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居眠りしても
(…居眠りなあ…)
 しちまう気持ちは分かるんだがな、とハーレイが浮かべた苦笑い。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(あいつらくらいの年の頃だと…)
 無理も無いんだ、と今日、教室で寝ていた生徒の数を数えてみた。
 普段より多くも少なくもなくて、平均といった所だろうか。
 生徒が居眠りし始めた時は、雑談をして気分を切り替えてやる。
 眠いままで授業を聞いているより、目が覚めた方が断然いい。
(少々、授業が脱線したって、効率的ってモンなんだ)
 それにしても…、と居眠りしていた生徒の姿には、呆れ半分、同情半分。
 涎が垂れそうな顔で寝るなど、どれだけ寛いでいるのだろうか。
(学校はホテルじゃなくてだな…)
 教室も寝るための場所ではないが、と思いはしても、生徒の気持ちも良く分かる。
 彼らくらいの年だった頃に、自分も通って来た道だから。
(寝てやろう、っていうつもりじゃなくても、ふと気付いたら…)
 頭がガクンと落ちる瞬間とか、机の上に突っ伏していたとか、前科はあった。
 夜更かしをしたわけではなくても、つい気が緩んで居眠ってしまう。
(…安心し切っているんだろうなあ…)
 教師に知れたら叱られはしても、命の危険があるわけではない。
 授業のポイントを聞き逃していても、成績が落ちてしまうというだけ。
(成績が落ちても、死にやしないし…)
 ある意味、安心、安全な場所か、と可笑しくなった。
 教室という場所は、居眠りに向いているらしい。
 教師が居眠りに気付いた時には、「其処のヤツ!」と叱られるリスクがあっても。
 叱られるだけでは済まされなくて、宿題を増やされる危機とセットでも。
(世の中、平和な証拠だってな)
 今ならではだ、と感慨深いものがある。
 前の自分が生きた時代には、授業中の居眠りは、即、将来に影響があった。
 成績が落ちれば、成人検査の時に考慮され、一般人向けのコースに送られてしまう。
 そうならなくても、「授業を聞かずに、居眠りをした」ことは記録に残る。
(成績には特に問題なくても、居眠りが多い生徒だと…)
 SD体制の社会の中では、お世辞にも褒められた人材ではない。
 指示や決まりに従えないのは、機械にとってはマイナスなわけで、高い評価は得られない。
 せっかく成績がいいというのに、一般人向けのコースに送られ、出世の道は其処で終わった。
 今とは違った価値観の世界は、機械が全てを決めていたから。


 SD体制が無くなった今は、居眠りをしても問題は無い。
 自分が責任を負わされるだけで、その責任も、昔とは比較にならないレベル。
(成績が落ちても、挽回のチャンスは幾らでもあって…)
 教師の覚えが目出度くなくても、人生がメチャメチャになったりはしない。
 せいぜい、成績表に書かれて、家で両親に大目玉を食らう程度だろう。
 「居眠りが多いのは、寝ていないからだ」と、叱られ、夜更かし禁止を言い渡される。
 あるいは漫画や趣味の道具を、全部、取り上げらるとか。
(そんなトコだな、それで一度は懲りていたって、ほとぼりが冷めたら…)
 また居眠りをしちまうんだ、とクックッと笑いが漏れて来る。
 「まったく平和な時代だよな」と、「前の俺たちの時代だったら、そうはいかんぞ」と。
 ついでに言うなら、成人検査に落ちてしまって、弾き出された前の自分でも…。
(居眠りなんぞ、とても無理だったんだ)
 俺が居眠ってしまったら最後、みんなが死んじまうんだから…、と白い箱舟の姿が蘇る。
 あの船でキャプテンが居眠ったならば、文字通り、おしまいだったろう。
 人類軍に位置を突き止められて、爆撃されて、落とされてしまう。
 まして戦闘の真っ最中なら、居眠りをした、ほんの一瞬に…。
(人類軍の攻撃を読み切れなくて、直撃を受けて…)
 致命的な箇所をやられて、船は沈んでしまっただろう。
 メインエンジンが被弾するとか、ワープドライブをやられて逃亡不能になるとか。
(そうなったら、何もかもが終わりで…)
 ミュウの未来も消えて無くなるから、居眠りすることは許されなかった。
 もっとも、居眠りしたい気持ちになれる場所ではなかったけれど。
 ブリッジという部署も、舵を握っていた持ち場にしても。
(今の時代の、うんと平和な教室とは事情が違い過ぎて、だ…)
 毎日が戦場だったんだよな、と今にして思えば、懐かしいような気持ちでもある。
 あの時代とは無縁な世界に生まれ変わって、生きているからこそだろう。
(お蔭で、大人になった今でも…)
 たまに居眠りしちまうんだ、と頭を掻いた。
 立派な大人の自分だけれども、居眠りと無縁だとは言えない。
 研修に出掛けて疲れた時や、柔道部の大会などで緊張が長く続いた後だと…。
(ついつい、ウッカリ…)
 寝ちまう時があるもんだ、と自覚はある。
 家に帰ってからならまだしも、研修だの、大会だのの帰りの交通機関の中で寝てしまう。
 ハッと気付けば、「寝てしまっていた」自分がいる。
 ほんの数秒、あるいは数分、コックリと船を漕いでしまって、目覚めたばかりの今の自分が。


(安心して寝られる時代だからこそ、寝ちまうんだよなあ…)
 シャングリラの頃とは違うモンだから、と自分で自分に言い訳をしてみたくなる。
 前の自分が見ていたならば、「弛んでるぞ!」と叱られそうだから。
 「研修と言えば、仕事の延長だろう」と、「帰り道でも仕事の内だ」と、厳しい口調で。
 柔道部の大会からの帰りとなったら、もっと険しい表情で怒鳴るかもしれない。
 「生徒を引率している時に、居眠りするなど許されないぞ!」と、眉間に皺を刻んで。
(……うーむ……)
 全くもって仰せの通り、と前の自分に詫びる自分が目に浮かぶ。
 反論出来る余地などは無いし、正しいことを言っているのは、明らかに前の自分だから。
(…もうペコペコと、バッタみたいに…)
 頭を下げて下げまくるしか…、と冷汗が流れて来そうだけれど、前のブルーならどうだろう。
 前の自分と同じ理屈で叱られるのか、逆に許してくれるのか。
(…あいつなら、きっと…)
 許してくれる方だよなあ、と考えるまでもなく答えが出て来る。
 前のブルーも、厳しい面は確かにあった。
 「キャプテンが居眠りをした」となったら、けして許しはしなかったろう。
 いくら恋人同士であっても、一番古い付き合いの友達同士としても。
(それとこれとは話が別だ、と…)
 ソルジャーの貌で、鋭い瞳で、問い詰めて来たに違いない。
 「どうして居眠りなどをしたのか」と、「居眠りが何を招くか、知っているのか」と。
(本当に怒った時のブルーは…)
 手心を加えはしなかったから、どれほど詰られ、皆の前で吊し上げられたろうか。
 キャプテンだけに、船の仲間たち全員に知られるほどではなくても、長老たちには…。
(取り囲まれて、あいつらの前で、ブルーに叱り飛ばされて…)
 詫びの言葉も出ないくらいに、ひたすら頭を下げ続けるしか道は無かったと思えて来る。
 実際には、そういう局面は無くて、前の自分は、無事に職務を全うしてから死んだけれども。
(…生きてる間は、一度も居眠りしちゃいないんだ…)
 前のあいつがいなくなってしまった後も、と自信があるから、「今なら」許されると思う。
 平和な時代に生まれ変わった「ハーレイ」が、ウッカリ居眠りをしても。
 研修の帰りや、生徒を連れての大会の帰りの交通機関で、コックリと船を漕いだとしても。
(そうだな、前のあいつなら…)
 あの穏やかな笑みを湛えて、「いいと思うよ」と言ってくれるだろう。
 「今の君は、居眠りが出来る場所にいるから、それでいいんだ」と。
 「居眠りしてるのを生徒が見たって、笑われるか、悪戯されるかだしね」と可笑しそうに。


 そう、ブルーならば、きっと許してくれる。
 「前のハーレイ」が生きた世界が、どれほど厳しい環境だったか、知っているから。
 ブルーも同じ世界で暮らして、その恐ろしい時代の終わりを、見ないで散っていったから。
(…前の俺なら、今の俺にも厳しそうだが、ブルーなら…)
 本当に笑って許してくれるな、と思ったはずみに、気が付いた。
 前のブルーなら、今の自分が居眠りしても…。
(間違いなく許してくれそうなんだが、今のあいつは、どうなんだ?)
 今のブルーの方だと、どうだ、とチビの恋人を頭に描いた。
 十四歳にしかならないブルーは、まだ子供だから、笑って許してくれそうではある。
 「ハーレイでも居眠りしちゃうんだね」と、大発見をした子供みたいに、はしゃぎもして。
 けれども、前と同じ姿に育って、一緒に暮らし始めた後のブルーだと…。
(研修の帰りとか、柔道部の大会の帰り道なら…)
 居眠りを許してくれるとしても、それ以外の時が問題だった。
 二人で暮らし始めたからには、この家で、ブルーの前でウッカリ…。
(居眠るってことも、まるで無いとは…)
 言い切れないぞ、と背中が冷たくなる。
 「安心出来る環境にいると」、人は居眠りをしてしまうもの。
 授業中の生徒がそうなるように、生命の危険を感じていないと、眠りの淵に落っこちる。
 「寝たらマズイぞ」と分かっていたって、「マズイ」のレベルが違うから。
 居眠りしても死にはしなくて、せいぜい叱られるだけなのだから。
(…現にだ、今の俺だって、たまに…)
 書斎やリビングで、ふと気付いたら居眠っていた、ということがある。
 さほど疲れていない時でも、「家に帰って」気が緩んだから起きる現象で、寛ぎの証拠。
(ということは、今のあいつの目の前でだって…)
 居眠りしちまいそうなんだが…、と未来の自分の姿を思った。
 仕事から帰って、ブルーと二人で夕食を食べて、コーヒーを淹れて…。
(あいつと一緒にソファに座って、のんびりしている時にだな…)
 ついウッカリと居眠りをして、ブルーが何か話し掛けようとしたら、返事は無くて…。
(代わりにコックリ、コックリと…)
 船を漕いでいる「ハーレイ」を、今のブルーが見ることになる。
 そうなった時に、ブルーは許してくれるのか。
 それとも前の自分みたいに、「ハーレイ」を叱り飛ばすのか。
(居眠りしても、許してくれると思いたいんだが…)
 機嫌が悪いと怒るかもな、という気がするから、今のブルーと今の時代は難しい。
 安心して居眠り出来る代わりに、平和な時代に生まれたブルーは、我儘だから。
 「酷いよ、ぼくの前で居眠りなんて!」と、本気で怒り出しそうだから…。



          居眠りしても・了


※今のハーレイは、居眠りしても許される人生。キャプテンだった頃とは違うのです。
 けれど、今のブルーの前で居眠りをしたら、どうなるか。ブルー君、怒り出しそうですよねv






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