誰もいないと
「ねえ、ハーレイ。誰もいないと…」
寂しくならない、と小さなブルーが傾げた首。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? どうした、急に?」
今なら俺がいるだろう、とハーレイは自分の顔を指差した。
「誰もいない」どころではない、穏やかな時間。
ブルーの前にはハーレイがいるし、休日だけに両親もいる。
普段は仕事でいない父まで、家にいるのが当たり前の日。
なのに何故、と不思議に思ったハーレイだけれど…。
(待てよ、みんなが揃っているから、逆にだな…)
一人きりの時を思い出したのかもな、と気が付いた。
ブルーが一人きりになる日は、滅多に無い。
身体が弱い子供だから、とブルーの母は常に気を配る。
買い物するにも、外出にしても、ブルーが登校している間。
いつもそういう具合だけれど、例外の日も、たまにはある。
急に用事が出来た時とか、買い忘れた急ぎの物があるとか。
(ブルーが学校から帰って来たら、鍵が掛かってて…)
家に入ると、リビングのテーブルにメモが一枚。
行先や用事や、帰る時間が書かれた、ブルーへの伝言用。
そういった日でも、ブルーは何も困りはしない。
テーブルには、おやつのケーキなどが置かれている筈。
飲み物にしても、暑い季節なら、何か作ってあるだろう。
新鮮なレモンでレモネードだとか、アイスティーとか。
(…しかしだな…)
困らなくても、「急に、一人」には違いない。
思ってもいない一人暮らしが、ほんの一瞬、やって来る。
見回してみても部屋に人影は無くて、庭にだっていない。
もちろん、物音などもしなくて、せいぜい小鳥の声くらい。
(……うーむ……)
慣れていないと寂しいかもな、とハーレイは思い当たった。
恐らく、そんな時間を指しているのだろう。
まだまだ子供のブルーなのだし、きっと、思い出して…。
(俺にも、聞いてみたってトコか)
なるほどな、とハーレイは大きく頷く。
一人暮らしが長い「ハーレイ」の意見が気になるのも当然。
ならば、答えてやるべきだろう。
「どうしたんだ?」などと言っていないで、自分のことを。
そう思ったから、ハーレイは「俺か?」と微笑んだ。
「俺なら、特に寂しくはないな」
なにしろ慣れているモンだから、と軽く両手を広げる。
「この手さえあれば、飯も作れるし、本も読めるし…」
退屈している暇は無いぞ、と片目を瞑った。
実際、一人で寂しいと思ったことなどは無い。
一人暮らしの家は気楽で、誰に気兼ねをすることも無い。
気が向いた時に、好きに時間を使ってゆける。
夜中に、突然、何か食べたくなったって…。
(キッチンに出掛けて、湯を沸かそうが…)
鍋をカチャカチャやっていようが、誰の眠りも邪魔しない。
誰かいたなら、深夜の料理は、迷惑でしかないだろう。
(食いたい気持ちを押さえ付けるか、抜き足、差し足…)
音を立てないように気を付け、食器の音にも気を付けて。
皿が一枚、カチャンと鳴ったら、誰かを起こす恐れがある。
(その手の心配、俺には、まるで無いからなあ…)
一人暮らしのいいトコなんだ、と心から思う。
だから、ブルーにも、そう言ったけれど…。
「…本当に? ハーレイ、ホントに寂しくないの?」
誰かいたらな、と考えないの、とブルーは畳み掛けて来た。
「お料理の新作、出来た時とか…」と例を挙げて。
「あー…。なるほど、それは確かにあるかもなあ…」
例外中の例外だが、とハーレイも頷かざるを得なかった。
レシピをアレンジするのは常で、珍しくはない。
とはいえ、たまに大きな挑戦もする。
「この食材で、こうやってみたら、どうなるか」と。
それで美味しい料理が出来たら、誰かに披露したくなる。
「おい、ちょっと来て、食ってみろ」と、声を掛けて。
けれども、誰もいない家では、それは出来ない。
試食してくれる家族も、同居人さえいない。
「誰か、呼んどくべきだったよな」と考えた経験が何度か。
誰もいないのが「寂しい」ような気分に包まれる時。
「あるな、寂しくなっちまう時…」
ほんのちょっぴりなんだがな、とハーレイは苦笑する。
そう頻繁ではないのだけれども、寂しくなる日。
ハーレイの告白を聞いたブルーは、「でしょ?」と笑った。
「だからね、寂しくならないように…」
ぼくを呼んでよ、と赤い瞳が嬉しそうに煌めく。
「いつでも行くから」と、「夜でも、パパの車でね」と。
(そう来たか…!)
家には呼ばない約束だしな、とハーレイは唸る。
口実があれば、ブルーは、いそいそとやって来るだろう。
「お料理の新作、何が出来たの?」と試食をしに。
(よくも悪知恵、働かせやがって…!)
小悪魔めが、とハーレイはブルーを睨んで、言い放った。
「誰が呼ぶか!」と、決然と。
「お前に頼むくらいだったら、他を当たるぞ!」
友人も知人も、いくらでもいるものだから。
お隣さんに「どうぞ」とお裾分けでも、いいのだから…。
誰もいないと・了
寂しくならない、と小さなブルーが傾げた首。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? どうした、急に?」
今なら俺がいるだろう、とハーレイは自分の顔を指差した。
「誰もいない」どころではない、穏やかな時間。
ブルーの前にはハーレイがいるし、休日だけに両親もいる。
普段は仕事でいない父まで、家にいるのが当たり前の日。
なのに何故、と不思議に思ったハーレイだけれど…。
(待てよ、みんなが揃っているから、逆にだな…)
一人きりの時を思い出したのかもな、と気が付いた。
ブルーが一人きりになる日は、滅多に無い。
身体が弱い子供だから、とブルーの母は常に気を配る。
買い物するにも、外出にしても、ブルーが登校している間。
いつもそういう具合だけれど、例外の日も、たまにはある。
急に用事が出来た時とか、買い忘れた急ぎの物があるとか。
(ブルーが学校から帰って来たら、鍵が掛かってて…)
家に入ると、リビングのテーブルにメモが一枚。
行先や用事や、帰る時間が書かれた、ブルーへの伝言用。
そういった日でも、ブルーは何も困りはしない。
テーブルには、おやつのケーキなどが置かれている筈。
飲み物にしても、暑い季節なら、何か作ってあるだろう。
新鮮なレモンでレモネードだとか、アイスティーとか。
(…しかしだな…)
困らなくても、「急に、一人」には違いない。
思ってもいない一人暮らしが、ほんの一瞬、やって来る。
見回してみても部屋に人影は無くて、庭にだっていない。
もちろん、物音などもしなくて、せいぜい小鳥の声くらい。
(……うーむ……)
慣れていないと寂しいかもな、とハーレイは思い当たった。
恐らく、そんな時間を指しているのだろう。
まだまだ子供のブルーなのだし、きっと、思い出して…。
(俺にも、聞いてみたってトコか)
なるほどな、とハーレイは大きく頷く。
一人暮らしが長い「ハーレイ」の意見が気になるのも当然。
ならば、答えてやるべきだろう。
「どうしたんだ?」などと言っていないで、自分のことを。
そう思ったから、ハーレイは「俺か?」と微笑んだ。
「俺なら、特に寂しくはないな」
なにしろ慣れているモンだから、と軽く両手を広げる。
「この手さえあれば、飯も作れるし、本も読めるし…」
退屈している暇は無いぞ、と片目を瞑った。
実際、一人で寂しいと思ったことなどは無い。
一人暮らしの家は気楽で、誰に気兼ねをすることも無い。
気が向いた時に、好きに時間を使ってゆける。
夜中に、突然、何か食べたくなったって…。
(キッチンに出掛けて、湯を沸かそうが…)
鍋をカチャカチャやっていようが、誰の眠りも邪魔しない。
誰かいたなら、深夜の料理は、迷惑でしかないだろう。
(食いたい気持ちを押さえ付けるか、抜き足、差し足…)
音を立てないように気を付け、食器の音にも気を付けて。
皿が一枚、カチャンと鳴ったら、誰かを起こす恐れがある。
(その手の心配、俺には、まるで無いからなあ…)
一人暮らしのいいトコなんだ、と心から思う。
だから、ブルーにも、そう言ったけれど…。
「…本当に? ハーレイ、ホントに寂しくないの?」
誰かいたらな、と考えないの、とブルーは畳み掛けて来た。
「お料理の新作、出来た時とか…」と例を挙げて。
「あー…。なるほど、それは確かにあるかもなあ…」
例外中の例外だが、とハーレイも頷かざるを得なかった。
レシピをアレンジするのは常で、珍しくはない。
とはいえ、たまに大きな挑戦もする。
「この食材で、こうやってみたら、どうなるか」と。
それで美味しい料理が出来たら、誰かに披露したくなる。
「おい、ちょっと来て、食ってみろ」と、声を掛けて。
けれども、誰もいない家では、それは出来ない。
試食してくれる家族も、同居人さえいない。
「誰か、呼んどくべきだったよな」と考えた経験が何度か。
誰もいないのが「寂しい」ような気分に包まれる時。
「あるな、寂しくなっちまう時…」
ほんのちょっぴりなんだがな、とハーレイは苦笑する。
そう頻繁ではないのだけれども、寂しくなる日。
ハーレイの告白を聞いたブルーは、「でしょ?」と笑った。
「だからね、寂しくならないように…」
ぼくを呼んでよ、と赤い瞳が嬉しそうに煌めく。
「いつでも行くから」と、「夜でも、パパの車でね」と。
(そう来たか…!)
家には呼ばない約束だしな、とハーレイは唸る。
口実があれば、ブルーは、いそいそとやって来るだろう。
「お料理の新作、何が出来たの?」と試食をしに。
(よくも悪知恵、働かせやがって…!)
小悪魔めが、とハーレイはブルーを睨んで、言い放った。
「誰が呼ぶか!」と、決然と。
「お前に頼むくらいだったら、他を当たるぞ!」
友人も知人も、いくらでもいるものだから。
お隣さんに「どうぞ」とお裾分けでも、いいのだから…。
誰もいないと・了
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