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疲れていても
(今日は流石に、ちと、疲れたな)
 珍しいが、とハーレイが浮かべた苦笑い。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(…俺としたことが…)
 家に帰って作ったヤツが、これだけってか、とマグカップの縁をカチンと弾く。
 そう、これだけしか「作ってはいない」。
(しかも、作ると言うよりは…)
 本当に淹れただけなんだよな、とカップの中身に目を落とした。
 いつもだったら、ゆっくり楽しんで淹れてゆくのが気に入りのコース。
 気が向いた日には、わざわざ豆から挽いたりもする。
(…そこまでしない日でも、大抵…)
 ドリップして淹れるものだけれども、今日は違った。
(とにかく、早く熱い一杯を…)
 飲みたかったから、いつもの手順を全てすっ飛ばして、出来合いになった。
 早い話が、インスタント。
 沸かした湯を注ぐだけでいいもの、手抜きの極みと言ってもいい。
(…唯一、今夜の作品なんだが…)
 俺が作ったと言っていいかどうかが疑問だな、と可笑しい気分。
 夕食さえも作っていなくて、食後のコーヒーまでもコレなのか、と情けないものの…。
(…予想以上に、あれこれと…)
 仕事が立て込んでしまったせいで、帰宅するのが遅くなったのが敗因だろう。
 ハーレイにしては珍しく、「疲れちまった」と思うくらいに。
(…一晩、ぐっすり眠りさえすりゃ…)
 明日にはすっかり、元に戻っているのは分かる。
 今も恐らく、普通の人が考えるほどに、疲れてはいない。
(もう一つ頼む、と何か用事を頼まれたって…)
 充分、こなせる筈だけれども、たまには自分を甘やかしたい。
 「疲れちまった」と思ったのだし、ブルーの家にも、寄り損なった日なのだから。


 そういうわけで、仕事が終わって帰る時点で、もう決めていた。
 「今日は、晩飯は作らないぞ」と、最大の手抜きで済ませることを。
 普段だったら、夕食も鼻歌交じりに作っている。
 自分一人しか食べないくせに、凝ったものを作る日だってある。
(…しかしだな…)
 サボりたい気分の時もあるさ、と自分自身に言い訳をする。
 インスタントのコーヒーも含めて、今日はサボリで、自分に優しくしてやる日だ、と。
(だから、今夜は弁当で…)
 いつもの食料品店に寄って、滅多に行かない惣菜や弁当のコーナーに立った。
(普段は見ないし、改めて見ると、新鮮で…)
 どれを買おうか、目移りしながら迷い続けた。
 ごく当たり前の弁当もいいし、ちらし寿司なども面白そうだ。
 他にも色々、選ぶだけでもワクワクとした。
 手抜きの極みの夕食だけれど、当たりだったと言えるだろう。
(うんと迷って、こいつに決めた、と…)
 季節の食材が多めに詰まった、和風の弁当を選んで買って帰った。
 家で食べたら、案の定、美味な味付けで…。
(大満足で、今日の夕飯、当たりなんだが…)
 疲れた気分も吹っ飛んだがな、と思いはしても、食後のコーヒーも…。
(ここはサボっておくべきだよな、と…)
 インスタントで簡単に淹れて、この書斎まで持って来た。
 「疲れちまった」と思った時には、とことん「休んでしまう」のがいい。
 このくらいはな、と何かしようとするのは…。
(あまりお勧め出来ないヤツで…)
 疲れってヤツは、溜まるモンだ、と経験上、よく知っている。
 ちょっとした軽い疲れが溜まって、とんでもないミスに繋がりもする。
 「休んでいい」なら、休むのがいい。
 自分をたっぷり甘やかしてやって、サボって、疲れを癒すのが一番。
(…自覚がないまま、疲れが溜まっちまうのは最悪で…)
 怪我や病気をしたりするから、気を付けるべき。
 最悪の事態を招いた後では、遅いのだから。


(…怪我や病気で、休むってことになってもだな…)
 気分の方は、休めやしない、とコーヒーのカップを傾ける。
 怪我なら痛いし、病気だったら身体が辛い。
 とても「休める気分」ではなくて、快適な休暇などではない。
(そうなっちまう前にだな…)
 サボリだ、サボリ、とインスタントのコーヒーだけれど、ハタと気付いた。
 遠く遥かな時の彼方では、サボリどころではなかったんだ、と前の生での暮らしぶりに。
(…なんたって、キャプテン・ハーレイではなあ…)
 インスタントのコーヒーどころか、代用品のコーヒーをお供に、頑張り続けた。
 不眠不休で舵を取ったり、ブリッジに詰めていたりもして。
(…そんな状態でも怪我をするとか、病気とかとは…)
 無縁で仕事が出来ていたのは、ドクター・ノルディのお蔭だろう。
 自らブリッジに出向いて来たり、看護師を寄越したりした、ドクター・ノルディ。
 「お仕事なのは、分かりますが」と、適切なタイミングで「休まされた」。
 コーヒーを飲むよう指図されたり、サンドイッチが届けられたりして。
(…今の俺には、ああいう頼もしい医者は…)
 付きっ切りでいてはくれないのだから、自分自身で努力するしかない。
 「此処はサボリだ」と決断したり、自分を甘やかしたりして。
(…よし、今日の弁当は、ノルディの指示だということで…)
 オッケーだよな、と思ったはずみに、ブルーの顔が浮かんで来た。
 前の生でも、今の生でも、巡り会えた最愛の運命の人。
(…今のあいつは、チビなんだがなあ…)
 同じブルーには違いないから、ブルーのことも考えてみる。
 「あいつだったら、どうなんだかな?」と。
 前のブルーはソルジャーだったし、ハーレイと同じで、激務の日々。
 ノルディが指示をしていなかったら、ブルーも倒れていただろう。
 それに対して、今のブルーは、本物の優しい両親がいる。
 ある意味、ノルディよりも頼もしい。
 ブルーの身体に気を配っていて、食事なども配慮してくれるから。


(よしよし、あいつは安心だな…)
 俺みたいに、体調管理に努めなくても、と思うけれども、それは「今現在」のブルーの話。
 この先もずっと、両親と暮らしてゆくわけではない。
(…俺と結婚するってことは…)
 ブルーの体調管理などをするのは、「ハーレイ」の役目になる時が来る。
 毎日の食事作りはもちろん、様々な家事も。
(…俺に任せとけ、って日頃から言っているからなあ…)
 きっとブルーは、ろくに家事など出来ないだろう。
 ついでに身体も前と同じに虚弱なのだし、家事の分担が出来るかどうか。
(…出来やしないぞ、と踏んでいるから、俺が丸ごと、引き受けることに…)
 決めてしまっているのだけれども、そうなった後に…。
(疲れちまった、って日が来ちまったら…)
 どうするんだ、と自分に問い掛ける。
 家に帰って食事を作る代わりに、ブルーの分まで弁当なのか、と。
(……うーむ……)
 たまには弁当もいいだろう、と上手く誤魔化せる日ならばいい。
 食料品店で各地の弁当フェアとか、季節の弁当の特集をやっていたなら出来る。
 ブルーも「美味しそう!」と喜ぶだろうし、手作りするよりいいほどだけれど…。
(そういう日ではなくてだな…)
 平凡な弁当しか売っていなくて、それを二人分、買って帰ったら…。
(…どうしたの、って聞かれちまって…)
 疲れているのも見抜かれそう。
 今のブルーも、魂は前のブルーと同じ。
 妙な所で敏いわけだし、「今日のハーレイ、疲れていない?」と赤い瞳で覗き込む。
 「無理をしないで」と心配そうに、「後片付けとかは、ぼくがするから、早く休んで」と。


 きっとそうだ、という気がする。
 ブルーは今も心配性だし、不安になりもするのだろう。
 「もしかして、ハーレイ、ずっと具合が悪かったのかも…」と考えたりして。
(…そいつはマズイ…)
 俺にしてみりゃ、早めのサボリに過ぎないんだが、と思いはしても、伝わりはしない。
 ハーレイが、どれほど我慢強いか、ブルーは「知っている」のだから。
(…しかし基準が、前の俺だし…)
 今の俺とは違うんだがな、と言ってみたって、ブルーは納得しそうにない。
 「早く休んで」の一点張りで、たちまち病人扱いになる。
 ただのサボリな気分で弁当、それがブルーの不安を呼んで。
(…そんな事態は避けたいし…)
 結婚した後には、サボリは慎むべきだろう。
 「疲れが溜まる」問題の方は、ブルーが一緒に暮らしているなら大丈夫。
 ブルーと暮らしてゆけることの幸せ、それがどれほど幸運なことか、考えるだけで癒される。
 時の彼方で失くした恋人、その人が帰って来てくれたのだから。
(…あいつを失くして、それでも生きるしか無くて…)
 白いシャングリラで暮らした日々を思えば、毎日が天国のようなもの。
 どんなに疲れ果てていたって、ブルーの顔を見れば綺麗に消し飛ぶ。
 「もうヘトヘトだ」と音を上げるほどに疲れた時でも、ブルーさえいれば。


(…そうだな、あいつがいてくれるなら…)
 サボリたい気分に陥ることさえ、無くなってしまうかもしれない。
 仕事で疲れて帰って行っても、家にはブルーがいるのだから。
(…そうなるとだ…)
 俺の考えからして変わるかもな、とインスタントのコーヒーに目を遣った。
 「こいつの世話になる日も、無くなるかもだ」と、ブルーの面影を頭に描いて。
(…家で、あいつが待ってるんなら…)
 疲れている日も、仕事が終われば、後はブルーに会えるだけ。
 家に帰ってドアを開ければ、愛おしい人が待っている。
(…弁当なんかで手抜きどころか…)
 こんな時こそ、美味い飯だ、と頑張れそう。
 ブルーが喜びそうなメニューを考え、食材を山と買い込んで。
(うん、ソレだ!)
 出来上がるまで待っていろよ、とブルーを待たせて、腕を奮うのも幸せな気分。
 疲れていたことなど、すっかり忘れて、野菜を切ったり、肉を焼いたりと。
(そうだな、あいつと一緒なら…)
 疲れていても、俺は幸せ一杯、ブルーで癒されるんだからな、と笑みを浮かべる。
 ブルーのためなら、頑張れるから。
 前の生でもそうだったのだし、今度も、きっと頑張れる。
 疲れていても、愛おしい人のためならば。
 愛おしい人が待っていてくれて、二人で暮らしてゆけるのならば。
 だから、未来に不安は無い。
 ブルーに心配させはしないし、疲れてしまう日だって来ない。
 疲れていても、ブルーさえいれば、幸せだから。
 ブルーがいるのが一番の薬で、疲れた時でも、最高の癒しに違いないから…。



           疲れていても・了


※ブルー君と一緒に暮らし始めたら、疲れた時でも頑張れる、と考えるハーレイ先生。
 心配させないようにどころか、自分自身の癒しを兼ねて、ブルー君のために料理だとかv







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