難しくっても
「ねえ、ハーレイ。難しくっても…」
諦めちゃったらダメだよね、と小さなブルーが傾げた首。
二人きりで過ごす休日の午後の、お茶の時間に唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「難しいって…。そいつは、宿題なのか?」
珍しいな、とハーレイは鳶色の瞳を軽く見開いた。
ブルーはいわゆる「優等生」で、成績優秀で頭がいい。
運動の類は駄目だけれども、苦手科目は無かった筈だ。
それが宿題で行き詰まるとは…、と少し可笑しい。
けれどブルーは、「ううん」と、即座に首を横に振った。
「今日は違うよ、そりゃ、ぼくだって、ごくたまに…」
宿題で詰まることもあるけれど、とブルーが首を竦める。
「ホントに、たまに」と、滅多に無いのを強調して。
「分かった、分かった。要は、今回は違うんだな?」
今回は、とハーレイは、わざと繰り返してやった。
意地になって否定するブルーが、とても面白かったから。
「笑わないでよ! でも、本当に違うんだって!」
今回はね、とブルーも「今回は」と其処に力を入れて来た。
「宿題じゃなくって、パズルだってば!」
「パズル…?」
「そう! ハーレイ、こんなの解けるわけ?」
コレなんだけど、とブルーが出して来たのは新聞だった。
丸ごとではなくて「切り抜いた」もので、確かにパズルだ。
数字を入れてゆくらしいけれども、解けないらしい。
「ああ、コレか…。こいつは、ちょいと厄介かもな」
お前の鉛筆、貸してくれるか、とハーレイは戦闘開始した。
この類ならば、学生の頃に流行っていたから、何とかなる。
ただし、時間はそれなりにかかる。
見た瞬間に「こうだ」と閃くものとは違って、根気が必要。
「うーむ…。ここにこう、と…。いや、こっちだな」
でもって次は…、と升目を埋めてゆくのをブルーが見守る。
「そっか、そうやって解いていくんだ…?」
「お前、知らずにやっていたのか?」
「そうだよ、だって解き方、何処にも載ってなくって…」
上級者向けってあっただけ、とブルーは苦笑した。
「だけど、ぼくには無理だったんだよ」とパズルを指して。
どうやらブルーは、「上級者向け」に挑戦しただけらしい。
解き方も分かっていないというのに、出来る気になって。
「お前なあ…。まずは自分の力量ってヤツを、だ…」
把握しないとダメだろうが、とハーレイは呆れ顔になる。
「難しい以前の問題だろう」と、無理なものは無理、と。
「そう思う? ぼくがあそこで諦めてたら…」
コレは解けないままなんだよね、とブルーは鉛筆を出した。
「もしかしなくても、ここ、コレじゃない?」
合ってるかな、とブルーが書いた数字は正解だった。
「ほう…。だったら、ここも分かるのか?」
「んーとね、多分なんだけど…。コレでいいかな?]
あんまり自信が無いんだけれど、と書き込んだ数字は正解。
ブルーはパズルの「解き方」を理解したのに違いない。
「なるほどなあ…。俺が解くのを見て覚えた、と」
「うん。でも、諦めていたら、解けないままだよね?」
新聞を切り抜いて来なかったら、というのは正しい。
まるで間違ってはいないのだから、正論だった。
ついでに言うなら、諦めないのが大切なのも、また正しい。
だからハーレイは笑顔で言った。
「その通りだな」と、ブルーの言葉を肯定して。
「お前が言うのも、間違っちゃいない。正しいことだ」
諦めたらゲームオーバーだしな、とハーレイは笑う。
「試合だったら終わっちまう」と、柔道を少し説明して。
柔道の試合には、決まりが色々あるのだけれど…。
「相手に技をかけられた時に、技によっては、だ…」
かけられただけで試合終了にはならん、と教えてやる。
試合時間がまだあるのならば、チャンスはある。
相手の技から逃れられたら、一転、攻撃に移れもする。
そうなった時は一発逆転、勝利を掴むことだって出来る。
「もう完全に負けだろうな、と誰もが思うくらいでも…」
「勝てちゃうんだ?」
「そういうことだな、まさに劇的な勝利ってヤツだ」
何度も実際、見て来たんだぞ、とハーレイは大きく頷く。
「今の学校に来てからだって、あったんだしな」と。
「そうなんだ…。だったら、やっぱり、難しくっても…」
「諦めちゃダメだ、ってことだな、うん」
お前の場合は頭で勝負になるんだろうが、と相槌を打つ。
「柔道なんかは出来やしないし、パズルくらいだな」と。
「まあ、そうだけど…」
そうなんだけど、とブルーは赤い瞳を瞬かせた。
「他にも諦めちゃダメなことがね」と、難しい顔で。
「まだあるのか?」
お次は何だ、とハーレイの目が丸くなる。
「上級者向け」のパズルは他にもあったのだろうか。
(…俺の手に負えるヤツならいいが…)
解けなかったら、今日は一日パズルなのか、と悲しくなる。
せっかくブルーと過ごせる日なのに、パズルだなんて。
そうしたら…。
「あのね、どうしたらハーレイにキスを貰えるか…」
諦めちゃったらダメだもんね、とブルーが微笑む。
「頑張らないと」と、「難しくっても、諦めないで」と。
「馬鹿野郎!」
それは違う、とハーレイは軽く拳を握った。
銀色の頭をコツンと叩いて、その挑戦を阻止するために。
そんな難問には挑むことなく、諦めるのが正解だから…。
難しくっても・了
諦めちゃったらダメだよね、と小さなブルーが傾げた首。
二人きりで過ごす休日の午後の、お茶の時間に唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「難しいって…。そいつは、宿題なのか?」
珍しいな、とハーレイは鳶色の瞳を軽く見開いた。
ブルーはいわゆる「優等生」で、成績優秀で頭がいい。
運動の類は駄目だけれども、苦手科目は無かった筈だ。
それが宿題で行き詰まるとは…、と少し可笑しい。
けれどブルーは、「ううん」と、即座に首を横に振った。
「今日は違うよ、そりゃ、ぼくだって、ごくたまに…」
宿題で詰まることもあるけれど、とブルーが首を竦める。
「ホントに、たまに」と、滅多に無いのを強調して。
「分かった、分かった。要は、今回は違うんだな?」
今回は、とハーレイは、わざと繰り返してやった。
意地になって否定するブルーが、とても面白かったから。
「笑わないでよ! でも、本当に違うんだって!」
今回はね、とブルーも「今回は」と其処に力を入れて来た。
「宿題じゃなくって、パズルだってば!」
「パズル…?」
「そう! ハーレイ、こんなの解けるわけ?」
コレなんだけど、とブルーが出して来たのは新聞だった。
丸ごとではなくて「切り抜いた」もので、確かにパズルだ。
数字を入れてゆくらしいけれども、解けないらしい。
「ああ、コレか…。こいつは、ちょいと厄介かもな」
お前の鉛筆、貸してくれるか、とハーレイは戦闘開始した。
この類ならば、学生の頃に流行っていたから、何とかなる。
ただし、時間はそれなりにかかる。
見た瞬間に「こうだ」と閃くものとは違って、根気が必要。
「うーむ…。ここにこう、と…。いや、こっちだな」
でもって次は…、と升目を埋めてゆくのをブルーが見守る。
「そっか、そうやって解いていくんだ…?」
「お前、知らずにやっていたのか?」
「そうだよ、だって解き方、何処にも載ってなくって…」
上級者向けってあっただけ、とブルーは苦笑した。
「だけど、ぼくには無理だったんだよ」とパズルを指して。
どうやらブルーは、「上級者向け」に挑戦しただけらしい。
解き方も分かっていないというのに、出来る気になって。
「お前なあ…。まずは自分の力量ってヤツを、だ…」
把握しないとダメだろうが、とハーレイは呆れ顔になる。
「難しい以前の問題だろう」と、無理なものは無理、と。
「そう思う? ぼくがあそこで諦めてたら…」
コレは解けないままなんだよね、とブルーは鉛筆を出した。
「もしかしなくても、ここ、コレじゃない?」
合ってるかな、とブルーが書いた数字は正解だった。
「ほう…。だったら、ここも分かるのか?」
「んーとね、多分なんだけど…。コレでいいかな?]
あんまり自信が無いんだけれど、と書き込んだ数字は正解。
ブルーはパズルの「解き方」を理解したのに違いない。
「なるほどなあ…。俺が解くのを見て覚えた、と」
「うん。でも、諦めていたら、解けないままだよね?」
新聞を切り抜いて来なかったら、というのは正しい。
まるで間違ってはいないのだから、正論だった。
ついでに言うなら、諦めないのが大切なのも、また正しい。
だからハーレイは笑顔で言った。
「その通りだな」と、ブルーの言葉を肯定して。
「お前が言うのも、間違っちゃいない。正しいことだ」
諦めたらゲームオーバーだしな、とハーレイは笑う。
「試合だったら終わっちまう」と、柔道を少し説明して。
柔道の試合には、決まりが色々あるのだけれど…。
「相手に技をかけられた時に、技によっては、だ…」
かけられただけで試合終了にはならん、と教えてやる。
試合時間がまだあるのならば、チャンスはある。
相手の技から逃れられたら、一転、攻撃に移れもする。
そうなった時は一発逆転、勝利を掴むことだって出来る。
「もう完全に負けだろうな、と誰もが思うくらいでも…」
「勝てちゃうんだ?」
「そういうことだな、まさに劇的な勝利ってヤツだ」
何度も実際、見て来たんだぞ、とハーレイは大きく頷く。
「今の学校に来てからだって、あったんだしな」と。
「そうなんだ…。だったら、やっぱり、難しくっても…」
「諦めちゃダメだ、ってことだな、うん」
お前の場合は頭で勝負になるんだろうが、と相槌を打つ。
「柔道なんかは出来やしないし、パズルくらいだな」と。
「まあ、そうだけど…」
そうなんだけど、とブルーは赤い瞳を瞬かせた。
「他にも諦めちゃダメなことがね」と、難しい顔で。
「まだあるのか?」
お次は何だ、とハーレイの目が丸くなる。
「上級者向け」のパズルは他にもあったのだろうか。
(…俺の手に負えるヤツならいいが…)
解けなかったら、今日は一日パズルなのか、と悲しくなる。
せっかくブルーと過ごせる日なのに、パズルだなんて。
そうしたら…。
「あのね、どうしたらハーレイにキスを貰えるか…」
諦めちゃったらダメだもんね、とブルーが微笑む。
「頑張らないと」と、「難しくっても、諦めないで」と。
「馬鹿野郎!」
それは違う、とハーレイは軽く拳を握った。
銀色の頭をコツンと叩いて、その挑戦を阻止するために。
そんな難問には挑むことなく、諦めるのが正解だから…。
難しくっても・了
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