(今日はハーレイ、疲れたのかな…?)
忙しくって、と小さなブルーは、ふと考えた。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(…仕事の帰りに、寄れなかったっていうことは…)
長引くような会議があったか、柔道部の部活で何かあったのかもしれない。
もっとも、ハーレイが仕事帰りに寄らないことは、そう珍しくはないけれど…。
(他の先生たちと食事に行ってるってことも、あるもんね…)
お仕事とは限らないんだよ、と思うけれども、何故だか、今日は違う方へと思考が行った。
「ハーレイ、お仕事で疲れちゃったかな?」と、ブルー自身でも意外な方向へ。
(……うーん……)
今のハーレイ、前のハーレイとは違うものね、と仕事の中身を比べてみる。
古典の教師が今のハーレイ、前のハーレイの職とは違う。
キャプテン・ハーレイの激務からすれば、今の仕事は楽だと言ってもいいだろう。
(疲れちゃったら、いつでも休憩出来るわけだし…)
不眠不休でブリッジなんて、ないわけだから、と分かってはいる。
とはいえ、今のハーレイにしても、疲れる時は、きっとある筈。
(…そんな時でも、ぼくが待っているから…)
無理して家に来てくれてるのかも、と気付いたら、申し訳ない気分になった。
「なんで、来てくれなかったの?」などと、何度も口にしているから。
(…ごめんね、ハーレイ…)
そんなの、ちっとも思わなくって…、と心の中で、ハーレイに詫びた。
ハーレイは、何ブロックも離れた所にいるし、詫びても届きはしないけれども。
ごめんなさい、と頭も下げて、今後、我儘は控えるべきだと思う。
ハーレイが来られない日が続いた時でも、不満そうな顔で迎えたりはしないで。
(……だけど……)
今日の決心、何処まで忘れずにいられるかな、と自信はまるで無かったりする。
一晩、ぐっすり眠ってしまえば、明日の朝には…。
(綺麗サッパリ、忘れちゃってて…)
明日、ハーレイが寄ってくれたら、ハーレイのことなど考えもせずに、こう言いそう。
「昨日は、なんで来なかったの?」と、すっかり馴染んでしまった言葉を。
(…ホントに、ごめん…!)
忙しくって疲れてるんなら、ホントにごめん、と再び心で詫びるしかない。
「明日には、文句を言っちゃうかも」と、「今は、きちんと謝ってるから」と言い訳をして。
(…ぼくって、ダメだ…)
こんなのだから、ハーレイに「チビだ」って言われるんだよね、とションボリとする。
時の彼方の自分だったら、こういう風にはならなかったから。
(……前のぼくなら、ハーレイの仕事が忙しいのも、よく分かってて…)
我儘など言いはしなかった。
逆に気遣い、「今日は報告に来なくていいよ」と気を回したほど。
キャプテンからの報告だったら、翌朝、纏めて聞けばいいのだから、と。
(…元々、そういう仕組みだったし…)
ソルジャーとキャプテン、船を纏める二人が一度は必ず、会えるようにと決まりがあった。
毎朝、朝食を二人で摂ること。
ハーレイが青の間を訪れ、朝食を作る係が二人の分を用意する。
その朝食を食べる間に、ハーレイは報告をすればいい。
(ついでに、ハーレイが休めないほど、忙しくても…)
朝食だけは「きちんと座って食べられる」わけだし、丁度いいから、と船で決められた。
「ソルジャー・ブルー」だった頃のブルーは、朝食でしか会えない時が何日続こうが…。
(文句なんかは言わなかったし、もっと休んで、って…)
前のハーレイに頼んでたのに、と今の自分が情けない。
ハーレイが家に来ないと不満で、頬を膨らませることもあるなんて。
(ホントに、ダメすぎ…)
でも、子供だから許してよ、とハーレイに、またまた頭を下げた。
「大きくなったら、言わないから」と、「ホントに、チビの今だけだから」と。
(…ホントだってば…!)
大きくなったら、ちゃんと出来るよ、と未来の姿を考えてみる。
ハーレイと二人で暮らす頃には、出来るようになっているだろう。
(…ハーレイが家に帰る時間が、うんと遅くになったって…)
頬っぺたを膨らませて迎えはしないで、「おかえりなさい!」と、明るい笑顔。
「遅い時間まで、お疲れ様」と、「ご飯の用意は、出来てるんだよ」と気遣いもして。
(…ご飯、ハーレイが作るって言っているけれど…)
そのハーレイが忙しい日は、代わりに頑張って作るべき。
下手くそだろうが、焦げていようが、作らないよりはマシだろう。
(うん、きっと…!)
それに…、と想像の翼が広がってゆく。
逆に「ブルーが」疲れていたって、大きく育ったブルーなら…。
(ハーレイのことを、ちゃんと考えて…)
迷惑をかけてしまわないよう、自分の面倒を見てやれそう。
「疲れちゃった」などと言いはしないで、「今日は、ちょっぴり眠いから」と言い換えて。
(…それならハーレイ、心配したりはしないしね…)
そして早めにゆっくり眠れば、次の朝には元通り。
仕事に出掛けるハーレイに手を振り、出勤してゆく車を見送る。
今のままの「チビのブルー」だったら、寝込んでしまうような事態を、上手く回避して。
(…そうだよ、前のぼくには出来たし…)
疲れていたって、うんと頑張ったしね、と思ったはずみに、頭に浮かんだ遠い出来事。
(……ジョミーを追い掛けた時と、メギドと……)
頑張った結果は、どうだったっけ、と振り返ってみたら、二つとも、ろくなことではなかった。
ジョミーを追い掛けて飛んだ後には、すっかり力が尽きてしまって…。
(一年くらいは持ったけれども、その後に…)
十五年間も深く眠ってしまって、前のハーレイを一人ぼっちにする始末。
何度、青の間に来て話し掛けても、反応さえもしなかったから。
(……メギドの方だと、もっと酷くて……)
ハーレイは、本当に「独りぼっち」になってしまった。
白い船の中の何処を探してみたって、「ブルー」の魂さえも見付けられなくて。
もしかして…、と考えを整理してみて、ブルーは首を傾げる。
(疲れていたって、頑張れるっていうの、ぼくの場合は…)
向いていないのかも、という気がしないでもない。
「ハーレイのためなら、頑張れるよ」と、疲れていたって、頑張ったなら…。
(…結果的には、大迷惑とか…?)
まるで無いとは言えないよね、と自信が一気に揺らぎ始めた。
「行ってらっしゃい!」とハーレイの車を見送った後で、具合が悪くなるかもしれない。
クラリと眩暈で、床に座り込んでしまうだとか。
(…それっきり、二度と立てなくて…)
家にはブルーだけしかいないし、水も食べ物も届きはしない。
これが両親と暮らす家なら、たちまち母が気付くだろうに。
母が外出していた時でも、家に帰れば直ぐに気付いて、パタパタと…。
(水が飲めるか聞いてくれたり、お医者さんに電話をしてみたり…)
ブルーが自分で動けないなら、毛布を運んでくれたりもする。
それから急いで父に連絡、病院に連れてゆくための手配。
父が仕事で帰れないのなら、タクシーを呼んで…。
(運転手さんに頼んで、ぼくを運んで貰って…)
急いで病院、着いたら直ぐに診察になる。
必要な処置さえして貰えたら、薬を貰って家に帰って、後はベッドで眠ればいい。
早く治って楽になるよう、食事もベッドまで届けて貰って。
(…でも、ハーレイと二人だったら…)
誰も面倒を見てくれないから、そのまま時間が経ってゆくだけ。
座り込んで直ぐに、水を運んで貰えていたなら、その場で治ったような程度でも…。
(その水、何処からも届かないから…)
具合は悪くなってゆく一方で、座ってさえもいられなくなる。
(もう無理だよ、って…)
パタリと倒れて、それきり起き上がることも出来ない。
そうする間に、意識も薄れてゆくのだろう。
「ハーレイ、早く帰らないかな…」と、何処かで、ぼんやり考えながら。
意識を失くしてしまった後には、打つ手は全く無いわけで…。
(もしもハーレイ、うんと疲れて、遅い時間に帰って来たら…)
ブルーは「手遅れ」になっているかもしれない。
「おい、どうした!」と、ハーレイが慌てて駆け寄って来ても、声が返りはしなくって。
掴んでみた手は、とうに冷たくなってしまって、脈さえも無くて。
(…あんまりだから!)
それって、あんまりすぎるから、とブルー自身も恐ろしくなった。
いくら虚弱な体質とはいえ、死んでしまうほどのものではない。
とはいえ、この先、どんな病に罹るかなんて、未来のことなど分かりはしない。
(…今の時代は、前のぼくたちの頃よりも…)
医療も進歩しているけれども、百パーセントとは言えないだろう。
手当てが遅くなった場合は、どうにも出来ない病気もある。
そういう病気に「ブルー」が罹って、知らずに無理をしたならば…。
(疲れちゃった、って思っていたって、頑張って…)
ハーレイを気遣い、笑顔で見送った後に、悲劇が待っているかもしれない。
仕事を終えて戻ったハーレイには、「迎えてくれるブルー」は、もう、いなくなって。
(…最悪すぎだよ…!)
前のぼくより酷い気がする、と自分でも思う。
ハーレイが家に帰って来た時、「ブルーが、いなくなっている」なんて。
(そんなの、いくらハーレイだって…)
まるで思ってもいないことだし、衝撃は前の生よりも…。
(うんと大きくて、呆然として…)
ハーレイも、その場で倒れてしまいかねない。
「今度は、死ぬ時も一緒なんだよ」と、なまじ、約束しているだけに。
その約束を守るどころか、ブルーを「一人で逝かせてしまった」ショックで。
(…ハーレイの心臓、止まっちゃいそう…)
ちょっと遅れて、ぼくに追い付けるんだけど、と少し思いはするけれど…。
(駄目だよ、ハーレイ、悲しすぎるし…!)
前のぼくよりも酷い「お別れ」なんて、と考えただけで心が叫び出しそう。
「それはダメだよ」と、「ハーレイを置いて、一人ぼっちで行っちゃうなんて!」と。
(……そうなると……)
疲れていたって、頑張れそうでも、頑張らない方がいいのかも、と未来の自分を頭に描く。
「頑張る程度によるだろうけど、全力はダメ」と、真剣に。
そこそこ力を抜いていないと、待っているのは悲劇なのかもしれないしね、と。
(…晩ご飯を代わりに作るにしたって、凝ったのじゃなくて、手抜き料理で…)
インスタントでもいいくらいかな、とズレた思考になりそうだけれど、それが良さそう。
「疲れていたって、頑張った」結果は、前の自分が酷かったから。
今の「ブルー」がやった場合は、それよりも酷い結末になってしまいそうだから。
(…疲れていたって、ハーレイのためなら…)
頑張りたいし、頑張れるけど…、と自分自身に言い聞かせる。
「ほどほどにね」と、遠い未来の自分に向かって。
「頑張りすぎたら、最悪だから」と、「ハーレイのためには、ならないんだから」と…。
疲れていたって・了
※ハーレイのためなら、疲れている時でも頑張れる、と考えたブルー君ですけれど。
未来のブルー君が頑張った結果は、前よりも酷い悲劇なのかも。頑張るのなら、ほどほどにv
忙しくって、と小さなブルーは、ふと考えた。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(…仕事の帰りに、寄れなかったっていうことは…)
長引くような会議があったか、柔道部の部活で何かあったのかもしれない。
もっとも、ハーレイが仕事帰りに寄らないことは、そう珍しくはないけれど…。
(他の先生たちと食事に行ってるってことも、あるもんね…)
お仕事とは限らないんだよ、と思うけれども、何故だか、今日は違う方へと思考が行った。
「ハーレイ、お仕事で疲れちゃったかな?」と、ブルー自身でも意外な方向へ。
(……うーん……)
今のハーレイ、前のハーレイとは違うものね、と仕事の中身を比べてみる。
古典の教師が今のハーレイ、前のハーレイの職とは違う。
キャプテン・ハーレイの激務からすれば、今の仕事は楽だと言ってもいいだろう。
(疲れちゃったら、いつでも休憩出来るわけだし…)
不眠不休でブリッジなんて、ないわけだから、と分かってはいる。
とはいえ、今のハーレイにしても、疲れる時は、きっとある筈。
(…そんな時でも、ぼくが待っているから…)
無理して家に来てくれてるのかも、と気付いたら、申し訳ない気分になった。
「なんで、来てくれなかったの?」などと、何度も口にしているから。
(…ごめんね、ハーレイ…)
そんなの、ちっとも思わなくって…、と心の中で、ハーレイに詫びた。
ハーレイは、何ブロックも離れた所にいるし、詫びても届きはしないけれども。
ごめんなさい、と頭も下げて、今後、我儘は控えるべきだと思う。
ハーレイが来られない日が続いた時でも、不満そうな顔で迎えたりはしないで。
(……だけど……)
今日の決心、何処まで忘れずにいられるかな、と自信はまるで無かったりする。
一晩、ぐっすり眠ってしまえば、明日の朝には…。
(綺麗サッパリ、忘れちゃってて…)
明日、ハーレイが寄ってくれたら、ハーレイのことなど考えもせずに、こう言いそう。
「昨日は、なんで来なかったの?」と、すっかり馴染んでしまった言葉を。
(…ホントに、ごめん…!)
忙しくって疲れてるんなら、ホントにごめん、と再び心で詫びるしかない。
「明日には、文句を言っちゃうかも」と、「今は、きちんと謝ってるから」と言い訳をして。
(…ぼくって、ダメだ…)
こんなのだから、ハーレイに「チビだ」って言われるんだよね、とションボリとする。
時の彼方の自分だったら、こういう風にはならなかったから。
(……前のぼくなら、ハーレイの仕事が忙しいのも、よく分かってて…)
我儘など言いはしなかった。
逆に気遣い、「今日は報告に来なくていいよ」と気を回したほど。
キャプテンからの報告だったら、翌朝、纏めて聞けばいいのだから、と。
(…元々、そういう仕組みだったし…)
ソルジャーとキャプテン、船を纏める二人が一度は必ず、会えるようにと決まりがあった。
毎朝、朝食を二人で摂ること。
ハーレイが青の間を訪れ、朝食を作る係が二人の分を用意する。
その朝食を食べる間に、ハーレイは報告をすればいい。
(ついでに、ハーレイが休めないほど、忙しくても…)
朝食だけは「きちんと座って食べられる」わけだし、丁度いいから、と船で決められた。
「ソルジャー・ブルー」だった頃のブルーは、朝食でしか会えない時が何日続こうが…。
(文句なんかは言わなかったし、もっと休んで、って…)
前のハーレイに頼んでたのに、と今の自分が情けない。
ハーレイが家に来ないと不満で、頬を膨らませることもあるなんて。
(ホントに、ダメすぎ…)
でも、子供だから許してよ、とハーレイに、またまた頭を下げた。
「大きくなったら、言わないから」と、「ホントに、チビの今だけだから」と。
(…ホントだってば…!)
大きくなったら、ちゃんと出来るよ、と未来の姿を考えてみる。
ハーレイと二人で暮らす頃には、出来るようになっているだろう。
(…ハーレイが家に帰る時間が、うんと遅くになったって…)
頬っぺたを膨らませて迎えはしないで、「おかえりなさい!」と、明るい笑顔。
「遅い時間まで、お疲れ様」と、「ご飯の用意は、出来てるんだよ」と気遣いもして。
(…ご飯、ハーレイが作るって言っているけれど…)
そのハーレイが忙しい日は、代わりに頑張って作るべき。
下手くそだろうが、焦げていようが、作らないよりはマシだろう。
(うん、きっと…!)
それに…、と想像の翼が広がってゆく。
逆に「ブルーが」疲れていたって、大きく育ったブルーなら…。
(ハーレイのことを、ちゃんと考えて…)
迷惑をかけてしまわないよう、自分の面倒を見てやれそう。
「疲れちゃった」などと言いはしないで、「今日は、ちょっぴり眠いから」と言い換えて。
(…それならハーレイ、心配したりはしないしね…)
そして早めにゆっくり眠れば、次の朝には元通り。
仕事に出掛けるハーレイに手を振り、出勤してゆく車を見送る。
今のままの「チビのブルー」だったら、寝込んでしまうような事態を、上手く回避して。
(…そうだよ、前のぼくには出来たし…)
疲れていたって、うんと頑張ったしね、と思ったはずみに、頭に浮かんだ遠い出来事。
(……ジョミーを追い掛けた時と、メギドと……)
頑張った結果は、どうだったっけ、と振り返ってみたら、二つとも、ろくなことではなかった。
ジョミーを追い掛けて飛んだ後には、すっかり力が尽きてしまって…。
(一年くらいは持ったけれども、その後に…)
十五年間も深く眠ってしまって、前のハーレイを一人ぼっちにする始末。
何度、青の間に来て話し掛けても、反応さえもしなかったから。
(……メギドの方だと、もっと酷くて……)
ハーレイは、本当に「独りぼっち」になってしまった。
白い船の中の何処を探してみたって、「ブルー」の魂さえも見付けられなくて。
もしかして…、と考えを整理してみて、ブルーは首を傾げる。
(疲れていたって、頑張れるっていうの、ぼくの場合は…)
向いていないのかも、という気がしないでもない。
「ハーレイのためなら、頑張れるよ」と、疲れていたって、頑張ったなら…。
(…結果的には、大迷惑とか…?)
まるで無いとは言えないよね、と自信が一気に揺らぎ始めた。
「行ってらっしゃい!」とハーレイの車を見送った後で、具合が悪くなるかもしれない。
クラリと眩暈で、床に座り込んでしまうだとか。
(…それっきり、二度と立てなくて…)
家にはブルーだけしかいないし、水も食べ物も届きはしない。
これが両親と暮らす家なら、たちまち母が気付くだろうに。
母が外出していた時でも、家に帰れば直ぐに気付いて、パタパタと…。
(水が飲めるか聞いてくれたり、お医者さんに電話をしてみたり…)
ブルーが自分で動けないなら、毛布を運んでくれたりもする。
それから急いで父に連絡、病院に連れてゆくための手配。
父が仕事で帰れないのなら、タクシーを呼んで…。
(運転手さんに頼んで、ぼくを運んで貰って…)
急いで病院、着いたら直ぐに診察になる。
必要な処置さえして貰えたら、薬を貰って家に帰って、後はベッドで眠ればいい。
早く治って楽になるよう、食事もベッドまで届けて貰って。
(…でも、ハーレイと二人だったら…)
誰も面倒を見てくれないから、そのまま時間が経ってゆくだけ。
座り込んで直ぐに、水を運んで貰えていたなら、その場で治ったような程度でも…。
(その水、何処からも届かないから…)
具合は悪くなってゆく一方で、座ってさえもいられなくなる。
(もう無理だよ、って…)
パタリと倒れて、それきり起き上がることも出来ない。
そうする間に、意識も薄れてゆくのだろう。
「ハーレイ、早く帰らないかな…」と、何処かで、ぼんやり考えながら。
意識を失くしてしまった後には、打つ手は全く無いわけで…。
(もしもハーレイ、うんと疲れて、遅い時間に帰って来たら…)
ブルーは「手遅れ」になっているかもしれない。
「おい、どうした!」と、ハーレイが慌てて駆け寄って来ても、声が返りはしなくって。
掴んでみた手は、とうに冷たくなってしまって、脈さえも無くて。
(…あんまりだから!)
それって、あんまりすぎるから、とブルー自身も恐ろしくなった。
いくら虚弱な体質とはいえ、死んでしまうほどのものではない。
とはいえ、この先、どんな病に罹るかなんて、未来のことなど分かりはしない。
(…今の時代は、前のぼくたちの頃よりも…)
医療も進歩しているけれども、百パーセントとは言えないだろう。
手当てが遅くなった場合は、どうにも出来ない病気もある。
そういう病気に「ブルー」が罹って、知らずに無理をしたならば…。
(疲れちゃった、って思っていたって、頑張って…)
ハーレイを気遣い、笑顔で見送った後に、悲劇が待っているかもしれない。
仕事を終えて戻ったハーレイには、「迎えてくれるブルー」は、もう、いなくなって。
(…最悪すぎだよ…!)
前のぼくより酷い気がする、と自分でも思う。
ハーレイが家に帰って来た時、「ブルーが、いなくなっている」なんて。
(そんなの、いくらハーレイだって…)
まるで思ってもいないことだし、衝撃は前の生よりも…。
(うんと大きくて、呆然として…)
ハーレイも、その場で倒れてしまいかねない。
「今度は、死ぬ時も一緒なんだよ」と、なまじ、約束しているだけに。
その約束を守るどころか、ブルーを「一人で逝かせてしまった」ショックで。
(…ハーレイの心臓、止まっちゃいそう…)
ちょっと遅れて、ぼくに追い付けるんだけど、と少し思いはするけれど…。
(駄目だよ、ハーレイ、悲しすぎるし…!)
前のぼくよりも酷い「お別れ」なんて、と考えただけで心が叫び出しそう。
「それはダメだよ」と、「ハーレイを置いて、一人ぼっちで行っちゃうなんて!」と。
(……そうなると……)
疲れていたって、頑張れそうでも、頑張らない方がいいのかも、と未来の自分を頭に描く。
「頑張る程度によるだろうけど、全力はダメ」と、真剣に。
そこそこ力を抜いていないと、待っているのは悲劇なのかもしれないしね、と。
(…晩ご飯を代わりに作るにしたって、凝ったのじゃなくて、手抜き料理で…)
インスタントでもいいくらいかな、とズレた思考になりそうだけれど、それが良さそう。
「疲れていたって、頑張った」結果は、前の自分が酷かったから。
今の「ブルー」がやった場合は、それよりも酷い結末になってしまいそうだから。
(…疲れていたって、ハーレイのためなら…)
頑張りたいし、頑張れるけど…、と自分自身に言い聞かせる。
「ほどほどにね」と、遠い未来の自分に向かって。
「頑張りすぎたら、最悪だから」と、「ハーレイのためには、ならないんだから」と…。
疲れていたって・了
※ハーレイのためなら、疲れている時でも頑張れる、と考えたブルー君ですけれど。
未来のブルー君が頑張った結果は、前よりも酷い悲劇なのかも。頑張るのなら、ほどほどにv
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(今日は流石に、ちと、疲れたな)
珍しいが、とハーレイが浮かべた苦笑い。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(…俺としたことが…)
家に帰って作ったヤツが、これだけってか、とマグカップの縁をカチンと弾く。
そう、これだけしか「作ってはいない」。
(しかも、作ると言うよりは…)
本当に淹れただけなんだよな、とカップの中身に目を落とした。
いつもだったら、ゆっくり楽しんで淹れてゆくのが気に入りのコース。
気が向いた日には、わざわざ豆から挽いたりもする。
(…そこまでしない日でも、大抵…)
ドリップして淹れるものだけれども、今日は違った。
(とにかく、早く熱い一杯を…)
飲みたかったから、いつもの手順を全てすっ飛ばして、出来合いになった。
早い話が、インスタント。
沸かした湯を注ぐだけでいいもの、手抜きの極みと言ってもいい。
(…唯一、今夜の作品なんだが…)
俺が作ったと言っていいかどうかが疑問だな、と可笑しい気分。
夕食さえも作っていなくて、食後のコーヒーまでもコレなのか、と情けないものの…。
(…予想以上に、あれこれと…)
仕事が立て込んでしまったせいで、帰宅するのが遅くなったのが敗因だろう。
ハーレイにしては珍しく、「疲れちまった」と思うくらいに。
(…一晩、ぐっすり眠りさえすりゃ…)
明日にはすっかり、元に戻っているのは分かる。
今も恐らく、普通の人が考えるほどに、疲れてはいない。
(もう一つ頼む、と何か用事を頼まれたって…)
充分、こなせる筈だけれども、たまには自分を甘やかしたい。
「疲れちまった」と思ったのだし、ブルーの家にも、寄り損なった日なのだから。
そういうわけで、仕事が終わって帰る時点で、もう決めていた。
「今日は、晩飯は作らないぞ」と、最大の手抜きで済ませることを。
普段だったら、夕食も鼻歌交じりに作っている。
自分一人しか食べないくせに、凝ったものを作る日だってある。
(…しかしだな…)
サボりたい気分の時もあるさ、と自分自身に言い訳をする。
インスタントのコーヒーも含めて、今日はサボリで、自分に優しくしてやる日だ、と。
(だから、今夜は弁当で…)
いつもの食料品店に寄って、滅多に行かない惣菜や弁当のコーナーに立った。
(普段は見ないし、改めて見ると、新鮮で…)
どれを買おうか、目移りしながら迷い続けた。
ごく当たり前の弁当もいいし、ちらし寿司なども面白そうだ。
他にも色々、選ぶだけでもワクワクとした。
手抜きの極みの夕食だけれど、当たりだったと言えるだろう。
(うんと迷って、こいつに決めた、と…)
季節の食材が多めに詰まった、和風の弁当を選んで買って帰った。
家で食べたら、案の定、美味な味付けで…。
(大満足で、今日の夕飯、当たりなんだが…)
疲れた気分も吹っ飛んだがな、と思いはしても、食後のコーヒーも…。
(ここはサボっておくべきだよな、と…)
インスタントで簡単に淹れて、この書斎まで持って来た。
「疲れちまった」と思った時には、とことん「休んでしまう」のがいい。
このくらいはな、と何かしようとするのは…。
(あまりお勧め出来ないヤツで…)
疲れってヤツは、溜まるモンだ、と経験上、よく知っている。
ちょっとした軽い疲れが溜まって、とんでもないミスに繋がりもする。
「休んでいい」なら、休むのがいい。
自分をたっぷり甘やかしてやって、サボって、疲れを癒すのが一番。
(…自覚がないまま、疲れが溜まっちまうのは最悪で…)
怪我や病気をしたりするから、気を付けるべき。
最悪の事態を招いた後では、遅いのだから。
(…怪我や病気で、休むってことになってもだな…)
気分の方は、休めやしない、とコーヒーのカップを傾ける。
怪我なら痛いし、病気だったら身体が辛い。
とても「休める気分」ではなくて、快適な休暇などではない。
(そうなっちまう前にだな…)
サボリだ、サボリ、とインスタントのコーヒーだけれど、ハタと気付いた。
遠く遥かな時の彼方では、サボリどころではなかったんだ、と前の生での暮らしぶりに。
(…なんたって、キャプテン・ハーレイではなあ…)
インスタントのコーヒーどころか、代用品のコーヒーをお供に、頑張り続けた。
不眠不休で舵を取ったり、ブリッジに詰めていたりもして。
(…そんな状態でも怪我をするとか、病気とかとは…)
無縁で仕事が出来ていたのは、ドクター・ノルディのお蔭だろう。
自らブリッジに出向いて来たり、看護師を寄越したりした、ドクター・ノルディ。
「お仕事なのは、分かりますが」と、適切なタイミングで「休まされた」。
コーヒーを飲むよう指図されたり、サンドイッチが届けられたりして。
(…今の俺には、ああいう頼もしい医者は…)
付きっ切りでいてはくれないのだから、自分自身で努力するしかない。
「此処はサボリだ」と決断したり、自分を甘やかしたりして。
(…よし、今日の弁当は、ノルディの指示だということで…)
オッケーだよな、と思ったはずみに、ブルーの顔が浮かんで来た。
前の生でも、今の生でも、巡り会えた最愛の運命の人。
(…今のあいつは、チビなんだがなあ…)
同じブルーには違いないから、ブルーのことも考えてみる。
「あいつだったら、どうなんだかな?」と。
前のブルーはソルジャーだったし、ハーレイと同じで、激務の日々。
ノルディが指示をしていなかったら、ブルーも倒れていただろう。
それに対して、今のブルーは、本物の優しい両親がいる。
ある意味、ノルディよりも頼もしい。
ブルーの身体に気を配っていて、食事なども配慮してくれるから。
(よしよし、あいつは安心だな…)
俺みたいに、体調管理に努めなくても、と思うけれども、それは「今現在」のブルーの話。
この先もずっと、両親と暮らしてゆくわけではない。
(…俺と結婚するってことは…)
ブルーの体調管理などをするのは、「ハーレイ」の役目になる時が来る。
毎日の食事作りはもちろん、様々な家事も。
(…俺に任せとけ、って日頃から言っているからなあ…)
きっとブルーは、ろくに家事など出来ないだろう。
ついでに身体も前と同じに虚弱なのだし、家事の分担が出来るかどうか。
(…出来やしないぞ、と踏んでいるから、俺が丸ごと、引き受けることに…)
決めてしまっているのだけれども、そうなった後に…。
(疲れちまった、って日が来ちまったら…)
どうするんだ、と自分に問い掛ける。
家に帰って食事を作る代わりに、ブルーの分まで弁当なのか、と。
(……うーむ……)
たまには弁当もいいだろう、と上手く誤魔化せる日ならばいい。
食料品店で各地の弁当フェアとか、季節の弁当の特集をやっていたなら出来る。
ブルーも「美味しそう!」と喜ぶだろうし、手作りするよりいいほどだけれど…。
(そういう日ではなくてだな…)
平凡な弁当しか売っていなくて、それを二人分、買って帰ったら…。
(…どうしたの、って聞かれちまって…)
疲れているのも見抜かれそう。
今のブルーも、魂は前のブルーと同じ。
妙な所で敏いわけだし、「今日のハーレイ、疲れていない?」と赤い瞳で覗き込む。
「無理をしないで」と心配そうに、「後片付けとかは、ぼくがするから、早く休んで」と。
きっとそうだ、という気がする。
ブルーは今も心配性だし、不安になりもするのだろう。
「もしかして、ハーレイ、ずっと具合が悪かったのかも…」と考えたりして。
(…そいつはマズイ…)
俺にしてみりゃ、早めのサボリに過ぎないんだが、と思いはしても、伝わりはしない。
ハーレイが、どれほど我慢強いか、ブルーは「知っている」のだから。
(…しかし基準が、前の俺だし…)
今の俺とは違うんだがな、と言ってみたって、ブルーは納得しそうにない。
「早く休んで」の一点張りで、たちまち病人扱いになる。
ただのサボリな気分で弁当、それがブルーの不安を呼んで。
(…そんな事態は避けたいし…)
結婚した後には、サボリは慎むべきだろう。
「疲れが溜まる」問題の方は、ブルーが一緒に暮らしているなら大丈夫。
ブルーと暮らしてゆけることの幸せ、それがどれほど幸運なことか、考えるだけで癒される。
時の彼方で失くした恋人、その人が帰って来てくれたのだから。
(…あいつを失くして、それでも生きるしか無くて…)
白いシャングリラで暮らした日々を思えば、毎日が天国のようなもの。
どんなに疲れ果てていたって、ブルーの顔を見れば綺麗に消し飛ぶ。
「もうヘトヘトだ」と音を上げるほどに疲れた時でも、ブルーさえいれば。
(…そうだな、あいつがいてくれるなら…)
サボリたい気分に陥ることさえ、無くなってしまうかもしれない。
仕事で疲れて帰って行っても、家にはブルーがいるのだから。
(…そうなるとだ…)
俺の考えからして変わるかもな、とインスタントのコーヒーに目を遣った。
「こいつの世話になる日も、無くなるかもだ」と、ブルーの面影を頭に描いて。
(…家で、あいつが待ってるんなら…)
疲れている日も、仕事が終われば、後はブルーに会えるだけ。
家に帰ってドアを開ければ、愛おしい人が待っている。
(…弁当なんかで手抜きどころか…)
こんな時こそ、美味い飯だ、と頑張れそう。
ブルーが喜びそうなメニューを考え、食材を山と買い込んで。
(うん、ソレだ!)
出来上がるまで待っていろよ、とブルーを待たせて、腕を奮うのも幸せな気分。
疲れていたことなど、すっかり忘れて、野菜を切ったり、肉を焼いたりと。
(そうだな、あいつと一緒なら…)
疲れていても、俺は幸せ一杯、ブルーで癒されるんだからな、と笑みを浮かべる。
ブルーのためなら、頑張れるから。
前の生でもそうだったのだし、今度も、きっと頑張れる。
疲れていても、愛おしい人のためならば。
愛おしい人が待っていてくれて、二人で暮らしてゆけるのならば。
だから、未来に不安は無い。
ブルーに心配させはしないし、疲れてしまう日だって来ない。
疲れていても、ブルーさえいれば、幸せだから。
ブルーがいるのが一番の薬で、疲れた時でも、最高の癒しに違いないから…。
疲れていても・了
※ブルー君と一緒に暮らし始めたら、疲れた時でも頑張れる、と考えるハーレイ先生。
心配させないようにどころか、自分自身の癒しを兼ねて、ブルー君のために料理だとかv
珍しいが、とハーレイが浮かべた苦笑い。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(…俺としたことが…)
家に帰って作ったヤツが、これだけってか、とマグカップの縁をカチンと弾く。
そう、これだけしか「作ってはいない」。
(しかも、作ると言うよりは…)
本当に淹れただけなんだよな、とカップの中身に目を落とした。
いつもだったら、ゆっくり楽しんで淹れてゆくのが気に入りのコース。
気が向いた日には、わざわざ豆から挽いたりもする。
(…そこまでしない日でも、大抵…)
ドリップして淹れるものだけれども、今日は違った。
(とにかく、早く熱い一杯を…)
飲みたかったから、いつもの手順を全てすっ飛ばして、出来合いになった。
早い話が、インスタント。
沸かした湯を注ぐだけでいいもの、手抜きの極みと言ってもいい。
(…唯一、今夜の作品なんだが…)
俺が作ったと言っていいかどうかが疑問だな、と可笑しい気分。
夕食さえも作っていなくて、食後のコーヒーまでもコレなのか、と情けないものの…。
(…予想以上に、あれこれと…)
仕事が立て込んでしまったせいで、帰宅するのが遅くなったのが敗因だろう。
ハーレイにしては珍しく、「疲れちまった」と思うくらいに。
(…一晩、ぐっすり眠りさえすりゃ…)
明日にはすっかり、元に戻っているのは分かる。
今も恐らく、普通の人が考えるほどに、疲れてはいない。
(もう一つ頼む、と何か用事を頼まれたって…)
充分、こなせる筈だけれども、たまには自分を甘やかしたい。
「疲れちまった」と思ったのだし、ブルーの家にも、寄り損なった日なのだから。
そういうわけで、仕事が終わって帰る時点で、もう決めていた。
「今日は、晩飯は作らないぞ」と、最大の手抜きで済ませることを。
普段だったら、夕食も鼻歌交じりに作っている。
自分一人しか食べないくせに、凝ったものを作る日だってある。
(…しかしだな…)
サボりたい気分の時もあるさ、と自分自身に言い訳をする。
インスタントのコーヒーも含めて、今日はサボリで、自分に優しくしてやる日だ、と。
(だから、今夜は弁当で…)
いつもの食料品店に寄って、滅多に行かない惣菜や弁当のコーナーに立った。
(普段は見ないし、改めて見ると、新鮮で…)
どれを買おうか、目移りしながら迷い続けた。
ごく当たり前の弁当もいいし、ちらし寿司なども面白そうだ。
他にも色々、選ぶだけでもワクワクとした。
手抜きの極みの夕食だけれど、当たりだったと言えるだろう。
(うんと迷って、こいつに決めた、と…)
季節の食材が多めに詰まった、和風の弁当を選んで買って帰った。
家で食べたら、案の定、美味な味付けで…。
(大満足で、今日の夕飯、当たりなんだが…)
疲れた気分も吹っ飛んだがな、と思いはしても、食後のコーヒーも…。
(ここはサボっておくべきだよな、と…)
インスタントで簡単に淹れて、この書斎まで持って来た。
「疲れちまった」と思った時には、とことん「休んでしまう」のがいい。
このくらいはな、と何かしようとするのは…。
(あまりお勧め出来ないヤツで…)
疲れってヤツは、溜まるモンだ、と経験上、よく知っている。
ちょっとした軽い疲れが溜まって、とんでもないミスに繋がりもする。
「休んでいい」なら、休むのがいい。
自分をたっぷり甘やかしてやって、サボって、疲れを癒すのが一番。
(…自覚がないまま、疲れが溜まっちまうのは最悪で…)
怪我や病気をしたりするから、気を付けるべき。
最悪の事態を招いた後では、遅いのだから。
(…怪我や病気で、休むってことになってもだな…)
気分の方は、休めやしない、とコーヒーのカップを傾ける。
怪我なら痛いし、病気だったら身体が辛い。
とても「休める気分」ではなくて、快適な休暇などではない。
(そうなっちまう前にだな…)
サボリだ、サボリ、とインスタントのコーヒーだけれど、ハタと気付いた。
遠く遥かな時の彼方では、サボリどころではなかったんだ、と前の生での暮らしぶりに。
(…なんたって、キャプテン・ハーレイではなあ…)
インスタントのコーヒーどころか、代用品のコーヒーをお供に、頑張り続けた。
不眠不休で舵を取ったり、ブリッジに詰めていたりもして。
(…そんな状態でも怪我をするとか、病気とかとは…)
無縁で仕事が出来ていたのは、ドクター・ノルディのお蔭だろう。
自らブリッジに出向いて来たり、看護師を寄越したりした、ドクター・ノルディ。
「お仕事なのは、分かりますが」と、適切なタイミングで「休まされた」。
コーヒーを飲むよう指図されたり、サンドイッチが届けられたりして。
(…今の俺には、ああいう頼もしい医者は…)
付きっ切りでいてはくれないのだから、自分自身で努力するしかない。
「此処はサボリだ」と決断したり、自分を甘やかしたりして。
(…よし、今日の弁当は、ノルディの指示だということで…)
オッケーだよな、と思ったはずみに、ブルーの顔が浮かんで来た。
前の生でも、今の生でも、巡り会えた最愛の運命の人。
(…今のあいつは、チビなんだがなあ…)
同じブルーには違いないから、ブルーのことも考えてみる。
「あいつだったら、どうなんだかな?」と。
前のブルーはソルジャーだったし、ハーレイと同じで、激務の日々。
ノルディが指示をしていなかったら、ブルーも倒れていただろう。
それに対して、今のブルーは、本物の優しい両親がいる。
ある意味、ノルディよりも頼もしい。
ブルーの身体に気を配っていて、食事なども配慮してくれるから。
(よしよし、あいつは安心だな…)
俺みたいに、体調管理に努めなくても、と思うけれども、それは「今現在」のブルーの話。
この先もずっと、両親と暮らしてゆくわけではない。
(…俺と結婚するってことは…)
ブルーの体調管理などをするのは、「ハーレイ」の役目になる時が来る。
毎日の食事作りはもちろん、様々な家事も。
(…俺に任せとけ、って日頃から言っているからなあ…)
きっとブルーは、ろくに家事など出来ないだろう。
ついでに身体も前と同じに虚弱なのだし、家事の分担が出来るかどうか。
(…出来やしないぞ、と踏んでいるから、俺が丸ごと、引き受けることに…)
決めてしまっているのだけれども、そうなった後に…。
(疲れちまった、って日が来ちまったら…)
どうするんだ、と自分に問い掛ける。
家に帰って食事を作る代わりに、ブルーの分まで弁当なのか、と。
(……うーむ……)
たまには弁当もいいだろう、と上手く誤魔化せる日ならばいい。
食料品店で各地の弁当フェアとか、季節の弁当の特集をやっていたなら出来る。
ブルーも「美味しそう!」と喜ぶだろうし、手作りするよりいいほどだけれど…。
(そういう日ではなくてだな…)
平凡な弁当しか売っていなくて、それを二人分、買って帰ったら…。
(…どうしたの、って聞かれちまって…)
疲れているのも見抜かれそう。
今のブルーも、魂は前のブルーと同じ。
妙な所で敏いわけだし、「今日のハーレイ、疲れていない?」と赤い瞳で覗き込む。
「無理をしないで」と心配そうに、「後片付けとかは、ぼくがするから、早く休んで」と。
きっとそうだ、という気がする。
ブルーは今も心配性だし、不安になりもするのだろう。
「もしかして、ハーレイ、ずっと具合が悪かったのかも…」と考えたりして。
(…そいつはマズイ…)
俺にしてみりゃ、早めのサボリに過ぎないんだが、と思いはしても、伝わりはしない。
ハーレイが、どれほど我慢強いか、ブルーは「知っている」のだから。
(…しかし基準が、前の俺だし…)
今の俺とは違うんだがな、と言ってみたって、ブルーは納得しそうにない。
「早く休んで」の一点張りで、たちまち病人扱いになる。
ただのサボリな気分で弁当、それがブルーの不安を呼んで。
(…そんな事態は避けたいし…)
結婚した後には、サボリは慎むべきだろう。
「疲れが溜まる」問題の方は、ブルーが一緒に暮らしているなら大丈夫。
ブルーと暮らしてゆけることの幸せ、それがどれほど幸運なことか、考えるだけで癒される。
時の彼方で失くした恋人、その人が帰って来てくれたのだから。
(…あいつを失くして、それでも生きるしか無くて…)
白いシャングリラで暮らした日々を思えば、毎日が天国のようなもの。
どんなに疲れ果てていたって、ブルーの顔を見れば綺麗に消し飛ぶ。
「もうヘトヘトだ」と音を上げるほどに疲れた時でも、ブルーさえいれば。
(…そうだな、あいつがいてくれるなら…)
サボリたい気分に陥ることさえ、無くなってしまうかもしれない。
仕事で疲れて帰って行っても、家にはブルーがいるのだから。
(…そうなるとだ…)
俺の考えからして変わるかもな、とインスタントのコーヒーに目を遣った。
「こいつの世話になる日も、無くなるかもだ」と、ブルーの面影を頭に描いて。
(…家で、あいつが待ってるんなら…)
疲れている日も、仕事が終われば、後はブルーに会えるだけ。
家に帰ってドアを開ければ、愛おしい人が待っている。
(…弁当なんかで手抜きどころか…)
こんな時こそ、美味い飯だ、と頑張れそう。
ブルーが喜びそうなメニューを考え、食材を山と買い込んで。
(うん、ソレだ!)
出来上がるまで待っていろよ、とブルーを待たせて、腕を奮うのも幸せな気分。
疲れていたことなど、すっかり忘れて、野菜を切ったり、肉を焼いたりと。
(そうだな、あいつと一緒なら…)
疲れていても、俺は幸せ一杯、ブルーで癒されるんだからな、と笑みを浮かべる。
ブルーのためなら、頑張れるから。
前の生でもそうだったのだし、今度も、きっと頑張れる。
疲れていても、愛おしい人のためならば。
愛おしい人が待っていてくれて、二人で暮らしてゆけるのならば。
だから、未来に不安は無い。
ブルーに心配させはしないし、疲れてしまう日だって来ない。
疲れていても、ブルーさえいれば、幸せだから。
ブルーがいるのが一番の薬で、疲れた時でも、最高の癒しに違いないから…。
疲れていても・了
※ブルー君と一緒に暮らし始めたら、疲れた時でも頑張れる、と考えるハーレイ先生。
心配させないようにどころか、自分自身の癒しを兼ねて、ブルー君のために料理だとかv
「ねえ、ハーレイ。不満があったら…」
言うべきかな、と小さなブルーが、ぶつけた問い。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 不満…?」
どうしたんだ、急に、とハーレイは鳶色の目を丸くした。
今の今まで、ごくごく普通に話していたのに、突然すぎる。
(それとも、話の中身でだな…)
思い出すことがあったのかも、という気がしないでもない。
学校の話などもしていたわけだし、充分、有り得る。
「おい。お前が言ってる、不満ってヤツは…」
学校で何かあったのか、とハーレイはブルーに問い返した。
ブルーのクラスで、最近、席替えなどは無かった筈。
けれど、前の席替えで今の席になって、不満だとかは…。
(まるで無いとは言えないし…)
もっと後ろの席がいいとか、前がいいとか、そういう不満。
言わなかったら、次の席替えまでは、そのままになる。
(とはいえ、こいつの性格では…)
先生に直訴は出来やしないぞ、と分かってもいる。
ブルーの不満が「ソレ」だった時は、助言すべきだろう。
(席替えまで我慢するよりは…)
言うべきだしな、と思ったけれども、ブルーは首を振った。
「えっと…。学校のことじゃなくって…」
人間関係っていう方かな、と少し口調がぎこちない。
言いにくそうな話題らしくて、口が重いといった感じで。
「なるほどなあ…。そいつは確かに、難しそうだ…」
普通の子でも難しいのに、お前ではな、とハーレイは頷く。
今のブルーは、チビで我儘、子供らしくはあるけれど…。
(生憎、前のあいつだった頃の記憶も、たっぷりと…)
持っているから、ややこしくなる。
今はともかく、前のブルーは「ソルジャー・ブルー」。
不満があっても「何も言わずに」秘めていた立場。
ソルジャーまでが「好きに言ったら」、船は持たない。
命に係わるようなことでも、前のブルーは言わなかった。
前のブルーが「それ」をしたなら、船は沈んでいただろう。
(…前のあいつは、地球を見たくて…)
命ある限り、夢は捨てたくなかったと思う。
なのに「黙って」メギドへと飛んで、船を救った。
ブルーだけが「我慢をしたなら」、皆の未来が開けるから。
そんなブルーの魂を持って、今のブルーは生きている。
「我慢すべき」と思う気持ちは、今の年には相応しくない。
(…もっと、吐き出すべきでだな…)
友達相手に喧嘩になっても、それがお似合い。
せっかく「新しい命」を貰ったのだし、子供らしくていい。
(断然、そっちがオススメだぞ!)
チビの間は子供らしく、とハーレイは改めて、口を開いた。
「いいか、人間関係の不満ってヤツはだな…」
抱え込むには、まだ早いぞ、とブルーの赤い瞳を見詰める。
「今のお前は、十四歳にしかなっていない子供で、だ…」
三百年以上も生きた記憶は、アテにするな、と断じた。
「役に立つ時には使うべきだが、今は違う」と。
「前のお前は、我慢しすぎた人生だったが、今のお前は…」
もっと自由に生きていいんだ、と言い聞かせる。
友達と派手に喧嘩したって、世界が壊れはしないのだから。
「お前と友達の間の世界ってヤツは、軋むだろうが…」
外の世界は壊れないぞ、と微笑んでやる。
学校のクラスはもちろん、建物もグラウンドも、全て無傷。
「壊れる世界」は小さすぎるし、小さいからこそ…。
「壊れても、元に戻せるってな!」
消えて無くなるわけじゃないから、とウインクした。
「周りの世界が無事な以上は、戻すチャンスも充分だ」と。
ブルーは黙って聞いていたけれど、やっとコクリと頷いた。
「そっか、我慢して抱え込むより、言うべきなんだね」
「ああ。不満なんぞを我慢するのは、もっと先だな」
大人ってヤツになってからだ、とハーレイは親指を立てる。
「もっとも、お前は、俺と一緒に暮らすわけだし…」
俺にだったら、好きにぶつけろ、と太鼓判も押してやった。
「お前の我儘、いくらでも聞いてやるからな」とも。
そうしたら…。
「ありがとう! じゃあ、遠慮なく…」
ぶつけちゃうね、とブルーは笑んだ。
「今のハーレイ、ぼくに厳しすぎて、キスもくれなくて…」
ぼくは毎日、不満だらけで…、と飛び出した「不満」。
「だからキスして」と、「我儘を言っていいんでしょ」と。
(そう来たか…!)
騙されたぞ、とハーレイは、チビのブルーを睨み付けた。
(俺が真面目に聞いていたのに、よくもまあ…)
お仕置きするしかないだろうな、と軽く拳を握り締める。
ブルーの頭に、コツンと一発、お見舞いしないと…。
(俺の不満が募るってな!)
不満ってヤツは、言うべきだぞ、と銀色の頭をコツン。
「馬鹿野郎!」
反省しろよ、と諭すけれども、きっと効果はゼロだろう。
今のブルーはチビで我儘、こんな部分は、立派に子供。
(悪知恵にまで、前のあいつの記憶をだな…)
使い回していそうなんだが…、と溜息が出そう。
(俺は当分、振り回されてしまいそうだ…)
頼むから、早く育ってくれよ、と祈るしかない。
ブルーが育ってくれない限りは、攻防戦が続くのだから…。
不満があったら・了
言うべきかな、と小さなブルーが、ぶつけた問い。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 不満…?」
どうしたんだ、急に、とハーレイは鳶色の目を丸くした。
今の今まで、ごくごく普通に話していたのに、突然すぎる。
(それとも、話の中身でだな…)
思い出すことがあったのかも、という気がしないでもない。
学校の話などもしていたわけだし、充分、有り得る。
「おい。お前が言ってる、不満ってヤツは…」
学校で何かあったのか、とハーレイはブルーに問い返した。
ブルーのクラスで、最近、席替えなどは無かった筈。
けれど、前の席替えで今の席になって、不満だとかは…。
(まるで無いとは言えないし…)
もっと後ろの席がいいとか、前がいいとか、そういう不満。
言わなかったら、次の席替えまでは、そのままになる。
(とはいえ、こいつの性格では…)
先生に直訴は出来やしないぞ、と分かってもいる。
ブルーの不満が「ソレ」だった時は、助言すべきだろう。
(席替えまで我慢するよりは…)
言うべきだしな、と思ったけれども、ブルーは首を振った。
「えっと…。学校のことじゃなくって…」
人間関係っていう方かな、と少し口調がぎこちない。
言いにくそうな話題らしくて、口が重いといった感じで。
「なるほどなあ…。そいつは確かに、難しそうだ…」
普通の子でも難しいのに、お前ではな、とハーレイは頷く。
今のブルーは、チビで我儘、子供らしくはあるけれど…。
(生憎、前のあいつだった頃の記憶も、たっぷりと…)
持っているから、ややこしくなる。
今はともかく、前のブルーは「ソルジャー・ブルー」。
不満があっても「何も言わずに」秘めていた立場。
ソルジャーまでが「好きに言ったら」、船は持たない。
命に係わるようなことでも、前のブルーは言わなかった。
前のブルーが「それ」をしたなら、船は沈んでいただろう。
(…前のあいつは、地球を見たくて…)
命ある限り、夢は捨てたくなかったと思う。
なのに「黙って」メギドへと飛んで、船を救った。
ブルーだけが「我慢をしたなら」、皆の未来が開けるから。
そんなブルーの魂を持って、今のブルーは生きている。
「我慢すべき」と思う気持ちは、今の年には相応しくない。
(…もっと、吐き出すべきでだな…)
友達相手に喧嘩になっても、それがお似合い。
せっかく「新しい命」を貰ったのだし、子供らしくていい。
(断然、そっちがオススメだぞ!)
チビの間は子供らしく、とハーレイは改めて、口を開いた。
「いいか、人間関係の不満ってヤツはだな…」
抱え込むには、まだ早いぞ、とブルーの赤い瞳を見詰める。
「今のお前は、十四歳にしかなっていない子供で、だ…」
三百年以上も生きた記憶は、アテにするな、と断じた。
「役に立つ時には使うべきだが、今は違う」と。
「前のお前は、我慢しすぎた人生だったが、今のお前は…」
もっと自由に生きていいんだ、と言い聞かせる。
友達と派手に喧嘩したって、世界が壊れはしないのだから。
「お前と友達の間の世界ってヤツは、軋むだろうが…」
外の世界は壊れないぞ、と微笑んでやる。
学校のクラスはもちろん、建物もグラウンドも、全て無傷。
「壊れる世界」は小さすぎるし、小さいからこそ…。
「壊れても、元に戻せるってな!」
消えて無くなるわけじゃないから、とウインクした。
「周りの世界が無事な以上は、戻すチャンスも充分だ」と。
ブルーは黙って聞いていたけれど、やっとコクリと頷いた。
「そっか、我慢して抱え込むより、言うべきなんだね」
「ああ。不満なんぞを我慢するのは、もっと先だな」
大人ってヤツになってからだ、とハーレイは親指を立てる。
「もっとも、お前は、俺と一緒に暮らすわけだし…」
俺にだったら、好きにぶつけろ、と太鼓判も押してやった。
「お前の我儘、いくらでも聞いてやるからな」とも。
そうしたら…。
「ありがとう! じゃあ、遠慮なく…」
ぶつけちゃうね、とブルーは笑んだ。
「今のハーレイ、ぼくに厳しすぎて、キスもくれなくて…」
ぼくは毎日、不満だらけで…、と飛び出した「不満」。
「だからキスして」と、「我儘を言っていいんでしょ」と。
(そう来たか…!)
騙されたぞ、とハーレイは、チビのブルーを睨み付けた。
(俺が真面目に聞いていたのに、よくもまあ…)
お仕置きするしかないだろうな、と軽く拳を握り締める。
ブルーの頭に、コツンと一発、お見舞いしないと…。
(俺の不満が募るってな!)
不満ってヤツは、言うべきだぞ、と銀色の頭をコツン。
「馬鹿野郎!」
反省しろよ、と諭すけれども、きっと効果はゼロだろう。
今のブルーはチビで我儘、こんな部分は、立派に子供。
(悪知恵にまで、前のあいつの記憶をだな…)
使い回していそうなんだが…、と溜息が出そう。
(俺は当分、振り回されてしまいそうだ…)
頼むから、早く育ってくれよ、と祈るしかない。
ブルーが育ってくれない限りは、攻防戦が続くのだから…。
不満があったら・了
(今日は、ビックリしちゃったんだよね…)
ついでに、ちょっぴり慌てちゃった、と小さなブルーは肩を竦めた。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今にしてみれば、ただの勘違いだったけれども、昼間、大事件に遭遇した。
学校で起きたことではない。
帰宅してから、この家の中で出会った事件。
(おやつを食べて、のんびりしてて…)
その間に、ふと思い付いたことがあったから、母に話しに行った。
いったい何を話そうとしたか、全く覚えていないのだけれど。
(…だって、ホントにビックリしちゃって…)
おまけに、慌てて走り回ったから仕方ないよね、と苦笑する。
学校の話をしたかったのか、そうではなかったのかさえも記憶には無い。
(…ママ、キッチンだと思ってたのに…)
覗いたら、母はいなかった。
「あれ?」と少し首を捻って、考えてみた母の行先。
ブルーがおやつを食べているなら、その部屋を通らないと出てはゆけない。
(…いつの間に、通ってったんだろう、って…)
思いはしても、そうしたことなら珍しくない。
おやつのケーキに夢中だったとか、庭の方を眺めていたとか、その間に…。
(ママが通って行っちゃうことは、よくあるし…)
今日もそれだ、と納得した。
母は庭にでも出たか、あるいは二階に行ったのか。
(どっちかだよね、って思ったから…)
まずは庭へと出て行った。
「ママ、何処?」と、外履きのサンダルを履いて、勝手口から。
(でも、ママ、庭にいなくって…)
ぐるりと一周してみたけれども、庭の物置にも母は来ていない。
そうすると家の中なわけだし、二階だろう、と家に戻って二階に上がって行ったのに…。
(ママ、二階にもいなかったんだよ!)
物置にしている部屋を覗き込んでも、母の姿は見付からなかった。
一階に戻ってキッチンを見ても、他の部屋の何処を探しても。
母の姿が見当たらないなら、思い当たるのは「外出」だけ。
買い忘れた食材があって急いで出たとか、急な用事が出来たとか。
(だけど、それなら、言って行く筈で…)
言おうとしても、ブルーが近くにいなかったのなら、メモを残して行くだろう。
「お買い物に行って来ます」と、行先も書いて。
(テーブルにメモがあるのかな、って…)
今度は、それを探しに行った。
何処かで母と行き違いになった間に、母は出掛けたかもしれない。
(…なのに、テーブル、ぼくが食べてたお皿とかだけ…)
お茶のカップやポットの隣に、メモは置かれていなかった。
床に落ちてしまったのかも、とテーブルの下や椅子の上を探してみてもメモなどは無い。
そうなると、母は何処へ消えたのか。
(ぼくに言うのも忘れるくらいに、急ぎの用事で出て行ったとか…?)
ただの用事ならいいけどね、と今度は心配になって来た。
父が会社で急病だとか、あるいは怪我をしただとか。
(そんなの困るし、大変だよ!)
いったい、ぼくはどうしたら…、と気持ちは焦って慌てるばかり。
父が病気や怪我で入院などという事態になったら、どうすればいいか分からない。
ただでも身体の弱いブルーは、何の役にも立たないどころか、足を引っ張るだけだろう。
(…家にいたって、お荷物になるだけだから、って…)
親戚の家に預けられてしまうかもしれない。
学校に通えそうな所に、住んでいる親戚がいるものだから。
(…ホントにありそう…)
両親にすれば、ブルーの心配までしているよりかは、その方がいい。
ブルーにしたって、学校にさえ通えるのならば、何の問題も無いのだから。
(普通はそうで、正解だけど…)
ぼくの場合は違うんだよ、と叫び出したい気分になった。
親戚の家に行くことになれば、当分の間、ハーレイは家に来てはくれない。
仕事帰りに寄るのはもちろん、週末の土曜や日曜でさえも。
(だって、ぼくの家じゃないんだし…)
ハーレイだって遠慮するよ、と子供のブルーにも分かる。
いくら親戚の人が「どうぞ」と言っても、せいぜい、顔を出すだけ程度。
「これ、皆さんで召し上がって下さい」と、菓子でも届けに来るくらいで。
大変なことになっちゃった、とブルーは青ざめ、崩れるように椅子に座った。
母から連絡が来るのを待つしかない、と覚悟を決めて。
(…パパが入院だけは、ありませんように…!)
怪我でも、頑張って家を手伝うから、とキッチンの方を眺めて考える。
作れそうな料理は何があったか、買い物に行くことは出来るのか、などと。
(…非常事態ってことになったら、ハーレイ、手伝ってくれるかもだけど…)
そうそう期待は出来はしないし、両親も恐縮するだろう。
ハーレイは、毎日、手伝いに来てはくれなくて、来てくれる回数も減るに違いない。
(…どっちにしたって、大ピンチだよ!)
ハーレイに会えなくなっちゃうなんて、と一人でオロオロしていたら…。
(ママがひょっこり、どうしたの、って…)
何事も無かったかのように、部屋に入って来た。
ブルーは焦っていたものだから、変な顔でもしていたのだろう。
(ママ、何処にお出掛けしていたの、って聞いたのに…)
母の答えは、こうだった。
「あら、ママはずっと、家にいたわよ?」と、怪訝そうに。
(…要するに、家ですれ違い…)
見事なくらいに、すれ違い続けていたらしい。
庭でも、二階でも、他の場所でも。
(笑い話っていうヤツだけど…)
ママ、心臓に悪すぎだよ、と言いたいのを、グッと飲み込んだ。
一人で勝手に勘違いをして、慌てる方が悪いのだから。
(…「なんでもないよ」って、ママに言ったけれども、ママに話したかったこと…)
何だったのか、もう覚えてはいなかったんだよ、と思い返しても情けない。
今の自分はただの子供で、こうした時にも慌てるだけだ、と痛烈に思い知らされて。
時の彼方の「前の自分」なら、そんなことなど、けして無かった。
どんな時でも冷静でいてこそのソルジャー。
内心、焦りが募っていたって、懸命に自分を抑えていた。
「落ち着け」と、「他に考えることがあるだろう?」と、自分自身に何度も問い掛けて。
(…ホントに、情けないったら…)
こんなのだから、ハーレイに「チビだ」と笑われるのかも、と悲しい気持ちになってくる。
ハーレイから見れば、「今のブルー」は、本当に「子供」なのだろう。
「ママがいない!」と焦って慌てて、悪い方へと思考が向かって、落ち込むのだから。
(…前のぼくなら、有り得ないよね…)
自己嫌悪、と深い溜息をついた所で気が付いた。
将来、今日の事件と同じ事件に「出くわす」可能性がある。
ハーレイと一緒に暮らし始めて、同じ家に住んでいるのなら。
(…ぼくがウトウトしてる間に、ハーレイ、何処かに消えちゃって…)
うたた寝から目が覚めた途端に、慌ててしまうかもしれない。
「ハーレイは何処?」と、今日の昼間の自分みたいに。
(……うーん……)
ありそうだよ、と思い当たる例は山のよう。
なんと言っても、ハーレイは、母よりもずっと活動的だし、フットワークも軽いと言える。
「なんだ、ブルーは寝ちまったのか」と、「ちょっと、其処まで」出掛けそう。
庭で芝刈りならば良くても、近所を散歩しに行くだとか。
(…直ぐ戻るしな、って思っていれば…)
メモなど置いては行かないだろう。
ハーレイにすれば「よくあること」だし、じきに帰って来るのだから。
(実際、ほんの近所を散歩なら…)
ブルーは「気付かない」ままで、気持ちよくウトウトしていそう。
ハーレイが家から出て行ったことも、散歩してから戻って来たことにも。
(…目が覚めた時に、「ほら」と、お土産、渡されちゃって…)
「あれっ、ハーレイ、出掛けてたの?」と目が真ん丸になる時もありそう。
家の近くの食料品店に行くのだったら、本当に、往復の時間は僅か。
「美味そうなのを、売ってたしな?」と、お土産にしても不思議ではない。
そして「お土産を貰った自分」も、文句を言いはしないのだろう。
お土産の菓子を美味しく食べて、大満足で。
(…そんなのが、普通になっちゃってたら…)
ハーレイは、「メモなど置いて行かない」のが「当たり前」になる。
上手い具合に運ぶ間は、いいのだけれど…。
(ある日、いきなり、今日みたいに…)
ぼくが焦って大慌てかも、という気がする。
ハーレイが「出掛けた途端」に、目が覚めたなら…。
(…ハーレイ、何処に行ったのかな、って…)
庭やら、家の中やら、あちこち回って、探そうとすることだろう。
「こっちかな?」と覗いて回って、「あれ?」と首を傾げながらも。
(…出掛けたのかも、って気が付くまでに…)
今日の昼間にやったみたいに、心に焦りが込み上げてくる。
「ハーレイがいない」現実だけが、どんどん大きく膨らんでいって。
(…出掛けたのかも、って気が付いたって…)
焦りが膨らんでしまった後では、悪い方にしか考えが運ばないかもしれない。
「散歩かもね」と、ゆったり構えて、帰りを待つなんていう芸当は…。
(絶対、出来やしないってば!)
普通だったら、そうするんだろうけれど…、と思いはしても、出来ない相談。
「じきに帰って来るだろうから、お茶でも淹れておこうかな」と、なったりはしない。
(…前のぼくなら、そっちの方になるのにね…)
二人分のお茶の支度で、お先に飲み始めているんだろうな、とフウと溜息。
「ソルジャー・ブルー」の頃なら、きっと間違いなく、そうしていた。
もっとも、前のハーレイはキャプテンだったし、黙って出掛けはしなかったけれど。
(…それでも、そんな時があったら、ハーレイのお茶も…)
前のぼくなら用意出来てた筈なんだよね、と今の自分が恥ずかしすぎる。
とはいえ、きっと「やらかしてしまう」のだろう。
知らない間に、ハーレイが、家から消えていたのなら。
庭にも、何処にも見当たらなくて、目の前からいなくなったなら。
結婚した後、それが起きたら、どうするだろう。
焦って慌てて、家から飛び出してしまいかねない。
「ハーレイは何処!?」と、玄関に鍵も掛けないで。
外履き用のサンダルだけを足に引っ掛け、行く先もよくは考えないで。
(…まずは公園、って必死に走って…)
ハーレイが其処にいなかったならば、食料品店まで突っ走りそう。
弱い身体で走れるような所に、どちらも「ありはしない」のに。
公園まで全力で走っただけでも、普段だったら、倒れてしまいそうなのに。
(…だけど、火事場の馬鹿力…)
前のぼくだって、やっちゃったしね、と記憶なら数え切れないほど。
いわゆる「晩年」になってからでも、何度やらかしたことだろう。
ジョミーを追って、アルテメシアの遥か上空まで、一気に飛んで行ったとか。
(…そこまでのヤツに比べたら…)
公園へ走って、食料品店まで駆けてゆくのは、大したことではないわけで…。
(だから出来るし、出来ちゃうんだけど…)
やっちゃった後が大変だよね、と想像してみてガックリとした。
未来の自分は、懸命に走り回った挙句に、何処かでパタリと倒れてしまう。
居合わせた人に「大丈夫ですか?」と声を掛けられて…。
(…ちゃんと名乗れれば、いいんだけれど…!)
声も出ないとか、意識が無いなら、救急搬送されるだろう。
其処からハーレイに緊急連絡、ハーレイの方も、消えたブルーを探し回っている最中で…。
(病院から緊急連絡だなんて!)
とんでもなく慌てて、車で来るのも忘れていそう、と思うものだから、気を付けよう。
ハーレイがいなくなったなら、本当に慌てそうだから。
慌てて飛び出して行った結果は、大迷惑にしかならないから…。
いなくなったなら・了
※ハーレイ先生と結婚した後、ハーレイ先生が家から消えたら、慌てそうなブルー君。
よく考えてから動くようにしないと、ハーレイ先生、大迷惑で困ってしまうかもですねv
ついでに、ちょっぴり慌てちゃった、と小さなブルーは肩を竦めた。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今にしてみれば、ただの勘違いだったけれども、昼間、大事件に遭遇した。
学校で起きたことではない。
帰宅してから、この家の中で出会った事件。
(おやつを食べて、のんびりしてて…)
その間に、ふと思い付いたことがあったから、母に話しに行った。
いったい何を話そうとしたか、全く覚えていないのだけれど。
(…だって、ホントにビックリしちゃって…)
おまけに、慌てて走り回ったから仕方ないよね、と苦笑する。
学校の話をしたかったのか、そうではなかったのかさえも記憶には無い。
(…ママ、キッチンだと思ってたのに…)
覗いたら、母はいなかった。
「あれ?」と少し首を捻って、考えてみた母の行先。
ブルーがおやつを食べているなら、その部屋を通らないと出てはゆけない。
(…いつの間に、通ってったんだろう、って…)
思いはしても、そうしたことなら珍しくない。
おやつのケーキに夢中だったとか、庭の方を眺めていたとか、その間に…。
(ママが通って行っちゃうことは、よくあるし…)
今日もそれだ、と納得した。
母は庭にでも出たか、あるいは二階に行ったのか。
(どっちかだよね、って思ったから…)
まずは庭へと出て行った。
「ママ、何処?」と、外履きのサンダルを履いて、勝手口から。
(でも、ママ、庭にいなくって…)
ぐるりと一周してみたけれども、庭の物置にも母は来ていない。
そうすると家の中なわけだし、二階だろう、と家に戻って二階に上がって行ったのに…。
(ママ、二階にもいなかったんだよ!)
物置にしている部屋を覗き込んでも、母の姿は見付からなかった。
一階に戻ってキッチンを見ても、他の部屋の何処を探しても。
母の姿が見当たらないなら、思い当たるのは「外出」だけ。
買い忘れた食材があって急いで出たとか、急な用事が出来たとか。
(だけど、それなら、言って行く筈で…)
言おうとしても、ブルーが近くにいなかったのなら、メモを残して行くだろう。
「お買い物に行って来ます」と、行先も書いて。
(テーブルにメモがあるのかな、って…)
今度は、それを探しに行った。
何処かで母と行き違いになった間に、母は出掛けたかもしれない。
(…なのに、テーブル、ぼくが食べてたお皿とかだけ…)
お茶のカップやポットの隣に、メモは置かれていなかった。
床に落ちてしまったのかも、とテーブルの下や椅子の上を探してみてもメモなどは無い。
そうなると、母は何処へ消えたのか。
(ぼくに言うのも忘れるくらいに、急ぎの用事で出て行ったとか…?)
ただの用事ならいいけどね、と今度は心配になって来た。
父が会社で急病だとか、あるいは怪我をしただとか。
(そんなの困るし、大変だよ!)
いったい、ぼくはどうしたら…、と気持ちは焦って慌てるばかり。
父が病気や怪我で入院などという事態になったら、どうすればいいか分からない。
ただでも身体の弱いブルーは、何の役にも立たないどころか、足を引っ張るだけだろう。
(…家にいたって、お荷物になるだけだから、って…)
親戚の家に預けられてしまうかもしれない。
学校に通えそうな所に、住んでいる親戚がいるものだから。
(…ホントにありそう…)
両親にすれば、ブルーの心配までしているよりかは、その方がいい。
ブルーにしたって、学校にさえ通えるのならば、何の問題も無いのだから。
(普通はそうで、正解だけど…)
ぼくの場合は違うんだよ、と叫び出したい気分になった。
親戚の家に行くことになれば、当分の間、ハーレイは家に来てはくれない。
仕事帰りに寄るのはもちろん、週末の土曜や日曜でさえも。
(だって、ぼくの家じゃないんだし…)
ハーレイだって遠慮するよ、と子供のブルーにも分かる。
いくら親戚の人が「どうぞ」と言っても、せいぜい、顔を出すだけ程度。
「これ、皆さんで召し上がって下さい」と、菓子でも届けに来るくらいで。
大変なことになっちゃった、とブルーは青ざめ、崩れるように椅子に座った。
母から連絡が来るのを待つしかない、と覚悟を決めて。
(…パパが入院だけは、ありませんように…!)
怪我でも、頑張って家を手伝うから、とキッチンの方を眺めて考える。
作れそうな料理は何があったか、買い物に行くことは出来るのか、などと。
(…非常事態ってことになったら、ハーレイ、手伝ってくれるかもだけど…)
そうそう期待は出来はしないし、両親も恐縮するだろう。
ハーレイは、毎日、手伝いに来てはくれなくて、来てくれる回数も減るに違いない。
(…どっちにしたって、大ピンチだよ!)
ハーレイに会えなくなっちゃうなんて、と一人でオロオロしていたら…。
(ママがひょっこり、どうしたの、って…)
何事も無かったかのように、部屋に入って来た。
ブルーは焦っていたものだから、変な顔でもしていたのだろう。
(ママ、何処にお出掛けしていたの、って聞いたのに…)
母の答えは、こうだった。
「あら、ママはずっと、家にいたわよ?」と、怪訝そうに。
(…要するに、家ですれ違い…)
見事なくらいに、すれ違い続けていたらしい。
庭でも、二階でも、他の場所でも。
(笑い話っていうヤツだけど…)
ママ、心臓に悪すぎだよ、と言いたいのを、グッと飲み込んだ。
一人で勝手に勘違いをして、慌てる方が悪いのだから。
(…「なんでもないよ」って、ママに言ったけれども、ママに話したかったこと…)
何だったのか、もう覚えてはいなかったんだよ、と思い返しても情けない。
今の自分はただの子供で、こうした時にも慌てるだけだ、と痛烈に思い知らされて。
時の彼方の「前の自分」なら、そんなことなど、けして無かった。
どんな時でも冷静でいてこそのソルジャー。
内心、焦りが募っていたって、懸命に自分を抑えていた。
「落ち着け」と、「他に考えることがあるだろう?」と、自分自身に何度も問い掛けて。
(…ホントに、情けないったら…)
こんなのだから、ハーレイに「チビだ」と笑われるのかも、と悲しい気持ちになってくる。
ハーレイから見れば、「今のブルー」は、本当に「子供」なのだろう。
「ママがいない!」と焦って慌てて、悪い方へと思考が向かって、落ち込むのだから。
(…前のぼくなら、有り得ないよね…)
自己嫌悪、と深い溜息をついた所で気が付いた。
将来、今日の事件と同じ事件に「出くわす」可能性がある。
ハーレイと一緒に暮らし始めて、同じ家に住んでいるのなら。
(…ぼくがウトウトしてる間に、ハーレイ、何処かに消えちゃって…)
うたた寝から目が覚めた途端に、慌ててしまうかもしれない。
「ハーレイは何処?」と、今日の昼間の自分みたいに。
(……うーん……)
ありそうだよ、と思い当たる例は山のよう。
なんと言っても、ハーレイは、母よりもずっと活動的だし、フットワークも軽いと言える。
「なんだ、ブルーは寝ちまったのか」と、「ちょっと、其処まで」出掛けそう。
庭で芝刈りならば良くても、近所を散歩しに行くだとか。
(…直ぐ戻るしな、って思っていれば…)
メモなど置いては行かないだろう。
ハーレイにすれば「よくあること」だし、じきに帰って来るのだから。
(実際、ほんの近所を散歩なら…)
ブルーは「気付かない」ままで、気持ちよくウトウトしていそう。
ハーレイが家から出て行ったことも、散歩してから戻って来たことにも。
(…目が覚めた時に、「ほら」と、お土産、渡されちゃって…)
「あれっ、ハーレイ、出掛けてたの?」と目が真ん丸になる時もありそう。
家の近くの食料品店に行くのだったら、本当に、往復の時間は僅か。
「美味そうなのを、売ってたしな?」と、お土産にしても不思議ではない。
そして「お土産を貰った自分」も、文句を言いはしないのだろう。
お土産の菓子を美味しく食べて、大満足で。
(…そんなのが、普通になっちゃってたら…)
ハーレイは、「メモなど置いて行かない」のが「当たり前」になる。
上手い具合に運ぶ間は、いいのだけれど…。
(ある日、いきなり、今日みたいに…)
ぼくが焦って大慌てかも、という気がする。
ハーレイが「出掛けた途端」に、目が覚めたなら…。
(…ハーレイ、何処に行ったのかな、って…)
庭やら、家の中やら、あちこち回って、探そうとすることだろう。
「こっちかな?」と覗いて回って、「あれ?」と首を傾げながらも。
(…出掛けたのかも、って気が付くまでに…)
今日の昼間にやったみたいに、心に焦りが込み上げてくる。
「ハーレイがいない」現実だけが、どんどん大きく膨らんでいって。
(…出掛けたのかも、って気が付いたって…)
焦りが膨らんでしまった後では、悪い方にしか考えが運ばないかもしれない。
「散歩かもね」と、ゆったり構えて、帰りを待つなんていう芸当は…。
(絶対、出来やしないってば!)
普通だったら、そうするんだろうけれど…、と思いはしても、出来ない相談。
「じきに帰って来るだろうから、お茶でも淹れておこうかな」と、なったりはしない。
(…前のぼくなら、そっちの方になるのにね…)
二人分のお茶の支度で、お先に飲み始めているんだろうな、とフウと溜息。
「ソルジャー・ブルー」の頃なら、きっと間違いなく、そうしていた。
もっとも、前のハーレイはキャプテンだったし、黙って出掛けはしなかったけれど。
(…それでも、そんな時があったら、ハーレイのお茶も…)
前のぼくなら用意出来てた筈なんだよね、と今の自分が恥ずかしすぎる。
とはいえ、きっと「やらかしてしまう」のだろう。
知らない間に、ハーレイが、家から消えていたのなら。
庭にも、何処にも見当たらなくて、目の前からいなくなったなら。
結婚した後、それが起きたら、どうするだろう。
焦って慌てて、家から飛び出してしまいかねない。
「ハーレイは何処!?」と、玄関に鍵も掛けないで。
外履き用のサンダルだけを足に引っ掛け、行く先もよくは考えないで。
(…まずは公園、って必死に走って…)
ハーレイが其処にいなかったならば、食料品店まで突っ走りそう。
弱い身体で走れるような所に、どちらも「ありはしない」のに。
公園まで全力で走っただけでも、普段だったら、倒れてしまいそうなのに。
(…だけど、火事場の馬鹿力…)
前のぼくだって、やっちゃったしね、と記憶なら数え切れないほど。
いわゆる「晩年」になってからでも、何度やらかしたことだろう。
ジョミーを追って、アルテメシアの遥か上空まで、一気に飛んで行ったとか。
(…そこまでのヤツに比べたら…)
公園へ走って、食料品店まで駆けてゆくのは、大したことではないわけで…。
(だから出来るし、出来ちゃうんだけど…)
やっちゃった後が大変だよね、と想像してみてガックリとした。
未来の自分は、懸命に走り回った挙句に、何処かでパタリと倒れてしまう。
居合わせた人に「大丈夫ですか?」と声を掛けられて…。
(…ちゃんと名乗れれば、いいんだけれど…!)
声も出ないとか、意識が無いなら、救急搬送されるだろう。
其処からハーレイに緊急連絡、ハーレイの方も、消えたブルーを探し回っている最中で…。
(病院から緊急連絡だなんて!)
とんでもなく慌てて、車で来るのも忘れていそう、と思うものだから、気を付けよう。
ハーレイがいなくなったなら、本当に慌てそうだから。
慌てて飛び出して行った結果は、大迷惑にしかならないから…。
いなくなったなら・了
※ハーレイ先生と結婚した後、ハーレイ先生が家から消えたら、慌てそうなブルー君。
よく考えてから動くようにしないと、ハーレイ先生、大迷惑で困ってしまうかもですねv
(いやはや、参っちまったなあ…)
今日の昼間は、とハーレイが零した苦笑い。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(いつの間にやら、消えてたなんて…)
まるで思いもしなかったしな、と今日の昼間に起きた事件を思い出す。
消えていたのは、小さなブルーではなくて、同僚だった。
同じ国語を担当している、気のいい仲間。
(前から頼まれてた本を纏めて、丈夫な紙袋に入れて…)
ついでだから、と先日、父が持って来た菓子も、お裾分け。
(あの菓子、ブルーに持って行ってはいないから…)
祟られたかな、という気もする。
なにしろ、父の旅の土産で、ブルーの家に持って行ったなら…。
(お母さんたちの分も、と思っちまうし、お母さんが…)
恐縮するのは分かってるしな、と手土産には持参しなかった。
「何かお返しするものは…」などと、気を遣わせてもいけないし、と。
(同僚の先生たちにしたってだ…)
人数分を持って行ったら、菓子の箱が空っぽになるのは確実。
国語担当の仲間にだけ、と考えてみても、人数は多い。
(だから、本を貸すヤツにだけ…)
紙袋の中に、そっと入れておくことにした。
本を貸したら、いつも何か「お返し」に貰っているから、その「お返し」に。
(そうやって、用意して行って…)
朝、国語担当の教師専用の部屋に行ったら、その同僚も、ちゃんと来ていた。
その時、直ぐに、本を渡せば良かったけれども…。
(急ぐことでもないからなあ…)
それに、あいつは授業の準備中だったし、というのもある。
机に向かってプリントなどを整理していて、雑談を交わせる雰囲気ではなかった。
お互い、下校時刻まで、学校にいるわけなのだし、急がなくても…。
(後にしよう、と思ったわけで…)
その判断は間違っていない。
ところが、後が悪かった。
午前中の授業などが終わって、部屋に戻ったら…。
(あいつが消えていたってな!)
はて、とキョロキョロ見回してみても、姿が見えない。
机を見たら、きちんと綺麗に片付いていて、人が居たような気配さえ無い。
学校の中にいるのだったら、昼時だけに、そんな風にはならないだろう。
(…外で飯を食うタイプじゃないし…)
弁当を忘れて、外まで買いに行ったにしたって、机の上を片付けはしない。
何処から見ても「帰りました」な感じになっているのが今。
(ありゃ、と思って、他のヤツらに尋ねたら…)
同僚の一人が、「車のキーを持ってましたよ」と教えてくれた。
「帰るとは聞いていないんですけど、帰ったのでは?」と。
(…机の上が綺麗になってて、車のキーじゃな…)
これは「帰った」というヤツだ、とガックリと来た。
どうして朝に「これ、頼まれていた本だ」と、彼に渡さなかったのか。
(せっかく用意して、菓子まで入れて…)
持って来たのに、と気落ちしたまま、昼時は過ぎた。
午後になっても、同僚は、やはり帰って来ない。
「失敗したなあ…」と後悔しきりで、放課後の時間を迎えてしまった。
フウと溜息、柔道部の方へ行こうと支度をしていたら…。
(ヒョッコリ、帰って来たってな!)
驚いたけれど、話を聞いたら、不思議でも何でもなかった理由。
なんでも歯医者を予約していて、どうしても「仕事中」の時間しか…。
(予約が無理で、前後に授業が無いもんだから…)
早めに出掛けて、他の仲間に頼まれた用事もして来たらしい。
その仲間たちが国語担当ではなかったせいで、国語教師たちが知らなかっただけ。
そうしたわけで、本と菓子を入れた紙袋は、無事に手渡せた。
彼も「ありがとう!」と笑顔で帰って行ったけれども、焦った一日。
「しまった」と何度も溜息をついて、紙袋を見て。
それにしても「消えた」のが「彼」で良かった、と可笑しくなる。
もしも「ブルー」が消えていたなら、焦るどころではなかっただろう。
朝、学校の中で出会った時には、「おはようございます!」と元気だったのに…。
(あいつのクラスへ授業に行ったら、席にいなくて…)
机の上も見事に空っぽ、ブルーの鞄も見えないとかは、出来れば御免蒙りたい。
実際、何度も経験していて、仕事の帰りに家に寄れるか、毎回、焦り続けている。
家に寄れればいいのだけれども、寄れなかったら心配が募る。
「早退した」のが確実だけに、どんな具合か、この目で確かめられないから。
(…この手の心配、あと何年も続くんだよなあ…)
あいつと暮らし始めるまでは、と思った所で気が付いた。
同じ家で一緒に暮らしていたって、ブルーは「消える」かもしれない、と。
(…なんと言っても、毎日、一緒なんだから…)
すぐ戻るような所へ行くなら、「出掛けて来るね」と言わない時も…。
(大いに有り得て、ありそうだってな!)
俺が昼寝の最中だとか…、と「ブルーが黙って出掛ける」理由を考えてみる。
昼寝でなくても、仕事絡みで書斎に詰めているなら、いちいち言いはしないだろう。
ほんの近くへ、じきに戻れる用事で出掛けて行くのなら。
(買い置きの飲み物、切らしちまったとか…)
あるいは、たまには一人で散歩でも、と思い立って、ふらりと出るにしたって。
(ブルーにしてみりゃ、半時間ほどで家に戻って来るわけで…)
その半時間の間に、ハーレイの昼寝や仕事が「終わる」ことなど考えはしない。
「邪魔しちゃダメだ」と、そっと家から出てゆくだけ。
メモでも書いてくれればいいのに、それも書かずに。
(じきに戻って来るんじゃなあ…)
書いてなくても不思議じゃないぞ、とハーレイにだって、よく分かる。
じきに戻って来るわけなのだし、いいだろう、と思うのは普通。
まさか、その間の「僅かな時間」に、「いない」と気付くわけもないし、と。
(…こいつはマズイ…)
大いにマズイ、と冷汗が出そう。
ブルーが「黙って出掛ける」ことに、一度目からして失敗すればいいけれど…。
(あいつが消えてて、俺が家中、探し回って…)
庭まで出ている真っ最中に、ブルーが戻れば、それでいい。
「ブルーがいないぞ!」と焦る時間は其処で終わって、次からは予告して貰う。
「俺が昼寝の最中だろうが、仕事中だろうが、出掛けるのなら、言ってからにしろ」と。
もちろん、ブルーは、約束を守ってくれるし、これで安心。
最初の時こそ大慌てしても、以後は焦りも慌てもしない。
知らない間に「ブルーが消える」ことなどは無いし、何も問題の無い暮らし。
(ところがどっこい、世の中ってヤツは…)
そうそう上手くは出来ていなくて、ブルーは「黙ってお出掛け」に成功しそう。
ちょっと買い物に出掛けて行ったり、散歩したり、といった外出。
(…そしたら、それが普通になっちまって、だ…)
ハーレイの方は気付かないまま、ブルーの「黙ってお出掛け」が繰り返される。
そして、ある時、突然に…。
(昼寝していた俺が、目を覚ますとか…)
仕事が一段落して、コーヒーを淹れにキッチンへとか、ブルーがいそうな所まで…。
(出掛けて行ったら、いないってわけだ…)
きっと最初は、「他の場所だ」と思うだろう。
家は二階建てになっているから、別のフロアなら「出会わない」。
ブルーも「自分の部屋にいる」とか、そういったこと。
(どうせそうさ、と思ってるのに…)
まるで気配がしなかったならば、気になってくる。
「あいつ、何処だ?」と、家の中を覗いて回ったりして、その内に気付く。
(何処にも姿が見えないんだが、と…)
そうなったならば、まずは庭へと出るだろう。
庭にいるなら、家の中では分からないことも多いから。
なのに、庭にも「ブルー」はいない。
玄関先から、ブルーの靴が消えているのに。
どうやら「外に出て行った」ブルー。
何処へ行くとも聞いていなくて、いつ帰るとも聞いてはいない。
(…どうするんだ、俺は…?)
家で待てるか、と自分に尋ねてみても、答えは出ない。
落ち着かないまま、慌てて探しに走り出しそう。
「何処だ?」と、心当たりの場所を目指して、片っ端から。
店や公園、それこそ、ありとあらゆる場所へ。
(…そうする間に、ものの見事に、すれ違ってて…)
ブルーは一人で家に帰って、「あれっ?」と首を傾げていそう。
どうして鍵が掛かっているのか、理由が全く分からなくて。
(…あいつの方では、じきに戻って来る気なんだし…)
家には「ハーレイがいる」わけだから、合鍵などは持ってゆかないことだろう。
帰ってみたら「鍵が掛かっていた」となったら、ブルーは困る。
(季節が良けりゃあ、俺が戻るまで…)
待ちぼうけでも、あるいは大丈夫かもしれない。
けれど、季節が悪かったならば、暑さで参ってしまうとか、寒くて風邪を引くだとか。
(…最悪すぎだ!)
それは避けたい、と思いはしても、家で冷静に待てるのか。
「ブルーが消えた」という、非常事態に直面したら。
(…本を貸そう、と持ってただけでも、今日は焦ったわけなんだしな…?)
ブルーが消えたら動転するぞ、と百パーセントの自信がある。
思念を飛ばして「何処だ?」と訊くのも、今のブルーが相手では…。
(出来やしない、と来たもんだ…)
あいつの不器用なサイオンなんかじゃ、返事は無理だ、と溜息しか出ない。
つまり「ブルーが消えた」時には、焦りまくるしかないのだろう。
焦って慌てて、ブルーを探しに飛び出して行って、すれ違いになってしまっても。
ブルーを「家から閉め出す」結果になって、玄関先で、ブルーが困ってしまっても。
(……うーむ……)
そいつはマズイし、大いに困る、と想像するのも怖いけれども、いつか起きそう。
もしも、ブルーがいなくなったら、探さないではいられないから。
(…だからと言って、今から言っておくというのも…)
おかしな話で、今は焦っている「自分」にしたって、明日には忘れるかもしれない。
ブルーと暮らし始めた未来に、そういう事態に出会った時にも、思い出さずに…。
(あいつを探しに飛び出して行って、玄関に鍵…)
やりそうな気しかしないんだが、と思うものだから、祈るしかない。
ブルーが「黙ってお出掛け」している最中に、「いない」と気付かないように。
あるいは「いない」と気付いた時には、今日の心配を思い出すように。
(…ブルーが、家からいなくなったら…)
冷静でなんかいられないぞ、と分かっているから、ただ祈るだけ。
ブルーを閉め出してしまわないよう、遠い未来の自分が冷静になってくれるように、と…。
いなくなったら・了
※ブルー君が知らない間に消えていたなら、ハーレイ先生、大慌てしてしまいそう。
焦って慌てて、家には鍵で探しに飛び出して行ってしまったら、ブルー君、困りますよねv
今日の昼間は、とハーレイが零した苦笑い。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(いつの間にやら、消えてたなんて…)
まるで思いもしなかったしな、と今日の昼間に起きた事件を思い出す。
消えていたのは、小さなブルーではなくて、同僚だった。
同じ国語を担当している、気のいい仲間。
(前から頼まれてた本を纏めて、丈夫な紙袋に入れて…)
ついでだから、と先日、父が持って来た菓子も、お裾分け。
(あの菓子、ブルーに持って行ってはいないから…)
祟られたかな、という気もする。
なにしろ、父の旅の土産で、ブルーの家に持って行ったなら…。
(お母さんたちの分も、と思っちまうし、お母さんが…)
恐縮するのは分かってるしな、と手土産には持参しなかった。
「何かお返しするものは…」などと、気を遣わせてもいけないし、と。
(同僚の先生たちにしたってだ…)
人数分を持って行ったら、菓子の箱が空っぽになるのは確実。
国語担当の仲間にだけ、と考えてみても、人数は多い。
(だから、本を貸すヤツにだけ…)
紙袋の中に、そっと入れておくことにした。
本を貸したら、いつも何か「お返し」に貰っているから、その「お返し」に。
(そうやって、用意して行って…)
朝、国語担当の教師専用の部屋に行ったら、その同僚も、ちゃんと来ていた。
その時、直ぐに、本を渡せば良かったけれども…。
(急ぐことでもないからなあ…)
それに、あいつは授業の準備中だったし、というのもある。
机に向かってプリントなどを整理していて、雑談を交わせる雰囲気ではなかった。
お互い、下校時刻まで、学校にいるわけなのだし、急がなくても…。
(後にしよう、と思ったわけで…)
その判断は間違っていない。
ところが、後が悪かった。
午前中の授業などが終わって、部屋に戻ったら…。
(あいつが消えていたってな!)
はて、とキョロキョロ見回してみても、姿が見えない。
机を見たら、きちんと綺麗に片付いていて、人が居たような気配さえ無い。
学校の中にいるのだったら、昼時だけに、そんな風にはならないだろう。
(…外で飯を食うタイプじゃないし…)
弁当を忘れて、外まで買いに行ったにしたって、机の上を片付けはしない。
何処から見ても「帰りました」な感じになっているのが今。
(ありゃ、と思って、他のヤツらに尋ねたら…)
同僚の一人が、「車のキーを持ってましたよ」と教えてくれた。
「帰るとは聞いていないんですけど、帰ったのでは?」と。
(…机の上が綺麗になってて、車のキーじゃな…)
これは「帰った」というヤツだ、とガックリと来た。
どうして朝に「これ、頼まれていた本だ」と、彼に渡さなかったのか。
(せっかく用意して、菓子まで入れて…)
持って来たのに、と気落ちしたまま、昼時は過ぎた。
午後になっても、同僚は、やはり帰って来ない。
「失敗したなあ…」と後悔しきりで、放課後の時間を迎えてしまった。
フウと溜息、柔道部の方へ行こうと支度をしていたら…。
(ヒョッコリ、帰って来たってな!)
驚いたけれど、話を聞いたら、不思議でも何でもなかった理由。
なんでも歯医者を予約していて、どうしても「仕事中」の時間しか…。
(予約が無理で、前後に授業が無いもんだから…)
早めに出掛けて、他の仲間に頼まれた用事もして来たらしい。
その仲間たちが国語担当ではなかったせいで、国語教師たちが知らなかっただけ。
そうしたわけで、本と菓子を入れた紙袋は、無事に手渡せた。
彼も「ありがとう!」と笑顔で帰って行ったけれども、焦った一日。
「しまった」と何度も溜息をついて、紙袋を見て。
それにしても「消えた」のが「彼」で良かった、と可笑しくなる。
もしも「ブルー」が消えていたなら、焦るどころではなかっただろう。
朝、学校の中で出会った時には、「おはようございます!」と元気だったのに…。
(あいつのクラスへ授業に行ったら、席にいなくて…)
机の上も見事に空っぽ、ブルーの鞄も見えないとかは、出来れば御免蒙りたい。
実際、何度も経験していて、仕事の帰りに家に寄れるか、毎回、焦り続けている。
家に寄れればいいのだけれども、寄れなかったら心配が募る。
「早退した」のが確実だけに、どんな具合か、この目で確かめられないから。
(…この手の心配、あと何年も続くんだよなあ…)
あいつと暮らし始めるまでは、と思った所で気が付いた。
同じ家で一緒に暮らしていたって、ブルーは「消える」かもしれない、と。
(…なんと言っても、毎日、一緒なんだから…)
すぐ戻るような所へ行くなら、「出掛けて来るね」と言わない時も…。
(大いに有り得て、ありそうだってな!)
俺が昼寝の最中だとか…、と「ブルーが黙って出掛ける」理由を考えてみる。
昼寝でなくても、仕事絡みで書斎に詰めているなら、いちいち言いはしないだろう。
ほんの近くへ、じきに戻れる用事で出掛けて行くのなら。
(買い置きの飲み物、切らしちまったとか…)
あるいは、たまには一人で散歩でも、と思い立って、ふらりと出るにしたって。
(ブルーにしてみりゃ、半時間ほどで家に戻って来るわけで…)
その半時間の間に、ハーレイの昼寝や仕事が「終わる」ことなど考えはしない。
「邪魔しちゃダメだ」と、そっと家から出てゆくだけ。
メモでも書いてくれればいいのに、それも書かずに。
(じきに戻って来るんじゃなあ…)
書いてなくても不思議じゃないぞ、とハーレイにだって、よく分かる。
じきに戻って来るわけなのだし、いいだろう、と思うのは普通。
まさか、その間の「僅かな時間」に、「いない」と気付くわけもないし、と。
(…こいつはマズイ…)
大いにマズイ、と冷汗が出そう。
ブルーが「黙って出掛ける」ことに、一度目からして失敗すればいいけれど…。
(あいつが消えてて、俺が家中、探し回って…)
庭まで出ている真っ最中に、ブルーが戻れば、それでいい。
「ブルーがいないぞ!」と焦る時間は其処で終わって、次からは予告して貰う。
「俺が昼寝の最中だろうが、仕事中だろうが、出掛けるのなら、言ってからにしろ」と。
もちろん、ブルーは、約束を守ってくれるし、これで安心。
最初の時こそ大慌てしても、以後は焦りも慌てもしない。
知らない間に「ブルーが消える」ことなどは無いし、何も問題の無い暮らし。
(ところがどっこい、世の中ってヤツは…)
そうそう上手くは出来ていなくて、ブルーは「黙ってお出掛け」に成功しそう。
ちょっと買い物に出掛けて行ったり、散歩したり、といった外出。
(…そしたら、それが普通になっちまって、だ…)
ハーレイの方は気付かないまま、ブルーの「黙ってお出掛け」が繰り返される。
そして、ある時、突然に…。
(昼寝していた俺が、目を覚ますとか…)
仕事が一段落して、コーヒーを淹れにキッチンへとか、ブルーがいそうな所まで…。
(出掛けて行ったら、いないってわけだ…)
きっと最初は、「他の場所だ」と思うだろう。
家は二階建てになっているから、別のフロアなら「出会わない」。
ブルーも「自分の部屋にいる」とか、そういったこと。
(どうせそうさ、と思ってるのに…)
まるで気配がしなかったならば、気になってくる。
「あいつ、何処だ?」と、家の中を覗いて回ったりして、その内に気付く。
(何処にも姿が見えないんだが、と…)
そうなったならば、まずは庭へと出るだろう。
庭にいるなら、家の中では分からないことも多いから。
なのに、庭にも「ブルー」はいない。
玄関先から、ブルーの靴が消えているのに。
どうやら「外に出て行った」ブルー。
何処へ行くとも聞いていなくて、いつ帰るとも聞いてはいない。
(…どうするんだ、俺は…?)
家で待てるか、と自分に尋ねてみても、答えは出ない。
落ち着かないまま、慌てて探しに走り出しそう。
「何処だ?」と、心当たりの場所を目指して、片っ端から。
店や公園、それこそ、ありとあらゆる場所へ。
(…そうする間に、ものの見事に、すれ違ってて…)
ブルーは一人で家に帰って、「あれっ?」と首を傾げていそう。
どうして鍵が掛かっているのか、理由が全く分からなくて。
(…あいつの方では、じきに戻って来る気なんだし…)
家には「ハーレイがいる」わけだから、合鍵などは持ってゆかないことだろう。
帰ってみたら「鍵が掛かっていた」となったら、ブルーは困る。
(季節が良けりゃあ、俺が戻るまで…)
待ちぼうけでも、あるいは大丈夫かもしれない。
けれど、季節が悪かったならば、暑さで参ってしまうとか、寒くて風邪を引くだとか。
(…最悪すぎだ!)
それは避けたい、と思いはしても、家で冷静に待てるのか。
「ブルーが消えた」という、非常事態に直面したら。
(…本を貸そう、と持ってただけでも、今日は焦ったわけなんだしな…?)
ブルーが消えたら動転するぞ、と百パーセントの自信がある。
思念を飛ばして「何処だ?」と訊くのも、今のブルーが相手では…。
(出来やしない、と来たもんだ…)
あいつの不器用なサイオンなんかじゃ、返事は無理だ、と溜息しか出ない。
つまり「ブルーが消えた」時には、焦りまくるしかないのだろう。
焦って慌てて、ブルーを探しに飛び出して行って、すれ違いになってしまっても。
ブルーを「家から閉め出す」結果になって、玄関先で、ブルーが困ってしまっても。
(……うーむ……)
そいつはマズイし、大いに困る、と想像するのも怖いけれども、いつか起きそう。
もしも、ブルーがいなくなったら、探さないではいられないから。
(…だからと言って、今から言っておくというのも…)
おかしな話で、今は焦っている「自分」にしたって、明日には忘れるかもしれない。
ブルーと暮らし始めた未来に、そういう事態に出会った時にも、思い出さずに…。
(あいつを探しに飛び出して行って、玄関に鍵…)
やりそうな気しかしないんだが、と思うものだから、祈るしかない。
ブルーが「黙ってお出掛け」している最中に、「いない」と気付かないように。
あるいは「いない」と気付いた時には、今日の心配を思い出すように。
(…ブルーが、家からいなくなったら…)
冷静でなんかいられないぞ、と分かっているから、ただ祈るだけ。
ブルーを閉め出してしまわないよう、遠い未来の自分が冷静になってくれるように、と…。
いなくなったら・了
※ブルー君が知らない間に消えていたなら、ハーレイ先生、大慌てしてしまいそう。
焦って慌てて、家には鍵で探しに飛び出して行ってしまったら、ブルー君、困りますよねv