寝過ごしちゃったなら
(ぼくの場合は、寝過ごすなんてこと、ないんだけどな…)
ママが起こしてくれるもんね、と小さなブルーが、ふと思い出した昼間のこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日はハーレイに会えずに終わってしまったけれども、きっと明日には会えるだろう。
「会えるのかな?」と、心配でたまらない時も多い割には、今夜は平気。
いいお天気の日だったせいか、それとも愉快な事件のせいか。
(どっちかと言えば、事件かな…?)
だって、現場は学校だもの、と今朝の教室が頭の中に蘇る。
今朝と言っても、朝と呼ぶには少し遅すぎる時間に「事件」は起きた。
一時間目の授業が、かなり進んだ頃のこと。
(あと十五分ほどで終わります、って時間だっけね…)
教室の後ろの扉が、音も立てずに開いたらしい。
ブルーは、見てはいなかった。
授業の間は、前を見ているか、机の上のノートや教科書、そちらに集中しているから。
(ぼくは、ちっとも知らなかったけど…)
クラスメイトの何人かは、そちらに視線を向けたという。
なにしろ、いくら静かに開けても、人の気配は隠せないもの。
(サイオンでシールドしてるんだったら、いけるのかな…?)
だけど、見た目でバレちゃうよね、と可笑しくなる。
サイオンで気配だけは消せても、姿が消えるわけではない。
そこまで強い力を持つのは、最強のタイプ・ブルーだけ。
(…今のぼくには、そんな芸当、出来ないけどね…)
サイオンが不器用になっちゃったから、とブルーは小さく肩を竦めた。
今の「ブルー」も出来ないけれども、教室の扉を開けた人物も出来なかった、「それ」。
気配も隠せていなかったのだし、入って来たのは当然、バレた。
目ざとい数人のクラスメイトにも、先生にも。
(先生、見付けて、思いっ切り…)
入って来た「彼」を叱り飛ばした。
「遅刻したなら、謝ってから入って来い」と、遅刻の生徒を教壇の前に呼びつけて。
気の毒な「彼」はペコペコ謝り、遅刻の理由を言うしか無かった。
「寝坊しました」と、「誰も起こしてくれなかったので、寝たままでした」と。
教室は、たちまち笑いの渦に包まれ、先生も呆れ果てた顔。
「こんな時間に登校だったら、とんでもない時間まで寝ていたんだな」と、時計を指して。
遅刻した生徒が目を覚ましたのは、恐らく、朝のホームルームが始まる頃。
もしかしたなら、もっと遅くて、起きた時には…。
(ホームルームも終わってたかも…?)
彼の家から学校までの距離によっては、有り得るだろう。
パジャマを脱ぎ捨て、顔も洗わずに制服を着て、そのまま必死に走って来たならば…。
(一時間目が終わるまでには、充分、間に合うわけだしね?)
いったい何時に起きたんだろう、と想像してみてクスッと笑う。
家が学校の「すぐ近く」なら、一時間目が始まった後に、起きて登校かもしれない。
「マズイ、遅刻だ!」と部屋で悲鳴で、大慌てで。
起こさなかった家の人にも、ろくに文句を言えもしないで。
(…寝坊、常習犯かもね…)
毎朝、お母さんに「遅刻するわよ、起きなさい!」と、叩き起こされているタイプ。
あまりに毎朝、続くものだから、たまにはお仕置き。
(…お母さん、わざと起こさずに…)
大遅刻をする時間になっても、彼を放っておいたのだろう。
それくらいして「懲りて」くれれば、少なくとも、一ヶ月くらいは効果がありそう。
もっとも、ほとぼりが冷めてしまえば、「お寝坊さん」に戻っていそうだけれど。
(…こればっかりは、人によるものね…)
ぼくはそういうタイプじゃないし、と自覚がある分、今朝の事件は面白かった。
桁外れな「遅刻」も、「後ろからコッソリ入って来た」のも、非日常で愉快な出来事。
そうそう毎朝、起きはしないし、ブルーにとっては「他人事」だと言えるから。
ブルー自身が当事者になって、コソコソ、教室に入りはしない。
遅刻した時は、前の扉を軽くノックし、それから開けて、先生に挨拶して入る。
「すみません。朝は具合が悪かったので、遅刻しました」と、理由を述べて、謝って。
(…ぼくが寝坊で遅刻だなんて…)
絶対に、有り得ないもんね、と胸を張りたい気分。
前の生から、そういったことは「きちんとしていた」わけだし、寝坊などしない。
目覚ましが鳴ったら、すぐに起きるし、具合が悪くて起きられなければ、母が見に来る。
(学校には、なんとか行けそうだったら…)
母が学校に通信を入れて、遅刻の連絡もしておいてくれる。
先生は「ブルーが遅刻して来る」ことを知っているから、もちろん叱るわけがない。
前の扉から入って行こうが、堂々と「遅刻」で、「遅れて登校した」というだけ。
事情があっての遅刻だったら、問題などは全く無い。
むしろ褒められてしまうくらいに、立派な「遅刻」だったりもする。
居眠っていた生徒を、「ブルー君は、休んでもいいのに来ているんだぞ」と叱る先生だとか。
(…ママに起こされる時と言ったら、お休みの日で…)
具合が悪いわけでもないのに、二度寝をしたりしていた時。
いつもの時間に起きて来ないから、母が部屋までやって来る。
「どうしたの?」と、具合が悪くて寝ているかどうか、確認をしに。
(…ホントに、そんな時だけで…)
お休みの日だし、遅刻しないし、と自分で自分を褒めてあげたい。
「ぼくが遅刻なんか、するわけないよ」と、これから先の人生の分も含めて、全部。
(お休みの日には、寝坊したっていいもんね…)
遅刻の心配なんかは無いし…、と思ったところで、ハタと気付いた。
今は確かに「そう」だけれども、近い将来、遅刻する日が来るかもしれない。
(…ほんの少しの間だけど…)
多分、一年も無いだろうけど…、と不安が膨れ上がって来た。
「遅刻するかも」と、「どうしよう、そんなの、困るんだけど…!」と泣きそうな気持ち。
そうなったならば、本当に泣いてしまいそう。
「遅刻しちゃうよ」と、未来の自分が。
その時期は、いつかやって来る。
寝坊をするか、遅刻するかは別にしたって、「遅刻しそうな時期」は訪れる。
来ないわけがなくて、どちらかと言えば、「それ」が来るのを待ち焦がれている。
(…ぼくが育って、前のぼくの頃と、同じ背丈になったなら…)
ハーレイが唇にキスをくれるようになって、十八歳になれば結婚も出来る。
結婚までの間の期間に、デートもするに違いない。
(デートが出来るようになったら、連れてってよ、って頼んでる場所…)
文字通り、山とあるのだけれども、その「デートの日」。
(…ハーレイが、車で家まで来てくれるんなら…)
寝坊したって困りはしないし、ハーレイの方も、苦笑しながら待ってくれるだろう。
「なんだ、寝坊か」と、ブルーの支度が出来る時まで、両親とお茶を飲みながら。
(…そういう時なら、いいんだけれど…)
外で待ち合わせをしてたらアウト、と考えただけで青くなりそう。
そんなデートも少なくはないし、ハーレイと、いつか「してみたい」デート。
家まで迎えに来て貰うのも素敵だし、それに楽だけれども、たまには違うデートもいい。
何処かの店や公園などで、「何時に会うのか」、約束をして。
(…そのデートの日に、寝坊しちゃったら…)
待ち合わせの時間に間に合わないから、まさに「遅刻」で、ハーレイが困る。
「あいつ、来ないぞ」と、何度も腕の時計を見て。
(…ハーレイだって、困るんだけど…)
ぼくも困るよ、と未来の自分の気持ちが痛いほど分かる。
どんなに急いで家を出たって、もう時間には「間に合わない」。
ついでに言うなら、行先は「デートの待ち合わせ場所」で、父に車を出して貰うなど…。
(厚かましすぎて、恥ずかしくって…)
出来やしない、と頭を抱えてしまいそう。
寝坊してしまった原因にしても、父に「車で送って欲しい」と頼めないのと、根っこは同じ。
(明日はデートだから、寝ちゃってたら、部屋まで起こしに来てね、だなんて…)
お母さんに言えるわけがないよ、と頬っぺたが熱くなって来る。
今の自分でも「そう」なのだから、未来の自分は、もう間違いなく「そう」だろう。
デートの前の日、興奮して寝付けなくなっていたって、母に頼みに行くわけがない。
「明日の朝、起きて来なかった時は、ちゃんと起こして」なんて、「子供みたい」なことを。
(……どうしよう……)
デートの日に、寝過ごしちゃったなら…、と焦るけれども、名案は何も浮かんで来ない。
学校に遅刻しそうだったら、なんとかすることが出来るのに。
(…そもそも、学校には遅刻しないけど…)
万一、それが起きたとしたって、少しの遅れだったとしたなら、取り戻せる。
恥ずかしいことには違いなくても、「ママ、大変! タクシーを呼んで!」という手がある。
もっと大幅に遅れた時には、大きな声では言えないけれども、「ずるい手段」を使うまで。
(家を出る時、急に気分が悪くなったから、って…)
言い訳したなら、日頃の行いが立派なのだし、先生は信じてくれるだろう。
母も「通信を入れるのを忘れるくらいに」慌てたのだ、と思い込んで。
(…学校なら、それでいいんだけど…!)
デートだったら、どうするわけ、と考えてみても、困るハーレイと未来の自分が浮かぶだけ。
ハーレイは「来ないブルー」が心配になって、家に通信を入れるだろうか。
「ブルー君は、もう出ましたか?」と、通信機のある場所へ移動して。
(…でも、それまでは…)
「来ないブルー」を待ち続けるだけで、通信を入れに移動するか否か、考え続ける。
下手に「待ち合わせ場所」を離れてしまえば、すれ違いになってしまうかもしれない。
「すれ違い」になってしまったが最後、もう連絡を取れる手段は…。
(マナー違反の、思念だけしか無いんだよ…!)
そういった「非常事態」に、「思念を飛ばして連絡する」のは許される。
マナー違反には違いなくても、「仕方ないですよ、実は私も…」と笑う人だって多いから。
けれども、その頼もしい「思念波」という連絡手段が問題だった。
(ぼくのサイオン、うんと不器用すぎて…)
ろくに思念を紡げはしなくて、ごくごく近い距離であっても、ほぼ「通じない」。
相手が目の前に立っていたって、届かないほど。
(…ハーレイにだって、心を読んで貰ってるくらい…)
通じないのだし、外に出たなら、尚更だろう。
ハーレイからは「何処にいるんだ?」と思念が来たって、ブルーには、答えようがない。
「此処にいるんだよ!」と、目に入った店の看板や景色を凝視してみても…。
(…ハーレイ、そんなの、読み取れないって…!)
タイプ・ブルーじゃないんだから、と空を仰ぎたくなる。
今は自分の部屋にいるから、仰いだ先には、天井だけれど。
近い将来、やって来そうな大ピンチ。
ハーレイとのデートに遅刻した上、すれ違いになってしまうという事態。
(なんとか会えれば、まだいいんだけど…!)
最悪の場合、ハーレイは「身体の弱いブルー」が心配なあまり、こうしそう。
(待ち合わせ場所か、近い所に、どうにかして…)
ブルーに宛てて、メッセージを書いて残してゆく。
「俺は自分の家に帰るから、お前も帰れ。無理をしないで、タクシーに乗るんだぞ」と。
そうでもしないと、いつまで経っても「すれ違い」のまま、ブルーの体力が尽きそうだから。
(…そんなメッセージを見付けちゃったら…)
もう目の前が真っ暗だよね、と「その場で倒れてしまう」未来の自分が見えるよう。
ハーレイの気遣いを無にしてしまって、見舞いに駆け付けさせてしまう自分が。
(そうなっちゃったら、最悪だから…!)
それだけは避けて通りたいから、未来の自分に、今から注意しておこう。
絶対に、寝過ごさないように。
「デートの日の朝、寝過ごしちゃったなら、遅刻だけでは済まないんだよ!」と…。
寝過ごしちゃったなら・了
※ハーレイ先生とデートする日に、寝過ごしてしまった自分を想像してみたブルー君。
待ち合わせの時間に遅刻どころか、大変なことになってしまいそう。寝過ごしは、厳禁v
ママが起こしてくれるもんね、と小さなブルーが、ふと思い出した昼間のこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日はハーレイに会えずに終わってしまったけれども、きっと明日には会えるだろう。
「会えるのかな?」と、心配でたまらない時も多い割には、今夜は平気。
いいお天気の日だったせいか、それとも愉快な事件のせいか。
(どっちかと言えば、事件かな…?)
だって、現場は学校だもの、と今朝の教室が頭の中に蘇る。
今朝と言っても、朝と呼ぶには少し遅すぎる時間に「事件」は起きた。
一時間目の授業が、かなり進んだ頃のこと。
(あと十五分ほどで終わります、って時間だっけね…)
教室の後ろの扉が、音も立てずに開いたらしい。
ブルーは、見てはいなかった。
授業の間は、前を見ているか、机の上のノートや教科書、そちらに集中しているから。
(ぼくは、ちっとも知らなかったけど…)
クラスメイトの何人かは、そちらに視線を向けたという。
なにしろ、いくら静かに開けても、人の気配は隠せないもの。
(サイオンでシールドしてるんだったら、いけるのかな…?)
だけど、見た目でバレちゃうよね、と可笑しくなる。
サイオンで気配だけは消せても、姿が消えるわけではない。
そこまで強い力を持つのは、最強のタイプ・ブルーだけ。
(…今のぼくには、そんな芸当、出来ないけどね…)
サイオンが不器用になっちゃったから、とブルーは小さく肩を竦めた。
今の「ブルー」も出来ないけれども、教室の扉を開けた人物も出来なかった、「それ」。
気配も隠せていなかったのだし、入って来たのは当然、バレた。
目ざとい数人のクラスメイトにも、先生にも。
(先生、見付けて、思いっ切り…)
入って来た「彼」を叱り飛ばした。
「遅刻したなら、謝ってから入って来い」と、遅刻の生徒を教壇の前に呼びつけて。
気の毒な「彼」はペコペコ謝り、遅刻の理由を言うしか無かった。
「寝坊しました」と、「誰も起こしてくれなかったので、寝たままでした」と。
教室は、たちまち笑いの渦に包まれ、先生も呆れ果てた顔。
「こんな時間に登校だったら、とんでもない時間まで寝ていたんだな」と、時計を指して。
遅刻した生徒が目を覚ましたのは、恐らく、朝のホームルームが始まる頃。
もしかしたなら、もっと遅くて、起きた時には…。
(ホームルームも終わってたかも…?)
彼の家から学校までの距離によっては、有り得るだろう。
パジャマを脱ぎ捨て、顔も洗わずに制服を着て、そのまま必死に走って来たならば…。
(一時間目が終わるまでには、充分、間に合うわけだしね?)
いったい何時に起きたんだろう、と想像してみてクスッと笑う。
家が学校の「すぐ近く」なら、一時間目が始まった後に、起きて登校かもしれない。
「マズイ、遅刻だ!」と部屋で悲鳴で、大慌てで。
起こさなかった家の人にも、ろくに文句を言えもしないで。
(…寝坊、常習犯かもね…)
毎朝、お母さんに「遅刻するわよ、起きなさい!」と、叩き起こされているタイプ。
あまりに毎朝、続くものだから、たまにはお仕置き。
(…お母さん、わざと起こさずに…)
大遅刻をする時間になっても、彼を放っておいたのだろう。
それくらいして「懲りて」くれれば、少なくとも、一ヶ月くらいは効果がありそう。
もっとも、ほとぼりが冷めてしまえば、「お寝坊さん」に戻っていそうだけれど。
(…こればっかりは、人によるものね…)
ぼくはそういうタイプじゃないし、と自覚がある分、今朝の事件は面白かった。
桁外れな「遅刻」も、「後ろからコッソリ入って来た」のも、非日常で愉快な出来事。
そうそう毎朝、起きはしないし、ブルーにとっては「他人事」だと言えるから。
ブルー自身が当事者になって、コソコソ、教室に入りはしない。
遅刻した時は、前の扉を軽くノックし、それから開けて、先生に挨拶して入る。
「すみません。朝は具合が悪かったので、遅刻しました」と、理由を述べて、謝って。
(…ぼくが寝坊で遅刻だなんて…)
絶対に、有り得ないもんね、と胸を張りたい気分。
前の生から、そういったことは「きちんとしていた」わけだし、寝坊などしない。
目覚ましが鳴ったら、すぐに起きるし、具合が悪くて起きられなければ、母が見に来る。
(学校には、なんとか行けそうだったら…)
母が学校に通信を入れて、遅刻の連絡もしておいてくれる。
先生は「ブルーが遅刻して来る」ことを知っているから、もちろん叱るわけがない。
前の扉から入って行こうが、堂々と「遅刻」で、「遅れて登校した」というだけ。
事情があっての遅刻だったら、問題などは全く無い。
むしろ褒められてしまうくらいに、立派な「遅刻」だったりもする。
居眠っていた生徒を、「ブルー君は、休んでもいいのに来ているんだぞ」と叱る先生だとか。
(…ママに起こされる時と言ったら、お休みの日で…)
具合が悪いわけでもないのに、二度寝をしたりしていた時。
いつもの時間に起きて来ないから、母が部屋までやって来る。
「どうしたの?」と、具合が悪くて寝ているかどうか、確認をしに。
(…ホントに、そんな時だけで…)
お休みの日だし、遅刻しないし、と自分で自分を褒めてあげたい。
「ぼくが遅刻なんか、するわけないよ」と、これから先の人生の分も含めて、全部。
(お休みの日には、寝坊したっていいもんね…)
遅刻の心配なんかは無いし…、と思ったところで、ハタと気付いた。
今は確かに「そう」だけれども、近い将来、遅刻する日が来るかもしれない。
(…ほんの少しの間だけど…)
多分、一年も無いだろうけど…、と不安が膨れ上がって来た。
「遅刻するかも」と、「どうしよう、そんなの、困るんだけど…!」と泣きそうな気持ち。
そうなったならば、本当に泣いてしまいそう。
「遅刻しちゃうよ」と、未来の自分が。
その時期は、いつかやって来る。
寝坊をするか、遅刻するかは別にしたって、「遅刻しそうな時期」は訪れる。
来ないわけがなくて、どちらかと言えば、「それ」が来るのを待ち焦がれている。
(…ぼくが育って、前のぼくの頃と、同じ背丈になったなら…)
ハーレイが唇にキスをくれるようになって、十八歳になれば結婚も出来る。
結婚までの間の期間に、デートもするに違いない。
(デートが出来るようになったら、連れてってよ、って頼んでる場所…)
文字通り、山とあるのだけれども、その「デートの日」。
(…ハーレイが、車で家まで来てくれるんなら…)
寝坊したって困りはしないし、ハーレイの方も、苦笑しながら待ってくれるだろう。
「なんだ、寝坊か」と、ブルーの支度が出来る時まで、両親とお茶を飲みながら。
(…そういう時なら、いいんだけれど…)
外で待ち合わせをしてたらアウト、と考えただけで青くなりそう。
そんなデートも少なくはないし、ハーレイと、いつか「してみたい」デート。
家まで迎えに来て貰うのも素敵だし、それに楽だけれども、たまには違うデートもいい。
何処かの店や公園などで、「何時に会うのか」、約束をして。
(…そのデートの日に、寝坊しちゃったら…)
待ち合わせの時間に間に合わないから、まさに「遅刻」で、ハーレイが困る。
「あいつ、来ないぞ」と、何度も腕の時計を見て。
(…ハーレイだって、困るんだけど…)
ぼくも困るよ、と未来の自分の気持ちが痛いほど分かる。
どんなに急いで家を出たって、もう時間には「間に合わない」。
ついでに言うなら、行先は「デートの待ち合わせ場所」で、父に車を出して貰うなど…。
(厚かましすぎて、恥ずかしくって…)
出来やしない、と頭を抱えてしまいそう。
寝坊してしまった原因にしても、父に「車で送って欲しい」と頼めないのと、根っこは同じ。
(明日はデートだから、寝ちゃってたら、部屋まで起こしに来てね、だなんて…)
お母さんに言えるわけがないよ、と頬っぺたが熱くなって来る。
今の自分でも「そう」なのだから、未来の自分は、もう間違いなく「そう」だろう。
デートの前の日、興奮して寝付けなくなっていたって、母に頼みに行くわけがない。
「明日の朝、起きて来なかった時は、ちゃんと起こして」なんて、「子供みたい」なことを。
(……どうしよう……)
デートの日に、寝過ごしちゃったなら…、と焦るけれども、名案は何も浮かんで来ない。
学校に遅刻しそうだったら、なんとかすることが出来るのに。
(…そもそも、学校には遅刻しないけど…)
万一、それが起きたとしたって、少しの遅れだったとしたなら、取り戻せる。
恥ずかしいことには違いなくても、「ママ、大変! タクシーを呼んで!」という手がある。
もっと大幅に遅れた時には、大きな声では言えないけれども、「ずるい手段」を使うまで。
(家を出る時、急に気分が悪くなったから、って…)
言い訳したなら、日頃の行いが立派なのだし、先生は信じてくれるだろう。
母も「通信を入れるのを忘れるくらいに」慌てたのだ、と思い込んで。
(…学校なら、それでいいんだけど…!)
デートだったら、どうするわけ、と考えてみても、困るハーレイと未来の自分が浮かぶだけ。
ハーレイは「来ないブルー」が心配になって、家に通信を入れるだろうか。
「ブルー君は、もう出ましたか?」と、通信機のある場所へ移動して。
(…でも、それまでは…)
「来ないブルー」を待ち続けるだけで、通信を入れに移動するか否か、考え続ける。
下手に「待ち合わせ場所」を離れてしまえば、すれ違いになってしまうかもしれない。
「すれ違い」になってしまったが最後、もう連絡を取れる手段は…。
(マナー違反の、思念だけしか無いんだよ…!)
そういった「非常事態」に、「思念を飛ばして連絡する」のは許される。
マナー違反には違いなくても、「仕方ないですよ、実は私も…」と笑う人だって多いから。
けれども、その頼もしい「思念波」という連絡手段が問題だった。
(ぼくのサイオン、うんと不器用すぎて…)
ろくに思念を紡げはしなくて、ごくごく近い距離であっても、ほぼ「通じない」。
相手が目の前に立っていたって、届かないほど。
(…ハーレイにだって、心を読んで貰ってるくらい…)
通じないのだし、外に出たなら、尚更だろう。
ハーレイからは「何処にいるんだ?」と思念が来たって、ブルーには、答えようがない。
「此処にいるんだよ!」と、目に入った店の看板や景色を凝視してみても…。
(…ハーレイ、そんなの、読み取れないって…!)
タイプ・ブルーじゃないんだから、と空を仰ぎたくなる。
今は自分の部屋にいるから、仰いだ先には、天井だけれど。
近い将来、やって来そうな大ピンチ。
ハーレイとのデートに遅刻した上、すれ違いになってしまうという事態。
(なんとか会えれば、まだいいんだけど…!)
最悪の場合、ハーレイは「身体の弱いブルー」が心配なあまり、こうしそう。
(待ち合わせ場所か、近い所に、どうにかして…)
ブルーに宛てて、メッセージを書いて残してゆく。
「俺は自分の家に帰るから、お前も帰れ。無理をしないで、タクシーに乗るんだぞ」と。
そうでもしないと、いつまで経っても「すれ違い」のまま、ブルーの体力が尽きそうだから。
(…そんなメッセージを見付けちゃったら…)
もう目の前が真っ暗だよね、と「その場で倒れてしまう」未来の自分が見えるよう。
ハーレイの気遣いを無にしてしまって、見舞いに駆け付けさせてしまう自分が。
(そうなっちゃったら、最悪だから…!)
それだけは避けて通りたいから、未来の自分に、今から注意しておこう。
絶対に、寝過ごさないように。
「デートの日の朝、寝過ごしちゃったなら、遅刻だけでは済まないんだよ!」と…。
寝過ごしちゃったなら・了
※ハーレイ先生とデートする日に、寝過ごしてしまった自分を想像してみたブルー君。
待ち合わせの時間に遅刻どころか、大変なことになってしまいそう。寝過ごしは、厳禁v
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