忍者ブログ

時間が無くても
(今日は失敗しちまったよなあ…)
 こんなつもりじゃなかったのに、とハーレイはフウと溜息をついた。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎でコーヒーの時間。
 愛用のマグカップにたっぷりと淹れて、これからゆっくり味わってゆく。
(…こいつは、失敗しちゃいないんだ…)
 淹れるのは慣れたモンだからな、とコーヒーについては自信がある。
 時間がある日は豆から挽いて淹れるくらいに、コーヒーが好きで、手間だってかける。
 今日も夕食の片付けを済ませて、手際よく準備を始めて淹れた。
 書斎に移りたい気分になる頃、ちょうど熱いのが出来上がるように。
(豆から挽くほど、今日は時間が無かったが…)
 仕事がある日は当たり前だし、それは失敗には入らない。
 確かに時間は無かったけれども、いつものことだし、失敗の内に数えはしない。
(…しかしだな…)
 他の所で失敗続きの一日だった、とブルーを想って、申し訳ない気持ちになる。
 本当だったら、今日は仕事が終わった後に、ブルーに会える筈だった。
 愛車でブルーの家まで走って、窓から見下ろすブルーに大きく手を振って。
(その筈なんだが、いったい何処に消えちまったんだか…)
 ブルーの家に寄れる時間は…、と考えるほどに「失敗だった」と思えて来る。
 朝、学校に向かう時には、帰りの心づもりをしていた。
 仕事が終われば、今日は時間が充分あるから、ブルーの家に寄って帰ろう、と。
(いつも晩飯をご馳走になるし、たまには手土産でも持って…)
 出掛けてゆくのもいいモンだしな、と買い物までも予定していたくらい。
 新聞と一緒に届いたチラシの中から、目ぼしいものを幾つか眺めた。
 食料品店で各地の名産品が売られるようだし、美味しそうな物を探すのもいい。
 行きつけのパン屋も、焼き菓子の広告を入れていた。
(焼き菓子だったら日持ちするから、それでもいいし…)
 どれにするかな、と少し悩んで、帰りに決めることにした。
 学校を出る時、どういう気分になっているかで、手土産を買いに寄る店を選ぶ。
(名産品を見ながら、あれこれ目移りしてゆくコースか、パン屋に行って…)
 試食しながら「コレだ」と決めるか、それは帰りの気分次第でいいだろう。
 朝から迷って無理に決めるより、直感の方が断然いい。
 「こうだ」と決める時には一瞬、その閃きが運を引き寄せる。
 悩んで時間を費やすよりも、結果はグンと良くなるものだ、と思えるから。


 そんな具合で、時間を上手く使ってゆくのは、ハーレイの得意分野と言える。
 だから滅多に失敗しないし、時間が足りなくなることも無い。
 ところが今日は…。
(やっちまった、と言うべきか…)
 時間が無くなっちまってたんだ、と、また溜息が零れてしまう。
 手土産を買ってゆく時間もあるな、と踏んでいたのに、何処で計算が狂ったものか。
 学校を出られる時間が来たのは、ブルーの家に寄って帰るには遅すぎる頃になってから。
 日もとっぷりと暮れてしまって、余計に情けない気分になった。
 「なんてこった」と、「こんな筈ではなかったんだ」と、ブルーに心で謝りながら。
(…一つ一つは、大したことでは…)
 まるで無かった筈なんだよな、と時間が何処かに消えてしまった原因を思い返してみる。
 ちょっとした用事を頼まれたとか、生徒に呼び止められたとか。
(どれも、ちょっぴり時間があれば、だ…)
 簡単に片付くことばかりだし、その時は何とも思わなかった。
 後になってから積もり積もって、時間がすっかり消えるだなんて、誰が気付くというのだろう。
(それこそ、俺は神様じゃないし…)
 予知能力だって持っていないから、先のことなど分かりはしない。
 いつもの「気のいいハーレイ」のままで、あちこちで用を引き受けた。
 生徒に質問された時にも、答えたついでに、他の生徒も交えて雑談。
(俺にとっては、ごく当たり前の日常で…)
 普段以上にサービスしたとか、熱が入って頑張り過ぎた、ということだって無かった一日。
 けれど、仕事が終わった時には、朝、たっぷりとあった時間は消え失せていた。
 悪戯小僧の妖精か何かに、知らない間に、ヒョイと盗まれてしまったように。
(まさに狐につままれたよう、ってヤツだよなあ…)
 狐に盗まれちまったかな、と尻尾が太くて顔が尖った、悪戯者を思い浮かべる。
 山から子狐が降りて来ていて、時間を盗んで行っただろうか。
(そういや、昼間に…)
 晴れているのに、ほんの少しだけ、小雨が降った。
 いわゆる「狐の嫁入り」だから、嫁入り行列について来ていた、子狐の仕業かもしれない。
 人間にちょっぴり悪戯したくて、頭に木の葉をヒョイと乗っけて、近付いて来て…。
(俺の時間を持ってったってか?)
 本当にそうかもしれないな、と思えて来るほど、今日は不思議に時間が消えた。
 大した用など一つも無いのに、仕事の帰りにブルーの家に寄れなくなってしまったほどに。


(…次にあいつの家に行った時、あいつが膨れちまっていたら…)
 狐の話をしてやるとするか、と軽く肩を竦めて、コーヒーのカップを傾ける。
 きっとブルーは、今日はすっかりしょげてしまって、溜息をついていただろう。
 「今日はハーレイ、来なかったよ…」と、暮れてしまった庭を眺めて、残念そうに。
 こういう会えない日が続いたなら、ブルーは機嫌を損ねてしまって、膨れがちになる。
 せっかく久しぶりに会えても、プンスカ怒っていたりもする。
 「ぼくのこと、忘れていたんでしょ!」と眉を吊り上げることもあるから、そうなったなら…。
(すまん、と最初に謝ってから…)
 時間を盗んで行った狐の話を聞かせて、「仕方ないだろ?」と許しを請うのもいいだろう。
 悪戯小僧の子狐に時間を盗まれたのなら、どうすることも出来るわけがない。
 頭の上に葉っぱを乗っけて、姿を消して逃げた狐を追い掛けるなんて、前のブルーでも…。
(サイオン抜きでは、出来やしないぞ?)
 使ってみたって無理かもしれん、と可笑しくなる。
 狐が姿を消す方法と、サイオンシールドで姿を消すのは、多分、仕組みが違うと思う。
 前のブルーが「ハーレイ、狐に時間を盗まれたって?」と探してみたって、見付かるかどうか。
(…狐ってヤツが、ナキネズミみたいに思念波でだな…)
 仲間と話をしているのならば、追跡は可能かもしれない。
 「人間の時間を盗んじゃったよ!」と得意満面で跳ねる思念を追ったら、その先に…。
(俺の時間を抱えた子狐、見付かるかもな?)
 それなら、前のあいつなら…、と取り返すために飛び出してゆきそうな前のブルーを思う。
 「見付けたよ! 追い掛けて返して貰って来る!」と、子狐を追って飛んでゆくブルー。
 「それはハーレイの時間だから!」と、悪戯小僧に思念で呼び掛けながら。
 「返してあげてくれないかな?」と、「返してくれたら、代わりに何かあげるから!」とも。
(…狐にプレゼントするんだったら、油揚げ…)
 シャングリラには無かったんだが、とクスクス笑いが込み上げて来る。
 「油揚げの無い時代だったら、何を代わりにすればいいんだ?」と厨房を思い返してみて。
 悪戯小僧の子狐を捕まえた前のブルーは、何をお礼にするのだろう。
 返して貰った「ハーレイの時間」は、しっかり抱えて戻って来るとは思うけれども。
(はてさて、狐にプレゼントなあ…?)
 あの船には何があったかな、と食堂のメニューやレシピを挙げてはみても、悩んでしまう。
 油揚げの代わりにフライドチキンや、魚のフライでもいいのだろうか。
 どれも油で揚げてはあるから、子狐の口にも合うかもしれない。
 それとも同じ油で揚げても、ドーナツなどの菓子類の方が…。
(子狐だったら、お好みかもな?)
 これもブルーに相談するか、と「狐に時間を盗まれた」話に足すことにした。
 きっと愉快な話になるのに違いないから、ブルーの機嫌も直るだろう。


(…とはいえ、今日は失敗なわけで…)
 俺らしくもない話だよな、と思いはしても仕方ない。
 たまにはこういう日だってあるし、時間が無くなる時も、ひょっこり訪れるもの。
 悪戯者の子狐のせいか、はたまたハーレイの「うっかりミス」かは、謎だけれども。
(…そうそう何度もやらかせないし、毎回、毎回、狐のせいにも出来ないし…)
 俺が頑張るしかないんだよな、とマグカップを指でカチンと弾く。
 「時間が無くても、なんとかするさ」と、この先のことを思い描いて。
 今はブルーと別々の家で暮らしているから、時間が無ければ会えないというだけのこと。
 ブルーが膨れてしまった時にも、「すまん」と頭を下げればいい。
 けれども、これから先となったら、もうそれだけでは済まない時代がやって来る。
 まだ十四歳にしかならないブルーが、大きく育って、結婚出来る十八歳になったなら…。
(同じ家で暮らすわけなんだしな?)
 そうなったならば、約束する日もあるだろう。
 「今日は早めに帰って来るから、何処かで飯を食わないか?」などと。
 料理は得意なのだけれども、毎日、家で食べているより、たまには外食するのもいい。
 評判の店を予約してもいいし、ドライブがてら見付けた店にふらりと入って食べるのも。
(朝にそういう約束をして、俺が出掛けて行ったなら…)
 家に残っているブルーの方は、首を長くして「ハーレイの帰り」を待つだろう。
 何度も壁の時計を眺めて、「まだまだだよね?」と思ったりもして。
 朝、ハーレイを送り出した後、何度も何度も、今夜の食事を思い描いて、楽しみに待つ。
 「ハーレイ、お店を予約するかな?」と、最近、食卓で話題に上った店を幾つも振り返ったり。
(あのお店かな、と予想したのと違っても…)
 店など予約していなくても、きっとブルーは怒らない。
 ハーレイがちゃんと早めに帰って、「行くぞ」と声を掛けたなら。
 「俺はこのままスーツで行くから、すぐに出るぞ」な日もあるだろうし、着替えることも。
 ドライブ向きのラフな服を着て、気の向くままに走って行って、何処かの店へ入るような日。
 スーツのままなら、予約していたレストランなどになるのだろうか。
(俺さえ、ちゃんと早めに帰って、ブルーを乗せて…)
 食事に行ければいいのだけれども、其処で失敗して時間を失くせば、ブルーの方は…。
(待たされた上に、食事なんかには行けなくて…)
 「すまん、これから急いで作る!」と慌てて作ったような料理や、買って帰った総菜などで…。
(家で晩飯、ってことになっちまって、期待外れで、ガッカリで…)
 それでもブルーは怒るどころか、ハーレイの方を心配しそう。
 「大丈夫? 疲れてるなら、晩御飯、ぼくが代わりに作ろうか?」などと言ったりして。


(…そいつはブルーに、うんと悪くて…)
 申し訳ないどころではなくて、穴があったら入りたいほど。
 そうならないよう、時間が無くても、頑張ってカバーしなければ。
(間に合わないかもな、と思っても…)
 頼まれ事や生徒の質問などは無視出来ないから、予定の時間をオーバーした分、頑張るしかない。
 移動する時は小走りだとか、昼食は急いで掻き込むだとか。
(時間が無くても、あいつをガッカリさせないためなら…)
 そのくらいのことは何でもないさ、と思うけれども、今日の所は、ブルーに勘弁して貰おう。
 「すまん、悪戯者の子狐がだな…」と、時間泥棒のせいにして。
 頭の上に葉っぱを乗っけた、狐にやられた話をして…。



            時間が無くても・了


※ブルー君の家に寄ろうと思っていたのに、寄れずに帰るしかなかったハーレイ先生。
 今は謝れば済むのですけど、結婚した後が大問題。時間が無いなら、頑張ってカバーv











拍手[0回]

PR
COMMENT
Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
 管理人のみ閲覧
 
Copyright ©  -- つれづれシャングリラ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Material by 妙の宴 / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]