カテゴリー「書き下ろし」の記事一覧
(今のぼくなら、前の人生、もっと上手に…)
生きられるかな、と小さなブルーは、ふと考えた。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(…今のぼくはチビで、子供の姿なんだけど…)
前の自分の記憶を全て持っているから、前の生を、上手くやり直すことが出来そう。
(転生モノって、そういう形の話もあるのかな?)
人気が高いジャンルだよね、と今のブルーは、よく知っている。
何かのはずみで「生まれ変わった」人の物語で、その生き様が醍醐味で人を惹き付ける。
(生まれ変わった先で、前の自分の記憶や知識を活かして…)
人生を過ごしてゆくわけだけれど、生まれ変わった人物がガラリと変わってしまう。
意地悪なキャラになるべき所が、いい人になってしまっていて、周りの調子を狂わせたりも。
(…悪役の筈が、優しい人のポジションだったりするんだよ)
自分だったら「此処は、こうする」と思う通りに動き回れば、悪役が善人になっても仕方ない。
他にも様々な物語が幾つもあって、どれも話題を呼んでいるジャンルが「転生モノ」。
(ぼくの場合は、ちょっと珍しいパターンになりそう…)
生まれ変わって「やり直す」んだから、と面白いアイデアに引き込まれてゆく。
前の生を「今の自分」の知識や記憶を活用しながら、やり直してゆくという物語。
(前の人生、やり直すんなら…)
まずは成人検査の所からかな、と「前の自分」の「一番古い記憶」を引っ張り出した。
成人検査でミュウに変化したせいで、人生そのものが狂ってしまって、記憶は其処から始まる。
(…前のぼくの記憶、これよりも古いの、無いんだよね…)
でも、とブルーは顎に手を当て、時の彼方を思い出してみた。
今の自分が「やり直す」場合、記憶の一番古い所からになるとは思えない。
(赤ん坊の時代は、論外だとしても…)
学校に通っていた頃くらいには、戻っていそう。
「やり直す」のは、スタート地点からの人生になる。
(……そうすると……)
上手く立ち回って、成人検査を受けないままで、逃げ出すことも出来るだろう。
「今のブルー」は運転免許も持っていないし、宇宙船の操縦は無理なのだけれど…。
(やり直すんなら、前のぼくだし…)
無免許なのは変わらなくても、操船技術は「持っている」。
「前のハーレイ」が、キャプテンに就任した後、懸命に技術を磨く間に、ブルーも覚えた。
厨房出身だった「キャプテン・ハーレイ」を育て上げた、シミュレーターがあったから。
(前のぼく、ハーレイの練習に付き合って…)
シミュレーターを「ゲーム感覚」で使いこなして、ハーレイ以上の成績を叩き出していた。
けれど、今の時代は、宇宙船の仕組みが変わったせいで、過去の栄光は通用しない。
「キャプテン・ハーレイ」本人の、「今のハーレイ」も、宇宙船の操船などは出来ない時代。
(今の時代だったら、無理なんだけど…)
遠く遥かな時の彼方でなら、ブルーにだって「操縦」は出来る。
(船を奪って、何処か遠くへ…)
逃げてゆくのが良さそうかな、と考えたけれど、その先が上手くいきそうにない。
(機械の目からは隠れられても、ミュウの未来を見捨てるのと同じで…)
自分だけしか得をしないよ、とブルーは溜息を一つ零した。
「今の自分」の記憶があるわけなのだし、自分が何を放り出したか、分かってしまう。
こんなのじゃ駄目だ、と「やり直す」地点は、変えるしかない。
大勢のミュウの命と未来を「捨ててしまってまで」、図太く生きてゆくのは難しすぎる。
(ソルジャー・ブルーの存在自体が、宇宙から消えてしまうしね…)
駄目すぎるよ、と悲しいけれども、「ソルジャー・ブルー」は大物だった。
(…転生したら、ソルジャー・ブルーだった、なんていう小説があっても…)
ちっとも不思議じゃないくらいだし、と自覚せざるを得ない「前の自分」の重要さ。
今の自分が「やりたい通り」に「やり直す」ことは、時代の流れまで変えてしまうだろう。
(…ソルジャー・ブルー、いないわけにはいきそうにないよ…)
成人検査は回避不可能らしいよね、と小さなブルーは、頭痛がしそう。
あの忌まわしい「検査」を受けたが最後、前の自分の子供時代の記憶は消される。
(転生モノだし、今のぼくの記憶まで消えはしないんだけど…)
なんだか悔しい、と腹立たしくなっても、「運命」だと思って耐えるしかない。
成人検査の後に落ちた地獄も、「生き延びられる」ことを知っているなら、耐えられそう。
(…もっと早くに、脱出したって…)
大切な人が「いない」んだよ、と「ハーレイ」の顔を思い浮かべた。
「やり直しの人生」で、「ハーレイに出会いたい」のならば、我慢して生きる以外に無い。
(アルタミラが、メギドで燃えるよりも前に…)
前のハーレイだけを「助け出す」ことは出来ても、ハーレイは、きっと従ってくれない。
(他のヤツらは、どうするんだ、って…)
ハーレイならば「尋ねて来る」に決まっているから、脱出自体が「大脱走」に化ける。
人類が「ミュウを閉じ込めていた」施設を丸ごと、破壊してからの逃走劇。
(…宇宙船、上手く見付かればいいんだけれど…)
どうなのかな、と「今のブルー」の知識の中にも、当時の宙港の仕組みは入っていない。
常駐している宇宙船の数も、離発着する宇宙船のスケジュールも、謎でしかない。
(…メギドが来る前に、逃げ出すのは無理…)
失敗するのに決まっているよ、と思うものだから、これも「前の通り」にしか運んでくれない。
(ミュウの仲間を、ほんの少しばかり…)
多めに助け出せる程度なんだ、と歯噛みしてみても、どうにも出来ない。
(…前のぼくって、やり直しさえも難しいくらい…)
凄い人生を生きていたみたい、とブルーはフウと溜息をついて、次に進んだ。
アルタミラでも「やり直せない」のなら、チャンスは「脱出してから」後のことになる。
(…アルタミラから逃げて、アルテメシアに辿り着くまでは…)
人類軍にも出会わなかったし、「やり直したい」ほどの出来事は無かった。
アルテメシアでも平穏な日々で、「今の自分の記憶」の出番は、ミュウの子供の救出だろう。
(助け損ねた子供たちなら、一人残らず覚えてるから…)
先回りをすれば、どの子も「無事に」シャングリラに迎えられる。
(もしかしたら、そうやって助け出した子供たちの中に…)
優秀な人材が混じってるかも、と前向きに考えていて、ハタと気付いた。
(……大物は、ジョミー……)
タイプ・ブルーは、ジョミー以外に「いなかった」んだよ、と現実を見詰めざるを得ない。
どう頑張っても、ジョミーが「早めに生まれて来る」コースを、作れはしない。
寿命の残りが少なくなるまで、頼もしいジョミーは生まれて来ない。
(…やり直すんなら、ジョミーとの出会いになるんだけれど…)
最低最悪な出会いだったし、と「今の自分」も思うけれども、変えようが無さそう。
(分かりました、って素直に船に来るような「ジョミー」は…)
強いだけの「ミュウ」でしかないよ、と嫌というほど分かっている。
「ソルジャー・ブルー」に逆らうほどの人材だったからこそ、後のソルジャー・シンがあった。
(…ジョミーに嫌われて、追っかけて行って…)
後釜に据えるしか無いんだってば、と「また、躓いた」。
「やり直せない」のは、ジョミーについても「同じ」らしい。
(ジョミーと衝突しちゃったツケが、ずっと響いて…)
アルテメシアを追われた後に、十五年間も「眠り続ける」ことになってしまった。
出来るものなら「やり直したい」ポイントだけれど、体調までは「変えられはしない」。
眠り続けて、ナスカで再び目覚める時まで、「やり直せる」地点は一つも無い。
(……ナスカなんて……)
やり直すのは、どう転がっても無理そうだよ、とブルーは頭を抱えてしまった。
「今の自分」の記憶があっても、それを活かせる場面の中に「前の自分」が存在しない。
(…鍵になるのは、キースなんだけどな…)
格納庫で出会う直前まで、ぼくは「目覚めてくれない」んだし、と嘆きたくなる。
前の自分が「眠ったままで、目覚めない」以上、記憶があっても「やり直し」は出来ない。
(…やり直すんなら、此処が最大の山場に違いないんだけどね…)
前のぼくの人生、やり直すことも出来ないみたい、と超特大の溜息をついた。
やり直して「違う展開」に変えてみたくても、やり方を見付けることが出来そうにない。
(…前のぼくって、大物すぎだよ…)
誰か上手に書いてくれないかな、とプロの作家に頼みたくなる。
「人生を上手くやり直す」ためのシナリオを。
誰も不幸になりはしなくて、前の自分も幸せになれる筋書きの物語。
『転生したら、ソルジャー・ブルーだった』という、うんと素敵な「転生モノ」を…。
やり直すんなら・了
※前の生をやり直すのなら、どうすればいいか、考え始めたブルー君。転生モノの一種。
ところが上手くやり直すには、ハードルが高すぎる前の生。プロ作家の出番かもv
生きられるかな、と小さなブルーは、ふと考えた。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(…今のぼくはチビで、子供の姿なんだけど…)
前の自分の記憶を全て持っているから、前の生を、上手くやり直すことが出来そう。
(転生モノって、そういう形の話もあるのかな?)
人気が高いジャンルだよね、と今のブルーは、よく知っている。
何かのはずみで「生まれ変わった」人の物語で、その生き様が醍醐味で人を惹き付ける。
(生まれ変わった先で、前の自分の記憶や知識を活かして…)
人生を過ごしてゆくわけだけれど、生まれ変わった人物がガラリと変わってしまう。
意地悪なキャラになるべき所が、いい人になってしまっていて、周りの調子を狂わせたりも。
(…悪役の筈が、優しい人のポジションだったりするんだよ)
自分だったら「此処は、こうする」と思う通りに動き回れば、悪役が善人になっても仕方ない。
他にも様々な物語が幾つもあって、どれも話題を呼んでいるジャンルが「転生モノ」。
(ぼくの場合は、ちょっと珍しいパターンになりそう…)
生まれ変わって「やり直す」んだから、と面白いアイデアに引き込まれてゆく。
前の生を「今の自分」の知識や記憶を活用しながら、やり直してゆくという物語。
(前の人生、やり直すんなら…)
まずは成人検査の所からかな、と「前の自分」の「一番古い記憶」を引っ張り出した。
成人検査でミュウに変化したせいで、人生そのものが狂ってしまって、記憶は其処から始まる。
(…前のぼくの記憶、これよりも古いの、無いんだよね…)
でも、とブルーは顎に手を当て、時の彼方を思い出してみた。
今の自分が「やり直す」場合、記憶の一番古い所からになるとは思えない。
(赤ん坊の時代は、論外だとしても…)
学校に通っていた頃くらいには、戻っていそう。
「やり直す」のは、スタート地点からの人生になる。
(……そうすると……)
上手く立ち回って、成人検査を受けないままで、逃げ出すことも出来るだろう。
「今のブルー」は運転免許も持っていないし、宇宙船の操縦は無理なのだけれど…。
(やり直すんなら、前のぼくだし…)
無免許なのは変わらなくても、操船技術は「持っている」。
「前のハーレイ」が、キャプテンに就任した後、懸命に技術を磨く間に、ブルーも覚えた。
厨房出身だった「キャプテン・ハーレイ」を育て上げた、シミュレーターがあったから。
(前のぼく、ハーレイの練習に付き合って…)
シミュレーターを「ゲーム感覚」で使いこなして、ハーレイ以上の成績を叩き出していた。
けれど、今の時代は、宇宙船の仕組みが変わったせいで、過去の栄光は通用しない。
「キャプテン・ハーレイ」本人の、「今のハーレイ」も、宇宙船の操船などは出来ない時代。
(今の時代だったら、無理なんだけど…)
遠く遥かな時の彼方でなら、ブルーにだって「操縦」は出来る。
(船を奪って、何処か遠くへ…)
逃げてゆくのが良さそうかな、と考えたけれど、その先が上手くいきそうにない。
(機械の目からは隠れられても、ミュウの未来を見捨てるのと同じで…)
自分だけしか得をしないよ、とブルーは溜息を一つ零した。
「今の自分」の記憶があるわけなのだし、自分が何を放り出したか、分かってしまう。
こんなのじゃ駄目だ、と「やり直す」地点は、変えるしかない。
大勢のミュウの命と未来を「捨ててしまってまで」、図太く生きてゆくのは難しすぎる。
(ソルジャー・ブルーの存在自体が、宇宙から消えてしまうしね…)
駄目すぎるよ、と悲しいけれども、「ソルジャー・ブルー」は大物だった。
(…転生したら、ソルジャー・ブルーだった、なんていう小説があっても…)
ちっとも不思議じゃないくらいだし、と自覚せざるを得ない「前の自分」の重要さ。
今の自分が「やりたい通り」に「やり直す」ことは、時代の流れまで変えてしまうだろう。
(…ソルジャー・ブルー、いないわけにはいきそうにないよ…)
成人検査は回避不可能らしいよね、と小さなブルーは、頭痛がしそう。
あの忌まわしい「検査」を受けたが最後、前の自分の子供時代の記憶は消される。
(転生モノだし、今のぼくの記憶まで消えはしないんだけど…)
なんだか悔しい、と腹立たしくなっても、「運命」だと思って耐えるしかない。
成人検査の後に落ちた地獄も、「生き延びられる」ことを知っているなら、耐えられそう。
(…もっと早くに、脱出したって…)
大切な人が「いない」んだよ、と「ハーレイ」の顔を思い浮かべた。
「やり直しの人生」で、「ハーレイに出会いたい」のならば、我慢して生きる以外に無い。
(アルタミラが、メギドで燃えるよりも前に…)
前のハーレイだけを「助け出す」ことは出来ても、ハーレイは、きっと従ってくれない。
(他のヤツらは、どうするんだ、って…)
ハーレイならば「尋ねて来る」に決まっているから、脱出自体が「大脱走」に化ける。
人類が「ミュウを閉じ込めていた」施設を丸ごと、破壊してからの逃走劇。
(…宇宙船、上手く見付かればいいんだけれど…)
どうなのかな、と「今のブルー」の知識の中にも、当時の宙港の仕組みは入っていない。
常駐している宇宙船の数も、離発着する宇宙船のスケジュールも、謎でしかない。
(…メギドが来る前に、逃げ出すのは無理…)
失敗するのに決まっているよ、と思うものだから、これも「前の通り」にしか運んでくれない。
(ミュウの仲間を、ほんの少しばかり…)
多めに助け出せる程度なんだ、と歯噛みしてみても、どうにも出来ない。
(…前のぼくって、やり直しさえも難しいくらい…)
凄い人生を生きていたみたい、とブルーはフウと溜息をついて、次に進んだ。
アルタミラでも「やり直せない」のなら、チャンスは「脱出してから」後のことになる。
(…アルタミラから逃げて、アルテメシアに辿り着くまでは…)
人類軍にも出会わなかったし、「やり直したい」ほどの出来事は無かった。
アルテメシアでも平穏な日々で、「今の自分の記憶」の出番は、ミュウの子供の救出だろう。
(助け損ねた子供たちなら、一人残らず覚えてるから…)
先回りをすれば、どの子も「無事に」シャングリラに迎えられる。
(もしかしたら、そうやって助け出した子供たちの中に…)
優秀な人材が混じってるかも、と前向きに考えていて、ハタと気付いた。
(……大物は、ジョミー……)
タイプ・ブルーは、ジョミー以外に「いなかった」んだよ、と現実を見詰めざるを得ない。
どう頑張っても、ジョミーが「早めに生まれて来る」コースを、作れはしない。
寿命の残りが少なくなるまで、頼もしいジョミーは生まれて来ない。
(…やり直すんなら、ジョミーとの出会いになるんだけれど…)
最低最悪な出会いだったし、と「今の自分」も思うけれども、変えようが無さそう。
(分かりました、って素直に船に来るような「ジョミー」は…)
強いだけの「ミュウ」でしかないよ、と嫌というほど分かっている。
「ソルジャー・ブルー」に逆らうほどの人材だったからこそ、後のソルジャー・シンがあった。
(…ジョミーに嫌われて、追っかけて行って…)
後釜に据えるしか無いんだってば、と「また、躓いた」。
「やり直せない」のは、ジョミーについても「同じ」らしい。
(ジョミーと衝突しちゃったツケが、ずっと響いて…)
アルテメシアを追われた後に、十五年間も「眠り続ける」ことになってしまった。
出来るものなら「やり直したい」ポイントだけれど、体調までは「変えられはしない」。
眠り続けて、ナスカで再び目覚める時まで、「やり直せる」地点は一つも無い。
(……ナスカなんて……)
やり直すのは、どう転がっても無理そうだよ、とブルーは頭を抱えてしまった。
「今の自分」の記憶があっても、それを活かせる場面の中に「前の自分」が存在しない。
(…鍵になるのは、キースなんだけどな…)
格納庫で出会う直前まで、ぼくは「目覚めてくれない」んだし、と嘆きたくなる。
前の自分が「眠ったままで、目覚めない」以上、記憶があっても「やり直し」は出来ない。
(…やり直すんなら、此処が最大の山場に違いないんだけどね…)
前のぼくの人生、やり直すことも出来ないみたい、と超特大の溜息をついた。
やり直して「違う展開」に変えてみたくても、やり方を見付けることが出来そうにない。
(…前のぼくって、大物すぎだよ…)
誰か上手に書いてくれないかな、とプロの作家に頼みたくなる。
「人生を上手くやり直す」ためのシナリオを。
誰も不幸になりはしなくて、前の自分も幸せになれる筋書きの物語。
『転生したら、ソルジャー・ブルーだった』という、うんと素敵な「転生モノ」を…。
やり直すんなら・了
※前の生をやり直すのなら、どうすればいいか、考え始めたブルー君。転生モノの一種。
ところが上手くやり直すには、ハードルが高すぎる前の生。プロ作家の出番かもv
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(今の人生、やり直しみたいなモンなんだよなあ…)
実際には前の続きなんだが、とハーレイが、ふと考えたこと。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(考え方によっては、やり直しとも言えるだろう)
前の生では出来なかった沢山のことを、青い地球の上でやっていけるし、やり直し。
しかも愛おしい人も一緒で、素晴らしい人生を送ってゆけそう。
(…前のあいつを失くした時には、俺の人生、真っ暗になってしまって…)
それから後は、どう生きていたかも記憶が定かではない。
白いシャングリラのキャプテンとしては、全て覚えているのだけれども、他が怪しい。
(個人的なことになったら、他人事のようで…)
傍観者でしかないんだよな、と思うくらいに、「自分」を捨ててしまっていた。
前のブルーが「いない」人生、それには意味が無かったから。
(今から、人生、やり直せるのは、有難いぞ)
ちょいと時代がズレちまったが、と苦笑はしても、青く蘇った地球での人生。
時代が少しズレていようが、前の自分が「英雄扱い」の世界だろうが、構わない。
愛おしい人と「やり直せる」なら、例え地獄の底であろうと、きっと自分は幸せだろう。
(…とはいえ、地獄は御免蒙りたいが…)
前の生だけで充分だしな、と時の彼方を思い返して、別の考えがヒョイと浮かんだ。
同じ「人生」を「やり直す」のなら、前の生だと、どうなるのだろう、と。
遠く遥かな時の彼方に、「前の自分」の人生がある。
「キャプテン・ハーレイ」として生きた時代で、その「人生」を、やり直すという考え。
(転生モノってヤツが、色々とあって…)
死んだ人間が、生まれ変わって「別の人生」を生きてゆくという物語がある。
「今の自分」が、「前の自分」に生まれ変わるのも、「転生モノ」でいいのだろうか。
(……ふうむ……)
その手の知識に詳しくはないが、とハーレイは少し首を捻った。
「転生モノ」に該当するのか、しないのかまでは、知識不足で分からない。
古典の教師をやっている上、現代小説なども好きだとはいえ、範疇外の疑問になる。
(その手の知識は、持っちゃいないし…)
まあいいとしよう、と「転生モノ」かどうかは、棚上げにして先に進んだ。
「今の自分」が、「前の自分」に生まれ変わって、その人生を生きてみるのも、興味深い。
(生まれ変わりなんだし、今の俺と、条件は変わらないんだよなあ?)
何処の時点で記憶があるかは、運次第だが、と想像の翼を羽ばたかせる。
(生まれつき持っていたっていいし、途中からでもいいんだが…)
先が分かっている人生だしな、とハーレイはコーヒーのカップを傾けた。
「今の自分」の記憶を持っているなら、「人生の先」は分かっている。
前のブルーと「メギドの炎で燃え上がる地獄」で出会って、後にメギドのせいで別れた。
(…まるでメギドが鍵のようだな…)
メギドが人生の節目とは酷い、と思いはしても、今では「済んでしまったこと」でしかない。
「仕方なかった」で終わりなのだけれど、「やり直し」ならば「違って来る」。
(転生モノの醍醐味と言えば、そういった点で…)
定型的な筈の物語が、「転生」という要素で、ガラリと変わってゆくのが王道だろう。
「本来、こういった人は、こう生きる」と誰もが頷く所が、人が変わって、生き方も変わる。
「今の自分」が「前の自分」に「生まれ変わった」場合にしたって、当て嵌まりそう。
(…メギドの辺りを、ちょいとだな…)
今の俺ならではの知識でもって、書き換えてやれば、と思わず笑みを湛えてしまった。
始まりの方の「メギド」は、そのままにしておいても、問題は無い。
ちょっぴり欲を出していいなら、当時は「持ち合わせなかった」記憶をプラスしてやれば…。
(閉じ込められてたシェルターが、壊れちまってて…)
救出が間に合わなかった仲間を、先回りして何人も救い出せる。
何処のシェルターが「無事に残っていたか」は、今の自分が覚えている。
救出するのを後に回せば、壊れていたシェルターが「無事な間」に、きっと救える。
(よし、物語の出だしは、なかなかに…)
良さそうじゃないか、とハーレイは自画自賛した。
滑り出しとしては上々、幸先のいいスタートを切ることが出来そう。
(其処から先は、多分、大して…)
大きく変わりはしないんだよな、と時の彼方を思い返した。
幸いなことに、人類軍との「本格的な戦闘」は、アルテメシアに着くまで無かった。
アルテメシアでも、ジョミーを救出するまでの間は、平穏な日々が流れていた。
(今の俺の記憶で救い出せるのは、そう多くなくて…)
ミュウの子供を助ける程度だよな、と「助け損ねた子供」の数だけ指を折ってみる。
(…恐らく、この子たちの全てを…)
俺の記憶で助けられるぞ、と「救出失敗」の理由を挙げて、ハーレイは大きく頷いた。
(そうなりゃ、ジョミーの救出にしても…)
先回り出来る部分はありそうだが、と思うけれども、その件は、後でいいだろう。
(……問題は、メギド……)
ナスカで出て来た、例のヤツだ、と忌まわしい惑星破壊兵器に舌打ちをする。
流石に「メギド」は、今の自分の記憶があっても、手も足も出ない。
使える兵器は限られているし、白いシャングリラでは「破壊出来ない」。
(…壊せないなら、アレが来るのを…)
阻むか、キースがメギドを持ち出す前に、シャングリラでナスカから脱出するか。
(現実的な選択としては、後者で…)
ナスカに残ろうとした者たちを、全て殴り倒してでも、強引に船に乗り込ませる。
(皆を乗せたら、ブリッジで舵をしっかり握って、シャングリラ、発進! とだ…)
俺が号令すれば行けるぞ、とシナリオを描く。
メギドが来る前に、ワープしさえすれば、誰もナスカで死にはしないし、前のブルーも…。
(失くさないで済んで、かなり時間がかかったとしても…)
地球まで連れて行けそうだよな、とハーレイは笑んだ。
「今の自分」の記憶さえあれば、前の自分が辿った道より、旅は短い。
訪れるだろう様々な危機をヒョイと乗り越え、シャングリラは地球に辿り着ける。
もっとも、そうして着いた「憧れの地球」の姿は、とても無残なものなのだけれど。
前のブルーが、地球で目覚めて、赤茶けている星を見たなら、悲しむだろう。
青い水の星を長く夢見て、焦がれ続けていたのだから。
(しかしだな…)
どうにも出来んし、ご愛敬で勘弁して欲しい、と「転生モノ」の中のブルーに、心で詫びる。
(地球という星に生きて行けただけでも、良しとして…)
青くない点は許してくれよ、と苦笑していて、別のルートを考え付いた。
(…メギド自体は破壊出来んが、アレが来るのを…)
阻む方法、無いわけでも、と「非現実的だ」としか言えない方の、選択肢の先を。
(メギドが来たのは、キースがアレを持ち出したせいで…)
ヤツさえいなけりゃ、どうとでもなるな、と「転生モノ」ならではの展開を。
(要は、キースが…)
消えてくれればいいってことだ、と顎に手を当て、ニヤリと笑う。
(今の俺なら、先回りして…)
ヤツを殺してしまうことが出来るぞ、と「あの後に起きた」事実を挙げてゆく。
(一度目のチャンスは、ヤツがナスカに下りて来た時で…)
他の仲間が何と言おうが、「撃ち落とせ!」と、たった一言、命じればいい。
キースが乗って降下して来る小型機、それを落とせば、キースは「死ぬ」。
(…実際、緊迫した場面だったし…)
「キャプテン・ハーレイ」の判断ならば、ジョミーも従うことだろう。
第一、ジョミーは、あの時には…。
(ナスカに下りてたわけなんだしな…?)
俺が、撃墜させたとしたって、事後報告に過ぎん、と嬉しくなった「名案」だけども…。
(…待てよ?)
キースが死んだら、其処から先は、どうなるんだ、と「穴」に気付いた。
当時のキースは「悪」そのものでも、後には「人類の世界を根底から変えた英雄」になる。
(…もしも、キースを消しちまったら…)
前のブルーは存命だけれど、地球までの旅路が、どうなるのやら、と深い溜息が零れ落ちた。
(……難問だな……)
転生モノってヤツの中でも、人生は難しいのかもしれん、と苦い笑いをうかべるしかない。
(…やり直すなら、今の俺の人生くらいが、丁度いいのかもな…)
平和な青い地球の上で、とカップを傾け、納得した。
「俺の人生、これでいいんだ」と、満足で。
今の新しい人生をくれた、神に心からの感謝をこめて、カップを乾杯のように掲げて…。
やり直すなら・了
※前の自分に転生したなら、上手く人生をやり直せる、と思い付いたハーレイ先生。
けれど、キースを消してしまうのは無理で、縛りが多そう。今の人生が良さそうですねv
実際には前の続きなんだが、とハーレイが、ふと考えたこと。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(考え方によっては、やり直しとも言えるだろう)
前の生では出来なかった沢山のことを、青い地球の上でやっていけるし、やり直し。
しかも愛おしい人も一緒で、素晴らしい人生を送ってゆけそう。
(…前のあいつを失くした時には、俺の人生、真っ暗になってしまって…)
それから後は、どう生きていたかも記憶が定かではない。
白いシャングリラのキャプテンとしては、全て覚えているのだけれども、他が怪しい。
(個人的なことになったら、他人事のようで…)
傍観者でしかないんだよな、と思うくらいに、「自分」を捨ててしまっていた。
前のブルーが「いない」人生、それには意味が無かったから。
(今から、人生、やり直せるのは、有難いぞ)
ちょいと時代がズレちまったが、と苦笑はしても、青く蘇った地球での人生。
時代が少しズレていようが、前の自分が「英雄扱い」の世界だろうが、構わない。
愛おしい人と「やり直せる」なら、例え地獄の底であろうと、きっと自分は幸せだろう。
(…とはいえ、地獄は御免蒙りたいが…)
前の生だけで充分だしな、と時の彼方を思い返して、別の考えがヒョイと浮かんだ。
同じ「人生」を「やり直す」のなら、前の生だと、どうなるのだろう、と。
遠く遥かな時の彼方に、「前の自分」の人生がある。
「キャプテン・ハーレイ」として生きた時代で、その「人生」を、やり直すという考え。
(転生モノってヤツが、色々とあって…)
死んだ人間が、生まれ変わって「別の人生」を生きてゆくという物語がある。
「今の自分」が、「前の自分」に生まれ変わるのも、「転生モノ」でいいのだろうか。
(……ふうむ……)
その手の知識に詳しくはないが、とハーレイは少し首を捻った。
「転生モノ」に該当するのか、しないのかまでは、知識不足で分からない。
古典の教師をやっている上、現代小説なども好きだとはいえ、範疇外の疑問になる。
(その手の知識は、持っちゃいないし…)
まあいいとしよう、と「転生モノ」かどうかは、棚上げにして先に進んだ。
「今の自分」が、「前の自分」に生まれ変わって、その人生を生きてみるのも、興味深い。
(生まれ変わりなんだし、今の俺と、条件は変わらないんだよなあ?)
何処の時点で記憶があるかは、運次第だが、と想像の翼を羽ばたかせる。
(生まれつき持っていたっていいし、途中からでもいいんだが…)
先が分かっている人生だしな、とハーレイはコーヒーのカップを傾けた。
「今の自分」の記憶を持っているなら、「人生の先」は分かっている。
前のブルーと「メギドの炎で燃え上がる地獄」で出会って、後にメギドのせいで別れた。
(…まるでメギドが鍵のようだな…)
メギドが人生の節目とは酷い、と思いはしても、今では「済んでしまったこと」でしかない。
「仕方なかった」で終わりなのだけれど、「やり直し」ならば「違って来る」。
(転生モノの醍醐味と言えば、そういった点で…)
定型的な筈の物語が、「転生」という要素で、ガラリと変わってゆくのが王道だろう。
「本来、こういった人は、こう生きる」と誰もが頷く所が、人が変わって、生き方も変わる。
「今の自分」が「前の自分」に「生まれ変わった」場合にしたって、当て嵌まりそう。
(…メギドの辺りを、ちょいとだな…)
今の俺ならではの知識でもって、書き換えてやれば、と思わず笑みを湛えてしまった。
始まりの方の「メギド」は、そのままにしておいても、問題は無い。
ちょっぴり欲を出していいなら、当時は「持ち合わせなかった」記憶をプラスしてやれば…。
(閉じ込められてたシェルターが、壊れちまってて…)
救出が間に合わなかった仲間を、先回りして何人も救い出せる。
何処のシェルターが「無事に残っていたか」は、今の自分が覚えている。
救出するのを後に回せば、壊れていたシェルターが「無事な間」に、きっと救える。
(よし、物語の出だしは、なかなかに…)
良さそうじゃないか、とハーレイは自画自賛した。
滑り出しとしては上々、幸先のいいスタートを切ることが出来そう。
(其処から先は、多分、大して…)
大きく変わりはしないんだよな、と時の彼方を思い返した。
幸いなことに、人類軍との「本格的な戦闘」は、アルテメシアに着くまで無かった。
アルテメシアでも、ジョミーを救出するまでの間は、平穏な日々が流れていた。
(今の俺の記憶で救い出せるのは、そう多くなくて…)
ミュウの子供を助ける程度だよな、と「助け損ねた子供」の数だけ指を折ってみる。
(…恐らく、この子たちの全てを…)
俺の記憶で助けられるぞ、と「救出失敗」の理由を挙げて、ハーレイは大きく頷いた。
(そうなりゃ、ジョミーの救出にしても…)
先回り出来る部分はありそうだが、と思うけれども、その件は、後でいいだろう。
(……問題は、メギド……)
ナスカで出て来た、例のヤツだ、と忌まわしい惑星破壊兵器に舌打ちをする。
流石に「メギド」は、今の自分の記憶があっても、手も足も出ない。
使える兵器は限られているし、白いシャングリラでは「破壊出来ない」。
(…壊せないなら、アレが来るのを…)
阻むか、キースがメギドを持ち出す前に、シャングリラでナスカから脱出するか。
(現実的な選択としては、後者で…)
ナスカに残ろうとした者たちを、全て殴り倒してでも、強引に船に乗り込ませる。
(皆を乗せたら、ブリッジで舵をしっかり握って、シャングリラ、発進! とだ…)
俺が号令すれば行けるぞ、とシナリオを描く。
メギドが来る前に、ワープしさえすれば、誰もナスカで死にはしないし、前のブルーも…。
(失くさないで済んで、かなり時間がかかったとしても…)
地球まで連れて行けそうだよな、とハーレイは笑んだ。
「今の自分」の記憶さえあれば、前の自分が辿った道より、旅は短い。
訪れるだろう様々な危機をヒョイと乗り越え、シャングリラは地球に辿り着ける。
もっとも、そうして着いた「憧れの地球」の姿は、とても無残なものなのだけれど。
前のブルーが、地球で目覚めて、赤茶けている星を見たなら、悲しむだろう。
青い水の星を長く夢見て、焦がれ続けていたのだから。
(しかしだな…)
どうにも出来んし、ご愛敬で勘弁して欲しい、と「転生モノ」の中のブルーに、心で詫びる。
(地球という星に生きて行けただけでも、良しとして…)
青くない点は許してくれよ、と苦笑していて、別のルートを考え付いた。
(…メギド自体は破壊出来んが、アレが来るのを…)
阻む方法、無いわけでも、と「非現実的だ」としか言えない方の、選択肢の先を。
(メギドが来たのは、キースがアレを持ち出したせいで…)
ヤツさえいなけりゃ、どうとでもなるな、と「転生モノ」ならではの展開を。
(要は、キースが…)
消えてくれればいいってことだ、と顎に手を当て、ニヤリと笑う。
(今の俺なら、先回りして…)
ヤツを殺してしまうことが出来るぞ、と「あの後に起きた」事実を挙げてゆく。
(一度目のチャンスは、ヤツがナスカに下りて来た時で…)
他の仲間が何と言おうが、「撃ち落とせ!」と、たった一言、命じればいい。
キースが乗って降下して来る小型機、それを落とせば、キースは「死ぬ」。
(…実際、緊迫した場面だったし…)
「キャプテン・ハーレイ」の判断ならば、ジョミーも従うことだろう。
第一、ジョミーは、あの時には…。
(ナスカに下りてたわけなんだしな…?)
俺が、撃墜させたとしたって、事後報告に過ぎん、と嬉しくなった「名案」だけども…。
(…待てよ?)
キースが死んだら、其処から先は、どうなるんだ、と「穴」に気付いた。
当時のキースは「悪」そのものでも、後には「人類の世界を根底から変えた英雄」になる。
(…もしも、キースを消しちまったら…)
前のブルーは存命だけれど、地球までの旅路が、どうなるのやら、と深い溜息が零れ落ちた。
(……難問だな……)
転生モノってヤツの中でも、人生は難しいのかもしれん、と苦い笑いをうかべるしかない。
(…やり直すなら、今の俺の人生くらいが、丁度いいのかもな…)
平和な青い地球の上で、とカップを傾け、納得した。
「俺の人生、これでいいんだ」と、満足で。
今の新しい人生をくれた、神に心からの感謝をこめて、カップを乾杯のように掲げて…。
やり直すなら・了
※前の自分に転生したなら、上手く人生をやり直せる、と思い付いたハーレイ先生。
けれど、キースを消してしまうのは無理で、縛りが多そう。今の人生が良さそうですねv
(美人でも、三日で飽きるって言うらしいけど…)
今のぼくだと美人以前、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(…前のぼくだと、美人だよね?)
男だけど、と今の時代の「前の自分」の評判からも推測出来る。
前の生では写真を撮っている暇などは無くて、公式写真の類さえも無かった。
(記録としての写真と、映像ばっかり…)
その筈なのに、長い時が流れた今の時代は、写真集が幾つも出たりしている。
恐らく、トォニィが生きた頃にも、似たような状況だったのだろう。
(…写真集だし、伝記とかではなくって…)
写真を鑑賞するための本で、「ソルジャー・ブルー」の顔を眺めることが目的。
「ソルジャー・ブルー」が美人でなければ、写真集があっても、せいぜい一冊くらい。
現に、前のハーレイは、写真集など出版されてはいない。
「キャプテン・ハーレイの、航宙日誌」ならば、愛蔵版までがあるというのに。
(…前のぼくって、間違いなく、美人…)
船の仲間たちだって、そう思ってたよね、と白いシャングリラが懐かしい。
「ソルジャー・ブルー」に夢中だった女性は多くて、特別扱いされてもいた。
(…ソルジャーだから、って言うだけじゃなくて…)
今で言うなら、トップスターのようなものだったろう。
船の中だけが世界の全てだったわけだし、スターの代わりに「ソルジャー・ブルー」。
(会えたらラッキー、みたいな感じだったよ)
青の間から視察で出たりする度、熱い視線を感じていた。
ブリッジはもちろん、通路や農場のような場所でも。
懐かしいな、と少しの間、ブルーの思考は白い船へと飛んだのだけれど…。
(…あの頃のぼくなら、美人なのにな…)
今だと、枠が違うんだよね、と溜息がフウと零れてしまった。
「ソルジャー・ブルー」は美人だったけれど、今のブルーは、そうではない。
(…前のぼくに似ているっていう、チビのお子様…)
ソルジャー・ブルーにも少年時代はあったわけだし、写真は今も残っている。
写真集にも載っているから、今のブルーに出会った人は、驚きもする。
(小さなソルジャー・ブルーそっくり、って大喜びして…)
記念に写真を撮る人だって少なくはない。
(…だけど、それだけ…)
スターとは枠が違うんだよ、と自覚だったら充分にあった。
今のブルーで喜ぶ人たちの目には、「可愛らしい」姿が映っている。
(眺めて楽しみたいトコは、同じなんだけど…)
前のぼくはスターで、今のぼくだと愛玩動物、と情けない気分。
スターだったら、「一緒に記念撮影」を頼み込まれて、記念の握手も求められそう。
(…今のぼくだと、そんなのは無くて…)
頼まれる写真は「ブルーしか写っていない」ものでも、気にはされない。
記念の握手も頼まれなくて、写真撮影させてくれた御礼を言われておしまい。
(…散歩してるペットと、同じだってば!)
可愛い犬などを連れて散歩中の人が、公園などで頼まれる「ペットの写真撮影」。
(とても可愛いワンちゃんですね、お名前は、って…)
飼い主に尋ねて、記念撮影、と「今の自分」と比べてみる。
「まるでちっとも変わらないよ」と、「美人ではない」今の自分を重ね合わせて。
今のブルーは、そういう位置付け。
誰も「美人」と言いはしなくて、「可愛らしい」と喜ばれる。
(…美人でも、三日で飽きられるから…)
ダメらしいけど、枠が違えば安心かも、と前向きな方に考える。
今の自分は「美人ではない」し、ハーレイも、飽きはしないだろう。
(愛玩動物の枠と同じだしね?)
ハーレイだって、楽しんでるトコはあるもの、と思い当たる節はドッサリとあった。
(…ぼくの頬っぺた、両手でペシャンと潰して、ハコフグ…)
怒って膨れたら、やられてるし、と「ハコフグの刑」が浮かんで来る。
(アレをやってる時のハーレイ、いつも笑ってばっかりで…)
絶対、ぼくをオモチャにしてるよね、と悔しいけれども、嬉しくもある。
「愛玩動物の枠」と同じ枠に入っているから、そういった具合にからかわれる。
飽きるどころか、顔を見る度、新鮮なのに違いない。
(…会えない日だって、珍しくないし…)
今日だってそう、と思うくらいに、前の生とは違っている。
前の生だと、会えない日などは、一日も無かった。
(ソルジャーとキャプテン、船のトップに立っていたから…)
一日に一度は顔を合わせられるように、朝食の時間が設けられていた。
毎朝、青の間で一緒に食事で、情報交換などが出来るように、と。
(……えっと……?)
会えない日は無かった、という点が、ブルーの頭に引っ掛かった。
(…前のぼくだと、うんと美人で…)
今でも写真集があるほどだけど、と首を傾げる。
(……前のハーレイ、飽きていないよ……?)
毎日、美人と会っていたのに、と不思議だけれども、前のハーレイは特別だったろうか。
(何日見てても、飽きないタイプで…)
三百年以上も飽きなかったのかな、と思い返して、感心してしまう。
(前のハーレイ、とても辛抱強かったしね…)
飽きるなんてことは無かったんだ、と感動していて、思い違いに気が付いた。
(…違うってば!)
飽きてる余裕が無かっただけ、と怖くなるくらいに、遠く遥かな時の彼方は「違っていた」。
(次の日が来るか、毎日、誰にも分からなくって…)
船ごと沈められたら終わりなのだし、皆が懸命に生きていた。
「今」があることが、白いシャングリラでは大切なことで、次のことなど保証されない。
(…飽きちゃったよ、って放り出したら、その次の日は…)
来はしないままで、飽きたと思った「何か」に、二度と出会えるチャンスは無い。
(命ごと、全部、消えてしまって…)
戻って来る日は来ないのだから、飽きたりはしない。
(…前のぼくには、飽きちゃったから、って…)
ハーレイが「会いに来ないで、放っておいた日」が、船の最期になりかねない。
そうなったならば、後悔している暇さえも無い。
(…人類軍の攻撃が来たら、ハーレイも、ぼくも…)
顔を合わせることが出来るか、今、考えてみても危うい。
(ぼくは出撃、ハーレイはブリッジ…)
それぞれ持ち場が違うわけだし、会えないままで命を落とせば、恋だって終わる。
(…前のぼくが、どんなに美人でも…)
飽きただなんて、言えやしない、と嫌というほど理解出来そう。
今の時代とは違った意味で、あの頃も、毎日が新鮮だった。
前のハーレイは「飽きる」ことなく、前のブルーを想い続けて、死に別れた後までも、そう。
(…ということは、今のぼくだと…)
育っちゃったら違うのかも、とブルーの背筋が冷たくなった。
(…前のぼくだった頃と、そっくり同じに育つんだから…)
とびきりの「美人」が出来上がるわけで、今のハーレイも心待ちにしている。
(前のお前と同じ背丈に育ったら、って…)
色々と約束までも交わして、いずれは二人で暮らすけれども…。
(…前と違って、真剣勝負じゃないんだよね…)
今のぼくたちが暮らしてく日々、と深く考えるまでも無い。
人類軍が襲って来ることは無いし、平穏な時が流れてゆくだけ。
(…毎朝、行ってらっしゃい、って…)
ハーレイを送り出すのが未来の仕事で、船を見守ることなどはしない。
二人で暮らす家を掃除してみたり、パウンドケーキを焼いてみたりと、平和そのもの。
(…ハーレイの方も、お仕事、忙しい時があったりするだけで…)
命が懸かってなどはいないし、「明日が来るかが分からない」という状況でもない。
(…今のハーレイだったら、飽きちゃっても…)
おかしくないんだ、と恐ろしい。
なまじ「美人」に育つわけだし、飽きが来るのも…。
(…愛玩動物の枠よりも…)
早いのかも、と泣きそうな気持ちになって来た。
(…もしもハーレイに、飽きられちゃったら…)
どうすればいいの、と思考がぐるぐるしそうになる。
飽きられてしまえば、ハーレイは、出て行ったりまではしなくても…。
(…ぼくがいたって、マイペースで…)
本を読んだり、庭木を刈ったり、自分の世界で楽しむ日々。
ブルーの方では、ハーレイに構って欲しいと思っているのに、知らん顔をして。
そうなりそうだよ、と怖いけれども、対策は何も思い付かない。
(飽きられちゃったら、何をしたって…)
ハーレイは「ブルー」に無関心だし、どうすることも出来はしないだろう。
(何処かに行こうよ、って誘ってみたって…)
生返事になるか、出掛けた先で、「俺はこっちの方に行くから」と、別行動になるか。
(…どっちも、ホントにありそうなんだけど…!)
困っちゃうよ、と泣きそうだから、飽きられるのは勘弁して欲しい。
飽きられてしまったら、おしまいだから。
いくらハーレイのことが好きでも、ハーレイはブルーに無関心になってしまうのだから…。
飽きられちゃったら・了
※今のブルー君は、美人と呼ばれるには少し早すぎ。美人と違って、飽きはしなさそう。
けれど、いずれは前と同じに美人なだけに、ハーレイ先生、飽きてしまうかもv
今のぼくだと美人以前、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(…前のぼくだと、美人だよね?)
男だけど、と今の時代の「前の自分」の評判からも推測出来る。
前の生では写真を撮っている暇などは無くて、公式写真の類さえも無かった。
(記録としての写真と、映像ばっかり…)
その筈なのに、長い時が流れた今の時代は、写真集が幾つも出たりしている。
恐らく、トォニィが生きた頃にも、似たような状況だったのだろう。
(…写真集だし、伝記とかではなくって…)
写真を鑑賞するための本で、「ソルジャー・ブルー」の顔を眺めることが目的。
「ソルジャー・ブルー」が美人でなければ、写真集があっても、せいぜい一冊くらい。
現に、前のハーレイは、写真集など出版されてはいない。
「キャプテン・ハーレイの、航宙日誌」ならば、愛蔵版までがあるというのに。
(…前のぼくって、間違いなく、美人…)
船の仲間たちだって、そう思ってたよね、と白いシャングリラが懐かしい。
「ソルジャー・ブルー」に夢中だった女性は多くて、特別扱いされてもいた。
(…ソルジャーだから、って言うだけじゃなくて…)
今で言うなら、トップスターのようなものだったろう。
船の中だけが世界の全てだったわけだし、スターの代わりに「ソルジャー・ブルー」。
(会えたらラッキー、みたいな感じだったよ)
青の間から視察で出たりする度、熱い視線を感じていた。
ブリッジはもちろん、通路や農場のような場所でも。
懐かしいな、と少しの間、ブルーの思考は白い船へと飛んだのだけれど…。
(…あの頃のぼくなら、美人なのにな…)
今だと、枠が違うんだよね、と溜息がフウと零れてしまった。
「ソルジャー・ブルー」は美人だったけれど、今のブルーは、そうではない。
(…前のぼくに似ているっていう、チビのお子様…)
ソルジャー・ブルーにも少年時代はあったわけだし、写真は今も残っている。
写真集にも載っているから、今のブルーに出会った人は、驚きもする。
(小さなソルジャー・ブルーそっくり、って大喜びして…)
記念に写真を撮る人だって少なくはない。
(…だけど、それだけ…)
スターとは枠が違うんだよ、と自覚だったら充分にあった。
今のブルーで喜ぶ人たちの目には、「可愛らしい」姿が映っている。
(眺めて楽しみたいトコは、同じなんだけど…)
前のぼくはスターで、今のぼくだと愛玩動物、と情けない気分。
スターだったら、「一緒に記念撮影」を頼み込まれて、記念の握手も求められそう。
(…今のぼくだと、そんなのは無くて…)
頼まれる写真は「ブルーしか写っていない」ものでも、気にはされない。
記念の握手も頼まれなくて、写真撮影させてくれた御礼を言われておしまい。
(…散歩してるペットと、同じだってば!)
可愛い犬などを連れて散歩中の人が、公園などで頼まれる「ペットの写真撮影」。
(とても可愛いワンちゃんですね、お名前は、って…)
飼い主に尋ねて、記念撮影、と「今の自分」と比べてみる。
「まるでちっとも変わらないよ」と、「美人ではない」今の自分を重ね合わせて。
今のブルーは、そういう位置付け。
誰も「美人」と言いはしなくて、「可愛らしい」と喜ばれる。
(…美人でも、三日で飽きられるから…)
ダメらしいけど、枠が違えば安心かも、と前向きな方に考える。
今の自分は「美人ではない」し、ハーレイも、飽きはしないだろう。
(愛玩動物の枠と同じだしね?)
ハーレイだって、楽しんでるトコはあるもの、と思い当たる節はドッサリとあった。
(…ぼくの頬っぺた、両手でペシャンと潰して、ハコフグ…)
怒って膨れたら、やられてるし、と「ハコフグの刑」が浮かんで来る。
(アレをやってる時のハーレイ、いつも笑ってばっかりで…)
絶対、ぼくをオモチャにしてるよね、と悔しいけれども、嬉しくもある。
「愛玩動物の枠」と同じ枠に入っているから、そういった具合にからかわれる。
飽きるどころか、顔を見る度、新鮮なのに違いない。
(…会えない日だって、珍しくないし…)
今日だってそう、と思うくらいに、前の生とは違っている。
前の生だと、会えない日などは、一日も無かった。
(ソルジャーとキャプテン、船のトップに立っていたから…)
一日に一度は顔を合わせられるように、朝食の時間が設けられていた。
毎朝、青の間で一緒に食事で、情報交換などが出来るように、と。
(……えっと……?)
会えない日は無かった、という点が、ブルーの頭に引っ掛かった。
(…前のぼくだと、うんと美人で…)
今でも写真集があるほどだけど、と首を傾げる。
(……前のハーレイ、飽きていないよ……?)
毎日、美人と会っていたのに、と不思議だけれども、前のハーレイは特別だったろうか。
(何日見てても、飽きないタイプで…)
三百年以上も飽きなかったのかな、と思い返して、感心してしまう。
(前のハーレイ、とても辛抱強かったしね…)
飽きるなんてことは無かったんだ、と感動していて、思い違いに気が付いた。
(…違うってば!)
飽きてる余裕が無かっただけ、と怖くなるくらいに、遠く遥かな時の彼方は「違っていた」。
(次の日が来るか、毎日、誰にも分からなくって…)
船ごと沈められたら終わりなのだし、皆が懸命に生きていた。
「今」があることが、白いシャングリラでは大切なことで、次のことなど保証されない。
(…飽きちゃったよ、って放り出したら、その次の日は…)
来はしないままで、飽きたと思った「何か」に、二度と出会えるチャンスは無い。
(命ごと、全部、消えてしまって…)
戻って来る日は来ないのだから、飽きたりはしない。
(…前のぼくには、飽きちゃったから、って…)
ハーレイが「会いに来ないで、放っておいた日」が、船の最期になりかねない。
そうなったならば、後悔している暇さえも無い。
(…人類軍の攻撃が来たら、ハーレイも、ぼくも…)
顔を合わせることが出来るか、今、考えてみても危うい。
(ぼくは出撃、ハーレイはブリッジ…)
それぞれ持ち場が違うわけだし、会えないままで命を落とせば、恋だって終わる。
(…前のぼくが、どんなに美人でも…)
飽きただなんて、言えやしない、と嫌というほど理解出来そう。
今の時代とは違った意味で、あの頃も、毎日が新鮮だった。
前のハーレイは「飽きる」ことなく、前のブルーを想い続けて、死に別れた後までも、そう。
(…ということは、今のぼくだと…)
育っちゃったら違うのかも、とブルーの背筋が冷たくなった。
(…前のぼくだった頃と、そっくり同じに育つんだから…)
とびきりの「美人」が出来上がるわけで、今のハーレイも心待ちにしている。
(前のお前と同じ背丈に育ったら、って…)
色々と約束までも交わして、いずれは二人で暮らすけれども…。
(…前と違って、真剣勝負じゃないんだよね…)
今のぼくたちが暮らしてく日々、と深く考えるまでも無い。
人類軍が襲って来ることは無いし、平穏な時が流れてゆくだけ。
(…毎朝、行ってらっしゃい、って…)
ハーレイを送り出すのが未来の仕事で、船を見守ることなどはしない。
二人で暮らす家を掃除してみたり、パウンドケーキを焼いてみたりと、平和そのもの。
(…ハーレイの方も、お仕事、忙しい時があったりするだけで…)
命が懸かってなどはいないし、「明日が来るかが分からない」という状況でもない。
(…今のハーレイだったら、飽きちゃっても…)
おかしくないんだ、と恐ろしい。
なまじ「美人」に育つわけだし、飽きが来るのも…。
(…愛玩動物の枠よりも…)
早いのかも、と泣きそうな気持ちになって来た。
(…もしもハーレイに、飽きられちゃったら…)
どうすればいいの、と思考がぐるぐるしそうになる。
飽きられてしまえば、ハーレイは、出て行ったりまではしなくても…。
(…ぼくがいたって、マイペースで…)
本を読んだり、庭木を刈ったり、自分の世界で楽しむ日々。
ブルーの方では、ハーレイに構って欲しいと思っているのに、知らん顔をして。
そうなりそうだよ、と怖いけれども、対策は何も思い付かない。
(飽きられちゃったら、何をしたって…)
ハーレイは「ブルー」に無関心だし、どうすることも出来はしないだろう。
(何処かに行こうよ、って誘ってみたって…)
生返事になるか、出掛けた先で、「俺はこっちの方に行くから」と、別行動になるか。
(…どっちも、ホントにありそうなんだけど…!)
困っちゃうよ、と泣きそうだから、飽きられるのは勘弁して欲しい。
飽きられてしまったら、おしまいだから。
いくらハーレイのことが好きでも、ハーレイはブルーに無関心になってしまうのだから…。
飽きられちゃったら・了
※今のブルー君は、美人と呼ばれるには少し早すぎ。美人と違って、飽きはしなさそう。
けれど、いずれは前と同じに美人なだけに、ハーレイ先生、飽きてしまうかもv
(…美人は三日で飽きる、って言うが…)
前の俺は飽きはしなかったな、とハーレイが、ふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(…三日どころか、三百年も…)
飽きずに眺め続けたんだ、と遠く遥かな時の彼方での歳月を思う。
前のハーレイは、飽きることなく「前のブルー」を見詰め続けた。
三日で飽きるなど、今、考えてみても「有り得ない」。
(…あんな美人は、そうはいないぞ…)
美人過ぎると飽きないのかもな、と可笑しくなる。
「ブルーに飽きる」時が来るなど、思い付きさえしなかった。
(…今の俺にしても、きっと…)
三百年でも飽きやしない、と「飽きない自信」は、たっぷりとある。
青い地球の上に生まれ変わったのだし、尚更だろう。
(前だと、考えられなかったような暮らしで…)
飽きるどころか、新鮮な日々が続きそうだ。
(現に今でも、新鮮で…)
新鮮すぎると言うべきかもな、と「今のブルー」を頭に描いた。
今のブルーは、十四歳にしかならない「子供」で「チビ」。
小さなブルーは、前の生でも出会ったけれども、今のブルーとは全く違う。
(中身は確かに子供だったが、前の俺より年上で…)
サイオンだって凄かったんだ、とアルタミラでの出会いを思い出す。
今の「サイオンが不器用になった」ブルーとは、月とスッポンくらいに差があった。
(…俺が言うまで、思い付いてはいなかったが…)
前のブルーは、強いサイオンで、大勢の仲間を救い出した。
メギドの炎で燃える地面を走り続けて、閉じ込められた仲間を解き放って。
前のブルーは、同じチビでも「強かった」。
サイオンばかりか、心の方も、やはり強めに出来ていた。
(直ぐに膨れてしまいやしなかったな…)
頬っぺたを膨らませた顔などは知らん、と今のブルーと比べてみる。
(前のあいつの、ハコフグみたいな顔は知らんし…)
顔を見ているだけでも新鮮だ、と愉快になる。
今でさえも「そういう調子」なのだし、先の人生は、もっと新鮮なのに違いない。
(前のあいつと瓜二つでも、まるで違って見えそうだぞ…)
釣りをしているブルーなんて、と「約束」の一つを思うだけでも、楽しみな気分。
今のハーレイの父は、釣りの名人。
ブルーも「大きくなったら、ハーレイのお父さんと釣りに行きたい」と夢を見ている。
約束は、じきに叶うだろうし、釣竿を持った「ブルー」が見られる。
前のブルーだと、釣りの道具を使う機会は、一度も無かった。
釣りが出来る日を「いつか、地球で」と夢に見たって、其処までが長い。
(…まず、人類とミュウの関係ってヤツを…)
なんとか解決しないことには、地球には行けない。
当然、釣りに行けもしないし、其処までの道を「切り開く」のが、前のブルーの役目だった。
(…とんでもない、重大な責任で…)
ブルーが一人で背負ってゆくには「重すぎた」けれど、どうすることも出来はしなかった。
(…タイプ・ブルーは、あいつ一人で…)
他の者では「戦えない」以上、ブルーが一人で背負うしかない。
(そんなあいつを、横で支えることしか出来なかったが…)
今度は逆になりそうだしな、と「今のブルー」が「前より弱い」のが、本当に嬉しい。
(あいつは、不満たらたらなんだが…)
俺にとっては有難いんだ、と「今の自分」に感謝する。
ブルーよりも年上に生まれられたし、身体も頑丈に出来ているから、今のブルーに丁度いい。
横で支えて生きるのではなくて、先に立って進んでゆける人生。
(…今のあいつの手を、しっかりと握ってだな…)
次はこっちだ、とリードしながら行けるってモンだ、とコーヒーのカップを傾ける。
ブルーに「飽きる」日など来なくて、人生が幕を閉じる時まで、幸せ一杯で歩けそうだ。
(…砂糖カエデが生えた森とか、青いケシが咲く高い山とか…)
旅に行けるし、普段だったら食事にドライブ、と夢が大きく広がってゆく。
どれも「今は、まだ夢」の時点だけれども、いずれは叶うことばかり。
(あいつに飽きる暇など、何処にあるんだ?)
無いじゃないか、と思う間に、ハタと気付いた。
(……待てよ?)
俺の方では飽きないんだが…、と「今のブルー」を考えてみる。
(…美人でも、三日で飽きるそうだし…)
俺の場合はどうなんだ、と鏡を覗くまでもない。
(…美人どころか、逆と言っても…)
いいのが「俺」というわけなだんだが…、と時の彼方での「約束事」が蘇って来る。
(…シャングリラで作ってた、薔薇の花びらのジャムは…)
数が少ないせいで、出来上がる度に「クジ引き」だった。
そのためのクジが入れられた箱は、白いシャングリラの中を回って、ブリッジにも来た。
(クジの箱が来たら、ゼルまでもが…)
「どれ、運試しじゃ」と、箱に手を突っ込んでいたものだけれど…。
(クジ引きの箱は、前の俺の前は、いつも素通り…)
立ち止まりもせずに通り過ぎて行った、クジの箱を持った女性たち。
「キャプテンに、薔薇のジャムは似合わないわよね」と、船の女性たちは思っていた。
(…恐らく、前のあいつ以外は…)
俺なんか見てはいなかったんだ、と悪い方での自信なら「ある」。
前のブルーは「美人過ぎる」くらいだったけれども、前のハーレイは「美人」とは逆。
ついでに「今のハーレイ」の方も、前のハーレイと瓜二つ。
導き出せる答えは、一つしか無くて、今のハーレイも、「美人ではない」。
(…なんてこった…)
美人でも三日で飽きるんだぞ、とハーレイは、恐ろしい気持ちになって来た。
(シャングリラの頃なら、前のあいつも…)
ハーレイしか見てはいなかったけれど、今の生では条件が違う。
「ソルジャーとキャプテン」という、絶対的な絆の方も、今度は危うい。
(…結婚して、一緒に暮らし始めたら…)
あいつ、三日で飽きるかもな、と背筋がゾクリと冷える。
(…俺の顔なんぞを見続けてるより、ちょいと息抜き、って…)
別行動を取りたくなって、二人で買い物に出掛けた先でも、入口の所で別れるとか。
(…それじゃ、後で、と…)
集合時間と場所を決めたら、ブルーは「一人で」出掛けてゆく。
ハーレイが「野菜や肉」といった食材を買いに行こうが、ブルーの方は、お構いなし。
(…今夜の食事は、これがいいな、とも…)
希望のメニューを言いもしないで、ブルーの関心は他に向けられて、別の買い物。
(…買い物で済めば、まだマシな方で…)
近くの公園へ散歩に行くとか、最悪なケースとしては、同じ店の中で…。
(フードコートに出掛けて行って、新着メニューをチェックして…)
何か飲んだり、アイスを食べたり、「ハーレイは抜きで」、寛ぎの時間。
なにしろ「ハーレイには、飽きた」わけだし、「ハーレイがいない」場所が一番。
(…ありそうな未来で、困るんだが…!)
飽きられたなら、そうなっちまう、と慌てふためいてみても、解決策は無さそう。
前の生から「この顔」なのだし、変わってくれるわけがない。
ブルーがハーレイに「飽きてしまえば」、それでおしまい。
(…どうすりゃいいんだ…?)
巻き返しのチャンスは、自力で作るしか無いんだよな、と絶望しそうにもなる。
ブルーが「ハーレイに飽きた」以上は、誘ってみるだけ無駄だろう。
デートも食事も、旅にしたって、ブルーは「付き合ってはくれる」だろうけれども…。
(行った先でも、退屈そうに…)
俺とは別に動くかもな、と思えて来るから、そんな未来は来て欲しくない。
(…俺の方では、あいつに飽きる時は来ないし…)
飽きられたなら、泣き暮らす日々になるんだしな、と今から神に祈りたくなる。
「ブルーが、俺に飽きませんように」と、「美人ではない」自分の未来を。
美人でも三日で飽きるらしいし、美人ではない「今のハーレイ」は、大いに不利。
「どうか、神様…」と、祈ることしか出来ないわけだし、祈っておこう。
今のブルーも、前のブルーと同じに「ハーレイに、飽きてしまわない」ように。
三百年以上経とうが、飽きることなく「ハーレイ」だけを見てくれるよう。
「ハーレイの顔を見てるよりかは」と、別行動を取られる日々だと、悲しすぎるから…。
飽きられたなら・了
※ブルー君に飽きる日など来ない、と思うハーレイ先生ですけど、逆が問題。
美人でさえも三日で飽きるのだったら、美人とは逆のハーレイ先生、飽きられるのかもv
前の俺は飽きはしなかったな、とハーレイが、ふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(…三日どころか、三百年も…)
飽きずに眺め続けたんだ、と遠く遥かな時の彼方での歳月を思う。
前のハーレイは、飽きることなく「前のブルー」を見詰め続けた。
三日で飽きるなど、今、考えてみても「有り得ない」。
(…あんな美人は、そうはいないぞ…)
美人過ぎると飽きないのかもな、と可笑しくなる。
「ブルーに飽きる」時が来るなど、思い付きさえしなかった。
(…今の俺にしても、きっと…)
三百年でも飽きやしない、と「飽きない自信」は、たっぷりとある。
青い地球の上に生まれ変わったのだし、尚更だろう。
(前だと、考えられなかったような暮らしで…)
飽きるどころか、新鮮な日々が続きそうだ。
(現に今でも、新鮮で…)
新鮮すぎると言うべきかもな、と「今のブルー」を頭に描いた。
今のブルーは、十四歳にしかならない「子供」で「チビ」。
小さなブルーは、前の生でも出会ったけれども、今のブルーとは全く違う。
(中身は確かに子供だったが、前の俺より年上で…)
サイオンだって凄かったんだ、とアルタミラでの出会いを思い出す。
今の「サイオンが不器用になった」ブルーとは、月とスッポンくらいに差があった。
(…俺が言うまで、思い付いてはいなかったが…)
前のブルーは、強いサイオンで、大勢の仲間を救い出した。
メギドの炎で燃える地面を走り続けて、閉じ込められた仲間を解き放って。
前のブルーは、同じチビでも「強かった」。
サイオンばかりか、心の方も、やはり強めに出来ていた。
(直ぐに膨れてしまいやしなかったな…)
頬っぺたを膨らませた顔などは知らん、と今のブルーと比べてみる。
(前のあいつの、ハコフグみたいな顔は知らんし…)
顔を見ているだけでも新鮮だ、と愉快になる。
今でさえも「そういう調子」なのだし、先の人生は、もっと新鮮なのに違いない。
(前のあいつと瓜二つでも、まるで違って見えそうだぞ…)
釣りをしているブルーなんて、と「約束」の一つを思うだけでも、楽しみな気分。
今のハーレイの父は、釣りの名人。
ブルーも「大きくなったら、ハーレイのお父さんと釣りに行きたい」と夢を見ている。
約束は、じきに叶うだろうし、釣竿を持った「ブルー」が見られる。
前のブルーだと、釣りの道具を使う機会は、一度も無かった。
釣りが出来る日を「いつか、地球で」と夢に見たって、其処までが長い。
(…まず、人類とミュウの関係ってヤツを…)
なんとか解決しないことには、地球には行けない。
当然、釣りに行けもしないし、其処までの道を「切り開く」のが、前のブルーの役目だった。
(…とんでもない、重大な責任で…)
ブルーが一人で背負ってゆくには「重すぎた」けれど、どうすることも出来はしなかった。
(…タイプ・ブルーは、あいつ一人で…)
他の者では「戦えない」以上、ブルーが一人で背負うしかない。
(そんなあいつを、横で支えることしか出来なかったが…)
今度は逆になりそうだしな、と「今のブルー」が「前より弱い」のが、本当に嬉しい。
(あいつは、不満たらたらなんだが…)
俺にとっては有難いんだ、と「今の自分」に感謝する。
ブルーよりも年上に生まれられたし、身体も頑丈に出来ているから、今のブルーに丁度いい。
横で支えて生きるのではなくて、先に立って進んでゆける人生。
(…今のあいつの手を、しっかりと握ってだな…)
次はこっちだ、とリードしながら行けるってモンだ、とコーヒーのカップを傾ける。
ブルーに「飽きる」日など来なくて、人生が幕を閉じる時まで、幸せ一杯で歩けそうだ。
(…砂糖カエデが生えた森とか、青いケシが咲く高い山とか…)
旅に行けるし、普段だったら食事にドライブ、と夢が大きく広がってゆく。
どれも「今は、まだ夢」の時点だけれども、いずれは叶うことばかり。
(あいつに飽きる暇など、何処にあるんだ?)
無いじゃないか、と思う間に、ハタと気付いた。
(……待てよ?)
俺の方では飽きないんだが…、と「今のブルー」を考えてみる。
(…美人でも、三日で飽きるそうだし…)
俺の場合はどうなんだ、と鏡を覗くまでもない。
(…美人どころか、逆と言っても…)
いいのが「俺」というわけなだんだが…、と時の彼方での「約束事」が蘇って来る。
(…シャングリラで作ってた、薔薇の花びらのジャムは…)
数が少ないせいで、出来上がる度に「クジ引き」だった。
そのためのクジが入れられた箱は、白いシャングリラの中を回って、ブリッジにも来た。
(クジの箱が来たら、ゼルまでもが…)
「どれ、運試しじゃ」と、箱に手を突っ込んでいたものだけれど…。
(クジ引きの箱は、前の俺の前は、いつも素通り…)
立ち止まりもせずに通り過ぎて行った、クジの箱を持った女性たち。
「キャプテンに、薔薇のジャムは似合わないわよね」と、船の女性たちは思っていた。
(…恐らく、前のあいつ以外は…)
俺なんか見てはいなかったんだ、と悪い方での自信なら「ある」。
前のブルーは「美人過ぎる」くらいだったけれども、前のハーレイは「美人」とは逆。
ついでに「今のハーレイ」の方も、前のハーレイと瓜二つ。
導き出せる答えは、一つしか無くて、今のハーレイも、「美人ではない」。
(…なんてこった…)
美人でも三日で飽きるんだぞ、とハーレイは、恐ろしい気持ちになって来た。
(シャングリラの頃なら、前のあいつも…)
ハーレイしか見てはいなかったけれど、今の生では条件が違う。
「ソルジャーとキャプテン」という、絶対的な絆の方も、今度は危うい。
(…結婚して、一緒に暮らし始めたら…)
あいつ、三日で飽きるかもな、と背筋がゾクリと冷える。
(…俺の顔なんぞを見続けてるより、ちょいと息抜き、って…)
別行動を取りたくなって、二人で買い物に出掛けた先でも、入口の所で別れるとか。
(…それじゃ、後で、と…)
集合時間と場所を決めたら、ブルーは「一人で」出掛けてゆく。
ハーレイが「野菜や肉」といった食材を買いに行こうが、ブルーの方は、お構いなし。
(…今夜の食事は、これがいいな、とも…)
希望のメニューを言いもしないで、ブルーの関心は他に向けられて、別の買い物。
(…買い物で済めば、まだマシな方で…)
近くの公園へ散歩に行くとか、最悪なケースとしては、同じ店の中で…。
(フードコートに出掛けて行って、新着メニューをチェックして…)
何か飲んだり、アイスを食べたり、「ハーレイは抜きで」、寛ぎの時間。
なにしろ「ハーレイには、飽きた」わけだし、「ハーレイがいない」場所が一番。
(…ありそうな未来で、困るんだが…!)
飽きられたなら、そうなっちまう、と慌てふためいてみても、解決策は無さそう。
前の生から「この顔」なのだし、変わってくれるわけがない。
ブルーがハーレイに「飽きてしまえば」、それでおしまい。
(…どうすりゃいいんだ…?)
巻き返しのチャンスは、自力で作るしか無いんだよな、と絶望しそうにもなる。
ブルーが「ハーレイに飽きた」以上は、誘ってみるだけ無駄だろう。
デートも食事も、旅にしたって、ブルーは「付き合ってはくれる」だろうけれども…。
(行った先でも、退屈そうに…)
俺とは別に動くかもな、と思えて来るから、そんな未来は来て欲しくない。
(…俺の方では、あいつに飽きる時は来ないし…)
飽きられたなら、泣き暮らす日々になるんだしな、と今から神に祈りたくなる。
「ブルーが、俺に飽きませんように」と、「美人ではない」自分の未来を。
美人でも三日で飽きるらしいし、美人ではない「今のハーレイ」は、大いに不利。
「どうか、神様…」と、祈ることしか出来ないわけだし、祈っておこう。
今のブルーも、前のブルーと同じに「ハーレイに、飽きてしまわない」ように。
三百年以上経とうが、飽きることなく「ハーレイ」だけを見てくれるよう。
「ハーレイの顔を見てるよりかは」と、別行動を取られる日々だと、悲しすぎるから…。
飽きられたなら・了
※ブルー君に飽きる日など来ない、と思うハーレイ先生ですけど、逆が問題。
美人でさえも三日で飽きるのだったら、美人とは逆のハーレイ先生、飽きられるのかもv
(…今日は、忙しかったよね…)
ぼくにしては、と小さなブルーが振り返ってみる今日の出来事。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(ハーレイが来た日じゃなかったのに…)
読もうとしていた本が読めなかったな、と勉強机の方に目を遣る。
其処に置かれた本に挟んだ栞は、昨日の場所から一ページさえも動いていない。
(…今から読んだら、止まらなくなって…)
夜更かしになってしまうもの、と諦めてはいる。
「だけど、ちょっぴり残念だよね」と、本の中身が気になるけれども、仕方ない。
(…帰って来た後、晩御飯までの時間は…)
いつも通りに過ごしてたよね、と自分でも不思議に思えてくる。
(あそこまでは、時間、あったんだけどな…)
学校から家に帰って来てから、おやつを食べて、宿題も予習も早く済ませた。
ハーレイが仕事帰りに寄ってくれたら、安心して時間を使えるように。
(でも、ハーレイは来なくって…)
本の続きを読もうかな、と考えたものの、今日は時間がたっぷりとある。
急がなくても構わないや、と白いシャングリラの写真集を見たりしてから、夕食だった。
(晩御飯が済んで、部屋に帰ろうとしてた所で…)
通信機が鳴り出して、表示されていたのは、友人の家の番号だったらしい。
「はい」と通信に出た母が、「ブルー、お友達からよ」と呼びに来た。
(学校で会ったのに、何なんだろう、って…)
首を傾げて通信機の前に立った時から、忙しくなった。
通信機の向こうから聞こえた、友人の最初の言葉はこうだった。
「悪い、国語の宿題、何だったっけ?」
国語の授業は明日の一時間目で、前の授業は昨日だったのに。
友人が言うには、「学校に教科書とノートを忘れて来た」らしい。
(…宿題、プリントを貰ったわけじゃなくって…)
授業の終わり際に、先生が「宿題を出しますから、問題をメモして帰りなさい」と宣言した。
「ごく簡単な問題が三つ、答えはレポート用紙に書いて提出してするように」とも。
(…その問題を書いたノートを、忘れたんじゃね…)
仕方ないよ、と同情しながら「ちょっと待ってて」と部屋に急いだ。
問題を書いたノートを持って戻って、友人に伝える。
「いい? 一問目は、こう。二問目がこうで、三問目がこうだったよ」と、順に読み上げて。
友人は「悪いな、急に」とメモしていたけれど、三問目まで聞いて「ええ…」という声。
「どうかしたの?」
ただ感想を書くだけだよ、と声を掛けたら、返って来たのは…。
「…あの話、読んでいなかった…」
「…嘘…」
教科書にしか載っていない話だったんじゃ…、とブルーも絶句してしまった。
ごくごく短い話なのだけれど、教科書のための書き下ろしだと聞く。
本の形で出てはいなくて、データベースにも入っていない。
友人が頑張って調べたとしても、「誰かが勝手に載せた」話が見付かるかは謎。
(だけど、探して貰うしか…)
読まないと感想は書けないものね、と気の毒に思いかけたら、友人は深い溜息をついた。
「どうしよう…。誰かが載せてくれてたとしても、調べられないんだ…」
「なんで?」
「端末、昨日、壊しちまって…」
修理から戻って来るのは、明日の夕方になるらしい。
「親のを借りればいいんだろうけど、お前に通信を入れていたのが…」
バレちまってるから、宿題のことだとバレるよな、と友人の声は萎れていた。
「借りるの、多分、無理だと思うぜ…」と。
宿題の一問目と二問目までは、教科書を忘れて帰っていても書ける内容。
けれど、三問目だけは、そうはいかない。
(一度だけでも、読んでいたなら…)
少し中身がズレていたって、先生は気付かないだろう。
感想などは人の数だけあるものなのだし、「この子の考えだと、こうらしいな」で済む。
大間違いをやっていたとしても、「読解力が足りないらしい」と思われるだけ。
(…だけど、全然、読んでないんじゃ…)
下の学校の一年生の作文みたいになっちゃうよ、とブルーにも分かる。
「とても楽しいお話でした」とだけ書いてあるような、感想文。
通信機の向こうの友人にだって、「マズイ状況」なことは分かっているから、何度も溜息。
(…諦めるしかないものね…)
宿題を忘れた生徒は、後日に提出になって、オマケの課題も出されてしまう。
とはいえ、そうなるしかない運命なのが友人だった。
(…可哀相だけど…)
ぼくじゃどうにもしてあげられない、と無力さを思う間に、友人が「そうだ!」と叫んだ。
「あの話、短かったよな?」
「うん。読む気があったら、読めた筈だよ」
「教科書を読む趣味、無くってさ…。悪いけど、読んでくれないか?」
それを聞いたら感想だって書けるしな、という素晴らしいアイデア。
「…そうだね、教科書、部屋から持って来るよ!」
宿題が出来ればいいんだし、と教科書を取りに出掛けて、それから朗読。
「聞いているだけ」の友人の頭に入るようにと、ゆっくりにして。
一文ごとに「次に行っていい?」と確認もして。
お蔭で友人の宿題は出来て、大いに感謝されたけれども…。
(…朗読だけでは、済まなかったんだよね…)
友人は「聞いてただけだし、勘違いがあったら困るから」と、感想を書いている間も…。
(待っててくれ、って頼まれちゃって…)
書き上がった後に、「これでいいかな?」と感想文の読み上げまでした。
全て終わって「お疲れ様!」と、通信を切れば良かったのに…。
(ついつい、今日の学校の話とか…)
話し込んでしまって、通信が終わって部屋に戻るなり、母が呼びに来た。
「ブルー、とっくにお風呂の時間よ、まだ入らないの?」
「えっ、そうだっけ?」
「そうよ、通信、長かったでしょう?」
ちゃんと時計を見ておかないと、と母が指差す壁の時計は、お風呂の時間になっていた。
しかも普段の「お風呂」だったら、そろそろ上がって来そうな頃合い。
(…気付かなかった、って大慌てで…)
パジャマなどを抱えて階段を下りて、お風呂の中でも大急ぎ。
(のんびり浸かっていたら、遅くなるから…)
このくらいかな、と切り上げて部屋に帰った後が、「今」という時間。
読もうと思っていた本は読めなくて、後は寝るしかないだけになる。
(…忙しすぎ…)
いつもだったら、もっとゆっくり出来るのに、と嘆くけれども、後悔は無い。
友人のピンチを助けられたし、お喋りの時間も楽しかった。
「教科書の話を朗読した」のも、滅多に出来ない経験だったと言えるだろう。
(ハーレイに話したら、大笑いしそう!)
その時のハーレイの顔が、目に浮かぶよう。
「おいおいおい…。その朗読をさせた間抜けは、どいつなんだ?」と尋ねるのも。
(…ハーレイの授業でも、よく失敗してるし…)
ハーレイは「あいつだったら、ありそうだよな」と笑い転げるかもしれない。
そういったことを考えるだけでも、愉快ではある。
だけど…、と「忙しかった結果」の方は、少し悲しい。
読めていた筈の「本の続き」は読めなかったし、栞の場所も動かないまま。
(…残念だよね…)
ホントに残念、と溜息をついて、ハタと気付いた。
いつか、ハーレイと暮らし始めた後にも、こういった時が来るかもしれない。
(ハーレイが何かしていて、手が足りなくて…)
「ちょっと手を貸してくれないか?」と頼んで来たなら、どうするだろう。
本を読んでいる最中だとか、お風呂に入ろうとしていた時とか、ブルーとしては大切な時間。
(もしも、ハーレイに手を貸しに行ったら…)
今日の友人で「そうなった」みたいに、忙しくなって、予定はパアになりそうだけれど…。
(…ハーレイのお手伝いが出来るんだしね…)
忙しくっても構わないや、と頬が緩んだ。
「ハーレイのために割いた時間」で、自分の時間を削ってしまっても、気にはならない。
どちらかと言えば嬉しいくらいで、今日と同じで後悔はしない。
(あそこで時間を持って行かれちゃった、と思ったって…)
残念な気分になったとしたって、少しだけだよ、と自信が溢れる。
「そんなの、後で取り返せるしね」と、「ハーレイのお手伝い」が最優先。
(…ハーレイだって、さっきの友達みたいに…)
喜んでくれる筈だし、手伝いの後に話し込むのも、きっと楽しい。
後で、どんなに忙しくっても。
「こんな筈じゃあ…」と、溜息をついて、失くした時間を数え直したとしても…。
忙しくっても・了
※宿題が出来ない友人のために、教科書を朗読したブルー君。手伝って忙しかった日。
けれど後悔は無くて、将来、ハーレイ先生と暮らし始めた後には、ハーレイ先生が最優先v
ぼくにしては、と小さなブルーが振り返ってみる今日の出来事。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(ハーレイが来た日じゃなかったのに…)
読もうとしていた本が読めなかったな、と勉強机の方に目を遣る。
其処に置かれた本に挟んだ栞は、昨日の場所から一ページさえも動いていない。
(…今から読んだら、止まらなくなって…)
夜更かしになってしまうもの、と諦めてはいる。
「だけど、ちょっぴり残念だよね」と、本の中身が気になるけれども、仕方ない。
(…帰って来た後、晩御飯までの時間は…)
いつも通りに過ごしてたよね、と自分でも不思議に思えてくる。
(あそこまでは、時間、あったんだけどな…)
学校から家に帰って来てから、おやつを食べて、宿題も予習も早く済ませた。
ハーレイが仕事帰りに寄ってくれたら、安心して時間を使えるように。
(でも、ハーレイは来なくって…)
本の続きを読もうかな、と考えたものの、今日は時間がたっぷりとある。
急がなくても構わないや、と白いシャングリラの写真集を見たりしてから、夕食だった。
(晩御飯が済んで、部屋に帰ろうとしてた所で…)
通信機が鳴り出して、表示されていたのは、友人の家の番号だったらしい。
「はい」と通信に出た母が、「ブルー、お友達からよ」と呼びに来た。
(学校で会ったのに、何なんだろう、って…)
首を傾げて通信機の前に立った時から、忙しくなった。
通信機の向こうから聞こえた、友人の最初の言葉はこうだった。
「悪い、国語の宿題、何だったっけ?」
国語の授業は明日の一時間目で、前の授業は昨日だったのに。
友人が言うには、「学校に教科書とノートを忘れて来た」らしい。
(…宿題、プリントを貰ったわけじゃなくって…)
授業の終わり際に、先生が「宿題を出しますから、問題をメモして帰りなさい」と宣言した。
「ごく簡単な問題が三つ、答えはレポート用紙に書いて提出してするように」とも。
(…その問題を書いたノートを、忘れたんじゃね…)
仕方ないよ、と同情しながら「ちょっと待ってて」と部屋に急いだ。
問題を書いたノートを持って戻って、友人に伝える。
「いい? 一問目は、こう。二問目がこうで、三問目がこうだったよ」と、順に読み上げて。
友人は「悪いな、急に」とメモしていたけれど、三問目まで聞いて「ええ…」という声。
「どうかしたの?」
ただ感想を書くだけだよ、と声を掛けたら、返って来たのは…。
「…あの話、読んでいなかった…」
「…嘘…」
教科書にしか載っていない話だったんじゃ…、とブルーも絶句してしまった。
ごくごく短い話なのだけれど、教科書のための書き下ろしだと聞く。
本の形で出てはいなくて、データベースにも入っていない。
友人が頑張って調べたとしても、「誰かが勝手に載せた」話が見付かるかは謎。
(だけど、探して貰うしか…)
読まないと感想は書けないものね、と気の毒に思いかけたら、友人は深い溜息をついた。
「どうしよう…。誰かが載せてくれてたとしても、調べられないんだ…」
「なんで?」
「端末、昨日、壊しちまって…」
修理から戻って来るのは、明日の夕方になるらしい。
「親のを借りればいいんだろうけど、お前に通信を入れていたのが…」
バレちまってるから、宿題のことだとバレるよな、と友人の声は萎れていた。
「借りるの、多分、無理だと思うぜ…」と。
宿題の一問目と二問目までは、教科書を忘れて帰っていても書ける内容。
けれど、三問目だけは、そうはいかない。
(一度だけでも、読んでいたなら…)
少し中身がズレていたって、先生は気付かないだろう。
感想などは人の数だけあるものなのだし、「この子の考えだと、こうらしいな」で済む。
大間違いをやっていたとしても、「読解力が足りないらしい」と思われるだけ。
(…だけど、全然、読んでないんじゃ…)
下の学校の一年生の作文みたいになっちゃうよ、とブルーにも分かる。
「とても楽しいお話でした」とだけ書いてあるような、感想文。
通信機の向こうの友人にだって、「マズイ状況」なことは分かっているから、何度も溜息。
(…諦めるしかないものね…)
宿題を忘れた生徒は、後日に提出になって、オマケの課題も出されてしまう。
とはいえ、そうなるしかない運命なのが友人だった。
(…可哀相だけど…)
ぼくじゃどうにもしてあげられない、と無力さを思う間に、友人が「そうだ!」と叫んだ。
「あの話、短かったよな?」
「うん。読む気があったら、読めた筈だよ」
「教科書を読む趣味、無くってさ…。悪いけど、読んでくれないか?」
それを聞いたら感想だって書けるしな、という素晴らしいアイデア。
「…そうだね、教科書、部屋から持って来るよ!」
宿題が出来ればいいんだし、と教科書を取りに出掛けて、それから朗読。
「聞いているだけ」の友人の頭に入るようにと、ゆっくりにして。
一文ごとに「次に行っていい?」と確認もして。
お蔭で友人の宿題は出来て、大いに感謝されたけれども…。
(…朗読だけでは、済まなかったんだよね…)
友人は「聞いてただけだし、勘違いがあったら困るから」と、感想を書いている間も…。
(待っててくれ、って頼まれちゃって…)
書き上がった後に、「これでいいかな?」と感想文の読み上げまでした。
全て終わって「お疲れ様!」と、通信を切れば良かったのに…。
(ついつい、今日の学校の話とか…)
話し込んでしまって、通信が終わって部屋に戻るなり、母が呼びに来た。
「ブルー、とっくにお風呂の時間よ、まだ入らないの?」
「えっ、そうだっけ?」
「そうよ、通信、長かったでしょう?」
ちゃんと時計を見ておかないと、と母が指差す壁の時計は、お風呂の時間になっていた。
しかも普段の「お風呂」だったら、そろそろ上がって来そうな頃合い。
(…気付かなかった、って大慌てで…)
パジャマなどを抱えて階段を下りて、お風呂の中でも大急ぎ。
(のんびり浸かっていたら、遅くなるから…)
このくらいかな、と切り上げて部屋に帰った後が、「今」という時間。
読もうと思っていた本は読めなくて、後は寝るしかないだけになる。
(…忙しすぎ…)
いつもだったら、もっとゆっくり出来るのに、と嘆くけれども、後悔は無い。
友人のピンチを助けられたし、お喋りの時間も楽しかった。
「教科書の話を朗読した」のも、滅多に出来ない経験だったと言えるだろう。
(ハーレイに話したら、大笑いしそう!)
その時のハーレイの顔が、目に浮かぶよう。
「おいおいおい…。その朗読をさせた間抜けは、どいつなんだ?」と尋ねるのも。
(…ハーレイの授業でも、よく失敗してるし…)
ハーレイは「あいつだったら、ありそうだよな」と笑い転げるかもしれない。
そういったことを考えるだけでも、愉快ではある。
だけど…、と「忙しかった結果」の方は、少し悲しい。
読めていた筈の「本の続き」は読めなかったし、栞の場所も動かないまま。
(…残念だよね…)
ホントに残念、と溜息をついて、ハタと気付いた。
いつか、ハーレイと暮らし始めた後にも、こういった時が来るかもしれない。
(ハーレイが何かしていて、手が足りなくて…)
「ちょっと手を貸してくれないか?」と頼んで来たなら、どうするだろう。
本を読んでいる最中だとか、お風呂に入ろうとしていた時とか、ブルーとしては大切な時間。
(もしも、ハーレイに手を貸しに行ったら…)
今日の友人で「そうなった」みたいに、忙しくなって、予定はパアになりそうだけれど…。
(…ハーレイのお手伝いが出来るんだしね…)
忙しくっても構わないや、と頬が緩んだ。
「ハーレイのために割いた時間」で、自分の時間を削ってしまっても、気にはならない。
どちらかと言えば嬉しいくらいで、今日と同じで後悔はしない。
(あそこで時間を持って行かれちゃった、と思ったって…)
残念な気分になったとしたって、少しだけだよ、と自信が溢れる。
「そんなの、後で取り返せるしね」と、「ハーレイのお手伝い」が最優先。
(…ハーレイだって、さっきの友達みたいに…)
喜んでくれる筈だし、手伝いの後に話し込むのも、きっと楽しい。
後で、どんなに忙しくっても。
「こんな筈じゃあ…」と、溜息をついて、失くした時間を数え直したとしても…。
忙しくっても・了
※宿題が出来ない友人のために、教科書を朗読したブルー君。手伝って忙しかった日。
けれど後悔は無くて、将来、ハーレイ先生と暮らし始めた後には、ハーレイ先生が最優先v
