「ねえ、ハーレイって…」
偉そうだよね、と小さなブルーが口を開いた。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 俺が?」
急にどうした、とハーレイは鳶色の瞳を丸くする。
たった今まで話していたのは、他愛ないことに過ぎない。
ハーレイが「偉そう」な口を利くような、中身でもない。
何が起きたか思い当たらず、ハーレイは首を捻るしかない。
(…しかしだな…)
ブルーが「偉そう」と指摘するなら、そうなのだろう。
ハーレイ自身に覚えが無くても、傍から見れば違うとか。
(こういったヤツは、自分じゃ気付きにくいしなあ…)
いったい何処が悪かったのか、ブルーに尋ねてみなくては。
(でもって、俺が悪かったなら…)
同じ過ちを繰り返さないよう、今後は注意してゆくべき。
ブルーに何度も、不快な思いをさせてはいけない。
そうすべきだ、と判断したから、聞くことにした。
回りくどいことを言っているより、真っ直ぐに。
「すまんが、何処が偉そうなんだ?」
俺には見当がつかなくてってな、と詫びの言葉も添えて。
「うーん…。そういう所も含めて…かな?」
とにかく偉そうなんだよね、とブルーは小さな溜息をつく。
「自分で気付いていないんだったら、ダメだってば」と。
(…おいおいおい…)
そこまで言われるほどなのか、とハーレイは冷汗が出そう。
今の生での仕事は教師で、生徒との対話にも気を配る。
「偉そうに上から言っている」などと、嫌われないように。
それだけに、ブルーの言葉はショックが大きい。
生徒と話す以上に気配り、そのつもりで接しているだけに。
(…マズイ、マズイぞ…)
俺は怒らせちまったらしい、と胸に焦りが込み上げてくる。
いつから「偉そう」と思われていたか、それが恐ろしい。
堪忍袋の緒が切れたのなら、一大事だと言えるだろう。
(ハーレイなんか、大嫌いだ、と…)
言われちまったら、おしまいだぞ、と泣きたい気分。
一時的な怒りだったら、いつかは解ける日も来るけれど…。
(積もり積もって爆発したなら、俺はだな…)
お払い箱だ、と放り出されて、ブルーに愛想を尽かされる。
今のブルーと前のブルーは、違うのだから。
(…前のあいつには、俺しかいなかったんだがな…)
幸運だっただけかもしれん、と頭の中がグルグルしそう。
前のブルーでも、一つピースが違っていたら…。
(…他の誰かと行ってしまって、俺は一人で…)
寂しくキャプテンだったかもな、と怖い思考が降って来た。
「もしかして、俺は捨てられるのか?」と。
(…シャングリラみたいな狭い船でも、他の誰かを…)
選ぶ自由はあったわけだし、今の時代なら、なおのこと。
ブルーが「偉そう」なハーレイを捨てて、他の誰かと…。
(…行っちまうってか!?)
そいつは困る、と思いはしても、ブルーに選ぶ権利がある。
ならば「選んで貰える」ように努力するしかないだろう。
「偉そう」に見える態度を直して、反省して。
ブルーに捨てられてからでは、もう、やり直しは遅すぎる。
とにかく急いで直して反省、ブルーに詫びて仕切り直し。
(…どう考えても、それ以外には…)
道が無いぞ、と分かっているから、恥を承知で聞き直した。
「悪いが、本当に分からないんだ、教えてくれ!」
そうしたら、直ぐに直すから、とブルーに深く頭を下げる。
「偉そうにしているトコというのは、何処なんだ?」
「全部だってば!」
直すんだったら、全部だよね、とブルーは赤い瞳で睨む。
「何もかもだよ」と、唇までも尖らせて。
「……全部って……」
俺の態度は全部ダメか、とハーレイは言葉を失った。
これは本当に「大嫌いだ!」と放り出されてしまいそう。
(…全部だなんて…)
直す方法さえも無いぞ、と絶望的な気持ちになる。
次にブルーを怒らせた時は、叩き出されて…。
(…お別れだってか…?)
寂しい独身人生なのか、と肩を落とすしかないけれど…。
「ハーレイ、分かった?」
分かったんなら、直してよね、とブルーが言った。
「子ども扱いするのは、おしまいだよ!」と。
「なんだって?」
「ぼくをチビだと言うヤツだってば!」
前のぼくと同じに扱ってよね、とブルーは威張り返った。
「上から見下ろすのは、今日でおしまい」と、繰り返して。
(そう来たか…!)
偉そうと言うのは、ソレだったか、と腑に落ちた。
いつものブルーの良からぬ企み、それの一つに違いない。
(…こいつが、そういうつもりなら…)
そうしてやるさ、とハーレイは心でニヤッと笑う。
前のブルーと同じにするなら、望み通りにするまでで…。
「承知しました。では、本日から…」
前と同じにさせて頂きます、と口調を敬語に切り替えた。
「ご両親の前と、学校だけでは、無理ですが…」
皆さんに不審がられますし、と丁重に詫びるのも忘れない。
「そこはお許し願えますよう」と、キャプテン風に。
「えっ、ちょっと…!」
ぼくが言うのは、そうじゃなくて、とブルーは慌てた。
「違うんだってば、ぼくが直して欲しいのは…」
「何処でしょう?」
前と同じにしたのですが…、とハーレイの方も譲らない。
「仰せとあらば従いますから、ご命令を」
どうぞ、とハーレイは「キャプテンごっこ」を続けてゆく。
ブルーが懲りて詫びて来るまで、これでいこう、と。
(うん、なかなかに面白いしな?)
今日は一日キャプテンだぞ、と愉快な体験が出来そうだ。
白いシャングリラに戻ったつもりで、ブルーをからかって。
ソルジャー・ブルーは、からかうなどは無理だったし…。
(今ならではの、お楽しみってな!)
最高じゃないか、と今日は「一日キャプテン・ハーレイ」。
前の自分と同じ態度で「ブルー」に接し続ける。
悪だくみをした悪戯小僧が懲りるまで。
ブルーが「やめて!」と泣きそうな顔で叫び出すまで…。
偉そうだよね・了
偉そうだよね、と小さなブルーが口を開いた。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 俺が?」
急にどうした、とハーレイは鳶色の瞳を丸くする。
たった今まで話していたのは、他愛ないことに過ぎない。
ハーレイが「偉そう」な口を利くような、中身でもない。
何が起きたか思い当たらず、ハーレイは首を捻るしかない。
(…しかしだな…)
ブルーが「偉そう」と指摘するなら、そうなのだろう。
ハーレイ自身に覚えが無くても、傍から見れば違うとか。
(こういったヤツは、自分じゃ気付きにくいしなあ…)
いったい何処が悪かったのか、ブルーに尋ねてみなくては。
(でもって、俺が悪かったなら…)
同じ過ちを繰り返さないよう、今後は注意してゆくべき。
ブルーに何度も、不快な思いをさせてはいけない。
そうすべきだ、と判断したから、聞くことにした。
回りくどいことを言っているより、真っ直ぐに。
「すまんが、何処が偉そうなんだ?」
俺には見当がつかなくてってな、と詫びの言葉も添えて。
「うーん…。そういう所も含めて…かな?」
とにかく偉そうなんだよね、とブルーは小さな溜息をつく。
「自分で気付いていないんだったら、ダメだってば」と。
(…おいおいおい…)
そこまで言われるほどなのか、とハーレイは冷汗が出そう。
今の生での仕事は教師で、生徒との対話にも気を配る。
「偉そうに上から言っている」などと、嫌われないように。
それだけに、ブルーの言葉はショックが大きい。
生徒と話す以上に気配り、そのつもりで接しているだけに。
(…マズイ、マズイぞ…)
俺は怒らせちまったらしい、と胸に焦りが込み上げてくる。
いつから「偉そう」と思われていたか、それが恐ろしい。
堪忍袋の緒が切れたのなら、一大事だと言えるだろう。
(ハーレイなんか、大嫌いだ、と…)
言われちまったら、おしまいだぞ、と泣きたい気分。
一時的な怒りだったら、いつかは解ける日も来るけれど…。
(積もり積もって爆発したなら、俺はだな…)
お払い箱だ、と放り出されて、ブルーに愛想を尽かされる。
今のブルーと前のブルーは、違うのだから。
(…前のあいつには、俺しかいなかったんだがな…)
幸運だっただけかもしれん、と頭の中がグルグルしそう。
前のブルーでも、一つピースが違っていたら…。
(…他の誰かと行ってしまって、俺は一人で…)
寂しくキャプテンだったかもな、と怖い思考が降って来た。
「もしかして、俺は捨てられるのか?」と。
(…シャングリラみたいな狭い船でも、他の誰かを…)
選ぶ自由はあったわけだし、今の時代なら、なおのこと。
ブルーが「偉そう」なハーレイを捨てて、他の誰かと…。
(…行っちまうってか!?)
そいつは困る、と思いはしても、ブルーに選ぶ権利がある。
ならば「選んで貰える」ように努力するしかないだろう。
「偉そう」に見える態度を直して、反省して。
ブルーに捨てられてからでは、もう、やり直しは遅すぎる。
とにかく急いで直して反省、ブルーに詫びて仕切り直し。
(…どう考えても、それ以外には…)
道が無いぞ、と分かっているから、恥を承知で聞き直した。
「悪いが、本当に分からないんだ、教えてくれ!」
そうしたら、直ぐに直すから、とブルーに深く頭を下げる。
「偉そうにしているトコというのは、何処なんだ?」
「全部だってば!」
直すんだったら、全部だよね、とブルーは赤い瞳で睨む。
「何もかもだよ」と、唇までも尖らせて。
「……全部って……」
俺の態度は全部ダメか、とハーレイは言葉を失った。
これは本当に「大嫌いだ!」と放り出されてしまいそう。
(…全部だなんて…)
直す方法さえも無いぞ、と絶望的な気持ちになる。
次にブルーを怒らせた時は、叩き出されて…。
(…お別れだってか…?)
寂しい独身人生なのか、と肩を落とすしかないけれど…。
「ハーレイ、分かった?」
分かったんなら、直してよね、とブルーが言った。
「子ども扱いするのは、おしまいだよ!」と。
「なんだって?」
「ぼくをチビだと言うヤツだってば!」
前のぼくと同じに扱ってよね、とブルーは威張り返った。
「上から見下ろすのは、今日でおしまい」と、繰り返して。
(そう来たか…!)
偉そうと言うのは、ソレだったか、と腑に落ちた。
いつものブルーの良からぬ企み、それの一つに違いない。
(…こいつが、そういうつもりなら…)
そうしてやるさ、とハーレイは心でニヤッと笑う。
前のブルーと同じにするなら、望み通りにするまでで…。
「承知しました。では、本日から…」
前と同じにさせて頂きます、と口調を敬語に切り替えた。
「ご両親の前と、学校だけでは、無理ですが…」
皆さんに不審がられますし、と丁重に詫びるのも忘れない。
「そこはお許し願えますよう」と、キャプテン風に。
「えっ、ちょっと…!」
ぼくが言うのは、そうじゃなくて、とブルーは慌てた。
「違うんだってば、ぼくが直して欲しいのは…」
「何処でしょう?」
前と同じにしたのですが…、とハーレイの方も譲らない。
「仰せとあらば従いますから、ご命令を」
どうぞ、とハーレイは「キャプテンごっこ」を続けてゆく。
ブルーが懲りて詫びて来るまで、これでいこう、と。
(うん、なかなかに面白いしな?)
今日は一日キャプテンだぞ、と愉快な体験が出来そうだ。
白いシャングリラに戻ったつもりで、ブルーをからかって。
ソルジャー・ブルーは、からかうなどは無理だったし…。
(今ならではの、お楽しみってな!)
最高じゃないか、と今日は「一日キャプテン・ハーレイ」。
前の自分と同じ態度で「ブルー」に接し続ける。
悪だくみをした悪戯小僧が懲りるまで。
ブルーが「やめて!」と泣きそうな顔で叫び出すまで…。
偉そうだよね・了
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(ぼくの場合は、寝過ごすなんてこと、ないんだけどな…)
ママが起こしてくれるもんね、と小さなブルーが、ふと思い出した昼間のこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日はハーレイに会えずに終わってしまったけれども、きっと明日には会えるだろう。
「会えるのかな?」と、心配でたまらない時も多い割には、今夜は平気。
いいお天気の日だったせいか、それとも愉快な事件のせいか。
(どっちかと言えば、事件かな…?)
だって、現場は学校だもの、と今朝の教室が頭の中に蘇る。
今朝と言っても、朝と呼ぶには少し遅すぎる時間に「事件」は起きた。
一時間目の授業が、かなり進んだ頃のこと。
(あと十五分ほどで終わります、って時間だっけね…)
教室の後ろの扉が、音も立てずに開いたらしい。
ブルーは、見てはいなかった。
授業の間は、前を見ているか、机の上のノートや教科書、そちらに集中しているから。
(ぼくは、ちっとも知らなかったけど…)
クラスメイトの何人かは、そちらに視線を向けたという。
なにしろ、いくら静かに開けても、人の気配は隠せないもの。
(サイオンでシールドしてるんだったら、いけるのかな…?)
だけど、見た目でバレちゃうよね、と可笑しくなる。
サイオンで気配だけは消せても、姿が消えるわけではない。
そこまで強い力を持つのは、最強のタイプ・ブルーだけ。
(…今のぼくには、そんな芸当、出来ないけどね…)
サイオンが不器用になっちゃったから、とブルーは小さく肩を竦めた。
今の「ブルー」も出来ないけれども、教室の扉を開けた人物も出来なかった、「それ」。
気配も隠せていなかったのだし、入って来たのは当然、バレた。
目ざとい数人のクラスメイトにも、先生にも。
(先生、見付けて、思いっ切り…)
入って来た「彼」を叱り飛ばした。
「遅刻したなら、謝ってから入って来い」と、遅刻の生徒を教壇の前に呼びつけて。
気の毒な「彼」はペコペコ謝り、遅刻の理由を言うしか無かった。
「寝坊しました」と、「誰も起こしてくれなかったので、寝たままでした」と。
教室は、たちまち笑いの渦に包まれ、先生も呆れ果てた顔。
「こんな時間に登校だったら、とんでもない時間まで寝ていたんだな」と、時計を指して。
遅刻した生徒が目を覚ましたのは、恐らく、朝のホームルームが始まる頃。
もしかしたなら、もっと遅くて、起きた時には…。
(ホームルームも終わってたかも…?)
彼の家から学校までの距離によっては、有り得るだろう。
パジャマを脱ぎ捨て、顔も洗わずに制服を着て、そのまま必死に走って来たならば…。
(一時間目が終わるまでには、充分、間に合うわけだしね?)
いったい何時に起きたんだろう、と想像してみてクスッと笑う。
家が学校の「すぐ近く」なら、一時間目が始まった後に、起きて登校かもしれない。
「マズイ、遅刻だ!」と部屋で悲鳴で、大慌てで。
起こさなかった家の人にも、ろくに文句を言えもしないで。
(…寝坊、常習犯かもね…)
毎朝、お母さんに「遅刻するわよ、起きなさい!」と、叩き起こされているタイプ。
あまりに毎朝、続くものだから、たまにはお仕置き。
(…お母さん、わざと起こさずに…)
大遅刻をする時間になっても、彼を放っておいたのだろう。
それくらいして「懲りて」くれれば、少なくとも、一ヶ月くらいは効果がありそう。
もっとも、ほとぼりが冷めてしまえば、「お寝坊さん」に戻っていそうだけれど。
(…こればっかりは、人によるものね…)
ぼくはそういうタイプじゃないし、と自覚がある分、今朝の事件は面白かった。
桁外れな「遅刻」も、「後ろからコッソリ入って来た」のも、非日常で愉快な出来事。
そうそう毎朝、起きはしないし、ブルーにとっては「他人事」だと言えるから。
ブルー自身が当事者になって、コソコソ、教室に入りはしない。
遅刻した時は、前の扉を軽くノックし、それから開けて、先生に挨拶して入る。
「すみません。朝は具合が悪かったので、遅刻しました」と、理由を述べて、謝って。
(…ぼくが寝坊で遅刻だなんて…)
絶対に、有り得ないもんね、と胸を張りたい気分。
前の生から、そういったことは「きちんとしていた」わけだし、寝坊などしない。
目覚ましが鳴ったら、すぐに起きるし、具合が悪くて起きられなければ、母が見に来る。
(学校には、なんとか行けそうだったら…)
母が学校に通信を入れて、遅刻の連絡もしておいてくれる。
先生は「ブルーが遅刻して来る」ことを知っているから、もちろん叱るわけがない。
前の扉から入って行こうが、堂々と「遅刻」で、「遅れて登校した」というだけ。
事情があっての遅刻だったら、問題などは全く無い。
むしろ褒められてしまうくらいに、立派な「遅刻」だったりもする。
居眠っていた生徒を、「ブルー君は、休んでもいいのに来ているんだぞ」と叱る先生だとか。
(…ママに起こされる時と言ったら、お休みの日で…)
具合が悪いわけでもないのに、二度寝をしたりしていた時。
いつもの時間に起きて来ないから、母が部屋までやって来る。
「どうしたの?」と、具合が悪くて寝ているかどうか、確認をしに。
(…ホントに、そんな時だけで…)
お休みの日だし、遅刻しないし、と自分で自分を褒めてあげたい。
「ぼくが遅刻なんか、するわけないよ」と、これから先の人生の分も含めて、全部。
(お休みの日には、寝坊したっていいもんね…)
遅刻の心配なんかは無いし…、と思ったところで、ハタと気付いた。
今は確かに「そう」だけれども、近い将来、遅刻する日が来るかもしれない。
(…ほんの少しの間だけど…)
多分、一年も無いだろうけど…、と不安が膨れ上がって来た。
「遅刻するかも」と、「どうしよう、そんなの、困るんだけど…!」と泣きそうな気持ち。
そうなったならば、本当に泣いてしまいそう。
「遅刻しちゃうよ」と、未来の自分が。
その時期は、いつかやって来る。
寝坊をするか、遅刻するかは別にしたって、「遅刻しそうな時期」は訪れる。
来ないわけがなくて、どちらかと言えば、「それ」が来るのを待ち焦がれている。
(…ぼくが育って、前のぼくの頃と、同じ背丈になったなら…)
ハーレイが唇にキスをくれるようになって、十八歳になれば結婚も出来る。
結婚までの間の期間に、デートもするに違いない。
(デートが出来るようになったら、連れてってよ、って頼んでる場所…)
文字通り、山とあるのだけれども、その「デートの日」。
(…ハーレイが、車で家まで来てくれるんなら…)
寝坊したって困りはしないし、ハーレイの方も、苦笑しながら待ってくれるだろう。
「なんだ、寝坊か」と、ブルーの支度が出来る時まで、両親とお茶を飲みながら。
(…そういう時なら、いいんだけれど…)
外で待ち合わせをしてたらアウト、と考えただけで青くなりそう。
そんなデートも少なくはないし、ハーレイと、いつか「してみたい」デート。
家まで迎えに来て貰うのも素敵だし、それに楽だけれども、たまには違うデートもいい。
何処かの店や公園などで、「何時に会うのか」、約束をして。
(…そのデートの日に、寝坊しちゃったら…)
待ち合わせの時間に間に合わないから、まさに「遅刻」で、ハーレイが困る。
「あいつ、来ないぞ」と、何度も腕の時計を見て。
(…ハーレイだって、困るんだけど…)
ぼくも困るよ、と未来の自分の気持ちが痛いほど分かる。
どんなに急いで家を出たって、もう時間には「間に合わない」。
ついでに言うなら、行先は「デートの待ち合わせ場所」で、父に車を出して貰うなど…。
(厚かましすぎて、恥ずかしくって…)
出来やしない、と頭を抱えてしまいそう。
寝坊してしまった原因にしても、父に「車で送って欲しい」と頼めないのと、根っこは同じ。
(明日はデートだから、寝ちゃってたら、部屋まで起こしに来てね、だなんて…)
お母さんに言えるわけがないよ、と頬っぺたが熱くなって来る。
今の自分でも「そう」なのだから、未来の自分は、もう間違いなく「そう」だろう。
デートの前の日、興奮して寝付けなくなっていたって、母に頼みに行くわけがない。
「明日の朝、起きて来なかった時は、ちゃんと起こして」なんて、「子供みたい」なことを。
(……どうしよう……)
デートの日に、寝過ごしちゃったなら…、と焦るけれども、名案は何も浮かんで来ない。
学校に遅刻しそうだったら、なんとかすることが出来るのに。
(…そもそも、学校には遅刻しないけど…)
万一、それが起きたとしたって、少しの遅れだったとしたなら、取り戻せる。
恥ずかしいことには違いなくても、「ママ、大変! タクシーを呼んで!」という手がある。
もっと大幅に遅れた時には、大きな声では言えないけれども、「ずるい手段」を使うまで。
(家を出る時、急に気分が悪くなったから、って…)
言い訳したなら、日頃の行いが立派なのだし、先生は信じてくれるだろう。
母も「通信を入れるのを忘れるくらいに」慌てたのだ、と思い込んで。
(…学校なら、それでいいんだけど…!)
デートだったら、どうするわけ、と考えてみても、困るハーレイと未来の自分が浮かぶだけ。
ハーレイは「来ないブルー」が心配になって、家に通信を入れるだろうか。
「ブルー君は、もう出ましたか?」と、通信機のある場所へ移動して。
(…でも、それまでは…)
「来ないブルー」を待ち続けるだけで、通信を入れに移動するか否か、考え続ける。
下手に「待ち合わせ場所」を離れてしまえば、すれ違いになってしまうかもしれない。
「すれ違い」になってしまったが最後、もう連絡を取れる手段は…。
(マナー違反の、思念だけしか無いんだよ…!)
そういった「非常事態」に、「思念を飛ばして連絡する」のは許される。
マナー違反には違いなくても、「仕方ないですよ、実は私も…」と笑う人だって多いから。
けれども、その頼もしい「思念波」という連絡手段が問題だった。
(ぼくのサイオン、うんと不器用すぎて…)
ろくに思念を紡げはしなくて、ごくごく近い距離であっても、ほぼ「通じない」。
相手が目の前に立っていたって、届かないほど。
(…ハーレイにだって、心を読んで貰ってるくらい…)
通じないのだし、外に出たなら、尚更だろう。
ハーレイからは「何処にいるんだ?」と思念が来たって、ブルーには、答えようがない。
「此処にいるんだよ!」と、目に入った店の看板や景色を凝視してみても…。
(…ハーレイ、そんなの、読み取れないって…!)
タイプ・ブルーじゃないんだから、と空を仰ぎたくなる。
今は自分の部屋にいるから、仰いだ先には、天井だけれど。
近い将来、やって来そうな大ピンチ。
ハーレイとのデートに遅刻した上、すれ違いになってしまうという事態。
(なんとか会えれば、まだいいんだけど…!)
最悪の場合、ハーレイは「身体の弱いブルー」が心配なあまり、こうしそう。
(待ち合わせ場所か、近い所に、どうにかして…)
ブルーに宛てて、メッセージを書いて残してゆく。
「俺は自分の家に帰るから、お前も帰れ。無理をしないで、タクシーに乗るんだぞ」と。
そうでもしないと、いつまで経っても「すれ違い」のまま、ブルーの体力が尽きそうだから。
(…そんなメッセージを見付けちゃったら…)
もう目の前が真っ暗だよね、と「その場で倒れてしまう」未来の自分が見えるよう。
ハーレイの気遣いを無にしてしまって、見舞いに駆け付けさせてしまう自分が。
(そうなっちゃったら、最悪だから…!)
それだけは避けて通りたいから、未来の自分に、今から注意しておこう。
絶対に、寝過ごさないように。
「デートの日の朝、寝過ごしちゃったなら、遅刻だけでは済まないんだよ!」と…。
寝過ごしちゃったなら・了
※ハーレイ先生とデートする日に、寝過ごしてしまった自分を想像してみたブルー君。
待ち合わせの時間に遅刻どころか、大変なことになってしまいそう。寝過ごしは、厳禁v
ママが起こしてくれるもんね、と小さなブルーが、ふと思い出した昼間のこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日はハーレイに会えずに終わってしまったけれども、きっと明日には会えるだろう。
「会えるのかな?」と、心配でたまらない時も多い割には、今夜は平気。
いいお天気の日だったせいか、それとも愉快な事件のせいか。
(どっちかと言えば、事件かな…?)
だって、現場は学校だもの、と今朝の教室が頭の中に蘇る。
今朝と言っても、朝と呼ぶには少し遅すぎる時間に「事件」は起きた。
一時間目の授業が、かなり進んだ頃のこと。
(あと十五分ほどで終わります、って時間だっけね…)
教室の後ろの扉が、音も立てずに開いたらしい。
ブルーは、見てはいなかった。
授業の間は、前を見ているか、机の上のノートや教科書、そちらに集中しているから。
(ぼくは、ちっとも知らなかったけど…)
クラスメイトの何人かは、そちらに視線を向けたという。
なにしろ、いくら静かに開けても、人の気配は隠せないもの。
(サイオンでシールドしてるんだったら、いけるのかな…?)
だけど、見た目でバレちゃうよね、と可笑しくなる。
サイオンで気配だけは消せても、姿が消えるわけではない。
そこまで強い力を持つのは、最強のタイプ・ブルーだけ。
(…今のぼくには、そんな芸当、出来ないけどね…)
サイオンが不器用になっちゃったから、とブルーは小さく肩を竦めた。
今の「ブルー」も出来ないけれども、教室の扉を開けた人物も出来なかった、「それ」。
気配も隠せていなかったのだし、入って来たのは当然、バレた。
目ざとい数人のクラスメイトにも、先生にも。
(先生、見付けて、思いっ切り…)
入って来た「彼」を叱り飛ばした。
「遅刻したなら、謝ってから入って来い」と、遅刻の生徒を教壇の前に呼びつけて。
気の毒な「彼」はペコペコ謝り、遅刻の理由を言うしか無かった。
「寝坊しました」と、「誰も起こしてくれなかったので、寝たままでした」と。
教室は、たちまち笑いの渦に包まれ、先生も呆れ果てた顔。
「こんな時間に登校だったら、とんでもない時間まで寝ていたんだな」と、時計を指して。
遅刻した生徒が目を覚ましたのは、恐らく、朝のホームルームが始まる頃。
もしかしたなら、もっと遅くて、起きた時には…。
(ホームルームも終わってたかも…?)
彼の家から学校までの距離によっては、有り得るだろう。
パジャマを脱ぎ捨て、顔も洗わずに制服を着て、そのまま必死に走って来たならば…。
(一時間目が終わるまでには、充分、間に合うわけだしね?)
いったい何時に起きたんだろう、と想像してみてクスッと笑う。
家が学校の「すぐ近く」なら、一時間目が始まった後に、起きて登校かもしれない。
「マズイ、遅刻だ!」と部屋で悲鳴で、大慌てで。
起こさなかった家の人にも、ろくに文句を言えもしないで。
(…寝坊、常習犯かもね…)
毎朝、お母さんに「遅刻するわよ、起きなさい!」と、叩き起こされているタイプ。
あまりに毎朝、続くものだから、たまにはお仕置き。
(…お母さん、わざと起こさずに…)
大遅刻をする時間になっても、彼を放っておいたのだろう。
それくらいして「懲りて」くれれば、少なくとも、一ヶ月くらいは効果がありそう。
もっとも、ほとぼりが冷めてしまえば、「お寝坊さん」に戻っていそうだけれど。
(…こればっかりは、人によるものね…)
ぼくはそういうタイプじゃないし、と自覚がある分、今朝の事件は面白かった。
桁外れな「遅刻」も、「後ろからコッソリ入って来た」のも、非日常で愉快な出来事。
そうそう毎朝、起きはしないし、ブルーにとっては「他人事」だと言えるから。
ブルー自身が当事者になって、コソコソ、教室に入りはしない。
遅刻した時は、前の扉を軽くノックし、それから開けて、先生に挨拶して入る。
「すみません。朝は具合が悪かったので、遅刻しました」と、理由を述べて、謝って。
(…ぼくが寝坊で遅刻だなんて…)
絶対に、有り得ないもんね、と胸を張りたい気分。
前の生から、そういったことは「きちんとしていた」わけだし、寝坊などしない。
目覚ましが鳴ったら、すぐに起きるし、具合が悪くて起きられなければ、母が見に来る。
(学校には、なんとか行けそうだったら…)
母が学校に通信を入れて、遅刻の連絡もしておいてくれる。
先生は「ブルーが遅刻して来る」ことを知っているから、もちろん叱るわけがない。
前の扉から入って行こうが、堂々と「遅刻」で、「遅れて登校した」というだけ。
事情があっての遅刻だったら、問題などは全く無い。
むしろ褒められてしまうくらいに、立派な「遅刻」だったりもする。
居眠っていた生徒を、「ブルー君は、休んでもいいのに来ているんだぞ」と叱る先生だとか。
(…ママに起こされる時と言ったら、お休みの日で…)
具合が悪いわけでもないのに、二度寝をしたりしていた時。
いつもの時間に起きて来ないから、母が部屋までやって来る。
「どうしたの?」と、具合が悪くて寝ているかどうか、確認をしに。
(…ホントに、そんな時だけで…)
お休みの日だし、遅刻しないし、と自分で自分を褒めてあげたい。
「ぼくが遅刻なんか、するわけないよ」と、これから先の人生の分も含めて、全部。
(お休みの日には、寝坊したっていいもんね…)
遅刻の心配なんかは無いし…、と思ったところで、ハタと気付いた。
今は確かに「そう」だけれども、近い将来、遅刻する日が来るかもしれない。
(…ほんの少しの間だけど…)
多分、一年も無いだろうけど…、と不安が膨れ上がって来た。
「遅刻するかも」と、「どうしよう、そんなの、困るんだけど…!」と泣きそうな気持ち。
そうなったならば、本当に泣いてしまいそう。
「遅刻しちゃうよ」と、未来の自分が。
その時期は、いつかやって来る。
寝坊をするか、遅刻するかは別にしたって、「遅刻しそうな時期」は訪れる。
来ないわけがなくて、どちらかと言えば、「それ」が来るのを待ち焦がれている。
(…ぼくが育って、前のぼくの頃と、同じ背丈になったなら…)
ハーレイが唇にキスをくれるようになって、十八歳になれば結婚も出来る。
結婚までの間の期間に、デートもするに違いない。
(デートが出来るようになったら、連れてってよ、って頼んでる場所…)
文字通り、山とあるのだけれども、その「デートの日」。
(…ハーレイが、車で家まで来てくれるんなら…)
寝坊したって困りはしないし、ハーレイの方も、苦笑しながら待ってくれるだろう。
「なんだ、寝坊か」と、ブルーの支度が出来る時まで、両親とお茶を飲みながら。
(…そういう時なら、いいんだけれど…)
外で待ち合わせをしてたらアウト、と考えただけで青くなりそう。
そんなデートも少なくはないし、ハーレイと、いつか「してみたい」デート。
家まで迎えに来て貰うのも素敵だし、それに楽だけれども、たまには違うデートもいい。
何処かの店や公園などで、「何時に会うのか」、約束をして。
(…そのデートの日に、寝坊しちゃったら…)
待ち合わせの時間に間に合わないから、まさに「遅刻」で、ハーレイが困る。
「あいつ、来ないぞ」と、何度も腕の時計を見て。
(…ハーレイだって、困るんだけど…)
ぼくも困るよ、と未来の自分の気持ちが痛いほど分かる。
どんなに急いで家を出たって、もう時間には「間に合わない」。
ついでに言うなら、行先は「デートの待ち合わせ場所」で、父に車を出して貰うなど…。
(厚かましすぎて、恥ずかしくって…)
出来やしない、と頭を抱えてしまいそう。
寝坊してしまった原因にしても、父に「車で送って欲しい」と頼めないのと、根っこは同じ。
(明日はデートだから、寝ちゃってたら、部屋まで起こしに来てね、だなんて…)
お母さんに言えるわけがないよ、と頬っぺたが熱くなって来る。
今の自分でも「そう」なのだから、未来の自分は、もう間違いなく「そう」だろう。
デートの前の日、興奮して寝付けなくなっていたって、母に頼みに行くわけがない。
「明日の朝、起きて来なかった時は、ちゃんと起こして」なんて、「子供みたい」なことを。
(……どうしよう……)
デートの日に、寝過ごしちゃったなら…、と焦るけれども、名案は何も浮かんで来ない。
学校に遅刻しそうだったら、なんとかすることが出来るのに。
(…そもそも、学校には遅刻しないけど…)
万一、それが起きたとしたって、少しの遅れだったとしたなら、取り戻せる。
恥ずかしいことには違いなくても、「ママ、大変! タクシーを呼んで!」という手がある。
もっと大幅に遅れた時には、大きな声では言えないけれども、「ずるい手段」を使うまで。
(家を出る時、急に気分が悪くなったから、って…)
言い訳したなら、日頃の行いが立派なのだし、先生は信じてくれるだろう。
母も「通信を入れるのを忘れるくらいに」慌てたのだ、と思い込んで。
(…学校なら、それでいいんだけど…!)
デートだったら、どうするわけ、と考えてみても、困るハーレイと未来の自分が浮かぶだけ。
ハーレイは「来ないブルー」が心配になって、家に通信を入れるだろうか。
「ブルー君は、もう出ましたか?」と、通信機のある場所へ移動して。
(…でも、それまでは…)
「来ないブルー」を待ち続けるだけで、通信を入れに移動するか否か、考え続ける。
下手に「待ち合わせ場所」を離れてしまえば、すれ違いになってしまうかもしれない。
「すれ違い」になってしまったが最後、もう連絡を取れる手段は…。
(マナー違反の、思念だけしか無いんだよ…!)
そういった「非常事態」に、「思念を飛ばして連絡する」のは許される。
マナー違反には違いなくても、「仕方ないですよ、実は私も…」と笑う人だって多いから。
けれども、その頼もしい「思念波」という連絡手段が問題だった。
(ぼくのサイオン、うんと不器用すぎて…)
ろくに思念を紡げはしなくて、ごくごく近い距離であっても、ほぼ「通じない」。
相手が目の前に立っていたって、届かないほど。
(…ハーレイにだって、心を読んで貰ってるくらい…)
通じないのだし、外に出たなら、尚更だろう。
ハーレイからは「何処にいるんだ?」と思念が来たって、ブルーには、答えようがない。
「此処にいるんだよ!」と、目に入った店の看板や景色を凝視してみても…。
(…ハーレイ、そんなの、読み取れないって…!)
タイプ・ブルーじゃないんだから、と空を仰ぎたくなる。
今は自分の部屋にいるから、仰いだ先には、天井だけれど。
近い将来、やって来そうな大ピンチ。
ハーレイとのデートに遅刻した上、すれ違いになってしまうという事態。
(なんとか会えれば、まだいいんだけど…!)
最悪の場合、ハーレイは「身体の弱いブルー」が心配なあまり、こうしそう。
(待ち合わせ場所か、近い所に、どうにかして…)
ブルーに宛てて、メッセージを書いて残してゆく。
「俺は自分の家に帰るから、お前も帰れ。無理をしないで、タクシーに乗るんだぞ」と。
そうでもしないと、いつまで経っても「すれ違い」のまま、ブルーの体力が尽きそうだから。
(…そんなメッセージを見付けちゃったら…)
もう目の前が真っ暗だよね、と「その場で倒れてしまう」未来の自分が見えるよう。
ハーレイの気遣いを無にしてしまって、見舞いに駆け付けさせてしまう自分が。
(そうなっちゃったら、最悪だから…!)
それだけは避けて通りたいから、未来の自分に、今から注意しておこう。
絶対に、寝過ごさないように。
「デートの日の朝、寝過ごしちゃったなら、遅刻だけでは済まないんだよ!」と…。
寝過ごしちゃったなら・了
※ハーレイ先生とデートする日に、寝過ごしてしまった自分を想像してみたブルー君。
待ち合わせの時間に遅刻どころか、大変なことになってしまいそう。寝過ごしは、厳禁v
(…今朝は少しばかり、危なかったよな)
危なかったというだけだが…、とハーレイが浮かべた苦笑い。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
今日はブルーに会えなかったけれども、そちらは大したことではない。
(ブルーにとっては、大事件というヤツなんだろうが…)
今朝、ハーレイを見舞った事件と比べてみたなら、霞んでしまうことだろう。
なんと言っても遅刻の危機で、ハーレイが遅刻したならば…。
(どう考えても、あいつに朝に会えるチャンスは無いってな!)
生徒の方が早く教室に入るんだから、と学校の決まりを思い返してみる。
ブルーも遅刻をしない限りは、「遅刻して来たハーレイ」と出会うわけがない。
そういう意味でも、今朝は少々、危なかったと言える。
結果としては「ブルーに会えない日」になったのだけれど、自然のなりゆき。
ハーレイのせいで「そうなった」部分は、ただの一つも無いのだから。
(しかしだ、俺が遅刻したなら…)
朝にブルーに会えるチャンスは皆無なのだし、「俺のせいか?」ということになる。
授業が始まる前の時間に、「何処かで、会えていたのかもな」と考えもして。
(幸い、そうはならなかったが…)
俺にしては珍しい朝だったよな、とマグカップの縁をカチンと弾く。
昨夜、遅かったわけでもないのに、目を覚ましたら…。
(時計の針が、目覚ましをかけてある時間をだ…)
指していたから、驚いた。
普段だったら、目覚ましより早く目が覚めるわけで、目覚ましは「形だけ」に過ぎない。
万が一の時に備えて「セットしてある」だけで、起きたら、すぐに止める習慣。
たまに、止めるのを忘れてしまって、かなり経った後に…。
(寝室の方で、けたたましい音がしていやがって…)
急いで止めに戻っている時もある。
「窓を開けていなくて良かったよな」と、お隣さんの家の方を見ながら。
そんな具合の毎日だけれど、どういうわけだか、今朝は熟睡してしまっていた。
「目覚ましが鳴らなかったのか!?」と、一瞬、目を剥いたほど。
その目覚ましは「いいえ、只今、お時間です」と、その瞬間に鳴り出したけれど。
(鳴ってくれるんなら、いいんだが…)
目覚ましよりも「早く起きる」のがハーレイだけに、鳴る音などは滅多に聞かない。
止め忘れた日に耳にするだけ、それ以外の日に聞くことはない。
(…だからだな…)
鳴るかどうかの確認などは、綺麗サッパリ忘れている。
思い出したように、「そうだった」と鳴らしてみるのは年に数回。
(その数回も忘れちまって、その間にだ…)
アラームを鳴らす装置がエネルギー切れ、そういったことも珍しくない。
むしろ、その方が多いだろう。
休日に止めるのを忘れてしまって、のんびりした後、部屋に戻って、ハタと気が付く。
「ありゃ?」と、セットしたままの時計を眺めて、「鳴っていない」という事実に。
(面白いことに、狙いすましたように…)
エネルギー切れになるのは、休日ばかり。
そして「休みの日で良かったよな」と思うけれども、目覚ましで起きる機会など…。
(俺の場合は、もう本当に…)
珍しすぎる現象だから、余計、目覚ましを気にしない。
アラームが鳴ってくれるかどうかの確認さえをも、忘れがちなほどに。
(…お蔭で、遅刻したことなんぞは無いんだが…)
鳴らないようになっていたって、休日だしな、と考えた所で思い出した。
その「休日」が、今の自分には「大切な日」になっていたことを。
(…そうだ、休みの日にはだな…)
ブルーの家に出掛けてゆくのが、今のハーレイの習慣の一つ。
天気が良ければ、散歩を兼ねて歩いてゆくし、雨が降ったら車を出す。
ブルーの方でも、朝から「まだかな?」と待っているから、遅刻したなら…。
(遅かったよね、と文句の一つも…)
言われそうだし、頬っぺたも膨らんでいそうではある。
いわゆる「フグ」な状態だけれど、いつもは両手で頬を潰して、からかうヤツも…。
(俺のせいで遅れて着いたわけだし、出来やしないぞ…)
ブルーの顔をハコフグにするなんて、と肩を竦める。
「フグがハコフグになっちまったぞ」とふざけるどころか、詫び続けるしかないだろう。
「すまん、寝過ごしちまったんだ」と、正直に言って。
ブルーが余計に怒り出しても、機嫌を直してくれる時まで、ひたすらに。
(…どうせ、プンスカ怒るんだから…)
遅刻ついでに、菓子でも買って行くべきだろうか。
「これで勘弁してくれないか」と、評判の店のを持って出掛けて。
(…うん、その手は使えるかもしれん)
開店が遅い店もあるしな、と幾つか思い当たる店ならばある。
同僚や友人から聞いている店で、気になっていても、寄れない店が。
(あいつの家に行くとなったら、開店時間が昼前ではなあ…)
遅すぎるんだ、と諦めている店に立ち寄ればいい。
「悪い」と、「遅くなっちまったが、怪我の功名というヤツなんだ」と、ブルーに差し出す。
「いつもの時間じゃ、早すぎて、開いてないからな」と、菓子が入った大きな箱を。
(よし、コレだ!)
コレに限るぞ、と名案に酔ってしまいそう。
ブルーがフグになっていたって、菓子を持って行けば「大丈夫だな」と。
これで安心、とコーヒーのカップを傾けたけれど、不意に頭に浮かんだ考え。
「その案、今しか使えないぞ」と、「自分」が語り掛けて来た。
「ブルーの家まで行ってる間は、それでいいが」と、「将来的には、どうするんだ?」と。
(…そうだった…!)
今は「休日に会う」場所は、ブルーの家に限定だけれど、未来は違う。
ブルーが育って、デートに出掛けるようになったら、待ち合わせる日もあるだろう。
車で迎えに出掛けるだけでは、お互い、物足りなくなって。
(街とか、美術館とかで待ち合わせて、だ…)
それからデート、というのは恋人たちの定番の一つ。
たとえ車があったとしたって、車は近くの駐車場に停めて、待ち合わせ場所へ。
ゆっくりデートを楽しんだ後で、二人で駐車場までゆく。
車に乗り込み、次の場所とか、食事する店へ移動するために。
(……うーむ……)
その手のデートはしない、などとは思えない。
ブルーなら、きっと「したがる」だろうし、ハーレイにしても同じこと。
「たまにはな?」とブルーを誘って、提案する日も出て来そう。
「次の土曜は、待ち合わせてから出掛けないか?」と、自分の方から。
(…そうなって来たら、待ち合わせるパターンも増えそうで…)
待ち合わせの機会が増えていったら、遅刻のリスクも、当然、上がる。
朝、目覚ましが鳴らないままで、心地よくベッドで寝過ごして。
(…そいつは、大いにマズイんだが…!)
実にマズイ、と慌てふためく「未来の自分」が目に見えるよう。
ブルーとデートに出掛ける日の朝、遅い時間に「朝か…」と起きて、愕然とする自分の姿。
目覚まし時計が指した時刻は、最悪の場合、待ち合わせの時間を過ぎているとか、寸前だとか。
其処まで遅くはないにしたって、「どう頑張っても、間に合わない」時間。
朝食は抜きで家を出ようが、朝の歯磨きをすっ飛ばそうが。
(……どうするんだ、おい……)
デートの日に寝過ごしちまったら、と想像しただけで恐ろしくなる。
「待ち合わせの時間に、ハーレイが来ない」となったら、ブルーはフグでは済まないだろう。
デートに行くほど育っているから、フグの顔にはなっていない分、心の中は怒りの渦。
「ハーレイの馬鹿!」と、「今、何時だと思ってるわけ?」と、悪態をついて。
(…しかもだな…)
待たされているブルーに「すまん、遅れる」と連絡するには、方法が限定されている。
今の時代は、「いつでも、何処でも、連絡が取れる」便利な道具は無い時代。
遠い昔にはあったのだけれど、「地球を滅びに導いた」原因の一つだ、と言われて消えた。
SD体制の時代には、既に影も形も無かったのだし、今の時代にあるわけがない。
(…ブルーがいるのが、何処かの店なら…)
その店に「すみませんが」と通信を入れて、ブルーを呼び出して貰えるだろう。
けれど、そうそう上手く運びはしなくて、待ち合わせ場所が、そういう場所ではない時に…。
(俺が寝過ごしちまうってのが…)
ありそうなのが人生なんだ、と嫌というほど分かっている。
通信が使えないとなったら、「マナー違反」の思念で連絡するしかない。
「悪い、寝過ごしちまったんだ」と、ブルーに向かって。
(…その手の事情で、思念を飛ばすというヤツは…)
マナー違反には違いなくても、世間的には、許して貰える範囲ではある。
誰もが「仕方ないですよ」とクスッと笑って、「私にも経験、ありますからね」などと。
とはいえ、その「頼もしい、マナー違反の連絡手段」が問題だった。
なんと言っても相手はブルーで、前のブルーとは全く違う。
最強のタイプ・ブルーに生まれて来たのに、サイオンの扱いが不器用すぎて…。
(俺の思念を受け取ったって、あいつが返事をすることは…)
出来ないんだ、と頭を抱えたくなる。
「遅れる」と聞いて、「分かった、待ってる」と、一言、返すことさえ、ブルーは出来ない。
おまけに、待ち合わせ場所までは離れているから、ブルーの心を読み取るなどは…。
(俺には、出来やしないってな!)
終わりじゃないか、と頭痛がしそう。
ブルーへの連絡は一方通行、返事は「返って来ない」のだから。
(マズすぎるぞ…!)
寝過ごしたのだし、短時間では「待ち合わせ場所」まで辿り着けない。
ブルーは今も身体が弱いし、休める場所で待たせたいけれど、どうすればいいか。
待ち合わせ場所が店でないなら、「何処かに入れ」と伝えるしかない。
(しかし、あいつが行ける範囲に…)
ある喫茶店が混んでしまって、席が無ければ、ブルーは困る。
少し離れた場所であっても、其処まで行って「座りたい」だろう。
(それなのに、それを俺にだな…)
伝える手段が「無い」のがブルーで、どうすればいいか、うんと悩んでしまっても…。
(俺に相談出来やしないし、そうなると、俺が…)
先手を打って、「近くの店が混んでいるなら、他所にしろ」とか、指図しないといけない。
「待ち合わせ場所に近い店から、片っ端から覗くから」と。
(…遅れて待たせちまうだけじゃなくって、一方通行で、ああだこうだと…)
ブルーに指示して、挙句の果てに大遅刻で登場したならば…。
(俺はいったい、どうなるんだ…?)
それにブルーの身体の方も心配だしな、と悩みの種は尽きはしないし、祈るしかない。
未来の自分が、デートの日の朝、寝過ごしてしまうことが無いように。
寝過ごしたなら、大変だから。
ブルーを怒らせてしまう以上に、恐ろしいことが山積みだから…。
寝過ごしたなら・了
※未来のブルー君とデートする日に、寝過ごしたなら、と考えてみたハーレイ先生。
待ち合わせの時間に遅刻な上に、連絡手段も一方通行。大変なことになりそうですよねv
危なかったというだけだが…、とハーレイが浮かべた苦笑い。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
今日はブルーに会えなかったけれども、そちらは大したことではない。
(ブルーにとっては、大事件というヤツなんだろうが…)
今朝、ハーレイを見舞った事件と比べてみたなら、霞んでしまうことだろう。
なんと言っても遅刻の危機で、ハーレイが遅刻したならば…。
(どう考えても、あいつに朝に会えるチャンスは無いってな!)
生徒の方が早く教室に入るんだから、と学校の決まりを思い返してみる。
ブルーも遅刻をしない限りは、「遅刻して来たハーレイ」と出会うわけがない。
そういう意味でも、今朝は少々、危なかったと言える。
結果としては「ブルーに会えない日」になったのだけれど、自然のなりゆき。
ハーレイのせいで「そうなった」部分は、ただの一つも無いのだから。
(しかしだ、俺が遅刻したなら…)
朝にブルーに会えるチャンスは皆無なのだし、「俺のせいか?」ということになる。
授業が始まる前の時間に、「何処かで、会えていたのかもな」と考えもして。
(幸い、そうはならなかったが…)
俺にしては珍しい朝だったよな、とマグカップの縁をカチンと弾く。
昨夜、遅かったわけでもないのに、目を覚ましたら…。
(時計の針が、目覚ましをかけてある時間をだ…)
指していたから、驚いた。
普段だったら、目覚ましより早く目が覚めるわけで、目覚ましは「形だけ」に過ぎない。
万が一の時に備えて「セットしてある」だけで、起きたら、すぐに止める習慣。
たまに、止めるのを忘れてしまって、かなり経った後に…。
(寝室の方で、けたたましい音がしていやがって…)
急いで止めに戻っている時もある。
「窓を開けていなくて良かったよな」と、お隣さんの家の方を見ながら。
そんな具合の毎日だけれど、どういうわけだか、今朝は熟睡してしまっていた。
「目覚ましが鳴らなかったのか!?」と、一瞬、目を剥いたほど。
その目覚ましは「いいえ、只今、お時間です」と、その瞬間に鳴り出したけれど。
(鳴ってくれるんなら、いいんだが…)
目覚ましよりも「早く起きる」のがハーレイだけに、鳴る音などは滅多に聞かない。
止め忘れた日に耳にするだけ、それ以外の日に聞くことはない。
(…だからだな…)
鳴るかどうかの確認などは、綺麗サッパリ忘れている。
思い出したように、「そうだった」と鳴らしてみるのは年に数回。
(その数回も忘れちまって、その間にだ…)
アラームを鳴らす装置がエネルギー切れ、そういったことも珍しくない。
むしろ、その方が多いだろう。
休日に止めるのを忘れてしまって、のんびりした後、部屋に戻って、ハタと気が付く。
「ありゃ?」と、セットしたままの時計を眺めて、「鳴っていない」という事実に。
(面白いことに、狙いすましたように…)
エネルギー切れになるのは、休日ばかり。
そして「休みの日で良かったよな」と思うけれども、目覚ましで起きる機会など…。
(俺の場合は、もう本当に…)
珍しすぎる現象だから、余計、目覚ましを気にしない。
アラームが鳴ってくれるかどうかの確認さえをも、忘れがちなほどに。
(…お蔭で、遅刻したことなんぞは無いんだが…)
鳴らないようになっていたって、休日だしな、と考えた所で思い出した。
その「休日」が、今の自分には「大切な日」になっていたことを。
(…そうだ、休みの日にはだな…)
ブルーの家に出掛けてゆくのが、今のハーレイの習慣の一つ。
天気が良ければ、散歩を兼ねて歩いてゆくし、雨が降ったら車を出す。
ブルーの方でも、朝から「まだかな?」と待っているから、遅刻したなら…。
(遅かったよね、と文句の一つも…)
言われそうだし、頬っぺたも膨らんでいそうではある。
いわゆる「フグ」な状態だけれど、いつもは両手で頬を潰して、からかうヤツも…。
(俺のせいで遅れて着いたわけだし、出来やしないぞ…)
ブルーの顔をハコフグにするなんて、と肩を竦める。
「フグがハコフグになっちまったぞ」とふざけるどころか、詫び続けるしかないだろう。
「すまん、寝過ごしちまったんだ」と、正直に言って。
ブルーが余計に怒り出しても、機嫌を直してくれる時まで、ひたすらに。
(…どうせ、プンスカ怒るんだから…)
遅刻ついでに、菓子でも買って行くべきだろうか。
「これで勘弁してくれないか」と、評判の店のを持って出掛けて。
(…うん、その手は使えるかもしれん)
開店が遅い店もあるしな、と幾つか思い当たる店ならばある。
同僚や友人から聞いている店で、気になっていても、寄れない店が。
(あいつの家に行くとなったら、開店時間が昼前ではなあ…)
遅すぎるんだ、と諦めている店に立ち寄ればいい。
「悪い」と、「遅くなっちまったが、怪我の功名というヤツなんだ」と、ブルーに差し出す。
「いつもの時間じゃ、早すぎて、開いてないからな」と、菓子が入った大きな箱を。
(よし、コレだ!)
コレに限るぞ、と名案に酔ってしまいそう。
ブルーがフグになっていたって、菓子を持って行けば「大丈夫だな」と。
これで安心、とコーヒーのカップを傾けたけれど、不意に頭に浮かんだ考え。
「その案、今しか使えないぞ」と、「自分」が語り掛けて来た。
「ブルーの家まで行ってる間は、それでいいが」と、「将来的には、どうするんだ?」と。
(…そうだった…!)
今は「休日に会う」場所は、ブルーの家に限定だけれど、未来は違う。
ブルーが育って、デートに出掛けるようになったら、待ち合わせる日もあるだろう。
車で迎えに出掛けるだけでは、お互い、物足りなくなって。
(街とか、美術館とかで待ち合わせて、だ…)
それからデート、というのは恋人たちの定番の一つ。
たとえ車があったとしたって、車は近くの駐車場に停めて、待ち合わせ場所へ。
ゆっくりデートを楽しんだ後で、二人で駐車場までゆく。
車に乗り込み、次の場所とか、食事する店へ移動するために。
(……うーむ……)
その手のデートはしない、などとは思えない。
ブルーなら、きっと「したがる」だろうし、ハーレイにしても同じこと。
「たまにはな?」とブルーを誘って、提案する日も出て来そう。
「次の土曜は、待ち合わせてから出掛けないか?」と、自分の方から。
(…そうなって来たら、待ち合わせるパターンも増えそうで…)
待ち合わせの機会が増えていったら、遅刻のリスクも、当然、上がる。
朝、目覚ましが鳴らないままで、心地よくベッドで寝過ごして。
(…そいつは、大いにマズイんだが…!)
実にマズイ、と慌てふためく「未来の自分」が目に見えるよう。
ブルーとデートに出掛ける日の朝、遅い時間に「朝か…」と起きて、愕然とする自分の姿。
目覚まし時計が指した時刻は、最悪の場合、待ち合わせの時間を過ぎているとか、寸前だとか。
其処まで遅くはないにしたって、「どう頑張っても、間に合わない」時間。
朝食は抜きで家を出ようが、朝の歯磨きをすっ飛ばそうが。
(……どうするんだ、おい……)
デートの日に寝過ごしちまったら、と想像しただけで恐ろしくなる。
「待ち合わせの時間に、ハーレイが来ない」となったら、ブルーはフグでは済まないだろう。
デートに行くほど育っているから、フグの顔にはなっていない分、心の中は怒りの渦。
「ハーレイの馬鹿!」と、「今、何時だと思ってるわけ?」と、悪態をついて。
(…しかもだな…)
待たされているブルーに「すまん、遅れる」と連絡するには、方法が限定されている。
今の時代は、「いつでも、何処でも、連絡が取れる」便利な道具は無い時代。
遠い昔にはあったのだけれど、「地球を滅びに導いた」原因の一つだ、と言われて消えた。
SD体制の時代には、既に影も形も無かったのだし、今の時代にあるわけがない。
(…ブルーがいるのが、何処かの店なら…)
その店に「すみませんが」と通信を入れて、ブルーを呼び出して貰えるだろう。
けれど、そうそう上手く運びはしなくて、待ち合わせ場所が、そういう場所ではない時に…。
(俺が寝過ごしちまうってのが…)
ありそうなのが人生なんだ、と嫌というほど分かっている。
通信が使えないとなったら、「マナー違反」の思念で連絡するしかない。
「悪い、寝過ごしちまったんだ」と、ブルーに向かって。
(…その手の事情で、思念を飛ばすというヤツは…)
マナー違反には違いなくても、世間的には、許して貰える範囲ではある。
誰もが「仕方ないですよ」とクスッと笑って、「私にも経験、ありますからね」などと。
とはいえ、その「頼もしい、マナー違反の連絡手段」が問題だった。
なんと言っても相手はブルーで、前のブルーとは全く違う。
最強のタイプ・ブルーに生まれて来たのに、サイオンの扱いが不器用すぎて…。
(俺の思念を受け取ったって、あいつが返事をすることは…)
出来ないんだ、と頭を抱えたくなる。
「遅れる」と聞いて、「分かった、待ってる」と、一言、返すことさえ、ブルーは出来ない。
おまけに、待ち合わせ場所までは離れているから、ブルーの心を読み取るなどは…。
(俺には、出来やしないってな!)
終わりじゃないか、と頭痛がしそう。
ブルーへの連絡は一方通行、返事は「返って来ない」のだから。
(マズすぎるぞ…!)
寝過ごしたのだし、短時間では「待ち合わせ場所」まで辿り着けない。
ブルーは今も身体が弱いし、休める場所で待たせたいけれど、どうすればいいか。
待ち合わせ場所が店でないなら、「何処かに入れ」と伝えるしかない。
(しかし、あいつが行ける範囲に…)
ある喫茶店が混んでしまって、席が無ければ、ブルーは困る。
少し離れた場所であっても、其処まで行って「座りたい」だろう。
(それなのに、それを俺にだな…)
伝える手段が「無い」のがブルーで、どうすればいいか、うんと悩んでしまっても…。
(俺に相談出来やしないし、そうなると、俺が…)
先手を打って、「近くの店が混んでいるなら、他所にしろ」とか、指図しないといけない。
「待ち合わせ場所に近い店から、片っ端から覗くから」と。
(…遅れて待たせちまうだけじゃなくって、一方通行で、ああだこうだと…)
ブルーに指示して、挙句の果てに大遅刻で登場したならば…。
(俺はいったい、どうなるんだ…?)
それにブルーの身体の方も心配だしな、と悩みの種は尽きはしないし、祈るしかない。
未来の自分が、デートの日の朝、寝過ごしてしまうことが無いように。
寝過ごしたなら、大変だから。
ブルーを怒らせてしまう以上に、恐ろしいことが山積みだから…。
寝過ごしたなら・了
※未来のブルー君とデートする日に、寝過ごしたなら、と考えてみたハーレイ先生。
待ち合わせの時間に遅刻な上に、連絡手段も一方通行。大変なことになりそうですよねv
「…最低だよね…」
ハーレイって、とブルーの唇から飛び出した言葉。
二人きりで過ごす休日の午後に、突然に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ?」
なんだ、どうした、とハーレイは鳶色の瞳を見開いた。
今はティータイムの真っ最中で、楽しく二人で話していた。
話題は色々だったけれども、直前にしても…。
(最低だよね、と言われるようなことなど…)
言っていないぞ、とハーレイは会話の中身を振り返る。
ショックで記憶が飛んでいなければ、さっきの話題は…。
(昨日、ブルーとは別のクラスで起きた事件で…)
ちょっとした笑い話だった筈だ、と確信がある。
授業中に漫画を読んだ男子生徒が、本を没収された出来事。
叱られて没収されるまでの間に、彼は必死に言い訳をした。
その言い訳が傑作だったから、ブルーに披露したわけで…。
(ブルーは授業の真っ最中に、漫画や本を読んだりは…)
絶対にしないタイプなのだし、逆鱗に触れはしないだろう。
「ソレ、ぼくだってやるんだからね」なら、最低だけれど。
(……うーむ……)
何処が最低だったんだ、と懸命に考えてみても分からない。
本や漫画の没収にしても、ブルーのクラスでも起きること。
没収される生徒が言い訳するのも、ブルーは何度も…。
(見てるわけだし、今更、目くじら立てたりは…)
しない筈だが、と首を捻る間に、ハタと気付いた。
事件の現場は、ブルーとは違うクラスの教室。
とはいえ、ブルーの友達が全て、同じクラスとは限らない。
もしかしたら、昨日、ハーレイが叱った男子生徒は…。
(…ブルーの友達だったのか!?)
俺が全く知らなかっただけで、と少し血の気が引いてゆく。
そういうことなら、ブルーが怒って当然だろう。
友人を見舞った災難のことを、笑い話にされたのだから。
(…今の今まで、我慢して聞いていたものの…)
ついに限界突破したか、とハーレイの額に浮かぶ冷汗。
それならば、事態は非常にまずい。
「最低だよね」と詰られるのも、自然の流れ。
(…いわば、友達の悪口を…)
延々と聞かされていたようなものだし、誰だって怒る。
その友達と親しくしているのならば、尚更だ。
(まずい、まずいぞ…!)
最低とまで言われちまったなんて、とハーレイは焦る。
どうして途中で、ブルーの様子に…。
(注意を払っていなかったんだ…!)
教師失格、と自分で自分を殴りたくなった。
これが授業の真っ最中なら、他の生徒にも目を配る。
没収して叱るまでは良くても、不快感を与えてはいけない。
当の生徒にも、見ている他の生徒たちにも。
(やりすぎってヤツは、良くなくて…)
ここまでだ、と線をキッチリと引いて、終わりにすべき。
どんなに言い訳が面白かろうが、他の生徒も爆笑だろうが。
(それが過ぎると、吊るし上げみたいになるからな…)
学校なら気を付けているのに、と嘆いても遅い。
ブルーは怒ってしまった後だし、謝るより他はないだろう。
此処は「すまん」と、潔く。
「気が付かなくて悪かった」と、深く頭を下げて。
そう思ったから、ハーレイは、即、ブルーに詫びた。
「すまん」と、赤い瞳を真っ直ぐに見て。
「…最低だったな、俺ってヤツは…」
申し訳ない、と頭を深々と下げる。
「俺のせいで不快にさせちまった」と、心の底から。
「…うーん…。ハーレイ、ホントに分かってる?」
ちゃんと分かって謝ってるの、とブルーの機嫌は直らない。
不信感に溢れた瞳で、ハーレイをじっと見上げて来る。
「だから、本当に済まなかった、と…」
思ってるから謝っている、とハーレイは再び頭を下げた。
「誤って済むようなことじゃないが」と、付け加えて。
「……本当に?」
「本当だ! 本当に俺が悪かった!」
最低と言われて当然だよな、と謝るより他に道は無い。
ブルーの怒りが解ける時まで、ひたすら真摯に。
何度も「すまん」と詫びて詫び続けて、どれほど経ったか。
ようやくブルーは、フウと大きな溜息をついた。
「…いいけどね…。そこまで言うなら、許してあげても…」
まあいいかな、と赤い瞳が瞬く。
「ホントに最低最悪だけど」と、最悪とまで言い足して。
「怒るのは分かるが、悪かった、と…!」
最悪でも仕方ないんだが、とハーレイは詫びる。
もう一度、機嫌を悪くしたなら、ブルーは激怒するだろう。
「ハーレイなんか大嫌いだ!」と、思いっ切り。
(最悪過ぎだ…!)
なんとか許して欲しいんだが、と詫びを繰り返したら…。
「自覚したんなら、許すけど…」
必死に謝ってくれてるしね、とブルーは言った。
「本当か!?」
「うん。だけど、自覚があるんなら…」
態度で示して欲しいんだよ、とブルーは笑んだ。
「最低最悪な恋人なんかじゃありません、ってね!」
「なんだって!?」
最低と言うのはソレだったのか、とハーレイは愕然とした。
勘違いをして謝り続けていたのに、実際は…。
(ただの、こいつの我儘で…)
キスをしろとか、そういうヤツだ、と思い至って情けない。
(…やられちまった…!)
俺としたことが騙された、と軽く拳を握り締める。
無駄に謝り続けた分まで、ブルーをコツンとやるために。
勘違いしたのをいいことにして、ブルーは沈黙だったから。
都合のいい方に転びそうだ、と心で笑っていたのだから…。
最低だよね・了
ハーレイって、とブルーの唇から飛び出した言葉。
二人きりで過ごす休日の午後に、突然に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ?」
なんだ、どうした、とハーレイは鳶色の瞳を見開いた。
今はティータイムの真っ最中で、楽しく二人で話していた。
話題は色々だったけれども、直前にしても…。
(最低だよね、と言われるようなことなど…)
言っていないぞ、とハーレイは会話の中身を振り返る。
ショックで記憶が飛んでいなければ、さっきの話題は…。
(昨日、ブルーとは別のクラスで起きた事件で…)
ちょっとした笑い話だった筈だ、と確信がある。
授業中に漫画を読んだ男子生徒が、本を没収された出来事。
叱られて没収されるまでの間に、彼は必死に言い訳をした。
その言い訳が傑作だったから、ブルーに披露したわけで…。
(ブルーは授業の真っ最中に、漫画や本を読んだりは…)
絶対にしないタイプなのだし、逆鱗に触れはしないだろう。
「ソレ、ぼくだってやるんだからね」なら、最低だけれど。
(……うーむ……)
何処が最低だったんだ、と懸命に考えてみても分からない。
本や漫画の没収にしても、ブルーのクラスでも起きること。
没収される生徒が言い訳するのも、ブルーは何度も…。
(見てるわけだし、今更、目くじら立てたりは…)
しない筈だが、と首を捻る間に、ハタと気付いた。
事件の現場は、ブルーとは違うクラスの教室。
とはいえ、ブルーの友達が全て、同じクラスとは限らない。
もしかしたら、昨日、ハーレイが叱った男子生徒は…。
(…ブルーの友達だったのか!?)
俺が全く知らなかっただけで、と少し血の気が引いてゆく。
そういうことなら、ブルーが怒って当然だろう。
友人を見舞った災難のことを、笑い話にされたのだから。
(…今の今まで、我慢して聞いていたものの…)
ついに限界突破したか、とハーレイの額に浮かぶ冷汗。
それならば、事態は非常にまずい。
「最低だよね」と詰られるのも、自然の流れ。
(…いわば、友達の悪口を…)
延々と聞かされていたようなものだし、誰だって怒る。
その友達と親しくしているのならば、尚更だ。
(まずい、まずいぞ…!)
最低とまで言われちまったなんて、とハーレイは焦る。
どうして途中で、ブルーの様子に…。
(注意を払っていなかったんだ…!)
教師失格、と自分で自分を殴りたくなった。
これが授業の真っ最中なら、他の生徒にも目を配る。
没収して叱るまでは良くても、不快感を与えてはいけない。
当の生徒にも、見ている他の生徒たちにも。
(やりすぎってヤツは、良くなくて…)
ここまでだ、と線をキッチリと引いて、終わりにすべき。
どんなに言い訳が面白かろうが、他の生徒も爆笑だろうが。
(それが過ぎると、吊るし上げみたいになるからな…)
学校なら気を付けているのに、と嘆いても遅い。
ブルーは怒ってしまった後だし、謝るより他はないだろう。
此処は「すまん」と、潔く。
「気が付かなくて悪かった」と、深く頭を下げて。
そう思ったから、ハーレイは、即、ブルーに詫びた。
「すまん」と、赤い瞳を真っ直ぐに見て。
「…最低だったな、俺ってヤツは…」
申し訳ない、と頭を深々と下げる。
「俺のせいで不快にさせちまった」と、心の底から。
「…うーん…。ハーレイ、ホントに分かってる?」
ちゃんと分かって謝ってるの、とブルーの機嫌は直らない。
不信感に溢れた瞳で、ハーレイをじっと見上げて来る。
「だから、本当に済まなかった、と…」
思ってるから謝っている、とハーレイは再び頭を下げた。
「誤って済むようなことじゃないが」と、付け加えて。
「……本当に?」
「本当だ! 本当に俺が悪かった!」
最低と言われて当然だよな、と謝るより他に道は無い。
ブルーの怒りが解ける時まで、ひたすら真摯に。
何度も「すまん」と詫びて詫び続けて、どれほど経ったか。
ようやくブルーは、フウと大きな溜息をついた。
「…いいけどね…。そこまで言うなら、許してあげても…」
まあいいかな、と赤い瞳が瞬く。
「ホントに最低最悪だけど」と、最悪とまで言い足して。
「怒るのは分かるが、悪かった、と…!」
最悪でも仕方ないんだが、とハーレイは詫びる。
もう一度、機嫌を悪くしたなら、ブルーは激怒するだろう。
「ハーレイなんか大嫌いだ!」と、思いっ切り。
(最悪過ぎだ…!)
なんとか許して欲しいんだが、と詫びを繰り返したら…。
「自覚したんなら、許すけど…」
必死に謝ってくれてるしね、とブルーは言った。
「本当か!?」
「うん。だけど、自覚があるんなら…」
態度で示して欲しいんだよ、とブルーは笑んだ。
「最低最悪な恋人なんかじゃありません、ってね!」
「なんだって!?」
最低と言うのはソレだったのか、とハーレイは愕然とした。
勘違いをして謝り続けていたのに、実際は…。
(ただの、こいつの我儘で…)
キスをしろとか、そういうヤツだ、と思い至って情けない。
(…やられちまった…!)
俺としたことが騙された、と軽く拳を握り締める。
無駄に謝り続けた分まで、ブルーをコツンとやるために。
勘違いしたのをいいことにして、ブルーは沈黙だったから。
都合のいい方に転びそうだ、と心で笑っていたのだから…。
最低だよね・了
(…ぼく、前のハーレイに…)
悪いことをしちゃったよね、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
遠く遥かな時の彼方で、前の自分が愛したハーレイ。
青く蘇った水の星の上で、再び巡り会えたけれども、前のハーレイは大変だった。
前のブルーがいなくなった後、白いシャングリラを地球まで運んで行ったハーレイ。
ジョミーを支えて、仲間たちの箱舟を守り続けて、その人生は地球で終わった。
燃え上がる地球の地の底深くで、崩れ落ちて来た瓦礫に押し潰されて。
(…でも、ハーレイは、そんな中でも…)
カナリヤの子たちを見付けて、長老たちと力を合わせて、シャングリラへと送り届けた。
その後、フィシスも船に送って、ハーレイは死んでいったのだけれど…。
(…ホントに、ごめんなさい、としか…)
言えないよね、と胸が締め付けられる。
瓦礫の下敷きになった死に様も悲惨だけれども、それよりも前が、遥かに酷だったと思う。
今のハーレイは、さほど口にはしないとはいえ、何度も聞いた。
(…前のぼくを失くして、一人ぼっちで…)
生ける屍のような人生だった、と今のハーレイは笑っているけれど…。
(笑えるのは、今のハーレイだからで…)
そういう人生を送った「前のハーレイ」の方は、笑うどころではなかったろう。
たまには笑う時があっても、仲間たちの前で見せる笑顔ほどには、笑えてはいない。
夜に自分の部屋に戻れば、じきに気付いて孤独になる。
「此処にブルーは、もういないんだ」と、一人きりの部屋を見回して。
(前のぼくが生きていた時だったら、元気な頃は…)
しばしばハーレイの部屋を訪ねて、そのまま居座ったりもした。
身体が弱ってしまった後にも、何度も出掛けて過ごしていた。
(ジョミーが来た後、十五年間も青の間で眠っていたけど…)
その間だって、ハーレイは「ブルーに会う」ことが出来た。
語り掛けても返事は無くて、何の反応も返らなくても、ブルーは「いた」。
ハーレイが青の間に行きさえしたなら、当たり前のように存在していたのが「ブルー」。
けれども、いなくなった後には、もはや何処にも「いなかった」。
前のハーレイは、たった一人で「取り残された」。
ブルーを追ってゆくことも出来ず、白いシャングリラに縛り付けられて。
前のハーレイを船に「縛った」のは、前のブルーの遺言だった。
メギドに向かって飛び立つ前に、ハーレイにだけ、思念で伝えた言葉。
「ジョミーを支えてやってくれ」に加えて、「頼んだよ、ハーレイ」と念まで押して。
(…そのせいで、前のハーレイは…)
魂が死んでしまったような身体で、白いシャングリラを、ジョミーを支えた。
本当に最後の最後まで、前のハーレイは「キャプテン」だった。
カナリヤの子たちを送り出す前も、子供たちを懸命に慰めていたと聞くから。
(…ホントに、ごめん…)
前のぼくなんか、忘れて生きていてくれればね、と思ってしまう。
残した言葉は、忘れて貰っては困るけれども、「ブルー」を忘れてくれていたなら、と。
(…忘れて、うんと前向きに…)
切り替えて生きていってくれれば、前のハーレイの人生は楽になったろう。
託された役目は重いとはいえ、重荷は「その分」だけしかない。
ジョミーを支えて、船を守って、明るく生きてゆく道もあった。
そちらの道を選んでくれれば、本当に、ずっと楽だった筈で、それを思うと辛くなる。
(…前のぼくの言い方、悪かったかな…)
もっと違う言葉で伝えていれば…、と首を捻ったけれども、多分、そうではないだろう。
どんな言葉を選んでいたって、前のハーレイは「ブルー」を忘れはしなかった。
最後まで想って、想い続けて、今また、「ブルー」と巡り会えるまで、忘れないまま。
青い地球の上に生まれ変わって、再び「ブルー」と出会う時まで。
(…ちゃんと覚えていてくれたから、会えたんだよね?)
きっとそうだ、と思うけれども、ハーレイの方が忘れていたって、会えたろう。
ブルーの方が覚えていたなら、必ず、巡り会えたと思う。
前のハーレイが気持ちを切り替え、「ブルー」のことは忘れていても。
たまに思い出す時があっても、「懐かしい思い出」に変わっていても。
(…ぼくさえ、忘れなかったなら…)
絶対、会えていたと思うよ、と確信がある。
前の自分は、メギドで最期を迎える時まで、「ハーレイを忘れなかった」から。
もっとも、前のハーレイの方とは、少し事情が違うけれども。
(…キースに撃たれた痛みのせいで…)
最後まで持っていたいと願った、前のハーレイの温もりを失くしてしまった。
ハーレイに「遺言」を伝える時に、ハーレイの身体に触れた右手に残った温もり。
それさえあったら、ずっと一緒だと思っていた。
ハーレイとの絆さえ切れなかったら、きっと永遠に離れないのだ、と。
(…ぼくの身体は死んでしまっても、魂は、ずっと…)
ハーレイの側に寄り添い続けて、前のハーレイの生が終わる時まで、離れはしない。
前のハーレイが命を終えたら、その魂と共に旅立つ。
二人とも生きている間には叶わなかった、「二人で暮らせる」場所を目指して。
(…そうなるんだ、って思ってたのに…)
前の自分は、ハーレイの温もりを失くしてしまって、泣きじゃくりながら死んでいった。
「もうハーレイには、二度と会えない」と、絶望の淵に突き落とされて。
ハーレイとの絆が切れてしまった悲しみの中で、冷たく凍えた右手をどうすることも出来ずに。
(…あんなことになっても、ハーレイのことを…)
前のぼくは忘れなかったものね、と思い返して、ハタと気付いた。
確かに、前の自分は「最期まで」、前のハーレイを忘れなかったけれども…。
(…同じように、ハーレイを忘れなくても…)
形は違っていたのかも、と首を傾げる。
もしも、キースに撃たれなかったら、どうだったろう。
「ハーレイの温もり」を失くすことなく、最後まで持っていたならば。
(…ハーレイのこと、忘れないよ、って…)
この絆は、切れやしないんだから、と笑みまで浮かべて死んでいたなら、その後は…。
(…前のハーレイを探しに、一直線に…)
魂は、宇宙を駆けていたことだろう。
白いシャングリラが何処にいようと、前の自分なら、きっと探せる。
メギドからも、ジルベスター・セブンからも遠く離れた、遠い場所へワープしていても。
(あれだ、って直ぐに見付け出して…)
ただ真っ直ぐに、船を目指して飛んでゆく。
前のハーレイの側にいたくて、たまらなくて。
死んで魂だけだったならば、ハーレイの側に立っていたって、誰も気付きはしないだろう。
(気付いちゃう人がいそうだったら…)
少しエネルギーを落としさえすれば、気付かれはしない。
「あれっ?」と気配を感じたとしても、ほんの一瞬のことで、「気のせいか」で済む。
ハーレイの側で静かに過ごして、ハーレイが生を終えたなら…。
(一緒に行こう、って…)
手を差し伸べて、ハーレイと二人で旅立っていって、ハッピーエンドになりそうな感じ。
それをハッピーエンドと呼ぶかは、また別にしても。
そういう最期を迎えていたなら、前の自分とハーレイの恋は、どうなったろう。
どんなに悲劇的な最期であっても、その後、満足していたのならば、ハッピーエンド。
「めでたし、めでたし」で終わる物語で、そこから先は書かれはしない。
(…二人は幸せに暮らしました、って…)
締め括られて、其処までになる。
前の自分とハーレイの恋も、もしかしたなら、そうなったろうか。
ハーレイの温もりを失くすことなく、最後まで持っていたならば。
永遠に切れない絆を手にして、笑みさえ浮かべて死んでゆく最期だったなら。
(…前のハーレイを乗せた船を追い掛けて、ずっと側にいて…)
二人一緒に旅立ったのなら、思い残すことなど、何処にも無い。
前のハーレイと幸せに暮らして、その内に、生まれ変わっただろう。
きっと二人の絆はあるから、生まれ変わっても、また巡り会えて、恋をする。
次の生では、人ではなかったとしても。
(…うん、きっと…)
犬や猫や鳥に生まれていたって、ハーレイを見付け出せると思う。
ハーレイの方でも「ブルー」を見付けて、新しい命を生きてゆく。
鳥であっても、犬や猫でも、絆は切れはしないのだから。
(…だけど、人間だった時には…?)
今みたいに思い出せるのかな、と疑問が涌いた。
鳥や猫なら、前の生の記憶を持っていたって、さほど問題はないだろう。
ハーレイと出会って、また恋をしても、二人で一緒に暮らしていても。
(…鳥や猫なら、人間とは違う社会だし…)
前の生での記憶なんかは、大した意味を持ってはいない。
「ソルジャー・ブルー」が鳥に生まれても、何が出来るというわけでもない。
前のハーレイにしても同じで、「キャプテン・ハーレイ」の知識は役に立たない。
航路を読むのと、鳥が巣を作る場所を決めるのは、全く違う。
(ぼくもハーレイも、雄なんだろうし…)
巣は要らないとは思うけれども、安全な場所を見付けることは重要になる。
二人一緒に「安心して、夜を過ごせる」所を探す時には、航路設定の手法なんかは…。
(全く、役に立たないし…)
意味が無いから、鳥の社会なら、前の記憶はあってもいい。
普通の鳥として暮らしてゆけるし、困りはしない。
けれど、人間に生まれ変わるのならば…。
(全部、消えちゃう…?)
前のブルーとしての記憶は、すっかりと消えてしまいそう。
もちろん「前のハーレイ」の方も、綺麗に忘れていることだろう。
(ぼくに聖痕が現れるまで、今のハーレイ、なんにも思い出さないままで…)
今の生を満喫していたのだから、記憶が戻った切っ掛けは「ブルー」。
聖痕が現れたことが引き金、それが無ければ「思い出さない」。
つまりは「ブルー」に「聖痕がある」こと、それが「互いに思い出す」ための条件になる。
(ぼくにしたって、聖痕が出るまで、前の記憶は無かったんだし…)
そのままで生きていったとしたって、何の支障も無かっただろう。
今も名前は「ブルー」だけれども、それだけのこと。
前の自分が口にしていた「ただのブルー」で、同名の人間がいるに過ぎない。
姿形がそっくり同じで、他人とは思えないほどであっても、記憶が無いならそうなってしまう。
(…そんな今のぼくが、今のハーレイと出会っても…)
一目で恋に落ちたとしても、前の記憶は戻って来ない。
永遠に切れない絆に引かれて、また巡り会えた「運命の恋人同士」の二人なだけで。
(…だって、人間なんだしね…)
前の生での記憶なんかは、普通に暮らしてゆくのだったら「不要」だろう。
たとえ「ソルジャー・ブルー」であろうが、まるで全く意味などは無い。
むしろ生きるのに差し支えそうで、だからこそ人は「前の生など、覚えてはいない」。
(きっと、キースやジョミーにしても…)
そんな具合に生まれ変わって、また去って行っているのだろう。
地球ではなくて違う星でも、その星で暮らす「新しい生」を満喫して。
「前の自分」が何者だったか、少しも思い出しもしないで。
(…ぼくとハーレイが、何もかも思い出せたのは…)
聖痕が現れたお蔭なのだし、前の自分が「忘れなかった」せいだと言える。
前のハーレイを愛したことを、「何処までも共に」と誓ったことを。
(…なのに、温もりを落としてしまって…)
「絆が切れた」と泣きじゃくりながら最期を迎えたことが、忘れなかった理由で、原因。
二度と会えないと思ったからこそ、全身全霊でハーレイを求め続けて、そのままで逝った。
けして満足したりはしないで、ハーレイに未練を残したままで。
(…あの時、ぼくが「これで良かった」って、満足しちゃって…)
笑みさえ浮かべて死んでいたなら、今の「前の生を知る」ブルーはいなかったろう。
「前の生を知る」ハーレイもいなくて、恋人同士の二人が仲良く地球の上にいるだけ。
それはそれで幸せな生き方だろうし、普通はそうなるものだけれども…。
(やっぱり、覚えていた方がいいに決まってるよね?)
絶対にそう、という気がするから、前の自分の悲しい最期に感謝せずにはいられない。
前の自分が満足して死んで行っていたなら、今の幸せな日々は無いから。
ハーレイに未練を抱きはしないで「忘れていたなら」、記憶は戻って来なかったから…。
忘れていたなら・了
※今のブルー君とハーレイ先生に、前の生の記憶がある理由は、聖痕なのですけれど。
もし、前のブルーが未練を残さずに死んでいたなら、前の生の記憶は戻っていないのかもv
悪いことをしちゃったよね、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
遠く遥かな時の彼方で、前の自分が愛したハーレイ。
青く蘇った水の星の上で、再び巡り会えたけれども、前のハーレイは大変だった。
前のブルーがいなくなった後、白いシャングリラを地球まで運んで行ったハーレイ。
ジョミーを支えて、仲間たちの箱舟を守り続けて、その人生は地球で終わった。
燃え上がる地球の地の底深くで、崩れ落ちて来た瓦礫に押し潰されて。
(…でも、ハーレイは、そんな中でも…)
カナリヤの子たちを見付けて、長老たちと力を合わせて、シャングリラへと送り届けた。
その後、フィシスも船に送って、ハーレイは死んでいったのだけれど…。
(…ホントに、ごめんなさい、としか…)
言えないよね、と胸が締め付けられる。
瓦礫の下敷きになった死に様も悲惨だけれども、それよりも前が、遥かに酷だったと思う。
今のハーレイは、さほど口にはしないとはいえ、何度も聞いた。
(…前のぼくを失くして、一人ぼっちで…)
生ける屍のような人生だった、と今のハーレイは笑っているけれど…。
(笑えるのは、今のハーレイだからで…)
そういう人生を送った「前のハーレイ」の方は、笑うどころではなかったろう。
たまには笑う時があっても、仲間たちの前で見せる笑顔ほどには、笑えてはいない。
夜に自分の部屋に戻れば、じきに気付いて孤独になる。
「此処にブルーは、もういないんだ」と、一人きりの部屋を見回して。
(前のぼくが生きていた時だったら、元気な頃は…)
しばしばハーレイの部屋を訪ねて、そのまま居座ったりもした。
身体が弱ってしまった後にも、何度も出掛けて過ごしていた。
(ジョミーが来た後、十五年間も青の間で眠っていたけど…)
その間だって、ハーレイは「ブルーに会う」ことが出来た。
語り掛けても返事は無くて、何の反応も返らなくても、ブルーは「いた」。
ハーレイが青の間に行きさえしたなら、当たり前のように存在していたのが「ブルー」。
けれども、いなくなった後には、もはや何処にも「いなかった」。
前のハーレイは、たった一人で「取り残された」。
ブルーを追ってゆくことも出来ず、白いシャングリラに縛り付けられて。
前のハーレイを船に「縛った」のは、前のブルーの遺言だった。
メギドに向かって飛び立つ前に、ハーレイにだけ、思念で伝えた言葉。
「ジョミーを支えてやってくれ」に加えて、「頼んだよ、ハーレイ」と念まで押して。
(…そのせいで、前のハーレイは…)
魂が死んでしまったような身体で、白いシャングリラを、ジョミーを支えた。
本当に最後の最後まで、前のハーレイは「キャプテン」だった。
カナリヤの子たちを送り出す前も、子供たちを懸命に慰めていたと聞くから。
(…ホントに、ごめん…)
前のぼくなんか、忘れて生きていてくれればね、と思ってしまう。
残した言葉は、忘れて貰っては困るけれども、「ブルー」を忘れてくれていたなら、と。
(…忘れて、うんと前向きに…)
切り替えて生きていってくれれば、前のハーレイの人生は楽になったろう。
託された役目は重いとはいえ、重荷は「その分」だけしかない。
ジョミーを支えて、船を守って、明るく生きてゆく道もあった。
そちらの道を選んでくれれば、本当に、ずっと楽だった筈で、それを思うと辛くなる。
(…前のぼくの言い方、悪かったかな…)
もっと違う言葉で伝えていれば…、と首を捻ったけれども、多分、そうではないだろう。
どんな言葉を選んでいたって、前のハーレイは「ブルー」を忘れはしなかった。
最後まで想って、想い続けて、今また、「ブルー」と巡り会えるまで、忘れないまま。
青い地球の上に生まれ変わって、再び「ブルー」と出会う時まで。
(…ちゃんと覚えていてくれたから、会えたんだよね?)
きっとそうだ、と思うけれども、ハーレイの方が忘れていたって、会えたろう。
ブルーの方が覚えていたなら、必ず、巡り会えたと思う。
前のハーレイが気持ちを切り替え、「ブルー」のことは忘れていても。
たまに思い出す時があっても、「懐かしい思い出」に変わっていても。
(…ぼくさえ、忘れなかったなら…)
絶対、会えていたと思うよ、と確信がある。
前の自分は、メギドで最期を迎える時まで、「ハーレイを忘れなかった」から。
もっとも、前のハーレイの方とは、少し事情が違うけれども。
(…キースに撃たれた痛みのせいで…)
最後まで持っていたいと願った、前のハーレイの温もりを失くしてしまった。
ハーレイに「遺言」を伝える時に、ハーレイの身体に触れた右手に残った温もり。
それさえあったら、ずっと一緒だと思っていた。
ハーレイとの絆さえ切れなかったら、きっと永遠に離れないのだ、と。
(…ぼくの身体は死んでしまっても、魂は、ずっと…)
ハーレイの側に寄り添い続けて、前のハーレイの生が終わる時まで、離れはしない。
前のハーレイが命を終えたら、その魂と共に旅立つ。
二人とも生きている間には叶わなかった、「二人で暮らせる」場所を目指して。
(…そうなるんだ、って思ってたのに…)
前の自分は、ハーレイの温もりを失くしてしまって、泣きじゃくりながら死んでいった。
「もうハーレイには、二度と会えない」と、絶望の淵に突き落とされて。
ハーレイとの絆が切れてしまった悲しみの中で、冷たく凍えた右手をどうすることも出来ずに。
(…あんなことになっても、ハーレイのことを…)
前のぼくは忘れなかったものね、と思い返して、ハタと気付いた。
確かに、前の自分は「最期まで」、前のハーレイを忘れなかったけれども…。
(…同じように、ハーレイを忘れなくても…)
形は違っていたのかも、と首を傾げる。
もしも、キースに撃たれなかったら、どうだったろう。
「ハーレイの温もり」を失くすことなく、最後まで持っていたならば。
(…ハーレイのこと、忘れないよ、って…)
この絆は、切れやしないんだから、と笑みまで浮かべて死んでいたなら、その後は…。
(…前のハーレイを探しに、一直線に…)
魂は、宇宙を駆けていたことだろう。
白いシャングリラが何処にいようと、前の自分なら、きっと探せる。
メギドからも、ジルベスター・セブンからも遠く離れた、遠い場所へワープしていても。
(あれだ、って直ぐに見付け出して…)
ただ真っ直ぐに、船を目指して飛んでゆく。
前のハーレイの側にいたくて、たまらなくて。
死んで魂だけだったならば、ハーレイの側に立っていたって、誰も気付きはしないだろう。
(気付いちゃう人がいそうだったら…)
少しエネルギーを落としさえすれば、気付かれはしない。
「あれっ?」と気配を感じたとしても、ほんの一瞬のことで、「気のせいか」で済む。
ハーレイの側で静かに過ごして、ハーレイが生を終えたなら…。
(一緒に行こう、って…)
手を差し伸べて、ハーレイと二人で旅立っていって、ハッピーエンドになりそうな感じ。
それをハッピーエンドと呼ぶかは、また別にしても。
そういう最期を迎えていたなら、前の自分とハーレイの恋は、どうなったろう。
どんなに悲劇的な最期であっても、その後、満足していたのならば、ハッピーエンド。
「めでたし、めでたし」で終わる物語で、そこから先は書かれはしない。
(…二人は幸せに暮らしました、って…)
締め括られて、其処までになる。
前の自分とハーレイの恋も、もしかしたなら、そうなったろうか。
ハーレイの温もりを失くすことなく、最後まで持っていたならば。
永遠に切れない絆を手にして、笑みさえ浮かべて死んでゆく最期だったなら。
(…前のハーレイを乗せた船を追い掛けて、ずっと側にいて…)
二人一緒に旅立ったのなら、思い残すことなど、何処にも無い。
前のハーレイと幸せに暮らして、その内に、生まれ変わっただろう。
きっと二人の絆はあるから、生まれ変わっても、また巡り会えて、恋をする。
次の生では、人ではなかったとしても。
(…うん、きっと…)
犬や猫や鳥に生まれていたって、ハーレイを見付け出せると思う。
ハーレイの方でも「ブルー」を見付けて、新しい命を生きてゆく。
鳥であっても、犬や猫でも、絆は切れはしないのだから。
(…だけど、人間だった時には…?)
今みたいに思い出せるのかな、と疑問が涌いた。
鳥や猫なら、前の生の記憶を持っていたって、さほど問題はないだろう。
ハーレイと出会って、また恋をしても、二人で一緒に暮らしていても。
(…鳥や猫なら、人間とは違う社会だし…)
前の生での記憶なんかは、大した意味を持ってはいない。
「ソルジャー・ブルー」が鳥に生まれても、何が出来るというわけでもない。
前のハーレイにしても同じで、「キャプテン・ハーレイ」の知識は役に立たない。
航路を読むのと、鳥が巣を作る場所を決めるのは、全く違う。
(ぼくもハーレイも、雄なんだろうし…)
巣は要らないとは思うけれども、安全な場所を見付けることは重要になる。
二人一緒に「安心して、夜を過ごせる」所を探す時には、航路設定の手法なんかは…。
(全く、役に立たないし…)
意味が無いから、鳥の社会なら、前の記憶はあってもいい。
普通の鳥として暮らしてゆけるし、困りはしない。
けれど、人間に生まれ変わるのならば…。
(全部、消えちゃう…?)
前のブルーとしての記憶は、すっかりと消えてしまいそう。
もちろん「前のハーレイ」の方も、綺麗に忘れていることだろう。
(ぼくに聖痕が現れるまで、今のハーレイ、なんにも思い出さないままで…)
今の生を満喫していたのだから、記憶が戻った切っ掛けは「ブルー」。
聖痕が現れたことが引き金、それが無ければ「思い出さない」。
つまりは「ブルー」に「聖痕がある」こと、それが「互いに思い出す」ための条件になる。
(ぼくにしたって、聖痕が出るまで、前の記憶は無かったんだし…)
そのままで生きていったとしたって、何の支障も無かっただろう。
今も名前は「ブルー」だけれども、それだけのこと。
前の自分が口にしていた「ただのブルー」で、同名の人間がいるに過ぎない。
姿形がそっくり同じで、他人とは思えないほどであっても、記憶が無いならそうなってしまう。
(…そんな今のぼくが、今のハーレイと出会っても…)
一目で恋に落ちたとしても、前の記憶は戻って来ない。
永遠に切れない絆に引かれて、また巡り会えた「運命の恋人同士」の二人なだけで。
(…だって、人間なんだしね…)
前の生での記憶なんかは、普通に暮らしてゆくのだったら「不要」だろう。
たとえ「ソルジャー・ブルー」であろうが、まるで全く意味などは無い。
むしろ生きるのに差し支えそうで、だからこそ人は「前の生など、覚えてはいない」。
(きっと、キースやジョミーにしても…)
そんな具合に生まれ変わって、また去って行っているのだろう。
地球ではなくて違う星でも、その星で暮らす「新しい生」を満喫して。
「前の自分」が何者だったか、少しも思い出しもしないで。
(…ぼくとハーレイが、何もかも思い出せたのは…)
聖痕が現れたお蔭なのだし、前の自分が「忘れなかった」せいだと言える。
前のハーレイを愛したことを、「何処までも共に」と誓ったことを。
(…なのに、温もりを落としてしまって…)
「絆が切れた」と泣きじゃくりながら最期を迎えたことが、忘れなかった理由で、原因。
二度と会えないと思ったからこそ、全身全霊でハーレイを求め続けて、そのままで逝った。
けして満足したりはしないで、ハーレイに未練を残したままで。
(…あの時、ぼくが「これで良かった」って、満足しちゃって…)
笑みさえ浮かべて死んでいたなら、今の「前の生を知る」ブルーはいなかったろう。
「前の生を知る」ハーレイもいなくて、恋人同士の二人が仲良く地球の上にいるだけ。
それはそれで幸せな生き方だろうし、普通はそうなるものだけれども…。
(やっぱり、覚えていた方がいいに決まってるよね?)
絶対にそう、という気がするから、前の自分の悲しい最期に感謝せずにはいられない。
前の自分が満足して死んで行っていたなら、今の幸せな日々は無いから。
ハーレイに未練を抱きはしないで「忘れていたなら」、記憶は戻って来なかったから…。
忘れていたなら・了
※今のブルー君とハーレイ先生に、前の生の記憶がある理由は、聖痕なのですけれど。
もし、前のブルーが未練を残さずに死んでいたなら、前の生の記憶は戻っていないのかもv