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壊しちゃったら
(昼間は、危なかったよね…)
 パパのカップ、割れるトコだったよ、と小さなブルーが竦めた肩。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(……危機一髪……)
 ホントに危なかったんだから、と思い返して、首も竦める。
(ウッカリしていた、ぼくが悪いんだけど…)
 置いてあった場所も悪かったよね、と少しだけ、母に責任転嫁をしたくなった。
 なんと言っても、食器棚の中の置き場が、ブルーのカップと近すぎる。
(いつものカップを出そうとしたら、どうしても…)
 すぐ隣にある「父のカップ」に、ブルーの手だって近付いてしまう。
 近いわけだから、手が当たっても仕方ない。
 うんと離れて置いてあるなら、当たる心配などはゼロだけれども…。
(お隣さんでは、仕方なくって…)
 あそこに置いてるママも、ちょっぴり悪いだんだよ、と舌をペロリと出したい気分。
(…でも、舌なんか出せるのも…)
 カップが今も無事だからこそ、あそこで落として割っていたなら、そうはいかない。
(……きっと今頃、気分、ドン底……)
 父が叱るとは思えない上、母だって、きっと許してくれる。
 許すどころか、カップが割れた音に気付いて、すっ飛んで来て…。
(大丈夫!? 怪我はしてない? って…)
 大慌てするに違いない。
 「動かないでね、怪我をするから!」と、叱られる代わりに注意されるだろう。
 「ママが片付けるまで、動いちゃ駄目よ」と、床の破片を掃除しながら。
(…ぼくは、もちろん、謝るんだけど…)
 母の答えは、「仕方ないわよ、わざとやったんじゃないんだもの」で、叱られはしない。
 割れたカップが「父のお気に入り」でも、母の心は狭くはない。
(…それに、パパだって…)
 仕事から帰って「ごめんなさい! カップ、割っちゃった…」と謝れば、許してくれる筈。
 母と同じに「それより、怪我はしなかったのか?」などど、優しく尋ねてくれて。
(……そうなんだけどね……)
 きっとそうだよ、と分かっているから、「割ってしまっていた」時の気分が怖くなる。
 もう間違いなく「気分ドン底」、落ち込んだ夜になるだろうから。


 あそこでカップが割れていたって、誰一人として「怒らない」。
 父も母も、ブルーを「叱り付けない」。
(…子供なんだし、仕方ない、って済むような年じゃないのにね…)
 これが学校のカップだったら、場合によっては叱られる。
(…食堂でウッカリ落としたんなら、「注意してね」で済みそうだけれど…)
 友達と話に夢中になっていて、余所見していて肘が当たったとかだと、そうではない。
(…食事中には、気を付けて、だとか…)
 お喋りする前に、カップだけでも返しに来てね、って言われるよね、と想像はつく。
 食堂に「たまたま」先生がいたら、大目玉を食らうかもしれない。
 「お前たち、はしゃぎすぎだろう!」と、「カップよりも、話に夢中」だったことを。
(…学校だったら、叱られてしまう方が多そう…)
 だけど、家だと、違うんだよね、と「まだまだ子供」な扱いなことが、よく分かる。
 割れたカップよりも「ブルーの無事が優先」、怪我をしたなら、大変だから、という方向へ。
(…ぼくが、とっくに大人だったら…)
 家といえども、父の雷が落ちる可能性もありそう。
 なにしろ父の「お気に入りのカップ」、父とは長い付き合いになる「愛用品」。
(…お前は、何をしてたんだ、って…)
 うんと叱られて、「あのカップはもう、売っていないんだぞ!」とトドメの一撃。
(…そういうことだって、ありそうだよね…)
 カップの製造元の会社は今もあっても、「同じカップ」を作っているとは限らない。
 シリーズ自体は「定番」にしても、モチーフが同じというだけで…。
(形が少し変わってるとか、サイズが、ほんの少しだけ…)
 変わるというのは、よくあること。
 父が「このカップは、今もありますか?」と問い合わせてみたら、製造が終わっている悲劇。
(…似てるカップは、ちゃんとあるのに…)
 新しいカップを取り寄せてみても、父の手に馴染むカップかどうかは、届くまで謎。
(…パパには、合わないタイプだったら…)
 次の「お気に入り」を探すことになるから、当分、怒っているかもしれない。
 食後のコーヒーなどを飲む度、「今一つ、馴染まないんだよなあ…」などと、呟いたりして。
(…ぼくが大人になっていたなら、そうなんだけど…)
 子供の間は無罪放免、それが複雑な気分でもあるし、ドン底になりそうな理由。
 「本当は、ブルーが悪い」わけなのに、誰も「ブルーを叱らない」から。


(…そういうの、逆に落ち込んじゃいそう…)
 誰も「ブルーを叱らない」分、自分で自分を責める気持ちが膨らんでしまう。
 「どうして、あそこで落としちゃったの」と、「普段はやらないミス」を思い返して。
(…こうやって、考えてみてるだけでも…)
 ドン底の気分を「ほんのちょっぴり」味わえるだけに、昼間に割らなくて済んで良かった。
(あっ、危ない、って…)
 咄嗟に動いて「受け止められた」のが、幸運だったと言えるだろう。
 立っていた場所と、ブルーの運が良かった。
(…ちょっとだけ場所がズレていたとか、運が無かったとか…)
 どちらの場合も、父のカップは木っ端微塵に割れていた。
 食器棚から床へ真っ直ぐ、落っこちていって。
(……ホントのホントに、危機一髪……)
 もしも、あそこで割れていたなら、その後、ハーレイが寄ってくれていても…。
(…いつもみたいに、楽しくお喋り出来なかったよね…)
 父のカップを割ったショックで、気分は何処か沈んだまま。
 ドン底な部分は、「ハーレイに会えた」お蔭で消えていたって、カップを割ったことは現実。
 父が仕事から帰宅したなら、ハーレイに「ちょっと、下に行って来るね」と断って…。
(…パパの所に行って、「ごめんなさい」って…)
 謝らなくちゃ、と思うものだから、その方面にも神経を配ることになる。
 「パパの車、まだ帰らないかな?」だとか、「パパの車だ、行かなくっちゃ!」とか。
(…なんて謝るか、それで頭が一杯になって…)
 ハーレイと話す間にだって、上の空ということだって、ありそうな感じ。
 愉快な話をしてくれているのに、「うん」や「そうだね」と、生返事になって。
(…最悪だよ…)
 いろんな意味で最悪すぎ、と頭をポカポカ叩きたくなる。
 幸い、カップは割れなかったし、「割れた後に、ハーレイが来る」のも避けられたけれど…。
(……注意しなくちゃ……)
 注意しないと、いつかやりそう、と自分自身を戒めた。
 本当に割ってしまったが最後、「最悪のシナリオ」が始まってしまう。
 父も母も「ブルーを叱らない」のに、気分はドン底、ハーレイの前でも上の空なのが。


 そうならないよう、今日の反省を活かさなくては、と気を引き締めて、ハタと気付いた。
 今日のは「父のカップ」だったけれど、これから先の人生は長い。
 子供の間は「ほんの一瞬」、前の自分と同じ背丈になったら、じきに「大人」で…。
(…大人になってたら、パパの雷…)
 落ちそうだよね、という点はともかく、「大人の自分」が、いつまで家にいるか。
(…結婚出来る年になったら、ハーレイの家へ…)
 引っ越すわけで、ハーレイの家に移った後に「やりそうなミス」が大問題。
(…ウッカリ壊すの、パパのカップじゃないんだよね…?)
 ハーレイの大事なカップなんだよ、と背筋が冷えそう。
 前にハーレイの家に行った時に、目にした「大きなマグカップ」。
 あれが愛用のカップだと思う。
(…ハーレイの家には、二回だけしか…)
 行けていないけれど、その二回とも、記憶にあるのは同じカップだった。
 恐らく「ハーレイ愛用の品」で、きっと「大切にしている」カップ。
(…アレを割ったら、どうなっちゃうわけ…!?)
 ハーレイも、きっと、今の「父や母」のように、ブルーを叱りはしないだろう。
(割れた音を聞いて、すっ飛んで来て…)
 「大丈夫か!?」と叫んで、割れたカップよりも、ブルーの心配をする。
 「怪我してないか?」だとか、「動くなよ、すぐに掃除するから!」だとか。
(…だけど、ハーレイの、割れちゃったカップ…)
 何かの記念で貰った品とか、うんと愛着のある品だとか、父と同じで有り得るから怖い。
(…同じカップは、売っていなくて…)
 それでも、ハーレイは怒ることなく、いつも通りの優しい笑顔。
 「かまわないさ」と、「また新しいのを買えばいいしな」と、何事も無かったかのように。
(…ぼくの前では、そうだろうけど…)
 心の中までは、見えはしなくて、うんと悲しいのかもしれない。
 「俺のカップ、壊れちまったなあ…」と、カップとの日々を振り返って。
 「二度とお目にはかかれないんだ」と、寂しい気持ちで、捨てるために包み込みながら。
(…絶対、ぼくには、言ってくれなくて…)
 うんと叱ってくれればいいのに、そうはしないで、微笑むだけ。
 「次の休みに、新しいのを買いに行こうな」と、ブルーを誘ってくれたりもして。


(最悪だから…!)
 そんなの、ホントに最悪だよ、とゾッとするから、気を付けないとダメだろう。
 結婚した後は、今よりも、もっと。
 「父のカップを割ってしまう」よりも、「ハーレイのカップを割った」時の方が、ドン底。
(……一生、引き摺ってしまいそうだし……)
 ハーレイの「新しいカップ」を目にする度に、心がチリッと痛みそう。
(壊しちゃったら、そうなるよね…)
 カップ以外の「何か」でも、と気付かされたからには、気を付けよう。
 ハーレイの大事な愛用の品を、ウッカリ壊さないように。
 ほんの僅かな不注意のせいで、「ハーレイの前から、サヨナラ」にしてしまわないよう。
(…ハーレイだったら、「前のお前を失くしたショックに比べればな」って…)
 心の底から「大したことではないんだ、うん」と、考えていてくれそうではある。
 「ブルーが怪我さえしてなきゃ、いいさ」と、「ブルー」の無事だけを喜んでくれて。
(…きっとホントに、ハーレイなら、そう…)
 だから余計に注意しなくちゃ、と未来の自分に「気を付けてね!」と言い聞かせる。
 ハーレイの大切な「何か」を壊したら最後、その品が戻って来ないばかりか…。
(…前のぼくのことまで、思い出させちゃって…)
 悲しさが、うんと膨らむもんね、と「壊す前から」分かってしまうだけに、注意しないと。
(…ぼくがウッカリ壊しちゃったら、ハーレイまでが、うんとドン底…)
 道連れにしちゃうのは、確実だもの、と「遥か未来」に向けて気を引き締める。
(壊しちゃったら、ぼくも、ハーレイも、気分、ドン底…)
 それだけは避けて通らないと、と思うけれども、いつか、やりそう。
 やった時には、気分ドン底、ハーレイに助けて貰うしかない。
(…落ち込むなよ、って…)
 優しく肩を叩いて貰って、新しい品を選びに行く。
 「お前は、どれがいいと思う?」などと、笑顔で声を掛けて貰って。
 「お揃いのヤツにするのもいいな」と、二つ揃えて買って帰ったりして。
(それもいいけど…)
 壊さないのが一番だよ、と思いながらも、夢を見てしまう。
 「ハーレイの新しいカップを買うなら、お揃いになれば、嬉しいよね」と。
 「壊しちゃったら、そうなるかもね」と、気分ドン底になった先に来そうな、遠い未来を…。



            壊しちゃったら・了


※ハーレイ先生の大事な何かを、壊してしまったら、大変だよ、と怖くなったブルー君。
 けれど、ちょっぴり、その後の夢を見てしまうわけで、お揃いの品にするのも素敵かもv








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