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いなくなったなら
(今日は、ビックリしちゃったんだよね…)
 ついでに、ちょっぴり慌てちゃった、と小さなブルーは肩を竦めた。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今にしてみれば、ただの勘違いだったけれども、昼間、大事件に遭遇した。
 学校で起きたことではない。
 帰宅してから、この家の中で出会った事件。
(おやつを食べて、のんびりしてて…)
 その間に、ふと思い付いたことがあったから、母に話しに行った。
 いったい何を話そうとしたか、全く覚えていないのだけれど。
(…だって、ホントにビックリしちゃって…)
 おまけに、慌てて走り回ったから仕方ないよね、と苦笑する。
 学校の話をしたかったのか、そうではなかったのかさえも記憶には無い。
(…ママ、キッチンだと思ってたのに…)
 覗いたら、母はいなかった。
 「あれ?」と少し首を捻って、考えてみた母の行先。
 ブルーがおやつを食べているなら、その部屋を通らないと出てはゆけない。
(…いつの間に、通ってったんだろう、って…)
 思いはしても、そうしたことなら珍しくない。
 おやつのケーキに夢中だったとか、庭の方を眺めていたとか、その間に…。
(ママが通って行っちゃうことは、よくあるし…)
 今日もそれだ、と納得した。
 母は庭にでも出たか、あるいは二階に行ったのか。
(どっちかだよね、って思ったから…)
 まずは庭へと出て行った。
 「ママ、何処?」と、外履きのサンダルを履いて、勝手口から。
(でも、ママ、庭にいなくって…)
 ぐるりと一周してみたけれども、庭の物置にも母は来ていない。
 そうすると家の中なわけだし、二階だろう、と家に戻って二階に上がって行ったのに…。
(ママ、二階にもいなかったんだよ!)
 物置にしている部屋を覗き込んでも、母の姿は見付からなかった。
 一階に戻ってキッチンを見ても、他の部屋の何処を探しても。


 母の姿が見当たらないなら、思い当たるのは「外出」だけ。
 買い忘れた食材があって急いで出たとか、急な用事が出来たとか。
(だけど、それなら、言って行く筈で…)
 言おうとしても、ブルーが近くにいなかったのなら、メモを残して行くだろう。
 「お買い物に行って来ます」と、行先も書いて。
(テーブルにメモがあるのかな、って…)
 今度は、それを探しに行った。
 何処かで母と行き違いになった間に、母は出掛けたかもしれない。
(…なのに、テーブル、ぼくが食べてたお皿とかだけ…)
 お茶のカップやポットの隣に、メモは置かれていなかった。
 床に落ちてしまったのかも、とテーブルの下や椅子の上を探してみてもメモなどは無い。
 そうなると、母は何処へ消えたのか。
(ぼくに言うのも忘れるくらいに、急ぎの用事で出て行ったとか…?)
 ただの用事ならいいけどね、と今度は心配になって来た。
 父が会社で急病だとか、あるいは怪我をしただとか。
(そんなの困るし、大変だよ!)
 いったい、ぼくはどうしたら…、と気持ちは焦って慌てるばかり。
 父が病気や怪我で入院などという事態になったら、どうすればいいか分からない。
 ただでも身体の弱いブルーは、何の役にも立たないどころか、足を引っ張るだけだろう。
(…家にいたって、お荷物になるだけだから、って…)
 親戚の家に預けられてしまうかもしれない。
 学校に通えそうな所に、住んでいる親戚がいるものだから。
(…ホントにありそう…)
 両親にすれば、ブルーの心配までしているよりかは、その方がいい。
 ブルーにしたって、学校にさえ通えるのならば、何の問題も無いのだから。
(普通はそうで、正解だけど…)
 ぼくの場合は違うんだよ、と叫び出したい気分になった。
 親戚の家に行くことになれば、当分の間、ハーレイは家に来てはくれない。
 仕事帰りに寄るのはもちろん、週末の土曜や日曜でさえも。
(だって、ぼくの家じゃないんだし…)
 ハーレイだって遠慮するよ、と子供のブルーにも分かる。
 いくら親戚の人が「どうぞ」と言っても、せいぜい、顔を出すだけ程度。
 「これ、皆さんで召し上がって下さい」と、菓子でも届けに来るくらいで。


 大変なことになっちゃった、とブルーは青ざめ、崩れるように椅子に座った。
 母から連絡が来るのを待つしかない、と覚悟を決めて。
(…パパが入院だけは、ありませんように…!)
 怪我でも、頑張って家を手伝うから、とキッチンの方を眺めて考える。
 作れそうな料理は何があったか、買い物に行くことは出来るのか、などと。
(…非常事態ってことになったら、ハーレイ、手伝ってくれるかもだけど…)
 そうそう期待は出来はしないし、両親も恐縮するだろう。
 ハーレイは、毎日、手伝いに来てはくれなくて、来てくれる回数も減るに違いない。
(…どっちにしたって、大ピンチだよ!)
 ハーレイに会えなくなっちゃうなんて、と一人でオロオロしていたら…。
(ママがひょっこり、どうしたの、って…)
 何事も無かったかのように、部屋に入って来た。
 ブルーは焦っていたものだから、変な顔でもしていたのだろう。
(ママ、何処にお出掛けしていたの、って聞いたのに…)
 母の答えは、こうだった。
 「あら、ママはずっと、家にいたわよ?」と、怪訝そうに。
(…要するに、家ですれ違い…)
 見事なくらいに、すれ違い続けていたらしい。
 庭でも、二階でも、他の場所でも。
(笑い話っていうヤツだけど…)
 ママ、心臓に悪すぎだよ、と言いたいのを、グッと飲み込んだ。
 一人で勝手に勘違いをして、慌てる方が悪いのだから。
(…「なんでもないよ」って、ママに言ったけれども、ママに話したかったこと…)
 何だったのか、もう覚えてはいなかったんだよ、と思い返しても情けない。
 今の自分はただの子供で、こうした時にも慌てるだけだ、と痛烈に思い知らされて。


 時の彼方の「前の自分」なら、そんなことなど、けして無かった。
 どんな時でも冷静でいてこそのソルジャー。
 内心、焦りが募っていたって、懸命に自分を抑えていた。
 「落ち着け」と、「他に考えることがあるだろう?」と、自分自身に何度も問い掛けて。
(…ホントに、情けないったら…)
 こんなのだから、ハーレイに「チビだ」と笑われるのかも、と悲しい気持ちになってくる。
 ハーレイから見れば、「今のブルー」は、本当に「子供」なのだろう。
 「ママがいない!」と焦って慌てて、悪い方へと思考が向かって、落ち込むのだから。
(…前のぼくなら、有り得ないよね…)
 自己嫌悪、と深い溜息をついた所で気が付いた。
 将来、今日の事件と同じ事件に「出くわす」可能性がある。
 ハーレイと一緒に暮らし始めて、同じ家に住んでいるのなら。
(…ぼくがウトウトしてる間に、ハーレイ、何処かに消えちゃって…)
 うたた寝から目が覚めた途端に、慌ててしまうかもしれない。
 「ハーレイは何処?」と、今日の昼間の自分みたいに。
(……うーん……)
 ありそうだよ、と思い当たる例は山のよう。
 なんと言っても、ハーレイは、母よりもずっと活動的だし、フットワークも軽いと言える。
 「なんだ、ブルーは寝ちまったのか」と、「ちょっと、其処まで」出掛けそう。
 庭で芝刈りならば良くても、近所を散歩しに行くだとか。
(…直ぐ戻るしな、って思っていれば…)
 メモなど置いては行かないだろう。
 ハーレイにすれば「よくあること」だし、じきに帰って来るのだから。
(実際、ほんの近所を散歩なら…)
 ブルーは「気付かない」ままで、気持ちよくウトウトしていそう。
 ハーレイが家から出て行ったことも、散歩してから戻って来たことにも。
(…目が覚めた時に、「ほら」と、お土産、渡されちゃって…)
「あれっ、ハーレイ、出掛けてたの?」と目が真ん丸になる時もありそう。
 家の近くの食料品店に行くのだったら、本当に、往復の時間は僅か。
 「美味そうなのを、売ってたしな?」と、お土産にしても不思議ではない。
 そして「お土産を貰った自分」も、文句を言いはしないのだろう。
 お土産の菓子を美味しく食べて、大満足で。


(…そんなのが、普通になっちゃってたら…)
 ハーレイは、「メモなど置いて行かない」のが「当たり前」になる。
 上手い具合に運ぶ間は、いいのだけれど…。
(ある日、いきなり、今日みたいに…)
 ぼくが焦って大慌てかも、という気がする。
 ハーレイが「出掛けた途端」に、目が覚めたなら…。
(…ハーレイ、何処に行ったのかな、って…)
 庭やら、家の中やら、あちこち回って、探そうとすることだろう。
 「こっちかな?」と覗いて回って、「あれ?」と首を傾げながらも。
(…出掛けたのかも、って気が付くまでに…)
 今日の昼間にやったみたいに、心に焦りが込み上げてくる。
 「ハーレイがいない」現実だけが、どんどん大きく膨らんでいって。
(…出掛けたのかも、って気が付いたって…)
 焦りが膨らんでしまった後では、悪い方にしか考えが運ばないかもしれない。
 「散歩かもね」と、ゆったり構えて、帰りを待つなんていう芸当は…。
(絶対、出来やしないってば!)
 普通だったら、そうするんだろうけれど…、と思いはしても、出来ない相談。
 「じきに帰って来るだろうから、お茶でも淹れておこうかな」と、なったりはしない。
(…前のぼくなら、そっちの方になるのにね…)
 二人分のお茶の支度で、お先に飲み始めているんだろうな、とフウと溜息。
 「ソルジャー・ブルー」の頃なら、きっと間違いなく、そうしていた。
 もっとも、前のハーレイはキャプテンだったし、黙って出掛けはしなかったけれど。
(…それでも、そんな時があったら、ハーレイのお茶も…)
 前のぼくなら用意出来てた筈なんだよね、と今の自分が恥ずかしすぎる。
 とはいえ、きっと「やらかしてしまう」のだろう。
 知らない間に、ハーレイが、家から消えていたのなら。
 庭にも、何処にも見当たらなくて、目の前からいなくなったなら。


 結婚した後、それが起きたら、どうするだろう。
 焦って慌てて、家から飛び出してしまいかねない。
 「ハーレイは何処!?」と、玄関に鍵も掛けないで。
 外履き用のサンダルだけを足に引っ掛け、行く先もよくは考えないで。
(…まずは公園、って必死に走って…)
 ハーレイが其処にいなかったならば、食料品店まで突っ走りそう。
 弱い身体で走れるような所に、どちらも「ありはしない」のに。
 公園まで全力で走っただけでも、普段だったら、倒れてしまいそうなのに。
(…だけど、火事場の馬鹿力…)
 前のぼくだって、やっちゃったしね、と記憶なら数え切れないほど。
 いわゆる「晩年」になってからでも、何度やらかしたことだろう。
 ジョミーを追って、アルテメシアの遥か上空まで、一気に飛んで行ったとか。
(…そこまでのヤツに比べたら…)
 公園へ走って、食料品店まで駆けてゆくのは、大したことではないわけで…。
(だから出来るし、出来ちゃうんだけど…)
 やっちゃった後が大変だよね、と想像してみてガックリとした。
 未来の自分は、懸命に走り回った挙句に、何処かでパタリと倒れてしまう。
 居合わせた人に「大丈夫ですか?」と声を掛けられて…。
(…ちゃんと名乗れれば、いいんだけれど…!)
 声も出ないとか、意識が無いなら、救急搬送されるだろう。
 其処からハーレイに緊急連絡、ハーレイの方も、消えたブルーを探し回っている最中で…。
(病院から緊急連絡だなんて!)
 とんでもなく慌てて、車で来るのも忘れていそう、と思うものだから、気を付けよう。
 ハーレイがいなくなったなら、本当に慌てそうだから。
 慌てて飛び出して行った結果は、大迷惑にしかならないから…。



         いなくなったなら・了


※ハーレイ先生と結婚した後、ハーレイ先生が家から消えたら、慌てそうなブルー君。
 よく考えてから動くようにしないと、ハーレイ先生、大迷惑で困ってしまうかもですねv







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