不満があったら
「ねえ、ハーレイ。不満があったら…」
言うべきかな、と小さなブルーが、ぶつけた問い。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 不満…?」
どうしたんだ、急に、とハーレイは鳶色の目を丸くした。
今の今まで、ごくごく普通に話していたのに、突然すぎる。
(それとも、話の中身でだな…)
思い出すことがあったのかも、という気がしないでもない。
学校の話などもしていたわけだし、充分、有り得る。
「おい。お前が言ってる、不満ってヤツは…」
学校で何かあったのか、とハーレイはブルーに問い返した。
ブルーのクラスで、最近、席替えなどは無かった筈。
けれど、前の席替えで今の席になって、不満だとかは…。
(まるで無いとは言えないし…)
もっと後ろの席がいいとか、前がいいとか、そういう不満。
言わなかったら、次の席替えまでは、そのままになる。
(とはいえ、こいつの性格では…)
先生に直訴は出来やしないぞ、と分かってもいる。
ブルーの不満が「ソレ」だった時は、助言すべきだろう。
(席替えまで我慢するよりは…)
言うべきだしな、と思ったけれども、ブルーは首を振った。
「えっと…。学校のことじゃなくって…」
人間関係っていう方かな、と少し口調がぎこちない。
言いにくそうな話題らしくて、口が重いといった感じで。
「なるほどなあ…。そいつは確かに、難しそうだ…」
普通の子でも難しいのに、お前ではな、とハーレイは頷く。
今のブルーは、チビで我儘、子供らしくはあるけれど…。
(生憎、前のあいつだった頃の記憶も、たっぷりと…)
持っているから、ややこしくなる。
今はともかく、前のブルーは「ソルジャー・ブルー」。
不満があっても「何も言わずに」秘めていた立場。
ソルジャーまでが「好きに言ったら」、船は持たない。
命に係わるようなことでも、前のブルーは言わなかった。
前のブルーが「それ」をしたなら、船は沈んでいただろう。
(…前のあいつは、地球を見たくて…)
命ある限り、夢は捨てたくなかったと思う。
なのに「黙って」メギドへと飛んで、船を救った。
ブルーだけが「我慢をしたなら」、皆の未来が開けるから。
そんなブルーの魂を持って、今のブルーは生きている。
「我慢すべき」と思う気持ちは、今の年には相応しくない。
(…もっと、吐き出すべきでだな…)
友達相手に喧嘩になっても、それがお似合い。
せっかく「新しい命」を貰ったのだし、子供らしくていい。
(断然、そっちがオススメだぞ!)
チビの間は子供らしく、とハーレイは改めて、口を開いた。
「いいか、人間関係の不満ってヤツはだな…」
抱え込むには、まだ早いぞ、とブルーの赤い瞳を見詰める。
「今のお前は、十四歳にしかなっていない子供で、だ…」
三百年以上も生きた記憶は、アテにするな、と断じた。
「役に立つ時には使うべきだが、今は違う」と。
「前のお前は、我慢しすぎた人生だったが、今のお前は…」
もっと自由に生きていいんだ、と言い聞かせる。
友達と派手に喧嘩したって、世界が壊れはしないのだから。
「お前と友達の間の世界ってヤツは、軋むだろうが…」
外の世界は壊れないぞ、と微笑んでやる。
学校のクラスはもちろん、建物もグラウンドも、全て無傷。
「壊れる世界」は小さすぎるし、小さいからこそ…。
「壊れても、元に戻せるってな!」
消えて無くなるわけじゃないから、とウインクした。
「周りの世界が無事な以上は、戻すチャンスも充分だ」と。
ブルーは黙って聞いていたけれど、やっとコクリと頷いた。
「そっか、我慢して抱え込むより、言うべきなんだね」
「ああ。不満なんぞを我慢するのは、もっと先だな」
大人ってヤツになってからだ、とハーレイは親指を立てる。
「もっとも、お前は、俺と一緒に暮らすわけだし…」
俺にだったら、好きにぶつけろ、と太鼓判も押してやった。
「お前の我儘、いくらでも聞いてやるからな」とも。
そうしたら…。
「ありがとう! じゃあ、遠慮なく…」
ぶつけちゃうね、とブルーは笑んだ。
「今のハーレイ、ぼくに厳しすぎて、キスもくれなくて…」
ぼくは毎日、不満だらけで…、と飛び出した「不満」。
「だからキスして」と、「我儘を言っていいんでしょ」と。
(そう来たか…!)
騙されたぞ、とハーレイは、チビのブルーを睨み付けた。
(俺が真面目に聞いていたのに、よくもまあ…)
お仕置きするしかないだろうな、と軽く拳を握り締める。
ブルーの頭に、コツンと一発、お見舞いしないと…。
(俺の不満が募るってな!)
不満ってヤツは、言うべきだぞ、と銀色の頭をコツン。
「馬鹿野郎!」
反省しろよ、と諭すけれども、きっと効果はゼロだろう。
今のブルーはチビで我儘、こんな部分は、立派に子供。
(悪知恵にまで、前のあいつの記憶をだな…)
使い回していそうなんだが…、と溜息が出そう。
(俺は当分、振り回されてしまいそうだ…)
頼むから、早く育ってくれよ、と祈るしかない。
ブルーが育ってくれない限りは、攻防戦が続くのだから…。
不満があったら・了
言うべきかな、と小さなブルーが、ぶつけた問い。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 不満…?」
どうしたんだ、急に、とハーレイは鳶色の目を丸くした。
今の今まで、ごくごく普通に話していたのに、突然すぎる。
(それとも、話の中身でだな…)
思い出すことがあったのかも、という気がしないでもない。
学校の話などもしていたわけだし、充分、有り得る。
「おい。お前が言ってる、不満ってヤツは…」
学校で何かあったのか、とハーレイはブルーに問い返した。
ブルーのクラスで、最近、席替えなどは無かった筈。
けれど、前の席替えで今の席になって、不満だとかは…。
(まるで無いとは言えないし…)
もっと後ろの席がいいとか、前がいいとか、そういう不満。
言わなかったら、次の席替えまでは、そのままになる。
(とはいえ、こいつの性格では…)
先生に直訴は出来やしないぞ、と分かってもいる。
ブルーの不満が「ソレ」だった時は、助言すべきだろう。
(席替えまで我慢するよりは…)
言うべきだしな、と思ったけれども、ブルーは首を振った。
「えっと…。学校のことじゃなくって…」
人間関係っていう方かな、と少し口調がぎこちない。
言いにくそうな話題らしくて、口が重いといった感じで。
「なるほどなあ…。そいつは確かに、難しそうだ…」
普通の子でも難しいのに、お前ではな、とハーレイは頷く。
今のブルーは、チビで我儘、子供らしくはあるけれど…。
(生憎、前のあいつだった頃の記憶も、たっぷりと…)
持っているから、ややこしくなる。
今はともかく、前のブルーは「ソルジャー・ブルー」。
不満があっても「何も言わずに」秘めていた立場。
ソルジャーまでが「好きに言ったら」、船は持たない。
命に係わるようなことでも、前のブルーは言わなかった。
前のブルーが「それ」をしたなら、船は沈んでいただろう。
(…前のあいつは、地球を見たくて…)
命ある限り、夢は捨てたくなかったと思う。
なのに「黙って」メギドへと飛んで、船を救った。
ブルーだけが「我慢をしたなら」、皆の未来が開けるから。
そんなブルーの魂を持って、今のブルーは生きている。
「我慢すべき」と思う気持ちは、今の年には相応しくない。
(…もっと、吐き出すべきでだな…)
友達相手に喧嘩になっても、それがお似合い。
せっかく「新しい命」を貰ったのだし、子供らしくていい。
(断然、そっちがオススメだぞ!)
チビの間は子供らしく、とハーレイは改めて、口を開いた。
「いいか、人間関係の不満ってヤツはだな…」
抱え込むには、まだ早いぞ、とブルーの赤い瞳を見詰める。
「今のお前は、十四歳にしかなっていない子供で、だ…」
三百年以上も生きた記憶は、アテにするな、と断じた。
「役に立つ時には使うべきだが、今は違う」と。
「前のお前は、我慢しすぎた人生だったが、今のお前は…」
もっと自由に生きていいんだ、と言い聞かせる。
友達と派手に喧嘩したって、世界が壊れはしないのだから。
「お前と友達の間の世界ってヤツは、軋むだろうが…」
外の世界は壊れないぞ、と微笑んでやる。
学校のクラスはもちろん、建物もグラウンドも、全て無傷。
「壊れる世界」は小さすぎるし、小さいからこそ…。
「壊れても、元に戻せるってな!」
消えて無くなるわけじゃないから、とウインクした。
「周りの世界が無事な以上は、戻すチャンスも充分だ」と。
ブルーは黙って聞いていたけれど、やっとコクリと頷いた。
「そっか、我慢して抱え込むより、言うべきなんだね」
「ああ。不満なんぞを我慢するのは、もっと先だな」
大人ってヤツになってからだ、とハーレイは親指を立てる。
「もっとも、お前は、俺と一緒に暮らすわけだし…」
俺にだったら、好きにぶつけろ、と太鼓判も押してやった。
「お前の我儘、いくらでも聞いてやるからな」とも。
そうしたら…。
「ありがとう! じゃあ、遠慮なく…」
ぶつけちゃうね、とブルーは笑んだ。
「今のハーレイ、ぼくに厳しすぎて、キスもくれなくて…」
ぼくは毎日、不満だらけで…、と飛び出した「不満」。
「だからキスして」と、「我儘を言っていいんでしょ」と。
(そう来たか…!)
騙されたぞ、とハーレイは、チビのブルーを睨み付けた。
(俺が真面目に聞いていたのに、よくもまあ…)
お仕置きするしかないだろうな、と軽く拳を握り締める。
ブルーの頭に、コツンと一発、お見舞いしないと…。
(俺の不満が募るってな!)
不満ってヤツは、言うべきだぞ、と銀色の頭をコツン。
「馬鹿野郎!」
反省しろよ、と諭すけれども、きっと効果はゼロだろう。
今のブルーはチビで我儘、こんな部分は、立派に子供。
(悪知恵にまで、前のあいつの記憶をだな…)
使い回していそうなんだが…、と溜息が出そう。
(俺は当分、振り回されてしまいそうだ…)
頼むから、早く育ってくれよ、と祈るしかない。
ブルーが育ってくれない限りは、攻防戦が続くのだから…。
不満があったら・了
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