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向いてなくっても
(今のぼくの仕事は、学生だよね?)
 学生って言うと、上の学校のイメージだけど、とブルーの頭に、ふと浮かんだこと。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 そう考えた切っ掛けの方は、多分、ハーレイのせいだろう。
 「今日は仕事が忙しかった?」と、寄ってくれなかった理由を探っていたものだから。
 恐らく、今日のハーレイは、会議があったか、柔道部の方で何かあったかで来られなかった。
 ハーレイの仕事が「教師」な以上は、ありがちなことで、珍しくはない。
(今日の仕事は何時まで、ってキッチリ言える仕事じゃないし…)
 仕方ないよね、とブルーも分かっているから、不満を言ってはいけないことも良く分かる。
 きっとハーレイと結婚したって、こういう日はやって来るだろう。
 「まだかな? 今日は早いって言ってたのにな」と、溜息をついて「待ち続ける」日。
 ハーレイが普段通りに帰れることは間違いないし、と期待していたのに、そうはゆかなくて。
(絶対、いつも通りだから、って考えて…)
 用意していた料理なんかがあったとしたら、しょげてしまうに違いない。
 自分で作った「何か」だったら、涙が出るほど悲しくなって、俯いてしまうかもしれない。
 「せっかく、ぼくが作ったのにな…」と、冷めた料理を、たまにチラリと眺めて。
(買って来たヤツでも、そうなりそうだよ…)
 ハーレイの帰る時間に合わせて、出来立てを受け取って来ただとか…、と想像してみる。
 例えば、揚げ立ての美味しいコロッケ。
(家で作っても、コロッケ、もちろん美味しいけれど…)
 お肉屋さんのは油からして違うから、とブルーだって、それは耳にしていた。
 家だと、「その日に揚げる分しか」油を用意したりはしない。
 揚げた後の油を残しておいて、また使うことも無いのだけれども、専門店だと事情が違う。
(毎日、毎日、絶対、使うに決まってるから…)
 コロッケやカツを揚げる時間が終わった後には、火を落とすだけ。
 それから油の中に残った「揚げかす」を綺麗に取り除いてから、蓋をしておく。
 次の日になれば、また火を点けて油を熱く滾らせていって、コロッケなどを揚げ始める。
(油の中には、お肉の美味しい汁が溶けてて、どんどん溜まっていくわけで…)
 いわば出汁入り、そういう油が出来る仕組みで、それで揚げれば当然、美味しい。
 家で揚げるのとはまるで違った、「店ならでは」の味になる。
(そういうの、時間ピッタリに揚げて貰えるように…)
 出掛けて行って揚げて貰って、弾んだ気持ちで帰って来たのに、冷めてゆくのは悲しいだろう。
 「なんで?」と、「今日に限って、遅いだなんて…」とガッカリとして。


 けれど、ハーレイの仕事の都合なのだし、嘆いてみても仕方ない。
 ついでに言うなら、そのハーレイを「家で待つ」仕事を選んでいるのも、ブルーの「都合」。
(上の学校に行っていたなら、まだ学生で…)
 両親と「この家で」暮らしているのだろうし、ハーレイに「待たされる」ことはない。
 上の学校に通いながらの、結婚生活だったとしたなら、今度は「お互い様」になりそう。
 ハーレイが夕食の支度をしている最中に、「ごめん、友達と食事なんだ」と連絡したりして。
(上の学校だと、ありそうだしね…)
 急に予定が変わってしまって、「家で夕食」の筈が「外食」になってしまうこと。
 気ままな学生生活になるのが「上の学校」だと聞いているから、大いに有り得る話だった。
(…そういう道を選ぶ代わりに、家で待つだけの「お嫁さん」だし…)
 ハーレイが帰って来るのが遅い、と悲しくなるのは「選んだ結果」で、自分が悪い。
 そうならない道もあったというのに、「今の仕事」に決めたのだから。
(……うーん……)
 でも、天職だと思うんだけど…、とブルーは軽く首を傾げる。
 今の仕事の「学生」よりも、遥かに性に合っているのが「お嫁さん」だと思えて来る。
 ただ「ハーレイの側にいる」だけのことで、それが「職業」なのだから。
(ハーレイだって、料理も掃除も、何も出来なくてもいいからな、って…)
 何度も言ってくれているほど、「お嫁さん」としての腕など期待されてはいない。
 今のハーレイは一人暮らしが長くて、何でも出来るし、「お嫁さん」の助けは一切、不要。
 だから「ハーレイの側にいる」ことが、今のブルーの「未来の仕事」になる筈だった。
(絶対、天職…)
 ぼくに向いてるのに決まっているよ、と自信だったら充分にある。
 ハーレイの帰りが遅くなったら、悲しくなってしまうけれども、普段は幸せに違いない。
 朝、ハーレイを送り出したら、後片付けをして、帰って来るまで、のんびりと待つ。
 おやつを食べたり、本を読んだり、昼になったら昼食も食べて。
(その昼御飯も、ハーレイが作ってくれていそうだよ)
 きっとそう、と確信に満ちた思いがある。
 ハーレイだったら、朝、朝食を作るついでに、手早く用意しておくだろう。
 「今日の昼飯、ちゃんと作っておいたからな」と、パチンと片目を瞑ったりもして。
 冷蔵庫の中に入れてあったり、ラップをかけてテーブルの上にあるだとか。
 ブルーの「仕事」は、それをきちんと食べること。
 身体を壊して、ハーレイに心配をかけてしまわないよう、栄養をつけてゆくために。


(…そういうの、ホントに向いていそうで…)
 学生よりも合うんだから、と思ったはずみに、ハタと気付いた。
 今の自分は、いずれ「天職」に就くのだけれども、前の自分はどうだったろう。
(……ソルジャー・ブルー……)
 あれは絶対、違うと思う、とハッキリ断言してもいい。
 まるで全く向いてはいなくて、前のブルーも、どちらかと言えば「お嫁さん」の方が合っている。
 中身は今と変わらないから、そういうことになるだろう。
 たまたま、運が悪かったせいで、「ソルジャー」になってしまっただけ。
(…誰に言っても、信じて貰えそうにないけどね…)
 ソルジャー・ブルーの天職は「ソルジャー」なのに決まっているし、と溜息が出そう。
 今の時代に「ソルジャー・ブルー」の名前を出したら、誰だって、そう言い切るだろう。
 「ソルジャー・ブルーは、ソルジャーですよ」と、「あれこそ彼の天職でした」と、キッパリと。
 でないと、ミュウは滅びてしまって、今の平和な「ミュウの時代」は…。
(いつかは、やって来たんだろうけど、もっと、ずっと後になってしまって…)
 苦労するミュウも、もっと増えたに違いないから、と分かってはいる。
 あの時代に「ソルジャー」は必要だったし、だからこそ「ソルジャー・ブルー」が存在した、と。
 けれども、「前の自分」は「違う」。
 「ソルジャー」は天職などではなくって、本当に「向いていなかった」。
 なのに「やらざるを得なかった」わけで、その重圧に耐えてゆけたのは…。
(…前のハーレイが、ずっと支えていてくれたから…)
 それだけなんだよ、と心の底から言える。
 もし、ハーレイが側にいてくれなければ、前の自分は、ああいう風には生きられなかった。
 最後まで強くいられはしなくて、もっと早くに「潰れてしまっていた」だろう。
 仲間たちからの期待や注文、ミュウの未来の見通しがまるで立たないことなど、悩み過ぎて。
 どうすればいいか、どうしたいのかも、もう「自分では」掴めなくなって。
(それでも、みんなは…)
 ソルジャーを頼りにして来るのだから、潰れない方がどうかしている。
 きっと何処かで、「ジョミーみたいに」なっていたろう。
 遠く遥かな時の彼方で、あの「強かった」ジョミーさえもが、そうなった。
 前のブルーが深く眠ってしまって、誰にも頼れなくなって。
 相談相手を失くしたジョミーは、自分の殻に閉じこもるしか道は無かった。
 「やるべきこと」も、「ソルジャーとしての仕事」も、何もかも、全て投げ出して。
 キャプテンの部屋さえ訪ねはしないで、ブリッジには顔も出さなくて。
(きっと、ぼくでも…)
 そうなったよね、と「自分のこと」だけに、誰よりも分かる。
 大英雄だと讃えられている「ソルジャー・ブルー」でも、危なかったのだ、と。


 そうならないで済んだ理由は、本当に「前のハーレイ」だった。
 「ソルジャー」にならざるを得なかった「ブルー」を、懸命に支え続けてくれた。
(ハーレイ、船の操縦なんかは、まるで出来なくて…)
 船の仕組みさえも知らなかったのに、「俺でいいなら」と、キャプテンになった。
 元は厨房で料理をしていて、舵の代わりにフライパンを握っているのが仕事だったのに。
(…前のハーレイの天職、そっちの方だったよね…)
 前のぼくでも「お嫁さん」が向いていたみたいに、と容易に想像がつく。
 「前のハーレイ」の天職は、きっと、「料理人」の方だったのだろう。
 そうでなければ、まだ「シャングリラ」の名が無かった頃から、船で料理はしていない。
 仕事は他にも色々あったし、そちらに「向いている職」があったら、それにしたろう。
 機関部でエンジンの整備をするとか、船内の掃除に専念するとか、洗濯だとか。
(だけど、料理の方を選んで、メニューも色々、研究してて…)
 前のハーレイに「向いていた」のは、絶対、そっちの道なんだ、と今でも思う。
 もちろん、前の自分にしたって、重々、承知していたけれども、頼み込んだ。
 「ハーレイにだったら、命を預けられるから」と。
 「誰よりも息がピッタリ合うから、キャプテンになって欲しいんだけど」と。
(…それで、ハーレイ、決心をして…)
 厨房からブリッジに転職をして、立派に「キャプテン・ハーレイ」になった。
 船の操縦までも覚えて、誰よりも「シャングリラの癖を掴んだ」操舵手になって。
(そうやって、前のぼくを支えて、側にいてくれていたから、ぼくは…)
 まるで向いてはいない職でも、「ソルジャー」としてやってゆくことが出来た。
 前が見えなくなってしまうくらいに落ち込んだ時も、ハーレイが支えてくれたから。
 そっと寄り添い、「何かあったか?」と訊いてくれるだけで、どれだけ心が救われたろう。
 ハーレイには、問題を解決するための「力」が、全く少しも無い時だって。
(前のぼくにしか、どうにも出来ない問題は、うんと山積みで…)
 何度も潰れそうになっては、前のハーレイに助けて貰った。
 「どうしたんだ?」と問い掛けられて、「なんでもない…」としか言えなくても。
(前のハーレイ、あのまま厨房にいたとしたって…)
 きっと支えてくれていたよね、という気がする。
 どうしても「キャプテンだけは無理だ」と断られたって、見捨てられることは無かっただろう。
 厨房でジャガイモの皮を剥きながら、「雲の上の人」になったブルーと話したと思う。
 「ソルジャーに、こんな口を叩くだなんて、どうかと思うが」と苦笑しながら。
 「お前、もうちょっと力を抜けよ」と、「一人で悩み過ぎってモンだ」と。
(きっと、そう…)
 厨房のままでも、ハーレイなら支えられたんだよね、と少し可笑しくなってくる。
 「キャプテンの方が断然いいけど、厨房のままでも良かったかも」と。


 そんな具合で、前の自分は「頑張った」。
 本当だったら向いてはいない、「ソルジャー」なんかを最後まできちんと勤め上げて。
 どう考えても「無茶すぎるから!」という気持ちしかしない、メギドを沈めることまでやって。
(…まるでちっとも向いてなくっても、今の時代の人が聞いたら…)
 あれが「天職だった」と言い切る職を、前の自分は「やり遂げられた」。
 自分でも「凄い」と思うけれども、何もかも「ハーレイがいてくれたから」出来たこと。
 だとすると…。
(今のぼくでも、ちっとも向いてなくっても…)
 ハーレイが側にいてくれるのなら、違う職でもいいのだろうか。
 「お嫁さん」とは「かけ離れた」仕事を、これから、やってゆくのだとしても。
(…そんなの、出来る…?)
 今の時代は「ソルジャー」のような、命が懸かった仕事など無い。
 軍人さえもいない平和な時代で、危険などがあるわけもない。
(…想像するだけ無駄ってヤツかな?)
 きっと、と首を捻った所で、一つだけ、ピンと閃いた。
 サイオンがあるのが普通の時代に、それを使わず、便利な道具を使いもしないで…。
(ずっと昔と全く同じに、自分の手足と、なんだっけ…?)
 ザイルとハーケンだったっけ、と頭に浮かんだ「プロの登山家」。
 彼らは今でも「命の危険と紙一重」な世界で、せっせと山に登ってゆく。
 今の自分の体力はともかく、あの仕事を「ハーレイがいれば」出来るのか、尋ねられたなら…。
(出来るに決まっているじゃない!)
 ハーレイと二人、一緒に登ってゆくんだしね、と今の自分も、前の自分と思いは同じ。
 「ハーレイさえいれば」、どんな職でも、やり遂げられることだろう。
 まるで全く向いていなくて、畑違いの仕事だとしても…。



            向いてなくっても・了


※前のブルーには向いていなかった「ソルジャー」の職。務まったのは、前のハーレイのお蔭。
 きっと、今のブルーにしたって、ハーレイがいれば、向いていない職も出来るのですv








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