向いてなくても
(まさにピッタリの職だよなあ…)
教師ってヤツは、とハーレイが、ふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
今のハーレイは古典の教師で、ブルーが通う学校が勤務先でもある。
もうそれだけで、「教師をやってて良かったよな」と、心の底から思えてしまう。
(ついでに、ブルーが入学してくる年に合わせたみたいに…)
前の学校から転任して来て、生まれ変わって来たブルーに出会えた。
着任は少し遅れたけれども、今から思えば、そうなったのも巡り合わせというものだろう。
ブルーに聖痕が現れたように、ハーレイの方にも神が準備をしていたらしい。
(予定通りに転任してたら、ブルーが入学して来る前に…)
ハーレイは既に着任していて、今の学校の教師の一人になっていた。
入学式でも、何か役目があっただろう。
転任して来たばかりの者でも、務まりそうな仕事を任され、それをこなしていた筈だった。
受付などは無理にしたって、新入生や保護者を会場に案内するのは出来る。
校門から講堂までの道さえ覚えていたなら、生徒でも務まりそうな役割なのだから。
(新しくやって来たばかりの教師なんだが、見た目はそこそこ…)
貫禄がある、と思って貰える姿ではある。
年恰好もそうなら、身体つきの方もガッシリしていて、頼もしく見える。
(初めての学校に来て、気分が落ち着かない子でも…)
きっと頼りにしてくれそうだし、配置されるなら、その辺りだろう。
キョロキョロ、オドオドしている生徒が目に入ったなら、講堂へ案内したりする。
「今日は入学式だけなんだし、心配なんかは要らないぞ」と声を掛けてやって。
道案内をしてゆく間も、「少しずつ慣れればいいんだからな」と、安心させる言葉を掛けて。
(そういう役目も、俺に向いてはいるんだが…)
其処に「ブルー」がやって来たなら、大変なことになったろう。
ブルーが「ハーレイ」を目にした途端に、あの「聖痕」が現れてしまう。
右の瞳から血の色の涙が溢れて、両方の肩や右の脇腹からも大量の血が噴き出して来る。
(誰が見たって、大怪我にしか見えないからなあ…)
実際、俺もそうだったんだ、と目にした時を思い出す。
てっきり事故だと思い込んだほど、聖痕の鮮血は衝撃だったし、慌てもした。
入学式を控えた所で、その聖痕が現れたならば、ブルーは救急搬送で…。
(…現場の状況を確認するとか、色々と…)
学校は騒がしくなってしまって、入学式も中止されるか、延期になっていただろう。
なんとか当日、出来たとしたって、時間が変わって、午後からだとか。
(絶対、そうなっちまったよなあ…)
俺の着任が遅れていなかったなら、という気がするから、遅れたのは必然に違いない。
ブルーに聖痕を与えた神が、前の学校に「ハーレイ」を引き留めた。
「もう少し此処で仕事してから、ブルーの学校に行くように」と、留まる理由を作り出して。
お蔭でブルーに聖痕が出ても、入学式は台無しになりはしなくて、他の行事も大丈夫だった。
ブルーのクラスは酷い騒ぎになったけれども、他のクラスは、少し騒ぎになっただけ。
「何の騒ぎだ?」と教師が出て来て、事態をしっかり把握した後は、授業に戻った。
(救急車の音で教室を飛び出しちまって、野次馬していた生徒にしたって…)
教師に「戻って授業!」と一喝されたら、大人しく帰ってゆくしかない。
何があったか気になっていても、教室で話し続けていたなら、叱られてしまう。
(ブルーのクラスも、俺がブルーについてった後は…)
担任の教師が駆け付けて来て、その場を無事に収めて行った。
「ブルー君なら、大丈夫ですよ」と、「ハーレイ先生も一緒ですから」と。
最小限で済んだ騒ぎは、「ハーレイの着任が遅れたから」で、神が計算していたのだろう。
「このタイミングで出会うのがいい」と、学校や他の生徒に迷惑をかけないように。
(そういう意味でも、教師で正解…)
俺にピッタリの職ってヤツだ、と心から思う。
仕事さえ上手く都合がついたら、帰りにブルーの家にも寄れる。
学校の中でもブルーに会えるし、これ以上の職は無いだろう。
まさに天職というヤツだよな、と考える内に、別のことが頭に浮かんで来た。
遠く遥かな時の彼方で、前の自分が就いていた職。
(キャプテン・ハーレイではあるが…)
今の時代も、有名なヤツはソレなんだがな、と苦笑する。
人間が全てミュウになっている今の時代は、前のハーレイは「英雄」だった。
「キャプテン・ハーレイの航空宙日誌」まで、ベストセラーになっているほど。
とはいえ、長い時を経たって、「キャプテン・ハーレイ」の過去は変わりはしない。
いくら「キャプテン」の方が有名でも、その前の職も知られてはいた。
まだ「シャングリラ」という名を持たなかった船で、前のハーレイがどうしていたか。
(…厨房出身なんだよなあ…)
ついでに備品倉庫の管理人だ、と今も鮮やかに覚えている。
燃えるアルタミラから逃げ出した船で、自然とそういう役目がついた。
「厨房で皆の食事を作る」仕事で、ジャガイモ地獄も、キャベツ地獄も乗り越えた。
仲間たちが飽きてしまわないよう、せっせと工夫と努力を重ねて、料理して。
「またジャガイモか」と文句が出たって、船にはそれしか無いのだから。
その厨房に馴染んでいたのに、降って来たのが「キャプテン」という職業だった。
まるで全く向いてはいない、とハーレイ自身も思ったくらいに畑が違う。
(船の航行に必要なデータでさえも、俺には少しも分からなくって…)
操舵となったら、どうすればいいか、想像すら出来ない異世界の技術。
だから「無理だ」と即答したのに、船の仲間は譲らなかった。
「船の仕組みが分からなくても、其処は得意な者がやるから」と食い下がって来た。
要は「名前だけのキャプテン」で良くて、船の仲間を纏められれば充分らしい。
(そう言われても、だ…)
はい、そうですか、と返事など出来るわけがない。
「向いていない」と断り続けて、厨房で仕事をするつもりでいた。
料理だったら慣れたものだし、食材の方も、前に比べたら偏りはしない。
また何かあって、ジャガイモ地獄が来たとしたって、慣れている分、上手くゆくだろう。
以前だったら思い付かない調理法など、レパートリーも増えているから、乗り切れる。
(俺はあくまで料理担当、と思っていたのに…)
ある日、背中を押しに来たのが、まだ少年の姿をしていた「ブルー」だった。
ブルーは船で唯一のタイプ・ブルーで、ソルジャーになるしかない立場にいて…。
(あいつが、俺に言ったんだ…)
船のキャプテンになって欲しいのは、「ハーレイだけだ」と、真剣な目で。
「ハーレイにだったら、命を預けられるから」とも。
(俺が一番、息が合うんだ、って言われちまったら…)
もう、それ以上は、断れなかった。
ブルーの本当の年はともかく、中身の方は「まだ少年」で、一人きりで船を背負うのは…。
(出来はしたって、キツすぎるってモンでだな…)
そんなブルーを「俺はキャプテンには向いてないから」と、放っておけるわけがない。
向いていなくても、キャプテンに就任しさえしたなら、ブルーを側で支えてゆける。
(…やるしかない、ってヤツだよなあ…?)
でなきゃ、一生、後悔するぞ、と「前の自分」は決断した。
畑違いの職業だろうが、ブルーのためなら、キャプテンというヤツになってやる、と。
それから後は、努力あるのみ。
「フライパンも船も、似たようなものさ」と軽口を叩いて、自分自身を励ました。
「どっちも、焦げたら大変だしな?」と皆を笑わせたりして、船と仲間を守り続けた。
操舵も覚えて、白いシャングリラになった後にも、懸命に舵を握っていた。
前のブルーがいなくなっても、ブルーが残した言葉を励みに、船を地球まで運んで行って。
そんな具合に、前の自分は「向いていない」職を立派に務めた。
今の時代も「キャプテン・ハーレイ」として名高いくらいに、キャプテンが仕事なのだけど…。
(必死にやるしかなかっただけで…)
向いていたのは厨房だよな、と振り返ってみても、そう思える。
厨房か、キャプテンか、好きに選んでいいのだったら、厨房の方に決めただろう。
フライパンや鍋を自在に使って、あらゆる食材を料理してゆく調理人の方が、断然いい。
(そういう俺が、キャプテンなんかになったのは…)
前のブルーが望んだからで、向きや不向きは無関係だった。
もしも「ブルー」に頼まれたならば、機関部にだって行ったろう。
医務室に詰めて、ノルディを手伝う看護師だって、きっとやったに違いない。
(…そうなると、だ…)
今の自分の天職の方も、ブルーが望めば、違う職業になるのだろうか。
まるで全く向いていなくても、「やって欲しいよ」と、今のブルーに頼まれたなら。
(…はてさて、そいつは…)
どうなんだかな、と顎に手を当て、考えてみる。
まずは「ブルーに頼まれる」わけで、それを「断れない」状況でないと話にならない。
前のブルーがそうだったように、今のブルーが「ハーレイを必要とする」状態。
(…俺があいつをサポートしないと、あいつは一人きりってヤツで…)
そいつは、どうやら有り得ないな、と答えは直ぐに弾き出された。
今は平和な時代なのだし、ブルーは「ハーレイの支え」なんかは必要としない。
わざわざ仕事を変更してまで、ブルーを支えてやらなくてもいい。
(なんと言っても、今度は結婚するんだし…)
もう最高の伴侶でパートナーだから、それ以上の「支え」は無いだろう。
いつもブルーを支え続けて、同じ家で一緒に暮らしてゆく。
「キャプテン・ハーレイ」とは比較にならない、ブルーのために生きる人生。
(そっちの方も、俺の天職で…)
ブルーを大事に支えてやるさ、とコーヒーを一口、飲んだ所で、不意に掠めていった考え。
平和な今の時代にしたって、危険を伴う職なら「在った」。
プロの登山家というヤツだったら、サイオンを使ったりせずに…。
(うんと高い山を、遠い昔と変わりやしない道具や装備で…)
地道にコツコツ登ってゆく。
目が眩みそうな断崖だろうが、ザイルやハーケンだけを頼りに、自分の手足で。
(…絶対、有り得ない話ではあるが…)
今のブルーが「登山家になる」と言うのだったら、今の生でも迷わず「転職する」だろう。
「山登りなんかは向いていないぞ」と心底、思っていたとしたって、その道をゆく。
ブルーが登山家の道を選んで、厳しい寒さや薄い空気の中を登ってゆくのなら。
(あいつが誰かと組んで登るなら、俺しかいない筈だしな?)
向いてなくても、俺も登山家になるまでだよな、とクスッと笑う。
今のブルーは、そんな職など、けして選びはしないけれども、選ぶのならばついてゆく。
遠く遥かな時の彼方で、前の自分が「そうした」ように。
ブルーを側で支え続けて、たとえ断崖絶壁だろうが、ブルーと二人で登って行って…。
向いてなくても・了
※ハーレイ先生が天職だと思う、教師の仕事。前の生だと、キャプテンよりは厨房が好み。
キャプテンなんかは向いてないのに、ブルーの頼みでやった転職。今の生でもやりそうですv
教師ってヤツは、とハーレイが、ふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
今のハーレイは古典の教師で、ブルーが通う学校が勤務先でもある。
もうそれだけで、「教師をやってて良かったよな」と、心の底から思えてしまう。
(ついでに、ブルーが入学してくる年に合わせたみたいに…)
前の学校から転任して来て、生まれ変わって来たブルーに出会えた。
着任は少し遅れたけれども、今から思えば、そうなったのも巡り合わせというものだろう。
ブルーに聖痕が現れたように、ハーレイの方にも神が準備をしていたらしい。
(予定通りに転任してたら、ブルーが入学して来る前に…)
ハーレイは既に着任していて、今の学校の教師の一人になっていた。
入学式でも、何か役目があっただろう。
転任して来たばかりの者でも、務まりそうな仕事を任され、それをこなしていた筈だった。
受付などは無理にしたって、新入生や保護者を会場に案内するのは出来る。
校門から講堂までの道さえ覚えていたなら、生徒でも務まりそうな役割なのだから。
(新しくやって来たばかりの教師なんだが、見た目はそこそこ…)
貫禄がある、と思って貰える姿ではある。
年恰好もそうなら、身体つきの方もガッシリしていて、頼もしく見える。
(初めての学校に来て、気分が落ち着かない子でも…)
きっと頼りにしてくれそうだし、配置されるなら、その辺りだろう。
キョロキョロ、オドオドしている生徒が目に入ったなら、講堂へ案内したりする。
「今日は入学式だけなんだし、心配なんかは要らないぞ」と声を掛けてやって。
道案内をしてゆく間も、「少しずつ慣れればいいんだからな」と、安心させる言葉を掛けて。
(そういう役目も、俺に向いてはいるんだが…)
其処に「ブルー」がやって来たなら、大変なことになったろう。
ブルーが「ハーレイ」を目にした途端に、あの「聖痕」が現れてしまう。
右の瞳から血の色の涙が溢れて、両方の肩や右の脇腹からも大量の血が噴き出して来る。
(誰が見たって、大怪我にしか見えないからなあ…)
実際、俺もそうだったんだ、と目にした時を思い出す。
てっきり事故だと思い込んだほど、聖痕の鮮血は衝撃だったし、慌てもした。
入学式を控えた所で、その聖痕が現れたならば、ブルーは救急搬送で…。
(…現場の状況を確認するとか、色々と…)
学校は騒がしくなってしまって、入学式も中止されるか、延期になっていただろう。
なんとか当日、出来たとしたって、時間が変わって、午後からだとか。
(絶対、そうなっちまったよなあ…)
俺の着任が遅れていなかったなら、という気がするから、遅れたのは必然に違いない。
ブルーに聖痕を与えた神が、前の学校に「ハーレイ」を引き留めた。
「もう少し此処で仕事してから、ブルーの学校に行くように」と、留まる理由を作り出して。
お蔭でブルーに聖痕が出ても、入学式は台無しになりはしなくて、他の行事も大丈夫だった。
ブルーのクラスは酷い騒ぎになったけれども、他のクラスは、少し騒ぎになっただけ。
「何の騒ぎだ?」と教師が出て来て、事態をしっかり把握した後は、授業に戻った。
(救急車の音で教室を飛び出しちまって、野次馬していた生徒にしたって…)
教師に「戻って授業!」と一喝されたら、大人しく帰ってゆくしかない。
何があったか気になっていても、教室で話し続けていたなら、叱られてしまう。
(ブルーのクラスも、俺がブルーについてった後は…)
担任の教師が駆け付けて来て、その場を無事に収めて行った。
「ブルー君なら、大丈夫ですよ」と、「ハーレイ先生も一緒ですから」と。
最小限で済んだ騒ぎは、「ハーレイの着任が遅れたから」で、神が計算していたのだろう。
「このタイミングで出会うのがいい」と、学校や他の生徒に迷惑をかけないように。
(そういう意味でも、教師で正解…)
俺にピッタリの職ってヤツだ、と心から思う。
仕事さえ上手く都合がついたら、帰りにブルーの家にも寄れる。
学校の中でもブルーに会えるし、これ以上の職は無いだろう。
まさに天職というヤツだよな、と考える内に、別のことが頭に浮かんで来た。
遠く遥かな時の彼方で、前の自分が就いていた職。
(キャプテン・ハーレイではあるが…)
今の時代も、有名なヤツはソレなんだがな、と苦笑する。
人間が全てミュウになっている今の時代は、前のハーレイは「英雄」だった。
「キャプテン・ハーレイの航空宙日誌」まで、ベストセラーになっているほど。
とはいえ、長い時を経たって、「キャプテン・ハーレイ」の過去は変わりはしない。
いくら「キャプテン」の方が有名でも、その前の職も知られてはいた。
まだ「シャングリラ」という名を持たなかった船で、前のハーレイがどうしていたか。
(…厨房出身なんだよなあ…)
ついでに備品倉庫の管理人だ、と今も鮮やかに覚えている。
燃えるアルタミラから逃げ出した船で、自然とそういう役目がついた。
「厨房で皆の食事を作る」仕事で、ジャガイモ地獄も、キャベツ地獄も乗り越えた。
仲間たちが飽きてしまわないよう、せっせと工夫と努力を重ねて、料理して。
「またジャガイモか」と文句が出たって、船にはそれしか無いのだから。
その厨房に馴染んでいたのに、降って来たのが「キャプテン」という職業だった。
まるで全く向いてはいない、とハーレイ自身も思ったくらいに畑が違う。
(船の航行に必要なデータでさえも、俺には少しも分からなくって…)
操舵となったら、どうすればいいか、想像すら出来ない異世界の技術。
だから「無理だ」と即答したのに、船の仲間は譲らなかった。
「船の仕組みが分からなくても、其処は得意な者がやるから」と食い下がって来た。
要は「名前だけのキャプテン」で良くて、船の仲間を纏められれば充分らしい。
(そう言われても、だ…)
はい、そうですか、と返事など出来るわけがない。
「向いていない」と断り続けて、厨房で仕事をするつもりでいた。
料理だったら慣れたものだし、食材の方も、前に比べたら偏りはしない。
また何かあって、ジャガイモ地獄が来たとしたって、慣れている分、上手くゆくだろう。
以前だったら思い付かない調理法など、レパートリーも増えているから、乗り切れる。
(俺はあくまで料理担当、と思っていたのに…)
ある日、背中を押しに来たのが、まだ少年の姿をしていた「ブルー」だった。
ブルーは船で唯一のタイプ・ブルーで、ソルジャーになるしかない立場にいて…。
(あいつが、俺に言ったんだ…)
船のキャプテンになって欲しいのは、「ハーレイだけだ」と、真剣な目で。
「ハーレイにだったら、命を預けられるから」とも。
(俺が一番、息が合うんだ、って言われちまったら…)
もう、それ以上は、断れなかった。
ブルーの本当の年はともかく、中身の方は「まだ少年」で、一人きりで船を背負うのは…。
(出来はしたって、キツすぎるってモンでだな…)
そんなブルーを「俺はキャプテンには向いてないから」と、放っておけるわけがない。
向いていなくても、キャプテンに就任しさえしたなら、ブルーを側で支えてゆける。
(…やるしかない、ってヤツだよなあ…?)
でなきゃ、一生、後悔するぞ、と「前の自分」は決断した。
畑違いの職業だろうが、ブルーのためなら、キャプテンというヤツになってやる、と。
それから後は、努力あるのみ。
「フライパンも船も、似たようなものさ」と軽口を叩いて、自分自身を励ました。
「どっちも、焦げたら大変だしな?」と皆を笑わせたりして、船と仲間を守り続けた。
操舵も覚えて、白いシャングリラになった後にも、懸命に舵を握っていた。
前のブルーがいなくなっても、ブルーが残した言葉を励みに、船を地球まで運んで行って。
そんな具合に、前の自分は「向いていない」職を立派に務めた。
今の時代も「キャプテン・ハーレイ」として名高いくらいに、キャプテンが仕事なのだけど…。
(必死にやるしかなかっただけで…)
向いていたのは厨房だよな、と振り返ってみても、そう思える。
厨房か、キャプテンか、好きに選んでいいのだったら、厨房の方に決めただろう。
フライパンや鍋を自在に使って、あらゆる食材を料理してゆく調理人の方が、断然いい。
(そういう俺が、キャプテンなんかになったのは…)
前のブルーが望んだからで、向きや不向きは無関係だった。
もしも「ブルー」に頼まれたならば、機関部にだって行ったろう。
医務室に詰めて、ノルディを手伝う看護師だって、きっとやったに違いない。
(…そうなると、だ…)
今の自分の天職の方も、ブルーが望めば、違う職業になるのだろうか。
まるで全く向いていなくても、「やって欲しいよ」と、今のブルーに頼まれたなら。
(…はてさて、そいつは…)
どうなんだかな、と顎に手を当て、考えてみる。
まずは「ブルーに頼まれる」わけで、それを「断れない」状況でないと話にならない。
前のブルーがそうだったように、今のブルーが「ハーレイを必要とする」状態。
(…俺があいつをサポートしないと、あいつは一人きりってヤツで…)
そいつは、どうやら有り得ないな、と答えは直ぐに弾き出された。
今は平和な時代なのだし、ブルーは「ハーレイの支え」なんかは必要としない。
わざわざ仕事を変更してまで、ブルーを支えてやらなくてもいい。
(なんと言っても、今度は結婚するんだし…)
もう最高の伴侶でパートナーだから、それ以上の「支え」は無いだろう。
いつもブルーを支え続けて、同じ家で一緒に暮らしてゆく。
「キャプテン・ハーレイ」とは比較にならない、ブルーのために生きる人生。
(そっちの方も、俺の天職で…)
ブルーを大事に支えてやるさ、とコーヒーを一口、飲んだ所で、不意に掠めていった考え。
平和な今の時代にしたって、危険を伴う職なら「在った」。
プロの登山家というヤツだったら、サイオンを使ったりせずに…。
(うんと高い山を、遠い昔と変わりやしない道具や装備で…)
地道にコツコツ登ってゆく。
目が眩みそうな断崖だろうが、ザイルやハーケンだけを頼りに、自分の手足で。
(…絶対、有り得ない話ではあるが…)
今のブルーが「登山家になる」と言うのだったら、今の生でも迷わず「転職する」だろう。
「山登りなんかは向いていないぞ」と心底、思っていたとしたって、その道をゆく。
ブルーが登山家の道を選んで、厳しい寒さや薄い空気の中を登ってゆくのなら。
(あいつが誰かと組んで登るなら、俺しかいない筈だしな?)
向いてなくても、俺も登山家になるまでだよな、とクスッと笑う。
今のブルーは、そんな職など、けして選びはしないけれども、選ぶのならばついてゆく。
遠く遥かな時の彼方で、前の自分が「そうした」ように。
ブルーを側で支え続けて、たとえ断崖絶壁だろうが、ブルーと二人で登って行って…。
向いてなくても・了
※ハーレイ先生が天職だと思う、教師の仕事。前の生だと、キャプテンよりは厨房が好み。
キャプテンなんかは向いてないのに、ブルーの頼みでやった転職。今の生でもやりそうですv
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