居眠りしてても
(ハーレイの授業で、居眠りだなんて…)
信じられない、と小さなブルーは赤い瞳を瞬かせた。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日はハーレイの授業があった。
その最中に、居眠りを始めた生徒が一人。
ハーレイは直ぐに気付いたらしくて、授業を雑談に切り替えた。
(途端に、その子も目を覚ましちゃって…)
興味津々に聞き始めたから、ハーレイは苦笑を浮かべながらも話し続けた。
「いいか、この話の肝はだな…」と、皆の関心を引くように。
眠気が綺麗に消し飛ぶように、授業に無理なく戻れる工夫も織り込んで。
(ぼくも楽しく聞いていたけど、あれが丸ごと授業でも…)
居眠りなんかしないよね、と本当に不思議で堪らない。
古典の授業は退屈な部分もあるだろうけれど、どうして居眠り出来るのか。
ハーレイが教壇に立っているのに、コックリと船を漕げるのか。
(…寝てた生徒も、ハーレイ先生のことが大好きで…)
昼休みに食堂で見掛けたりしたら、積極的に話し掛けている。
なのに授業は別だとばかりに、よく居眠りをしてもいるから分からない。
(ぼくなら、絶対、寝ないんだけど…!)
ハーレイの前で居眠るなんて、と「自分はやらない」自信がある。
現に居眠りしてはいないし、眠いと思ったことさえも無い。
(…だけどハーレイ、前のハーレイの頃とは違うよね…)
目の前で居眠りされてしまうのが普通だなんて、と可笑しくなった。
遠く遥かな時の彼方では、ハーレイの前で居眠る者など、ただの一人も…。
(いなかったっけ…)
そもそも、いたら大変だけど、と白い箱舟に思いを馳せる。
ミュウの仲間たちを乗せていた船は、常に緊張の中にいたと言っていいだろう。
アルテメシアの雲海に隠れて飛んでいた時も、アルテメシアを離れた後も。
(ナスカの時代は、ぼくは眠っていたけれど…)
唯一、平和な時代だったとも聞くのだけれども、それでも油断は出来なかった。
「ナスカ」はミュウが名付けた名前で、人類の世界では別の名がある星だったから。
(…テラフォーミングを諦めた星でも、近くを飛ぶ船はゼロじゃないから…)
そういった船に見付からないよう、警戒を怠ってはならない。
地上に降りた仲間はともかく、船に残った者は注意が必要だった。
ナスカに接近する船はいないか、離れた場所でも飛んでいる船はいないのか、と。
白いシャングリラのキャプテンだったのが、前のハーレイ。
船の心臓とも言えるブリッジで、いつだって指揮を執っていた。
アルテメシアの雲海の中でも、平和なナスカで仲間が暮らしていた時も。
(たまにはナスカに降りたりもしたし、アルテメシアでも、部屋に戻っている時も…)
あったのだけれど、居場所は主にブリッジだったし、其処で居眠るような仲間は…。
(いるわけない、って…)
居眠りしたら大変だもの、とブリッジクルーの仕事を数えてみる。
船の制御はもちろんのこと、レーダーなどの担当もいた。
誰か一人でも欠けようものなら、たちまち回らなくなる部署でもあった。
(暇な時だと、人数が少なかったりしたけど…)
それでも最低限のクルーは必須で、彼らに居眠りは許されなかった。
レーダー担当が居眠りをすれば、人類軍の船が近付いていても気付けない。
機関部担当の者にしたって、居眠っている間に、エンジンに不調が起きたなら…。
(咄嗟に対応出来なくなるから、下手をしちゃうと航行不能に陥って…)
どうなってしまうか分からないのだし、居眠りするなど言語道断。
ブリッジクルーは、自分の持ち場の担当中には、けして居眠りしてはならない。
そこで眠ってしまうほどなら、最初から持ち場に入りはせずに…。
(今日は体調が優れないので休みたい、って…)
申告したなら、代わりの者が担当になって仕事をしていた。
ブリッジクルーは欠けてはならず、居眠りすることも許されないから。
(前のハーレイは、ブリッジを纏めるキャプテンなんだし…)
ブリッジでハーレイが目にしていたのは、キビキビと働く者だけだった。
誰も居眠りしてはいなくて、自分の仕事をこなし続ける。
勤務時間の終わりが来るまで、真剣に。
次の担当者と交代になる時間が来るまで、居眠りしないで起きているのが仕事でもあった。
(休憩時間は、あったんだけどね…)
長時間の緊張は心身に良い影響を与えはしないし、休憩時間は設けられていた。
ノルディが指示した通りの時間に、皆にコーヒーなどが配られ、リフレッシュ。
(でも、それ以外は、ずっと起きてて…)
仕事なのだし、前のハーレイの前で居眠る者は無かった。
今の時代は毎日のように、誰か眠っているけれど。
「生徒の集中力が切れて来た時は、雑談が一番いい」と、ハーレイが技を編み出すほどに。
なんとも愉快な時代ではある。
前のハーレイとは全く逆に、居眠りされてしまうのが普通な「今のハーレイ」がいるなんて。
古典の教師になったハーレイは、居眠る生徒を目にする職に就いたとも言える。
居眠りをするのが生徒の常で、どの授業にも一人くらいはいると言ってもいいだろう。
(ぼくは居眠ったりはしないし…)
授業中に眠気が襲って来たなら、それは体調を崩す前兆。
急いで手を挙げ、保健室に行くか、早退したいと申し出るしか道は無い。
(でないと、授業の真っ最中に…)
居眠る代わりに意識を失くして、大勢に迷惑がかかってしまう。
授業は中断、教師は「ブルー」に駆け寄って介抱、生徒の誰かが保健室に走ることになる。
そうなるよりかは、自発的に保健室に向かうか、早退するか、最初から欠席の道を選ぶか。
(…今日は気分が悪くなりそう、って思ったら…)
学校を休むことだってあるし、前はそうする日も多かった。
けれど今では、ちょっと事情が変わってしまって…。
(…倒れちゃうかも、って思っていても…)
無理をして起きて制服に着替えて、路線バスに乗って学校を目指す。
何故なら、その日は古典の授業があって、ハーレイに会える筈だから。
ハーレイの授業を聞くことが出来て、顔も見られる「とても素敵な」大当たりの日。
(…だから欲張って、学校に行って…)
倒れたことも一度や二度では無いというのが、今だった。
とはいえ、やはり「ハーレイの授業で居眠りする」のは「絶対、しない」し有り得ない。
それくらいなら、授業の真っ最中に…。
(手を挙げて、保健室だってば!)
運が良ければ、帰りはハーレイが車で送ってくれるだろう。
「ブルーが保健室に行く」のを、ハーレイは「その目で見た」わけなのだし、可能性はある。
後の予定が入っていないなら、きっと保健室まで来てくれる。
「家まで送って行ってやるから」と、優しい笑顔で。
あくまで教師の貌だけれども、それはちっとも構わない。
(車に乗ったら、後は普段のハーレイで…)
敬語で話す必要も無くて、家まで楽しく帰ってゆける。
具合は悪いままにしたって、気分の方は最高で。
「ハーレイの車に乗ってるんだ」と、もう御機嫌で外を眺めて。
だから絶対しないんだ、と「居眠り」については断言出来る。
居眠る代わりに倒れはしても、居眠りだけは「絶対に無い」と、自信を持って。
(うん、絶対に…)
ホントのホントにしないんだから、と笑みを浮かべて頷いた。
「ぼくは居眠ったりはしないよ」と、「居眠りなんて、絶対しない」と。
どう間違えても、今日も寝ていた生徒みたいに、ハッと目覚めはしないだろう。
退屈だった古典の授業が、別の話に切り替わったと気付いて、飛び起きるのが居眠る生徒。
ハーレイの雑談は評判だから、聞き逃すのは損でしかない。
(だから急いで聞かないと、って…)
居眠り中の生徒も起きて、膝を乗り出しそうなくらいに聞き入っている。
どんな愉快な話が聞けるか、あるいは誰かに披露したくなる知識が増えるのか、と。
(雑談も、うんと楽しいんだけど…)
ハーレイの授業はどうでもよくって、雑談だけって酷いよね、と苦笑しか出ない。
これが自分なら、そんな真似などしないのに。
ちゃんと授業も真面目に聞いて、雑談はオマケで、デザートみたいなものなのに。
(そうなんだけどな…)
ハーレイの話が切り替わった途端に起きるなんて、と失礼な生徒を思い出す。
「あれは酷いよ」と、「ぼくなら、しない」と軽く頭を振って。
(そんな失礼なことって、ある?)
つまらないから聞いていませんでした、と言わんばかりの生徒の態度。
自分だったら、ハーレイの話に興味が無くても、きちんと聞いているだろう。
どれほど退屈な中身だろうと、居眠りなんかは絶対にしない。
(退屈な古典のお話っていうのは、あるんだけどね…)
ハーレイの授業じゃなくって題材の方、と思いはしても、寝る気など無い。
頑張って起きているんだから、と思ったはずみに、脳裏を掠めていった考え。
「本当に?」と。
「今はそうでも、この先も?」と、誰かが心の中で尋ねた。
これから先も、ずっと居眠りしないのか、と意地悪な声が聞こえて来る。
今の学校を卒業しても、ハーレイと暮らし始めた後も、と。
(えーっと…?)
ハーレイと結婚した後は…、と思考を未来に向けてみた。
二人で一緒に暮らし始めたら、ハーレイは仕事に出掛けてゆく。
今と同じに古典の教師で、柔道部などの指導もするから、帰りが遅い日だってある。
(…他の先生と食事に行く日も、きっとあるから…)
そういう時には、家で帰りを待つしかない。
本を読んだり、部屋の掃除をしたりしている間に、頑張りすぎることもあるだろう。
自分では夢中で気付かなくても、脳や身体が「疲れてしまう」という現象。
(…疲れちゃったら、生欠伸が出て…)
それでようやく「疲れている」と分かるけれども、もう遅い。
すっかり疲れた脳や身体が、「眠い」と訴え掛けて来る。
まだハーレイは戻らないのに、「もう眠いから、ベッドに行こう」と。
(…眠くなったから、鍵を掛けて先に寝ちゃっても…)
ハーレイは怒ったりはしないで、鍵を開けて静かに入ると思う。
「寝ているブルー」を起こさないよう、足音を忍ばせ、物音だって立てないように…。
(うんと注意して、キッチンで何か飲んだりもして…)
それからお風呂で、寝るのは別の部屋かもしれない。
「ベッドに行ったら、ブルーを起こしちまうからな」と、ソファで寝るだとか。
(…うんとありそう…)
ハーレイだしね、と容易に想像出来るから、「先に寝る」のは我慢したい。
仕事をして来たハーレイに悪いし、申し訳ない気持ちしかしない。
(先に寝ちゃって、その上、ハーレイに色々と気を遣わせちゃって…)
それは駄目だよ、と自分の頭をポカンと叩いて、「起きていなきゃ」と気合を入れた。
まだ、その時は「来ていない」けれど、「先に寝ちゃ駄目」と、未来の自分に。
ハーレイが遅くなった時でも、頑張って起きて、帰りを待っていなくては。
帰って来たハーレイに、してあげられることは「ろくに無い」けれど。
せいぜい、上着をハンガーに…。
(掛けるくらいで、他にはなんにも…)
出来そうになくて、逆にハーレイが「やってくれそう」な感じ。
「何か飲むか?」と、キッチンでコーヒーを淹れながら。
「遅くまで待ってて疲れただろう」と、「この時間だと、ホットミルクか?」などと。
(ホットミルクにシナモンとマヌカを入れて、セキ・レイ・シロエ風とか…)
ハーレイが作ってくれそうではある。
自分だけコーヒーを飲んでいたのでは、話が弾まないだろう、と。
そうやって始めた、夜も更けてからのティータイム。
ハーレイはコーヒー、自分はホットミルクにしたって、お茶の時間には違いない。
ダイニングか、リビングか、何処かで二人で過ごすのだけれど…。
(ぼくはすっかり疲れちゃってて、生欠伸で…)
ハーレイの声が遠くに聞こえ始めて、頭がガクンと落ちてしまって…。
(せっかくハーレイが楽しい話をしてくれてたのに、聞いていないで…)
居眠りして船を漕いでしまうかも、と「とんでもない予感」に震え上がった。
チビの自分は「居眠りなんかはしない」けれども、未来の自分は「やっちゃいそう」と。
(…居眠りしてても、ハーレイだったら…)
きっと許してくれるだろうし、「すまん」と謝ってくれるのだろう。
「気が付かないで悪かった」と、「遅くなっちまったし、お前も眠かったよな」と。
(でもって、抱っこしてくれて…)
ベッドに運んでくれそうだから、未来は安泰そうではある。
ハーレイの帰りが遅くなった日に、ウッカリ居眠りしてしまっても。
話の途中で船を漕いでも、話を聞かずに居眠っていても…。
居眠りしてても・了
※ハーレイ先生の授業で居眠る生徒が信じられない、ブルー君。「ぼくは、しない」と。
けれど一緒に暮らし始めたら、居眠ってしまうかも。でも、きっと許して貰えるのですv
信じられない、と小さなブルーは赤い瞳を瞬かせた。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日はハーレイの授業があった。
その最中に、居眠りを始めた生徒が一人。
ハーレイは直ぐに気付いたらしくて、授業を雑談に切り替えた。
(途端に、その子も目を覚ましちゃって…)
興味津々に聞き始めたから、ハーレイは苦笑を浮かべながらも話し続けた。
「いいか、この話の肝はだな…」と、皆の関心を引くように。
眠気が綺麗に消し飛ぶように、授業に無理なく戻れる工夫も織り込んで。
(ぼくも楽しく聞いていたけど、あれが丸ごと授業でも…)
居眠りなんかしないよね、と本当に不思議で堪らない。
古典の授業は退屈な部分もあるだろうけれど、どうして居眠り出来るのか。
ハーレイが教壇に立っているのに、コックリと船を漕げるのか。
(…寝てた生徒も、ハーレイ先生のことが大好きで…)
昼休みに食堂で見掛けたりしたら、積極的に話し掛けている。
なのに授業は別だとばかりに、よく居眠りをしてもいるから分からない。
(ぼくなら、絶対、寝ないんだけど…!)
ハーレイの前で居眠るなんて、と「自分はやらない」自信がある。
現に居眠りしてはいないし、眠いと思ったことさえも無い。
(…だけどハーレイ、前のハーレイの頃とは違うよね…)
目の前で居眠りされてしまうのが普通だなんて、と可笑しくなった。
遠く遥かな時の彼方では、ハーレイの前で居眠る者など、ただの一人も…。
(いなかったっけ…)
そもそも、いたら大変だけど、と白い箱舟に思いを馳せる。
ミュウの仲間たちを乗せていた船は、常に緊張の中にいたと言っていいだろう。
アルテメシアの雲海に隠れて飛んでいた時も、アルテメシアを離れた後も。
(ナスカの時代は、ぼくは眠っていたけれど…)
唯一、平和な時代だったとも聞くのだけれども、それでも油断は出来なかった。
「ナスカ」はミュウが名付けた名前で、人類の世界では別の名がある星だったから。
(…テラフォーミングを諦めた星でも、近くを飛ぶ船はゼロじゃないから…)
そういった船に見付からないよう、警戒を怠ってはならない。
地上に降りた仲間はともかく、船に残った者は注意が必要だった。
ナスカに接近する船はいないか、離れた場所でも飛んでいる船はいないのか、と。
白いシャングリラのキャプテンだったのが、前のハーレイ。
船の心臓とも言えるブリッジで、いつだって指揮を執っていた。
アルテメシアの雲海の中でも、平和なナスカで仲間が暮らしていた時も。
(たまにはナスカに降りたりもしたし、アルテメシアでも、部屋に戻っている時も…)
あったのだけれど、居場所は主にブリッジだったし、其処で居眠るような仲間は…。
(いるわけない、って…)
居眠りしたら大変だもの、とブリッジクルーの仕事を数えてみる。
船の制御はもちろんのこと、レーダーなどの担当もいた。
誰か一人でも欠けようものなら、たちまち回らなくなる部署でもあった。
(暇な時だと、人数が少なかったりしたけど…)
それでも最低限のクルーは必須で、彼らに居眠りは許されなかった。
レーダー担当が居眠りをすれば、人類軍の船が近付いていても気付けない。
機関部担当の者にしたって、居眠っている間に、エンジンに不調が起きたなら…。
(咄嗟に対応出来なくなるから、下手をしちゃうと航行不能に陥って…)
どうなってしまうか分からないのだし、居眠りするなど言語道断。
ブリッジクルーは、自分の持ち場の担当中には、けして居眠りしてはならない。
そこで眠ってしまうほどなら、最初から持ち場に入りはせずに…。
(今日は体調が優れないので休みたい、って…)
申告したなら、代わりの者が担当になって仕事をしていた。
ブリッジクルーは欠けてはならず、居眠りすることも許されないから。
(前のハーレイは、ブリッジを纏めるキャプテンなんだし…)
ブリッジでハーレイが目にしていたのは、キビキビと働く者だけだった。
誰も居眠りしてはいなくて、自分の仕事をこなし続ける。
勤務時間の終わりが来るまで、真剣に。
次の担当者と交代になる時間が来るまで、居眠りしないで起きているのが仕事でもあった。
(休憩時間は、あったんだけどね…)
長時間の緊張は心身に良い影響を与えはしないし、休憩時間は設けられていた。
ノルディが指示した通りの時間に、皆にコーヒーなどが配られ、リフレッシュ。
(でも、それ以外は、ずっと起きてて…)
仕事なのだし、前のハーレイの前で居眠る者は無かった。
今の時代は毎日のように、誰か眠っているけれど。
「生徒の集中力が切れて来た時は、雑談が一番いい」と、ハーレイが技を編み出すほどに。
なんとも愉快な時代ではある。
前のハーレイとは全く逆に、居眠りされてしまうのが普通な「今のハーレイ」がいるなんて。
古典の教師になったハーレイは、居眠る生徒を目にする職に就いたとも言える。
居眠りをするのが生徒の常で、どの授業にも一人くらいはいると言ってもいいだろう。
(ぼくは居眠ったりはしないし…)
授業中に眠気が襲って来たなら、それは体調を崩す前兆。
急いで手を挙げ、保健室に行くか、早退したいと申し出るしか道は無い。
(でないと、授業の真っ最中に…)
居眠る代わりに意識を失くして、大勢に迷惑がかかってしまう。
授業は中断、教師は「ブルー」に駆け寄って介抱、生徒の誰かが保健室に走ることになる。
そうなるよりかは、自発的に保健室に向かうか、早退するか、最初から欠席の道を選ぶか。
(…今日は気分が悪くなりそう、って思ったら…)
学校を休むことだってあるし、前はそうする日も多かった。
けれど今では、ちょっと事情が変わってしまって…。
(…倒れちゃうかも、って思っていても…)
無理をして起きて制服に着替えて、路線バスに乗って学校を目指す。
何故なら、その日は古典の授業があって、ハーレイに会える筈だから。
ハーレイの授業を聞くことが出来て、顔も見られる「とても素敵な」大当たりの日。
(…だから欲張って、学校に行って…)
倒れたことも一度や二度では無いというのが、今だった。
とはいえ、やはり「ハーレイの授業で居眠りする」のは「絶対、しない」し有り得ない。
それくらいなら、授業の真っ最中に…。
(手を挙げて、保健室だってば!)
運が良ければ、帰りはハーレイが車で送ってくれるだろう。
「ブルーが保健室に行く」のを、ハーレイは「その目で見た」わけなのだし、可能性はある。
後の予定が入っていないなら、きっと保健室まで来てくれる。
「家まで送って行ってやるから」と、優しい笑顔で。
あくまで教師の貌だけれども、それはちっとも構わない。
(車に乗ったら、後は普段のハーレイで…)
敬語で話す必要も無くて、家まで楽しく帰ってゆける。
具合は悪いままにしたって、気分の方は最高で。
「ハーレイの車に乗ってるんだ」と、もう御機嫌で外を眺めて。
だから絶対しないんだ、と「居眠り」については断言出来る。
居眠る代わりに倒れはしても、居眠りだけは「絶対に無い」と、自信を持って。
(うん、絶対に…)
ホントのホントにしないんだから、と笑みを浮かべて頷いた。
「ぼくは居眠ったりはしないよ」と、「居眠りなんて、絶対しない」と。
どう間違えても、今日も寝ていた生徒みたいに、ハッと目覚めはしないだろう。
退屈だった古典の授業が、別の話に切り替わったと気付いて、飛び起きるのが居眠る生徒。
ハーレイの雑談は評判だから、聞き逃すのは損でしかない。
(だから急いで聞かないと、って…)
居眠り中の生徒も起きて、膝を乗り出しそうなくらいに聞き入っている。
どんな愉快な話が聞けるか、あるいは誰かに披露したくなる知識が増えるのか、と。
(雑談も、うんと楽しいんだけど…)
ハーレイの授業はどうでもよくって、雑談だけって酷いよね、と苦笑しか出ない。
これが自分なら、そんな真似などしないのに。
ちゃんと授業も真面目に聞いて、雑談はオマケで、デザートみたいなものなのに。
(そうなんだけどな…)
ハーレイの話が切り替わった途端に起きるなんて、と失礼な生徒を思い出す。
「あれは酷いよ」と、「ぼくなら、しない」と軽く頭を振って。
(そんな失礼なことって、ある?)
つまらないから聞いていませんでした、と言わんばかりの生徒の態度。
自分だったら、ハーレイの話に興味が無くても、きちんと聞いているだろう。
どれほど退屈な中身だろうと、居眠りなんかは絶対にしない。
(退屈な古典のお話っていうのは、あるんだけどね…)
ハーレイの授業じゃなくって題材の方、と思いはしても、寝る気など無い。
頑張って起きているんだから、と思ったはずみに、脳裏を掠めていった考え。
「本当に?」と。
「今はそうでも、この先も?」と、誰かが心の中で尋ねた。
これから先も、ずっと居眠りしないのか、と意地悪な声が聞こえて来る。
今の学校を卒業しても、ハーレイと暮らし始めた後も、と。
(えーっと…?)
ハーレイと結婚した後は…、と思考を未来に向けてみた。
二人で一緒に暮らし始めたら、ハーレイは仕事に出掛けてゆく。
今と同じに古典の教師で、柔道部などの指導もするから、帰りが遅い日だってある。
(…他の先生と食事に行く日も、きっとあるから…)
そういう時には、家で帰りを待つしかない。
本を読んだり、部屋の掃除をしたりしている間に、頑張りすぎることもあるだろう。
自分では夢中で気付かなくても、脳や身体が「疲れてしまう」という現象。
(…疲れちゃったら、生欠伸が出て…)
それでようやく「疲れている」と分かるけれども、もう遅い。
すっかり疲れた脳や身体が、「眠い」と訴え掛けて来る。
まだハーレイは戻らないのに、「もう眠いから、ベッドに行こう」と。
(…眠くなったから、鍵を掛けて先に寝ちゃっても…)
ハーレイは怒ったりはしないで、鍵を開けて静かに入ると思う。
「寝ているブルー」を起こさないよう、足音を忍ばせ、物音だって立てないように…。
(うんと注意して、キッチンで何か飲んだりもして…)
それからお風呂で、寝るのは別の部屋かもしれない。
「ベッドに行ったら、ブルーを起こしちまうからな」と、ソファで寝るだとか。
(…うんとありそう…)
ハーレイだしね、と容易に想像出来るから、「先に寝る」のは我慢したい。
仕事をして来たハーレイに悪いし、申し訳ない気持ちしかしない。
(先に寝ちゃって、その上、ハーレイに色々と気を遣わせちゃって…)
それは駄目だよ、と自分の頭をポカンと叩いて、「起きていなきゃ」と気合を入れた。
まだ、その時は「来ていない」けれど、「先に寝ちゃ駄目」と、未来の自分に。
ハーレイが遅くなった時でも、頑張って起きて、帰りを待っていなくては。
帰って来たハーレイに、してあげられることは「ろくに無い」けれど。
せいぜい、上着をハンガーに…。
(掛けるくらいで、他にはなんにも…)
出来そうになくて、逆にハーレイが「やってくれそう」な感じ。
「何か飲むか?」と、キッチンでコーヒーを淹れながら。
「遅くまで待ってて疲れただろう」と、「この時間だと、ホットミルクか?」などと。
(ホットミルクにシナモンとマヌカを入れて、セキ・レイ・シロエ風とか…)
ハーレイが作ってくれそうではある。
自分だけコーヒーを飲んでいたのでは、話が弾まないだろう、と。
そうやって始めた、夜も更けてからのティータイム。
ハーレイはコーヒー、自分はホットミルクにしたって、お茶の時間には違いない。
ダイニングか、リビングか、何処かで二人で過ごすのだけれど…。
(ぼくはすっかり疲れちゃってて、生欠伸で…)
ハーレイの声が遠くに聞こえ始めて、頭がガクンと落ちてしまって…。
(せっかくハーレイが楽しい話をしてくれてたのに、聞いていないで…)
居眠りして船を漕いでしまうかも、と「とんでもない予感」に震え上がった。
チビの自分は「居眠りなんかはしない」けれども、未来の自分は「やっちゃいそう」と。
(…居眠りしてても、ハーレイだったら…)
きっと許してくれるだろうし、「すまん」と謝ってくれるのだろう。
「気が付かないで悪かった」と、「遅くなっちまったし、お前も眠かったよな」と。
(でもって、抱っこしてくれて…)
ベッドに運んでくれそうだから、未来は安泰そうではある。
ハーレイの帰りが遅くなった日に、ウッカリ居眠りしてしまっても。
話の途中で船を漕いでも、話を聞かずに居眠っていても…。
居眠りしてても・了
※ハーレイ先生の授業で居眠る生徒が信じられない、ブルー君。「ぼくは、しない」と。
けれど一緒に暮らし始めたら、居眠ってしまうかも。でも、きっと許して貰えるのですv
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