最低だよね
「…最低だよね…」
ハーレイって、とブルーの唇から飛び出した言葉。
二人きりで過ごす休日の午後に、突然に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ?」
なんだ、どうした、とハーレイは鳶色の瞳を見開いた。
今はティータイムの真っ最中で、楽しく二人で話していた。
話題は色々だったけれども、直前にしても…。
(最低だよね、と言われるようなことなど…)
言っていないぞ、とハーレイは会話の中身を振り返る。
ショックで記憶が飛んでいなければ、さっきの話題は…。
(昨日、ブルーとは別のクラスで起きた事件で…)
ちょっとした笑い話だった筈だ、と確信がある。
授業中に漫画を読んだ男子生徒が、本を没収された出来事。
叱られて没収されるまでの間に、彼は必死に言い訳をした。
その言い訳が傑作だったから、ブルーに披露したわけで…。
(ブルーは授業の真っ最中に、漫画や本を読んだりは…)
絶対にしないタイプなのだし、逆鱗に触れはしないだろう。
「ソレ、ぼくだってやるんだからね」なら、最低だけれど。
(……うーむ……)
何処が最低だったんだ、と懸命に考えてみても分からない。
本や漫画の没収にしても、ブルーのクラスでも起きること。
没収される生徒が言い訳するのも、ブルーは何度も…。
(見てるわけだし、今更、目くじら立てたりは…)
しない筈だが、と首を捻る間に、ハタと気付いた。
事件の現場は、ブルーとは違うクラスの教室。
とはいえ、ブルーの友達が全て、同じクラスとは限らない。
もしかしたら、昨日、ハーレイが叱った男子生徒は…。
(…ブルーの友達だったのか!?)
俺が全く知らなかっただけで、と少し血の気が引いてゆく。
そういうことなら、ブルーが怒って当然だろう。
友人を見舞った災難のことを、笑い話にされたのだから。
(…今の今まで、我慢して聞いていたものの…)
ついに限界突破したか、とハーレイの額に浮かぶ冷汗。
それならば、事態は非常にまずい。
「最低だよね」と詰られるのも、自然の流れ。
(…いわば、友達の悪口を…)
延々と聞かされていたようなものだし、誰だって怒る。
その友達と親しくしているのならば、尚更だ。
(まずい、まずいぞ…!)
最低とまで言われちまったなんて、とハーレイは焦る。
どうして途中で、ブルーの様子に…。
(注意を払っていなかったんだ…!)
教師失格、と自分で自分を殴りたくなった。
これが授業の真っ最中なら、他の生徒にも目を配る。
没収して叱るまでは良くても、不快感を与えてはいけない。
当の生徒にも、見ている他の生徒たちにも。
(やりすぎってヤツは、良くなくて…)
ここまでだ、と線をキッチリと引いて、終わりにすべき。
どんなに言い訳が面白かろうが、他の生徒も爆笑だろうが。
(それが過ぎると、吊るし上げみたいになるからな…)
学校なら気を付けているのに、と嘆いても遅い。
ブルーは怒ってしまった後だし、謝るより他はないだろう。
此処は「すまん」と、潔く。
「気が付かなくて悪かった」と、深く頭を下げて。
そう思ったから、ハーレイは、即、ブルーに詫びた。
「すまん」と、赤い瞳を真っ直ぐに見て。
「…最低だったな、俺ってヤツは…」
申し訳ない、と頭を深々と下げる。
「俺のせいで不快にさせちまった」と、心の底から。
「…うーん…。ハーレイ、ホントに分かってる?」
ちゃんと分かって謝ってるの、とブルーの機嫌は直らない。
不信感に溢れた瞳で、ハーレイをじっと見上げて来る。
「だから、本当に済まなかった、と…」
思ってるから謝っている、とハーレイは再び頭を下げた。
「誤って済むようなことじゃないが」と、付け加えて。
「……本当に?」
「本当だ! 本当に俺が悪かった!」
最低と言われて当然だよな、と謝るより他に道は無い。
ブルーの怒りが解ける時まで、ひたすら真摯に。
何度も「すまん」と詫びて詫び続けて、どれほど経ったか。
ようやくブルーは、フウと大きな溜息をついた。
「…いいけどね…。そこまで言うなら、許してあげても…」
まあいいかな、と赤い瞳が瞬く。
「ホントに最低最悪だけど」と、最悪とまで言い足して。
「怒るのは分かるが、悪かった、と…!」
最悪でも仕方ないんだが、とハーレイは詫びる。
もう一度、機嫌を悪くしたなら、ブルーは激怒するだろう。
「ハーレイなんか大嫌いだ!」と、思いっ切り。
(最悪過ぎだ…!)
なんとか許して欲しいんだが、と詫びを繰り返したら…。
「自覚したんなら、許すけど…」
必死に謝ってくれてるしね、とブルーは言った。
「本当か!?」
「うん。だけど、自覚があるんなら…」
態度で示して欲しいんだよ、とブルーは笑んだ。
「最低最悪な恋人なんかじゃありません、ってね!」
「なんだって!?」
最低と言うのはソレだったのか、とハーレイは愕然とした。
勘違いをして謝り続けていたのに、実際は…。
(ただの、こいつの我儘で…)
キスをしろとか、そういうヤツだ、と思い至って情けない。
(…やられちまった…!)
俺としたことが騙された、と軽く拳を握り締める。
無駄に謝り続けた分まで、ブルーをコツンとやるために。
勘違いしたのをいいことにして、ブルーは沈黙だったから。
都合のいい方に転びそうだ、と心で笑っていたのだから…。
最低だよね・了
ハーレイって、とブルーの唇から飛び出した言葉。
二人きりで過ごす休日の午後に、突然に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ?」
なんだ、どうした、とハーレイは鳶色の瞳を見開いた。
今はティータイムの真っ最中で、楽しく二人で話していた。
話題は色々だったけれども、直前にしても…。
(最低だよね、と言われるようなことなど…)
言っていないぞ、とハーレイは会話の中身を振り返る。
ショックで記憶が飛んでいなければ、さっきの話題は…。
(昨日、ブルーとは別のクラスで起きた事件で…)
ちょっとした笑い話だった筈だ、と確信がある。
授業中に漫画を読んだ男子生徒が、本を没収された出来事。
叱られて没収されるまでの間に、彼は必死に言い訳をした。
その言い訳が傑作だったから、ブルーに披露したわけで…。
(ブルーは授業の真っ最中に、漫画や本を読んだりは…)
絶対にしないタイプなのだし、逆鱗に触れはしないだろう。
「ソレ、ぼくだってやるんだからね」なら、最低だけれど。
(……うーむ……)
何処が最低だったんだ、と懸命に考えてみても分からない。
本や漫画の没収にしても、ブルーのクラスでも起きること。
没収される生徒が言い訳するのも、ブルーは何度も…。
(見てるわけだし、今更、目くじら立てたりは…)
しない筈だが、と首を捻る間に、ハタと気付いた。
事件の現場は、ブルーとは違うクラスの教室。
とはいえ、ブルーの友達が全て、同じクラスとは限らない。
もしかしたら、昨日、ハーレイが叱った男子生徒は…。
(…ブルーの友達だったのか!?)
俺が全く知らなかっただけで、と少し血の気が引いてゆく。
そういうことなら、ブルーが怒って当然だろう。
友人を見舞った災難のことを、笑い話にされたのだから。
(…今の今まで、我慢して聞いていたものの…)
ついに限界突破したか、とハーレイの額に浮かぶ冷汗。
それならば、事態は非常にまずい。
「最低だよね」と詰られるのも、自然の流れ。
(…いわば、友達の悪口を…)
延々と聞かされていたようなものだし、誰だって怒る。
その友達と親しくしているのならば、尚更だ。
(まずい、まずいぞ…!)
最低とまで言われちまったなんて、とハーレイは焦る。
どうして途中で、ブルーの様子に…。
(注意を払っていなかったんだ…!)
教師失格、と自分で自分を殴りたくなった。
これが授業の真っ最中なら、他の生徒にも目を配る。
没収して叱るまでは良くても、不快感を与えてはいけない。
当の生徒にも、見ている他の生徒たちにも。
(やりすぎってヤツは、良くなくて…)
ここまでだ、と線をキッチリと引いて、終わりにすべき。
どんなに言い訳が面白かろうが、他の生徒も爆笑だろうが。
(それが過ぎると、吊るし上げみたいになるからな…)
学校なら気を付けているのに、と嘆いても遅い。
ブルーは怒ってしまった後だし、謝るより他はないだろう。
此処は「すまん」と、潔く。
「気が付かなくて悪かった」と、深く頭を下げて。
そう思ったから、ハーレイは、即、ブルーに詫びた。
「すまん」と、赤い瞳を真っ直ぐに見て。
「…最低だったな、俺ってヤツは…」
申し訳ない、と頭を深々と下げる。
「俺のせいで不快にさせちまった」と、心の底から。
「…うーん…。ハーレイ、ホントに分かってる?」
ちゃんと分かって謝ってるの、とブルーの機嫌は直らない。
不信感に溢れた瞳で、ハーレイをじっと見上げて来る。
「だから、本当に済まなかった、と…」
思ってるから謝っている、とハーレイは再び頭を下げた。
「誤って済むようなことじゃないが」と、付け加えて。
「……本当に?」
「本当だ! 本当に俺が悪かった!」
最低と言われて当然だよな、と謝るより他に道は無い。
ブルーの怒りが解ける時まで、ひたすら真摯に。
何度も「すまん」と詫びて詫び続けて、どれほど経ったか。
ようやくブルーは、フウと大きな溜息をついた。
「…いいけどね…。そこまで言うなら、許してあげても…」
まあいいかな、と赤い瞳が瞬く。
「ホントに最低最悪だけど」と、最悪とまで言い足して。
「怒るのは分かるが、悪かった、と…!」
最悪でも仕方ないんだが、とハーレイは詫びる。
もう一度、機嫌を悪くしたなら、ブルーは激怒するだろう。
「ハーレイなんか大嫌いだ!」と、思いっ切り。
(最悪過ぎだ…!)
なんとか許して欲しいんだが、と詫びを繰り返したら…。
「自覚したんなら、許すけど…」
必死に謝ってくれてるしね、とブルーは言った。
「本当か!?」
「うん。だけど、自覚があるんなら…」
態度で示して欲しいんだよ、とブルーは笑んだ。
「最低最悪な恋人なんかじゃありません、ってね!」
「なんだって!?」
最低と言うのはソレだったのか、とハーレイは愕然とした。
勘違いをして謝り続けていたのに、実際は…。
(ただの、こいつの我儘で…)
キスをしろとか、そういうヤツだ、と思い至って情けない。
(…やられちまった…!)
俺としたことが騙された、と軽く拳を握り締める。
無駄に謝り続けた分まで、ブルーをコツンとやるために。
勘違いしたのをいいことにして、ブルーは沈黙だったから。
都合のいい方に転びそうだ、と心で笑っていたのだから…。
最低だよね・了
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