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美味しくなくっても
(今のぼくにも、前のぼくにも、好き嫌いは全然、無いんだけれど…)
 味音痴とは違うんだよね、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(好き嫌いっていうのは、この食べ物は嫌いだから、って…)
 食べないことを言うんだから、と心の中で確認をする。
 今のブルーに嫌いな食べ物は存在しなくて、時の彼方でもそうだった。
 何を出されても素直に食べるし、多すぎない限り、残しもしない。
 作ってくれた人に感謝する気持ちも、もちろん忘れたりはしなくて、食材にだって同じこと。
(お肉を食べたら、お肉をくれた動物に御礼を言わないと…)
 普段は忘れちゃってるけれど、と肩を竦めて苦笑する。
 「これじゃダメだよ」と、「前のぼくなら、絶対、感謝を忘れないのに」と少し情けない。
 ソルジャー・ブルーとして生きた頃には、命にはとても敏感だった。
 白いシャングリラで飼育していた、家畜たちの命にも。
(弱って来てる、って聞いたら、慌てて様子を見に行っていたし…)
 ニワトリの卵を食べる時には、中にヒヨコがいるのでは、と心配になったこともある。
 有精卵など混ざっていない、と分かってはいても、「大丈夫かな?」と。
(育って来ている卵だったら、そもそも、料理を始める前に…)
 割る前の時点で気が付くけれども、「命が宿ったばかり」の卵だと事情が違う。
 見た目で区別がつくわけがなくて、調理係がポンと割ったら、それで卵の命はおしまい。
 命を守る殻が割られて、まだ育つ前の命が外へと流れ出てしまう。
 割られずに親が温めていたら、ヒヨコになって元気に生まれる筈だったのに。
(…だから、時々…)
 青の間で係が作った卵料理を眺めて、「無精卵でありますように」と祈っていた。
 「間違えて、有精卵を持って来ていませんように」と、農場の係を思いながら。
(その辺りの管理は、きちんとしていた筈なんだけど…)
 貴重な命を殺めないよう、シャングリラでは皆が気を配っていた。
 なんと言っても、自分たちも「命が危うかった」者の集まりだったし、余計にそうなる。
 「自分のミスで命を奪ってしまうことなど、とんでもない」と手順を慎重に確認して。
(…そんなシャングリラで暮らしていたから、前のぼくなら…)
 食べ物をくれた命に感謝するのを忘れなかったけれども、今のブルーは、ついつい忘れる。
 あまりにも平和な世界に生まれて、それが当たり前だったから。
 前の生の記憶が戻って来るまで、卵の中にいる命については、こう思っていた。
 「温めてもヒヨコにならない卵しか、お店では売っていないんだよね」と。
 温めてヒヨコになるんだったら、家でヒヨコが飼えるのに、などと幼い頃には夢見たりして。


 青く蘇った地球に生まれたブルーの場合は、そうなるけれども、時の彼方では違っていた。
 白い鯨になる前の船だと、中で生まれて来る命は無くて…。
(外から奪って来る物資が全てで、他には何も無かったんだし…)
 命に感謝して食べるどころか、自分たちの命が綱渡りのような船だった。
 改造する話が出始めた頃には、とうに落ち着き、未来への夢もあったのだけれど…。
(アルタミラから必死に逃げた直後は、ホントのホントに飢え死に寸前…)
 そういうこともあったんだよね、と前の生の記憶が戻って来たから、ハッキリと分かる。
 最初から船にあった食料、それが尽きたら「死ぬしかない」と、前のハーレイに聞かされた。
 「皆には話していないんだがな」と、苦悶に満ちた表情で。
(…だから前のぼく、泣きそうになって…)
 これから皆はどうなるのだろう、と「飢え死にする時」を考える内に、道が開けた。
 たった一人のタイプ・ブルーの自分だったら、物資を奪いに行けそうだ、と考えついて。
 止めようとする皆を振り切り、船を飛び出して、文字通り「奪って帰った」コンテナ。
(中身、選べなかったけれども…)
 選ぶ余裕など無かった中身は、皆を生かすには充分だった。
 コンテナに詰まっていた様々な食料、それを分け合って皆の命を延ばして、それから後も…。
(食べ物が少なくなってしまう前に、前のぼくが奪いに出掛けて行って…)
 奪った物資を食べて暮らすのが、改造前のシャングリラだった。
 物資を選べなかった間は、ジャガイモだらけのジャガイモ地獄や、タマネギ地獄もあったほど。
 そういう時代を経験したなら、好き嫌いなど言える筈もない。
(…言ってた人も、ホントは沢山、いたんだけどね…)
 人間だから当然かも、と可笑しいけれども、前の自分とハーレイは「言いはしなかった」。
 ハーレイは厨房担当だったし、倉庫の物資も管理していた。
 だからこそ、誰よりも先に「食料が尽きる」と気付いたわけだし、事実を隠す気遣いもあった。
(そんなハーレイが、好き嫌いなんてするわけがないし…)
 そのハーレイを側で見ていて、物資を奪いに出掛けて行った前の自分も、好き嫌いなどは…。
(言えやしないし、思い付きさえしないよね…?)
 食べ物があるだけで充分だもの、と心から思う。
 もっとも、今の自分はと言えば、その大切な「食べ物」を…。
(…とてもそんなに食べられないよ、って…)
 しょっちゅう文句で、皿に盛られた量に不満を言ったりもする。
 「もっと減らして」と、「食べ切れないから」と、命への感謝も忘れてしまって。
(…お皿に残すわけじゃないから、命は無駄にしていないけど…)
 ダメだよね、と自分の額をコツンと叩いて、ほんのちょっぴり反省をする。
 「でも、今は平和な時代なんだし、許されるよね?」と、自分自身に言い訳もして。


 とはいえ、今のブルーにも「好き嫌い」というものは無い。
 前の生での記憶が戻らなくても、何処かで覚えていたのだろう。
 食べ物がとても大切なことと、どんな食べ物でも「ある」ことに感謝しなくては、と。
(…お蔭で、なんでも食べるんだけど…)
 味音痴とは違うんだから、と其処は大きな声で言いたい。
 遠く遥かな時の彼方で生きた自分も、そうだった。
(焦げたものでも、ちっとも美味しくない料理でも…)
 文句を言わずに食べていたけれど、「美味しくない」のが分からなかったわけではない。
 それしか無いなら食べるべきだ、と考えただけで、不味いものは、やはり不味かった。
 焦げた料理も、調味料が足りないせいで、少しも美味しくなかった料理も。
(…前のハーレイだって、同じで…)
 厨房で料理をしていた頃には、「もう一工夫、出来りゃいいんだけどな」と頑張っていた。
 少しでも美味しく仕上げて出そう、と料理のレシピを船のデータバンクから引き出したりして。
(今のハーレイが料理が好きなの、きっと、そのせい…)
 記憶は戻っていなかったけど、と料理好きな今のハーレイに思いを馳せる。
 子供の頃から料理が好きで、母と作っていたらしい。
 隣町にある家を離れて、この町で一人暮らしを始めてからも、食事は自分で作っている。
 仕事の帰りに食材を買って、色々なものを。
(何を作るか決めている日も、お店に行ってから考える日も…)
 あるらしいよね、と今のハーレイの「お気に入りの店」を頭に描いてみた。
 一度も行ったことは無いのだけれども、食材が充実しているらしい。
 特設売り場に、珍しいものが並べられている時だって。
(そういうのを見ながら、これにしよう、って…)
 食材を選んで、レジへ持ってゆく籠に詰めてゆく。
 調味料も特別なものが要るなら、家のキッチンにあるかどうかも考えて。
(無いんだったら、買わないと…)
 ちゃんと美味しく出来ないものね、と「料理をしない」チビの自分でも分かる。
 料理を美味しく作るためには、調味料も大切なのだから。
(お塩とお砂糖、間違えるのなんかは論外で…)
 スパイスにしても同じなんだよ、と大きく頷く。
 カレーを作ろうと思っているなら、カレーに相応しいスパイスを使わないといけない。
(甘く仕上げるお料理だとか、お菓子に使うスパイスを入れて作っても…)
 きっとカレーにはならないよね、と想像してみて、「ダメだと思う…」と答えを出した。
 甘いバニラの香りが漂うカレーなんかは、食べたいとはとても思えない。
 好き嫌いが無いのが自慢だけれども、それとは話が全く別。
 不味い料理は「不味い」と思うし、同じ食べるなら、美味しい料理が一番だから。


(…ハーレイなら、絶対、間違えないよね?)
 お料理の時に使うスパイス、とキッチンに立つ「今のハーレイ」を思い浮かべた。
 仕事帰りにあれこれ買い込み、「さて…」と料理を始める姿。
 食材を切ったり、下ごしらえをしたりと、それは楽しげにしていそう。
 シャングリラでの厨房時代と違って、食材は豊富で、キッチンだって好きに使える。
 ハーレイのためだけにあるキッチンなのだし、遠慮なく。
 「船の仲間たちに食べさせるために」料理を作るわけでもないから、キッチンは、まさに…。
(今のハーレイのためのお城で、好きなお料理、好きなだけ…)
 作って食べられる場所なんだよね、と胸が温かくなってくる。
 「前のぼくたちが知らなかった食材とか、お料理、うんと沢山あるんだもの」と。
 キッチンに立ったハーレイは、前のハーレイが知らなかった食材を自在に使って料理を作る。
 前のハーレイには思いもよらない、今ならではの料理も、あれこれと。
(スパイス、間違えたりはしなくて…)
 焦がしてしまったり、煮込みすぎることも無いだろう。
 子供の頃から腕を磨いて、今だって磨き続けているから、失敗なんかは…。
(するわけがないし、不味い料理も作らないよね?)
 でも…、と少し首を傾げて考えてみた。
 ハーレイにだって、失敗はあるのかもしれない。
 初めて作る料理だったら、思い通りに出来ないことも…。
(…たまには、あるかも…)
 ぼくが聞いてはいないだけで、と想像の翼を羽ばたかせる。
 「あるのかもね」と、「ハーレイだって、たまには失敗しちゃうかも」と。
(…失敗しちゃって、出来たの、美味しくなくっても…)
 ハーレイはきっと、「うーむ…」と唸って、「やっちまったか」と頭を掻く。
 それから失敗作を眺めて、「だが、食わんとな?」と苦笑い。
 「捨てちまうなんて、とんでもないぞ」と、「普通は、きっと捨てるんだろうが…」と。
(だって、美味しくなくっても…)
 食べてあげないと、命をくれた食材を無駄にしちゃうもの、と自分の思いと重ね合わせる。
 「ハーレイだったら、きっと食べるよ」と、時の彼方での記憶があるから、言い切れる。
 大量に作ってしまっていたって、ハーレイは残さず平らげるだろう。
 「もっと少ない量にしておくべきだったよなあ…」と、嘆き節を漏らすことはあっても。


 きっとそうだ、と思ったはずみに、いい考えが閃いた。
 チビの自分には出来ないけれども、前の自分と同じ姿に育ったら…。
(ハーレイが失敗しちゃったお料理、ぼくも一緒に…)
 食べれば早く食べ切れるよね、と幸せな笑みが唇に浮かぶ。
(ハーレイが作って失敗したなら、お料理、美味しくなくっても…)
 ちっとも、そうは思わないよ、と溢れる自信。
 ハーレイが失敗作を作ってしまった理由は、二人で食べるための新作などを…。
(作ってみよう、ってキッチンに立って、頑張って…)
 結果が失敗だっただけだし、二人で食べれば、間違いなく美味しくなるのだと思う。
 「やめとけ、これは不味いから」と、ハーレイが止めても、気にしない。
 パクッと頬張り、「ううん」と笑って、「次は、もっと美味しくなるんだよね」と最高の笑顔。
 二人で暮らしているからこその、失敗作の共有だから。
 またハーレイは挑戦するのだろうし、出来上がったなら、二人で食べる。
 いつか美味しく出来る時まで、何度でも失敗したっていい。
 それまで失敗し続けたって、笑いに満ちた思い出話が増えてゆくだけ。
 失敗作を二人で食べられるのも、一緒に暮らしているからこそ。
 「不味いから、お前はやめておけ」でも、二人なら、きっと美味しいから…。



            美味しくなくっても・了


※好き嫌いの無いブルー君ですけど、味音痴とは違います。不味い料理は不味いのですが…。
 ハーレイ先生が作ったのなら、不味くても、きっと美味しい筈。二人で食べれば幸せな時間v








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