時間が無くっても
(ハーレイ、来てくれなかったよ…)
ちょっぴり残念、と小さなブルーが零した溜息。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(ハーレイに会えたら話さなくっちゃ、って思ってることは、一つも無くて…)
仕事の帰りに寄ってくれたら嬉しいな、と期待していただけなのだけれど、少し寂しい。
前の生では、ハーレイに会えない日などは、一度も無かった。
ハーレイがキャプテンだったお蔭で、そういう仕組みになっていた。
(ソルジャーのぼくに、何も報告しないだなんて…)
許される方がおかしいのだから、必ず、一度は顔を合わせた。
それだけのために、朝食の時間があったほど。
ハーレイもブルーも、朝は食事をするのだから、と朝食を一緒に摂ることになった。
だから毎朝、食事しながら、あれこれ色々、話していた。
至極真面目にシャングリラや、ミュウの未来も論じたけれども、二人の未来のことも話した。
いつか地球まで辿り着いたら、二人きりで暮らせる筈だから、と夢を見ていた。
(その夢、まるで違う形で、ちゃんと実現したんだけれど…)
神様の都合で、おかしなことになっちゃった、とブルーは残念でたまらない。
今のブルーは十四歳にしかならない子供で、ハーレイはブルーが通う学校の古典の教師。
恋人同士だと言えないどころか、二人で暮らすことも出来ない。
(だから、ハーレイが来てくれないと…)
二人きりで会うことも出来ずに、今日のように溜息をつく羽目になる。
ハーレイが訪ねて来てくれていたら、両親つきでも、夕食を一緒に食べられたのに。
(きっとハーレイ、今日は用事があったんだ…)
此処へ来る時間が無かったんだよ、と分かってはいる。
会議があったか、柔道部の指導が長引いたのか、その辺の理由は謎だけれども。
(他の先生と食事をしに行っちゃっても、それも、お仕事…)
そう思わないと辛いもんね、と自分自身に言い聞かせる。
ハーレイが食事を楽しんでいても、そうなったのは仕事の付き合いだから、という風に。
でないと、嫉妬してしまう。
男の先生ばかりだったとしたって、「ぼくのハーレイ、盗られちゃった!」と怒りたくなる。
ハーレイが食事に誘われなければ、家に来てくれていた筈なのだから。
とはいえ、そうそう怒ってばかりもいられない。
今のハーレイの仕事からして、時間が無い日が出来てしまうのは、当たり前だと言えるだろう。
学校の教師ではなかったとしても、仕事があったら、そうなってしまう。
(前のハーレイの仕事の方が、きっと普通じゃなかっただけで…)
同じシャングリラにハーレイがいても、厨房だったら、まるで事情が違っていそう。
キャプテンだったら、ソルジャー抜きでは、日々の仕事が進みはしない。
指示を仰いだり、報告をしたり、前のブルーに会わねばならない用がドッサリ山積みだった。
たまに用が無い日があったとしたって、「これといったことはありません」といった報告。
「何も無かった」ということ自体が、シャングリラでは重要だった。
平穏無事に一日が終わる保証は、何処にも無かった船だったから。
(でも、ハーレイがキャプテンにならずに、厨房の係のままだったなら…)
ソルジャーのブルーに会う必要など、普通だったら、まず有り得ない。
食堂のメニューを変更しようと考えたって、ブルーに相談することではない。
厨房担当のクルーを集めて、会議を開いて決めるだけ。
(ハーレイが厨房のトップにいたって、そうなっちゃうよね…)
こんな料理を出そうと思う、と相談するのも、ソルジャーではなくて、厨房の者になるだろう。
新しいメニューに使う食材の調達にしても、農場の者などに相談しにゆく。
「こういう料理を出したいんだが、食材の方は足りるだろうか?」と、必要な量を挙げながら。
(…それで増産しなくっちゃ、ってことになっても…)
農場などの生産量を変える相談は、ソルジャーの所まで届きはしない。
途中の何処かで決まってしまって、最終的には、ハーレイではないキャプテンが来る。
「ソルジャー、食堂のメニューが変わるそうです」と、いつから変わるか、報告をしに。
新しいメニューはどんなものかを、きちんと紙に書いたりもして。
(それに目を通して、「分かったよ」って言うのが、ソルジャーの仕事で…)
後は新作の試食といった所だろうか。
其処でようやく、ハーレイの出番がやって来る。
「試食をお願い出来るでしょうか」と、新しい料理をトレイに載せて、青の間まで運ぶ。
もしかしたら、最後の仕上げの部分は、青の間の厨房でやるかもしれない。
(出来た料理を、ぼくの前に置いて…)
食べている間も「如何ですか?」と感想を聞いて、場合によってはメモも取るだろう。
改善すべき部分があるなら、後で早速、取り組まないといけないのだから。
(…そんな時しか、会えないってば!)
厨房が、うんと忙しかったら、何日会えなくなっちゃんだろう、と恐ろしくなる。
(…前のハーレイの仕事、キャプテンでホントに良かったよ…)
厨房だったら悲しすぎるよ、と思うものだから、今のハーレイにも文句は言えない。
もっと忙しい仕事に就いていたなら、会えない日だって増えるのだから。
今日は会えずに終わったけれども、今のハーレイは、充分、努力していると思う。
仕事の帰りに寄れるようにと、時間が無くても、頑張っているに違いない。
ゆっくり歩いてもかまわないのに、小走りだったり、全力疾走したりもして。
(仕事を済ませて、自分の家に帰るだけなら、ゆっくり歩けばいいけれど…)
ブルーの家に寄る時間を取るなら、間に合わない時もあるだろう。
そうした時には全力疾走、あるいは小走り、そうやって時間を作ってゆく。
「まずいな、これじゃ間に合わないぞ」と思った所で、急ぎ始めて。
(生徒は走っちゃダメな廊下も、階段だって…)
教師の場合は別なのだから、走っても誰も咎めはしない。
大荷物を担いで走ってゆこうが、「大変ですね」と労いの声が掛かるだけ。
「よかったら、半分、持ちましょうか」と、手伝う教師も現れる。
場合によっては「次の授業はありませんから、代わりに運んでおきますよ」と言う人だって。
(ハーレイ、頑張ってくれてるんだし、文句を言ったら、本当にダメ…)
ぼくの方は、うんと暇なんだから、と指で額をコツンと叩いた。
「時間が無くても頑張ってくれるハーレイのことを、恨んだりしちゃダメなんだよ」と。
きっとこの先も、ハーレイの時間が足りない時は、何度も何度もあるだろう。
結婚して二人で暮らし始めても、ハーレイの仕事は続いてゆくから、そんな日もある。
「ハーレイ、まだかな?」と待っていたって、なかなか帰って来ないような日。
(夕食の支度は、ハーレイがする、って言ってるけれど…)
そのハーレイが帰らないなら、たまには料理もしておいた方がいいかもしれない。
冷蔵庫を覗いて「何があるかな?」と確かめてから、それで作れそうな簡単なものを。
(調理実習は何度かしてるし、カレーとかなら出来るよね?)
ハーレイのように本格的なものは作れなくても、基本のルーを使って煮込めば、きっと。
炒め物でも出来ると思うし、目玉焼きだって作れるし…。
(あとはサラダと、お味噌汁くらい…)
作っておいたら喜ばれそう、と思った所で、ハタと気付いた。
結婚した後、毎日、家で留守番しているつもりだけれども、どうなのだろう。
上の学校に行かない以上は、結婚したら、当然、そうなる。
(…そうだと思い込んでたけれど…)
違う未来があるかもしれない。
上の学校に行くことになってしまって、結婚したって、学校に行く日が続いてゆく。
ハーレイが教師をしている場所とは全く違って、生徒の中には立派な大人もいる学校へ。
(…上の学校、ぼくは、行く気は全く無くて…)
ハーレイも、「行け」と言ってはいない。
でも、両親はどうだろう。
ハーレイと結婚したいことなど、まだ一回も話してはいない。
そうなってくると、両親の頭の中では、上の学校に行くということで決まっていそう。
チビのままで身体が育たなかったら、そういう子供が行く幼年学校になるけれど…。
(其処でやるのは、普通の上の学校と同じ勉強で…)
違う所は、学校でどういう具合に過ごしてゆくか、という所だけ。
なにしろ身体が子供なのだし、上の学校の生徒のようには暮らしてゆけない部分も多い。
合宿にしても、フィールドワークに出掛けるにしても、実験の時間を設けるにしても。
(上の学校だと、学校に泊まり込みで実験しなくちゃいけないだとか…)
選んだ勉強の中身によっては、そういったこともあるらしい。
実験の結果が出て来る時間が、人間の都合に上手く合うとは限らない。
朝一番に準備を始めて実験開始で、お昼御飯も実験室で食べたとしたって、結果は夜とか。
(しかも学校の門が閉まっちゃうほど、遅い時間になっちゃって…)
もうすぐ日付が変わりそうとか、それくらい遅くなるのだったら、泊まるしかない。
身体がしっかり出来上がっている生徒だったら、少しも問題無いけれど…。
(今のぼくみたいに、チビのままだと…)
眠くなってしまって耐えられないから、その時のための備えが要る。
「少し寝て来ていいですよ」と、手伝ってくれる大人の助手とか、先生だとか。
上の学校では、其処まで面倒は見られないから、幼年学校が必要になる。
勉強はきちんと出来るけれども、身体がついてゆかない生徒が通う学校として。
(…パパとママ、きっと、どっちも考えてるよね…?)
上の学校に行く年になってもチビのままなら、幼年学校、といった具合に、頭の中で。
「きっとブルーは学校に行くし、どっちだろう」と、相談しているかもしれない。
家から通える所がいいか、寮に入れる学校がいいか、ブルーが全く知らない間に、色々と。
(今の学校、まだ一年目で…)
四年生まである学校だし、すっかり油断していたけれども、可能性の方はゼロではない。
「何処がいいかな」と、パンフレットも集めているとか、まるで無いとは言い切れない。
(今からその気で、準備を始めているんなら…)
卒業する年が近付いて来たら、「この学校がいいと思う」と言われそう。
「家から近くて、便利そうでしょ?」とか、「寮だし、通うよりも楽よ」だとか。
(そんなの、困る…!)
学校なんかより、結婚だよ、と思うけれども、両親が譲らなかった時には、学校で決まり。
「結婚だってば!」と意地を張ったら、「じゃあ、両方で」と提案される。
結婚を許してもいいのだけれども、結婚したって、学校の方にも通うように、と。
(…そういう人って、実際、いるよね…)
幼年学校にはいないけれども、普通の上の学校だったら、珍しくない。
結婚していて、でも学生で、という二足の草鞋を履いている人は、幾らでもいる。
(パパとママが結婚を許してくれる条件、それだったなら…)
ぼくの方が、ハーレイよりも忙しいことになっちゃいそう、と愕然とした。
上の学校の生徒というのは、暇な時には、今の学校より、遥かに暇なのは知っている。
遊びにゆける時間もたっぷり取れるし、夏休みとかの休暇も長い。
ところが、忙しくなった時には、今の学校とは比較にならない忙しさ。
さっき考えていた、泊まり込みでの実験みたいに、とんでもないのがやって来る。
(そういう研究、していなくっても…)
試験が幾つも立て続けにあって、レポートや課題の締め切りまでが重なることもあるらしい。
普段は暇にしている生徒も、その時ばかりは、遊ぶどころか…。
(お金を貯めて旅行をしよう、ってアルバイトなんかをしている人も…)
アルバイト先に「忙しいので休みます」と届けを出して、必死に勉強、レポートに課題。
いくら頭がいい生徒だって、頭の良さだけでは乗り切れない。
レポートも課題も、うんと時間を取られるのだから、他のことをしてはいられない。
(ぼくがハーレイと結婚してても、そんなの、まるで関係無くて…)
試験も課題も、レポートだって、もう容赦なく襲って来るから、逃げられなくて…。
(ハーレイが夜食を作ってくれても、「ありがとう」としか言えなくて…)
勉強机で夜食を食べたら、脇目も振らずに勉強に課題、それにレポートばかりの毎日。
ハーレイと話をしている暇さえ、まるで全く無いかもしれない。
(だけど、時間が無くっても…)
忙しい時期さえ終わってしまえば、またゆっくりと話が出来るし、ドライブも出来る。
それを励みに頑張るしか、と思うけれども、避けたい未来。
ハーレイと結婚するのだったら、家で帰りを待っていたいと思うから。
学校に通って必死に時間をやりくりするより、その方がきっと、幸せだから…。
時間が無くっても・了
※ハーレイ先生と結婚した後、家で留守番するつもりなのがブルー君。帰りを待つだけ。
けれど、上の学校に行くことになれば、忙しすぎる日がやって来るかも。試験にレポートv
ちょっぴり残念、と小さなブルーが零した溜息。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(ハーレイに会えたら話さなくっちゃ、って思ってることは、一つも無くて…)
仕事の帰りに寄ってくれたら嬉しいな、と期待していただけなのだけれど、少し寂しい。
前の生では、ハーレイに会えない日などは、一度も無かった。
ハーレイがキャプテンだったお蔭で、そういう仕組みになっていた。
(ソルジャーのぼくに、何も報告しないだなんて…)
許される方がおかしいのだから、必ず、一度は顔を合わせた。
それだけのために、朝食の時間があったほど。
ハーレイもブルーも、朝は食事をするのだから、と朝食を一緒に摂ることになった。
だから毎朝、食事しながら、あれこれ色々、話していた。
至極真面目にシャングリラや、ミュウの未来も論じたけれども、二人の未来のことも話した。
いつか地球まで辿り着いたら、二人きりで暮らせる筈だから、と夢を見ていた。
(その夢、まるで違う形で、ちゃんと実現したんだけれど…)
神様の都合で、おかしなことになっちゃった、とブルーは残念でたまらない。
今のブルーは十四歳にしかならない子供で、ハーレイはブルーが通う学校の古典の教師。
恋人同士だと言えないどころか、二人で暮らすことも出来ない。
(だから、ハーレイが来てくれないと…)
二人きりで会うことも出来ずに、今日のように溜息をつく羽目になる。
ハーレイが訪ねて来てくれていたら、両親つきでも、夕食を一緒に食べられたのに。
(きっとハーレイ、今日は用事があったんだ…)
此処へ来る時間が無かったんだよ、と分かってはいる。
会議があったか、柔道部の指導が長引いたのか、その辺の理由は謎だけれども。
(他の先生と食事をしに行っちゃっても、それも、お仕事…)
そう思わないと辛いもんね、と自分自身に言い聞かせる。
ハーレイが食事を楽しんでいても、そうなったのは仕事の付き合いだから、という風に。
でないと、嫉妬してしまう。
男の先生ばかりだったとしたって、「ぼくのハーレイ、盗られちゃった!」と怒りたくなる。
ハーレイが食事に誘われなければ、家に来てくれていた筈なのだから。
とはいえ、そうそう怒ってばかりもいられない。
今のハーレイの仕事からして、時間が無い日が出来てしまうのは、当たり前だと言えるだろう。
学校の教師ではなかったとしても、仕事があったら、そうなってしまう。
(前のハーレイの仕事の方が、きっと普通じゃなかっただけで…)
同じシャングリラにハーレイがいても、厨房だったら、まるで事情が違っていそう。
キャプテンだったら、ソルジャー抜きでは、日々の仕事が進みはしない。
指示を仰いだり、報告をしたり、前のブルーに会わねばならない用がドッサリ山積みだった。
たまに用が無い日があったとしたって、「これといったことはありません」といった報告。
「何も無かった」ということ自体が、シャングリラでは重要だった。
平穏無事に一日が終わる保証は、何処にも無かった船だったから。
(でも、ハーレイがキャプテンにならずに、厨房の係のままだったなら…)
ソルジャーのブルーに会う必要など、普通だったら、まず有り得ない。
食堂のメニューを変更しようと考えたって、ブルーに相談することではない。
厨房担当のクルーを集めて、会議を開いて決めるだけ。
(ハーレイが厨房のトップにいたって、そうなっちゃうよね…)
こんな料理を出そうと思う、と相談するのも、ソルジャーではなくて、厨房の者になるだろう。
新しいメニューに使う食材の調達にしても、農場の者などに相談しにゆく。
「こういう料理を出したいんだが、食材の方は足りるだろうか?」と、必要な量を挙げながら。
(…それで増産しなくっちゃ、ってことになっても…)
農場などの生産量を変える相談は、ソルジャーの所まで届きはしない。
途中の何処かで決まってしまって、最終的には、ハーレイではないキャプテンが来る。
「ソルジャー、食堂のメニューが変わるそうです」と、いつから変わるか、報告をしに。
新しいメニューはどんなものかを、きちんと紙に書いたりもして。
(それに目を通して、「分かったよ」って言うのが、ソルジャーの仕事で…)
後は新作の試食といった所だろうか。
其処でようやく、ハーレイの出番がやって来る。
「試食をお願い出来るでしょうか」と、新しい料理をトレイに載せて、青の間まで運ぶ。
もしかしたら、最後の仕上げの部分は、青の間の厨房でやるかもしれない。
(出来た料理を、ぼくの前に置いて…)
食べている間も「如何ですか?」と感想を聞いて、場合によってはメモも取るだろう。
改善すべき部分があるなら、後で早速、取り組まないといけないのだから。
(…そんな時しか、会えないってば!)
厨房が、うんと忙しかったら、何日会えなくなっちゃんだろう、と恐ろしくなる。
(…前のハーレイの仕事、キャプテンでホントに良かったよ…)
厨房だったら悲しすぎるよ、と思うものだから、今のハーレイにも文句は言えない。
もっと忙しい仕事に就いていたなら、会えない日だって増えるのだから。
今日は会えずに終わったけれども、今のハーレイは、充分、努力していると思う。
仕事の帰りに寄れるようにと、時間が無くても、頑張っているに違いない。
ゆっくり歩いてもかまわないのに、小走りだったり、全力疾走したりもして。
(仕事を済ませて、自分の家に帰るだけなら、ゆっくり歩けばいいけれど…)
ブルーの家に寄る時間を取るなら、間に合わない時もあるだろう。
そうした時には全力疾走、あるいは小走り、そうやって時間を作ってゆく。
「まずいな、これじゃ間に合わないぞ」と思った所で、急ぎ始めて。
(生徒は走っちゃダメな廊下も、階段だって…)
教師の場合は別なのだから、走っても誰も咎めはしない。
大荷物を担いで走ってゆこうが、「大変ですね」と労いの声が掛かるだけ。
「よかったら、半分、持ちましょうか」と、手伝う教師も現れる。
場合によっては「次の授業はありませんから、代わりに運んでおきますよ」と言う人だって。
(ハーレイ、頑張ってくれてるんだし、文句を言ったら、本当にダメ…)
ぼくの方は、うんと暇なんだから、と指で額をコツンと叩いた。
「時間が無くても頑張ってくれるハーレイのことを、恨んだりしちゃダメなんだよ」と。
きっとこの先も、ハーレイの時間が足りない時は、何度も何度もあるだろう。
結婚して二人で暮らし始めても、ハーレイの仕事は続いてゆくから、そんな日もある。
「ハーレイ、まだかな?」と待っていたって、なかなか帰って来ないような日。
(夕食の支度は、ハーレイがする、って言ってるけれど…)
そのハーレイが帰らないなら、たまには料理もしておいた方がいいかもしれない。
冷蔵庫を覗いて「何があるかな?」と確かめてから、それで作れそうな簡単なものを。
(調理実習は何度かしてるし、カレーとかなら出来るよね?)
ハーレイのように本格的なものは作れなくても、基本のルーを使って煮込めば、きっと。
炒め物でも出来ると思うし、目玉焼きだって作れるし…。
(あとはサラダと、お味噌汁くらい…)
作っておいたら喜ばれそう、と思った所で、ハタと気付いた。
結婚した後、毎日、家で留守番しているつもりだけれども、どうなのだろう。
上の学校に行かない以上は、結婚したら、当然、そうなる。
(…そうだと思い込んでたけれど…)
違う未来があるかもしれない。
上の学校に行くことになってしまって、結婚したって、学校に行く日が続いてゆく。
ハーレイが教師をしている場所とは全く違って、生徒の中には立派な大人もいる学校へ。
(…上の学校、ぼくは、行く気は全く無くて…)
ハーレイも、「行け」と言ってはいない。
でも、両親はどうだろう。
ハーレイと結婚したいことなど、まだ一回も話してはいない。
そうなってくると、両親の頭の中では、上の学校に行くということで決まっていそう。
チビのままで身体が育たなかったら、そういう子供が行く幼年学校になるけれど…。
(其処でやるのは、普通の上の学校と同じ勉強で…)
違う所は、学校でどういう具合に過ごしてゆくか、という所だけ。
なにしろ身体が子供なのだし、上の学校の生徒のようには暮らしてゆけない部分も多い。
合宿にしても、フィールドワークに出掛けるにしても、実験の時間を設けるにしても。
(上の学校だと、学校に泊まり込みで実験しなくちゃいけないだとか…)
選んだ勉強の中身によっては、そういったこともあるらしい。
実験の結果が出て来る時間が、人間の都合に上手く合うとは限らない。
朝一番に準備を始めて実験開始で、お昼御飯も実験室で食べたとしたって、結果は夜とか。
(しかも学校の門が閉まっちゃうほど、遅い時間になっちゃって…)
もうすぐ日付が変わりそうとか、それくらい遅くなるのだったら、泊まるしかない。
身体がしっかり出来上がっている生徒だったら、少しも問題無いけれど…。
(今のぼくみたいに、チビのままだと…)
眠くなってしまって耐えられないから、その時のための備えが要る。
「少し寝て来ていいですよ」と、手伝ってくれる大人の助手とか、先生だとか。
上の学校では、其処まで面倒は見られないから、幼年学校が必要になる。
勉強はきちんと出来るけれども、身体がついてゆかない生徒が通う学校として。
(…パパとママ、きっと、どっちも考えてるよね…?)
上の学校に行く年になってもチビのままなら、幼年学校、といった具合に、頭の中で。
「きっとブルーは学校に行くし、どっちだろう」と、相談しているかもしれない。
家から通える所がいいか、寮に入れる学校がいいか、ブルーが全く知らない間に、色々と。
(今の学校、まだ一年目で…)
四年生まである学校だし、すっかり油断していたけれども、可能性の方はゼロではない。
「何処がいいかな」と、パンフレットも集めているとか、まるで無いとは言い切れない。
(今からその気で、準備を始めているんなら…)
卒業する年が近付いて来たら、「この学校がいいと思う」と言われそう。
「家から近くて、便利そうでしょ?」とか、「寮だし、通うよりも楽よ」だとか。
(そんなの、困る…!)
学校なんかより、結婚だよ、と思うけれども、両親が譲らなかった時には、学校で決まり。
「結婚だってば!」と意地を張ったら、「じゃあ、両方で」と提案される。
結婚を許してもいいのだけれども、結婚したって、学校の方にも通うように、と。
(…そういう人って、実際、いるよね…)
幼年学校にはいないけれども、普通の上の学校だったら、珍しくない。
結婚していて、でも学生で、という二足の草鞋を履いている人は、幾らでもいる。
(パパとママが結婚を許してくれる条件、それだったなら…)
ぼくの方が、ハーレイよりも忙しいことになっちゃいそう、と愕然とした。
上の学校の生徒というのは、暇な時には、今の学校より、遥かに暇なのは知っている。
遊びにゆける時間もたっぷり取れるし、夏休みとかの休暇も長い。
ところが、忙しくなった時には、今の学校とは比較にならない忙しさ。
さっき考えていた、泊まり込みでの実験みたいに、とんでもないのがやって来る。
(そういう研究、していなくっても…)
試験が幾つも立て続けにあって、レポートや課題の締め切りまでが重なることもあるらしい。
普段は暇にしている生徒も、その時ばかりは、遊ぶどころか…。
(お金を貯めて旅行をしよう、ってアルバイトなんかをしている人も…)
アルバイト先に「忙しいので休みます」と届けを出して、必死に勉強、レポートに課題。
いくら頭がいい生徒だって、頭の良さだけでは乗り切れない。
レポートも課題も、うんと時間を取られるのだから、他のことをしてはいられない。
(ぼくがハーレイと結婚してても、そんなの、まるで関係無くて…)
試験も課題も、レポートだって、もう容赦なく襲って来るから、逃げられなくて…。
(ハーレイが夜食を作ってくれても、「ありがとう」としか言えなくて…)
勉強机で夜食を食べたら、脇目も振らずに勉強に課題、それにレポートばかりの毎日。
ハーレイと話をしている暇さえ、まるで全く無いかもしれない。
(だけど、時間が無くっても…)
忙しい時期さえ終わってしまえば、またゆっくりと話が出来るし、ドライブも出来る。
それを励みに頑張るしか、と思うけれども、避けたい未来。
ハーレイと結婚するのだったら、家で帰りを待っていたいと思うから。
学校に通って必死に時間をやりくりするより、その方がきっと、幸せだから…。
時間が無くっても・了
※ハーレイ先生と結婚した後、家で留守番するつもりなのがブルー君。帰りを待つだけ。
けれど、上の学校に行くことになれば、忙しすぎる日がやって来るかも。試験にレポートv
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