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美味しくなくても
(今の俺にも、好き嫌いってヤツは無いんだが…)
 味音痴ってわけではないんだよな、とハーレイは、ふと考えた。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
 前の生での過酷な経験のせいか、幼い頃から、好き嫌いというものが無い。
 食卓に何が出て来た時でも、「これは嫌だ」とは思わなかった。
(普通だったら、色々とあるらしいのに…)
 ハーレイの場合は全く無くて、母は随分、楽だったらしい。
 母の料理を手伝うようになって初めて、そう聞かされた。
 「好き嫌いの無い子供だったから、楽だったわねえ…」と感慨深そうに。
(そうは言っても、料理をしようと自分で思い立つほどなんだしな?)
 味に関しては、うるさい方だと自認している。
 美味しいものなら「美味い!」と思うし、不味いものなら「不味いな…」となる。
 もっとも、そこで美味しくなくても、それを食べずに残しはしない。
 綺麗に平らげ、「御馳走様」と、作った人に感謝もする。
 料理を作るための時間と手間なら、充分、承知しているから。
(不味いのが出来てしまっていたって、そこまでの手間は同じで、だ…)
 かかった時間も同じだよな、と分かっているから、不味いと残すのは自分の心が許さない。
 明らかに健康に悪いレベルで、「これは食ったら駄目だろう…」という料理なら別だけれども。
(だが、そんなのは…)
 食堂などで出されはしないし、何処かの家に招かれたって、出て来はしない。
 例外と言えば、今よりずっと若くて、学生だった頃の話だろうか。
(みんなで賑やかに飯を食おう、と…)
 友達の家にワイワイ集まり、皆で囲んだ様々な料理。
 出来合いのものを買って来たなら、何も起こりはしなかったけれど…。
(若いヤツばかりで飯となったら、平穏無事に済むって保証は…)
 何処にも無かったんだよな、と苦笑する。
 「俺の故郷の名物料理を作ってやる」と出された料理は、大概、絶品だった。
 なんと言っても自慢の料理で、皆に振舞いたい味なのだから。
(…問題なのは、腕に覚えが無いヤツが…)
 「この前、食ったのが美味くってさ」などと、自己流で再現を始めた時。
 合っているのは食材だけで、調味料もレシピも、「多分、こうだ」というだけのもの。
(……不味いなんていうものじゃなくって……)
 ある意味、とても凄かったよな、と思い出すと笑いが込み上げて来る。
 「よく、あんなのを作れたモンだ」と、「しかも友達に食わせるなんてな?」と。


 味音痴ではないからこその、不味い料理を食べた思い出。
 食べたと言うより、食べさせられた、と言うべきだろうか。
(…俺みたいに、出されたものは何でも食べる、ってヤツじゃなくても…)
 ああいう場合は、有無を言わさず「食べさせられた」。
 「俺の料理に、何か文句があるとでも?」と、作った友達に睨まれて。
 全部食えよ、と威張り返るくせに、それを作った料理人自身は、ニヤニヤ笑っているだけで…。
(食ってなかったりするんだよなあ、明らかに不味いわけなんだしな?)
 あれが若さと言うモンだよな、と懐かしくなる。
 大人になってから同じことをやろうとしたって、昔のようにはいかないだろう。
 「これを出すのは、流石になあ…」と、自分に対する皆の評価が気になる者もありそうだ。
 そうかと思えば、「よし、出すぞ!」と張り切って出して、誰かにキッパリ断られる。
 「お前、味見をしてみたか?」と、「何処かの店へ食べに行こうぜ」と。
(口直しに、って皆を引き連れて…)
 行きつけの店へ連れて行くとか、ついでに其処の名物料理をおごるとか。
 大人だったら、そうなってしまって幕が引かれる。
 不味い料理を囲む代わりに、美味しい料理を食べるべきだ、と賛成多数で決定されて。
(…若気の至りっていうヤツには、とんと御縁が無くなっちまって…)
 皆で囲むなら美味い料理が大人なんだ、と、しみじみと思う。
 お蔭で「不味い料理」に会うのは、今では学校くらいになった。
 調理実習で生徒が作って、「ハーレイ先生!」と、自信に溢れて届けてくれる色々なもの。
 大抵、美味しく出来ているけれど、たまに失敗作がある。
 明らかに火加減を間違えたな、と思うものやら、塩と砂糖を取り違えたもの。
 生徒の方では、まるで気付いていなくて、悪気も全く無いのだけれど…。
(…口に入れたら、とんでもなくて…)
 素敵に不味いヤツなんだよな、と可笑しくなる。
 それでも残さず、食べるけれども。
 後で生徒に出会った時には、「美味かったぞ」と御礼も言う。
 届けた生徒は、もうその頃には、自分も食べた後だから…。
(ごめんなさい、って必死になって…)
 謝ってくるのが、また面白い。
 済まなそうな顔の生徒に向かって、「かまわないさ」と微笑んでやる。
 「誰だって最初は、やりがちだしな?」と、「次は気を付けて作るんだぞ」と。
 実際、誰でも、上手に作れるものではないから、かまわない。
 失敗を重ねて学んでゆくのも、大切なことだと思うから。


(はてさて、ブルーも…)
 何か届けてくれるだろうか、と考えたけれど、それは出来ない相談だろう。
 今の学校でも「ハーレイ先生」の人気は高くて、既に何度か調理実習の成果を貰った。
 ブルーの学年では、まだ作ってはいないから…。
(貰うとしたらこれからなんだが、競争率というヤツが…)
 あるんだよな、と少し悔しい。
 「ハーレイ先生」は一人だけだし、食べられる量にも限りがある。
 だから「輝かしい成果」を誰が届けるかは、生徒の間でジャンケンだったり、クジだったり。
(何を作ったか、ってことも関係するから、小さな菓子なら…)
 複数の生徒が持って来たりもするのだけれども、そうした時でも、きっとブルーは外される。
 「ハーレイ先生」が「ブルーの守り役」なのは周知の事実で、誰一人として遠慮はしない。
 「お前は、いつも会ってるだろう」と、「料理まで持って行かなくてもな?」と、容赦なく。
(…それを言われると、ブルーも何も言えやしないし…)
 大人しく引き下がるしか道は無いから、ブルーが作った「何か」が届くことは無い。
 同じクラスの別の生徒が、「ハーレイ先生!」と成果を披露しに来る。
 「調理実習で作ったんです!」と、誇らしげに。
 塩と砂糖を間違えていたって、気が付かないで。
(…同じ不味いのを食うんだったら、ブルーが作ったヤツをだな…)
 食いたいもんだ、と願う気持ちを生徒たちが酌んでくれるわけが無い。
 今のブルーは「ハーレイ先生」を独り占めしている、「狡い生徒」でしかないものだから。
 聖痕が現れたというだけのことで、人気の先生を掻っ攫って行った、と思われていて…。
(羨ましいな、と見ている生徒が大勢だから…)
 調理実習の成果を届ける栄誉は、けしてブルーに回りはしない。
 ここぞとばかりに仲間外れで、ジャンケンにもクジにも加えては貰えないだろう。
(苛めているわけでも、意地悪なわけでもないんだが…)
 ブルーは外しておくのが当然、そういう流れになってしまいそう。
 どう考えても、「ブルー」が届けに行くよりは…。
(他の運のいいヤツが、クジに当たったり、ジャンケンに勝ったり…)
 自分の力で栄誉を獲得、意気揚々として現れる。
 「ハーレイ先生、食べて下さい!」と、自分が作った「何か」を持って。
 まだ味見さえもしていないくせに、「いい出来だから」と自信満々で。
(…美味く出来てることを祈るぞ…)
 ブルーのだったら、うんと不味くても許すんだがな、と本音が零れてしまいそう。
 もちろん、他の生徒が作ったものでも、不味くても許す。
 そうは思っても、同じ「不味いの」を食べるのだったら、ブルーが作ったものを食べたい。
 とんでもない味になっていようが、開けたら真っ黒に焦げていようが。


(…あいつが作ってくれたんだ、って思っただけで…)
 何が届いても嬉しいんだ、と心の底から湧き上がって来る愛おしさ。
 前の生から愛し続けて、また巡り会えた小さなブルー。
 遠く遥かな時の彼方では、一緒に厨房に立ったりもした。
 白いシャングリラになる前の船で、まだキャプテンでもなかった頃に。
(俺が料理を作っていたら、「何が出来るの?」って…)
 見た目は今のブルーと変わらなかった「前のブルー」が、ヒョイと現れて尋ねて来た。
 そして横から「ぼくも手伝う!」と、ジャガイモの皮を剥いてくれたり、色々と…。
(手伝ってくれていたんだよなあ…)
 今のあいつとは出来ないんだが、と残念な気持ちに包まれる。
 やろうと思えば、そういう機会は作れるけれども、今のブルーには「早すぎる」。
 見た目も中身も子供のくせに、恋人気取りでいるのだから。
(もっと育ってくれないと…)
 一緒にキッチンに立てやしない、と神様を少し恨みたくなる。
 「ブルーが小さすぎるんです」と、「どうして、子供にしたんですか」と。
(…神様には神様の考えってモンがあってだな…)
 前のブルーが失くしてしまった「子供時代」を、今の生では充分に、との心遣いだろう。
 きっとそうだと分かってはいても、こうした時には悲しくなる。
 「前と同じに育っていたなら、一緒に料理が出来るのに」と、つくづくと。
(…調理実習の成果を食いたい、って夢も無理なら、一緒に料理も夢のまた夢で…)
 あいつが作った不味い料理も食えやしない、と思うけれども、果たして腕前はどうなのか。
 不味い料理を作って来るのか、それとも「美味い!」と驚嘆するような…。
(凄いのを作る腕があるのか、その辺も全く謎なんだよなあ…)
 今のあいつは、料理をしない子供だからな、と顎に手を当てる。
 ブルーの母が作るパウンドケーキも、今の所は、ブルーはレシピさえも知らない。
(俺のおふくろの味と同じなんだ、って知っているから、張り切っちゃいるが…)
 「いつか上手に焼くんだから」と小さなブルーは決意している。
 そうは言っても、料理の腕前は未だ不明で、本当に上手く焼けるかは…。
(やってみないと分からない、ってな)
 失敗作が出来るかもしれん、と覚悟はしている。
 火加減を間違えて焦げているとか、そういったこともあるかもしれない。


(…しかしだな…)
 不味いケーキが出来た時でも、そのケーキは美味しいだろうと思う。
 ブルーが「失敗しちゃった…」と、しょげていたって、二人で分けて食べたなら…。
(次は頑張って上手に焼くね、って謝られたって、「いや、美味いぞ」って…)
 間違いなく胸を張って言えるんだ、と笑みを浮かべて、マグカップを指でカチンと弾く。
 失敗作のケーキだろうが、ブルーと一緒に食べられるだけで、もう充分に幸せだから。
 ブルーが「美味しくなくても、いいの?」と不安そうな顔になったら、「いいさ」と微笑む。
 「お前と一緒に食べられるだけで、俺は最高に幸せだしな」と。
 「調理実習の頃に失敗作を貰い損ねたのが、ちょっぴり残念で悔しいんだが」と…。



             美味しくなくても・了


※ブルー君が作った料理だったら、不味くても許せるハーレイ先生。調理実習の失敗作でも。
 けれど当分、ブルー君が作る料理はお預け。そして不味くても、二人で食べれば美味しい筈v








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