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いなくなったら
(いやはや、参っちまったなあ…)
 今日の昼間は、とハーレイが零した苦笑い。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(いつの間にやら、消えてたなんて…)
 まるで思いもしなかったしな、と今日の昼間に起きた事件を思い出す。
 消えていたのは、小さなブルーではなくて、同僚だった。
 同じ国語を担当している、気のいい仲間。
(前から頼まれてた本を纏めて、丈夫な紙袋に入れて…)
 ついでだから、と先日、父が持って来た菓子も、お裾分け。
(あの菓子、ブルーに持って行ってはいないから…)
 祟られたかな、という気もする。
 なにしろ、父の旅の土産で、ブルーの家に持って行ったなら…。
(お母さんたちの分も、と思っちまうし、お母さんが…)
 恐縮するのは分かってるしな、と手土産には持参しなかった。
 「何かお返しするものは…」などと、気を遣わせてもいけないし、と。
(同僚の先生たちにしたってだ…)
 人数分を持って行ったら、菓子の箱が空っぽになるのは確実。
 国語担当の仲間にだけ、と考えてみても、人数は多い。
(だから、本を貸すヤツにだけ…)
 紙袋の中に、そっと入れておくことにした。
 本を貸したら、いつも何か「お返し」に貰っているから、その「お返し」に。
(そうやって、用意して行って…)
 朝、国語担当の教師専用の部屋に行ったら、その同僚も、ちゃんと来ていた。
 その時、直ぐに、本を渡せば良かったけれども…。
(急ぐことでもないからなあ…)
 それに、あいつは授業の準備中だったし、というのもある。
 机に向かってプリントなどを整理していて、雑談を交わせる雰囲気ではなかった。
 お互い、下校時刻まで、学校にいるわけなのだし、急がなくても…。
(後にしよう、と思ったわけで…)
 その判断は間違っていない。
 ところが、後が悪かった。
 午前中の授業などが終わって、部屋に戻ったら…。


(あいつが消えていたってな!)
 はて、とキョロキョロ見回してみても、姿が見えない。
 机を見たら、きちんと綺麗に片付いていて、人が居たような気配さえ無い。
 学校の中にいるのだったら、昼時だけに、そんな風にはならないだろう。
(…外で飯を食うタイプじゃないし…)
 弁当を忘れて、外まで買いに行ったにしたって、机の上を片付けはしない。
 何処から見ても「帰りました」な感じになっているのが今。
(ありゃ、と思って、他のヤツらに尋ねたら…)
 同僚の一人が、「車のキーを持ってましたよ」と教えてくれた。
 「帰るとは聞いていないんですけど、帰ったのでは?」と。
(…机の上が綺麗になってて、車のキーじゃな…)
 これは「帰った」というヤツだ、とガックリと来た。
 どうして朝に「これ、頼まれていた本だ」と、彼に渡さなかったのか。
(せっかく用意して、菓子まで入れて…)
 持って来たのに、と気落ちしたまま、昼時は過ぎた。
 午後になっても、同僚は、やはり帰って来ない。
 「失敗したなあ…」と後悔しきりで、放課後の時間を迎えてしまった。
 フウと溜息、柔道部の方へ行こうと支度をしていたら…。
(ヒョッコリ、帰って来たってな!)
 驚いたけれど、話を聞いたら、不思議でも何でもなかった理由。
 なんでも歯医者を予約していて、どうしても「仕事中」の時間しか…。
(予約が無理で、前後に授業が無いもんだから…)
 早めに出掛けて、他の仲間に頼まれた用事もして来たらしい。
 その仲間たちが国語担当ではなかったせいで、国語教師たちが知らなかっただけ。
 そうしたわけで、本と菓子を入れた紙袋は、無事に手渡せた。
 彼も「ありがとう!」と笑顔で帰って行ったけれども、焦った一日。
 「しまった」と何度も溜息をついて、紙袋を見て。


 それにしても「消えた」のが「彼」で良かった、と可笑しくなる。
 もしも「ブルー」が消えていたなら、焦るどころではなかっただろう。
 朝、学校の中で出会った時には、「おはようございます!」と元気だったのに…。
(あいつのクラスへ授業に行ったら、席にいなくて…)
 机の上も見事に空っぽ、ブルーの鞄も見えないとかは、出来れば御免蒙りたい。
 実際、何度も経験していて、仕事の帰りに家に寄れるか、毎回、焦り続けている。
 家に寄れればいいのだけれども、寄れなかったら心配が募る。
 「早退した」のが確実だけに、どんな具合か、この目で確かめられないから。
(…この手の心配、あと何年も続くんだよなあ…)
 あいつと暮らし始めるまでは、と思った所で気が付いた。
 同じ家で一緒に暮らしていたって、ブルーは「消える」かもしれない、と。
(…なんと言っても、毎日、一緒なんだから…)
 すぐ戻るような所へ行くなら、「出掛けて来るね」と言わない時も…。
(大いに有り得て、ありそうだってな!)
 俺が昼寝の最中だとか…、と「ブルーが黙って出掛ける」理由を考えてみる。
 昼寝でなくても、仕事絡みで書斎に詰めているなら、いちいち言いはしないだろう。
 ほんの近くへ、じきに戻れる用事で出掛けて行くのなら。
(買い置きの飲み物、切らしちまったとか…)
 あるいは、たまには一人で散歩でも、と思い立って、ふらりと出るにしたって。
(ブルーにしてみりゃ、半時間ほどで家に戻って来るわけで…)
 その半時間の間に、ハーレイの昼寝や仕事が「終わる」ことなど考えはしない。
 「邪魔しちゃダメだ」と、そっと家から出てゆくだけ。
 メモでも書いてくれればいいのに、それも書かずに。
(じきに戻って来るんじゃなあ…)
 書いてなくても不思議じゃないぞ、とハーレイにだって、よく分かる。
 じきに戻って来るわけなのだし、いいだろう、と思うのは普通。
 まさか、その間の「僅かな時間」に、「いない」と気付くわけもないし、と。


(…こいつはマズイ…)
 大いにマズイ、と冷汗が出そう。
 ブルーが「黙って出掛ける」ことに、一度目からして失敗すればいいけれど…。
(あいつが消えてて、俺が家中、探し回って…)
 庭まで出ている真っ最中に、ブルーが戻れば、それでいい。
 「ブルーがいないぞ!」と焦る時間は其処で終わって、次からは予告して貰う。
 「俺が昼寝の最中だろうが、仕事中だろうが、出掛けるのなら、言ってからにしろ」と。
 もちろん、ブルーは、約束を守ってくれるし、これで安心。
 最初の時こそ大慌てしても、以後は焦りも慌てもしない。
 知らない間に「ブルーが消える」ことなどは無いし、何も問題の無い暮らし。
(ところがどっこい、世の中ってヤツは…)
 そうそう上手くは出来ていなくて、ブルーは「黙ってお出掛け」に成功しそう。
 ちょっと買い物に出掛けて行ったり、散歩したり、といった外出。
(…そしたら、それが普通になっちまって、だ…)
 ハーレイの方は気付かないまま、ブルーの「黙ってお出掛け」が繰り返される。
 そして、ある時、突然に…。
(昼寝していた俺が、目を覚ますとか…)
 仕事が一段落して、コーヒーを淹れにキッチンへとか、ブルーがいそうな所まで…。
(出掛けて行ったら、いないってわけだ…)
 きっと最初は、「他の場所だ」と思うだろう。
 家は二階建てになっているから、別のフロアなら「出会わない」。
 ブルーも「自分の部屋にいる」とか、そういったこと。
(どうせそうさ、と思ってるのに…)
 まるで気配がしなかったならば、気になってくる。
 「あいつ、何処だ?」と、家の中を覗いて回ったりして、その内に気付く。
(何処にも姿が見えないんだが、と…)
 そうなったならば、まずは庭へと出るだろう。
 庭にいるなら、家の中では分からないことも多いから。
 なのに、庭にも「ブルー」はいない。
 玄関先から、ブルーの靴が消えているのに。


 どうやら「外に出て行った」ブルー。
 何処へ行くとも聞いていなくて、いつ帰るとも聞いてはいない。
(…どうするんだ、俺は…?)
 家で待てるか、と自分に尋ねてみても、答えは出ない。
 落ち着かないまま、慌てて探しに走り出しそう。
 「何処だ?」と、心当たりの場所を目指して、片っ端から。
 店や公園、それこそ、ありとあらゆる場所へ。
(…そうする間に、ものの見事に、すれ違ってて…)
 ブルーは一人で家に帰って、「あれっ?」と首を傾げていそう。
 どうして鍵が掛かっているのか、理由が全く分からなくて。
(…あいつの方では、じきに戻って来る気なんだし…)
 家には「ハーレイがいる」わけだから、合鍵などは持ってゆかないことだろう。
 帰ってみたら「鍵が掛かっていた」となったら、ブルーは困る。
(季節が良けりゃあ、俺が戻るまで…)
 待ちぼうけでも、あるいは大丈夫かもしれない。
 けれど、季節が悪かったならば、暑さで参ってしまうとか、寒くて風邪を引くだとか。
(…最悪すぎだ!)
 それは避けたい、と思いはしても、家で冷静に待てるのか。
 「ブルーが消えた」という、非常事態に直面したら。
(…本を貸そう、と持ってただけでも、今日は焦ったわけなんだしな…?)
 ブルーが消えたら動転するぞ、と百パーセントの自信がある。
 思念を飛ばして「何処だ?」と訊くのも、今のブルーが相手では…。
(出来やしない、と来たもんだ…)
 あいつの不器用なサイオンなんかじゃ、返事は無理だ、と溜息しか出ない。
 つまり「ブルーが消えた」時には、焦りまくるしかないのだろう。
 焦って慌てて、ブルーを探しに飛び出して行って、すれ違いになってしまっても。
 ブルーを「家から閉め出す」結果になって、玄関先で、ブルーが困ってしまっても。


(……うーむ……)
 そいつはマズイし、大いに困る、と想像するのも怖いけれども、いつか起きそう。
 もしも、ブルーがいなくなったら、探さないではいられないから。
(…だからと言って、今から言っておくというのも…)
 おかしな話で、今は焦っている「自分」にしたって、明日には忘れるかもしれない。
 ブルーと暮らし始めた未来に、そういう事態に出会った時にも、思い出さずに…。
(あいつを探しに飛び出して行って、玄関に鍵…)
 やりそうな気しかしないんだが、と思うものだから、祈るしかない。
 ブルーが「黙ってお出掛け」している最中に、「いない」と気付かないように。
 あるいは「いない」と気付いた時には、今日の心配を思い出すように。
(…ブルーが、家からいなくなったら…)
 冷静でなんかいられないぞ、と分かっているから、ただ祈るだけ。
 ブルーを閉め出してしまわないよう、遠い未来の自分が冷静になってくれるように、と…。



            いなくなったら・了


※ブルー君が知らない間に消えていたなら、ハーレイ先生、大慌てしてしまいそう。
 焦って慌てて、家には鍵で探しに飛び出して行ってしまったら、ブルー君、困りますよねv








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