(焦げた団子に、文句たらたら…)
 プンスカ怒っちまっていそうだよな、とハーレイは軽く肩を竦めた。
 此処にいるのが「ブルー」だった時は、「分けてやらんぞ」と言える相手ではない。
 むしろ、みたらし団子は「ブルー」優先、ブルー用に買って来ることになっていたろう。
(…今だからこそ、俺が一人で暮らしてて…)
 好きに夜食を食べているけれど、いずれは、一人暮らしに「さよなら」を告げる。
 ブルーと一緒に暮らし始めて、食事も夜食も、ブルーと食べるわけだから…。
(今日みたいに、焦がしちまったら…)
 あいつの分も焦げるわけだ、と冷汗が出そう。
 きっとブルーは、笑って許してくれると思いはしても、自分が悲しい。
 「焦がすなんて」と、失敗したことを悔やんで、ブルーの分まで焦がしたことが悔しくて…。
(焦げた中から、マシなヤツをだ…)
 コレとコレだな、と選び出してから、ブルーに渡すのだろう。
 「すまんな、少し焦がしちまった。この辺は、少しマシだからな」と。
(…情けない上に、申し訳ない…)
 ブルーに、焦げた団子なんて、と「後悔先に立たず」を痛感させられる。
 今夜のような「少し失敗」をやらかした時は、そうなるしかない。
(…お前さんなら、何も問題無いんだがなあ…)
 お前さんも、古い馴染みなのに、と愛用のマグカップに愚痴だけれども、一方で少し嬉しい。
 ブルーが此処にいる時が来たなら、普段は、幸せ一杯だから。


 一人きりの「気ままな時間」もいい。
 みたらし団子を買って、一人で炙って、焦げたのを頬張る時間も、楽しくはある。
(とはいえ、あいつと一緒だったら…)
 毎日が、もっと充実していて、張り合いだってあることだろう。
 仕事に行くのも、家事をするのも、今よりも、ずっと。
(…そんな中でも、今夜みたいな失敗を…)
 やらかす時が来るんだよな、と「やらかす」方の自信ならある。
 ブルーと話しながら炙っている間に、焦げていたとか。
(…ありそうだぞ…)
 でもって、きっと、やっちまうんだ、と「ブルーの文句」が怖いけれども、それも今だけ。
 「ハーレイと一緒に暮らせない」から、ブルーは不満をぶつけて来る。
 何かといえば頬をプウッと膨らませては、フグみたいな顔になったりもする。
(あの頬っぺたを、両手でペシャンと…)
 潰してやって「フグが、ハコフグになっちまった」と笑い飛ばせるのも、今の間だけ。
 一緒に暮らせる時が来たなら、ブルーは、今のブルーのようにはならない。
(あいつの分まで、焦がしちまっても…)
 文句どころか、逆に謝ってくれるのだろう。
 「ごめんね、ハーレイ…。話し掛けてた、ぼくが悪いんだよ」などと、申し訳なさそうに。
(…ついでに、あいつのことだから…)
 酷く焦げた方を「ぼくが貰う」と、選び出していそう。
 「いや、大丈夫だ、俺が食うから!」と、慌てて止めに入る「自分」の姿が目に見えるよう。
 でないとブルーは、本当に「持ってゆく」だろう。
 自分用の皿に「焦げたものばかり」載せて、自分の席へと。
(…今のあいつは、まだチビだから…)
 きっと文句を言う方なんだ、と確信はしても、育ったブルーは違っていそう。
 前のブルーと「そっくり同じ」に、ハーレイのことを気遣うようになって。


(……うーむ……)
 それは喜ばしいことなんだが…、と思うけれども、文句を言って欲しくもある。
 「なんで、ハーレイ、失敗したの!?」と、焦げてしまった「みたらし団子」を見て。
 「もっと綺麗に焼けていたなら、もっと美味しく出来た筈だよ」と、未練がましく。
(…そういうブルーが、出来ちまっても…)
 俺としては、ちっともかまいやしないんだ、という気もする。
 前のブルーのように「気遣い過ぎて」、仲間たちのためにメギドまで飛んでしまうよりかは。
(…もしも、団子を焦がしちまったら…)
 文句たらたら、「ハーレイ、ウッカリしてたんじゃない?」と顔を顰めるブルーでもいい。
 酷く焦げた分を選ぶどころか、「マシなの、コレとコレだよね?」と逆の選び方。
 「ぼくはマシなの、食べておくから」と、焦げた分は全部、ハーレイに押し付けて来る。
 話し掛けて来た「ブルー」のせいで、焦げてしまった団子だろうが、遠慮しないで。
(…そうだな、下手に気遣うブルーよりかは…)
 文句なブルーの方がいいかもしれん、と大きく頷き、焦げた団子を頬張って笑む。
 「そうだ、理想は、こういうブルーかもな」と、思い付いた「ブルー」を頭に描いて。
 みたらし団子でも、他の料理でも…。
(俺がウッカリ、焦がしちまったら…)
 酷く焦げた分を選ぶわけでも、その逆でもなくて、「半分ずつがいいね」と笑顔のブルー。
 「分けて食べれば、焦げているのも、半分になるよ」と。
 「美味しい所も、焦げた所も、半分こで」と、笑ってくれる「ブルー」だといい。
 気遣いは「そのくらい」が、きっといいんだ、と心から思う。
 前のブルーのようになるより、「半分こして食べようよ」と微笑むブルーの方が、きっと…。



            焦がしちまったら・了


※みたらし団子を焦がしてしまった、ハーレイ先生。結婚した後も、やりそうなミス。
 そういう時に、ブルー君なら、どうするか。半分こを提案するブルー君だと、いいですよねv








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(ちっとも覚えていなかったなんてね…)
 ハーレイのこと、と小さなブルーが浮かべた苦笑。
 そのハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(…ハーレイ、今日は来てくれなかった、って…)
 考えただけでもガッカリするのに、其処まで大事なハーレイのことを、忘れていた。
 今のブルーの話ではなくて、今年の五月三日が訪れるまでの人生の中で。
(…聖痕が出たら、一瞬で思い出したけど…)
 実の所は、聖痕の前兆が現れた時には、怖い思いをしていた。
(もし、本当に、ソルジャー・ブルーの生まれ変わりだったら…)
 当時の記憶を取り戻した途端に、「今のブルー」は消えてしまうかもしれない。
 十四年間も生きて来た「ブルー」は「仮の姿」で、元の「ブルー」になってしまって。
(…そんなの怖い、って泣き出しそうで…)
 絶対に嫌だと恐れていたのに、現実は違った。
(…前の記憶が戻って来たら、目の前にハーレイがいて…)
 前の生での恋の続きが始まったわけで、二人分の幸せを噛み締めている。
 うんとお得で、素敵なことが溢れているのが「今の人生」。
(でも、前のハーレイのこと、聖痕が出るまでは…)
 綺麗サッパリ忘れて生きていたのが、情けないような気分にもなる。
 時の彼方で命尽きる時、深い絶望の淵にいたのが信じられない。
(…もうハーレイには、二度と会えない、って…)
 泣きじゃくりながら死んでいったくらいに、ハーレイを想い続けていた。
 二度と会えないままになっても、忘れたいと願いはしなかった。
 なのに、こうして「生まれ変わった」今の自分は、ハーレイを覚えているどころか…。
(…歴史の教科書とかで見たって、昔の偉い人なんだ、としか…)
 思わないまま、「今のハーレイ」に出会うまでの日々を過ごした。
 薄情にも程があるだろう。
 あれほど愛した「ハーレイ」のことを、まるで覚えていなかったなんて。


 そうなった理由に、心当たりは「ある」。
 聖痕をくれた神様のせいで、そうなるように仕組まれていた、と。
(…今のぼくが、ハーレイのことを覚えていたなら…)
 人生、きっと変わってたよね、と容易に想像が出来る。
 いくら本物の両親がいても、愛されていても、のびのびと生きられはしなかったろう。
(…だって、覚えているんだものね…)
 自分が誰か、というのはともかく、「ハーレイ」がいない人生は辛い。
 ハーレイとの絆が切れたのかどうか、それも確認出来そうにない。
(今のぼくまで育って来たって、難しいよね…)
 同じ地球の上に「ハーレイ」がいても、どうやって見付け出せばいいのか。
 十四歳にしかならない子供の身では、新聞に広告も出せないだろう。
 もちろん「探しに出掛ける」ことも出来ない。
(今のぼくでも、そうなんだから…)
 生まれた直後の「赤ん坊」なら、尚更のこと。
(…病院で生まれて、目を開けてみたら…)
 前の生の最後に「撃たれた右目」が、「見えている」事実に気付くと思う。
 「何故、見えるんだ?」と驚いて、周りを探ろうとしても…。
(…ぼくのサイオン、うんと不器用になっちゃったから…)
 いきなり盲目になったかのように、「何も見えない」。
 両目の視力はあるというのに、サイオンの瞳で「見る」ことが出来ない。
(…耳も同じで…)
 補聴器は無しで聞こえている、と驚きはしても、サイオンで思念を拾えない。
(…自分の目と耳だけで、探るしかなくて…)
 焦りながらも懸命に事態を把握しようと努力し続けて、どの辺りで「現実」を見付けるやら。
 「今の自分」は、「ソルジャー・ブルー」ではなく、生まれたばかりの「赤ん坊」。
 ベッドの「ブルー」を覗き込むのは、生んでくれた母と、血の繋がった父。
(……衝撃の事実……)
 どれほどショックを受けるんだろう、と「今のブルー」は肩を竦めた。
 おまけに「ハーレイ」が「何処にもいない」。
 前の生では、恋人としても、右腕としても、「ハーレイ」を頼りにしていたのに。


(…そのハーレイが、いなくなってて…)
 赤ん坊の姿で、今の人生を歩んでゆくしかない。
 今の世界の中の何処かに「ハーレイ」もいるのか、それさえも分からないままで。
(…毎日、溜息ばっかりかも…)
 可愛くない赤ちゃんになってしまいそう、と思っただけでも、神様の意図が読み取れる。
 「今の人生を楽しみなさい」と、「前の生の記憶」を封じたのだ、と。
(…ハーレイを忘れていないままだったら…)
 溜息だらけの「赤ん坊時代」が過ぎた後には、幼稚園に行く。
 幼稚園児になれば、少し世界が広くなるけれど…。
(…行き帰りの幼稚園バスの窓を、じっと見詰めて…)
 窓の外を行く人を眺めて、「ハーレイ」を探し続けていそう。
 対向車の窓まで、気を配るかもしれない。
(すれ違う車に、乗ってないとは限らないしね…)
 目を皿のようにしての「ハーレイ探し」に、幼稚園バスでの往復は費やされる。
 「ハーレイを忘れ去っていた」今の「ブルー」は、往復の時間を満喫していたというのに。
(…毎日、好奇心で一杯で…)
 窓の向こうの景色や、店や、犬の散歩にも興味津々。
 雨降りで視界が悪い日でさえも、水溜まりなどに注意を向けていた。
 「あの車が来たら、水溜まりの水が飛び散るかな?」といった具合に。
(…幼稚園でも、休み時間はウサギ小屋とか…)
 覗きに行くのが好きだったけれど、「ハーレイを探し続けるブルー」だったら違ったろう。
(…休み時間は、門の側にいたか…)
 外を見られる場所に陣取って、「ハーレイ探し」で終わってしまう。
 幼稚園の外を「通るかもしれない」と、懐かしい人影を探し続けて、追い求めて。


 それだけ必死に探し続けても、ハーレイは「いない」。
 同じ町の中に「住んでいる」のに、会える機会は訪れないまま。
(…聖痕が出るまで、時期は来ないんだし…)
 無駄に費やす時間ばかりで、学校に入った後にも、似たような人生になる。
 幼稚園児の頃よりも「世界が広がった」分だけ、探せる場所が増えるのだから。
(…友達と出掛けて行くにしたって…)
 いつもキョロキョロ、落ち着きの無い「ブルー」が出来上がりそう。
 遠足にしても、はしゃぐよりも先に「ハーレイ探し」。
(行きのバスでも、帰りのバスでも、行った先でも…)
 いつもと違う場所に来たから、と普段以上に注意しながら「ハーレイ」を探す。
 何処かにチラリと見えはしないか、うんと遠くに見える人まで注目して。
(…これじゃ駄目すぎ…)
 ぼくの人生、台無しだよね、と溜息しか出ない。
 成績は悪くないだろうけれど、それ以外の部分は「駄目な人生」。
 せっかく「青い地球」に来たというのに、嬉しいとさえ思わないのだろう。
 「ハーレイは何処にいるんだろう?」と探すばかりで、景色にも、本物の両親にも…。
(目を向けないで、ハーレイばかりを探し続けて…)
 子供らしくなくて、新しい命を貰ったことへの感謝も、多分、無さそう。
(…そんなの、神様だって…)
 嫌だろうから、忘れさせたんだよ、と分かっているのは本当だけれど…。


(…覚えていたなら、ホントに最悪…)
 駄目すぎだよ、と思ってはいても、忘れていたことは、やっぱり悲しい。
 「ハーレイ」を忘れて「十四年間も」、自由気ままに生きていただなんて。
(…可愛くなくても、溜息ばかりの赤ん坊でも…)
 ハーレイを覚えていたかったよ、と思った所で、ハタと気付いた。
(…ぼくは覚えたままでいたって、ハーレイの方は…?)
 ぼくを覚えていてくれるわけ、と自分自身に問い掛けるまでもなく、答えは明らか。
 「今のハーレイ」の記憶が戻って来るのは、「今のブルーに出会えた時」。
 つまり、ブルーが「懸命に探し続けた間」も、ハーレイの方は「普通の人生」。
 充実した子供時代を過ごした後は、柔道や水泳に打ち込む学生時代で、それから教師に。
(…先生をやってるハーレイ、楽しそうだしね…)
 仕事が忙しい時だって、と知っているから、今のハーレイの人生は幸せで溢れている。
 そうやって「新しい人生」を歩んで来た「ハーレイ」と、「忘れなかったブルー」が出会う。
 ハーレイは喜んでくれるけれども、ブルーが「探し続けていた」ことを知ったら…。
(…ハーレイ、うんとショックだよね…)
 どうして「ブルーを忘れていられたのか」と、ハーレイは悔やむに違いない。
 「覚えていたせいで」台無しになった、今のブルーの人生の方にも、思いを馳せて。
(……ハーレイ、きっと傷付いちゃうよ……)
 とても真面目な「ハーレイ」だけに、一生、謝り続けていそうでもある。
 「すまん、忘れてしまっていて」と、何度も何度も、繰り返して。
(…そんなハーレイ、見てるだけでも辛くなるから…)
 ぼくがハーレイを覚えていたなら、そうなっちゃうし…、と改めて神に感謝する。
 「覚えていなかったことは、悲しいんだけれど、これでいいから」と。
 「もしも、ハーレイを覚えていたなら、ぼくもハーレイも、辛くなってた筈だものね」と…。



             覚えていたなら・了


※生まれ変わってから、ハーレイのことを忘れ去っていたブルー。正確にはブルー君。
 もしもハーレイを覚えていたら、人生が台無しになりそう。ハーレイ先生も、後悔は確実。







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(よくも忘れていられたよなあ…)
 あいつのことを、とハーレイは、ふと考えた。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
 もちろん、「あいつ」は、ブルーのことを指している。
 青い地球の上に生まれ変わって再会してから、忘れた日など、一日も無い。
(…前の俺だって、地球の地の底で…)
 瓦礫が崩れ落ちて来て、死ぬ瞬間まで、ブルーを忘れはしなかった。
(これで、あいつの所へ行けるんだ、と…)
 夢見るように思いながら死んで、気付いたら、今の人生で…。
(目の前で、あいつの目から血が出て…)
 全てを思い出したわけだけれども、それまで「忘れ果てていた」。
 「ソルジャー・ブルー」の写真を見ようが、話を聞こうが、何も思いはしなかった。
(…薄情と言うにしても、酷すぎるぞ…)
 すっかり忘れちまっていたなんて、と情けない。
 あれほど愛した「ブルー」のことを忘れて、のうのうと生きていたなんて。
(…なんとも、情けないんだが…)
 多分、神様のお計らいだな、という気がする。
 もしも「ブルー」を覚えていたら、今の人生は、まるで違っていただろう。
(…最初から覚えていたとなったら…)
 どうなるんだ、と振り返ってみることにした。
 夜の時間は、考え事には相応しい。


 まずは、今の人生の「最初」、出発地点に立ってみる。
(…今の俺は、隣町の病院で生まれたわけで…)
 八月二十八日だから、暑い盛りで、エアコンの効いた病院の外は、晴れていたと聞く。
 生まれた時点で、前の生での記憶があるなら、最初に母を見て、驚いたかもしれない。
(これは誰だ、と目を見開いて…)
 それから懸命に耳を澄ませて、様子を探る間に、「補聴器が無い」と気付いたろうか。
(今の俺だと、補聴器なんぞは要らなくて…)
 耳で直接、聞こえるのだから、それに気付いて驚きそう。
(そうなるのが先か、自分が「赤ん坊」だと分かるのが先か…)
 どっちなのやら、と考えるけれど、補聴器の方が先になりそう。
(知らない所に来ちまったんだし、下手に動けば命取りだしな…)
 なにしろ「母」が、味方かどうかも分からない。
 自分の身体を見回す前に、周りの状況を把握するべき。
(…実に、とんでもない赤ん坊だな…)
 可愛くないぞ、と苦笑してしまう。
 母が「生みの母」だと分かるまでには、どのくらい時間がかかるのやら。
(…流石に、夜には分かりそうだが…)
 親父がいるのも分かるだろうが、と思うけれども、困ったことに、自分は「赤ん坊」。
(…どうやら生まれ変わったらしい、と把握出来ても…)
 そこから先へは進めない。
(自分の足で歩くどころか、喋ることさえ出来ないってな!)
 赤ん坊でも、思念波らしきものは「使える」らしい。
 ただし、漠然としたもので、「お腹が空いた」と伝わる程度の、拙いもの。
(…いったい、此処は何処なんだ、と訊きたくても…)
 赤ん坊になった身では、複雑な思念を紡げはしない。
(…地球に生まれて来たらしい、と分かるまでにも、何ヶ月も…)
 かかりそうだな、とフウと溜息が出そう。
 いくら「ブルー」を覚えていようが、それどころではないだろう。


 人生の最初に立った時点で、いきなり高いハードルがある。
 「思い通りにならない、赤ん坊の身体」で、それを乗り越えるには何年もかかる。
(…最低でも、幼稚園に行ける程度までには…)
 育たないとな、と子供時代を思い浮かべて、また溜息が一つ零れた。
(…ブルーを探しに行きたくなっても、赤ん坊では、どうにもならないし…)
 幼稚園児まで育って、ようやく「外の世界」で動けるようになる。
 一人で出掛けることは出来なくても、幼稚園までの往復だとか、遠足だとか。
(外の世界ってヤツに、触れる機会が増えるしな…)
 行く先々で、「ブルーがいないか」見回しながら、気を付ける人生が始まりそう。
 銀色の髪の人がいたなら、直ぐに視線で追い掛けるとか。
(…文字は覚えている筈だから、新聞とかも…)
 出来るだけ読んで、「ブルーの手がかり」を探すのだろう。
 両親は「もう、文字が読めるらしい」と喜びそうでも、やっていることは「人探し」。
(…しかしだ…)
 幼稚園児では、新聞に「人を探しています」と、載せて貰うことは出来ない。
 そういう記事を載せるためには、もっと大きくならないと無理。
(…せいぜい、作文…)
 少々、嘘をついたって、と組み立ててみた作文は、こういう中身。
 「ぼくは、前世の記憶があります。その頃の友達に、また会いたくて、書きました」。
 幼い子供が書いた「作文」なのだし、上手くいけば載せて貰えそう。
 「子供らしい、思い付きだ」と、新聞社の人たちも、面白がってくれて、挿絵もつけて。
(…その作文の中に、あいつなら分かってくれそうな「何か」を…)
 織り込んでおけば、何処かで「ブルー」が読むかもしれない。
 そうすれば「ハーレイだ!」と、ブルーの方で、気付いてくれる。
(…でもって、作文を書いた俺にだな…)
 連絡を取ろう、と思ってくれれば、万々歳。
 めでたく「ブルー」に会えるけれども、それは「ブルー」が、そこそこ育っていた場合。
(…新聞を読むような年で、新聞社に連絡を入れて…)
 作文を書いた「ハーレイ」を探せる年なら、何も問題は無いのだけれど…。
(…今のあいつなら、出来るんだろうが…)
 幼稚園児や、赤ん坊なら無理じゃないか、と特大の溜息が零れ落ちた。
 「生まれていない」可能性もあるし、この方法でも、「ブルー」は見付かりそうにない。


 そうやって「ブルー探し」の人生が続いて、いつまで経っても「終わらない」。
 なにしろ、今のブルーが生まれたのは、ほんの14年ほど前に過ぎない。
(…あいつが生まれて、病院を出る日に…)
 病院の前を、ジョギングで走っていたかもしれない、と、前にブルーと話したけれど…。
(銀色の髪に注目しながら、ジョギング中でも…)
 赤ん坊まで目を配ってるとは、思えないぞ、と溜息しか出ない。
 きっと「走りながら、探している」のは、前の生で見ていた「ブルー」が基準だろう。
 初めて出会った「少年の姿」のブルーくらいからしか、「探す」中には入らない。
(…ついでに、今のブルーが病院を出た日は、雪がちらついてて…)
 ブルーは、ストールで包まれていたと、今のブルーから聞いた。
 赤ん坊をストールで包んでいたなら、髪もすっかり隠れていそう。
(冷えないように、って包むわけだし、そうなるよなあ…)
 銀の欠片も見えやしない、と想像がつく。
 「ブルー探し」の対象どころか、気付きもしないで、前を走って行っておしまい。
(…その後にしても、同じ町には、住んでいたって…)
 行動範囲が違っているから、まるで会えない。
 今のブルーが育ち始めて、銀色の髪が目立つようになって来た後でも。
(…小さい頃から、ソルジャー・ブルー風の髪型で…)
 育って来たのが「ブルー」だけれども、出会う機会がまるで無ければ、どうにもならない。
(…おまけに、俺は育ち過ぎてて…)
 ブルー探しの広告とかを、新聞に載せることは出来ても、今度は「ブルー」に伝わらない。
 前の生の記憶を「今のブルー」は持っていないし、新聞で記事を見掛けても、読むだけ。
(…誰を探しているんだろう、って首を傾げて、それっきりだよなあ…)
 これじゃ駄目だ、と何度目か分からない溜息が落ちる。
 「前のブルー」を覚えていたって、出会えないまま、長い歳月が過ぎてゆく。
 今の学校に転任して来た、「あの日」が訪れるまでは、ずっと。


(…ザッと数えても、三十七年だぞ…)
 それだけの間、「ブルー」には会えずに、探し続けて生きる人生。
 柔道や水泳に集中出来たか、それさえも謎。
(…多分、教師にはなったと思うが…)
 人と出会う機会が多いからな、と自信はあるから、「今のブルー」には教室で再会出来る。
 そうは言っても、三十七年もの間、「探し続ける人生」だったら、失ったものも多いだろう。
(…失うと言うか、最初っから…)
 手に入れ損ねたものと言うか…、と頭に浮かんで来るのは、幾つもの優勝トロフィーや盾。
 柔道も水泳も、プロの域までは「行けずじまい」に違いない。
 今の自分の授業中の「雑談」にしても、中身は、うんと薄くなりそう。
(…趣味の雑学、仕入れてるより、ブルー探しで…)
 あれこれ失くしていそうだよな、と苦笑いしか出て来ない。
 そうならないよう、「前のブルー」を「覚えていない」人生を、神様がくれたのだと思う。
(新しい人生を、しっかりと生きて、楽しんで…)
 生まれ変わって来た「ブルー」と出会えた時に、役立つように、沢山の経験と知識。
 それを「積み上げておきなさい」と、神様は「覚えていない」人生にした。
(…きっと、そうだな…)
 あいつのことを、覚えていたら、人生、棒に振っちまうし、とコーヒーのカップを傾ける。
(…忘れちまっていたっていうのは、情けないんだが…)
 これでいいんだ、と「今のブルー」を思い描いて、笑みを浮かべた。
 ブルーとは、無事に出会えたのだし、それだけでいい。
 覚えていたら、出会えるまでの人生は「虚しく過ぎて行っただけ」になるのだし…。
(うん、これでいいんだ)
 情けないのは、御愛嬌だな、と心から神に感謝する。
 今のブルーのために役立ちそうな、様々なことを「得られた」から。
 「覚えていたら」出来なかったことを、それと知らずに、積み上げたから。
 今のハーレイの経験の全てが、今のブルーの「役に立つ」。
 何処かへ出掛けてゆくにしたって、日々の暮らしで、料理をするとか、家事にしたって…。



           覚えていたら・了


※ブルー君と再会するまで、前のブルーを忘れていた、ハーレイ先生ですけれど。
 もしも、最初から記憶があったら、今の人生、変わっていそう。きっと神様のお計らいv






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