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焦がしちゃったら
(今日は、失敗しちゃったよね…)
 ママが教えてくれてたのに、と小さなブルーが零した溜息。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(…ママが作った、スイートポテト…)
 今日のおやつは、それだった。
 学校から帰る時間に出来上がるように、母が調整してくれていた。
(だけど、ちょっぴり…)
 帰宅した後、出遅れた。
 着替えたまでは良かったけれど、其処で机の上に気を取られた。
 昨日の夜に、途中まで読んだ本を置いてあったせいで。
(続き、とっても気になってて…)
 昨夜は寝るのが惜しかったほどで、夜更かししてでも読みたかった。
 けれど、身体は丈夫ではない。
 夜更かししたなら、風邪を引くとか、ろくなことにはなりそうもない。
(だから諦めて、大人しく…)
 ベッドに入って眠ったわけで、今朝も読んでいる時間は無かった。
 学校に持って行って読むという手もあったけれども、それはなんだか…。
(…せっかくの山場に、もったいなくて…)
 家に帰って、ゆっくり読もう、と思い直して、机の上に置いたままで出掛けた。
 その本が目に入ったことが、出遅れた理由。
(…おやつの後には、すぐに読めるしね…)
 ほんの一行、読んで行くだけ、と手に取ったのが敗因だった。
 そのまま本に吸い付けられてしまって、気付いた時には、母の呼び声がしていた。
(ブルー、まだなの、って…)
 呼んでいるから、急いで階段を下りて行ったら、母は庭仕事に出掛ける所。
(おやつの用意は出来てるから、って教えてくれて…)
 母は花壇の手入れに行ってしまって、ブルーは一人で残された。
 テーブルには、お茶のポットとカップが置かれて、お菓子の皿もあって、申し訳ない気分。
 いつも通りに直ぐに来たなら、お菓子は「出来立て」を食べられる筈だったから。


 母が作ったスイートポテト。
 サツマイモを潰して、滑らかに漉して、綺麗に形を整えたもの。
 オーブンから出したばかりだったら、熱々だったに違いない。
(温め直すと、美味しいわよ、って言ってたし…)
 熱い方が美味しいことも知っているから、温め直すことにした。
(…レンジでもいいけど、ママのオススメ、トースターに入れて…)
 ほんの数分、焼いて食べるという方法、その方がレンジでやるより美味しいだろう。
 母はオーブンで焼き上げたのだし、それの再現といった具合で。
(…ママが教えてくれた通りの時間と、温度にしておいて…)
 スイートポテトをトースターに入れて、後は待つだけ。
 数分なのだし、新聞でも読んで待てばいい。
 面白そうな記事もあったし、楽しく読んでいたのだけれど…。
(…トースターの方から、美味しそうな匂いがしてたのが…)
 焦げる匂いに変わっていたのに、気付くのが少し遅かった。
(あっ、大変、って…)
 慌てて飛んで行ったけれども、スイートポテトは、真っ黒に焦げてしまっていた。
 母に言われた通りに、ちゃんと温めていたというのに。
(…時間の設定、間違えたかな、ってトースターを睨んでいたら…)
 母の教えを「守らなかった」ことに気付かされた。
 おやつに遅刻したせいで、頭の中が整理されてはいなかったらしい。
(…トースターなら、ホイルで丸ごと包んでから…)
 入れなさいね、と母は確かに言って出掛けた。
「でないと、焦げてしまうわよ」とも。
 (…そんなの、覚えていなかったし…)
 スイートポテトを、お皿の上から、トースターの中へ移動させただけ。
 後は温度と時間を決めて、スタートさせたのだから、たまらない。
 スイートポテトは焦げて当然、こんがりどころか、炭みたいな見た目になってしまった。


(…中身までは、まだ焦げてはいないかな、って…)
 しょげながら皿の上に戻して、紅茶を淹れていたら、母が戻った。
 焦げたスイートポテトを見るなり、「あらまあ…」と目を丸くしていたけれど…。
(他にもあるから、待っていてね、って温め直して…)
 美味しいものを渡してくれて、焦げた方のは、母の分になった。
 「大丈夫、中はホクホクだから」と、レンジで温めて、焦げた部分を全部、剥がして。
(…ホントに、中までは焦げていなくって…)
 母は笑顔で食べていたのが、今日の「失敗」、母に迷惑を掛けてしまった。
 もしも焦がしてしまわなかったら、庭仕事から戻った後には、満足の休憩時間だったろう。
 夕食の支度に取りかかる前に、紅茶でも淹れて、スイートポテト。
 焦げてしまったものではなくて、ちゃんと綺麗に温め直して、ホクホクのものを。
(……大失敗……)
 おやつに遅れて、おまけに焦がしちゃうなんて、と情けない。
 母は「こういう日だって、たまにあるわよ」と可笑しそうだった。
 「ブルーは滅多に失敗しないし、面白い顔を見ちゃったわ」とクスクス笑いで。
(…ションボリした上、半分、パニックだったしね…)
 面白い顔になっていたのは、本当だろう。
 普段のブルーでは、とても見られない「珍しい」見世物。
 とはいえ、それで失敗したのが、帳消しに出来るわけもない。
 焦げたスイートポテトは、暫くの間、母の記憶に残りそう。
 次に「温め直す」ようなことがあったら、茶目っ気たっぷりに言われるのだろう。
 「温め直す時には、気を付けてね」と、今日の失敗を引き合いに出して。
 「きちんとホイルで包むのよ」と念を押したり、他にも注意をしたりもして。


(…ホントに、失敗…)
 いつまで言われちゃうんだろう、と肩を落として、ハタと思い当たった。
(……今日の失敗、ママの前だったから……)
 まだしもマシな方だったろう。
 あの時、近くに父もいたなら、もっと笑われて、父にも当分、注意されそう。
 「お前は焦がすから、気を付けるんだぞ」と、くどいくらいに。
(…だけどパパなら、まだマシな方で…)
 未来のぼくが心配だよ、と首を竦めた。
 今は「母におやつを作って貰う」立場だけれども、将来は違う。
 ハーレイと一緒に暮らし始めたら、おやつを作る係は、多分、ハーレイ。
(…ハーレイが好きな、ママのパウンドケーキだけは…)
 自分で焼きたいし、焼けるようにもなるだろう。
 けれど、ハーレイは、今も昔も、料理の腕は抜群なだけに…。
(…ぼくが作るの、パウンドケーキだけで…)
 他のお菓子は、料理とセットで、ハーレイが作る毎日。
 仕事がある日も、作っておいて出掛けるくらいに、ハーレイは腕を奮うと思う。
 「今日の昼飯、コレだからな。おやつも、作っておいたから」と、毎朝、満足そうに。
(…そうやって作っておいてくれたの、焦がしちゃったら…)
 今日のスイートポテト以上に、申し訳なくて、情けない気分になってしまいそう。
 「焦がしちゃったよ…」と、半ば泣き顔になっている日もありそうな気がする。
 真っ黒焦げになった「何か」を、涙が滲んだ瞳で見詰めて。
(…せっかく作ってくれたのに、って…)
 平謝りに謝りたくても、ハーレイは「いない」。
 仕事に出掛けて留守にしていて、仕事の真っ最中なのかもしれない。
 ブルーの方は「おやつの時間」で、のんびりとお茶を淹れていたって。


(……最低だよ……)
 ハーレイの心尽くしを真っ黒に焦がしてしまった上に、謝るチャンスも夜まで来ない。
 「焦げてしまった、おやつ」の代わりも、余分に作ってあった時しか無い。
(…あればいいけど…)
 無かった時には、真っ黒焦げのを食べるしかなくて、本当の美味しさは分からない。
 帰って来たハーレイに、二重の意味で謝る羽目に陥るのだろう。
 「ごめんなさい、おやつ、焦がしちゃった」と、「本当の味も、分からなかったよ」と。
(…そんなの、悲惨すぎるから…!)
 だけど、やりそう、と文字通り震え上がりそう。
 ハーレイと一緒に暮らし始めたなら、きっと、いつかは、そういう失敗。
(……ごめんなさい……!)
 今の間に先に謝っておくからね、とハーレイの家の方向を向いて謝った。
 「今日は失敗しちゃったんだけど、未来のぼくも、やりそうだから」と、頭を下げて。
(…ホントのホントに、ごめんなさい…!)
 気を付けるけど、きっと、やっちゃう、と未来のハーレイに向かって謝るしかない。
 まだまだ先の話だけれども、その時になって謝りたくても、ハーレイは、仕事中だろうから。
(作って行ってくれたの、焦がしちゃったら、ホントに、ごめん…!)
 お菓子どころか、お料理の方も焦がしそうだし、と情けないけれど、それが現実。
 「パウンドケーキしか、作れないブルー」に、お似合いの未来。
(…やっぱり、お料理、出来るようにしておいた方がいいのかも…)
 などと思ってはみても、ハーレイのことだし、「俺が作る」になってしまいそう。
 それに甘えて、いつの間にやら、油断した挙句…。
(…ハーレイが作ってくれたのを…)
 焦がしちゃうんだ、という気しかしないから、謝り続ける。
 先の未来にいる「ハーレイ」に向けて。
 「焦がしちゃったら、ごめんなさい」と、今の内から、精一杯の謝罪をこめて…。



            焦がしちゃったら・了


※お母さんが作ったスイートポテトを、焦がしてしまったブルー君。うっかりミスで。
 ハーレイ先生と暮らし始めても、やりそうな失敗。今の内から謝っておく方がいいかもv






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