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嫌なことって
「ねえ、ハーレイ。嫌なことって…」
 抱え込まずに話すべきかな、と小さなブルーが傾げた首。
 二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
 お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 嫌なことって…」
 友達と何かあったのか、とハーレイはブルーに問い返した。
 抱え込むほどの嫌なことなら、恐らく人間関係だろう。
 それも身近な人が相手で、下手に話せば角が立つこと。
 「その言い方は、あんまりじゃない?」などと思ったとか。
 そんな所だ、と見当をつけたわけだけれども、正解らしい。
 ブルーは、「まあね…」と、歯切れが悪い。
(こういう時こそ、教師の出番ってヤツだよなあ?)
 俺はブルーの担任じゃないが、とハーレイは心で苦笑する。
 ブルーのクラス担任よりも、遥かに近しい立場だよな、と。


 ともあれ、此処は聞いてやらねば。
 ブルーが現在、抱え込んでいる「嫌なこと」とは何なのか。
 友人と何かあったのならば、まずは吐き出してしまうべき。
 一人でクヨクヨ悩んでいたって、悪い方にしか転ばない。
 人の思考は、そういったもの。
(楽天家だったら、そもそも、悩まないモンで…)
 嫌なことなど、すぐに忘れて、健康的な心を保てる。
 ところが、普通は、そうはいかない。
(なんだかんだと考えちまって、思い出しては…)
 後悔したり、自分を責めたり、マイナス思考に傾いてゆく。
 その内に、夜も眠れなくなって、悩みが心を蝕んでしまう。
 寝ても覚めても、そのことばかりで、溜息ばかり。
 「あの時、どうすればよかったのか」と、ぐるぐるして。
(ブルーの場合は、そのタイプだから…)
 吐き出すだけでも、相当に楽になるだろう。
 心の中の澱みが外に流れて、悩みの水位も低下するから。


 そう思ったから、ハーレイは、ブルーに頷いてみせた。
「嫌なことなぞ抱え込んでも、ろくなことにはならないぞ」
 お前が辛いだけじゃないか、と赤い瞳を覗き込む。
「いいか、お前は引き摺っているが、相手の方は、だ…」
 とうに忘れているかもしれん、とカップの縁を指で弾いた。
 お茶のカップが、カチン、と一瞬、澄んだ音を立てる。
「ほら、今、音がしただろう? しかしだな…」
 紅茶は全く揺れちゃいないぞ、とハーレイは中を指差した。
「ついでに弾いた音の方もだ、ほんの一瞬、一秒も無い」
 秒で言うならコンマだよな、と音の長さを表してみせる。
「お前の言ってる嫌なことにしても、相手にしてみれば…」
 こんな具合に、軽く弾いて終わりかもな、と説いてやった。
 カップの紅茶も揺れないくらいに、些細なこと。
「ただし、正式なお茶の席だと、カップの縁を弾くのは…」
 マナー違反になっちまうんだ、と苦笑する。
「知らなかったら、ウッカリやってしまいそうだが…」
「そっか、知らずにやっちゃったとか?」
 ぼくは嫌だと知らないで…、とブルーが尋ねる。
「だから相手は忘れてしまって、ぼくだけが…」
「そうだ、引き摺っちまってるとか、ありそうだろう?」
 うんと馬鹿々々しい悩みかもな、とハーレイは笑んだ。
 「抱えていないで俺に話してみろ」と、ドッシリ構えて。


 ハーレイが例を挙げたお蔭で、ブルーも納得したのだろう。
 「えっとね…」と、重かった口が、やっと開いた。
「その嫌なこと、ぼくがホントに、嫌で堪らなくって…」
 だけど相手は気付いてなくて…、とブルーは溜息をつく。
 「やめて欲しいのに、ちっともやめてくれないんだよ」と。
「なるほどな…。さっきのカップの例の通りか…」
 相手の方では、何とも思っちゃいないんだな、と頷き返す。
「そいつは大いに困るヤツだが、どうしたい?」
「どうしたい、って…?」
「お前が本気で辛いんだったら、相手にハッキリ…」
 伝えないと、多分、収まらないぞ、とハーレイは言った。
「どんな具合に嫌に思うか、其処をだな…」
 分かって貰えるように言うんだ、と教えてやる。
 それで相手が怒ったとしても、仲直りの機会もあるだろう。
 もしも仲直りが出来ないようなら、それまでのこと。
 何かの弾みで壊れる程度の、遊び友達な仲だっただけ。
 親友だったら、喧嘩別れをしてしまっても、また戻るから。


「分かったか? 抱えていないで、話すことだな」
 俺に話してみたのと同じで、相手にも、とハーレイは諭す。
 「抱え込むな」と、ブルーの考えを全面的に肯定して。
 するとブルーも、「そうだよね…」と大きく頷く。
「やっぱり、ちゃんと言わなくちゃ…」
「よし、その意気だ。次に会ったら、きちんと伝えろよ」
「うん! よく聞いてよね、唇にキスしてくれないのは…」
 ホントに嫌なことなんだから、とブルーは唇を尖らせた。
 「ハーレイにとっては、大したことじゃないんでしょ」と。
「なんだって!?」
 そいつはモノが違うからな、とハーレイは軽く拳を握った。
「真面目に相談に乗ってやったら、そう来やがったか!」
 覚悟しろよ、と銀色の頭に一発、コツンとお見舞いする。
 もちろん、痛くないように。
 これくらいでブルーは懲りはしないし、拳がお似合い。
 何度コツンとお見舞いされても、仲も壊れはしないもの。
 遠く遥かな時の彼方から、今も続いている恋だから…。



         嫌なことって・了








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