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食べたくなったら
(いきなり食いたくなるんだよなあ…)
 不思議なことに、とハーレイが浮かべた苦笑い。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それをお供に。
(…俺にしては、珍しい晩飯だったが…)
 美味かったしな、と今日の夕食を振り返る。
 炊いた御飯はあったけれども、他には何も作っていない。
(あの店に行ったら、誘惑に負けてしまうってモンで…)
 サラダなどのサイドディッシュも、セットで購入してしまった。
 ついでに「スープもお願いします」と、テイクアウトの出来る器で頼んだ。
(家に帰れば、そのままレンジで温め直して…)
 湯気の立つスープが出来上がるわけで、メインの料理もサイドディッシュも…。
(レンジに入れたら、説明通りに…)
 温める時間をセットするだけ、それで美味しく仕上がる仕組み。
 店で食べるのと、ほぼ変わらない味になるのが嬉しい。
(…店で食っても良かったんだが…)
 ブルーの顔が頭に浮かんで、気が咎めた。
(あいつの家には寄れてないのに、俺だけが…)
 外食を楽しむのは申し訳ない、とテイクアウトの方にした。
 持って帰って「家で食べる」のなら、少しは後ろめたさが減る。
 「何もしないで、食べるだけ」よりは、レンジで、ひと手間掛けた方がいい。


 今日の夕食は、フライドチキンというものだった。
 学生時代に、友人たちと何度も食べに出掛けた、何処にでもあるチェーン店。
(フライドチキンは、特に珍しくもないんだが…)
 専門店とは違う店でも、置いていたりもする。
 「普段は買わない」ものなのだけど、今日は突然「食べたくなった」。
 ブルーの家には寄れない時間に、学校を出て、家に帰ろうと車で走っていた時の思い付き。
(…今夜は何にするかな、と…)
 夕食の献立を考えながらの運転中に、「フライドチキン」と不意に思った。
 「長いこと食べていなかったよな」と、店まで目の前に見えるよう。
(…せっかくなんだし…)
 幸いなことに、調理を急ぐ食材は「家には無い」。
 冷蔵庫の中身を頭の中で確認してから、「よし!」とハンドルを切った。
 いつもの食料品店とは違う方へと、真っ直ぐ車を走らせてゆく。
 目指す先は「フライドチキンの専門店」で、駐車場だって充分にある。
(滅多に、行きやしないんだがなあ…)
 それでも食いたくなるモンだ、と着いたら急いで車を停めて、店の中へと。
「いらっしゃいませ!」
 店員が明るく声を掛けて来たから、メニューを見ながら注文した。
「フライドチキンを、このセットで。スープもテイクアウト、これを一つ」
「かしこまりました!」
 元気一杯の返事が返って、じきに頼んだ品が出来て来たから、持って帰った。
 家に着いたら、着替えを済ませて、炊いた御飯を盛り付けて…。
(後はレンジのお世話になって…)
 「食べたかった料理」を、心ゆくまで楽しんだ。
 「そういや、こういう味だったっけな」と、店ならではの味を噛み締めながら。
(…あの味だけは、家で作ったんでは…)
 どうにも再現出来ないんだ、と自分自身に言い訳をする。
 店の秘伝のスパイス配合、それは明らかにされていないし、再現するのは難しい。
 挑んだ人は数多いのに、未だに出来ない「再現レシピ」。
 だからいいんだ、と「外食もどき」には満足している。
 店で食べるのが一番だけれど、其処の所は「踏み止まった」自分の自制心も充分だろう。


(…手抜きの飯には違いなくても、美味かったしな…)
 たまにはいいさ、とコーヒーのカップを傾ける。
 「こんな日だってあるもんだ」と、書斎で一人で頷きもする。
(…あいつが帰って来る前の頃は…)
 小さなブルーと再会するよりも前は、こんな夕食が何度もあった。
 フライドチキンもあったけれども、他にも色々なパターンが存在していた。
(…あいつに遠慮しなくていい分、店で食うのもありがちで…)
 仕事の帰りに思い付いたら、そっちへ車を走らせていた。
 ハンバーガーの店やら、ラーメン店やら、「食べたくなった」気持ちが導くままに。
(それなのに、とんと御無沙汰で…)
 久しぶりだった「フライドチキンの夕食」。
 家で温め直した味でも、フライドチキンは美味しかったし、サイドディッシュも美味。
(サラダまで買って来たわけで…)
 本当に俺には珍しいよな、と振り返るけれど、誰にだってあることだろう。
 思い付いた「何か」が食べたくなるのは、誰でも共通だと思う。
(それを狙って、広告で…)
 様々な食べ物を売り込むのだから、釣られる人が「多い」証拠でもある。
(広告でなくても、店の前を通り掛かったら…)
 写真までついた看板があったり、美味しそうな匂いが漂って来たりもする。
(そうやって誘って来るんだし…)
 釣られちまうのが「人間」っていうヤツだよな、と自分自身に照らしてみれば良く分かる。
(俺には、好き嫌いが無いと言っても…)
 今夜のフライドチキンのように、ついつい「食べたくなる」のは、否定はしない。
 「好き嫌い」とは、恐らく別の次元になるのだろう。
 仕方ないよな、と手抜きの夕食を思い出していて、ハタと気付いた。
 「好き嫌いが無い」のは何故なのか、という自分の事情という代物に。


(…俺に、好き嫌いが無いっていうのは…)
 子供の頃からの性質だったし、生まれつきだと考えていた。
 選り好みしない遺伝子を持っているのに違いない、と頭から信じ込んでもいた。
(…しかしだな…)
 どうやら「間違っていた」らしい。
 「好き嫌いが無い」のは、遠く遥かな時の彼方で生きた「自分」のせいだった。
 食べ物の好みなど言ってはいられない、生きていくのが精一杯だった環境。
(…あの船でも、好き嫌いを言ってたヤツらは、ちゃんといたんだが…)
 前のハーレイの場合は「言わない」タイプで、長い歳月を生きていた。
 自分でも全く気付かない魂の奥に、「好き嫌いを言わない」前の自分が存在している。
 そのせいで「好き嫌いが無い」のが、今のハーレイ。
 もちろん、今のブルーも同じで、好き嫌いが無いわけだけれども…。
(…将来、あいつと暮らし始めて…)
 一緒に食事をするようになったら、今日のような場面はどうなるのだろう。
(あいつが、家で待ってるんだし…)
 「飯のことなら任せておけ」と、何度もブルーに話している。
 当然、ブルーは、夕食の支度はしていない。
(飯くらいは炊いていそうなんだが…)
 炊飯器に任せておけばいいから、「御飯」はブルーの担当になるとは思う。
 とはいえ、ブルーがやるのは「其処でおしまい」、料理は「ハーレイが帰宅してから」。
(今日の晩御飯は、何になるのかな、と…)
 楽しみに待っている「ブルー」が家にいるのに、フライドチキンを持って帰るのはどうか。
 いくら「好き嫌いが無い」と言っても、「今夜はコレだぞ」と、差し出されたのが…。
(…フライドチキンの店の袋じゃ…)
 ブルーは赤い瞳を真ん丸にして、「晩御飯、これ…?」と玄関先で立ち尽くしそう。
 レンジで温め直せば「美味しくなる」のを分かってはいても、ガッカリするのは間違いない。
 何処から見たって「手抜きの夕食」、ブルーが炊いた「御飯」以外は、出来合いだから。


 そいつはマズイ、と冷汗が流れそうなハーレイだけれど、いつか、そういう日が来そう。
 「これが食べたい」と思い付いた品が、その日の食事に「そぐわない」時。
(…家で食う時もそうだが、出掛けた先でも…)
 ハーレイの気分は「ラーメン」なのに、ブルーの瞳が向いている先は和食の店だとか。
(…今日みたいに、いきなり食べたくなったら…)
 どうするんだ、と自分自身に問い掛ける。
 「我慢するのか」、ブルーを「付き合わせる」のか、どちらの道を選ぶんだ、と真剣に。
(……うーむ……)
 思い付いたのが俺でなければ、と悩むくらいに「難問」だという気がしてくる。
 もしも、ブルーが「今日の夕食、これがいいな」と唐突に言ったら、快く…。
(メニュー変更で、家にある食材、チェックしてから…)
 手早く作り上げる自信ならあるし、食材が無ければ買いに走りもするだろう。
 けれども、逆に「ハーレイが、食べたくなった」方なら、どっちにするかはハーレイ次第。
 ブルーに呆れられてもいいから、付き合わせるか、我慢して次の機会を待つか。
(…はてさて…)
 こいつは困っちまうぞ、と悩ましいけども、その時が来たら、きっと楽しい。
(あいつのためなら、と我慢する俺も、強引に付き合わせちまう俺も、だ…)
 どちらも「ブルーを中心」に回る世界だからこそ、起きる出来事。
 回る軸の中心を「自分に寄せる」のも、「ブルーにしておく」のも、自由に選べる。
 青い地球の上に二人で生まれて来たから、楽しく悩める。
 「食べたくなったら、どうするんだ?」と。
 付き合わせるのか、グッと我慢して「食べたい」気分を抑え込むのか。
 「俺は、フライドチキンが食いたいんだがなあ…」などと、愛おしいブルーを思いながら…。



            食べたくなったら・了


※夕食が出来合いだったハーレイ先生。食べたくなったら、買いに行きたくなるのが人間。
 将来、ブルー君と暮らし始めたら、どうするのか。付き合わせるか、我慢か、悩ましいかもv







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