(…俺としたことが…)
今日は失敗しちまったな、とハーレイが浮かべた苦笑い。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それはお馴染み。
今夜は、他にも「お仲間」がいる。
皿に載せて来た夜食と言うか、おやつと言うか。
(…時間的には、ちと遅いんだが…)
食うのは俺の自由だしな、とハーレイが眺めるものは、みたらし団子。
今日は帰りが遅かったけれど、中途半端な時間だった。
ブルーの家に寄るには遅かっただけで、家に帰るには、さほど遅くなかった。
(…そうなるとだ…)
少し余裕が出来てくるから、食料品店へ寄った所で、いいものを見付けた。
出張販売に来ていた店で、みたらし団子が焼かれている。
(美味そうな匂いだったし、買って帰るか、と側に行ったら…)
焼き上がった団子たちの隣に、半製品のが置かれていた。
店の秘伝のタレが添えられ、団子も串に刺してある。
(…買って帰って、家で炙れば…)
出来立ての味を再現出来るのが、売りだという。
(焼けているのを買って帰ったんでは、冷めちまうしな…)
コレにしよう、と半製品のを買うことにした。
家に帰れば夕食の支度などもあるし、ゆっくり味わうのならば、断然、半製品がいい。
「一つ下さい」と注文したら、店員は親切に教えてくれた。
焼くなら時間はこのくらい、タレも温めておくと美味しいから、と。
そういうわけで、今夜は「みたらし団子」が皿の上にいる。
コーヒーの友には、丁度いい。
(…美味いんだがなあ…)
団子もタレも絶品なんだ、と頬張るけれども、悔やまれる点があるのが惜しかった。
夕食の後に片付けをしてから、焼くことにした「みたらし団子」。
(どうせ一度に食っちまうんだし、と…)
網に並べて焼き始めたまでは良かった。
「このくらいかな」と火加減だって調整したし、上手く焼き上がる筈だった。
(…其処で失敗…)
みたらし団子は、あくまで「団子」。
魚や肉を焼くのとは違う。
半製品でも「炙るだけ」の所まで出来ているわけで、表面が熱くなって来たなら…。
(火が通るのは、早いってな…)
其処の所を忘れてたぞ、と我ながら情けなくなる。
自分自身に言い訳するなら、こうだろう。
(…正月はとうに過ぎた後だし、餅を焼くようなことも無いから…)
炙り方が、料理の方になっちまうんだ、としか言いようがない。
「みたらし団子」は、店に並べられていた品に比べて、色黒の団子になってしまった。
つまり「表面が焦げた」状態、真っ黒までは行っていないのが不幸中の幸い。
(…いい感じだな、と思った所で、火から離せば…)
こんな姿にはならなかった、と焦げた団子が悲しいけれど、仕方ない。
(まあ、パリッとした皮も味わえる、とでも…)
思っとくか、と夜食を味わう。
固くなるほど焦げてはいないし、タレもあるから、充分、美味しい。
(…焼き上がったのを買って返って、温め直すよりは…)
美味いんだしな、と負け惜しみをマグカップに向かって言ってみた。
「お前さんには分けてやらんぞ」と、ニッと笑って。
マグカップは、何も言わなかった。
みたらし団子を寄越さない「ハーレイ」に、文句を言いはしなかったけれど…。
(…文句と言えばだな…)
あいつなんだ、と頭に浮かんで来た、小さなブルー。
「ハーレイ、今日は来てくれなかったよ…」と、不満だったに違いない。
もしもブルーが、此処にいたなら…。
(焦げた団子に、文句たらたら…)
プンスカ怒っちまっていそうだよな、とハーレイは軽く肩を竦めた。
此処にいるのが「ブルー」だった時は、「分けてやらんぞ」と言える相手ではない。
むしろ、みたらし団子は「ブルー」優先、ブルー用に買って来ることになっていたろう。
(…今だからこそ、俺が一人で暮らしてて…)
好きに夜食を食べているけれど、いずれは、一人暮らしに「さよなら」を告げる。
ブルーと一緒に暮らし始めて、食事も夜食も、ブルーと食べるわけだから…。
(今日みたいに、焦がしちまったら…)
あいつの分も焦げるわけだ、と冷汗が出そう。
きっとブルーは、笑って許してくれると思いはしても、自分が悲しい。
「焦がすなんて」と、失敗したことを悔やんで、ブルーの分まで焦がしたことが悔しくて…。
(焦げた中から、マシなヤツをだ…)
コレとコレだな、と選び出してから、ブルーに渡すのだろう。
「すまんな、少し焦がしちまった。この辺は、少しマシだからな」と。
(…情けない上に、申し訳ない…)
ブルーに、焦げた団子なんて、と「後悔先に立たず」を痛感させられる。
今夜のような「少し失敗」をやらかした時は、そうなるしかない。
(…お前さんなら、何も問題無いんだがなあ…)
お前さんも、古い馴染みなのに、と愛用のマグカップに愚痴だけれども、一方で少し嬉しい。
ブルーが此処にいる時が来たなら、普段は、幸せ一杯だから。
一人きりの「気ままな時間」もいい。
みたらし団子を買って、一人で炙って、焦げたのを頬張る時間も、楽しくはある。
(とはいえ、あいつと一緒だったら…)
毎日が、もっと充実していて、張り合いだってあることだろう。
仕事に行くのも、家事をするのも、今よりも、ずっと。
(…そんな中でも、今夜みたいな失敗を…)
やらかす時が来るんだよな、と「やらかす」方の自信ならある。
ブルーと話しながら炙っている間に、焦げていたとか。
(…ありそうだぞ…)
でもって、きっと、やっちまうんだ、と「ブルーの文句」が怖いけれども、それも今だけ。
「ハーレイと一緒に暮らせない」から、ブルーは不満をぶつけて来る。
何かといえば頬をプウッと膨らませては、フグみたいな顔になったりもする。
(あの頬っぺたを、両手でペシャンと…)
潰してやって「フグが、ハコフグになっちまった」と笑い飛ばせるのも、今の間だけ。
一緒に暮らせる時が来たなら、ブルーは、今のブルーのようにはならない。
(あいつの分まで、焦がしちまっても…)
文句どころか、逆に謝ってくれるのだろう。
「ごめんね、ハーレイ…。話し掛けてた、ぼくが悪いんだよ」などと、申し訳なさそうに。
(…ついでに、あいつのことだから…)
酷く焦げた方を「ぼくが貰う」と、選び出していそう。
「いや、大丈夫だ、俺が食うから!」と、慌てて止めに入る「自分」の姿が目に見えるよう。
でないとブルーは、本当に「持ってゆく」だろう。
自分用の皿に「焦げたものばかり」載せて、自分の席へと。
(…今のあいつは、まだチビだから…)
きっと文句を言う方なんだ、と確信はしても、育ったブルーは違っていそう。
前のブルーと「そっくり同じ」に、ハーレイのことを気遣うようになって。
(……うーむ……)
それは喜ばしいことなんだが…、と思うけれども、文句を言って欲しくもある。
「なんで、ハーレイ、失敗したの!?」と、焦げてしまった「みたらし団子」を見て。
「もっと綺麗に焼けていたなら、もっと美味しく出来た筈だよ」と、未練がましく。
(…そういうブルーが、出来ちまっても…)
俺としては、ちっともかまいやしないんだ、という気もする。
前のブルーのように「気遣い過ぎて」、仲間たちのためにメギドまで飛んでしまうよりかは。
(…もしも、団子を焦がしちまったら…)
文句たらたら、「ハーレイ、ウッカリしてたんじゃない?」と顔を顰めるブルーでもいい。
酷く焦げた分を選ぶどころか、「マシなの、コレとコレだよね?」と逆の選び方。
「ぼくはマシなの、食べておくから」と、焦げた分は全部、ハーレイに押し付けて来る。
話し掛けて来た「ブルー」のせいで、焦げてしまった団子だろうが、遠慮しないで。
(…そうだな、下手に気遣うブルーよりかは…)
文句なブルーの方がいいかもしれん、と大きく頷き、焦げた団子を頬張って笑む。
「そうだ、理想は、こういうブルーかもな」と、思い付いた「ブルー」を頭に描いて。
みたらし団子でも、他の料理でも…。
(俺がウッカリ、焦がしちまったら…)
酷く焦げた分を選ぶわけでも、その逆でもなくて、「半分ずつがいいね」と笑顔のブルー。
「分けて食べれば、焦げているのも、半分になるよ」と。
「美味しい所も、焦げた所も、半分こで」と、笑ってくれる「ブルー」だといい。
気遣いは「そのくらい」が、きっといいんだ、と心から思う。
前のブルーのようになるより、「半分こして食べようよ」と微笑むブルーの方が、きっと…。
焦がしちまったら・了
※みたらし団子を焦がしてしまった、ハーレイ先生。結婚した後も、やりそうなミス。
そういう時に、ブルー君なら、どうするか。半分こを提案するブルー君だと、いいですよねv
今日は失敗しちまったな、とハーレイが浮かべた苦笑い。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それはお馴染み。
今夜は、他にも「お仲間」がいる。
皿に載せて来た夜食と言うか、おやつと言うか。
(…時間的には、ちと遅いんだが…)
食うのは俺の自由だしな、とハーレイが眺めるものは、みたらし団子。
今日は帰りが遅かったけれど、中途半端な時間だった。
ブルーの家に寄るには遅かっただけで、家に帰るには、さほど遅くなかった。
(…そうなるとだ…)
少し余裕が出来てくるから、食料品店へ寄った所で、いいものを見付けた。
出張販売に来ていた店で、みたらし団子が焼かれている。
(美味そうな匂いだったし、買って帰るか、と側に行ったら…)
焼き上がった団子たちの隣に、半製品のが置かれていた。
店の秘伝のタレが添えられ、団子も串に刺してある。
(…買って帰って、家で炙れば…)
出来立ての味を再現出来るのが、売りだという。
(焼けているのを買って帰ったんでは、冷めちまうしな…)
コレにしよう、と半製品のを買うことにした。
家に帰れば夕食の支度などもあるし、ゆっくり味わうのならば、断然、半製品がいい。
「一つ下さい」と注文したら、店員は親切に教えてくれた。
焼くなら時間はこのくらい、タレも温めておくと美味しいから、と。
そういうわけで、今夜は「みたらし団子」が皿の上にいる。
コーヒーの友には、丁度いい。
(…美味いんだがなあ…)
団子もタレも絶品なんだ、と頬張るけれども、悔やまれる点があるのが惜しかった。
夕食の後に片付けをしてから、焼くことにした「みたらし団子」。
(どうせ一度に食っちまうんだし、と…)
網に並べて焼き始めたまでは良かった。
「このくらいかな」と火加減だって調整したし、上手く焼き上がる筈だった。
(…其処で失敗…)
みたらし団子は、あくまで「団子」。
魚や肉を焼くのとは違う。
半製品でも「炙るだけ」の所まで出来ているわけで、表面が熱くなって来たなら…。
(火が通るのは、早いってな…)
其処の所を忘れてたぞ、と我ながら情けなくなる。
自分自身に言い訳するなら、こうだろう。
(…正月はとうに過ぎた後だし、餅を焼くようなことも無いから…)
炙り方が、料理の方になっちまうんだ、としか言いようがない。
「みたらし団子」は、店に並べられていた品に比べて、色黒の団子になってしまった。
つまり「表面が焦げた」状態、真っ黒までは行っていないのが不幸中の幸い。
(…いい感じだな、と思った所で、火から離せば…)
こんな姿にはならなかった、と焦げた団子が悲しいけれど、仕方ない。
(まあ、パリッとした皮も味わえる、とでも…)
思っとくか、と夜食を味わう。
固くなるほど焦げてはいないし、タレもあるから、充分、美味しい。
(…焼き上がったのを買って返って、温め直すよりは…)
美味いんだしな、と負け惜しみをマグカップに向かって言ってみた。
「お前さんには分けてやらんぞ」と、ニッと笑って。
マグカップは、何も言わなかった。
みたらし団子を寄越さない「ハーレイ」に、文句を言いはしなかったけれど…。
(…文句と言えばだな…)
あいつなんだ、と頭に浮かんで来た、小さなブルー。
「ハーレイ、今日は来てくれなかったよ…」と、不満だったに違いない。
もしもブルーが、此処にいたなら…。
(焦げた団子に、文句たらたら…)
プンスカ怒っちまっていそうだよな、とハーレイは軽く肩を竦めた。
此処にいるのが「ブルー」だった時は、「分けてやらんぞ」と言える相手ではない。
むしろ、みたらし団子は「ブルー」優先、ブルー用に買って来ることになっていたろう。
(…今だからこそ、俺が一人で暮らしてて…)
好きに夜食を食べているけれど、いずれは、一人暮らしに「さよなら」を告げる。
ブルーと一緒に暮らし始めて、食事も夜食も、ブルーと食べるわけだから…。
(今日みたいに、焦がしちまったら…)
あいつの分も焦げるわけだ、と冷汗が出そう。
きっとブルーは、笑って許してくれると思いはしても、自分が悲しい。
「焦がすなんて」と、失敗したことを悔やんで、ブルーの分まで焦がしたことが悔しくて…。
(焦げた中から、マシなヤツをだ…)
コレとコレだな、と選び出してから、ブルーに渡すのだろう。
「すまんな、少し焦がしちまった。この辺は、少しマシだからな」と。
(…情けない上に、申し訳ない…)
ブルーに、焦げた団子なんて、と「後悔先に立たず」を痛感させられる。
今夜のような「少し失敗」をやらかした時は、そうなるしかない。
(…お前さんなら、何も問題無いんだがなあ…)
お前さんも、古い馴染みなのに、と愛用のマグカップに愚痴だけれども、一方で少し嬉しい。
ブルーが此処にいる時が来たなら、普段は、幸せ一杯だから。
一人きりの「気ままな時間」もいい。
みたらし団子を買って、一人で炙って、焦げたのを頬張る時間も、楽しくはある。
(とはいえ、あいつと一緒だったら…)
毎日が、もっと充実していて、張り合いだってあることだろう。
仕事に行くのも、家事をするのも、今よりも、ずっと。
(…そんな中でも、今夜みたいな失敗を…)
やらかす時が来るんだよな、と「やらかす」方の自信ならある。
ブルーと話しながら炙っている間に、焦げていたとか。
(…ありそうだぞ…)
でもって、きっと、やっちまうんだ、と「ブルーの文句」が怖いけれども、それも今だけ。
「ハーレイと一緒に暮らせない」から、ブルーは不満をぶつけて来る。
何かといえば頬をプウッと膨らませては、フグみたいな顔になったりもする。
(あの頬っぺたを、両手でペシャンと…)
潰してやって「フグが、ハコフグになっちまった」と笑い飛ばせるのも、今の間だけ。
一緒に暮らせる時が来たなら、ブルーは、今のブルーのようにはならない。
(あいつの分まで、焦がしちまっても…)
文句どころか、逆に謝ってくれるのだろう。
「ごめんね、ハーレイ…。話し掛けてた、ぼくが悪いんだよ」などと、申し訳なさそうに。
(…ついでに、あいつのことだから…)
酷く焦げた方を「ぼくが貰う」と、選び出していそう。
「いや、大丈夫だ、俺が食うから!」と、慌てて止めに入る「自分」の姿が目に見えるよう。
でないとブルーは、本当に「持ってゆく」だろう。
自分用の皿に「焦げたものばかり」載せて、自分の席へと。
(…今のあいつは、まだチビだから…)
きっと文句を言う方なんだ、と確信はしても、育ったブルーは違っていそう。
前のブルーと「そっくり同じ」に、ハーレイのことを気遣うようになって。
(……うーむ……)
それは喜ばしいことなんだが…、と思うけれども、文句を言って欲しくもある。
「なんで、ハーレイ、失敗したの!?」と、焦げてしまった「みたらし団子」を見て。
「もっと綺麗に焼けていたなら、もっと美味しく出来た筈だよ」と、未練がましく。
(…そういうブルーが、出来ちまっても…)
俺としては、ちっともかまいやしないんだ、という気もする。
前のブルーのように「気遣い過ぎて」、仲間たちのためにメギドまで飛んでしまうよりかは。
(…もしも、団子を焦がしちまったら…)
文句たらたら、「ハーレイ、ウッカリしてたんじゃない?」と顔を顰めるブルーでもいい。
酷く焦げた分を選ぶどころか、「マシなの、コレとコレだよね?」と逆の選び方。
「ぼくはマシなの、食べておくから」と、焦げた分は全部、ハーレイに押し付けて来る。
話し掛けて来た「ブルー」のせいで、焦げてしまった団子だろうが、遠慮しないで。
(…そうだな、下手に気遣うブルーよりかは…)
文句なブルーの方がいいかもしれん、と大きく頷き、焦げた団子を頬張って笑む。
「そうだ、理想は、こういうブルーかもな」と、思い付いた「ブルー」を頭に描いて。
みたらし団子でも、他の料理でも…。
(俺がウッカリ、焦がしちまったら…)
酷く焦げた分を選ぶわけでも、その逆でもなくて、「半分ずつがいいね」と笑顔のブルー。
「分けて食べれば、焦げているのも、半分になるよ」と。
「美味しい所も、焦げた所も、半分こで」と、笑ってくれる「ブルー」だといい。
気遣いは「そのくらい」が、きっといいんだ、と心から思う。
前のブルーのようになるより、「半分こして食べようよ」と微笑むブルーの方が、きっと…。
焦がしちまったら・了
※みたらし団子を焦がしてしまった、ハーレイ先生。結婚した後も、やりそうなミス。
そういう時に、ブルー君なら、どうするか。半分こを提案するブルー君だと、いいですよねv
PR
「ねえ、ハーレイ。悪ガキよりも…」
いい子の方が得なのかな、と小さなブルーがぶつけた質問。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 急にどうした?」
今はそういう話じゃないが、とハーレイは面食らった。
子供時代の武勇伝を語っていたなら、聞かれそうではある。
けれど、話題は…。
(学校とかの話どころか、菓子の話で…)
接点がまるで見当たらない。
ブルーは「そうだね、お菓子は関係ないかも」と返した。
「だけど、もしかしたら関係あるのかな?」
悪ガキだと貰い損ねそう、というのがブルーの言い分。
お菓子を分けて配るような時、悪ガキは貰えないだとか。
「あー…。そりゃまあ、俺もたまには…」
貰えなかった時があったな、とハーレイは肩を竦めた。
「おふくろに、お預けを食らっちまって…」
次の日まで食えなかったんだ、と失敗談を白状する。
両親は菓子を食べているのに、ハーレイの分が無かった日。
「やっぱりね…」
いい子の方がいいのかも、とブルーは可笑しそうに笑った。
「ハーレイにだって、覚えがあるんだから」と。
「うーむ…。その点については、否定出来んが…」
一概にそうとも言い切れないぞ、とハーレイは腕組みする。
「悪ガキの方が得をするのも、たまにはな」と大真面目に。
「そうなの? 損ばかりしていそうなんだけど…」
学校でだって叱られてるし、とブルーは不思議そうな顔。
「悪戯した子は、大目玉だよ」と実例を挙げて。
黒板に落書きした子は掃除当番、他にも色々、と数多い例。
「そういった輩には、当然の罰というヤツだな」
自業自得と言うだろうが、とハーレイは大きく頷いた。
「その手のヤツは罰を受けるが、悪さの方向性でだ…」
結果は変わって来るんだぞ、とブルーに昔話をしてやった。
悪ガキだった子供時代に、ご近所の家で柿を盗もうとした。
「生垣を抜けて入って、木に登ってたら…」
「その家の人に見付かったわけ?」
「よりにもよって、頑固爺にな」
思い切り雷が落ちたんだが…、とハーレイは続ける。
「爺さん、木には登るな、脆いから折れるぞ、と…」
説教してから、柿の実をもいでくれたんだ、と思い出話。
「美味いんだぞ」と土産用にも分けて貰って帰った、と。
ハーレイを叱った頑固爺は、クソ度胸のガキに優しかった。
「ワシを怖がって誰も来んのに、いい度胸だ」と。
柿の木が脆くて折れる話も、脅しではなくて本当のこと。
誰も登りに来ないだろうと思っていたから、放ってあった。
「お前さんみたいなヤツが来るなら、看板だな」とも。
翌日の朝には、もう注意書きが出来ていたという。
「危ない! 折れるから、木には登らない!」という札。
札は柿の木にぶら下げてあって、家の玄関に張り紙が一枚。
「柿の実、食べ頃です。欲しい人は声を掛けて下さい」と。
それが切っ掛けになって、柿の実を貰いに行く子が出来た。
札は年中ぶら下がったままで、柿の季節は玄関先に張り紙。
頑固爺の家は、以来、子供に人気だったらしい。
柿を貰いに行った子供を、頑固爺は忘れなかった。
他の季節に通り掛かったら、菓子をくれたり、親切だった。
つまり、ハーレイは、「頑固爺の家」を新規開拓。
暑い盛りにはジュースも貰える、子供の人気スポットを。
「いいか? あの時、俺が盗みに行かなかったら…」
頑固爺の家は怖いままだぞ、とハーレイは得意げに語る。
「菓子やジュースを貰うことなど、誰も思わん」と。
「…ホントだね…。悪ガキでないと、出来ないよね…」
いい子だったら盗まないし、とブルーは瞳を丸くしている。
「悪ガキの方が得をするのも、ちゃんとあるんだ」とも。
「分かったか? お前の場合は、いい子の方だから…」
得をする日は来そうにもないな、とハーレイは笑う。
「それとも、悪さに挑戦してみるか?」と、ニヤニヤと。
「悪さって、ぼくが?」
「木に登れとは言わないがな」
悪ガキの世界もいいもんだぞ、と「お得な話」を披露する。
叱られる代わりに、美味しい結果が待っていた例を。
そうしたら…。
「分かった、ハーレイ、悪ガキがオススメなんだね?」
やってみる、とブルーは椅子から立ち上がった。
「悪ガキだったら、コレもアリでしょ」と、近付いて来る。
「ハーレイがキスをくれないんなら、ぼくが強奪!」
貰っちゃうね、とブルーの顔が迫って、ハーレイは唸った。
「馬鹿野郎!」
その悪ガキは叱られる方だ、とブルーを一喝、払いのける。
「雷、落ちて当然だからな!」
嫌というほど説教だ、と椅子に座らせ、銀色の頭をコツン。
拳で軽く一発お見舞い、それから長い説教の時間。
ブルーが必死に言い訳しても、聞きもしないで。
「ごめんなさい!」と詫びを入れても、放っておいて説教。
悪ガキには似合いの時間なのだし、今日の所はそれでいい。
ブルーが自分で選んだ以上は、悪ガキ仕様で…。
悪ガキよりも・了
いい子の方が得なのかな、と小さなブルーがぶつけた質問。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 急にどうした?」
今はそういう話じゃないが、とハーレイは面食らった。
子供時代の武勇伝を語っていたなら、聞かれそうではある。
けれど、話題は…。
(学校とかの話どころか、菓子の話で…)
接点がまるで見当たらない。
ブルーは「そうだね、お菓子は関係ないかも」と返した。
「だけど、もしかしたら関係あるのかな?」
悪ガキだと貰い損ねそう、というのがブルーの言い分。
お菓子を分けて配るような時、悪ガキは貰えないだとか。
「あー…。そりゃまあ、俺もたまには…」
貰えなかった時があったな、とハーレイは肩を竦めた。
「おふくろに、お預けを食らっちまって…」
次の日まで食えなかったんだ、と失敗談を白状する。
両親は菓子を食べているのに、ハーレイの分が無かった日。
「やっぱりね…」
いい子の方がいいのかも、とブルーは可笑しそうに笑った。
「ハーレイにだって、覚えがあるんだから」と。
「うーむ…。その点については、否定出来んが…」
一概にそうとも言い切れないぞ、とハーレイは腕組みする。
「悪ガキの方が得をするのも、たまにはな」と大真面目に。
「そうなの? 損ばかりしていそうなんだけど…」
学校でだって叱られてるし、とブルーは不思議そうな顔。
「悪戯した子は、大目玉だよ」と実例を挙げて。
黒板に落書きした子は掃除当番、他にも色々、と数多い例。
「そういった輩には、当然の罰というヤツだな」
自業自得と言うだろうが、とハーレイは大きく頷いた。
「その手のヤツは罰を受けるが、悪さの方向性でだ…」
結果は変わって来るんだぞ、とブルーに昔話をしてやった。
悪ガキだった子供時代に、ご近所の家で柿を盗もうとした。
「生垣を抜けて入って、木に登ってたら…」
「その家の人に見付かったわけ?」
「よりにもよって、頑固爺にな」
思い切り雷が落ちたんだが…、とハーレイは続ける。
「爺さん、木には登るな、脆いから折れるぞ、と…」
説教してから、柿の実をもいでくれたんだ、と思い出話。
「美味いんだぞ」と土産用にも分けて貰って帰った、と。
ハーレイを叱った頑固爺は、クソ度胸のガキに優しかった。
「ワシを怖がって誰も来んのに、いい度胸だ」と。
柿の木が脆くて折れる話も、脅しではなくて本当のこと。
誰も登りに来ないだろうと思っていたから、放ってあった。
「お前さんみたいなヤツが来るなら、看板だな」とも。
翌日の朝には、もう注意書きが出来ていたという。
「危ない! 折れるから、木には登らない!」という札。
札は柿の木にぶら下げてあって、家の玄関に張り紙が一枚。
「柿の実、食べ頃です。欲しい人は声を掛けて下さい」と。
それが切っ掛けになって、柿の実を貰いに行く子が出来た。
札は年中ぶら下がったままで、柿の季節は玄関先に張り紙。
頑固爺の家は、以来、子供に人気だったらしい。
柿を貰いに行った子供を、頑固爺は忘れなかった。
他の季節に通り掛かったら、菓子をくれたり、親切だった。
つまり、ハーレイは、「頑固爺の家」を新規開拓。
暑い盛りにはジュースも貰える、子供の人気スポットを。
「いいか? あの時、俺が盗みに行かなかったら…」
頑固爺の家は怖いままだぞ、とハーレイは得意げに語る。
「菓子やジュースを貰うことなど、誰も思わん」と。
「…ホントだね…。悪ガキでないと、出来ないよね…」
いい子だったら盗まないし、とブルーは瞳を丸くしている。
「悪ガキの方が得をするのも、ちゃんとあるんだ」とも。
「分かったか? お前の場合は、いい子の方だから…」
得をする日は来そうにもないな、とハーレイは笑う。
「それとも、悪さに挑戦してみるか?」と、ニヤニヤと。
「悪さって、ぼくが?」
「木に登れとは言わないがな」
悪ガキの世界もいいもんだぞ、と「お得な話」を披露する。
叱られる代わりに、美味しい結果が待っていた例を。
そうしたら…。
「分かった、ハーレイ、悪ガキがオススメなんだね?」
やってみる、とブルーは椅子から立ち上がった。
「悪ガキだったら、コレもアリでしょ」と、近付いて来る。
「ハーレイがキスをくれないんなら、ぼくが強奪!」
貰っちゃうね、とブルーの顔が迫って、ハーレイは唸った。
「馬鹿野郎!」
その悪ガキは叱られる方だ、とブルーを一喝、払いのける。
「雷、落ちて当然だからな!」
嫌というほど説教だ、と椅子に座らせ、銀色の頭をコツン。
拳で軽く一発お見舞い、それから長い説教の時間。
ブルーが必死に言い訳しても、聞きもしないで。
「ごめんなさい!」と詫びを入れても、放っておいて説教。
悪ガキには似合いの時間なのだし、今日の所はそれでいい。
ブルーが自分で選んだ以上は、悪ガキ仕様で…。
悪ガキよりも・了
(ちっとも覚えていなかったなんてね…)
ハーレイのこと、と小さなブルーが浮かべた苦笑。
そのハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(…ハーレイ、今日は来てくれなかった、って…)
考えただけでもガッカリするのに、其処まで大事なハーレイのことを、忘れていた。
今のブルーの話ではなくて、今年の五月三日が訪れるまでの人生の中で。
(…聖痕が出たら、一瞬で思い出したけど…)
実の所は、聖痕の前兆が現れた時には、怖い思いをしていた。
(もし、本当に、ソルジャー・ブルーの生まれ変わりだったら…)
当時の記憶を取り戻した途端に、「今のブルー」は消えてしまうかもしれない。
十四年間も生きて来た「ブルー」は「仮の姿」で、元の「ブルー」になってしまって。
(…そんなの怖い、って泣き出しそうで…)
絶対に嫌だと恐れていたのに、現実は違った。
(…前の記憶が戻って来たら、目の前にハーレイがいて…)
前の生での恋の続きが始まったわけで、二人分の幸せを噛み締めている。
うんとお得で、素敵なことが溢れているのが「今の人生」。
(でも、前のハーレイのこと、聖痕が出るまでは…)
綺麗サッパリ忘れて生きていたのが、情けないような気分にもなる。
時の彼方で命尽きる時、深い絶望の淵にいたのが信じられない。
(…もうハーレイには、二度と会えない、って…)
泣きじゃくりながら死んでいったくらいに、ハーレイを想い続けていた。
二度と会えないままになっても、忘れたいと願いはしなかった。
なのに、こうして「生まれ変わった」今の自分は、ハーレイを覚えているどころか…。
(…歴史の教科書とかで見たって、昔の偉い人なんだ、としか…)
思わないまま、「今のハーレイ」に出会うまでの日々を過ごした。
薄情にも程があるだろう。
あれほど愛した「ハーレイ」のことを、まるで覚えていなかったなんて。
そうなった理由に、心当たりは「ある」。
聖痕をくれた神様のせいで、そうなるように仕組まれていた、と。
(…今のぼくが、ハーレイのことを覚えていたなら…)
人生、きっと変わってたよね、と容易に想像が出来る。
いくら本物の両親がいても、愛されていても、のびのびと生きられはしなかったろう。
(…だって、覚えているんだものね…)
自分が誰か、というのはともかく、「ハーレイ」がいない人生は辛い。
ハーレイとの絆が切れたのかどうか、それも確認出来そうにない。
(今のぼくまで育って来たって、難しいよね…)
同じ地球の上に「ハーレイ」がいても、どうやって見付け出せばいいのか。
十四歳にしかならない子供の身では、新聞に広告も出せないだろう。
もちろん「探しに出掛ける」ことも出来ない。
(今のぼくでも、そうなんだから…)
生まれた直後の「赤ん坊」なら、尚更のこと。
(…病院で生まれて、目を開けてみたら…)
前の生の最後に「撃たれた右目」が、「見えている」事実に気付くと思う。
「何故、見えるんだ?」と驚いて、周りを探ろうとしても…。
(…ぼくのサイオン、うんと不器用になっちゃったから…)
いきなり盲目になったかのように、「何も見えない」。
両目の視力はあるというのに、サイオンの瞳で「見る」ことが出来ない。
(…耳も同じで…)
補聴器は無しで聞こえている、と驚きはしても、サイオンで思念を拾えない。
(…自分の目と耳だけで、探るしかなくて…)
焦りながらも懸命に事態を把握しようと努力し続けて、どの辺りで「現実」を見付けるやら。
「今の自分」は、「ソルジャー・ブルー」ではなく、生まれたばかりの「赤ん坊」。
ベッドの「ブルー」を覗き込むのは、生んでくれた母と、血の繋がった父。
(……衝撃の事実……)
どれほどショックを受けるんだろう、と「今のブルー」は肩を竦めた。
おまけに「ハーレイ」が「何処にもいない」。
前の生では、恋人としても、右腕としても、「ハーレイ」を頼りにしていたのに。
(…そのハーレイが、いなくなってて…)
赤ん坊の姿で、今の人生を歩んでゆくしかない。
今の世界の中の何処かに「ハーレイ」もいるのか、それさえも分からないままで。
(…毎日、溜息ばっかりかも…)
可愛くない赤ちゃんになってしまいそう、と思っただけでも、神様の意図が読み取れる。
「今の人生を楽しみなさい」と、「前の生の記憶」を封じたのだ、と。
(…ハーレイを忘れていないままだったら…)
溜息だらけの「赤ん坊時代」が過ぎた後には、幼稚園に行く。
幼稚園児になれば、少し世界が広くなるけれど…。
(…行き帰りの幼稚園バスの窓を、じっと見詰めて…)
窓の外を行く人を眺めて、「ハーレイ」を探し続けていそう。
対向車の窓まで、気を配るかもしれない。
(すれ違う車に、乗ってないとは限らないしね…)
目を皿のようにしての「ハーレイ探し」に、幼稚園バスでの往復は費やされる。
「ハーレイを忘れ去っていた」今の「ブルー」は、往復の時間を満喫していたというのに。
(…毎日、好奇心で一杯で…)
窓の向こうの景色や、店や、犬の散歩にも興味津々。
雨降りで視界が悪い日でさえも、水溜まりなどに注意を向けていた。
「あの車が来たら、水溜まりの水が飛び散るかな?」といった具合に。
(…幼稚園でも、休み時間はウサギ小屋とか…)
覗きに行くのが好きだったけれど、「ハーレイを探し続けるブルー」だったら違ったろう。
(…休み時間は、門の側にいたか…)
外を見られる場所に陣取って、「ハーレイ探し」で終わってしまう。
幼稚園の外を「通るかもしれない」と、懐かしい人影を探し続けて、追い求めて。
それだけ必死に探し続けても、ハーレイは「いない」。
同じ町の中に「住んでいる」のに、会える機会は訪れないまま。
(…聖痕が出るまで、時期は来ないんだし…)
無駄に費やす時間ばかりで、学校に入った後にも、似たような人生になる。
幼稚園児の頃よりも「世界が広がった」分だけ、探せる場所が増えるのだから。
(…友達と出掛けて行くにしたって…)
いつもキョロキョロ、落ち着きの無い「ブルー」が出来上がりそう。
遠足にしても、はしゃぐよりも先に「ハーレイ探し」。
(行きのバスでも、帰りのバスでも、行った先でも…)
いつもと違う場所に来たから、と普段以上に注意しながら「ハーレイ」を探す。
何処かにチラリと見えはしないか、うんと遠くに見える人まで注目して。
(…これじゃ駄目すぎ…)
ぼくの人生、台無しだよね、と溜息しか出ない。
成績は悪くないだろうけれど、それ以外の部分は「駄目な人生」。
せっかく「青い地球」に来たというのに、嬉しいとさえ思わないのだろう。
「ハーレイは何処にいるんだろう?」と探すばかりで、景色にも、本物の両親にも…。
(目を向けないで、ハーレイばかりを探し続けて…)
子供らしくなくて、新しい命を貰ったことへの感謝も、多分、無さそう。
(…そんなの、神様だって…)
嫌だろうから、忘れさせたんだよ、と分かっているのは本当だけれど…。
(…覚えていたなら、ホントに最悪…)
駄目すぎだよ、と思ってはいても、忘れていたことは、やっぱり悲しい。
「ハーレイ」を忘れて「十四年間も」、自由気ままに生きていただなんて。
(…可愛くなくても、溜息ばかりの赤ん坊でも…)
ハーレイを覚えていたかったよ、と思った所で、ハタと気付いた。
(…ぼくは覚えたままでいたって、ハーレイの方は…?)
ぼくを覚えていてくれるわけ、と自分自身に問い掛けるまでもなく、答えは明らか。
「今のハーレイ」の記憶が戻って来るのは、「今のブルーに出会えた時」。
つまり、ブルーが「懸命に探し続けた間」も、ハーレイの方は「普通の人生」。
充実した子供時代を過ごした後は、柔道や水泳に打ち込む学生時代で、それから教師に。
(…先生をやってるハーレイ、楽しそうだしね…)
仕事が忙しい時だって、と知っているから、今のハーレイの人生は幸せで溢れている。
そうやって「新しい人生」を歩んで来た「ハーレイ」と、「忘れなかったブルー」が出会う。
ハーレイは喜んでくれるけれども、ブルーが「探し続けていた」ことを知ったら…。
(…ハーレイ、うんとショックだよね…)
どうして「ブルーを忘れていられたのか」と、ハーレイは悔やむに違いない。
「覚えていたせいで」台無しになった、今のブルーの人生の方にも、思いを馳せて。
(……ハーレイ、きっと傷付いちゃうよ……)
とても真面目な「ハーレイ」だけに、一生、謝り続けていそうでもある。
「すまん、忘れてしまっていて」と、何度も何度も、繰り返して。
(…そんなハーレイ、見てるだけでも辛くなるから…)
ぼくがハーレイを覚えていたなら、そうなっちゃうし…、と改めて神に感謝する。
「覚えていなかったことは、悲しいんだけれど、これでいいから」と。
「もしも、ハーレイを覚えていたなら、ぼくもハーレイも、辛くなってた筈だものね」と…。
覚えていたなら・了
※生まれ変わってから、ハーレイのことを忘れ去っていたブルー。正確にはブルー君。
もしもハーレイを覚えていたら、人生が台無しになりそう。ハーレイ先生も、後悔は確実。
ハーレイのこと、と小さなブルーが浮かべた苦笑。
そのハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(…ハーレイ、今日は来てくれなかった、って…)
考えただけでもガッカリするのに、其処まで大事なハーレイのことを、忘れていた。
今のブルーの話ではなくて、今年の五月三日が訪れるまでの人生の中で。
(…聖痕が出たら、一瞬で思い出したけど…)
実の所は、聖痕の前兆が現れた時には、怖い思いをしていた。
(もし、本当に、ソルジャー・ブルーの生まれ変わりだったら…)
当時の記憶を取り戻した途端に、「今のブルー」は消えてしまうかもしれない。
十四年間も生きて来た「ブルー」は「仮の姿」で、元の「ブルー」になってしまって。
(…そんなの怖い、って泣き出しそうで…)
絶対に嫌だと恐れていたのに、現実は違った。
(…前の記憶が戻って来たら、目の前にハーレイがいて…)
前の生での恋の続きが始まったわけで、二人分の幸せを噛み締めている。
うんとお得で、素敵なことが溢れているのが「今の人生」。
(でも、前のハーレイのこと、聖痕が出るまでは…)
綺麗サッパリ忘れて生きていたのが、情けないような気分にもなる。
時の彼方で命尽きる時、深い絶望の淵にいたのが信じられない。
(…もうハーレイには、二度と会えない、って…)
泣きじゃくりながら死んでいったくらいに、ハーレイを想い続けていた。
二度と会えないままになっても、忘れたいと願いはしなかった。
なのに、こうして「生まれ変わった」今の自分は、ハーレイを覚えているどころか…。
(…歴史の教科書とかで見たって、昔の偉い人なんだ、としか…)
思わないまま、「今のハーレイ」に出会うまでの日々を過ごした。
薄情にも程があるだろう。
あれほど愛した「ハーレイ」のことを、まるで覚えていなかったなんて。
そうなった理由に、心当たりは「ある」。
聖痕をくれた神様のせいで、そうなるように仕組まれていた、と。
(…今のぼくが、ハーレイのことを覚えていたなら…)
人生、きっと変わってたよね、と容易に想像が出来る。
いくら本物の両親がいても、愛されていても、のびのびと生きられはしなかったろう。
(…だって、覚えているんだものね…)
自分が誰か、というのはともかく、「ハーレイ」がいない人生は辛い。
ハーレイとの絆が切れたのかどうか、それも確認出来そうにない。
(今のぼくまで育って来たって、難しいよね…)
同じ地球の上に「ハーレイ」がいても、どうやって見付け出せばいいのか。
十四歳にしかならない子供の身では、新聞に広告も出せないだろう。
もちろん「探しに出掛ける」ことも出来ない。
(今のぼくでも、そうなんだから…)
生まれた直後の「赤ん坊」なら、尚更のこと。
(…病院で生まれて、目を開けてみたら…)
前の生の最後に「撃たれた右目」が、「見えている」事実に気付くと思う。
「何故、見えるんだ?」と驚いて、周りを探ろうとしても…。
(…ぼくのサイオン、うんと不器用になっちゃったから…)
いきなり盲目になったかのように、「何も見えない」。
両目の視力はあるというのに、サイオンの瞳で「見る」ことが出来ない。
(…耳も同じで…)
補聴器は無しで聞こえている、と驚きはしても、サイオンで思念を拾えない。
(…自分の目と耳だけで、探るしかなくて…)
焦りながらも懸命に事態を把握しようと努力し続けて、どの辺りで「現実」を見付けるやら。
「今の自分」は、「ソルジャー・ブルー」ではなく、生まれたばかりの「赤ん坊」。
ベッドの「ブルー」を覗き込むのは、生んでくれた母と、血の繋がった父。
(……衝撃の事実……)
どれほどショックを受けるんだろう、と「今のブルー」は肩を竦めた。
おまけに「ハーレイ」が「何処にもいない」。
前の生では、恋人としても、右腕としても、「ハーレイ」を頼りにしていたのに。
(…そのハーレイが、いなくなってて…)
赤ん坊の姿で、今の人生を歩んでゆくしかない。
今の世界の中の何処かに「ハーレイ」もいるのか、それさえも分からないままで。
(…毎日、溜息ばっかりかも…)
可愛くない赤ちゃんになってしまいそう、と思っただけでも、神様の意図が読み取れる。
「今の人生を楽しみなさい」と、「前の生の記憶」を封じたのだ、と。
(…ハーレイを忘れていないままだったら…)
溜息だらけの「赤ん坊時代」が過ぎた後には、幼稚園に行く。
幼稚園児になれば、少し世界が広くなるけれど…。
(…行き帰りの幼稚園バスの窓を、じっと見詰めて…)
窓の外を行く人を眺めて、「ハーレイ」を探し続けていそう。
対向車の窓まで、気を配るかもしれない。
(すれ違う車に、乗ってないとは限らないしね…)
目を皿のようにしての「ハーレイ探し」に、幼稚園バスでの往復は費やされる。
「ハーレイを忘れ去っていた」今の「ブルー」は、往復の時間を満喫していたというのに。
(…毎日、好奇心で一杯で…)
窓の向こうの景色や、店や、犬の散歩にも興味津々。
雨降りで視界が悪い日でさえも、水溜まりなどに注意を向けていた。
「あの車が来たら、水溜まりの水が飛び散るかな?」といった具合に。
(…幼稚園でも、休み時間はウサギ小屋とか…)
覗きに行くのが好きだったけれど、「ハーレイを探し続けるブルー」だったら違ったろう。
(…休み時間は、門の側にいたか…)
外を見られる場所に陣取って、「ハーレイ探し」で終わってしまう。
幼稚園の外を「通るかもしれない」と、懐かしい人影を探し続けて、追い求めて。
それだけ必死に探し続けても、ハーレイは「いない」。
同じ町の中に「住んでいる」のに、会える機会は訪れないまま。
(…聖痕が出るまで、時期は来ないんだし…)
無駄に費やす時間ばかりで、学校に入った後にも、似たような人生になる。
幼稚園児の頃よりも「世界が広がった」分だけ、探せる場所が増えるのだから。
(…友達と出掛けて行くにしたって…)
いつもキョロキョロ、落ち着きの無い「ブルー」が出来上がりそう。
遠足にしても、はしゃぐよりも先に「ハーレイ探し」。
(行きのバスでも、帰りのバスでも、行った先でも…)
いつもと違う場所に来たから、と普段以上に注意しながら「ハーレイ」を探す。
何処かにチラリと見えはしないか、うんと遠くに見える人まで注目して。
(…これじゃ駄目すぎ…)
ぼくの人生、台無しだよね、と溜息しか出ない。
成績は悪くないだろうけれど、それ以外の部分は「駄目な人生」。
せっかく「青い地球」に来たというのに、嬉しいとさえ思わないのだろう。
「ハーレイは何処にいるんだろう?」と探すばかりで、景色にも、本物の両親にも…。
(目を向けないで、ハーレイばかりを探し続けて…)
子供らしくなくて、新しい命を貰ったことへの感謝も、多分、無さそう。
(…そんなの、神様だって…)
嫌だろうから、忘れさせたんだよ、と分かっているのは本当だけれど…。
(…覚えていたなら、ホントに最悪…)
駄目すぎだよ、と思ってはいても、忘れていたことは、やっぱり悲しい。
「ハーレイ」を忘れて「十四年間も」、自由気ままに生きていただなんて。
(…可愛くなくても、溜息ばかりの赤ん坊でも…)
ハーレイを覚えていたかったよ、と思った所で、ハタと気付いた。
(…ぼくは覚えたままでいたって、ハーレイの方は…?)
ぼくを覚えていてくれるわけ、と自分自身に問い掛けるまでもなく、答えは明らか。
「今のハーレイ」の記憶が戻って来るのは、「今のブルーに出会えた時」。
つまり、ブルーが「懸命に探し続けた間」も、ハーレイの方は「普通の人生」。
充実した子供時代を過ごした後は、柔道や水泳に打ち込む学生時代で、それから教師に。
(…先生をやってるハーレイ、楽しそうだしね…)
仕事が忙しい時だって、と知っているから、今のハーレイの人生は幸せで溢れている。
そうやって「新しい人生」を歩んで来た「ハーレイ」と、「忘れなかったブルー」が出会う。
ハーレイは喜んでくれるけれども、ブルーが「探し続けていた」ことを知ったら…。
(…ハーレイ、うんとショックだよね…)
どうして「ブルーを忘れていられたのか」と、ハーレイは悔やむに違いない。
「覚えていたせいで」台無しになった、今のブルーの人生の方にも、思いを馳せて。
(……ハーレイ、きっと傷付いちゃうよ……)
とても真面目な「ハーレイ」だけに、一生、謝り続けていそうでもある。
「すまん、忘れてしまっていて」と、何度も何度も、繰り返して。
(…そんなハーレイ、見てるだけでも辛くなるから…)
ぼくがハーレイを覚えていたなら、そうなっちゃうし…、と改めて神に感謝する。
「覚えていなかったことは、悲しいんだけれど、これでいいから」と。
「もしも、ハーレイを覚えていたなら、ぼくもハーレイも、辛くなってた筈だものね」と…。
覚えていたなら・了
※生まれ変わってから、ハーレイのことを忘れ去っていたブルー。正確にはブルー君。
もしもハーレイを覚えていたら、人生が台無しになりそう。ハーレイ先生も、後悔は確実。
(よくも忘れていられたよなあ…)
あいつのことを、とハーレイは、ふと考えた。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
もちろん、「あいつ」は、ブルーのことを指している。
青い地球の上に生まれ変わって再会してから、忘れた日など、一日も無い。
(…前の俺だって、地球の地の底で…)
瓦礫が崩れ落ちて来て、死ぬ瞬間まで、ブルーを忘れはしなかった。
(これで、あいつの所へ行けるんだ、と…)
夢見るように思いながら死んで、気付いたら、今の人生で…。
(目の前で、あいつの目から血が出て…)
全てを思い出したわけだけれども、それまで「忘れ果てていた」。
「ソルジャー・ブルー」の写真を見ようが、話を聞こうが、何も思いはしなかった。
(…薄情と言うにしても、酷すぎるぞ…)
すっかり忘れちまっていたなんて、と情けない。
あれほど愛した「ブルー」のことを忘れて、のうのうと生きていたなんて。
(…なんとも、情けないんだが…)
多分、神様のお計らいだな、という気がする。
もしも「ブルー」を覚えていたら、今の人生は、まるで違っていただろう。
(…最初から覚えていたとなったら…)
どうなるんだ、と振り返ってみることにした。
夜の時間は、考え事には相応しい。
まずは、今の人生の「最初」、出発地点に立ってみる。
(…今の俺は、隣町の病院で生まれたわけで…)
八月二十八日だから、暑い盛りで、エアコンの効いた病院の外は、晴れていたと聞く。
生まれた時点で、前の生での記憶があるなら、最初に母を見て、驚いたかもしれない。
(これは誰だ、と目を見開いて…)
それから懸命に耳を澄ませて、様子を探る間に、「補聴器が無い」と気付いたろうか。
(今の俺だと、補聴器なんぞは要らなくて…)
耳で直接、聞こえるのだから、それに気付いて驚きそう。
(そうなるのが先か、自分が「赤ん坊」だと分かるのが先か…)
どっちなのやら、と考えるけれど、補聴器の方が先になりそう。
(知らない所に来ちまったんだし、下手に動けば命取りだしな…)
なにしろ「母」が、味方かどうかも分からない。
自分の身体を見回す前に、周りの状況を把握するべき。
(…実に、とんでもない赤ん坊だな…)
可愛くないぞ、と苦笑してしまう。
母が「生みの母」だと分かるまでには、どのくらい時間がかかるのやら。
(…流石に、夜には分かりそうだが…)
親父がいるのも分かるだろうが、と思うけれども、困ったことに、自分は「赤ん坊」。
(…どうやら生まれ変わったらしい、と把握出来ても…)
そこから先へは進めない。
(自分の足で歩くどころか、喋ることさえ出来ないってな!)
赤ん坊でも、思念波らしきものは「使える」らしい。
ただし、漠然としたもので、「お腹が空いた」と伝わる程度の、拙いもの。
(…いったい、此処は何処なんだ、と訊きたくても…)
赤ん坊になった身では、複雑な思念を紡げはしない。
(…地球に生まれて来たらしい、と分かるまでにも、何ヶ月も…)
かかりそうだな、とフウと溜息が出そう。
いくら「ブルー」を覚えていようが、それどころではないだろう。
人生の最初に立った時点で、いきなり高いハードルがある。
「思い通りにならない、赤ん坊の身体」で、それを乗り越えるには何年もかかる。
(…最低でも、幼稚園に行ける程度までには…)
育たないとな、と子供時代を思い浮かべて、また溜息が一つ零れた。
(…ブルーを探しに行きたくなっても、赤ん坊では、どうにもならないし…)
幼稚園児まで育って、ようやく「外の世界」で動けるようになる。
一人で出掛けることは出来なくても、幼稚園までの往復だとか、遠足だとか。
(外の世界ってヤツに、触れる機会が増えるしな…)
行く先々で、「ブルーがいないか」見回しながら、気を付ける人生が始まりそう。
銀色の髪の人がいたなら、直ぐに視線で追い掛けるとか。
(…文字は覚えている筈だから、新聞とかも…)
出来るだけ読んで、「ブルーの手がかり」を探すのだろう。
両親は「もう、文字が読めるらしい」と喜びそうでも、やっていることは「人探し」。
(…しかしだ…)
幼稚園児では、新聞に「人を探しています」と、載せて貰うことは出来ない。
そういう記事を載せるためには、もっと大きくならないと無理。
(…せいぜい、作文…)
少々、嘘をついたって、と組み立ててみた作文は、こういう中身。
「ぼくは、前世の記憶があります。その頃の友達に、また会いたくて、書きました」。
幼い子供が書いた「作文」なのだし、上手くいけば載せて貰えそう。
「子供らしい、思い付きだ」と、新聞社の人たちも、面白がってくれて、挿絵もつけて。
(…その作文の中に、あいつなら分かってくれそうな「何か」を…)
織り込んでおけば、何処かで「ブルー」が読むかもしれない。
そうすれば「ハーレイだ!」と、ブルーの方で、気付いてくれる。
(…でもって、作文を書いた俺にだな…)
連絡を取ろう、と思ってくれれば、万々歳。
めでたく「ブルー」に会えるけれども、それは「ブルー」が、そこそこ育っていた場合。
(…新聞を読むような年で、新聞社に連絡を入れて…)
作文を書いた「ハーレイ」を探せる年なら、何も問題は無いのだけれど…。
(…今のあいつなら、出来るんだろうが…)
幼稚園児や、赤ん坊なら無理じゃないか、と特大の溜息が零れ落ちた。
「生まれていない」可能性もあるし、この方法でも、「ブルー」は見付かりそうにない。
そうやって「ブルー探し」の人生が続いて、いつまで経っても「終わらない」。
なにしろ、今のブルーが生まれたのは、ほんの14年ほど前に過ぎない。
(…あいつが生まれて、病院を出る日に…)
病院の前を、ジョギングで走っていたかもしれない、と、前にブルーと話したけれど…。
(銀色の髪に注目しながら、ジョギング中でも…)
赤ん坊まで目を配ってるとは、思えないぞ、と溜息しか出ない。
きっと「走りながら、探している」のは、前の生で見ていた「ブルー」が基準だろう。
初めて出会った「少年の姿」のブルーくらいからしか、「探す」中には入らない。
(…ついでに、今のブルーが病院を出た日は、雪がちらついてて…)
ブルーは、ストールで包まれていたと、今のブルーから聞いた。
赤ん坊をストールで包んでいたなら、髪もすっかり隠れていそう。
(冷えないように、って包むわけだし、そうなるよなあ…)
銀の欠片も見えやしない、と想像がつく。
「ブルー探し」の対象どころか、気付きもしないで、前を走って行っておしまい。
(…その後にしても、同じ町には、住んでいたって…)
行動範囲が違っているから、まるで会えない。
今のブルーが育ち始めて、銀色の髪が目立つようになって来た後でも。
(…小さい頃から、ソルジャー・ブルー風の髪型で…)
育って来たのが「ブルー」だけれども、出会う機会がまるで無ければ、どうにもならない。
(…おまけに、俺は育ち過ぎてて…)
ブルー探しの広告とかを、新聞に載せることは出来ても、今度は「ブルー」に伝わらない。
前の生の記憶を「今のブルー」は持っていないし、新聞で記事を見掛けても、読むだけ。
(…誰を探しているんだろう、って首を傾げて、それっきりだよなあ…)
これじゃ駄目だ、と何度目か分からない溜息が落ちる。
「前のブルー」を覚えていたって、出会えないまま、長い歳月が過ぎてゆく。
今の学校に転任して来た、「あの日」が訪れるまでは、ずっと。
(…ザッと数えても、三十七年だぞ…)
それだけの間、「ブルー」には会えずに、探し続けて生きる人生。
柔道や水泳に集中出来たか、それさえも謎。
(…多分、教師にはなったと思うが…)
人と出会う機会が多いからな、と自信はあるから、「今のブルー」には教室で再会出来る。
そうは言っても、三十七年もの間、「探し続ける人生」だったら、失ったものも多いだろう。
(…失うと言うか、最初っから…)
手に入れ損ねたものと言うか…、と頭に浮かんで来るのは、幾つもの優勝トロフィーや盾。
柔道も水泳も、プロの域までは「行けずじまい」に違いない。
今の自分の授業中の「雑談」にしても、中身は、うんと薄くなりそう。
(…趣味の雑学、仕入れてるより、ブルー探しで…)
あれこれ失くしていそうだよな、と苦笑いしか出て来ない。
そうならないよう、「前のブルー」を「覚えていない」人生を、神様がくれたのだと思う。
(新しい人生を、しっかりと生きて、楽しんで…)
生まれ変わって来た「ブルー」と出会えた時に、役立つように、沢山の経験と知識。
それを「積み上げておきなさい」と、神様は「覚えていない」人生にした。
(…きっと、そうだな…)
あいつのことを、覚えていたら、人生、棒に振っちまうし、とコーヒーのカップを傾ける。
(…忘れちまっていたっていうのは、情けないんだが…)
これでいいんだ、と「今のブルー」を思い描いて、笑みを浮かべた。
ブルーとは、無事に出会えたのだし、それだけでいい。
覚えていたら、出会えるまでの人生は「虚しく過ぎて行っただけ」になるのだし…。
(うん、これでいいんだ)
情けないのは、御愛嬌だな、と心から神に感謝する。
今のブルーのために役立ちそうな、様々なことを「得られた」から。
「覚えていたら」出来なかったことを、それと知らずに、積み上げたから。
今のハーレイの経験の全てが、今のブルーの「役に立つ」。
何処かへ出掛けてゆくにしたって、日々の暮らしで、料理をするとか、家事にしたって…。
覚えていたら・了
※ブルー君と再会するまで、前のブルーを忘れていた、ハーレイ先生ですけれど。
もしも、最初から記憶があったら、今の人生、変わっていそう。きっと神様のお計らいv
あいつのことを、とハーレイは、ふと考えた。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
もちろん、「あいつ」は、ブルーのことを指している。
青い地球の上に生まれ変わって再会してから、忘れた日など、一日も無い。
(…前の俺だって、地球の地の底で…)
瓦礫が崩れ落ちて来て、死ぬ瞬間まで、ブルーを忘れはしなかった。
(これで、あいつの所へ行けるんだ、と…)
夢見るように思いながら死んで、気付いたら、今の人生で…。
(目の前で、あいつの目から血が出て…)
全てを思い出したわけだけれども、それまで「忘れ果てていた」。
「ソルジャー・ブルー」の写真を見ようが、話を聞こうが、何も思いはしなかった。
(…薄情と言うにしても、酷すぎるぞ…)
すっかり忘れちまっていたなんて、と情けない。
あれほど愛した「ブルー」のことを忘れて、のうのうと生きていたなんて。
(…なんとも、情けないんだが…)
多分、神様のお計らいだな、という気がする。
もしも「ブルー」を覚えていたら、今の人生は、まるで違っていただろう。
(…最初から覚えていたとなったら…)
どうなるんだ、と振り返ってみることにした。
夜の時間は、考え事には相応しい。
まずは、今の人生の「最初」、出発地点に立ってみる。
(…今の俺は、隣町の病院で生まれたわけで…)
八月二十八日だから、暑い盛りで、エアコンの効いた病院の外は、晴れていたと聞く。
生まれた時点で、前の生での記憶があるなら、最初に母を見て、驚いたかもしれない。
(これは誰だ、と目を見開いて…)
それから懸命に耳を澄ませて、様子を探る間に、「補聴器が無い」と気付いたろうか。
(今の俺だと、補聴器なんぞは要らなくて…)
耳で直接、聞こえるのだから、それに気付いて驚きそう。
(そうなるのが先か、自分が「赤ん坊」だと分かるのが先か…)
どっちなのやら、と考えるけれど、補聴器の方が先になりそう。
(知らない所に来ちまったんだし、下手に動けば命取りだしな…)
なにしろ「母」が、味方かどうかも分からない。
自分の身体を見回す前に、周りの状況を把握するべき。
(…実に、とんでもない赤ん坊だな…)
可愛くないぞ、と苦笑してしまう。
母が「生みの母」だと分かるまでには、どのくらい時間がかかるのやら。
(…流石に、夜には分かりそうだが…)
親父がいるのも分かるだろうが、と思うけれども、困ったことに、自分は「赤ん坊」。
(…どうやら生まれ変わったらしい、と把握出来ても…)
そこから先へは進めない。
(自分の足で歩くどころか、喋ることさえ出来ないってな!)
赤ん坊でも、思念波らしきものは「使える」らしい。
ただし、漠然としたもので、「お腹が空いた」と伝わる程度の、拙いもの。
(…いったい、此処は何処なんだ、と訊きたくても…)
赤ん坊になった身では、複雑な思念を紡げはしない。
(…地球に生まれて来たらしい、と分かるまでにも、何ヶ月も…)
かかりそうだな、とフウと溜息が出そう。
いくら「ブルー」を覚えていようが、それどころではないだろう。
人生の最初に立った時点で、いきなり高いハードルがある。
「思い通りにならない、赤ん坊の身体」で、それを乗り越えるには何年もかかる。
(…最低でも、幼稚園に行ける程度までには…)
育たないとな、と子供時代を思い浮かべて、また溜息が一つ零れた。
(…ブルーを探しに行きたくなっても、赤ん坊では、どうにもならないし…)
幼稚園児まで育って、ようやく「外の世界」で動けるようになる。
一人で出掛けることは出来なくても、幼稚園までの往復だとか、遠足だとか。
(外の世界ってヤツに、触れる機会が増えるしな…)
行く先々で、「ブルーがいないか」見回しながら、気を付ける人生が始まりそう。
銀色の髪の人がいたなら、直ぐに視線で追い掛けるとか。
(…文字は覚えている筈だから、新聞とかも…)
出来るだけ読んで、「ブルーの手がかり」を探すのだろう。
両親は「もう、文字が読めるらしい」と喜びそうでも、やっていることは「人探し」。
(…しかしだ…)
幼稚園児では、新聞に「人を探しています」と、載せて貰うことは出来ない。
そういう記事を載せるためには、もっと大きくならないと無理。
(…せいぜい、作文…)
少々、嘘をついたって、と組み立ててみた作文は、こういう中身。
「ぼくは、前世の記憶があります。その頃の友達に、また会いたくて、書きました」。
幼い子供が書いた「作文」なのだし、上手くいけば載せて貰えそう。
「子供らしい、思い付きだ」と、新聞社の人たちも、面白がってくれて、挿絵もつけて。
(…その作文の中に、あいつなら分かってくれそうな「何か」を…)
織り込んでおけば、何処かで「ブルー」が読むかもしれない。
そうすれば「ハーレイだ!」と、ブルーの方で、気付いてくれる。
(…でもって、作文を書いた俺にだな…)
連絡を取ろう、と思ってくれれば、万々歳。
めでたく「ブルー」に会えるけれども、それは「ブルー」が、そこそこ育っていた場合。
(…新聞を読むような年で、新聞社に連絡を入れて…)
作文を書いた「ハーレイ」を探せる年なら、何も問題は無いのだけれど…。
(…今のあいつなら、出来るんだろうが…)
幼稚園児や、赤ん坊なら無理じゃないか、と特大の溜息が零れ落ちた。
「生まれていない」可能性もあるし、この方法でも、「ブルー」は見付かりそうにない。
そうやって「ブルー探し」の人生が続いて、いつまで経っても「終わらない」。
なにしろ、今のブルーが生まれたのは、ほんの14年ほど前に過ぎない。
(…あいつが生まれて、病院を出る日に…)
病院の前を、ジョギングで走っていたかもしれない、と、前にブルーと話したけれど…。
(銀色の髪に注目しながら、ジョギング中でも…)
赤ん坊まで目を配ってるとは、思えないぞ、と溜息しか出ない。
きっと「走りながら、探している」のは、前の生で見ていた「ブルー」が基準だろう。
初めて出会った「少年の姿」のブルーくらいからしか、「探す」中には入らない。
(…ついでに、今のブルーが病院を出た日は、雪がちらついてて…)
ブルーは、ストールで包まれていたと、今のブルーから聞いた。
赤ん坊をストールで包んでいたなら、髪もすっかり隠れていそう。
(冷えないように、って包むわけだし、そうなるよなあ…)
銀の欠片も見えやしない、と想像がつく。
「ブルー探し」の対象どころか、気付きもしないで、前を走って行っておしまい。
(…その後にしても、同じ町には、住んでいたって…)
行動範囲が違っているから、まるで会えない。
今のブルーが育ち始めて、銀色の髪が目立つようになって来た後でも。
(…小さい頃から、ソルジャー・ブルー風の髪型で…)
育って来たのが「ブルー」だけれども、出会う機会がまるで無ければ、どうにもならない。
(…おまけに、俺は育ち過ぎてて…)
ブルー探しの広告とかを、新聞に載せることは出来ても、今度は「ブルー」に伝わらない。
前の生の記憶を「今のブルー」は持っていないし、新聞で記事を見掛けても、読むだけ。
(…誰を探しているんだろう、って首を傾げて、それっきりだよなあ…)
これじゃ駄目だ、と何度目か分からない溜息が落ちる。
「前のブルー」を覚えていたって、出会えないまま、長い歳月が過ぎてゆく。
今の学校に転任して来た、「あの日」が訪れるまでは、ずっと。
(…ザッと数えても、三十七年だぞ…)
それだけの間、「ブルー」には会えずに、探し続けて生きる人生。
柔道や水泳に集中出来たか、それさえも謎。
(…多分、教師にはなったと思うが…)
人と出会う機会が多いからな、と自信はあるから、「今のブルー」には教室で再会出来る。
そうは言っても、三十七年もの間、「探し続ける人生」だったら、失ったものも多いだろう。
(…失うと言うか、最初っから…)
手に入れ損ねたものと言うか…、と頭に浮かんで来るのは、幾つもの優勝トロフィーや盾。
柔道も水泳も、プロの域までは「行けずじまい」に違いない。
今の自分の授業中の「雑談」にしても、中身は、うんと薄くなりそう。
(…趣味の雑学、仕入れてるより、ブルー探しで…)
あれこれ失くしていそうだよな、と苦笑いしか出て来ない。
そうならないよう、「前のブルー」を「覚えていない」人生を、神様がくれたのだと思う。
(新しい人生を、しっかりと生きて、楽しんで…)
生まれ変わって来た「ブルー」と出会えた時に、役立つように、沢山の経験と知識。
それを「積み上げておきなさい」と、神様は「覚えていない」人生にした。
(…きっと、そうだな…)
あいつのことを、覚えていたら、人生、棒に振っちまうし、とコーヒーのカップを傾ける。
(…忘れちまっていたっていうのは、情けないんだが…)
これでいいんだ、と「今のブルー」を思い描いて、笑みを浮かべた。
ブルーとは、無事に出会えたのだし、それだけでいい。
覚えていたら、出会えるまでの人生は「虚しく過ぎて行っただけ」になるのだし…。
(うん、これでいいんだ)
情けないのは、御愛嬌だな、と心から神に感謝する。
今のブルーのために役立ちそうな、様々なことを「得られた」から。
「覚えていたら」出来なかったことを、それと知らずに、積み上げたから。
今のハーレイの経験の全てが、今のブルーの「役に立つ」。
何処かへ出掛けてゆくにしたって、日々の暮らしで、料理をするとか、家事にしたって…。
覚えていたら・了
※ブルー君と再会するまで、前のブルーを忘れていた、ハーレイ先生ですけれど。
もしも、最初から記憶があったら、今の人生、変わっていそう。きっと神様のお計らいv
「ねえ、ハーレイ。諦めないのは…」
大事だよね、と小さなブルーが投げ掛けた問い。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「ん? 急にどうした?」
何かあるのか、とハーレイは鳶色の瞳を丸くした。
「お前のことだし、宿題とかではないんだろうが…」
早めにやっちまうことはあっても、とハーレイは尋ねる。
ブルーが「諦めたくなる」ような何かが、あるのかと。
「ううん、そういう話じゃなくって…」
考え方の問題かな、とブルーは首を軽く傾げた。
「宿題とかでも、そうなんだけど…」
いろんな物に壁があるよね、とブルーは続ける。
「勉強もそうだし、運動とかでも、壁にぶつかる時…」
そういう時にどうするのか、と挙げられた例。
諦めないで努力すべきか、投げ出してしまっていいのか。
「どっちだと思う?」
ぼくは諦めない方がいいと思うけど、というのが質問。
「ふうむ…。一般論というヤツを聞きたいんだな?」
「そう。ケースバイケース、とは言うけどね…」
傾向としては、どっちが正しいのかな、とブルーは真剣。
努力が無駄になったとしても、頑張るべきか、と。
「なるほどなあ…。無駄骨ってこともあるわけで…」
運動なんかは、特にそうだな、とハーレイは正直に頷いた。
「勉強だったら、努力次第で、多少、時間がかかっても…」
結果を出せることは多いんだが…、と腕組みをする。
頭の出来は色々だけに、理解に時間がかかる生徒も多い。
とはいえ、「理解出来た」ことは忘れないから、報われる。
それまで意味が掴めなかった数式なども、きちんと解ける。
「しかしだな…。運動の場合は、個人の資質が大きくて…」
努力したって結果が出るとは限らんぞ、とフウと溜息。
実際、身体を壊すくらいに練習したって、駄目な子もいる。
柔道部で教える生徒たちでも、その点は注意しておくべき。
「線引きというのは、したくないんだが…」
諦めさせてることも多いんだ、とハーレイは説明した。
「本人は、うんとやる気があって、練習量を…」
増やしたいとか行って来るんだがな、と顔を曇らせる。
「ハーレイ、諦めさせてるの?」
「そりゃそうだろう。出来ないことは、出来んしな…」
長年やってりゃ分かるモンだ、と柔道のことを説いてやる。
「どう頑張っても無理なヤツには、させちゃいけない」
「怪我しちゃう、って?」
「分かってくれたか? 言われたヤツは、引かないがな…」
怪我をするぞ、と言っても聞かん、とハーレイは苦笑した。
「勝手に自主練しに来ちまって、怪我をするヤツも…」
「いたりするわけ?」
「残念ながら、その通りでな…」
力量不足とか以前なんだが、というハーレイの悩みの種。
「諦めるべき時には、諦めて欲しい」と、両手を広げて。
「でないと、俺の仕事が増えるってわけだ」
病院まで連れてって、家まで送って…、とブルーに話す。
「たまに、お前が困るヤツだな」と、オマケもつけた。
「そっか、ハーレイが帰りに寄ってくれない日…」
アレの原因、そういうのなんだ、とブルーの瞳が瞬いた。
「確かに困るね、諦めてくれた方がいいんだけど…」
「そう思うだろ? 一般論とは正反対だが…」
諦めが肝心なこともある、とハーレイは軽く肩を竦めた。
「教師としては、努力を説きたいがな」と。
「そうだよね…。やっぱり努力が一番だもんね…」
諦めろなんて言いにくそう、とブルーも相槌を打った。
「普段、教室で言ってることとは、逆なんだもの…」
「言わされる方は、本当に辛いんだぞ…」
ついでに生徒に恨まれちまうし、とハーレイは零した。
「分からず屋だと思われちまって、挙句に怪我な有様で…」
「…大変なんだね、先生って…」
頑張ってね、とブルーはハーレイを励ました。
「そういう生徒でも、諦めないで対応してあげてよ」と。
「すまんな、愚痴になっちまった」
一般論の方が良かったな、とハーレイはブルーに謝った。
「まあ、アレだ。諦めないのは、大事ってことで…」
「ぼくが尋ねた方で合ってる?」
「お前の場合は、柔道部員じゃないからな」
特殊なケースは放っておけ、と笑みを浮かべる。
「諦めないで、コツコツ努力するのが一番だぞ」
大抵は…、と言ったら、ブルーも、ニッコリと笑んだ。
「分かった、ぼくも諦めないよ!」
ハーレイにキスをして貰うのを、とブルーは勝ち誇った顔。
「それは努力をしていいんでしょ?」と。
(…そう来たか!)
騙されたぞ、とハーレイはグッと詰まって、拳を握る。
真面目に話してやっていたのに、ブルーの狙いは別だった。
「馬鹿野郎!」
そんな努力はしなくていい、と銀色の頭に拳をコツン。
「諦めちまえ」と、「頭に怪我をさせられる前にな」と…。
諦めないのは・了
大事だよね、と小さなブルーが投げ掛けた問い。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「ん? 急にどうした?」
何かあるのか、とハーレイは鳶色の瞳を丸くした。
「お前のことだし、宿題とかではないんだろうが…」
早めにやっちまうことはあっても、とハーレイは尋ねる。
ブルーが「諦めたくなる」ような何かが、あるのかと。
「ううん、そういう話じゃなくって…」
考え方の問題かな、とブルーは首を軽く傾げた。
「宿題とかでも、そうなんだけど…」
いろんな物に壁があるよね、とブルーは続ける。
「勉強もそうだし、運動とかでも、壁にぶつかる時…」
そういう時にどうするのか、と挙げられた例。
諦めないで努力すべきか、投げ出してしまっていいのか。
「どっちだと思う?」
ぼくは諦めない方がいいと思うけど、というのが質問。
「ふうむ…。一般論というヤツを聞きたいんだな?」
「そう。ケースバイケース、とは言うけどね…」
傾向としては、どっちが正しいのかな、とブルーは真剣。
努力が無駄になったとしても、頑張るべきか、と。
「なるほどなあ…。無駄骨ってこともあるわけで…」
運動なんかは、特にそうだな、とハーレイは正直に頷いた。
「勉強だったら、努力次第で、多少、時間がかかっても…」
結果を出せることは多いんだが…、と腕組みをする。
頭の出来は色々だけに、理解に時間がかかる生徒も多い。
とはいえ、「理解出来た」ことは忘れないから、報われる。
それまで意味が掴めなかった数式なども、きちんと解ける。
「しかしだな…。運動の場合は、個人の資質が大きくて…」
努力したって結果が出るとは限らんぞ、とフウと溜息。
実際、身体を壊すくらいに練習したって、駄目な子もいる。
柔道部で教える生徒たちでも、その点は注意しておくべき。
「線引きというのは、したくないんだが…」
諦めさせてることも多いんだ、とハーレイは説明した。
「本人は、うんとやる気があって、練習量を…」
増やしたいとか行って来るんだがな、と顔を曇らせる。
「ハーレイ、諦めさせてるの?」
「そりゃそうだろう。出来ないことは、出来んしな…」
長年やってりゃ分かるモンだ、と柔道のことを説いてやる。
「どう頑張っても無理なヤツには、させちゃいけない」
「怪我しちゃう、って?」
「分かってくれたか? 言われたヤツは、引かないがな…」
怪我をするぞ、と言っても聞かん、とハーレイは苦笑した。
「勝手に自主練しに来ちまって、怪我をするヤツも…」
「いたりするわけ?」
「残念ながら、その通りでな…」
力量不足とか以前なんだが、というハーレイの悩みの種。
「諦めるべき時には、諦めて欲しい」と、両手を広げて。
「でないと、俺の仕事が増えるってわけだ」
病院まで連れてって、家まで送って…、とブルーに話す。
「たまに、お前が困るヤツだな」と、オマケもつけた。
「そっか、ハーレイが帰りに寄ってくれない日…」
アレの原因、そういうのなんだ、とブルーの瞳が瞬いた。
「確かに困るね、諦めてくれた方がいいんだけど…」
「そう思うだろ? 一般論とは正反対だが…」
諦めが肝心なこともある、とハーレイは軽く肩を竦めた。
「教師としては、努力を説きたいがな」と。
「そうだよね…。やっぱり努力が一番だもんね…」
諦めろなんて言いにくそう、とブルーも相槌を打った。
「普段、教室で言ってることとは、逆なんだもの…」
「言わされる方は、本当に辛いんだぞ…」
ついでに生徒に恨まれちまうし、とハーレイは零した。
「分からず屋だと思われちまって、挙句に怪我な有様で…」
「…大変なんだね、先生って…」
頑張ってね、とブルーはハーレイを励ました。
「そういう生徒でも、諦めないで対応してあげてよ」と。
「すまんな、愚痴になっちまった」
一般論の方が良かったな、とハーレイはブルーに謝った。
「まあ、アレだ。諦めないのは、大事ってことで…」
「ぼくが尋ねた方で合ってる?」
「お前の場合は、柔道部員じゃないからな」
特殊なケースは放っておけ、と笑みを浮かべる。
「諦めないで、コツコツ努力するのが一番だぞ」
大抵は…、と言ったら、ブルーも、ニッコリと笑んだ。
「分かった、ぼくも諦めないよ!」
ハーレイにキスをして貰うのを、とブルーは勝ち誇った顔。
「それは努力をしていいんでしょ?」と。
(…そう来たか!)
騙されたぞ、とハーレイはグッと詰まって、拳を握る。
真面目に話してやっていたのに、ブルーの狙いは別だった。
「馬鹿野郎!」
そんな努力はしなくていい、と銀色の頭に拳をコツン。
「諦めちまえ」と、「頭に怪我をさせられる前にな」と…。
諦めないのは・了
