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忘れていたら
(前の俺の人生、最後は悲惨だったよなあ…)
 最期じゃなくて、最後の方だ、とハーレイがふと思ったこと。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
 前の自分の「最期」だったら、今の時代は多くの人が知っている。
 燃え上がる地球の地の底深くで、前のハーレイの命は尽きた。
(カナリヤの子たちを、皆でシャングリラへ送り出して…)
 一緒にフィシスも送り届けたから、ハーレイたちの最期は後の時代まで伝わった。
 恐らく、瓦礫の下敷きになって死んでいったのだろう、と。
(そいつは確かに、間違いなくて…)
 だから「悲惨な最期だった」と、聞いた人なら誰でも頷く。
 ハーレイ自身も、それに異を唱えるつもりなど無い。
 けれど、後から思い出してみても、もっと悲惨だという気がするのが「晩年」だった。
 人の寿命が尽きる前の頃を指すのが「晩年」だから、晩年と呼んでもいいだろう。
 前のハーレイの長い寿命からしても、最後の「悲惨な頃」は充分、晩年と言える。
(…瓦礫に押し潰されて死ぬのは、ほんの一瞬だったが…)
 晩年は、もっと長かった。
 前のブルーを失くした後に過ごした年月、それが丸ごと「悲惨な」晩年。
 なにしろ生ける屍となって、ただ「生きていた」だけだった。
 前のブルーが最後に残した言葉の通りに、ジョミーを支えて、白いシャングリラを守っただけ。
 ミュウの箱舟を「無事に地球まで運んでゆくこと」、それがブルーが望んだこと。
 だから「仕方なく」生きていただけで、魂はとうに死んでいた。
 前のブルーがいない世界で生きてゆくことに、何の意味があるというのだろう。
 夢も希望も全て失くしていたようなもので、望みは「ブルーに会う」ことだけ。
 いつか命が終わる時が来たら、ブルーの許へ旅立てる。
 その日が来るまで、生きて生き続けて、白いシャングリラを守り続けるだけの人生。
(…あれに比べたら、死んだことなど…)
 悲惨ではなくて、逆に「解放」でもあった。
 「これでブルーの許へゆける」と、心は晴れやかだったから。
 唇に微かな笑みさえ浮かべて、前の自分は地の底で死んでいったから。


 そうしてブルーと何処で出会ったのか、今のハーレイは覚えていない。
 長い長い時を飛び越えた先で、再びブルーに「巡り会えた」今を生きている。
 まるで奇跡のような話で、実際、ブルーは「聖痕」という奇跡を身体に現わした。
(お蔭で、俺の記憶も戻って…)
 とても幸せな毎日だから、前の自分の「悲惨な最後」は、綺麗に帳消しされてしまった。
 生ける屍だった時代は、遥か彼方に流れ去ったし、気にしてはいない。
 引き摺るつもりも無いのだけれども、もしも「悲惨な時代」が無ければ、どうだったろう。
(…前向きに生きる、って言うからなあ…)
 前の自分の残りの人生、それを「前向きに」生きていたなら、全ては変わっていたろうか。
 魂が死んでしまわないよう、切り替えて生きていたならば。
(…ブルーを失くして、もう悲しみしか無かったんだが…)
 前のブルーが望んでいたのは、「そのように生きる」ことではなかった筈だ。
 生まれ変わって来た今のブルーも、何度も「ごめんね」と謝るのだから、そうだろう。
(あいつのことは、キッパリ忘れて…)
 「今を生きる」ことに全力集中、それがブルーの望みだったに違いない。
 そうでなければ、あんな言葉を残しはしないし、前のハーレイを縛りもしない。
 「屍のように生きていけ」などと、前のブルーが言う筈もない。
(…要するに、前の俺が自分で勝手に…)
 悲惨な晩年を「作り出した」だけで、その気があったら、結果は違っていただろう。
 ジョミーを支えて、ミュウの仲間の相談に乗って、戦略も積極的に立てる充実した生。
 それが「キャプテン・ハーレイ」の晩年、自分自身でも「生き生きと」日々を生きてゆく。
(…きっと、ブルーは…)
 そっちを望んでいたのだろうな、と思うものだから、情けない。
 「前の俺の心が弱すぎたのか」と、溜息までが零れてしまう。
 失くした恋人を想い続けて、未練がましく生きていたのが「悲惨な晩年」の正体らしい。
 もっと心を強く持てたら、輝かしい晩年になっただろうに。
(…今のあいつにも、うんと自慢が出来るくらいに…)
 大活躍をした「キャプテン・ハーレイ」、そういう姿を誇れたと思う。
 もっとも、後世まで残る「キャプテン・ハーレイ」の方は、「そういう人物」なのだけど。
 生ける屍だったことは「誰も知らないまま」で時が流れて、そうなった。
 最後まで「キャプテンらしく」生き続けて、カナリヤの子たちまで助けたのだ、と。
(そりゃまあ、なあ…?)
 そうには違いないんだが、と苦笑する。
 カナリヤの子たちが泣いているのを発見した時、優しい声で語り掛けて安心させた。
 「もう大丈夫だ」と、それは「キャプテン・ハーレイ」らしく。


 今にして思えば、あの時、冷静でいられた「自分」は、最期を悟っていたのだろう。
 「もうじき死ねる」と、地の底深くで死んでゆくのを確信していて、落ち着いていた。
 ブルーの許へと旅立てる時が近いのだから、魂も蘇りつつあったのかもしれない。
 じきに自由になれるのだから、と「すっかり、元のハーレイ」になって。
(…そうだったかもな…)
 だとすれば、最後は少しは幸せだったのかもな、と可笑しくなる。
 悲惨な晩年だったけれども、最後の最後で「ハーレイらしく」生きられたなら。
(…カナリヤの子たちを見付けた時は…)
 この子供たちを助けなければ、と前向きな心しかありはしなかった。
 「もうすぐ死ねる」と何処かで思って、地の底を目指していたというのに、忘れていた。
 前のブルーを追ってゆくことも、追ってゆける時が近付いたことも。
(…するとだな…)
 もしも、と思考が別の方へと向いた。
 前の自分が「ブルーを忘れて」生きていたなら、どうなったろう、と。
(…前のあいつの望み通りに、綺麗サッパリ…)
 引き摺ることなく、きちんと切り替え、前向きに残りを生きていったら、どうなったのか。
(…思い出すことくらいは、あるんだろうが…)
 普段は「生き生きと」生きているなら、前のブルーに「未練は無かった」ことになる。
 常に追い続けて、想い続けて生きてゆくのとは全く違う。
 そうやって生きた「キャプテン・ハーレイ」、その「ハーレイ」が死んだ後にはどうなるか。
(…真っ直ぐ、あいつのいる所まで…)
 飛んでゆくのには違いなくても、其処で「おしまい」かもしれない。
 やっと出会えて「めでたし、めでたし」、前のブルーとハーレイの恋の物語は終わりになる。
 ハッピーエンドで完結するから、その先のことは、もう描かれない。
 どんな具合に二人で幸せに暮らしたのかは、昔話や、おとぎ話に「書かれはしない」。
 幸せなのに決まっているから、その先などは「もう要らない」。
 二人で一緒に暮らしてゆけたら、充分というものだから。
(…そうなるとだな…)
 其処で終わっていたんじゃないか、とハーレイは顎に手を当てた。
 「今のブルーと、俺の物語は、無かったのかもしれないぞ」と。
 大満足のハッピーエンドを迎えたのなら、次の人生を青い地球まで来て続けても…。
(前のことなど、思い出さずに終わっちまって…)
 生まれ変わったブルーに会っても、お互い、そうとは気付かないまま。
 また巡り会って恋に落ちても、一緒に暮らし始めたとしても。


(絆はあっても、忘れていたら…)
 そういうことになっちまうよな、とマグカップを指でカチンと弾く。
 ブルーとの間に「いつまでも切れない」絆があっても、引き摺らなければそうなるだろう。
 「前のブルー」にこだわらないなら、物語の続きは「別の形」で描かれてゆく。
 青い地球の上に生まれ変わって、ある日、出会って、一目惚れ。
 けれど互いに「前の生」など覚えていなくて、最後まで思い出さないまま。
 そういう二人になっていたかもしれないわけで、それでも幸せには「違いない」。
 互いのことが誰よりも好きで、他の相手など考えられない、似合いのカップルなのだから。
(…神様だって、そっちの方が楽だしなあ…)
 あれこれと手配しなくていいし…、と思うものだから、引き摺っていたのが良かったろうか。
 生ける屍のようではあっても、前のブルーを「忘れられずに」生きていたことが。
(…前の俺は最後まで、前のあいつを想い続けて…)
 カナリヤの子たちを救った後には、またしても「思い出して」いた。
 「これでブルーの所へ行ける」と、崩れゆく地球の地の底深くで、夢見るように。
 キャプテンの務めは終わったのだから、今度こそ、やっと自由になれる。
 魂を縛り付けていた身体が呼吸を止めて、心臓も鼓動を止めたなら。
 「キャプテン・ハーレイ」と呼ばれた器が消えたら、魂は飛んでゆけるだろう。
 先に逝ってしまった愛おしい人を求めて、真っ直ぐに空を駆けてゆく。
 真空の宇宙の更に彼方に、何処までも広がる天を目指して。
(あいつを見付けて、そして抱き締めて…)
 もう二度と手を離しはしない、と前の自分は思ったけれども、それから先が問題だった。
 ずっと天国で暮らすのだったら、ハッピーエンドの恋は永遠に続くけれども…。
(前のあいつなら、地球が青い星に戻ったことを知ったら…)
 行きたがるのに決まっている。
 「ハーレイ、一緒に地球へ行こう」と、「何度も約束したじゃないか」と繰り返して。
(そうなった時に、神様が願いを叶えてくれたら…)
 青い地球には行けたとしても、記憶は消えてしまうのだろう。
 「ブルー」だったことも、「ハーレイ」だったことも、新しい生には何の関係も無い。
 神が残してくれる筈がなくて、残るのは互いの絆だけ。
 巡り会って恋に落ちるというだけ、一緒に暮らしてゆくだけになる。
 「ハーレイ」も「ブルー」も、消えてしまって。
 新しい人生を生きる運命の恋人同士が、青い地球の上で巡り会うだけで。


 それはそれで、きっと正しい在り方だろう。
 多分、普通の「運命の恋人」同士は、何度も出会って恋に落ちるけれども、気付きはしない。
 前の自分が誰だったのか、恋の相手が前はどういう人間だったのかにも。
(それでも絆はしっかりあるから、この人と生きてゆくんだ、と…)
 一目で分かって、また新しい恋の物語を紡ぎ始めて、それが何処までも続いてゆく。
 「ハーレイ」と「ブルー」も、前は「そういう恋人同士」で、今が例外なのかもしれない。
 前の生で相手に未練を残して、忘れられずに最期を迎えたものだから。
(前の俺が、あいつを忘れていたら…)
 前向きに生きる道を選んでいたなら、人生、違っていたのかもな、と前の自分に感謝する。
 悲惨な最後だったけれども、前のブルーを「忘れない」ままで生きたから。
 最後までブルーを想い続けて、今の自分に恋の続きのバトンを渡してくれたのだから…。



             忘れていたら・了


※ハーレイ先生とブルー君。前の生の記憶があるのは、前の生で未練を残したからなのかも。
 忘れられないままで最期を迎えたせいで、今も覚えていたのかも、と思うハーレイ先生ですv








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