避けられちゃったら
「…クシャン!」
ブルーの口から、急にクシャミが飛び出した。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で過ごしていた時に。
(…風邪、引いちゃった?)
もしかしたら、とブルーの心臓が縮んだけれども、次のクシャミは出なかった。
二回、三回と続くようなら明らかに風邪で、明日は学校に行けなくなる。
(だけど、一回だけだったから…)
鼻がムズムズしただけだよね、とホッと安心、一息ついて部屋を見回した。
今の季節は冷え込む夜もあるものだから、窓はきちんと閉めてある。
カーテンもあるし、部屋の空気は冷たくはない。
(大丈夫だと思うんだけど、用心した方がいいのかな?)
上に一枚羽織るとか、とブルーは自分の「服」を眺めた。
さっき、お風呂に入って来たから、着ているものはパジャマだけ。
夏と違って、厚めの生地ではあるけれど…。
(冬用のパジャマより、ずっと薄いから…)
やっぱり何か着ておかなくちゃ、とカーディガンを羽織ることにした。
ベッドに入るのが一番だとは分かっていたって、まだ眠りたい気分ではない。
(…ハーレイ、来てくれなかったし…)
そのハーレイがどうしているのか、考えてからベッドに入りたい。
「他の先生と食事なのかな?」とか、「それとも、書斎でコーヒーなの?」とか。
だからベッドにチョコンと座って、ハーレイを頭に描いたけれど…。
(風邪を引いちゃってたら、明日は学校に行けない所で…)
危なかったよ、というのが切っ掛けになって、そちらの方へ思考が向かう。
「風邪を引いたら、ぼくは学校、お休みで…」と、そういった時のハーレイへと。
(学校の後で、お見舞いには来てくれるよね?)
忙しい日じゃなかったら、と思うけれども、忙しかったら来てはくれない。
今日の帰りに、此処に寄らずに帰ったみたいに、ハーレイの家へ向かっておしまい。
(ハーレイの車は、走って来なくて…)
運転しているハーレイだって、見舞いに寄ってはくれずに帰る。
「ブルーは、今日は休んでいたな」と、休んだことは承知していても。
ブルーの担任の先生に聞いて、風邪を引いたことが分かっていても。
そういったことは、何度かあった。
風邪ではなくて、弱い身体が悲鳴を上げて休んだ時にも、ハーレイの仕事が優先になる。
「お見舞いに来て欲しいのに…」と待っていたって、忙しい日は仕方ない。
幸いなことに、今の所は、「何度か」程度で済んでいるから…。
(ハーレイ、ちっとも来てくれないよ、って、ベッドでシクシク泣いちゃったことは…)
無いんだよね、と思い返してみたのだけれども、運が良かっただけなのだろうか。
熱を出してベッドから動けなくても、ハーレイは家に来ない場合もあるかもしれない。
うんと仕事が忙しいだとか、研修で遠くへ出掛けてしまって、一週間ほど戻らないとか。
(…そんなの、とても困るから!)
会えなくなるのは、三日くらいにしておいてよね、と心から思う。
元気な時でも、会えない日が三日も続いてしまうと、気分がぐんと落ち込んでしまう。
「なんで?」と、「学校でも、ちっとも会えないだなんて、どうなってるの?」と。
いっそ柔道部の部活を見に行こうかな、と思い詰めるほど、会いたい気持ちが募ってゆく。
(でも、柔道部の練習を見学するのは、普通は、入りたい人だけで…)
いわゆる入部希望の生徒が、どんな活動をやっているのか、下見に出掛ける。
入部希望とまではいかない生徒でも、「やってみようかな?」と興味があるだとか。
(そういう生徒は、ハーレイも、柔道部員の生徒も、大歓迎で…)
練習を見やすい場所に案内して、椅子だって出してくれるだろう。
「此処に座って見ていて下さい」と、「よかったら、これ」と、飲み物なども渡して。
(練習したら喉が乾くし、飲み物は絶対、ある筈だから…)
それを大きなグラスに注いで、見学する生徒を大いにもてなす。
お菓子や食べ物があるのだったら、「これもどうぞ」と気前よく、飲み物とセットにして。
(柔道部に入ってくれるかも、っていう人だったら、そうなんだけど…)
身体が弱いブルーが行っても、入部の可能性はゼロ。
体育の授業を休んで見学するのと同じで、単に見ているだけに過ぎない。
(椅子も飲み物も、お菓子も出してはくれたって…)
役に立たない邪魔者な上に、下手をしたなら、見学中に気分が悪くなってしまって…。
(ハーレイが、「今日の練習は、ここまでだ。俺はブルーを家に送っていかないと」って…)
部活の終了を告げてしまって、柔道部員に迷惑をかけてしまう恐れもあった。
柔道部の練習は、指導しているハーレイがいないと、きちんと出来ないものらしい。
(勝手にやったら、怪我したりして…)
大変なことになってしまうから、ハーレイが其処にいない時には、身体を作る練習だけ。
筋肉をつけるトレーニングや、体育館の外を走りに行くとか、その程度のこと。
(そうなっちゃったら、悪いから…)
柔道部の見学に行けはしなくて、ハーレイに会えない日が一つ重なる。
家に帰って「会えなかったよ」と、ガックリと肩を落とす日が。
具合が悪くない時でさえも、ハーレイに会えずに過ごすのは辛い。
寝込んでしまった時だったならば、もっと寂しくて、悲しくもなる。
「ハーレイ、どうして来てくれないの?」と、ぐるぐる考えてしまいそう。
身体が弱ってしまっている分、心も弱くなっているから。
(…休んじゃった時に、うんと長く、会えなかったなら…)
辛くて辛くて、毎日、泣いているかもしれない。
「ハーレイ、ぼくを嫌いになった?」などと、どんどんマイナスの思考になって。
(酷い風邪とか、うつっちゃう病気だったなら…)
避けられてるの、って思っちゃいそう、と背筋が凍りそうになる。
今日までの日々は、たまたま運が良かっただけで、世の中、そうした病気も多い。
周りにうつしてしまう風邪やら、他にも色々、今の時代も病気はあった。
(…もし、そういうのに罹っちゃったら…)
どうなっちゃうの、と深く考えなくても、出て来る答えは一つしか無い。
ハーレイは、大勢の生徒が通う学校の教師なのだし、その手の病気を持ち込むことは…。
(絶対、避けなきゃいけなくて…)
ハーレイ自身が罹った時には、即、学校を休むだろう。
「すみません、うつしたら大変ですから」と、家から学校に通信を入れて。
(…ハーレイが罹ったら、そうなっちゃうから…)
罹らないよう、ハーレイ自身が注意すべきで、病気に罹った人の家には、極力、行かない。
どうしても行かないと駄目な場合は、マスクをつけての訪問になって…。
(罹った人の方も、うつさないようにマスクをつけて…)
用事が済んだら、ハーレイは直ぐに帰ってゆく。
「では、これで」と挨拶をして、「お大事に」と見舞いの言葉を置いて。
(お見舞いも、持って行くんだろうけど…)
けして長居をすることは無いし、病人の家を後にしたなら、家に帰ってウガイをする。
家に帰る前に寄りたい所があっても、「今日は駄目だ」と、真っ直ぐ家へ。
(病気のウイルス、くっついていたら、いけないもんね…?)
用心のためにウガイと手洗い、とブルーにも、よく分かっている。
生まれた時から弱い身体は、そうしないと、すぐに風邪を引いたりするものだから。
(ハーレイだって、それと同じで…)
病人の家に見舞いに行くなら、マスクをつけて、家に帰ればウガイに手洗い。
仕事だったなら、そこまでしてでも、病人の家に行くだろうけれど…。
(ぼくが病気になっただけなら、ハーレイ、家には来なくって…)
母に見舞いの品を託して、玄関先で帰ってしまう。
「生徒にうつすと大変ですから、ブルー君には会えないんです」と、頭を下げて。
(そんなの、ホントに困るんだけど…!)
三日目くらいで泣き出しちゃうよ、と心が持たない自信がある。
言葉としてはおかしいけれども、「絶対、持つわけないんだから!」と。
(パパとママの前では我慢するけど、ベッドの中では、涙でグシャグシャ…)
枕だって、きっと、びしょ濡れだよね、と考えただけで涙が出そう。
「そんなの嫌だ」と、「寝込んでる時に、ハーレイに会えなくなるなんて!」と。
けれど本当に、今日までは「運が良かっただけ」だということもある。
この先はまるで分からないから、本当に酷い風邪を引いたり、うつる病気に罹ったりして…。
(ハーレイに、ホントに避けられちゃって…)
ベッドで泣く羽目になっちゃうのかも、と泣きたい気持ちになってくる。
「避けられちゃったら、どうしたらいいの?」と、不安がぐんぐん膨らんでゆく。
どんなに「嫌だ」と叫んでみたって、罹った時には、そうなってしまう。
ハーレイの仕事は教師なのだし、ブルーを優先したりはしない。
(同じ病気を貰っちゃダメだ、って、ぼくの病気が治るまで…)
ハーレイは、この家を避けて通って、お見舞いに来ても「ブルー」を避ける。
見舞いの品を持って来たって、「ブルー君に」と母に渡して、玄関までしか来てくれない。
二階の部屋の窓を見上げてくれても、きっと、そこまで。
(早く治せよ、って手を振っただけで、停めておいた車に乗り込んで…)
真っ直ぐ帰って行ってしまって、話の一つも出来ないのだろう。
二階の窓と玄関先では、うんと大きな声を出さないと、会話なんかは無理だから。
(お隣さんにも迷惑だろうし、第一、大きな声なんて…)
出して話をするとなったら、いつものようには話せない。
両親や近所の人が聞いていたって、何の問題も無いことだけしか喋れはしない。
(早く治せよ、ってハーレイが言って、ぼくが「うんっ!」て答えるくらいしか…)
出来ないよね、と分かっているから、どうにもならない。
病気が治ってくれない間は、ハーレイに「避けられた」状態のまま。
避けられる方は、辛いのに。
ハーレイにしても、「ブルーを避ける」のは、平気ではないとは思うけれども…。
(避けるしかないから、避けられちゃって…)
避けられちゃったら、ホントに泣いちゃう、と恐ろしい。
「嫌だよ、罹りたくないよ」と、ハーレイに避けられるような病気に罹った時を想像して。
これから先の未来の何処かで、「罹っちゃうかも」と震え上がって。
絶対に罹りたくないよ、と祈っていたって、罹る時には罹るだろう。
学校を休んで、家で寝込んで、ハーレイが来てもくれない病気。
(…神様、お願い…)
どうか罹りませんように、と聖痕をくれた神様に必死に祈る間に、ハタと気付いた。
「これって、一生、続くんだよね?」と。
今だけでなくて、結婚出来る十八歳を迎えて、ハーレイと暮らし始めた後も…。
(ハーレイの仕事は、学校の先生なんだから…)
そう簡単には休めない上、学校に病気も持ち込めない。
もしも「ハーレイと一緒に暮らすブルー」が、酷い風邪だの、うつる病気に罹ったら…。
(ハーレイ、ぼくを避けるんだよね…?)
おんなじ家で暮らしていても、と愕然とする。
もちろん、ブルーが寝込んでいたなら、ハーレイは世話をしてくれるけれど…。
(ぼくに近付く時はマスクで、食事も、一緒に食べるのは駄目で…)
ブルーの分だけ、トレイに乗っけて、部屋まで運んで来るのだろう。
「しっかり食べて、早く治せよ」と食べさせてくれても、ハーレイの顔はマスクつき。
優しい笑みもマスクに隠れて、目元だけしか見えないまま。
(寝る時も、部屋はきちんと分けて…)
添い寝さえもしてくれないんだよ、と未来の自分が目に見えるよう。
ハーレイに距離を置かれてしまって、途方に暮れる「病気に罹ったブルー」。
ただの風邪なら、ハーレイは、そこまでしないだろうに。
(そんな風に、毎日、避けられちゃったら…)
治るのも、うんと遅くなりそう、と思うものだから、それは勘弁願いたい。
酷い風邪だの、うつる病気に罹ってしまって、ハーレイに避けられてしまう未来は。
(神様、罹りませんように…)
お願いだから、とブルーは懸命に祈る。
ハーレイと一緒に暮らしていたって、避けられてしまう、怖い未来がありそうだから…。
避けられちゃったら・了
※ハーレイ先生がブルー君を避けることなど、有り得ないように見えても、あるのです。
学校の生徒にうつりそうな病気に、ブルー君が罹ってしまった時。罹りたくない、ブルー君v
ブルーの口から、急にクシャミが飛び出した。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で過ごしていた時に。
(…風邪、引いちゃった?)
もしかしたら、とブルーの心臓が縮んだけれども、次のクシャミは出なかった。
二回、三回と続くようなら明らかに風邪で、明日は学校に行けなくなる。
(だけど、一回だけだったから…)
鼻がムズムズしただけだよね、とホッと安心、一息ついて部屋を見回した。
今の季節は冷え込む夜もあるものだから、窓はきちんと閉めてある。
カーテンもあるし、部屋の空気は冷たくはない。
(大丈夫だと思うんだけど、用心した方がいいのかな?)
上に一枚羽織るとか、とブルーは自分の「服」を眺めた。
さっき、お風呂に入って来たから、着ているものはパジャマだけ。
夏と違って、厚めの生地ではあるけれど…。
(冬用のパジャマより、ずっと薄いから…)
やっぱり何か着ておかなくちゃ、とカーディガンを羽織ることにした。
ベッドに入るのが一番だとは分かっていたって、まだ眠りたい気分ではない。
(…ハーレイ、来てくれなかったし…)
そのハーレイがどうしているのか、考えてからベッドに入りたい。
「他の先生と食事なのかな?」とか、「それとも、書斎でコーヒーなの?」とか。
だからベッドにチョコンと座って、ハーレイを頭に描いたけれど…。
(風邪を引いちゃってたら、明日は学校に行けない所で…)
危なかったよ、というのが切っ掛けになって、そちらの方へ思考が向かう。
「風邪を引いたら、ぼくは学校、お休みで…」と、そういった時のハーレイへと。
(学校の後で、お見舞いには来てくれるよね?)
忙しい日じゃなかったら、と思うけれども、忙しかったら来てはくれない。
今日の帰りに、此処に寄らずに帰ったみたいに、ハーレイの家へ向かっておしまい。
(ハーレイの車は、走って来なくて…)
運転しているハーレイだって、見舞いに寄ってはくれずに帰る。
「ブルーは、今日は休んでいたな」と、休んだことは承知していても。
ブルーの担任の先生に聞いて、風邪を引いたことが分かっていても。
そういったことは、何度かあった。
風邪ではなくて、弱い身体が悲鳴を上げて休んだ時にも、ハーレイの仕事が優先になる。
「お見舞いに来て欲しいのに…」と待っていたって、忙しい日は仕方ない。
幸いなことに、今の所は、「何度か」程度で済んでいるから…。
(ハーレイ、ちっとも来てくれないよ、って、ベッドでシクシク泣いちゃったことは…)
無いんだよね、と思い返してみたのだけれども、運が良かっただけなのだろうか。
熱を出してベッドから動けなくても、ハーレイは家に来ない場合もあるかもしれない。
うんと仕事が忙しいだとか、研修で遠くへ出掛けてしまって、一週間ほど戻らないとか。
(…そんなの、とても困るから!)
会えなくなるのは、三日くらいにしておいてよね、と心から思う。
元気な時でも、会えない日が三日も続いてしまうと、気分がぐんと落ち込んでしまう。
「なんで?」と、「学校でも、ちっとも会えないだなんて、どうなってるの?」と。
いっそ柔道部の部活を見に行こうかな、と思い詰めるほど、会いたい気持ちが募ってゆく。
(でも、柔道部の練習を見学するのは、普通は、入りたい人だけで…)
いわゆる入部希望の生徒が、どんな活動をやっているのか、下見に出掛ける。
入部希望とまではいかない生徒でも、「やってみようかな?」と興味があるだとか。
(そういう生徒は、ハーレイも、柔道部員の生徒も、大歓迎で…)
練習を見やすい場所に案内して、椅子だって出してくれるだろう。
「此処に座って見ていて下さい」と、「よかったら、これ」と、飲み物なども渡して。
(練習したら喉が乾くし、飲み物は絶対、ある筈だから…)
それを大きなグラスに注いで、見学する生徒を大いにもてなす。
お菓子や食べ物があるのだったら、「これもどうぞ」と気前よく、飲み物とセットにして。
(柔道部に入ってくれるかも、っていう人だったら、そうなんだけど…)
身体が弱いブルーが行っても、入部の可能性はゼロ。
体育の授業を休んで見学するのと同じで、単に見ているだけに過ぎない。
(椅子も飲み物も、お菓子も出してはくれたって…)
役に立たない邪魔者な上に、下手をしたなら、見学中に気分が悪くなってしまって…。
(ハーレイが、「今日の練習は、ここまでだ。俺はブルーを家に送っていかないと」って…)
部活の終了を告げてしまって、柔道部員に迷惑をかけてしまう恐れもあった。
柔道部の練習は、指導しているハーレイがいないと、きちんと出来ないものらしい。
(勝手にやったら、怪我したりして…)
大変なことになってしまうから、ハーレイが其処にいない時には、身体を作る練習だけ。
筋肉をつけるトレーニングや、体育館の外を走りに行くとか、その程度のこと。
(そうなっちゃったら、悪いから…)
柔道部の見学に行けはしなくて、ハーレイに会えない日が一つ重なる。
家に帰って「会えなかったよ」と、ガックリと肩を落とす日が。
具合が悪くない時でさえも、ハーレイに会えずに過ごすのは辛い。
寝込んでしまった時だったならば、もっと寂しくて、悲しくもなる。
「ハーレイ、どうして来てくれないの?」と、ぐるぐる考えてしまいそう。
身体が弱ってしまっている分、心も弱くなっているから。
(…休んじゃった時に、うんと長く、会えなかったなら…)
辛くて辛くて、毎日、泣いているかもしれない。
「ハーレイ、ぼくを嫌いになった?」などと、どんどんマイナスの思考になって。
(酷い風邪とか、うつっちゃう病気だったなら…)
避けられてるの、って思っちゃいそう、と背筋が凍りそうになる。
今日までの日々は、たまたま運が良かっただけで、世の中、そうした病気も多い。
周りにうつしてしまう風邪やら、他にも色々、今の時代も病気はあった。
(…もし、そういうのに罹っちゃったら…)
どうなっちゃうの、と深く考えなくても、出て来る答えは一つしか無い。
ハーレイは、大勢の生徒が通う学校の教師なのだし、その手の病気を持ち込むことは…。
(絶対、避けなきゃいけなくて…)
ハーレイ自身が罹った時には、即、学校を休むだろう。
「すみません、うつしたら大変ですから」と、家から学校に通信を入れて。
(…ハーレイが罹ったら、そうなっちゃうから…)
罹らないよう、ハーレイ自身が注意すべきで、病気に罹った人の家には、極力、行かない。
どうしても行かないと駄目な場合は、マスクをつけての訪問になって…。
(罹った人の方も、うつさないようにマスクをつけて…)
用事が済んだら、ハーレイは直ぐに帰ってゆく。
「では、これで」と挨拶をして、「お大事に」と見舞いの言葉を置いて。
(お見舞いも、持って行くんだろうけど…)
けして長居をすることは無いし、病人の家を後にしたなら、家に帰ってウガイをする。
家に帰る前に寄りたい所があっても、「今日は駄目だ」と、真っ直ぐ家へ。
(病気のウイルス、くっついていたら、いけないもんね…?)
用心のためにウガイと手洗い、とブルーにも、よく分かっている。
生まれた時から弱い身体は、そうしないと、すぐに風邪を引いたりするものだから。
(ハーレイだって、それと同じで…)
病人の家に見舞いに行くなら、マスクをつけて、家に帰ればウガイに手洗い。
仕事だったなら、そこまでしてでも、病人の家に行くだろうけれど…。
(ぼくが病気になっただけなら、ハーレイ、家には来なくって…)
母に見舞いの品を託して、玄関先で帰ってしまう。
「生徒にうつすと大変ですから、ブルー君には会えないんです」と、頭を下げて。
(そんなの、ホントに困るんだけど…!)
三日目くらいで泣き出しちゃうよ、と心が持たない自信がある。
言葉としてはおかしいけれども、「絶対、持つわけないんだから!」と。
(パパとママの前では我慢するけど、ベッドの中では、涙でグシャグシャ…)
枕だって、きっと、びしょ濡れだよね、と考えただけで涙が出そう。
「そんなの嫌だ」と、「寝込んでる時に、ハーレイに会えなくなるなんて!」と。
けれど本当に、今日までは「運が良かっただけ」だということもある。
この先はまるで分からないから、本当に酷い風邪を引いたり、うつる病気に罹ったりして…。
(ハーレイに、ホントに避けられちゃって…)
ベッドで泣く羽目になっちゃうのかも、と泣きたい気持ちになってくる。
「避けられちゃったら、どうしたらいいの?」と、不安がぐんぐん膨らんでゆく。
どんなに「嫌だ」と叫んでみたって、罹った時には、そうなってしまう。
ハーレイの仕事は教師なのだし、ブルーを優先したりはしない。
(同じ病気を貰っちゃダメだ、って、ぼくの病気が治るまで…)
ハーレイは、この家を避けて通って、お見舞いに来ても「ブルー」を避ける。
見舞いの品を持って来たって、「ブルー君に」と母に渡して、玄関までしか来てくれない。
二階の部屋の窓を見上げてくれても、きっと、そこまで。
(早く治せよ、って手を振っただけで、停めておいた車に乗り込んで…)
真っ直ぐ帰って行ってしまって、話の一つも出来ないのだろう。
二階の窓と玄関先では、うんと大きな声を出さないと、会話なんかは無理だから。
(お隣さんにも迷惑だろうし、第一、大きな声なんて…)
出して話をするとなったら、いつものようには話せない。
両親や近所の人が聞いていたって、何の問題も無いことだけしか喋れはしない。
(早く治せよ、ってハーレイが言って、ぼくが「うんっ!」て答えるくらいしか…)
出来ないよね、と分かっているから、どうにもならない。
病気が治ってくれない間は、ハーレイに「避けられた」状態のまま。
避けられる方は、辛いのに。
ハーレイにしても、「ブルーを避ける」のは、平気ではないとは思うけれども…。
(避けるしかないから、避けられちゃって…)
避けられちゃったら、ホントに泣いちゃう、と恐ろしい。
「嫌だよ、罹りたくないよ」と、ハーレイに避けられるような病気に罹った時を想像して。
これから先の未来の何処かで、「罹っちゃうかも」と震え上がって。
絶対に罹りたくないよ、と祈っていたって、罹る時には罹るだろう。
学校を休んで、家で寝込んで、ハーレイが来てもくれない病気。
(…神様、お願い…)
どうか罹りませんように、と聖痕をくれた神様に必死に祈る間に、ハタと気付いた。
「これって、一生、続くんだよね?」と。
今だけでなくて、結婚出来る十八歳を迎えて、ハーレイと暮らし始めた後も…。
(ハーレイの仕事は、学校の先生なんだから…)
そう簡単には休めない上、学校に病気も持ち込めない。
もしも「ハーレイと一緒に暮らすブルー」が、酷い風邪だの、うつる病気に罹ったら…。
(ハーレイ、ぼくを避けるんだよね…?)
おんなじ家で暮らしていても、と愕然とする。
もちろん、ブルーが寝込んでいたなら、ハーレイは世話をしてくれるけれど…。
(ぼくに近付く時はマスクで、食事も、一緒に食べるのは駄目で…)
ブルーの分だけ、トレイに乗っけて、部屋まで運んで来るのだろう。
「しっかり食べて、早く治せよ」と食べさせてくれても、ハーレイの顔はマスクつき。
優しい笑みもマスクに隠れて、目元だけしか見えないまま。
(寝る時も、部屋はきちんと分けて…)
添い寝さえもしてくれないんだよ、と未来の自分が目に見えるよう。
ハーレイに距離を置かれてしまって、途方に暮れる「病気に罹ったブルー」。
ただの風邪なら、ハーレイは、そこまでしないだろうに。
(そんな風に、毎日、避けられちゃったら…)
治るのも、うんと遅くなりそう、と思うものだから、それは勘弁願いたい。
酷い風邪だの、うつる病気に罹ってしまって、ハーレイに避けられてしまう未来は。
(神様、罹りませんように…)
お願いだから、とブルーは懸命に祈る。
ハーレイと一緒に暮らしていたって、避けられてしまう、怖い未来がありそうだから…。
避けられちゃったら・了
※ハーレイ先生がブルー君を避けることなど、有り得ないように見えても、あるのです。
学校の生徒にうつりそうな病気に、ブルー君が罹ってしまった時。罹りたくない、ブルー君v
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